百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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U.E.72 未完の行く先《モミジガサ:罪と罰》
イグナイテッド


 窓から覗く景色は鮮やかで、一際目を惹いた。真っ青なコントラストが眩しい。

 

 瓦礫の山が積まれていた街並みは、今ではビルや住宅群の建設が進んでいる。復興が進まないと嘆きを叫んでいた時代が嘘のようだ。

 実際、ニュースに出演していた政治家が『文化および生活レベルは、真竜襲撃以前の水準とほぼ同等と言えるだろう』と熱っぽく語っていた。

 もっとも、今では、真竜襲撃以前の生活水準がどれ程のものだったのかを知る証人は一握りしかいない。あとは残されたデータくらいだろう。

 

 

「貴方が運び込まれたって聞いたとき、凄く心配したんだからね」

 

 

 緑の髪の少年はリンゴの皮むき作業に勤しむ。くるくると回転するリンゴに比例するように、細く薄く、けれど決して切れることなく皮がむけた。

 酸化防止としてだろう。リンゴを塩水につけた後、彼は手早く水を切って皿に並べる。ご丁寧につまようじも付けてくれた。至れり尽くせりとはこのことだ。

 

 

「ああ。心配かけてすまなかった」

 

「まったくだよ。貴方がいなくなったら、俺の同期はいなくなっちゃうんだから」

 

 

 少年の言葉は、容赦なく青い髪に褐色の肌――ルシェ族の青年に突き刺さる。

 

 

「思い出を語り合える相手がいなくなるというのは辛いんだよ? 俺が昔のことを語らえるの、相棒以外は()()()()()()()んだからさ」

 

 

 少年の眼差しは、ベッドサイドに立てかけられた写真立てに目を向けられた。ネイビーブルーを基調にした軍服に身を包んだ者、白衣を纏う者、おろしたてのスーツを着た者老若男女が笑いあっていた。遠い昔に撮った集合写真だ。

 ある者は研究者、ある者は軍人、ある者は政治家。立つ戦場は違えど、確かに青年と彼/彼女らは仲間同士であった。――夢を、希望を、過去を、未来を語らった仲間はもう、いない。少年を除いて、写真の中で微笑むのみだ。

 

 

「……すまない」

 

 

 居たたまれなくなった青年だが、現状況では謝罪の言葉を述べるので手一杯だった。それを見た少年は、おどけたように笑って見せた。

 

 

「怒ってないよ。次からは無茶しないでくれればいいから」

 

「わかった。出来得る限りあがいてみせよう」

 

「反省する気持ちは微塵もなさそうだね」

 

「当然だ。死んでしまったら元も子もないだろう。生きているからできるんだ」

 

 

 青年は軽口を叩きつつリンゴに手を伸ばした。つまようじに刺さった一切れを口へ運ぶ。咀嚼すれば、まず先に塩味がふっと広がった。噛めば噛むほど果汁が溢れだし、青年の口を満たす。最初の塩味がリンゴ本来の甘みを引き立てた。

 しゃくしゃくと音を立ててリンゴを齧る。手は止まらず、皿から半分が消える。それを見た少年はぎょっとしたように目を見開いた。しかし、それはほんの一瞬のことで、彼は「しょうがないな」と言う代わりに苦笑してリンゴの皮をむき始める。

 包丁がリンゴを切る音が心地よい。果物ナイフは引っかかることなく、なめらかに果実を一刀両断していく。使い手である少年の手つきにも迷いはない。彼が初めて包丁を握ったとき、掌をざっくりと切って大騒ぎになったのが嘘みたいだ。

 

 なんて微笑ましい光景だろう。青年はゆるりと目を細めた。

 光陰矢の如し、とはこのことを指すのだ。

 

 

「でも、凄いよね。あんな絶望的な状況だったのに、五体満足の軽傷だったなんて」

 

「そうだな。僕自身も驚いているし、医者も『あんな状況で、五体満足の軽傷で済むこと自体奇跡だ』って驚いていたよ。タフさは専門外だと言うのに」

 

「確かにそうだね。貴方の専門は情報演算処理能力なんだし」

 

 

 リンゴの皮をむく手を止めぬまま、少年は苦笑した。

 

 程なくして、皮をむかれて8等分されたリンゴが皿に並ぶ。勿論、塩水による処理も終わった。

 青年は1皿を平らげると、新たなリンゴへ食指を伸ばす。爽やかな果実の甘さが口いっぱいに広がった。

 

 

「このリンゴ、美味しいな」

 

「でしょ? 東雲財閥の農業関連子会社が作った新しい品種で――」

 

 

 そこまで言って振り返った少年が、止まる。リンゴの美味しさに舌鼓を打っていた青年が顔を上げれば、彼は凍り付いたように目を見開いていた。

 

 

「どうかしたのかい?」

 

「嘘。自覚ないの?」

 

 

 少年はそっと、こちらに向けて鏡を差し出した。青年はこてんと首を傾げながら、鏡を覗き込む。

 鏡には何の変哲もない自分の顔が映し出されているのだろう。友人の不可解な発言にちょっと困ったように笑う自分の顔が――

 

 

「……なんだ、これ」

 

 

 映し出されない。鏡の中に居る自分は、真顔だった。表情に一切の変化がない。

 

 試しに笑ってみようと口角を動かす。微動だにしない。

 動かないのだ。変わらないのだ。何をやっても、どうやっても。

 まるで能面のように、青年の表情は変わらなかった。

 

 青年の口元が引きつった。引きつったと言っても、それは青年の心理的感覚でしかない。鏡の中に映る自分の姿は真顔のままなのだ。

 師匠や仲間たちから「表情がころころ変わる、素直で嘘のつけない子」と呼ばれていた面影なんて微塵もなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは、どんなホラーだ」

 

 

 青年は、唸るように呟いた。それでも鏡の中の自分は仏頂面のままで、声だけが生々しい感情を乗せて響く。

 

 

『キミは感情豊かな子だね』

 

『特に、食べ物を食べてる時が顕著だよな』

 

 

 恩師たちから言われた言葉が脳裏をよぎる。今は亡き彼らが青年の姿を見たら、吃驚仰天の騒ぎだけでは済まないだろう。

 泣く。泣かれる。確実に、男性3名が大惨事になる。やけに落ち着き払う女性陣の姿を幻視してしまい、頭が痛くなった。

 

 

「……ほ、本当に自覚なかったの?」

 

「ああ。キミに言われるまで気づかなかった。……僕は一体、どうなってしまったんだろうな」

 

 

 青年は顎に手を当てて考え込む。負の面は反映されるようで、青年の眉間には深い皺が寄った。鏡に映る青年の姿を見ていた少年も、心配そうに目を伏せた。

 程なくして、医師と看護師が部屋へと足を踏み入れた。体に異常がないか、精密検査を行うという。医師たちに促された青年は、何の苦もなく立ち上がった。

 

 少年に会釈し、青年は病室を後にした。

 

 

***

 

 

 精密検査の結果が出たのは、それから1週間後のこと。手渡された結果表には「異常なし」の文字が躍っている。「表情が変わらない」という症状については、「心因性?」と書かれるのみだ。曖昧な表記なのは、医者が匙を投げたからに他ならない。

 信頼できる人にセカンドオピニオンもやってもらったが、結果は一緒だった。彼がそう言うのだから、そういうことなのだろう。青年は納得することにした。それはそれで都合がいいと判断したためだ。とんとん拍子で退院の手続きを終えて、現在に至る。

 

 少ない私物を纏めて、青年は立ち上がった。青年の前に立ちふさがるのは、緑の髪の少年だ。菫色の瞳は青年から逸らされることはない。

 

 

「ねえ、本気なの?」

 

「そのつもりだ。それが、僕が生き残った理由だろうから」

 

 

 青年の答えを聞いた少年は、くしゃりと顔を歪ませる。今にも泣きだしてしまいそうに見えた。青年は苦笑したが、少年の瞳に映る姿は無表情のままだ。よくできた人形のように微動だにしない。

 意図しないが完璧なポーカーフェイス。これはこれで、立派な武器となり得るだろう。あまりうれしくないと心の中でため息をつけば、少年の瞳の中に映る自分は、ほんのわずかに眉を下げた。

 それがどうこじれてしまったのか、少年は居たたまれなさそうに視線を彷徨わせた。悲しませるつもりはないのだが、どうしてもうまくいかないらしい。世界も人生もままならないことばかりだ。

 

 

「……無茶しないって言ったくせに」

 

「そうだな。1週間で反故にするとは、僕自身も予測できなかったよ」

 

「後方支援担当の割に、貴方はアグレッシブな性格だよね。昔からそうだった」

 

「心当たりがありすぎて例が挙げられないな。どれに対して謝罪の言葉を述べればいいのかわからない」

 

 

 こんなときでも軽口を叩き合えるのは、長い付き合いをしている仲間同士故の気楽さだ。しかしながら、近しい関係ゆえに、気づきたくない予兆に寂しさを覚える。

 頭および勘のいい人間もまた、いいことばかりではない。余計なことを察してしまい、それ故に、碌でもないことに巻き込まれてしまうのだ。

 

 ……青年の場合は、自ら進んで巻き込まれに行く方なのだが。勿論、その選択に後悔はない。目の前の少年も青年と似たようなものなので、強く止めることはしないだろう。

 

 少年は不に落ちないと言いたげに恨めし気な眼差しを向けていたが、結局は押し黙ることを選んだようだ。ふくれっ面の彼を宥めようと思い――青年は手を止めた。

 青年は()()()のだ。同時にそれは、()()()()()()ことを意味する。この場合、()()()()()()のは、友であるこの少年だ。

 ……だから、手を伸ばすことはできない。それが、()()()()()()青年に課せられる業だ。青年はかぶりを振った後、真っ直ぐに少年を見返した。

 

 

「また、会えるよね」

 

 

 菫色の瞳は、不安げに揺れている。自分の中に揺らめく予感が間違いであってほしいと願うかのように。それは、青年だって同じだった。

 

 

「会えるさ。……会いに行くよ。すべてが終わったら」

 

 

 口元を緩めることができない代わりに、青年は静かに目を細めた。

 自分の中で渦巻く懸念に見ないふりをして、真正面から頷く。

 

 

「わかった。約束だよ」

 

 

 暫しの沈黙の後、少年は微笑み返して道を開けた。顔を見合わせて頷き合う。――そうして、2人は背を向けて歩き出した。

 

 

 

■■■

 

 

 

 U.E.72年――嘗て使われていた西暦で換算すると、今年で2095年になる――。2020年代に発生した真竜襲来から、75年が経過した。

 ムラクモ13班が荒廃した東京を駆け抜け、竜を狩る戦いを繰り広げていた時代は、遠い昔の出来事になりつつある。

 

 時が流れるのは早い。帝竜によって姿を変えた東京の街は、少しづつではあるが人間が住めるようになった。生活水準も、真竜襲来以前に立ち返ろうとしている。……というのが、世間一般の常識であり、認識であった。

 

 雪待(ユキマチ)(シズク)は国際自衛軍ISDFの極東艦隊に所属する、ルシェ族の軍人だ。故に、薄氷の如く崩壊しやすい世界の状態はよく知っている。自分たちは国土復興のために跋扈するマモノの討伐を行う傍ら、音を立てずに近づいてくる脅威に備えていた。

 2000年代当時は貧相な装備で一進一退の攻防を繰り広げていたが、当時の教訓を活かした研究が盛んに行われている。これからも来襲するであろう真竜の脅威は、次世代の担い手へ受け継がれていた。……というのもまた、一般軍人の()()()()()常識と認識なのだが。

 

 

「うーん、デザートのアイスが溶けてしまうまでにヒュウガに帰れるかしら」

 

 

 現在、シズクたちがいるのは戦場へ向かう軍用ヘリの中だ。戦意を高める(つわもの)どもが詰め込まれたヘリには場違いな言葉が響き渡る。

 「クソ真面目を地で行く」と太鼓判を押されたシズクにとって、無視できない発言だ。反射的に、発言者を咎めてしまったのは当然と言えよう。

 シズクの眼差しなどどこ吹く風。発言者であるルシェ族の女性士官――伊倉(イクラ)由真(ユマ)はヘリの窓に頬杖をついてため息をついていた。

 

 状況が状況でなければ、ユマの憂い顔やお団子にまとめたヘアスタイル、普段は長髪に隠れて見えないうなじも魅力的だ。憂い顔よりも戦場で見せるぎらついた眼差しとか、甘味を食べているときの蕩けた笑みとか、人を言い負かすときに見せる怪しげな眼差しとかも、目を離すことができない。閑話休題。

 

 

「ユマ一尉。キミはデザートを食べ損ねたことがそんなに不満だったのか?」

 

「全然違うわよ。シズク一尉は三国志を読まないの? 有名な話でしょう」

 

 

 ユマはおどけた調子で語り出す。大海原を思わせるような藍色の瞳が、悪戯っぽさそうに細められた。

 

 彼女が引き合いに出したのは、三国志の英雄・関羽のエピソードだ。熱燗が覚める前に戻ってくると言った猛将の言葉を勝手に改造したユマのそれは、食べ損ねたアイスクリームに対する執着を感じさせる。

 勿論、彼女の発言が部隊全体に漂う緊張感をほぐすためのものだということは理解していた。ある意味で、ユマがこうなった原因の一端は教育係――即ちシズクが担っている。部下の不始末は上司の責任。世の中は連帯責任だ。

 班長であるユマの発言に振り回されながらも、隊員たちの軽口は止まらない。シズクの脳裏に浮かんだのは、今や届かぬ恩師の背中だ。自身を道化にすることで仲間たちを支えた影の司令塔。人一倍自由人でありながら、人一倍他者を気遣う優しい人だった。

 

 シズクが置かれた現状は、“憧れの恩師御一行様”の後ろ姿からは程遠い。自身が所属するユマ班は、さしずめ“悪女に振り回される召使い一同”か。

 慇懃実直と不真面目の在処を探して議論を始める班員たちの姿を眺めつつ、シズクは額に手を当てて肩を落とす。

 

 

「ああ、なんてことだ。キミがこんな、不誠実で獰猛な女豹になってしまうなんて予想外だよ。教育係として頭が痛いな。僕は育て方を間違えてしまったのか」

 

「……お言葉だけどシズク一尉。私はあなたに育ててもらったつもりはありませんけど?」

 

「奇遇だなユマ一尉。僕も、キミをそんな風に育てた覚えはない。教育係として、キミよりも年上のルシェとして、まだまだ指導が必要なようだ」

 

 

 「幸い、教育係の延長は正式に決まったしね」と付け加えれば、ユマは目に見えて嫌そうな顔をした。淑女にあるまじき奇妙な唸り声を上げて、彼女は肩をすくめる。

 その割には、帽子の下に無理矢理収めた獣耳がピョコピョコと動いているあたり、彼女は雪待シズクという教育係のことを嫌っていない様子だ。

 タテ社会組織に属しているが故に、“部下は上司の決定に逆らえない”のは世の常である。天を仰いでため息をつく姿に、悲哀を感じたのは気のせいではない。

 

 

「あーあ。花も恥じらう乙女に対して、こんな、喰えない無表情男を宛がうなんて! ISDFのお偉いさんは何を考えているのかしら!」

 

「キミのように麗しい姫君相手に、僕のような男が白馬の王子役に見合わないのは自覚しているさ。だからといって諦めるつもりはないよ。75年前の英雄よろしく、諦めないのがポリシーなのでね」

 

「黙ってくださる? 表情筋が役割放棄した上に、何を考えてるのか分からない光源氏願望持ちなんてお呼びじゃないのよ」

 

「違うな、ユマ一尉。訂正を要求する。僕には光源氏計画だなんて奇特な趣味も思考もない。僕が好きになった相手がキミで、キミの立場が()()()()“僕の教え子”だっただけのことだ」

 

「シズク一尉、自覚のない人間が使う言い訳の常用句(テンプレ)みたいな台詞をどうもありがとう。後で警察にでも行きましょうか?」

 

「残念ながら、この時代における警察の役職は僕らだ。お巡りさんはここにいるぞ?」

 

「ああ、なんてこと! 貴方みたいな人が軍属だなんて、世の中クソだわ!!」

 

「淑女がクソだなんて言葉を使うのはいただけないな。それに、どうせ行くなら教会がいい。ところで、キミは海と山だったらどちらが好きかな?」

 

「どこでもいいわよ。特に、貴方がいないところだったら最高ね!」

 

「キャットボックス機長より、慇懃無礼な海兵隊諸君の中に紛れたそこのバカップル。公私混同はいけないぞ。いい加減に職務へ戻ってくれないか?」

 

 

 軍用ヘリの機長からダメ出しを喰らったユマは、つんとそっぽを向いた。彼女の仕草は気難しい野良猫を連想させる。いや、ユマは自信を猫と形容するきらいがあるようだ。

 その主観が影響してか、それとも囃し立てた周囲の影響か。ユマ率いる対マモノ海兵戦術部隊のヘリのことを、身内は“キャットボックス”という俗称で呼ぶ。

 

 ルシェ族女性の耳は断じてネコ科ではないと言い聞かせているのだが、その俗称を採用したユマ曰く、

 

 

『獣よりは猫の方がいいわ。自由気ままに振る舞う、小悪魔的な魅力があって可愛いじゃない。獣と違って理性と知性もあるわけだし。いつかは自由気ままに生きてみたいものね』

 

獣の箱(ビーストボックス)なんて、ケダモノの巣窟みたい。そんなの、イヤよ!』

 

 

 ……だそうだ。どちらかというと、ユマには狐の如く化かす方が得意な気がする。実際、ユマは合同演習相手のアメリカ艦隊に所属していたハワード一尉率いる班を阿鼻叫喚に叩き落としたことがある。

 ユマの外見を舐めてかかってきた挙句、勝負に負けてベジタリアン用ミールの山を押し付けられたハワードが茫然自失していた姿を記憶の端に片付けながら、シズクは了解の返事をした。

 

 作戦開始までの僅かな猶予時間を利用し、シズクは思考を始める。作為に満ち溢れたこの作戦に、何の意図が滲んでいるのかを探るためだ。卓越した情報演算処理能力――旧日本政府分類ではS級能力――のごく一部を割く程度、造作もない。

 

 思えば、違和感はかなり早い段階で存在した。つい先程行われたアメリカ艦隊との合同演習の時点で、訓練用の弾薬と称して大量の実弾を武器庫に搭載している。勿論、訓練で使用する弾薬にしてはあまりにも過剰だし、当然、下ろした弾薬の多くは武器庫にしまいこまれたままだ。

 兵器は使われてナンボである。必要だから搭載されるのだ。平時に大量の武器を所持していては民間やISDFの他支部から冷たい目を向けられるし、下手をすればISDFの信用を揺るがす事態に陥るかもしれない。そうなれば、支部の幹部たちの首が飛ぶだろう。

 極東支部司令の阿久津(アクツ)宗司(ソウジ)があくどいことを考えていることは、以前から存じていた。旧ムラクモ機関の研究を悪用したり、計画の邪魔になりそうな人間をあの手この手で葬り去ったり、都合の悪い情報は秘匿扱いにして封じてしまったり。これは完全に職権乱用である。

 

 

「『真に恐ろしいのは竜ではない。己の利益のために、味方であるはずの人類を背後から狙い撃ちしてくる、脳みそお花畑でお腹真っ黒の官僚たちだ』、か。……まったく、師匠の言葉通りだ。人の悪意とは恐ろしいものだね」

 

 

 シズクは呟くようにひとりごちた。返事を期待していた訳ではないけれど、隣にいたユマがこちらに視線を向けた。彼女もまた、ISDFがきな臭い組織であることを察している。

 勿論――自慢することではないが――、ユマにそんな入れ知恵をしたのはシズクだ。「古の種族ルシェを遺伝子科学で現代に復活させた」と自慢するISDFだが、実際はムラクモ機関の研究を勝手に使ったに過ぎない。

 

 ムラクモ機関はISDFに吸収されたのち、機関の各種資料を保管する部署と、機関が構築した戦闘論理を体現する対マモノおよび対竜戦闘部隊だけが残っていた。

 しかし、前者はU.E50年に「関係者の高齢化、および資料補完部署に所属していた人々が不幸に見舞われた」ために解体され、資料はすべてISDFに徴集されてしまった。

 旧世代の英雄たちが集めた英知の結晶を、現代の無神経な輩が好き放題に利用している。……こんな現状を見たら、()()がどう思うのか。その無念は察して余りある。

 

 

『コール! ハンター01、こちらヒュウガCP。ハンター01、応答されたし』

 

「ヒュウガCP、こちらハンター01。現在、硫黄島ベースへ向かいキャットボックスで謹厳実直そのものの海兵たちと、王子と思いこんで憚らない自意識過剰な教育係と共に、この上なくクソ真面目に任務を真剣かつ真摯に遂行するべく急行中。計画に変更があったの? それとも、状況のアップデート?」

 

『現地部隊から報告が入りました』

 

 

 ユマの早口言葉など気にも留めず、ヒュウガのオペレーターは淡々と状況を報告する。軽口によるじゃれ合いがないという事実は、これから向かう目的地――硫黄島ベースが危機的状況にあるということに他ならない。

 

 シズクの予測通り、状況は芳しくないようだ。少量だがフロワロが確認されたため、駐留していた観測班が空中撤退を開始したという。

 だからといって、決して、硫黄島ベースの守備隊が職務怠慢をしていた訳ではない。彼らが使用する装備では、マモノに歯が立たなかったのだ。

 想定外レベルの大型のマモノが、文字通り硫黄島ベースを蹂躙している――成程。これは中々厄介なことになりそうだ。シズクはオペレーターに問いかける。

 

 

「ヒュウガCP、1つ確認したい。目撃された生物についての情報はないか?」

 

『素早い大型のマモノだということだけです。詳細は、向うの現場が混乱していたため、何とも……』

 

「了解。この場で確認し、データベースとの照会を行う」

 

 

 シズクは専用のサングラス型バイザーを装着する。仇名は“現地ナビ”。その言葉通り、シズクの得意分野は情報処理演算能力に裏打ちされたナビゲートとハッキング能力だ。サングラス型バイザーは、シズクの能力を飛躍的に向上させてくれる強化装置のようなものである。準備は万全であった。

 そんなシズクを横目に、仲間たちは「帰りたい」とぼやき始める。しかし彼らの言葉は、無残にもキャットボックス機長によって跳ねのけられた。悪いことはさらに続くようで、硫黄島ベースには地上部隊が取り残されているらしい。至急救援してほしいとのことだ。

 

 何もない空間からキーボードとウィンドウを具現化させ、硫黄島ベースの地図をウィンドウに再現する。最大再現率はバイザーによる強化込みで8割強。生体反応のマーカーを表示すれば、()()()()()()()シズクの役目は終了だ。周囲から感嘆の声が聞こえてきた。

 そりゃあ、何もない空間からキーボードとウィンドウを立ち上げ、挙句、まともな情報が少ないにも関わらず、現場の様子をレーダーとマーカー付きで再現できるのだから。刀だけでマモノを一刀両断するユマとは違う方向で、この力を持つシズクは注目の的である。

 生体反応はまばらで、戦っている人間のものよりもマモノの反応の方が多い。データに照合すれば、守備隊と交戦中のマモノは小型種――ラビ、ブルーグラスと中型種――オオツノジカの軍勢だ。そして、海岸部には大型のマモノの反応が出ている。

 

 大型のマモノはデータにヒットしなかったものの、類似生物は割り出せた。イカやタコのような軟体生物がマモノ化したもののようだ。

 

 

(……成程、新種か。十中八九、硫黄島ベースで発生したフロワロの影響によるものだろうな)

 

 

 フロワロは、群生した大地の環境を著しく変化させる。普通の生物をマモノへ変化させたり、元々生息するマモノを凶悪化させたりと様々だ。同時にそれは、秘匿情報――“第7真竜の目覚め”が近づいている証拠でもあった。

 

 先人たちが危惧していたことを思い出し、シズクの眉間に皺が寄った。

 そんなシズクを置いてけぼりにして、周囲は牛肉談義に花を咲かせていた。

 

 

「あり得ないわ! 牛丼には、おろしポン酢! おろしポン酢こそが正義よ! ISDFの連中はおろしポン酢も理解できないの!?」

 

「ユマ一尉、やめないか。おろしポン酢たっぷりの牛丼なら、帰り次第幾らでも作ってやるから」

 

「黙りなさい豚丼派! 邪教徒のくせに牛肉料理を語るつもりなの!?」

 

「邪教徒だからといって、正教徒に精通していない訳ではないさ。そんなに騒がれると、キミのために作っていたデザートの構成を見直さざるを得ない。アイスを使った料理はやめようかな?」

 

 

 シズクの言葉を耳にしたユマの帽子が、ぴくりと動いた。

 十中八九、帽子の中に押し込めた耳も反応していたことであろう。

 

 

「……任せるわ、シズク一尉。一番いいおろしポン酢牛丼と、アイスのデザートをお願い」

 

「ふむ、素直でよろしい」

 

「ハンター01! 話し合いが終わったなら、さっさと投下しろ! 任務の時間だ!」

 

 

 機長に急かされ、ユマ班の一同は次々と降下を開始する。シズクも彼女たちの後に続いた。

 

 キーボードとウィンドウを具現化させ、周囲の情報を書き換える。“情報書き換えによる味方の強化”は、情報処理能力S級能力者の十八番だ。シズクの援護を受けた仲間たちは的確にマモノを屠っていく。特にユマは、愛刀小猫丸(こびょうまる)を振るってマモノを一刀両断していた。

 しかし、前線の猛者をすり抜けてきたオオツノジカがシズクの元へと突進してきた。ユマ含んだ他の面々は、ラビやブルーグラスの群れを相手にしていて身動きが取れない。……しかし、誰1人として、シズクの心配をする者はいなかった。――勿論、()()()()()()という意味で。

 

 

「仕込みは上々」

 

 

 表情筋を動かせたなら、シズクは今、この上なく悪い笑みを浮かべていたに違いない。シズクがキーボードを叩けば、突っ込んできたオオツノジカが突如動きを止めた。

 動きを止めた張本人も驚いているようで、オオツノジカは不自然に体を痙攣させていた。更に、シズクはキーボードを叩いてプログラムを起動する。

 

 

「驚いたか? ――“自害しろ”」

 

 

 シズクが命令を下した途端、オオツノジカはあらぬ方向へ向かって駆け出す。その先にあったのは、廃墟と化した施設の一角だ。

 一際大きな瓦礫の山へ、オオツノジカは一心不乱に頭を打ち付ける。幾何かして、頭蓋骨が砕けるような激しい音を最後に、その体躯は倒れこんだ。

 ウィンドウに映し出されていたマモノの反応が掻き消えた。ユマたちも小物の群れを倒し終えたようで、この場の生体反応は人間だけである。

 

 

「相変わらず悍ましいわね」

 

「気を抜くのは早いぞ、ユマ一尉。硫黄島ベースの連中をきりきり舞いさせた、大将首の入場だ」

 

 

 シズクがそう言うが否やのタイミングで、件の大型マモノが姿を現した。

 

 シズクが分析した通り、奴の成りは巨大なタコもどきである。旧時代の映画やクトゥルフ神話等に登場する海の支配者を連想したのは当然と言えよう。奴は硫黄島ベースからの報告通り、巨体でありながらも素早い攻撃を得意としていた。

 間近で実物を確認できれば、分析も捗る。シズクはキーボードを一心不乱に叩きながら、巨大イカの詳細を解析した。勿論、並行して仲間たちの援護も忘れていない。強化を受けた面々は、各々動いてマモノを屠ろうと行動を起こす。

 

 だが、状況は芳しくない。軍用ヘリからの援護はタコもどきの墨攻撃によって阻まれるし、形成炸薬弾による一撃は奴の足によって阻まれた。おまけにその足には再生能力付きである。

 周囲からは新手が迫ってきた。その種類は、現在目の前で大暴れするタコもどきの同種である。頼みの綱である形成炸薬弾のストックは1発で、タコもどき3体を相手取るには荷が重い。

 人間は思った以上に無力ではあるが、何もできないというわけではなかった。困ったときは助け合いだと言わんばかりに、ユマが援護要請を出す。――しかしながら、お偉いさんからの返事はノーだった。

 

 

『ISDF極東理事会からの通達だ。硫黄島ベースの貴重な観測施設が爆撃で損害を被ることを危惧し、航空攻撃は最後の手段と言ってよこした』

 

()()()()()、ですか?」

 

『貴官らで、片付けてくれ。戦艦機は、貴官らが全滅した場合の備えだ』

 

 

 重々しく告げる声の主は、極東艦隊を率いる提督――頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)。これを命令する彼自身もまた、無念極まりないのだろう。通信機越しから聞こえる声は、殺しきれなかった感情のぶれが滲み出していた。

 

 

「文字通り、“頼る友はなし”ということですね。ヨリトモ提督」

 

『……返す言葉もない』

 

 

 シズクが彼の名字を引き合いに出せば、押し殺していた後ろめたさを刺激してしまったのだろう。ヨリトモの声は、血を吐くが如く暗い響きを宿していた。

 これ以上、シズクにはヨリトモを虐める意志はない。彼が数少ない“ISDFの良心”なのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 上層部がアレなのは、今に始まったことではないのだ。ヨリトモもまた、中間管理職の狭間で苦心している。追い打ちをかけるが如く、ユマが楽しそうな声色で呟いた。

 

 

「今日は、死ぬには最高の日だと申し上げましょうか?」

 

『すまん、頼む』

 

「……極東理事会の皆々様方に、どうぞ、よしなにお伝えくださいませ」

 

 

 ユマはため息と共に一度だけ空を仰ぎ、視線を海岸に向けた。海色の瞳は、どうしたものかと途方に暮れているかのようだ。

 魑魅魍魎が跋扈するISDF極東理事会の役員たちのために苦労するなんて、本当にやっていられない。けれど、仕事は仕事だ。

 

 

(……生きて帰ったら、理事会の連中にスノードロップの鉢植えを贈ってやらないと)

 

 

 最も、他にも()()()()が沢山あるのだ。()()()()()()()()()()()

 

 キーボードとウィンドウを具現化させ、シズクはデータを書き換える。チートを駆使した援護――アタックゲインとディフェンスゲイン。

 今回は長期戦になることを見越し、リジェネレーターとキュア:TROYもつけておいた。これで、戦準備の一通りが完了である。

 

 

「さあ、気張るわよ!」

 

「了解!」

 

 

 ユマの号令と共に、ユマ班一同がマモノと対峙する。ジリ貧での戦いは、やはりというべきか、ジリ貧を更に極めていく事態に陥った。

 戦闘開始数分で、タコもどきによって負傷した小隊が戦闘不能に陥った。負傷した仲間を助けようとした別の小隊も、二次被害に巻き込まれて倒れていく。

 死者はいないが負傷者は多数。撤退しようにも、退路の周辺に別のマモノが跋扈し始めた。戦線崩壊からの全滅――最悪のシナリオは、着実に迫ってきている。

 

 小猫丸を振るっていたユマの瞳に、焦燥の色が浮かぶ。彼女は仲間の方へ視線を向けた。

 海色の瞳が、忌々し気に負傷者を睨む。……あれは、S()()()()()()()()()()()()()()()()の“悪い癖”だ。

 

 

「ユマ一尉」

 

「――分かってるわよ、()()()。仲間は見捨てないわ」

 

 

 仕事中だと言うのに、彼女はシズクを呼び捨てにした。相当切羽詰っていることは間違いない。ユマはどうにか踏みとどまろうとしている。仲間を切り捨てまいと必死だ。

 

 

『教育係なんて要らない。だって、凡人(やくたたず)は邪魔だもの』

 

 

 今となっては、ユマにとっての黒歴史と化したであろう台詞を思い出す。

 冷ややかな眼差しを向けたルシェの少女。能面のように冷たい表情は、思い出すだけでぞっとする。

 

 シズクは歯噛みしつつ、ハッカーの特技――110ナノマシンで戦闘不能者の治療に当たった。不詳者たちの命に別状はないが、このまま戦線が崩壊すれば、いずれ全滅もあり得る。

 軍人である以上、何かを得るために何かを切り捨てる決断も必要だ。ユマもそれを思案し始めたのだろう。“最善の選択肢”がないのなら、次善の選択肢を選ぶしかない。

 最後まで足掻いた結果がそれしかないのなら、それを貫き通すのみ。シズクが奥歯を噛みしめた丁度そのとき、ウィンドウに新しいマーカーが点滅した。――反応は、人間。

 

 

「ユマ一尉」

 

「今度は何!?」

 

「人だな」

 

 

 マーカーが出た方角を指させば、そこには戦場に似つかない光景が広がっていた。

 

 ISDFの標準野戦用の制服を身に纏った青年が突っ立っている。彼の纏う雰囲気は酷く浮世離れしていて、混戦する現場には似つかわしくない。

 青年はこちらに気づいたのか、ポカンとした表情でシズクとユマを見返した。若葉を思わせる双瞼が瞬く。まるで子どもみたいだ。

 

 

「友軍が来ているとは……驚きました。遅れましたが、どうやらギリギリで間に合ったようですね」

 

 

 混戦している戦場のど真ん中で、彼は屈託のない笑みを浮かべた。

 これでISDFの制服を身に纏っていなかったら、とんだ場違い野郎になっていたであろう。

 ……正直、着ていたとしても、場違い感は半端ないのだが。

 

 

「加勢しますよ」

 

 

 青年は相変わらず爽やかな笑みを崩さず、むしろ不敵に笑って駆け出した。勿論、クラーケンは青年に狙いを定めて触手を振り下ろす。迫りくる触手を見ても尚、彼は避けようとしなかった。案の定、触手は寸分狂わず彼に直撃した。

 このまま死んでいたら「お前は何をしに来たんだ」と言われそうだが、青年の生体反応は健在だ。彼の死を確信する人々にそれを示せば、土煙の向こうには、五体満足な青年がいた。彼の構えたブレードが、触手を一刀両断したのだ。

 

 

「……素晴らしいな」

 

「でしょう? 心配は無用です」

 

 

 シズクのボヤキに対して、青年は不敵な笑みを浮かべた。彼はマモノの眼前へと踊り出て、彼は自動小銃をマモノへ発砲した。しかも、片手撃ちのスタイルでだ。

 

 瞬く間にマモノを屠り、タコもどきの触手を切り落とす。青年の技量はまさしく圧倒的で、嘗て真竜相手に戦い抜いた“古の13班”を連想させる。崩れかかっていた戦線を持ち直させるや否や、彼はこちらへ駆け寄ってきた。

 青年はユマの指揮下に入り、タコもどきどもの迎撃に協力してくれるらしい。渡りに船とはこのことだ。どうするかはキミに任せる――とシズクが目配せすれば、ユマは青年を快く迎え入れた。そのまま、3人は背中を向け合う。

 

 

「戦闘用の片手持ちブレードに銃? また珍妙な戦闘スタイルね」

 

「否定はできませんね。それはお互いさまでしょう? 日本刀一本ぶら下げただけで、戦場に駆けつけるサムライとは! 古の13班伝説のファンですか?」

 

 

 ユマは青年と軽口を叩き合っている。そこには問題はなかった。

 だが、そうやって、遠回しに先人をこき下ろすような発言はいただけない。

 シズクは眉間に皺を寄せて、唸るようにひとりごちた。

 

 

「古の先人を馬鹿にするような態度は気に食わないな」

 

「おや、13班のファンは貴方の方でしたか。これは失敬。……そういえば、貴方の戦闘スタイルも珍しいですよね。現実世界に干渉し、事象を書き換える――古の13班のハッカーのようだ」

 

「恐悦至極」

 

 

 表情筋が仕事していれば、シズクは満面の笑みを浮かべていたであろう。しかし、目の前の青年は“無表情なのに声が上機嫌である”という事象に不気味さを感じているようだ。気のせいでなければ口元が引きつっている。

 

 マモノの唸り声が響いてきた。どいつもこいつも自己主張が激しいようで、こちらを見ろと言わんばかりに触手を振りかざす。うっとおしいったらありゃしない。

 シズクたちは自然と、青年に背中を預けるような形で戦線を組んでいた。前線2人、後方支援1人のスリーマンセル。攻撃手を支える大黒柱――バランスは悪くない。

 

 

「ISDF極東艦隊所属、対マモノ海兵戦術班の伊倉ユマ一尉よ。それで、こっちが――」

 

「同じく、ISDF極東艦隊所属、対マモノ海兵戦術班の雪待シズク一尉だ。公私共々、ユマ一尉とはパートナーでね」

 

「貴方はただの教育係でしょうが。紛らわしい説明はやめて頂戴。あと、私のことはユマでいいわ」

 

「初めまして、伊倉一尉……ああ、失礼。ユマでしたね。あと、雪待一尉も。俺は如月(キサラギ)優真(ユウマ)、竜因子戦術研究部の所属です。俺のことも、ユウマとお呼びください」

 

 

 青年――如月ユウマは爽やかな笑みを浮かべて会釈した。ユマは快く彼を受け入れる。シズクは眉間に皺を寄せた。

 

 

「む。では僕も、キミをユマと呼んでもいいはずだろう?」

 

「どうしてそんな結論に至ったのか、その根拠は?」

 

「僕に対しては『任務中は役職を付けろ』と声高に叫ぶのに、出会ったばかりの彼には呼び捨てを許可するなんて不公平だ」

 

 

 ユウマとシズクにどんな差があるというのか。むしろ、ユマとの付き合いはこちらの方が長いと言うのに。

 真に腹立たしい限りである。キーボードを叩きながら、シズクは頬を膨らませた。

 それを目の当たりにしたユマが逃げるように視線を逸らし、ユウマは更に笑みを引きつらせる。

 

 

「は、はは……。変わった教育係ですね……」

 

「でしょう? 苦労が絶えないのよ」

 

 

 2人は楽しそうに雑談に耽る。終いには、どちらが先にタコもどきを狩るかで揉め始めた。

 ……血気盛んなことだ。大地を蹴って躍り出る2人の背中を見つめながら、シズクは己の役割に徹したのであった。

 

 




【参考および参照】
『セブンスドラゴンⅢ U.E.72 未完のユウマ』(カルロ・ゼン著)
『bokemaru.up.seesaa.net(http://bokemaru.up.seesaa.net/image/NNBBB2B9CD.txt)』より、『イグナイテッド(点火)』

―――
百花繚乱クロニクルセブン、始動しました。現在、未完のユウマ1章相当。未完のユウマ編は前日譚としてさらりと纏める予定です。
情報処理演算能力特化なルシェ族の軍人・雪待シズクを中心に、未完の命たち――ユウマとユマをじっくり掘り下げていきます。
このお話が、Code:VFDにどのような影響を与えるのかを予想しながら、楽しんでいただけたら幸いです。
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