百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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ⅢのChapter1に突入。
・オリジナルドラゴンが出てきます。注意してください。


Chapter1 人と竜の物語《黄色いゼラニウム:予期せぬ出会い》
最後の物語が、始まる


 その咆哮を例えるなら、パイプオルガンで奏でられる讃美歌だ。雲海を割るようにして急降下する白い体躯は、神々しさを引き立てる。

 次の瞬間、この場一帯を取り巻くような業火が発生した。爆ぜた焔がミカゲの肌を舐める。正直言ってうっとおしい。

 

 

『うわああ! 痛い、熱いっ! 何これ!? ファイアブレイクしてるのにこの威力!? こんなの絶対おかしいって!!』

 

『攻撃がなかなか通らない上に、すぐマナがジリ貧状態だ……。おまけに、こっちが受けるダメージは倍かよ……!』

 

 

 リョウスケとマサハルが情けない悲鳴を上げる。

 

 ミカゲ以外のムラクモ13班員は、全員弱体化していた。理由は一切わからないが、彼らの存在が希薄であることが関係しているのかもしれない。

 唯一まともに戦えそうなのはミカゲだけだ。先程から戦い続けていたが、トリスアギオンにダメージを与えられるのはミカゲだけである。

 

 ムラクモ13班が歴戦の勇者/竜を狩る者とはいえど、単身帝竜と戦うというのは至難の業である。ただでさえ自分たちは、帝竜相手に命懸けで戦っていた人間だ。仲間たちと協力して、何とか勝利を勝ち取ってきた。

 いくら全能力S級能力者(マルチタスク・オール)のミカゲでも、“単身(ソロ)で人類戦士タケハヤを斃せ”と言われたら、確実に発狂する自信がある。命令した人間の胸倉に掴みかかり、老老介護の嘆きを懇切丁寧に説明するレベルだ。

 勿論、トリスアギオンとタケハヤを比べれば、後者の方が強いのは当然のことである。奴が吐き出す業火も、冷気も、マナの光も、タケハヤが繰り出してきたエグゾーストSKYやサンダーブレスよりも大したことはなかった。

 

 

『ミカゲくん、動きが変だよ!』

 

『マナが蠢いてる……! 気を付けて!』

 

 

 ユイとシラユキが異変を感じ取り、仲間たちに注意を促す。

 次の瞬間、神々しい光がきらきらと舞いあがった。

 

 恵みを与える煌めきは、この場にいる生き物たちのマナを爆発的に引き上げる。トリスアギオンにも、ミカゲたちにも、分け隔てなく降り注いだ。

 トリスアギオンは己のマナだけでなく、自分に楯突く者たちのマナまでもを強化する。「神は誰に対しても試練と恩恵を与えるのだ」と言わんばかりに。

 ミカゲから言わせてもらうとするならば、トリスアギオンはサドっ気がやや強めなだけで、SにもMにもなれるド変態でしかない。情緒も減ったくれもなかった。

 

 

(まるで、“あいつ”みたいだ――……?)

 

 

 奴の特徴から“何か”の言動を連想したのだが、連想したはずの相手が“何”だったのか出てこない。頭の中に浮かぶ光景は、焼き切れたフィルムのように黒ずんでいた。

 

 “影の世界”に咲いていた葬送花の色は? あの奥地で荘厳に佇んでいた、美麗な真竜はどんな姿だった? 奴の取り巻きは、どんな姿をしていた?

 思考を別な場所に巡らせたミカゲを引きもどすかのように、荘厳なパイプオルガンの音色が響き渡った。トリスアギオンは案外見栄っ張りらしい。

 

 

「っ!?」

 

 

 奴の瞳は、ミカゲに思案することを許さなかった。自分を見ろと言わんばかりに、奴は鋭い眼光を向けてくる。次の瞬間、ミカゲの体に急激な倦怠感が襲い掛かった。

 倦怠感を覚えたのは他の面々も同じらしい。マサハルとヒイナが苦しそうに呻いた。ヨツミは忌々しそうにトリスアギオンを睨みつける。

 物理攻撃を主体とする面々にとって、この倦怠感は致命的な弱体だ。やはりこの天使かぶれは、家畜(ニンゲン)に殴られるより家畜(ニンゲン)を殴る方が好きらしい。

 

 

『殴られるのも殴るのも好きか。――は、とんだ変態だな……!』

 

『ヒイナとどっこいどっこいじゃねーか』

 

『マサ兄酷い! 私、あそこまで酷くないよ!!』

 

 

 ヨツミの発言に触発されたマサハルが悪態をつく。トリスアギオンと同格扱いされたことが不満だったのか、ヒイナがぶうたれた。

 どうやら相手方も、ヒイナのような変態(ニンゲン代表)と同格扱いされることはご不満のようで、荘厳な讃美歌を奏でた。今度は雷が飛んで来る。

 

 

「このまま、やられっぱなしでいる訳にはいかないんでな……!」

 

 

 ミカゲは練気手当で傷を癒しつつ、刀を鞘に納める。不動居で力をためることで、次の攻撃に備えた。

 

 シラユキがマナフローターを使い、他の面々がマナを使うことをサポートした。ヨツミはフルムーンヴァンプで相手から命の光をかすめ取り、ヒイナは二丁拳銃を連射する。マサハルはトリスアギオンに何発も蹴りを喰らわせた。

 リョウスケはキーボードを具現化して援護する。効果を失ってしまったBデータイレイザーを再びかけ直していた。ユイは癒しのバラードを歌い、仲間たちの傷を癒す。ここが戦場でなければ聞き惚れていたのに。

 

 

「いっせーのーで! ――頑張るなって!!」

 

 

 居合の型で放つ技、崩し払いだ。ほんの一瞬、奴の動きが傾く。

 その隙を狙うような形で、ヨツミとシラユキが悪い笑みを浮かべて駆け出した。

 2人はありったけのマナを込め、奴に攻撃を叩きこむ。

 

 

『キミに贈ろう! ついでにサービスだ、持っていけ!』

 

『炎氷、大爆破!』

 

 

 ヨツミのベノムフェティッシュが叩きこまれる。自身の体が汚染された気配を感じ、トリスアギオンが悲鳴を上げた。その隙をつくような形で、ヨツミはベノムアンプリフで毒を重症化させる。

 追撃と言わんばかりに攻撃を仕掛けたのはシラユキだ。炎と氷のマナを爆発させることで相手を攻撃する無属性魔法、フロストバーン。翼を凍らされ/焼かれた天使が嘆きを叫ぶ。讃美歌に不協和音が混じった。

 

 崩し払いの恩恵によって、那雲夫婦の搦め手が決まる。毒、火傷、凍傷、麻痺が、無敵だと思われた天使を揺るがせたのだ。

 那雲夫婦に続き、ヒイナとマサハルも攻める。銃と拳が派手に唸り、トリスアギオンの体に一撃喰らわせた。

 リョウスケのハッキングが成功し、ユイのシャッフルVが高らかに響き渡る。空属性の技は、トリスアギオンに効果的だった。

 

 

『差し入れありがとうっ!』

 

 

 ハッキングリアクトを発動させたリョウスケが、即座にスケイプゴートを発動した。相手からマナを奪い取り、それを仲間たちのマナへ転換する。ハッキングはまだ切れていないようだ。リョウスケは楽しそうにキーボードを叩いた。

 

 

『それじゃ、もういっちょ! にぎゅいいいいいいいいいいっ! ――今日、イケてないね~』

 

 

 次に使ったのはロストパワーだ。ハッキング状態の敵を著しく弱体化させる技である。

 自身の体が異変によって蝕まれている――それは、更にトリスアギオンを追いつめたようだ。

 

 このまま攻め込めれば充分勝機はある。ミカゲたちがそれを確信したときだった。

 

 雲海が晴れ、眼前に景色が広がった。青く光る灯りが幻想的な、見知らぬ街。水の都ともいうべき風景は、異国情緒で満たされている。

 タケハヤの老老介護を終えた後にエデン観光をしたことがあったが、そのときはこんな街など存在しなかった。

 縦長の階層で構成されたそこには、赤い葬送花が至る所で生い茂っている。その一番下に広がるのは、荒れ狂った海だ。

 

 

『……ねえ。これ、まずくない?』

 

 

 ヒイナは顔面蒼白になった。

 

 

『このまま戦い続けたら、あたしたち、海に叩き付けられて死んじゃうよね……?』

 

 

 エデンのハントマンも、時間制限の中で帝竜と戦っていたんだから――。

 

 ヒイナの言葉が、なんだか異国の言葉のように聞こえた。一歩遅れて、彼女の言葉を理解する。視界の端に、神殿造りの荘厳な建物がちらついたような気がした。

 彼女の予想は大当たりだ。このまま持久戦を行い続ければ、最後は海面に叩き付けられるだろう。高高度から叩きつけられれば、海面だろうと地面だろうと即死間違いなしだ。

 

 ミカゲはトリスアギオンに意識を向ける。奴はハッキングの影響か、呆けたように天を仰いでいた。しかし、我に返ったのだろう。人間たちの方を向くと、高らかな咆哮を上げた。

 次の瞬間、この場に重圧が発生する。気のせいでなければ、眼下に見えていた水の都の建造物がどんどん近づいてきているように思う。落下速度が上がったのだ。

 まだ距離があったはずなのに、もう、巨大な神殿のある区画に差し掛かった。建物の周囲には、ルシェ族たちの影がちらつく。誰も彼も、不安そうに天を仰いでいる姿が伺えた。

 

 

「おい、あれ!」

 

「帝竜だ……! 逃げろ!!」

 

「ウラニア様、こちらへ!」

 

「待ってください、タリエリ! 誰かが、誰かがあの帝竜と戦っています! ……あの服装は、先程の――」

 

 

 ルシェ族の人々は、急降下するトリスアギオンの姿を目の当たりにした途端、我先にと建物の中へ転がり込んだ。国が違えど、ドラゴンが恐怖に結び付くという事実はどこも一緒らしい。中には逃げずに帝竜を見ている者もいた。しかし、彼らの姿はあっという間に遠のいていく。

 

 巨大な神殿のある区画を急降下した自分たちの前に広がったのは、入り組んだ天空廊だ。複数の区画が層を作っている。青く輝く浮島を繋ぐのは、美しい装飾が施された長い廊下。

 足場になりそうな場所やものが多く広がっている。早めに決着をつけて着地したいムラクモ13班にとって、足場があるということは本当にありがたい。

 

 

「リョウスケ、マサハル、ヨツミン」

 

 

 ミカゲに名指しされた面々――情報処理能力S級能力保持者は、ミカゲが何を言いたいのか分からなさそうに首を傾げる。ミカゲは悪い笑みを浮かべながら、トリスアギオンに視線を向けた。

 

 

「――乗り物の運転するみたいに、帝竜の操縦ってできる?」

 

 

 

■■■

 

 

 

 帝竜襲撃から3日後。ノーデンス・エンタープライゼスは、元通りの平和な朝を取り戻したようだ。

 しかし、広場の周辺には、昨日の爪跡が痛々しく刻み込まれている。竜の存在は身近にあると言わんばかりに。

 

 

「……うーむ……。どの傷も、奇跡的なくらいに回復している……」

 

 

 ノーデンスが誇る医者、ホリイは唸るように呟いた。しげしげと眺めるような眼差しからして、ホリイが本当に驚いていることが伝わってくる。常人にはあり得ない回復速度だと付け加えた医師は、迷うことなく「もう大丈夫」と太鼓判を押した。

 

 帝竜との戦いで満身創痍だったイノリたちは、ノーデンスの医療フロアに入院することになった。運び込まれたときはかなりの重傷で、全治数か月という診断がされていた。

 しかし、治療を受けた直後から、イノリたちの体は驚異的な回復力を示したのだ。運び込まれてからわずか3日後にはもう、帝竜と戦う以前の状態まで回復したのである。

 勿論、「ノーデンスに遊びに行ったらドラゴン襲撃に巻き込まれた上、帝竜と戦って負傷したので入院することになった」という話は、家族や知り合いたちにも伝えられた。

 

 イノリの父――渡来ツカサは、入り口で受付嬢と問答を起こしているところをジュリエッタに発見され、医療施設に案内された。イノリたちの無事を確認した途端、ツカサは幼子の如くわんわん泣きわめいていた。一通りの面会を済ませた後、父は暁学園の学長に呼び出されて泣く泣く仕事に戻って行った。イノリが説得しなければ、父はずっと医療フロアに陣取っていたであろう。

 リヒトの父――東雲(サカキ)は、すべての会議をキャンセルしてノーデンスへ乗り込もうとしたらしい。秘書やソウセイの母――風間生実(イクミ)に説得されていなければ、東雲財閥は大変なことになっていたであろう。最終的にはリヒトからの連絡――「自分は大丈夫だから、貴方は仕事に集中してほしい」という連絡を受けて、サカキは業務に戻った。来れないサカキに代わりに、リヒトの専属使用人が荷物類を揃えて持ってくるという。

 

 

『連絡がなくて心配したんだからね! ……まったく、無茶ばっかりなんだから』

 

 

 アリーから連絡を受けたシキは、『私も人のことは言えないけどね』と苦笑していた。

 

 シキは講義が終わったらノーデンスに来るそうだ。

 彼女もまた、Code:VFDへの参加を目論んでいるらしい。

 

 

『勿論、Code:VFDに参加するわ。私だけ仲間外れなんて酷いじゃない。“セブンスエンカウントで高スコアを出すとスカウトされる”んでしょ?』

 

 

 悪戯っぽく笑ったシキは、俄然やる気を出したようだ。義務研修によって無駄になると思われた、セブンスエンカウントのチケットを握り締めていた姿が脳裏をよぎる。

 同学年の成績でもトップクラスに入る実力者であり、文句なしのS級能力者だ。シキの実力は、セブンスエンカウントでも充分通用するだろう。高スコアは確実だ。

 

 

「うん! これならもうダイジョウブだねー! 大事にならなくて本当に良かったよ☆」

 

「……しっかし、帝竜と戦ってこの程度で済むだなんて、流石は狩る者よねぇ」

 

 

 イノリたちの見舞いに来ていたアリーは嬉しそうに笑い、隣にいたジュリエッタは感心しつつ舌を巻く。

 楽しそうに笑っていたアリーだが、彼女はすぐに真剣な表情でイノリたちを見返した。

 

 

「戦闘訓練学校に通い、大切な人に命懸けで救われ、ドラゴンや帝竜との戦いを経たキミたちならよく知っていることだけど、現実世界で戦うのって、やっぱりゲームとは違うんだ」

 

「人の命、人の想い……それらを背負うということは、時に重荷であり、辛く苦しい」

 

 

 難しい顔をしたソウセイは、アリーの言葉を引き継いだ。それを聞いたアリーは頷き、言葉を続ける。

 

 

「だけど、みんなを助けるためには、ドラゴンクロニクルを解明するしかない」

 

「そのためにも、Code:VFDを成就させる必要がある、ということですね」

 

 

 思案するように顎に手を当てたリヒトは、小さく息を吐いた。

 眼鏡越しの瞳は、これから訪れるであろう滅びの未来――第7真竜VFDの復活を間近で目撃したかのように剣呑だった。

 

 アリーとジュリエッタは、「気持ちが固まったら3階の会議室に来てくれ」と言い残して去って行く。昨日の時点で既に協力すると言っていたのだが、実際に帝竜と戦った自分たちのことを気遣ってくれたようだ。実践を経て、心変わりした可能性を視野に入れているのだろう。

 

 2人が去った後、会議室へ向かおうとしたイノリだが、ふと足を止めて振り返った。ソウセイも一緒になって振り返る。

 最後に立ちあがったリヒトが、医務室の外ではなく隣のベッド――ミオが治療を受けていた場所――に足を向けたためだ。

 彼はやや躊躇いがちに、白い布の囲いからひょっこりと顔をのぞかせる。突然のことに、ミオはひっくり返った声を上げた。

 

 

「リヒト、だいじょうぶ?」

 

「ええ、平気です。この通り、ピンピンしてますよ」

 

 

 心配そうに声をかけてきたミオに対し、リヒトはにっこりと笑ってみせた。

 

 

「そっか、よかった」

 

 

 それを見たミオは、安堵の表情を浮かべた。花が咲いたみたいな、可憐な笑みだ。

 大人しく控えめな女の子が表情を綻ばせている。彼女もまた、リヒトに心を寄せているように見えた。

 

 

「ミオは大丈夫ですか?」

 

「うん、平気だよ。リヒトが庇ってくれたから」

 

 

 そう言って、ミオは怪我した個所を見せた。処置はもう既に終わっており、滑らかな白い足や手の指先には1つの傷も残っていない。

 傷の治りが早いのはS級能力者の特徴だと言われている。彼女もまた、非凡な才能を持っているのだ。そのことをひっそり実感する。

 元気そうなミオを見て、リヒトは嬉しそうに微笑んだ。そんなリヒトにつられたのか、ミオも嬉しそうに微笑み返す。

 

 2人は周囲に花弁を散らすような雰囲気で見つめ合っていたが、ややあって、ミオが切り出した。

 

 

「ねえ。リヒトは、あの計画に協力するの?」

 

「協力しようと思います。……正直、戦ってたときは死ぬかと思いましたし、今後もああいう目にあうと考えると、ちょっと怖いですけど」

 

「そっか。なんだ、怖いのはわたしだけじゃないんだ……ちょっと安心したよ」

 

 

 リヒトが苦笑した様子を見て、ミオはほっと息を吐く。

 

 

「英雄の子孫でも、怖いものはあるんだね」

 

「人間ですから、恐怖を抱くのは当たり前のことですよ。戦う勇気も必要ですが、時には退く勇気だって必要なんです。特に、退くことは戦うこと以上に覚悟が必要ですから」

 

 

 戦わないことを選んだ人間だって、非難される謂れは無いのだとリヒトは笑った。逃げることは恥ではない――彼の言葉は、ミオの心に届いたようだ。

 だが、その言葉はあまりにも真っ直ぐ過ぎたらしい。その言葉を鵜呑みにして頷ける程、ミオが自己弁護するタイプではなかったのも理由なのだろう。

 ミオは悲しそうに微笑んだ。戦うということを選んだリヒトに対して、申し訳がないと思ったのだろう。若草色の瞳は昏く淀んでいる。

 

 次の瞬間、若草の中に揺蕩う闇が溢れだした。昏い眼差しが、リヒトの金色の双瞼を捉える。

 

 

「……ねえ。どうしてリヒトは、そんなに頑張れるの?」

 

「えっ?」

 

「逃げ出したい……とは、思わないの?」

 

 

 彼女の問いに、リヒトは目を瞬かせた。

 暫く目を瞬かせたのち、リヒトはしっかりと頷き返す。

 

 

「思いません。そんなことをしたら、僕のために命を懸けてくれたミカゲさんに対する裏切りになってしまう。僕らを信じ、未来を手渡してくれた彼の想いに応えたい――それが、今の僕を突き動かす、大切なものですから」

 

 

 リヒトの言葉に、ミオは先日の話を思い出したのだろう。イノリの祖父――渡来ミカゲが、イノリやリヒトたちを守って命を落としたという話を、彼女は聞いている。

 祖父はイノリたちのことを“俺の希望”と呼んで、優しい眼差しで見守っていた。来るべき竜災害の再来に備えて、そうしてこれからの未来のために、尽力を惜しまなかった。

 勿論、自身の教え子たちのことも大切にしていたし、期待を懸けていたのだと思う。彼らの意志と想いが、よりよい未来を切り開いていくのだと信じていた。

 

 この大地には、祖父の教え子たちが沢山いる。イノリやリヒトたちもその1人だ。今はまだ未熟で何も成せないけれど、いつかは祖父と同じように、未来を切り開く一端を担えるようになりたい。

 

 呆けたようにリヒトを見上げていたミオは、我に返ったように目を瞬かせた。

 昏い笑顔は、今にも泣き出してしまいそうな表情へと変わる。

 

 

「!! っ、ごめんなさい! わ、わたし……何もわからないくせに、酷いこと……」

 

 

 ミオはおろおろしたように視線を彷徨わせ、消え入りそうな声で言葉を紡いだ。

 

 

「……そうだよね。そうやって、リヒトやイノリたちが助けてくれたから、わたしは生きているんだよね……。こんな言い方、無責任だ……」

 

「ミオ」

 

「……私、もう帰るね。さよなら、リヒト。――無茶だけはしないでね」

 

 

 ミオは悲しそうに笑い、リヒトに背を向けた。リヒトの言葉を遮るかのように、彼女は医務室を飛び出す。

 暗い影を纏って俯いたその背中へ、リヒトは手を伸ばす。――けれど、彼の手は宙ぶらりんになったままだった。

 

 

「リヒトくん」

 

「……分かってます。確か、会議室ですよね?」

 

 

 ミオが立ち去った後を名残惜しく見つめていたリヒトは、イノリを見て苦笑した。今の彼は、誰がどう見ても“喧嘩別れした恋人の片割れ”にしか見えない。

 医師のホリイと看護師のマイマイなんて、昼ドラの現場を目の当たりにしたような顔をしている。どちらも、今後の行方が気になって仕方がなさそうだった。

 ここに留まっていると、リヒトが見世物になってしまいそうだ。イノリはリヒトを促し、周りの視線から逃れるようにして医務室を後にした。

 

 エレベーターに乗り、3階で降りる。会議室はすぐに見つかった。

 勇んで部屋に踏み込もうとし――

 

 

「ISDFから通達よ。今日、臨検を寄越すって」

 

 

 イノリたちは思わず足を止めた。会議室内には、物々しい気配が漂っている。半開きになった扉から、ジュリエッタとアリーの会話が聞こえる。

 

 

「あらー☆」

 

「まあ、こちらにも交渉材料はあるわ。アレを引き換えにすれば――あら!」

 

 

 そのとき、ジュリエッタが扉の方を向いた。様子を伺うように覗き見ていたイノリたちに気づき、彼は笑顔を浮かべる。

 「そんな所で立ち聞きしてないで、遠慮なく入っていらっしゃい!」と、ジュリエッタは手招きする。イノリたちはそれに従った。

 アリーに至っては「わーい、来てくれたー!」と諸手を上げて大喜びしている。まるで子どもみたいだ。なんだか微笑ましい。

 

 

「この間の返事、受けてくれるんだねー?」

 

「ちょーっと待った! その前に、例のモノを見てもらいましょう」

 

 

 協力するか否かの返事についての最終確認をしようとしたアリーを引き留め、ジュリエッタは何かを指示した。アリーの机の上に置いてあるのはカプセルである。そのカプセルは、翡翠色の燐光を放っていた。光を放っているのはカプセルの中に入っている物体である。

 

 それが何なのか、イノリには到底予想できない。

 イノリは思わず首を傾げた。

 

 

「これは……?」

 

「第1真竜アイオトの検体だよ」

 

「ええっ!?」

 

 

 アリーはニコニコ笑いながら答えた。真竜検体を間近で目にしたのは初めてのことである。いや、そもそも、真竜検体がゲーム企業にあるとは思わなかった。

 

 アリーとジュリエッタが言うには、このカプセルの中には第1真竜アイオトの検体が補管されているらしい。今より40億年近く前に出現した第1真竜は、この地球に命の種を蒔いた。アイオトが蒔いたその1粒が、現在の人類――すべての有機体の誕生に繋がっているという。

 人と竜の因縁は、第1真竜が命を生み出した瞬間から始まっていた。ジュリエッタたちは、本気で6体の真竜検体を集めようとしている。「7番目の真竜を討ち倒すには、すべての真竜検体を入手し、ドラゴンクロニクルを解明しなくてはならない」と語り、ジュリエッタは真剣な面持ちになった。

 

 

「我らがノーデンスには、第1真竜アイオトの検体がある。そして、ISDFは第5真竜フォーマルハウトの検体を所持していることが分かったんだ」

 

「フォーマルハウトの検体を!?」

 

 

 イノリたちは思わず目を見開いた。80年前の竜戦役で戦った相手の検体が現存していることに驚くのは当然のことである。

 祖父たちは、「フォーマルハウトの検体を入手することはできなかった」と言っていた。竜殺剣で真竜を屠った際、奴は結晶化して砕け散ったためだ。

 80年前、竜殺剣の一撃によって消滅したフォーマルハウトの検体を、どうして現在、ISDFが所持しているのだろう。

 

 祖父たちが嘘をつくとは到底思えない。

 だが、アリーたちの表情からして、それは嘘ではなさそうだ。

 

 

「馬鹿な! 2021年に来襲したフォーマルハウトの検体は、竜殺剣で倒した際に結晶化して砕け散ったはずだろう!?」

 

「旧ムラクモ機関にも保存されていなかったものが、どうしてISDFに……?」

 

 

 ソウセイが声を荒げ、リヒトが顎に手を当てて唸る。2人の表情は険しい。イノリもまた、2人と同じであった。

 

 

「隠蔽工作お手の物なISDFだもの。何をやらかしてもおかしくないわ。……実際やらかしたらしいけど」

 

 

 呆れたように肩をすくめたジュリエッタは、囁くような声色で付け加える。彼の表情は暗く、藤色の瞳には憤怒と憎悪の感情が揺らめいていた。

 何か知っているような気配を察知したが、ジュリエッタの憎悪と憤怒はすぐに成りをひそめる。ああなったら、彼はもう何も言わないだろう――そんな気配があった。

 

 

「今までの話を総合すると、『U.E.77年の時点で人類が有している真竜検体は2つ』。6体分の検体が必要なんだから、残りは4体ってこと?」

 

「その通り!」

 

 

 イノリのまとめを、アリーが満面の笑みを浮かべて肯定した。

 

 

「“残り4つの検体を集めてきてもらう”のがキミたちに頼みたいミッションだよ☆」

 

「検体を集めるということは、昨日戦った帝竜よりもはるかに強い真竜を倒すということ……。ハードなんてレベルじゃない、ヘルモードクラスのミッションになるわ」

 

 

 その点も含めて答えてほしい、と、ジュリエッタは目で訴えてきた。

 答えなど、以前から決まっている。

 

 

「答えは前と同じだよ。――弊社のCode:VFDに、協力させていただきます!」

 

「すべてを信頼したわけではありませんが、あなた方の方針には納得し、共感しました。僕も全力を尽くします」

 

「ドラゴンクロニクルの解明は、人類の勝利に繋がった。……じいさんたちが成し得たことと同じことを語るあんたたちを、俺は信じる」

 

 

 自分たちの答えを聞いた2人は、ぱっと表情を輝かせる。

 アリーは諸手を上げて喜び、ジュリエッタはゆるりと目を細めた。

 一緒に戦ってくれるという答えを聞けたことが嬉しいようだ。

 

 

「そうと決まれば、アンタのチーム名が必要よね。どうする?」

 

「あ、でも、その前に――」

 

「13班がいいよ!」

 

 

 興奮冷めやらぬと言わんばかりに話を発展させるジュリエッタは、何故かチームの名前を考え始めた。その前に質問したいことがあったのだが、イノリの言葉をかき消すようにしてアリーがチーム名を提案する。

 13班――その名前は、イノリたちにとって親しみがあるものだった。2020年代に発生した竜戦役で戦い抜き、人類を勝利に導いた英雄たちの総称。祖父が背負い、戦い抜いたチームの名前だ。人類の、希望の名前。

 

 

「英雄の系譜を受け継ぐイノリたちには、ぴったりな名前だと思うなー」

 

「おじいちゃんたちと同じ、チーム名……」

 

 

 ニコニコ笑うアリーに対して、イノリたちは思わず顔を見合わせる。13班のネームバリューがどれ程のものか、イノリたちは知っているためだ。

 

 嘗ての英雄たちと同じ名を背負う――何と甘美な響きを宿しているのだろう。しかし、それ以上に重い重圧がのしかかっていることも気づいている。

 瞼の裏に、揺るがなかった背中が浮かんだ。凛と佇む祖父の背中。最期に見たその姿に、その信頼に、その在り方に、イノリは応えたい。

 リヒトもソウセイも同じ気持ちのようで、力強く微笑んで頷いた。金色の双瞼も、紫苑の双瞼も、揺らぐことなくイノリを見つめている。

 

 

「分かりました。チーム名は13班でお願いします」

 

「わーい、決まりだね☆」

 

「……ただ、1つ質問があるんだけど、いいかな?」

 

「構わないわよ?」

 

 

 イノリの問いに頷いたのはジュリエッタだった。

 続けてくれと促され、イノリは言葉を紡いだ。

 

 

「ジュリエッタたちには『第7真竜が目覚める前に、“残り4体の真竜がどこにいるのかを察知し、その襲来に居合わせる方法”』にアテがあるの?」

 

 

 真竜検体を集めるというのは、その手段があるから言えるのではないか――イノリの眼差しを真正面から受けたジュリエッタは、驚いたように目を丸くした。

 

 真竜が地球に降り立つ周期は分かっていない。おそらく、「真竜の気まぐれ」が答えだ。ニアラは1万年以上昔に来襲した後は2020年まで来なかったし、フォーマルハウトに至っては、“ニアラが地球を狙って失敗したから”喰い残しを味わうためにやって来た。

 他の真竜に関しての目撃情報はゼロである。真竜検体を入手するためには、“該当する真竜が地球に来襲している”必要があった。しかし、現時点ではその情報は一切ない。あったとしても、真竜の気分次第では、“VFDが目覚めるほうが早い”なんてことになりかねない。

 

 イノリの疑問点を聞いたジュリエッタは目を瞬かせる。彼は顎に手を当てて、不敵に微笑んだ。その質問を待っていたと言わんばかりに、「ふっふっふ……」とわざとらしい笑い声をこぼす。

 勿体ぶるジュリエッタに対し、ソウセイが冷徹な眼差しを向けた。言いたいことがあるなら言えと訴えている。終いには、アリーからも「モッタイぶらないで話しなよ」と笑顔で注意されていた。

 まさか、ノリのいいアリーにまで「さっさと本題に入れ(意訳)」と言われるとは予測していなかったのだろう。ジュリエッタはムッとしたように眉間に皺を寄せたが、すぐに自慢げな笑みを浮かべた。

 

 

「――勿論。そのための秘密兵器は、既に用意されてるわ」

 

 

 「ついて来て」と言って、ジュリエッタは踵を返した。アリーもスキップしながら彼の後に続く。イノリたちもその背中を追いかけた。

 

 

***

 

 

 

 目的地へと向かう途中、2人の少女が慌ただしく駆け回っている姿が目に入る。片方は金髪に浅黒い肌、もう片方は銀髪に白い肌の少女だ。だが、顔立ちは完璧に瓜二つである。双子、だろうか?

 そういえば、初めて会議室に通された際、この少女たちとすれ違ったような気がしたか――なんて考えていた時、引っ込んだはずの少女が、積み上げた段ボールを持って廊下に出てきた。

 

 銀髪の少女はうんうん唸りながら、摘み上げた段ボールを運んでいる。少女の細腕はぷるぷると震え、足取りもおぼつかない。今にも転んでしまいそうだ。

 周囲にいる社員たちは仕事が忙しいのか、彼女に手を貸そうとする者は誰もいなかった。少女もそれを分かっているのか、助けを求めようとしない。

 おぼつかない足取りではありながらも、少女は一歩一歩、踏みしめるように進む。苦しそうに呻きながらも、足を止めて休もうとすらしなかった。

 

 最後尾にいたソウセイが、ちらりとイノリに視線を向けた。イノリが足を止めるのと同時に、ソウセイは少女の元に駆け寄った。

 

 

「手伝おう」

 

「えっ……!? でも……」

 

「気にしなくていい。ところで、これはどこに運べばいいんだ?」

 

 

 少女が何かを言い返す前に、ソウセイは積み上がった段ボールの大部分を抱えた。少女は驚いたようにソウセイを見上げる。

 アリーとジュリエッタも足を止めたイノリたちに気づいたらしい。2人も足を止めて振り返り、目を見張った。

 

 

「あら、千花(チカ)。準備は捗ってるー?」

 

「社長……」

 

「その様子だと、大変みたいだねー」

 

「大変、って、仕事を増やしたのはアンタでしょうが。日本支部設立のために、我が社の社員たちが徹夜を厭わず粉骨砕身、働き詰めになってるの知ってるでしょ?」

 

 

 ジュリエッタがげんなりした表情でため息をつく。……ああ、だから、すれ違った社員たちの目元には、黒ずんだ隈ができていたのか。

 社員たちがチカを助けようとしなかったのは、自分たちに課せられたノルマをこなすので手一杯ということなのだろう。

 “時間的にも精神的にも、他人を助ける余裕がない”とは、相当追いつめられている。かなり過酷な労働条件が課せられていそうだ。

 

 

「他に運ぶものは?」

 

「な、ないです。これで最後なのです」

 

 

 ソウセイの問いに、少女――(タチバナ)千花(チカ)は反射同然の速さで返答した。

 しかし、彼女は「でも……」と口ごもる。もしかして、イノリたちの邪魔をしてはいけないと気遣っているのだろうか?

 

 

「なら、すぐに終わるわね。手伝ってもらったらいいんじゃない?」

 

「技術主任……」

 

「アンタ、今日で徹夜4日目でしょう。これが終わればひと段落つけるんだから、ここはソウセイに甘えさせてもらいなさいな。……いいわよね、アリー?」

 

「オケオケ☆」

 

 

 ジュリエッタは柔らかに微笑み、チカに語り掛けた。そして、アリーに許可を求める。

 アリーは快く頷いた。チカは酷く驚いた様子でアリーを見返し、次はソウセイへと視線を向けた。

 

 

「……本当に、手伝ってくれるのですか?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「……じゃあ、お願いするのです」

 

 

 上司からも本人からも許可を得たことで安心したのだろう。チカの口元が緩んだ。

 ソウセイも静かに目を細める。チカに先導されるような形で、ソウセイは荷物を抱えて歩き出した。

 2人の背中を見送る。暫く待っていれば、ソウセイはじきに荷物運びを終え、こちらへ戻ってくるだろう。

 

 なら、その間に、彼女について訊いておこうか。イノリはジュリエッタに声をかけた。

 

 

「ねえ、ジュリエッタ。あの子は?」

 

「ああ、チカのこと? あの子はノーデンスの依頼セクションを担当してるわ。社内外のトラブルやクレームを引き受けて調整、解決するのが主な業務内容よ。他には、フロア改修も担当してるわね」

 

「――お仕事、お仕事、楽しいなぁ~♪」

 

 

 次の瞬間、反対方向から鼻歌が聞こえてきた。音程は相当外れており、リズムも狂っている。お世辞にも、上手いとは言えない歌声だ。

 声がした方向に振り返れば、金髪に浅黒い肌の少女が段ボールを抱えてこちらへスキップしてきた。微かに漂う独特な香りからして、中身は薬品であろう。

 少女の歌を耳にしたジュリエッタは、途端に乾いた笑みを浮かべた。少女もまた、ジュリエッタに気づいたらしい。ぱっと表情を輝かせた。

 

 

「貴女は相変わらず元気ね、リッカ」

 

「うん! リッカちゃんは今日も元気だよ! ――あ、もしかして、この子たちが例の13班?」

 

「ええ。イノリ、リヒト、ソウセイの3人が、ノーデンスの調査チーム13班よ。ソウセイはチカの手伝いをしてて、ちょっと席を外してるわ」

 

 

 ジュリエッタがイノリたちを紹介する。ソウセイが席を外しているという話を聞いた途端、少女――(タチバナ)立花(リッカ)の表情が剣呑なものになった。

 

 

「手伝い、って、あの子またサボったの!? しかも、これから仕事をしに行こうとしている人に押し付けて……!」

 

「違うわよ。ソウセイが自分で引き受けたの。アタシも許可を出したんだから、何も問題ないでしょう?」

 

「あ、そうなんだ。ノーデンスのナンバー2が許可したんなら問題ないね」

 

 

 ジュリエッタの話を聞いたリッカは即座に怒りの矛先を治めた。仕事一筋、極度のワーカーホリックと言ったところか。会社に忠誠を誓っていると言えば聞こえがいいが、いささか異常な気もする。

 半ば狂気的な雰囲気に気圧され、イノリは思わず口元を引きつらせた。隣にいたリヒトも、金色の双瞼を泳がせる。……確か、東雲財閥の中――しかもリヒトの身近に、似たような気質な人がいたか。

 

 そんなイノリたちの思考など露知らず、リッカは満面の笑みを浮かべて自己紹介した。

 

 

「初めましてだね! リッカちゃんは営業部門担当で、キミたちの任務に使う消耗品や装備品の相談なんかを取り扱ってるよ! よろしく、13班!」

 

「こ、こちらこそよろしくね。……ところで、チカとリッカって姉妹なの? 顔立ちがよく似てるけど……」

 

「うん! リッカちゃんとチカは双子なんだ!」

 

 

 そんな話をしていたとき、背後から足音が響いた。振り返れば、荷物を運び終えたチカとソウセイが戻ってきたらしい。

 チカはソウセイに礼を述べていた。自分たちを見送る双子と別れ、イノリたちは目的地へと向かう。

 

 東館の1階。物々しい扉を開けた先には、大きな機械が鎮座していた。

 

 

「ここはノーデンス社のコア施設、ポータルシステムの試験場よ」

 

 

 ジュリエッタは不敵に微笑んだ。自信に満ち溢れた笑みである。機械に詳しいソウセイに視線を向ければ、彼は紫苑の瞳をきらきらと輝かせていた。

 感嘆した様子で装置を見回すイノリたちを見て、ジュリエッタは満足したのだろう。笑みを深くして、説明を続ける。彼の声はどこか熱っぽかった。

 

 

「さっき言ってたわよね。『第7真竜が目覚める前に、“残り4体の真竜がどこにいるのかを察知し、その襲来に居合わせる方法”にアテはあるのか』って」

 

「うん。だって、残りの4体はこの地球上にいないでしょう? 呼び寄せるとしても、どうやるのかなって思って」

 

「その答えがコレ!」

 

 

 ジュリエッタは大仰に頷き、装置の方を振り返った。

 

 

「アタシが開発したこの超小規模時空転送装置――つまりは、タイムマシンよ!」

 

「ええっ!?」

 

 

 至極真面目な調子で語ったジュリエッタに、イノリたちは思わず目を見開いた。イノリたちのリアクションが嬉しかったのか、彼は熱っぽい調子で計画の全貌を話しだす。

 

 彼が開発したタイムマシンを駆使し、残り4体の真竜がいる時間軸へとジャンプ。該当する時間軸で猛威を振るう真竜を倒し、検体を入手すると言うのだ。大半の人々が、荒唐無稽な話だと一蹴するだろう。

 だが、現物は目の前にある。現在は1か所しか飛べないが、Dz――ドラゴン由来の資材をつぎ込んで改造すれば、更に別な時代へ飛ぶことも可能らしい。要は、時空を超えて竜を狩るということ。

 

 

「“真竜が現代にいなければ、いる時代に飛べばいいじゃない”……ですか。いやはや、嘗てない理論ですね」

 

「その秘密兵器がタイムマシンとは、恐れ入った」

 

「凄いよジュリエッタ! 流石、ノーデンスの技術主任!」

 

「そ、そう? そんな風に褒められると、なんだか照れるわね」

 

 

 ジュリエッタの話を聞き終えたリヒトとソウセイは、感服したように頷いた。驚きや困惑を通り過ぎて、ジュリエッタの技術力を称賛していた。

 拙いながら、イノリもジュリエッタを讃える。拍手喝采を浴びた彼は、流し目で視線を逸らした。口元を隠してやり過ごそうとするが、耳元が真っ赤である。

 アリーはそれに目敏く気付いたようで、ニマニマと笑った。ナガミミは深々とため息をつき、ジュリエッタの足元を小突く。早く本題に入れということらしい。

 

 ジュリエッタは物々しく咳ばらいした後、こちらに手招きした。百聞は一見に如かず、ということか。

 ナガミミが苦言を呈そうとしたが、アリーに押し切られる。ナガミミは渋々と言った様子で頷いた。

 

 

「13班、装置の中央に乗れ」

 

「了解」

 

 

 ナガミミの指示に従い、イノリたちはポータルの中央に乗った。それを確認したナガミミが、機材の様子をチェックする。

 すべてが正常値であることを確認し終えたナガミミは、イノリたちに向き直った。

 

 

「あと、1つ言っとく。今行く場所はガチの戦場だからな。あのときみたいに馬鹿丸出しで突っ込めば、即座に死ぬぞ。用心に用心を重ねて挑め」

 

「……了解」

 

「心得ておく」

 

「肝に銘じます」

 

 

 ありがたいアドバイスだ。イノリ、ソウセイ、リヒトは真剣な面持ちでナガミミに返事をする。それを聞いたナガミミは満足そうに頷いた。そうして、宣言する。

 

 

「オペレーション、“Code:VFD”。本時刻をもって、開始する――!」

 

 

 ポータルが物々しい音を立てて起動した。イノリたちの立つポータルの中央を包み込むかのように、鮮やかな緑色の光が発生した。

 時折黄色味を帯びる光は、まるでオーロラのようだ。その美しさに魅せられていたとき、イノリたちの視界が真っ白に染め上げられた。

 

 




Chapter1、開幕。改訂版では省いていた場面に焦点を当てて加筆しました。チカとリッカとの邂逅、ナガミミの「Code:VFD開始の合図」が追加された場面です。
今後しばらくは、改定前と構成が変わったり、新しい場面を増やしたりしながら進めていきます。
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