百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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・ケダモノキャラの暴走表現があります。ご注意ください。
・この時点では覚えていない技を使用している戦闘シーンがあります。ご注意ください。

Chapter0、開幕。


Chapter0 トウキョウ・シークエンス《プリムラ・マラコイデス:運命を開く》
始まりの異能者


「ねえお嬢ちゃん。俺と一緒に遊ばない?」

 

「え……」

 

「連れはいないんでしょ? 遊ぼうよ」

 

 

 リヒトの目を惹いたのは、若い男が少女をナンパしている光景だった。若芽色(わかめいろ)の髪をリボンで結んだ少女は、チケット片手に、困ったように視線を彷徨わせている。どこからどう見ても、少女は男の誘いに否定的である。

 だが、男は彼女の様子などお構いなしに手を掴んだ。大人しそうな印象の少女だったから、押せばどうとでもなると思ったのだろう。抵抗しようとする少女を半ば引っ張り込むような形で、セブンスエンカウントへ向かおうとした。

 

 勿論、そんな光景を黙って見ていられる訳がない。

 

 

「何しているんですか。彼女、嫌がっているでしょう」

 

 

 2人の間に割り込むようにして、リヒトは男の手を振り払った。

 その勢いで、件の少女を後ろ手に庇う。少女が息を飲む声が聞こえた。

 

 

「なんだお前!?」

 

「嫌がる女性を無理矢理連れていこうなんて、紳士としてあるまじき行為ですよ」

 

「んだと……!? 邪魔をするなよ!」

 

 

 突然の乱入者(東雲リヒト)に対し、男が眦を吊り上げる。彼は即座に暴力に打って出た。突き出された拳を、リヒトは受け止める。

 体術の成績はぎりぎり並であるが、対応できないわけではない。相手の男の勢いを利用して、そのまま地面に叩きつけた。男の間の抜けた悲鳴が響く。

 そんな男を尻目に、リヒトは少女を守るようにして立ちはだかる。男は尚もリヒトに対して敵意をむき出しにしていた。

 

 乱闘騒ぎを目の当たりにしたためか、野次馬たちが集まり始めた。セブンスエンカウント前にいた受付のマスコットや、受付のマスコットを口説き倒していた少年も、リヒトに視線を向けてきた。

 

 これ以上騒ぎになると、色々と面倒なことになる。

 リヒトは深々とため息をついた。

 

 

「これ以上の騒ぎは無益です。僕にとっても、貴方にとっても」

 

「この野郎……!」

 

「――ですので、これで手を打ってくれませんか?」

 

 

 リヒトは懐からチケットを取り出した。セブンスエンカウントをプレイするために必要なチケットである。一般券とはいえ、プレミア価値が高い。競争率も凄まじかった。

 

 人気アトラクションのチケットを目の当たりにした男は目の色を変えた。表情も目に見えて明るくなったように思う。男は媚びるように、あるいは卑しい笑みを浮かべた。

 男はリヒトの手からチケットをふんだくる。下卑た笑みを浮かべた男は、意気揚々とセブンスエンカウントへと向かった。乱闘が解決したため、野次馬たちも去って行く。

 

 

「ふう……。あ、大丈夫ですか?」

 

「! あ、はい。ありがとう……」

 

 

 男の背中を見送ったのち、リヒトは少女の方に向き直った。少女は一瞬びくりと身を振るわせると、慌てた様子で頭を下げる。

 彼女には目立った外傷はない。あの男に何かされたような形跡もなかった。リヒトはほっと息を吐く。ああ、本当に良かった。

 「怪我がなくて何よりです」と微笑めば、少女は虚を突かれたように目を見開き、息を飲んだ。そのまま、少女は頬を赤らめて微笑む。

 

 可憐な花が咲いたかのような微笑み。――ああ、なんて、綺麗なんだ。

 今度はリヒトが息を飲む番だった。じわじわと胸を満たすような照れくささを、何と言おう。

 

 堪えきれず、リヒトは視線を彷徨わせた。それは少女も同じようで、2人して照れ照れとしたまま動けない。こういうときはどうしたらいいんだろうか。

 

 

「……そうだ。イノリたちと、セブンスエンカウントで待ち合わせをしてたんだった」

 

 

 友人たちとの約束を思い出して、リヒトはポンと手を叩いた。同時に、施設に入るために必要なチケットを、男に譲り渡していた。

 これでは施設内に入ることもできない。あそこはチケットを持っていないと、問答無用で追い出される/施設内に入場できないためだ。

 

 

「仕方がないですね。僕も遊べなくなったと連絡を入れないと……」

 

「あのー……」

 

 

 リヒトが端末を取り出してイノリたちへ連絡しようとしたとき、少女がおずおずと懐から何かを差し出した。セブンスエンカウントのチケットである。

 ただし、このチケットは特別なものだ。イラストの脇に、金のインクで『S級特別招待券』と印字されている。プレミア中のプレミアだ。

 これが1枚あれば、チケットの持ち主を含んで3人までなら入場することが可能である。そんなチケットを、彼女は持っていた。

 

 もしかして、彼女がナンパされていたのは、このチケットを持っていたからか。リヒトがそう思い至ったのと、少女が控えめに提案してきたのは同じだった。

 

 

「これ……」

 

「実は、こういう所に来るの、初めてで……もしよかったらなんですけど、一緒に入ってもらえたら嬉しいなって……!」

 

 

 「助けてもらったお礼も兼ねて。……ダメかな?」と首を傾げた少女に、リヒトは思わず目を瞬かせた。

 「いいんですか?」と問えば、少女は満面の笑みを浮かべて頷く。リヒトを先導しようとした少女は、何かに気づいたように足を止めた。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。わたし、那雲(ミオ)

 

「那雲……? わあ、僕の友達の苗字と同じですね」

 

「そうなの? 偶然だね」

 

 

 リヒトの脳裏に浮かんだのは、今回来れなくなってしまった友人――那雲シキのことだ。

 急遽、どうしても外せない用事が入ってしまった仲間である。那雲という苗字は非常に珍しい。

 シキ以外の那雲姓を名乗る人物と、セブンスエンカウント前で相見えるとは思わなかった。

 

 

「貴方は?」

 

「リヒトです、東雲リヒト。暁学園の3年生です。よろしくお願いしますね、ミオさん」

 

「ミオでいいよ。私もリヒトって呼ぶから。よろしくね」

 

「分かりました。よろしく、ミオ」

 

 

 自己紹介をして、リヒトは少女――那雲ミオに頭を下げる。

 そうして、自分たちは2人で並んで、セブンスエンカウントへ向かったのだった。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ノーデンス・エンタープライゼスの人気アトラクション――セブンスエンカウントが有明に上陸したのは、今より少し前のことである。それと同時に、ノーデンス社も日本に引っ越してきた。

 施設内はセブンスエンカウント目当ての客でごった返している。噂には聞いていたが、本当にすごいところだ。イノリはきょろきょろと周囲を見回した。気を抜くと、隣にいるはずのソウセイとはぐれてしまいそうだ。

 

 

「すっごい人だね」

 

「だな。目が回りそうだ……」

 

 

 派手な電飾と人の海に酔ったのか、ソウセイの顔色は悪そうだ。元々、ソウセイはこういう場所を好むタイプではない。

 だが、セブンスエンカウントの技術には、技術者としての興味をくすぐられたようだ。リヒトと似たような動機である。

 イノリとソウセイは、施設の入り口付近でリヒトと待ち合わせをしていた。夏休み前の約束通り、仲間たちと遊ぶためだ。

 

 

「しかし、シキも大変だな。合格したと思った途端、講習会に参加しなくてはならないんだから」

 

「そうだね。一緒に遊べないのは残念かな」

 

 

 ソウセイの言葉に、イノリは苦笑した。シキは無事に合格したが、学校側から講習会の参加を義務付けられた。その日が丁度、遊ぶ予定だった日付と被っていたのである。

 「あと1日遅く始まれば、みんなと遊べたのに!」とシキが悔しそうに連絡してきたことを思い出す。最後の夏休みの思い出は、ちょっとだけ寂しいことになりそうだ。

 

 不意に、外の方がざわめいたように思う。人だかりができているのは施設の外だ。入り口に居た受付のマスコットと、マスコットを口説いていた少年もそちらへ視線を向ける。

 

 しかしそれも数分のこと。人だかりはあっという間になくなった。それから幾何の間もなく、待ち人が受付を終えて施設内に入ってくる。――女の子を連れて、だ。

 リヒトに声をかけようとして、イノリは思わず目を瞬かせた。驚いたのはイノリだけではなく、ソウセイも同じ気持ちだったらしい。「え」と間の抜けた声を漏らした。

 

 

「り、リヒトくん。その子は?」

 

「あ、初めまして。わたし、那雲ミオっていいます」

 

 

 イノリの問いに答えたのは、件の少女――那雲ミオだった。彼女はぺこりとお辞儀する。

 

 

「那雲……シキちゃんと同じ苗字だね」

 

「ほう。珍しいこともあるものだな」

 

「それについては私もびっくりだよ。私が知ってる“同じ苗字の親戚”は、『世界救済会に所属してて、世界中を飛び回ってるらしい』って話を聞くくらいで、一度も会ったことがないから……」

 

 

 那雲という苗字自体珍しいが、まさかシキと同じ苗字の人と相見えるだなんて。

 世の中、どこで何が繋がっているのか分からないものだ。

 

 

「そういえば、シキちゃんの両親も世界救済会の役員だよね。ルシェの人権保護に力を入れると同時に、医者として世界中を飛び回ってるって」

 

「そうなの!? そこまで一緒ってことは、まさか……まさか、そんなことないよね。あはは」

 

 

 シキの両親のことを思い出したイノリの言葉に、ミオはさらに驚いていた。そこまで一緒というのもまた、天文学的な一致ではないだろうか。

 イノリはそう思ったのだが、ミオは偶然ということにしたらしい。本人がそう言うなら、あえて蒸し返す必要もないだろう。

 この話題はここで区切ることにして、イノリとソウセイも自己紹介を済ませた。よろしく、と、互いに挨拶を交わす。

 

 

「待ち人合流ってことで、早速セブンスエンカウントにログインだね!」

 

「じゃあ、わたしはナビモードでバックアップするから、みんなはオフェンス……で、どうかな?」

 

「面白そうだね!」

「では、よろしくお願いします」

「それはいい。お手並み拝見と行こう」

 

 

 ミオがおずおずと手を挙げる。勿論、イノリたちに断る道理はない。2つ返事で頷けば、ミオはぱあっと表情を輝かせて頷いた。

 

 4人は受付を済ませて、セブンスエンカウントにログインするためのカプセルの中へ身を横たえた。

 スリーカウントの音が鳴り響いたのち、世界が暗転する。データが構成され、世界が目の前に広がった。

 

 

『ここは今から80年前の東京――西暦2021年、東京スカイタワー。突如、宇宙から飛来した第5真竜フォーマルハウトと人類の激戦は佳境を迎えていた――』

 

 

 自分たち4人の前に、システムメッセージが表示される。物々しい煽り文句と共に、ミッションが表示される。『迫りくるマモノを倒し、スカイタワーを開放しよう』。

 2021年のスカイタワー。80年前の竜戦役で、第5真竜フォーマルハウトとの決戦の地。祖父を含んだムラクモ13班の活躍を思い浮かべながら、4人は世界に降り立った。

 ゲームの中とは思えない程、見事な再現度だ。現実のスカイタワーは真竜の瘴気汚染が酷く、残念ながら立ち入り禁止となっている。

 

 

「うわあ、これゲームなんだよね!? まるで、本物のスカイタワーにいるみたいだよ!」

 

「この禍々しさ……祖父の資料を見せてもらったことがありますが、当時もこんな感じだったのでしょうか……」

 

「ノーデンス・エンタープライゼス……か。フ、ますます興味が湧いてきたな」

 

 

 ミオがはしゃぎ、リヒトが顎に手を当てて考え込み、ソウセイが愉快そうに目を細める。イノリも、改めて周囲を見回してみた。

 

 黒いフロワロの影響を受けて、紫を帯びた毒々しい大地。「竜殺剣がなければ、この場所に踏み込むことも叶わなかった」――祖父の言葉が脳裏をよぎる。嘗ての英雄たちと同じ場所に立っているという実感に、湧き上がるような喜びを感じた。

 同時に、施設内部からはマモノの気配が漂う。異質な殺気を感じ取ったのか、リヒトとソウセイもはしゃぐのをやめて、スカイタワー入り口を見据えた。学生ではあるが、戦う者の本能なのだろう。みんな、己の得物に手をかける。イノリも、己の得物である双剣の柄に手をかけていた。

 

 

「じゃあ、ここからのナビゲーターは私に任せて! マニュアルは一通り読んだから大丈夫! マモノとエンカウントしたらバトル開始だから、気を付けてね!」

 

「わかったよ!」

「分かりました!」

「了解した」

 

「それじゃ、出発!」

 

 

 ミオのアドバイスに頷いて、イノリたちはスカイタワー内へと足を踏み入れる。

 こうして、イノリたちを筆頭とした4人による、セブンスエンカウント攻略が始まった。

 

 

 

***

 

 

 

「落とす!」

 

 

 イノリはヘルクラウドに対し、飛天斬りを叩きこむ。対空攻撃である飛天斬りは、空を飛んでいるマモノに効果的な技である。堪らずヘルクラウドが悲鳴を上げた。

 

 

「集中……――獄冷のマモノよ!」

 

 

 リヒトが氷属性のカードをかざし、マモノを召喚する。ローパーを模した氷のマモノは、ヘルクラウドに殴りかかった。

 炎をまき散らすヘルクラウドにとって、氷属性のマモノは天敵だったようだ。動きが一気に鈍くなる。

 その隙をつくような形で、ソウセイはハッキングでヘルクラウドの動きを封じる。彼はキーボードを軽やかに叩いた。

 

 

「命を捧げろ」

 

 

 彼がエンターキーを叩いた途端、ヘルクラウドのマナが弾けた。命を構成する光を失ったマモノが消滅し、マモノから奪い取ったマナがイノリたちに降り注ぐ。

 空っぽ寸前だったマナがあっという間に回復した。これなら余裕で戦えそうである。ソウセイに感謝の言葉を述べれば、彼は満足そうに目を細めた。

 

 

「これで、ボス戦はお終いだよ! お疲れさま!」

 

 

 イノリたちをナビゲートし、勝利へ導いてくれた立役者――ミオが、安堵の表情を浮かべて自分たちを迎えてくれた。

 流れに任せ、イノリはミオにハイタッチする。続いてリヒトが満面の笑みを浮かべ、ソウセイが控えめに目を細めながらハイタッチした。

 興奮冷めやらぬと盛り上がっていた4人であるが、ふと、得体の知れない違和感を感じた。特に、技術者志望のソウセイが眉間に皺を寄せる。

 

 

「どうしたの、ソウセイくん」

 

「――雰囲気が変わった。まるで、抑えていた何かを開放したかのようだ」

 

 

 ソウセイは注意深く周囲を見回す。顎に手を当てて何かを考えていた彼は、何を思い至ったのか、キーボードを具現化させた。ウィンドウと睨めっこしながら、パタパタとキーボードを叩く。

 どこかの情報をハッキングしているようで、彼は難しそうに唸る。暫し格闘していた彼だが、物々しいため息をついて、イノリたちの前に画面を指示した。画面には、『セーフティモード解除』の文字が浮かぶ。

 

 

「すまない。俺の力では、この情報を引き出すので関の山だった」

 

「これだけ分かっただけでも凄いですよ。……これで、ノーデンスにまつわる噂話は現実味を帯びてきました」

 

 

 ソウセイは申し訳なさそうに目を伏せる。ちょっとだけ悔しそうにも見えた。

 

 そんな仲間を労いつつ、リヒトは鋭い眼差しでウィンドウを見ていた。その視線を天井へ向ける。こちらを見ているであろう誰かに、「お前が見ていることに気づいているぞ」と言わんばかりの眼差しであった。

 イノリもそれにつられるようにして天井を見る。思えば、セブンスエンカウントを攻略している最中、ずっと誰かに見られている――否、品定めされているかのような気配を感じていた。

 奇妙な違和感と共に、殺気も増大したらしい。あちこちからマモノのうめき声が聞こえてくる。今まで遭遇したマモノとは桁違いである。セーフティモード解除という物々しい言葉を思い返し、イノリは大きく息を吐いた。

 

 ナビモードでバックアップを担当していたミオも異変に気づいたようだ。

 急に跳ね上がったマモノの強さに、不安そうな表情を浮かべる。

 

 

「みんな、気を付けて!」

 

「わかった。ミオはこのままサポートお願い! 行くよ、みんな!」

 

「分かりました!」

「了解した!」

 

 

 イノリの号令に従い、面々はスカイタワーを駆け上っていく。襲い来るマモノたちを次々と打ち倒しながら、屋上目指して歩みを進めた。

 奥へ行けば行く程、敵の強さも増してくる。だが、打ち倒せば打ち倒すほど、敵の動きや攻撃パターンの解析が進み、撃破するのも苦ではなくなった。

 ミオの的確なサポートもあって、イノリたちのチームは破竹の勢いでスカイタワーを攻略していく。あと少しで頂上へたどり着くと思ったときだった。

 

 自分たちの進軍を阻むかのように、“それ”は姿を現した。

 

 あれはマモノではなく、ドラゴンだ。祖父が見せてくれた資料の中に、このドラゴンと同じ外見の種類が何体か掲載されていたことを思い出す。

 種族名はリトルドラグ。耐久力はさほど高くないが、手数と素早さを駆使したかみつきやひっかきによる連続攻撃が脅威となる個体だ。

 

 

『……リトルドラグ……ミクロドラグ……2回行動単体連続攻撃(かじりつき)……2回行動ランダム複数回全体攻撃(スピネイジクロー)……喧しいくらいの大量乱入(来た、ドラゴンだ!)……――うん。死ぬ程痛いぞ』

 

 

 虚ろな顔をして天を仰ぐ祖父・ミカゲの姿が脳裏をよぎった。今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 

「あのマモノ、マニュアルに載ってない……」

 

「違う、あれはマモノじゃない。80年前に東京を襲った、ドラゴンの1種だよ」

 

「ええっ!?」

 

 

 イノリの指摘に、ミオは驚いたように目を白黒させた。

 それを引き継ぐようにして、リヒトとソウセイが言葉を続ける。

 

 

「リトルドラグですか。こんなモノまで再現してしまうなんて、悪趣味レベルで凝ってますねぇ……!」

 

「嘗て、じいさんたちが倒してきた敵、か。……再現とはいえ、相手に不足はないな」

 

「じいさんたちが、倒した……? ――と、とにかく、強敵なのは確実だよ! ホントに気を付けて!!」

 

 

 闘志を燃やす2人の様子に気圧されながらも、ミオはイノリたちに注意を促した。仲間たちは得物を構えて、嘗ての英雄が倒した怨敵――ドラゴンと対峙する。

 

 

(あれは、ダメ)

 

 

 イノリは本能的に直感する。

 

 何がダメなのか、さっぱり分からない。

 分からない、が。

 

 

(何としても、“狩らなくちゃいけない”――!!)

 

 

 “すべての竜を狩り尽せ”。

 

 その言葉が、イノリの中に鮮明な響きをもたらす。それに突き動かされるかのように、イノリは駆け出していた。

 イノリだけではない。リヒトも、ソウセイも、明確な意志を持って、リトルドラグを迎撃する。

 予期せぬ場所での、初めての対竜戦闘。――その火蓋が、切って落とされた。

 

 

「この敵、複数回連続攻撃を行ってくるみたい! あの牙は驚異だから、気を付けて!」

 

「了解!」

 

 

 ミオの分析により、リトルドラグの攻撃パターンが告げられる。やはり、祖父が虚ろな表情で呟いていた通りだ。

 ここにシキがいればカウンター戦法(迎撃スタンス)で応戦したのだが、ここにいない人物に頼ることは不可能であった。

 今この場にいる人選――双刀サムライ(イノリ)デュエリスト(リヒト)エージェント(ソウセイ)で何とかするしかない。

 

 

「相手が手数で攻めてくるなら、こちらも罠を仕掛けます!」

 

 

 リヒトは手札から氷と炎のカードを引き、目の前に罠を展開する。罠はこれだけでは終わらなかったようで、次は氷と雷のカードを引いて、更に罠を追加した。

 デュエリストがトラップを仕込むとき、2種類の属性カードを組み合わせることで罠を具現化させる。トラップを設置した本人が、敵の攻撃を受けることで発動する仕組みだ。

 

 

「なら、俺も仕込んでおくか」

 

 

 ソウセイは鋭い眼差しをそのままに、一瞬で気配を消した。エージェントの真骨頂、ハイディングである。

 

 ハイディングには『姿をくらますことによって、敵から狙われにくなる』効果があった。他にも、敵の不意を突いて攻撃を急所に当てることもできるという。

 イノリも自身のマナを研ぎ澄ませ、呼吸を整える。自身の攻撃力を強化する技、赤火の呼気。時間が経てば経つほど攻撃力が増幅する、長期戦向きの技だ。

 

 リトルドラグは怯むことなく、リヒトの元へと突っ込んだ。鋭利な牙がリヒトの腕に食い込む。

 後衛職のデュエリストは、後衛職のセオリー通り防御に難がある。リヒトは堪らず呻いた。

 

 

「ぐ……!」

 

「リヒト!?」

 

「……ッ、ふふ。かかりましたね……! ――トラップ発動!」

 

 

 ミオが金切り声をあげた。だが、リヒトは呻きながらも不敵に微笑んだ。即座に罠の発動を宣言する。次の瞬間、リトルドラグの足元から鉄条網が具現化した。鋭利な金属が体に食い込み、身体から血が噴き出す。

 次に呻いたのはリトルドラグの方だ。間髪入れず、リヒトが仕掛けていたもう1つの罠が発動した。リトルドラグの足元に、巨大な落とし穴が出現する。落とし穴にはまったリトルドラグは身動きを封じられた。

 

 

「よくもやってくれたな……!!」

 

 

 その隙を逃さんと言わんばかりに、どこかに潜んでいたソウセイが即座に反撃を加える。撃ち放たれた銃弾はリトルドラグの体に傷をつけた。

 ソウセイの攻撃に続くような形で、リヒトが雷属性のカードを掲げる。蝶を模したマモノが現れ、大量の鱗粉をまき散らした。ばちばちと雷が爆ぜる。

 途端にリトルドラグの動きが鈍くなった。小刻みに震えているあたり、麻痺効果が入ったのかもしれない。そこへ、リヒトが銃口を向けた。

 

 絶対に外さない――その意志を込めた紫の瞳が、容赦なくリトルドラグを射抜いた。

 引き金が引かれる。銃弾はリトルドラグの急所に当たったが、その命を絶つには至らない。

 

 自身の攻撃が致命傷でなかったことが悔しいのか、ソウセイは苦々しく舌打ちした。言動は物々しくぶっきらぼうであるが、根は仲間思いの熱い男だ。怒りは治まらないらしい。 

 

 

「イノリ!」

 

「任せて!」

 

 

 鋭い声で、ソウセイはイノリの名を呼んでこちらを見返した。とどめを刺せと言わんばかりの眼差しに、イノリは頷いて駆け出した。

 双刀が鮮やかな炎を纏う。リトルドラグはイノリに気づいて反撃しようとしたが、落とし穴の効果が発動したため身動きできないでいる。

 

 無防備になったドラゴンに、イノリは容赦なく炎の太刀を浴びせた。

 

 

「――決まれば!」

 

 

 炎属性攻撃であり、自分の攻撃に炎属性を付加する双刀の技――裂きモミジ。

 この一撃が致命傷となったのだろう。リトルドラグは断末魔の悲鳴を残し、弾けて消えた。

 

 強敵を撃破したイノリたちは、己の得物をしまった。この結果に驚いたのはナビゲーター役をしていたミオである。彼女はぱあっと表情を輝かせ、3人の元に駆け寄ってきた。

 

 

「すごいすごい! あのスペックのドラゴンを倒すなんて!!」

 

 

 ミオははしゃいでいたけれど、彼女はすぐに表情を曇らせた。原因は、リヒトの怪我だ。白い制服が赤く染まっている。

 心配そうにリヒトを見つめるミオに、リヒトは柔らかに笑いかけた。「大丈夫ですよ」と言って、傷を自分で手当てする。

 伊達に、暁学園で戦闘訓練を専攻している訳ではないのだ。金持ちのボンボンだからと言って甘い目で見ると痛い目に合う。

 

 イノリたちはそのまま軽くハイタッチした。リヒトは勢いのまま、ミオの方を向いて手を挙げる。ハイタッチをしようという証だ。

 ミオは一瞬目を瞬かせたが、嬉しそうにはにかんで手を叩いた。余韻冷めやらぬと言わんばかりに、自分たちは輪になって談笑する。

 

 

『チームXX、強制ログアウトを開始します』

 

「えっ!?」

「何!?」

「何ですか!?」

「何事だ!?」

 

 

 いきなり響いたアナウンス。何が起きたのかと身構えるイノリたちに対し、世界が一気に断線する。

 

 瞼をこじ開けるかのように光が突き刺さってきた。出所は派手な照明だろう。次の瞬間、カプセルの蓋が開く。半ば放り出されるようにして、イノリたちは現実世界へと帰還した。

 いつの間にか、自分たちの周辺には沢山の人が集まっている。誰も彼もが、イノリたちを注視していた。表示されていた画面には、歴代のスコアが表示されている。

 

 歴代プレイヤーの中で、イノリたちのチームの得点が堂々の1位/S級になっている。2位とのスコア差は数万点程あり、絶対に覆せない点数だった。セブンスエンカウント始まっての最高得点である。

 自分たちが異様な注目を浴びていることに、ミオはおろおろしているようだった。自分たちが何か間違ったことをしたのだろうかと不安そうだ。そんな彼女に、リヒトはゲーム画面を指し示した。

 「僕らが最高得点ですよ!」と語るリヒトの声は、普段よりも熱っぽい。そんな友人の姿を、ソウセイは柔らかな眼差しで見守っていた。仲間たちの様子が微笑ましくて、イノリも頬を緩ませる。

 

 

「お客様……お客様! ミミ~!」

 

「あー、待ってよナガミミ様ー!!」

 

 

 入り口にいたマスコットが、慌ただしくイノリたちの元へと駆け寄ってきた。そのマスコットの後を追いかけて、マスコットを口説いていた緑色の髪の少年も駆け寄ってくる。

 少年はイノリたちに視線を向けたのち、スコア画面を見て凍り付いた。そのまま、イノリたちとスコア画面を見比べる。目は丸く、大きく見開かれていた。

 

 

「……嘘。マジで?」

 

「え、何が?」

 

 

 呆気にとられた少年は、ぽろりと零すように呟いた。その意味が分からなくて、イノリも首を傾げる。自分たちの問いに答えるかの如く、ウサギのマスコット――ナガミミが声を張り上げた。

 

 

「おめでとうございます! お客様は選ばれたミミ! ――……ブンイチ、今は仕事中ミミ。ぼうっとしちゃダメミミ」

 

「あ、ごめんねナガミミ様。えっと、……うん。キミたちをノーデンス本社に案内するよ! 因みに俺は眞瀬ブンイチ。セブンスエンカウントのデバッカーをしている、ノーデンスのパートタイム社員だよ!」

 

 

 ナガミミの言葉に、少年――眞瀬ブンイチが満面の笑みを浮かべて説明を引き継いだ。2人の発言を聞いた観客たちがざわめき始める。

 まことしやかに囁かれていた都市伝説――『セブンスエンカウントで高スコアを出すと、本社から声がかかる』が本物だったと知ったためだろう。

 さて、どうしよう。イノリたちは顔を見合わせた。ノーデンスの謎っぷりは予てから知っている。リヒトはそれに興味を持ったから、ここに来たのだ。

 

 

「……僕は行きます。色々、訊いてみたいことがありますから。イノリとソウセイはどうしますか?」

 

「俺もだ。イノリはどうする?」

 

「とりあえず、行くだけ行ってみようかな。話を聞いてから、どうするか考えるよ」

 

 

 理由はどうあれ、イノリたち3人組はノーデンス本社へ向かうことを選択した。残るはミオである。

 

 

「ミオはどうします?」

 

「あ、私は……」

 

「どうしたミミ~? はやくこっちについて来るミミ~」

 

 

 リヒトの問いかけに、ミオはしどろもどろの返事をした。ついて行くべきか否か、まだ考えあぐねているらしい。だが、ナガミミやブンイチは待つ気はなさそうだ。

 マスコットとマスコットを口説き倒していた少年は、足早に施設の外へ向かう。置いて行かれると迷子になってしまう。イノリは慌てて2人の背を追いかけた。

 一歩遅れるような形でソウセイとリヒト続き、躊躇っていたミオが慌てた様子でリヒトの後について行った。自分の意志というより、殆ど反射的な行動だったのだろう。

 

 ナガミミとブンイチに先導されるような形で、イノリたちはセブンスエンカウントを後にした。

 

 

***

 

 

 施設の外に出て、本社へ向かう。

 その道中――一般人が来にくい場所に差し掛かったときだった。

 

 

「……ったく、こんな連中が手駒になるのかねェ」

 

 

 先程まで可愛らしい声と口調で喋っていたはずのナガミミが、急に声のトーンを下げた。

 ぶっきらぼうでふてぶてしい口調である。下手したら、ソウセイより口が悪いかもしれない。

 

 

「あの、ウサギ……さん?」

 

「ウサギさん……? ……ウサギさん、だと……!?」

 

「ひっ!?」

「ッ!!」

 

 

 一瞬でキャラクターが変わったマスコットに対し、ミオがおずおずと声をかける。次の瞬間、朗らかに笑っていた少年が絶対零度の眼差しを向けた。慌ててリヒトがミオを庇うが、リヒトもどことなく怯み気味であった。

 

 

「違うよ。このお方はナガミミ様だよ。この荒んだ世界に降臨した、唯一無二のマジェスティックエンジェル様なんだ。ちゃんと覚えようね? お嬢ちゃん」

 

「やめろバカ野郎。威嚇すんな。そして変な話を盛るな。疑問符がつく上に現状じゃ鍵括弧の予定が付くが、こいつらは手駒なんだ。お前の後輩になるかもしれないんだぞ。こっちが緊急で戦力を要してる事情は分かってんだろ? テメエのせいで断られたらどう責任を取るつもりだ、ええ?」

 

「ナガミミ様がそう言うなら! ごめんねお嬢ちゃん」

 

 

 ミオを射殺さんばかりに腰の得物に手をかけたブンイチを、ナガミミは即座に引き留める。マスコットから懇々と説教されたブンイチは敬礼ポーズを取り、即座にミオに謝罪した。

 このマスコット、口は悪いが性根は良識人らしい。ついでに苦労人の気もあるようだ。深々とため息をついて天を仰ぐマスコットの背中からは哀愁が漂っている。

 「どうしてこんな奴が自分の部下なんだ」と言いたげな気配が滲んでいた。ナガミミは、ブンイチの手綱を“完全に”握っている訳ではないらしい。

 

 周囲(ナガミミ含む)の精神をがりがり削るような漫才を繰り広げた後、ナガミミはイノリたちに向き直った。

 

 

「今、お前等『口が悪い』とか思っただろ」

 

「えーと、その……」

 

 

 否定できないため、イノリは思わず言いよどむ。

 リヒトとソウセイも同じようで、何とも言い難そうに視線を逸らした。

 

 

「オレの口調はこっちが素なんだよ。営業モードは疲れるんでな」

 

「そんなナガミミ様も素敵です。俺と結婚してください」

 

「黙れドアホウ。こんなときにナチュラルにプロポーズしてくんな。オレ様は今、重要な話の真っ最中なんだよ」

 

「なんだかんだ言いつつも、職務に忠実なあなたが好きです。結婚してください」

 

「いい加減にしろよこのケダモノ野郎が。S級能力者じゃなけりゃあ、テメエなんて異常性癖とその他諸々でクビだ、クビ!」

 

「でも、ナガミミ様には人事権ないんでしょう?」

 

「通販番組の合いの手みたいなノリで言うんじゃねーよ。認めたくない事実を突きつけるんじゃねーよ。人事権持ってるやつが……アリーが認めてくれないんだよ……」

 

 

 終わったはずの漫才が始まった。テンポよく繰り広げられるナガミミとブンイチの会話に、イノリたちは呆気にとられることしかできない。

 

 次の瞬間、誰かの端末着信音が流れ始めた。レトロな雰囲気の漂う曲調だ。端末の持ち主はブンイチだった。

 彼は電話の主/着信の名前を確認すると、凛々しい顔つきに変わった。紫苑の瞳はどこまでも真剣である。

 幾何かの会話の後、彼は話を終えて端末をしまう。そうして、申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

「ごめん、ナガミミ様! 急に本業に回らなきゃいけなくなっちゃった! 社長に『急遽早退します』って伝えて!」

 

「はあ!?」

 

「あと、ついでに休暇の申請もお願いしまーす!」

 

「おい待て! ふっざけんなコラァァァァァ!!」

 

 

 「待ちやがれぇぇぇぇぇ!」と叫ぶナガミミの声をBGMに、ブンイチの背中はあっという間に消えてしまう。

 彼の背中を成す術もなく見送るしかなかったウサギのマスコットは、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した後、がっくりとうなだれた。

 

 

「あんな奴を、こんな条件付けてまで雇う価値があるってのか……!? 無いだろ、絶対に無いだろ! 今回のコイツ等も似たような奴らだったら、オレ、面倒見きれねぇよ……」

 

 

 ナガミミはさめざめと嘆きを叫ぶ。その背中に、凄まじい悲哀を滲ませながら。

 

 

「え、えっと……その……苦労してるんだね」

 

「ええと……大丈夫だよナガミミ様。そ、そのうちいいことあるよ……?」

 

「……お前等……!!」

 

 

 何を言えばいいのかわからないが、ナガミミを放っておけなかった。イノリとミオがおずおずと声をかける。途端に、ナガミミが身を震わせた。

 「上手くいけばお前等がオレ直属の部下になるのか……嬉しくて涙が出そうだ……!」と、ナガミミはぐずぐずと涙声で言葉を紡ぐ。

 このマスコットが人間だったら、思いつめたような顔をしていたに違いない――イノリには、そんな予感がしてならなかった。

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「やあ」

 

 

 ユウマたちの行く手を阻むように、1人の男が眼前に立った。

 

 ぎょろりとした目が描かれた黒いバンダナを頭に巻いて、トンボの複眼を思わせるような緑色のサングラスをかけている。黒と橙基調のつなぎを着ているということは、何かの作業員だろうか? それにしては、見たことのないデザインだ。

 青年はニコニコ笑っている。敵意があるのかないのか分からない。しかも、この男には隙らしき隙が一切ないのだ。相当の手練れである、と、ユウマの第6感が告げている。ヨリトモやユマもそれを悟ったのか、いつでも戦う準備は万全だった。

 

 

「こんにちわ、優男」

 

 

 からかいと親しみを込めたような口調で、青年はユウマに声をかけた。怪しさの権化から親しみを向けられ、ユウマは困惑した。

 

 青年はじっとユウマを見つめる。何かを懐かしみ、慈しむかのような眼差しだ。己に向けられているそれは、悪いものではない。

 しかしながら、彼がユウマにそんな眼差しを向ける理由が分からなかった。この青年とは、今回初めて顔を合わせたのだから。

 青年の優しい眼差しは、ユウマの隣に立つユマを視界に入れた途端に凍り付いた。心なしか、口元の笑みが引きつったように思う。

 

 サングラス越しから、青年はユマを分析している様子だった。

 こめかみがぴくりと引きつる。

 

 

「ねえ、ユウマ。あの人、貴方の友達か何か?」

 

「違います。今回が初対面ですよ?」

 

「その割には、凄く親しそうだったじゃない。……今は、貴方に対して、ものすっごく怒ってるみたいだけど」

 

 

 怪訝そうな顔をしたユマは、ちらりと青年に視線を向ける。青年は相変わらず、ユウマとユマを凝視していた。剣呑な眼差しが突き刺さってきた。

 ユマの言葉が事実なら、何故青年はユウマに対して怒りをあらわにしているのだろう。ユウマ自身、全く身に覚えがないのだ。どうしろというのか。

 

 

「――そうか。そういうことかよ」

 

「こ、今度は1人で納得してるわ……。ユウマ、本当に何も身に覚えがないの?」

 

「ありません」

 

 

 苦い表情で問いかけてきたユマに対し、ユウマははっきりと宣言した。身に覚えがないのだから仕方がない。

 

 

「……何が『俺にはキミしかいない』だ。言うに事欠いて、同僚の美女とデキてんのかよ。二股か? いや、浮気? ……そうか、そうか。そういうことかぁ……!!」

 

 

 青年は俯いたまま、ぶつぶつと何かを唱え続ける。肌を刺すような殺気に、ユウマは思わず息を飲んだ。自分の足がじりりと後ずさったように思う。

 何故だろう。今、途方もなく面倒くさい誤解が生まれているような気がする。しかも、速やかにそれを解かなければ、最悪“生死の境を彷徨う”レベルだ。

 

 

「はは、はははは、ははは――ユマ、嘘、嘘だろう。ユマ、ユマが、僕以外の、あああああ――おい馬鹿止まれって! 2人とも冷静に――安心しろよ。俺は常に冷静だぞ」

 

 

 目の前に立っているのは、青年1人だけのはずだ。だが、ぶつぶつ呟き続ける青年の声は複数人分のように聞こえてくる。

 しかし、それはすぐに青年の声に戻った。宣言通り、妙に落ち着き払った響き。青年は頷きながら、静かに目を閉じる。

 

 ――次の瞬間、カッと見開かれた紫水晶の瞳には、明らかな憎しみが浮かんでいた。

 

 

「――やっぱり俺、お前が憎いわ。百万回くらい叩きのめさせろ」

 

 

 青年は不気味に笑うと、腰から得物を引き抜いた。透き通った青い燐光を纏う、金色の剣。人類の祈りを具現化したような輝きが、ユウマとヨリトモを屠らんと向けられる。

 彼の行動を自分たちへの敵対行為と認識するのは当然のことだろう。迷うことなく、ユウマたちは迎撃態勢を取った。ただの不良に、殺竜兵器のユウマが負けるはずがない。

 

 

(早く片付けて、任務に赴かなくては)

 

 

 狩る者でも何でもないチンピラ程度、ユウマやユマ、ヨリトモの3人にかかれば、すぐに制圧できると確信して疑わなかった。

 相手も余裕そうに笑っている。――その笑みが、妙に不快だった。

 

 

 

 

「――その癖、治ってないのな。“()()()()()”」

 

「!? ッ、ぐおっ!」

 

 

 硬直してしまったヨリトモの双剣が宙を舞い、一撃のもとに叩き伏せられる。

 

 

「――どうして? なあ、どうしてだ、ユマ。“()()()()()()()()()()()()”」

 

「え――」

 

 

 動きを止めてしまったユマが、文字通り一蹴された。

 

 

「よぉぉぉぉし、この浮気野郎! 楽に死ねると思うなぁぁぁぁ!」

 

「だから、浮気って何ですか!? 俺には身に覚えがないって――」

 

「今死ね、すぐ死ね、骨まで砕けろォォォォォォォォォォ!!」

 

「――う、うわあああああああああああああああ!!?」

 

 

 ――その日。

 

 如月ユウマは、人生初の“理不尽”を体感することになる。

 

 




ゲームでいうChapter0が始動。改定前の作品とは構成を変えてお送りいたします。……といっても、改定前とは殆ど違いはありません。新しく場面が追加になった程度ですね。
蜻蛉眼鏡さんの誤解が発生し、ユウマ絶対ボコボコにするマンにジョブチェンジしてしまった模様。+αで発狂している人がいますが、それについてはおいおい明かされる予定です。
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