百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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・この時点では覚えられない技を使う戦闘シーンがあります。ご注意ください。


駆けよ、守るために

『いいか? ここから先はゲームじゃねえ。切れば血が出る、刺せば死ぬ。リアルで楽しい、現実世界だ』

 

 

 ホログラムで表示されたナガミミが、2人に語り掛ける。

 

 

『ようやく見つけた狩る者に、こんな所で死なれちゃ困るんでね。助けるってのがオマエらの意志なら、せいぜいうまくやるんだな。あのメガネにもしっかり伝えとけ。フヒヒヒヒ……』

 

 

 ナガミミが不気味に笑ったのと、イノリとソウセイがノーデンスのエントランスから飛び出したのはほぼ同時だった。広場では、白い翼竜たちが縦横無尽に闊歩し、人々に襲い掛かっている。赤い毒花――フロワロの花が至る所に咲き乱れていた。

 

 その中に、探し人であるミオとリヒトを見つけた。リヒトはミオを後ろ手に庇いながら、カードをかざす。氷属性であることを示す青い光が弾け、ローパーを模した氷のマモノが現れた。

 氷のマモノは怯むことなく翼竜に殴りかかる。その一撃を喰らっても尚、白い翼竜はリヒトに襲い掛かった。ミオを庇うリヒトは、翼竜の攻撃を受け止めるしかない。それを加味した上で、彼は罠を仕掛けていたようだ。

 

 

「トラップ発動!」

 

 

 鉄条網と落とし穴――やはり、複数のトラップを重ねかけしていたらしい。翼竜の体を鉄条網が切り裂き、大きな落とし穴が翼竜の下半身を飲み込む。

 しかし、トラップの追加効果――所謂状態異常は発生しなかった。白い翼竜は忌々しそうに嘶き、傷だらけのリヒトを睨みつける。

 手札を使い果たしてしまったようで、リヒトは苦い表情を浮かべた。行くも地獄、引くことも叶わない。彼の状況は、完全なジリ貧状態のようだった。

 

 

「リヒトくん!」

「リヒト!」

 

 

 イノリは双刀を鞘から引き抜き、白い翼竜に斬りかかった。炎を纏った太刀――裂きモミジを浴びせる。

 ソウセイは銃を構え、翼竜に狙いを定めて引き金を引いた。銃弾は翼竜の片目を貫き、奴の視界をふさぐ。

 

 2人はリヒトを庇うように躍り出る。それを見たリヒトは掠れた声でイノリたちの名前を呼んだ後、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「遅いじゃないですか! 何やってたんです?」

 

「ナガミミから便利アイテムを貰ってたんだ。ちょっと待ってろ」

 

 

 ソウセイはそう言うなり、くつりと笑った。諜報員の得意分野には、既存の道具の効果を向上させることも含まれている。所謂、トリックハンドという便利技だ。

 便利技の恩恵は充分だったようで、メディス1つでリヒトの傷はあっという間に癒え、マナ水1つですっからかんになりかけていたマナも充分すぎるくらいに回復した。

 

 

「ありがとうございます。それじゃあ、反撃開始と行きましょう! ――ドローフェイズ!」

 

 

 普段の調子を取り戻したリヒトは不敵な笑みを浮かべ、山札から数枚のカードを引きだした。いいのが引けたようで、リヒトは表情を綻ばせた。

 

 イノリは赤火の呼気を使って呼吸を整える。それだけでは心もとないので、黒鋼の吸気も重ね掛けしておく。前者が攻撃を上げる長期戦向けの強化術なら、後者は防御を上げる長期戦向けの強化術だ。

 視界の端でソウセイがハイディングを使い、身を潜めた。ブッシュトラップによる奇襲戦法で攻めるつもりなのだろう。翼竜は自分の目を潰したソウセイを狙い、炎を吐き出した。だが、視界の悪さと身を潜んでいたことが相まって攻撃が外れる。

 勿論、ソウセイが反撃しないはずがない。彼はどこかから狙撃した。翼竜の羽に風穴が空く。堪らず、翼竜が悲鳴を上げた。そこへ向かってイノリは駆け寄り、飛天斬りを叩きこんだ。片翼をざっくりと斬られた翼竜がよろめく。

 

 そのタイミングを待ち構えていたかのように、リヒトがカードを掲げた。

 先程と同じ氷属性のカードだが、描かれていたのはローパーではない。シカだ。

 

 

「集中……! ――獄冷のマモノよ!」

 

 

 マナが弾け、シカを模した氷のマジュウが姿を現す。マジュウは高らかに嘶くと、自慢の脚に冷気を纏わせる。

 マジュウは一足飛びに翼竜の眼前に躍り出ると、白い翼竜に蹴りを叩きこんだ。冷気が爆ぜ、翼竜は悲鳴を上げながら崩れ落ちた。

 途端に、竜が立っていた場所から赤い花弁が舞い上がる。翼竜の命を絶った証拠だ。3人は慌ててミオに向き直る。

 

 ミオは唖然とした表情のまま、倒れた翼竜とリヒトの顔を見比べていた。

 

 

「嘘……あんなに大きなドラゴンを、倒したの……?」

 

「ミオ、怪我はありませんか?」

 

「う、うん。わたしは大丈夫……」

 

 

 リヒトは即座にミオの容体を確認する。逃げている最中に転んだのか、手足や膝に擦り傷があった。リヒトに庇われている間も攻撃の余波を受けたようで、服や顔の所々が煤を被っている。しかし、命に関わるような怪我はしていないようだ。それを確認したリヒトは、「ああ、良かった」と微笑んだ。

 次の瞬間、別方向から青年の悲鳴が響いた。多くの観光客が戦き、慌てふためく気配を察知する。イノリの背中に悪寒が走った。狩る者としての本能が、脅威を感じて警笛を鳴らしたのだ。白い翼竜たちは天を仰ぐと、広場の端へと移動し首を垂れる。――さながら、皇帝の眼前で跪く臣下たちのように。

 

 奴らの働きを労うかのように、新たなフロワロの花が開花していく。赤い花弁が不気味に舞う中、翼竜たちを束ねる親玉が飛来した。

 

 白い翼竜より二回りほど大きな赤い躯に、虹色の光彩を持つ翼を有したドラゴンだ。先程、この場を荒らしまわっていた白い翼竜たちとは比べ物にならない殺気が漂う。

 赤竜は己の降臨を餌どもに告げるかの如く、高らかに吼えた。大地をひっくり返してしまうかのような雄たけびである。ミオは恐怖で身じろぎした。

 何者にも揺らがぬ威風堂々とした佇まい――文字通り“皇帝”の名が相応しかろう。あれが、世界中で暴れまわる群れの王者/指揮官、帝竜なのか。本物を見たのは初めてだ。

 

 

『オイ、イノリ! リヒト、ソウセイ! 聞こえるか?』

 

 

 ノーデンスウォッチに、ナガミミのホログラムが表示される。毒舌マスコットの声は、どことなく切羽詰った響きを宿していた。

 

 

『いま来たヤツは帝竜クラスだ! ヤツの強さは、さっきの竜の比じゃねえ。今のお前らじゃ瞬殺されるぞ! コムスメ連れて、さっさと戻ってこい!』

 

 

 何やら重要なことを言われているような気がするのに、どうしてか、ナガミミの声が遠く感じる。周りの喧騒から切り離されたように、イノリの周辺は不鮮明だった。

 まるで、蜃気楼が視界いっぱいに広がっているみたいだった。その中で、仲間たちの気配と、視界の中央に鎮座する赤い帝竜だけが鮮明に見える。

 

 イノリは吸い寄せられるように一歩踏み出した。自分の中で、何かが鮮明に叫んでいる。

 それはやがて明確な意志となり、自分自身を突き動かす。一歩、また一歩、歩を進めた。

 どうやら、帝竜の元へ歩み出したのはイノリだけではない。リヒトとソウセイも歩み出す。

 

 

「嘘……そんな、信じられない」

 

 

 ミオが、酷く震えた声で呟いた。不鮮明に揺蕩う世界の中で、彼女の言葉は妙にはっきりと響く。

 

 

「あんなのと……戦うつもりなの……? ダメだよ、そんなことしたら! 絶対死んじゃうよ!!」

 

 

 足を止めて振り返った。こちらを見つめるミオの瞳は、恐怖と不安で揺れている。若草色の瞳は涙で滲んでいた。程なくして、彼女の涙腺は決壊した。ぽろぽろと雫が溢れだす。

 そんなミオをみて、堪らなくなったのだろう。リヒトは彼女の元へと歩み寄り、ポケットからハンカチを取り出して彼女の涙を拭った。帝竜への恐怖で縮こまるミオに笑いかける。

 

 

「大丈夫ですよ。全員助けてみせます」

 

 

 ね? と、リヒトはイノリとソウセイに視線を向けた。ああ、と、ソウセイが即座に返答して目を細める。

 

 

「そうだね。……行きましょう、みんなを守りに!」

 

「はい!」

「ああ!」

 

 

 イノリも頷いた。そして、帝竜の咆哮に対抗するが如く音頭を取る。2人は力強く微笑んで頷き、帝竜へと向き直った。

 相変わらず、世界は蜃気楼に包まれたまま。鮮明に見えるのは、自分たちを敵と見定めた帝竜だけだ。

 ミオが震える声で紡いだ言葉も、ナガミミが切羽詰ったような声で紡いだ言葉も、どこか遠い出来事のように思う。

 

 唖然と腰を抜かす観光客の間を歩く。気づけば、観光客も帝竜の取り巻きたちと同じように、広場の端やセブンスエンカウントの施設内へと身を潜めたり、道を開けるように後退りしたりして、道を開けた。

 

 幾何の間もなく、イノリたちは帝竜の眼前に立った。帝竜はじろりとこちらを見返す。

 奴は何の感慨もなさそうにイノリたちを眺めていたが、喰らう対象に認定したのだろう。

 

 赤い帝竜は高らかに咆哮すると、イノリたちを極刑に処すために身構えた。イノリたちも得物を構えて帝竜と対峙する。

 

 

(“狩る者よ、すべての竜を狩り尽せ”――!)

 

 

 イノリの奥底から溢れた思いが、意志となって体を突き動かす。

 帝竜との戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

「よし、長期戦に備えるよ!」

 

「了解です! セオリー通り、罠で迎え撃ちましょう!」

 

「分かった! 道具に関する援護は任せておけ!」

 

 

 イノリの言葉に従うように、リヒトが罠を設置し、ソウセイがトリックハンドを使って道具の効力を引き上げた。イノリも2つの呼気を使って身体能力を強化する。

 

 帝竜はじっとこちらを見つめていた。ニンゲンどもの価値を値踏みしているかのように、帝竜はこちらを見下(みくだ)している。そのまま、イノリたちは攻めに転じた。

 ソウセイが銃を構えて引き金を引いた。弾は帝竜の眉間を掠める。そこへリヒトが雷のマモノを召喚し、帝竜にけしかけた。紫電の爆ぜる鱗粉に、帝竜はうっとおしそうに唸った。

 彼らの攻撃を合図に、イノリは双刀を構えて走る。勢いそのまま、イノリは裂きモミジを撃ち放った。焔を纏った太刀筋が、帝竜の眉間を傷つける。

 

 怒りに火がついたのか、帝竜が苛立たし気にイノリたちを睨む。奴はゆったりとした動作で――けれども、容赦なくリヒトに向かって爪を振り下ろした。

 彼は間一髪のところで回避したが、彼が数秒前まで立っていた場所は瓦礫の山ができている。爪の一撃の余波だけでリヒトはかなりの傷を負ったようだ。

 

 

(もしあれが直撃だったら――)

 

 

 本当に、ぞっとする光景だ。リヒトは転んでもただでは起きないようで、即座にトラップを発動させた。鉄条網と落とし穴が、帝竜に牙を向く。

 巨体は落とし穴で傾き、鉄条網が帝竜の皮膚を切り裂く。だが、帝竜は罠に怯むことなく――むしろ罠ごとぶち壊すかのように爪を振るった。

 帝竜が次の得物として狙いを定めたのはソウセイである。ソウセイも寸でのところで攻撃を回避したが、やはり受けるダメージは大きかった。

 

 

「まったく、笑えないな……」

 

 

 ソウセイは舌打ちしながらアイテムを放り投げてきた。トリックハンドのおかげで、治療薬は帝竜から受けた傷を癒すのに充分効果を発揮してくれた。

 

 

「風のように!」

 

 

 怒り任せに動こうとした帝竜に割り込むが如く、イノリは双刀を振るった。

 帝竜の体がぐらりと揺らぐ。相手の動きを一時的に妨害することができる技、影無しだ。

 

 

「油断が命取りだぞ」

 

「集中……! ――炎熱のマモノよ!」

 

 

 体勢が崩れた帝竜へ、ソウセイとリヒトが攻撃を仕掛ける。前者が至近距離からの射撃――ニーブレイクで、後者がワームを模した炎のマジュウを召喚して攻める。ほんの一瞬、帝竜の体がぐらついた。

 帝竜は重低音の唸り声を上げながら、こちらを睨みつけてきた。奴の視線を例えるならば、邪魔な羽虫をうっとおしがる人間の眼差しと大差ない。帝竜は空に向かって高々と咆哮すると、力をため込むように身構えた。

 

 

「何か来る!」

 

「く……!」

 

「ちぃ……!」

 

 

 イノリたちは慌てて防御の姿勢を取り――次の瞬間、暴風のように吹き荒れた一撃によって派手に吹き飛ばされた。受け身を取る間もなく、イノリは地面に叩き付けられる。

 体中が軋むように痛んだ。呻きながらも体を起こせば、帝竜が尻尾を地面に叩き付けているのが伺える。イノリを弾き飛ばした攻撃の正体は、帝竜の尻尾による薙ぎ払いだった。

 見れば、ソウセイとリヒトもあの攻撃によって弾き飛ばされたようだ。2人とも地面に叩き付けられたらしく、地面に倒れ伏している。2人の呻き声が耳を掠めた。

 

 帝竜は相変わらず、涼しそうな顔をしてイノリたちを見下(みくだ)していた。イノリたちが与えた傷も、奴にとっては大したことがないようだ。この場に君臨する王の如く、帝竜は吼えた。――さながら、身の程知らずの愚か者に極刑を与えんと言わんばかりに。

 

 だから何だ。イノリはよろめきながらも、半ば無理矢理体を起こす。

 だからどうした。体の痛みを無視して、イノリは得物を構えて帝竜を睨む。

 

 

(“すべての竜を狩り尽せ”――!)

 

 

 イノリの奥底から溢れた思いが、意志となって体を突き動かす。

 

 

「……まだ、折れちゃいない……!」

 

 

 自分たちは知っている。何度無様に叩きのめされても、沢山の人を守るために立ちあがった人たちのことを。

 自分たちは知っている。何度も躓いて転んでも、沢山の人たちに支えられて戦い抜いた人の背中を。

 

 自分たちは知っている。――最期の最期まで諦めることなく、逃げることなく、大切な人を守るために戦い続けた英雄の背中を。

 

 体を起こしたのはイノリだけではない。地べたに這いつくばっていたリヒトとソウセイも、よろよろと立ち上がる。イノリの後に続くかのように、2人も武器を構え直した。

 ノーデンスウォッチから雑音が聞こえる。ナガミミのホログラムがしきりに何かを訴えているけれど、今はそれよりも重要なことがあった。目の前の帝竜である。

 

 

「みんなを、守るんだ……!」

 

「……そのためにも……僕らは、アレを倒さなければ……!」

 

「まだだ……まだ、戦えるぞ……!」

 

 

 壊れかけた四肢を引きずって、頼りなさげによろめきながら、それでも大事なものを守りたくて、ここに立つ。己の意志で、帝竜を討つことを選んだ。

 

 

『チッ……死ぬまでやるつもりかよ!!』

 

 

 苛立たし気な舌打ちが、どこか遠くから響いてきた。それをかき消すかのように、帝竜が吼える。

 イノリたちも身構え、応戦しようとし――次の瞬間、何かが帝竜の真横に叩きこまれた。

 

 

「え――」

 

 

 一体何が起こったのだろう。イノリたちは思わず、攻撃が飛来した方向へ視線を向けた。そこには、ISDFの制服を着た軍人たちが武器を構えている。中でも目を惹くのは、ISDFの中でも地位のある人間が身に纏う制服を着た3人――壮年の男性、爽やかな青年、軍帽を被った若い女性である。

 前者も後者も、場馴れしているという貫禄が伺えた。歴戦を乗り越えてきた男たちである。到底、イノリたちのようなひよっこが及ぶ相手ではない。唖然と見ているうちに、壮年の男が部下たちに的確な指示を出した。上司が上司なら部下も優秀なようで、軍人たちは即座に己の役割を果たしに駆ける。

 

 

「お前たちが食い止めたのか」

 

「あ……」

 

 

 鮮やかな指示を出した男が、厳かな眼差しを向けてきた。怒っているのか、褒めているのか、面白がっているのか、呆れているのか、ぱっと見て判断がつかない。

 何と答えればいいのか/どう反応すればいいのか分からなくて、イノリは思わず視線を彷徨わせる。リヒトやソウセイも同じようで、何とも言い難そうな表情を浮かべた。

 しかし、彼らがイノリたちに興味を示していたのはごく短時間だった。ISDFの高官軍人は、威風堂々と君臨する帝竜へと視線を向け直す。彼らの瞳に迷いはない。

 

 

「随分手負いですね、ヨリトモ提督。こいつは俺が引き受けますよ。……ユマも、それでいいですよね?」

 

「構わないわよ?」

 

「任せたぞ、ユウマ」

 

 

 上司――ヨリトモとユマから許可を得た部下――ユウマは、微笑を浮かべて歩き出す。帝竜の睨みを真正面から受けても、彼は一切揺らがない。

 

 それはまるで、己の命と引き換えにイノリたちを守り抜いた祖父の背中みたいだ。問答無用に非の打ちどころのない、天下無敵の“英雄(ヒーロー)”――その言葉が似合う。

 他にどんな例え文句があるのか、今のイノリには思いつかない。ユウマは帝竜との距離を大股で詰めていく。足を止めた彼は、そのまま帝竜と向き直った。

 

 

「さあ、掛かってこい。そして身を以て知れ。服従すべきは、どちらなのかを――!」

 

 

 どこからともなく風が舞う。ユウマの外套がはためき、この周辺に膨大なマナが集まり始めた。異様な気配を察知したのか、帝竜もユウマに狙いを定めた。

 ユウマは力をため込むかのように身を屈め、頭を抑えた。何かの痛みに耐えるかのような、苦悶の声が聞こえたように思ったのは何故だろう。

 爆発するように湧き上がったマナに、帝竜は怒りをあらわにした。何かの仇を取ろうとするかの如く、帝竜は高らかに咆哮する。

 

 

(――っ!!?)

 

 

 黒を帯びた、どす黒い紫――神々しくも毒々しいマナの輝きに、イノリは釘付けになった。リヒトとソウセイが戦くような吐息を漏らす姿が他人事のように思える。

 

 イノリは、自分の中にある何かがざわめいていることに気づいていた。けれどそれ以上に、ユウマの背中から目を離すことができなかった。

 帝竜が容赦なく手を振りかぶる。奴の一撃が叩きこまれるよりも先に、ユウマが右手に収束させたマナを解き放つ方が早かった。

 

 断末魔の悲鳴を上げて、帝竜がその場に崩れ落ちた。帝竜は己に待ち構える死の運命に抗おうとするかのように体を痙攣させていたが、間もなく沈黙した。

 呆気ない。イノリたちが壊滅寸前に追い込まれた相手を、ああも一撃で。リヒトとソウセイの、呆気にとられたような横顔が視界の端にちらつく。

 その間にも、ISDFの軍人たちは手早く事後処理に動いていた。上官は部下を労い、部下は涼しい顔をして頷いた。即座に上司は他の部下たちに指示を出した。

 

 

「なんですか、あの人……!? 一撃で帝竜を殴り殺すとか、明らかに禍々しいマナとか、突っ込みどころ満載じゃないですか……」

 

「ISDFの特務部隊に所属しているエースの話は知っていたが、間近で拝む羽目になるとは思わなかった……。大迫力じゃないか」

 

 

 リヒトとソウセイの会話が、耳に入ってはすぐに抜けていく。首を固定されてしまったかのように、イノリはユウマから視線を逸らせなかった。――いや、逸らさなかった。

 他の面々が動き出すの眺めていたユウマが、何かに引き寄せられたかのようにイノリを見た。彼は爽やかな笑みを湛えてイノリの方へ歩み寄ってくる。

 

 

「キミたちのおかげで楽をさせてもらいました。どうもありがとう」

 

 

 帝竜を一撃で屠る力の持ち主でありながらも、ユウマという軍人は、謙虚で礼儀正しい好青年だった。非の打ちどころがなさ過ぎて、逆に不安になるレベルである。

 しかし、ISDFの現役軍人――しかも、その風貌/若さからして、異例の大出世を遂げた人物であることは明らかである――に褒めてもらえるだなんて思わなかった。

 何とも言えない照れくささを感じて、イノリははにかんだ。自分のような未熟者には、賛辞の言葉など不釣り合いだ。本来その称賛を浴びるべき相手は、目の前にいるではないか。

 

 

「私なんて、大したことはないです。貴方の方こそ、凄いですよ。格好良いです」

 

 

 本当はもっと相応しい言葉があったはずなのに、出てきたのは陳腐でありきたりなものばかりだ。言葉にできない感謝が伝わればいいのに。それが少し、もどかしい。

 ユウマは一瞬驚いたように目を瞬かせた。鳩が豆鉄砲を食ったような眼差しは、すぐに静かで曇りのないものへ戻る。ユウマはゆるりと目を細め、静かに微笑んだ。

 

 

「俺は当然のことをしただけです。――それが、俺の使命ですから」

 

 

 揺るがぬ意志を持った響き。

 それは、帝竜を屠る前に語ったときと何ら変わらない。

 

 けれど。

 

 イノリには、先程聞いた彼の声よりも、幾分か優しく柔らかい響きのように思える。

 心なしか、目の前にいるユウマの表情もまた、温かな感情を湛えているように見えた気がした。

 

 

「ちょっとユウマ。貴方、上司を働かせて自分は暢気にお喋り? 楽しそうねー」

 

「そんな恨み節全開で言わないでくださいよ、ユマ。すぐ仕事に戻ります」

 

「あらあら、別にいいのよ? 貴方のようなクソ真面目くんは、可愛い女の子とお話する機会なんて滅多にないんだろうし。鼻の下を伸ばした顔なんて初めて見たもの」

 

「貴女は俺を何だと思ってるんですか。茶化さないでください」

 

 

 ユウマに声をかけてきたのはユマだった。彼女はユウマに睨まれても気にしていない。ユマは悪戯っぽく微笑み、ひらひら手を振りながら颯爽と立ち去っていく。

 周囲を見渡すと、ISDFの軍人たちが事後処理のために駆け回っていた。彼らは帝竜検体を回収して帰投する班と、怪我人の治療を行う班に分かれているようだった。

 

 

「それじゃあ、俺はこれで。キミたちは一般人なんですから、今後は二度と、こんな無茶をしないでくださいね?」

 

「あ、あはは……以後気を付けます。本当にありがとうございました」

 

 

 感謝の言葉の次は、やんわりとした忠告が向けられた。戦場を駆け抜けてきた軍人からしてみれば、イノリたちのようなひよっこが帝竜に挑みかかる姿は無謀以外の何物でもない。

 自分の未熟さを突きつけられたような心地になって、イノリは苦笑し身を竦めた。ユウマは命の恩人である。彼の言葉を素直に受け止め、イノリは深々と頭を下げた。

 ユウマの顔は見えないが、彼が笑ったような気配が漂う。はたしてそこには、イノリの予想した通り――イノリの予想した以上に――柔らかな笑みを浮かべたユウマがいた。

 

 彼は軽く会釈をすると、己の役目を果たすために踵を返した。ユウマの後ろ姿は、あっという間に軍人たちの中に消えていく。イノリはその背中を見送った。

 

 事後処理に奔走する軍人たちを眺めていたイノリたちだが、リヒトが弾かれたようにこの場を見回し始めた。

 探し人はすぐ見つかったようで、彼はその相手の元へと駆け寄る。

 

 

「ミオ、大丈夫ですか!?」

 

「え!? あ、うん。わたしは大丈夫だけど……」

 

「良かった。帝竜が暴れた際の余波もなさそうですし、安心しました」

 

 

 傷だらけで、額から血が滲んでいるにもかかわらず、リヒトはミオの心配をしていた。ホワイトドラゴン襲撃時以上の外傷が見当たらないことに安堵するリヒトの様子に、ミオはほんのりと顔を赤らめる。

 けれど、彼女はすぐに我に返った。ミオもリヒトのことを心配しながら、自分の鞄の中を漁った。取り出したのは大判のハンカチーフで、ミオは拙い手つきながらも額の傷を止血しようとする。彼女の瞳は、感謝と憂いに揺れていた。

 思慮深く慎重な性格のリヒトにしては、珍しいこともあるものだ。半日という短い時間で、彼は那雲ミオという少女に打ち解けている。英雄の系譜を継ぐ仲間たち以外では、かなり短い時間であると言えるだろう。

 

 それに、見ていると何とも微笑ましい。イノリがのんびりとそんなことを考えていたとき、どこかから物々しい視線が突き刺さってきた。

 出所はISDFの軍人たちに指示を出していたヨリトモである。眉間の皺はより一層深くなり、眉の端が引きつっているように見えた。

 

 

(……なんだろう。私がリヒトくんやソウセイくんと仲良くしてるのを目の当たりにしたおじいちゃんみたい)

 

 

 今は亡き祖父の姿が脳裏をよぎった。リヒトやソウセイを筆頭とした男友達の話をしたり、彼らと一緒に遊んでいる現場を見た祖父が、ヨリトモと似たような表情を浮かべていたように思う。困惑と驚愕、怒りと葛藤――ぐちゃぐちゃに混ざった感情が揺れていた。

 

 そういえば、祖父から「彼氏ができたのか?」と執拗に訊ねられたことがあった。得物片手に、相手の保護者の元へ乗り込まんと息巻く眼差しが印象的だった。

 勿論、イノリは滾々と「彼氏はいない」という事実を懇切丁寧に説明した。結果、祖父は居心地悪そうに視線を彷徨わせ、壊れた人形のように謝罪し続けていたか。

 祖父のミカゲ曰く、イノリは祖母であるユイに似ているらしい。特に、ミカゲを説教するときの様子はユイと瓜二つなのだという。祖母も大変だったようだ。閑話休題。

 

 リヒトはヨリトモの視線を察したのか、ごく自然な動作で彼に背を向けた。勿論、それとなくミオを庇っている。

 ヨリトモがミオを見ていることに気づいていたのだろう。リヒトは彼の眼差しを“ミオに対する不埒なもの”と認識したようだった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ヨリトモとリヒトが視線の応酬を開始した。互いが互いに対する不信感をむき出しにして、激しく睨み合っている。

 しかし、ヨリトモはリヒトから逃げるように視線を逸らす。何かを振り切るかの如く、ヨリトモは部下たちへ指示を出した。

 

 イノリは軍人たちへと視線を戻す。いずれ、自分も彼らと同じ組織に属し、彼らと同じように人を守るのだ。いずれ来るであろう未来に思いを馳せながら、彼らの背中を見つめていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ISDFがノーデンス社の入り口から撤収したのは、日が傾き、そろそろ太陽が沈む時間帯だった。帝竜や翼竜の襲撃によって荒れ果てた大地が広がっている。

 だが、イノリたちの無茶が功を制したのか、被害は大したことがなかったようだ。「怪我人はいるが、死者は1人も出なかった」という報告を聞いたアリーは満足げに笑った。

 

 

「しかし、どうする? ありゃあ完璧にマークされたぞ」

 

「予定より早いけど、仕方ないわね。いつかはバレることだもの」

 

 

 ナガミミは面倒くさそうに肩をすくませた。ジュリエッタも額に手を当てて息を吐く。しかし、彼は切り替えるように頷いた。

 “ノーデンスが真竜検体を収集している”という事実は、現段階では伏せておくつもりだったようだ。

 計画を見直すように、彼は顎に手を当てて思案する。頭の回転の速さが、ノーデンスのNo.2/ブレーンとしての才能なのだろう。

 

 アリーは楽しそうに笑いながら、イノリたちの方に向き直る。

 

 

「初めての実戦はどうだった?」

 

「うーん……戦い終えた直後は何とか生きてるなあって思ってましたけど、今は勝てなかったことが悔しいかな」

 

「そうですね。僕らはまだまだ未熟者なんだと痛感しました」

 

「克服しなければならない点が沢山ある。改善の余地も見つかった。次は負けない」

 

 

 実践のことを思い出しながら、イノリは苦笑した。

 リヒトとソウセイも苦笑したのち、真剣な面持ちで頷く。

 

 嘗てのムラクモ13班も、敗北を喫してから巻き返すように強くなった。自分たちではどうしようもない壁にぶち当たりながらも、仲間たちの援護を得て、竜を倒してきたのだ。

 

 イノリたちは彼らと同じものにはなれないが、彼らと同じように強くなりたい。

 その決意を固めた自分たちの姿に、ジュリエッタは感嘆の息を吐いた。

 

 

「けど、初戦であそこまでやれたら充分よ? 普通のコならとっくに死んでるもの」

 

「ったく、マジで生きてるのは奇跡だぞ。長生きしたきゃ少しはオレ様の言うことも聞けっつの。……むしろ長生きしてくれよ。オレ様の精神安定的な意味で」

 

 

 ナガミミは面倒くさそうに悪態をつく。ナビゲーター役を買って出たナガミミには、本当に迷惑をかけてしまった。引けと言ったマスコットのアドバイスを無視し、帝竜に挑みかかったのはイノリたちである。

 言うことを聞かない問題物件――眞瀬ブンイチの暴走という爆弾を抱えているためか、ナガミミの言葉は非常に重々しい響きを宿している。イノリたちの無謀な行動が、ナガミミの災難をフラッシュバックさせたのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになった。

 

 

「だけど、これで決まりだね! 初めての対竜戦でここまで戦えるなんて。――ゼッタイ、この街にいると思ったんだ。竜を狩る者が!」

 

「ちょっとアリー。嬉しいのは分かるけど、年甲斐もなく跳ねるんじゃないの」

 

 

 アリーは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。ジュリエッタはそんな上司の姿に苦笑した。彼がそんな表情を浮かべるのは、それだけが原因ではない。

 ジュリエッタはイノリたちを見つめながら肩をすくめた。傍から見れば、イノリたちは普通の学生にしか見えない。

 外見だけでは、戦う力を有しているようには見えないのだろう。いくら特別な力を持っていたとしても、S級能力者は“ニンゲン”なのだから。

 

 そんな話題で盛り上がっていたとき、ミオがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。もう既に家へ帰っていると思っていたため、イノリたちは目を瞬かせる。彼女はイノリたちに礼を述べ、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「あの、助けてくれてありがとう」

 

「いえいえ、当然のことをしただけですよ」

 

「そうだね。私たちはみんなを助けたくてやったんだから」

 

 

 リヒトとイノリは満面の笑みを浮かべて頷き返した。ソウセイは何かを言う代わりに、目を細めて頷く。

 ミオは目を瞬かせたけれど、首を振った。イノリたちが成そうとしたことは、並大抵のことではないのだと。

 

 

「当たり前のことじゃないよ。普通の人だったら、怖くて動けなくなるのが当たり前だもん。……自分の命を懸けて誰かを守るなんて、誰にでもできることじゃないんだよ?」

 

 

 自分は怖くて震えているだけだった、と、ミオは悲しそうに俯いた。その姿が、嘗てのイノリと重なる。

 

 

「分かるなあ、それ。私も、命懸けで守ってもらった人間だったから」

 

「え?」

 

「私のおじいちゃんは、私たちを守るために、私たちの目の前で死んじゃったんだ」

 

 

 祖父の死の現場に居合わせていたリヒトとソウセイは、当時のことを思い出したのだろう。痛みを堪えるように俯いた。彼らの表情には影が滲む。

 イノリたちはミカゲによって生かされた人間だ。彼の最期の背中は、イノリの瞼の奥に焼き付いて離れない。文句の付けどころのない、完璧な正義の味方。

 どうして自分は何もできなかったのかと悩んだことがある。どうして自分が生き残ったのだろうと悩んだことがある。あの頃の自分は、ずっと泣いてばかりだった。

 

 

『だったら、キミが証明すればいい』

 

『彼が命を賭けて救う価値が自分にはあったのだと、証明すればいい』

 

『そのためには、キミはもっと強くならなくちゃいけない。こんなところで泣いているような暇なんてないんだ』

 

 

 祖父の葬儀で出会った少年の言葉を、イノリは今でも覚えている。彼の言葉に、目が覚めたような心地になった。

 

 ミカゲに守られた命として、ミカゲが信じた希望として、恥じない生き方をしたい。

 彼が命懸けで切り開いてくれた未来を受け取った人間として、自分にできることを成し得たい。

 

 

「いつか私も、大事なものを命懸けで守れるような――誰かの未来を切り開き、希望を繋げるような人間になりたい。おじいちゃんがそうやって、私たちを守り抜いたみたいに」

 

 

 その想いが、イノリを突き動かす意志となるのだ。胸の奥底に咲いた小さな白い花を抱えるように、イノリは胸の前で手を組んだ。

 イノリの誕生花、エーデルワイスだ。花言葉は勇気、大切な思い出。イノリにとってこの花は、花言葉通りの意味を持つ。

 少年がくれた言葉を心の中で何度も思い返しながら、イノリはゆるりと目を細めた。胸の奥から温かいものが溢れてきた。

 

 そんなイノリを見ていたリヒトとソウセイは顔を見合わせ、小さく肩をすくめた。

 

 

「格好良いこと言ってますけど、やはり僕らはまだ未熟者なんですよね」

 

「そう易々とはいかないのが世の理というものだ。技術開発も人生も似たようなものだろう」

 

「……やっぱり、3人はすごいなあ」

 

 

 ミオは、眩しいものを見るようにイノリたちを見上げた。

 若草色の瞳には、羨望の色が滲んでいる。

 

 

「どうしてわたしは、何もできないんだろう……」

 

「ミオ……」

 

「――っ、ごめんね! 変な空気にしちゃって……。とにかく、さっきはホントのホントにありがとう!」

 

 

 泣き出してしまいそうなくらい、掠れた声だった。ミオの様子に心を痛めたリヒトが表情を曇らせ、それを目の当たりにしたミオは慌てて笑って見せる。どう見ても空元気であることは明らかだった。

 「このお礼はいつか必ずする」と言い残し、ミオは踵を返した。ドラゴン襲撃時の傷や汚れをそのままにして、彼女は立ち去ろうとする。その背中を、ジュリエッタが慌てて、アリーがゆったりとした調子で呼び止めた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! アンタ、まさかそんなボロボロのまま帰るつもり!?」

 

「キミたちは、ノーデンス社自慢の医療チームがバッチリ手当てするよ☆」

 

「え、でも、私は……」

 

「んもう、細かいことは気にしないの! アタシだってヒトの子よ? ボロボロになった可愛いコちゃんを放置したままでいるなんてできないわ!」

 

 

 頑ななミオに対し、ジュリエッタはぐいぐいと言い募った。大人しいミオが、積極的にぶつかってくる相手を無視できるはずがない。

 ミオは躊躇うように視線を彷徨わせていたが、結局は押し切られるような形で同意する。ジュリエッタは満足げに頷いた。

 彼は藤色の瞳をアリーへ向ける。文句は言わせないと訴えるかのような眼差しだ。アリーは朗らかに笑いながら頷き返す。交渉成立のようだ。

 

 

「さ、みんなで行きましょ! 医療セクションの連中、手ぐすね引いて待っているわよ」

 

「手ぐすねって、私たちは敵じゃないんだけど……」

 

「例えの一種よ。だから、細かいコトは気にしないの!」

 

 

 イノリの突っ込みを流し、ジュリエッタが手招きした。彼はナガミミとアリーと共に、ノーデンスへと歩き出す。イノリたちとミオも、3人の後に続いて歩きだした。

 

 

 

■■■

 

 

 

 進学先の義務講習を終えて宿泊施設に戻る道中で、シキがISDFの制服を着た軍人たちを見かけたのは偶然だった。

 慌ただしい様子の彼らに興味を持ったのも、KeepOutと書かれた黄色いテープの元まで近づいたのも偶然だった。

 

 

「また、“多発的な帝竜の出現”かよ。最近多いんだよなあ」

 

 

 防具に身を包んだ男が、面倒くさそうにため息をつく。出動が度重なっているためか、他の煩雑な仕事に振り回されている疲れと鬱憤が溜まってるためか、あくびをかみ殺しきれない響きがあった。

 

 シキは耳を傍立てる。情報収集は大切だと、両親が常々話していたことを聞いていたためだ。

 直接話を聞くのも、間接的に噂話を集めるのも、重要度は同じくらいである。

 ……最も、後者の場合は、慎重且つ念入りに裏を取る必要がある/手間がかかるが。

 

 自分たちの会話に耳を傾けられているとは思っていないようで、ISDFの人々――その中でも噂やお喋り好きな性格なのだろう――は密やかに会話を繰り広げている。

 どんな組織にも、口が軽かったり、喋りたくてウズウズしている人間はいるものだ。面倒くさそうな男に、いかにも明るそうな男が声をかけてくる。

 

 

「有明のノーデンス・エンタープライゼス前に帝竜が出現したんだけど、一般人が帝竜に挑みかかってたんだって」

 

「それ本当か?」

 

「本当に本当さ。ヨリトモ提督の率いる部隊に、俺の友人がいるんだ。そいつからの情報なんだから間違いない」

 

「おいおい……。その一般人、正気かよ。下手すれば、そいつらのせいで余計に被害が拡大してたかもしれないな」

 

「逆だよ。その一般人たちが帝竜の注意を引いてくれたから、被害は最小限に留まったらしい。怪我人はいたけど、死者は出てないって話だ」

 

「お手柄、ってヤツか。……そいつら、もしかしたら、旧政府でいう“S級能力者”なのかも。上層部が知ったら、あの手この手でISDF(ウチ)に引き入れようとするだろう」

 

 

 2人の男性は暫し話し込んだ後、上官に呼ばれたためにその場を離れて行った。期せずして手に入ったとんでもない情報に、シキは目を見張る。

 ノーデンス・エンタープライゼスといえば、イノリたちがセブンスエンカウントで遊ぶために訪れている施設である。――そこに、帝竜が出現した?

 不安に駆られたシキは、慌ててイノリたちに連絡を取ってみる。イノリは出ない。リヒトも出ない。ソウセイも出ない。誰とも繋がらないのだ。

 

 英雄の系譜を継ぐ、特別な幼馴染。互いが互いの理解者であり、信頼できる相手であり、無二の友人であった。

 

 もし、イノリたちに何かあったら――考えるだけで恐ろしい。だが、やみくもに動くのも得策ではないだろう。

 それに、義務講義はまだ終わっていない。修了するにはあと3日かかる。講義を途中で放り投げるわけにもいかない。

 

 

「3人とも、無事でいてくれるといいんだけど……」

 

 

 悲しいかな、今の那雲シキは無力だ。歯噛みしながら、それでもせめてできることをしようと手を組む。

 3人の無事を祈ることが、今のシキにできる、ただ1つのことであった。

 

 




今回も、基本は改訂前と変わりません。変更点は、ユマがISDFにいるという点ですね。『未完のユウマ』の主人公にして、原作ではいなくなってしまう人ですから。
少しづつですが、改定前のストーリーから変化を織り込んでいく予定です。
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