百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

21 / 45
翡翠残照

 目の前に広がる景観を言い表すとしたら、『水の都』という言葉が相応しい。見上げれば、浮島となった回廊が層になり、幾重にも積み重なっているのが伺える。

 上部からは美しい水が降り注ぎ、屋根を伝って落ちていく。水飛沫が舞い、周囲に漂っている青い燐光に照らされ、キラキラと輝いていた。何とも幻想的な光景だった。

 

 しかし、美しい街並みには、所々竜災害の爪跡が刻まれている。回廊が寸断されていたり、瓦礫の山が積み上げられていたり等、戦闘の形跡が色濃く残っていた。

 それだけではない。この街には、至る所に赤い葬送花――フロワロが咲き乱れている。美しき水の都が、ドラゴンの根城になっているという事実を証明していた。

 1万2000年前に存在した、太平洋の真ん中に海を割いて築かれたとされる海洋帝国アトランティス。その首都・アトランティカは、竜災害による滅びを待つだけの状態になっている。

 

 

「平時だったら、きっと美しい街並みだったのでしょう。それだけに惜しいですね」

 

「そうだな。現代とは違う技術に興味を引かれるが故に、多大な損失だな」

 

 

 フロワロに飲まれた街の残骸を見つめ、リヒトは沈痛な面持ちになった。ソウセイも頷く。紫苑の瞳には、悲しみと怒りが滲んでいた。

 イノリも同じ気持ちである。そうだねと言葉を続けようとしたとき、不意に、空気を震わすような調べが響き渡った。

 

 例えるならそれは、パイプオルガンの音色。例えるならそれは、讃美歌のメロディ。かすかな音だったが、やけに耳に残る。

 

 

「何の音だろう……?」

 

「分からんな。だが、注意するに越したことはない」

 

「だね。さっきも凄い振動があったし」

 

 

 ソウセイの言葉に頷き、イノリたちは探索を続ける。ここにいるルシェたちの瞳はみな、絶望と怯えに満ちていた。

 史実では、アトランティス帝国はニアラに対して玉砕作戦を展開しており、国と住民の命を道連れにしてニアラを退けている。

 街の状況や人々の様子からして、その玉砕作戦は、行われる秒読み段階に入っているのだろう。

 

 公園のような広場を抜け、先の回廊へ進もうとしていたときだった。

 

 

「そこの者、止まれい! その風貌、我らの同胞ではないな!」

 

「よそ者が、この閉ざされた地に何の用がある?」

 

 

 イノリたちを呼び止めたのは、アトランティスの男たちだ。甲冑に身を包み、槍を片手に持っている。

 おそらく、ここを守っている衛兵なのだろう。彼らはイノリたちに対して好意的ではない。彼らの態度が雄弁にそれを伝えてきた。

 

 諍いを起こすつもりはないので、13班の面々は立ち止まった。何の用かと尋ねられたので、素直に己の目的を答える。

 

 

「ニアラを狩りに来ました。私たちは、貴方たちと敵対するつもりはありません。道を開けてください」

 

「ニアラを狩るだと? ――はっはっは、理解不能だな!」

 

 

 兵士たちは何がおかしいのか、鼻で笑った。イノリたちの発言を冗談だと思っているのだろう。

 ぱっと出てきたよそ者が、「自国を脅かす脅威を倒す」と宣言すれば、あしらわれるのは当然かもしれない。

 彼らは既に、玉砕作戦を行う覚悟を固めている様子だった。ルシェ族は誇りを重んじる傾向がある、と、聞いたことがある。

 

 兵士たちからこれ以上の情報は手に入らないだろう。

 道をふさぐ兵士を迂回して先へ進もうと、視線を巡らせたときだった。

 

 

「その不遜な態度は看破できん。貴様らまとめて、フカのエサにしてくれる!」

 

 

 兵士たちはそう言うなり、槍を構えてイノリたちに襲い掛かってきた。彼らの攻撃をひらりとかわし、イノリは腰から双剣を引き抜いた。視界の端で、ソウセイが拳銃を構える。

 

 

「風のように!」

 

「油断が命取りだぞ」

 

 

 イノリの影無しとソウセイのニーブレイクを喰らい、兵士たちが怯む。

 その隙を逃さず、リヒトが大地を蹴った。彼の手には、雷が描かれたカード。

 

 

「雷注意ですよ!」

 

 

 彼がそのカードを兵士たちに投げつけた途端、雷のフィールドが展開した。紫電が兵士たちに降り注ぐ。雷を喰らった兵士たちは、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。そちら側から襲い掛かってきた割には、随分と呆気ない幕切れである。

 半ば拍子抜けしながら、イノリは得物を鞘に収めた。兵士たちが呻きながらこちらを見上げる。イノリは仲間たちと顔を見合わせたのち、深々とため息をついた。鞄から道具類を取り出し、兵士たちの治療に当たる。

 まさか手当てされるとは思っていなかったのだろう。彼らは唖然とした様子でイノリたちを見ていた。瞳には驚愕と困惑の色が揺れている。治療の終わりを告げれば、2人の兵士たちはバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 一応、イノリたちが諍いを起こすつもりはないということは信じてもらえたようだ。彼らはそそくさと道を開け、逃げるように持ち場に戻った。

 いつの間にか、この騒ぎを目にして近寄ってきた野次馬が居たらしい。人々からは畏怖の眼差しが突き刺さってくる。あまり居心地よくない。

 

 

『フヒヒヒヒ……テメェはここじゃあ異端者だ。行動には気を付けろよ?』

 

「そうみたいだね。王に仕える兵士がこの調子じゃあ、まともな戦力も、戦おうとする人々も、もう……」

 

『だな。オマエの言うとおり、骨のある奴らは残っちゃいねえ。ビビる必要は皆無だ。ナビを続けるぞ』

 

 

 ナガミミはからかうような声色でナビを続ける。それに従い、イノリたちは滅びを待つ首都の街中を突き進んだ。

 

 長い階段を上っては下り、下っては上りを繰り返し、先へ進む。奥へ行けば行くほど、散乱する瓦礫や破壊された街並みが目につくようになってきた。

 破壊が目立たなかった区画がどれ程神秘的な街並みだったかを知っているため、元の美しさはどうだったのかと考え、心が痛む。

 辺りからはマモノの気配が漂う。次の瞬間、見たこともないマモノたちが飛び出してきた。奴らはイノリたちを敵と認定したようで、襲い掛かってくる。

 

 

『アトランティスに生息するマモノだな。ヘルムキャンサーにブロッサムか』

 

「……ナガミミ。ちょっと質問なんですけど」

 

 

 マモノの姿を凝視しながら、リヒトは真面目な顔で問いかけた。

 

 

「あのマモノ、食べれそうな部位はありますか?」

 

『……は?』

 

「珍味になりそうな部位があるなら、是非とも食べてみたいんですが」

 

『…………ハア!?』

 

「これが終わったらじっくり調べればいいだろう。来るぞ!」

 

 

 ソウセイから指摘されたリヒトは頷き、即座に戦闘態勢を整える。リヒトの癖と趣味趣向を思い出し、イノリは思わず苦笑した。

 

 東雲リヒトは珍味が好きである。マモノの肉や卵、挙句の果てには花粉まで、「食べられるならば」自分の手で調理法を研究して食べようとするレベルだ。珍味集めにつき合わされ、東京中のマモノを狩りに行った今年の春休みは記憶に新しい。

 課題でレイジーベアーを倒すことになった際、終始「熊狩りだぁぁぁぁ!」とテンションが高かった。レイジーベアーの肉は上等で、熊肉と同じ調理法で料理すると美味しいらしい。実際、リヒトがレイジーベアーの肉で作ったワイン煮込みは絶品だった。

 時空を超えるということは、東京には生息しないマモノと対峙することを意味する。珍味を食べたい一心で東京中のマモノを知りつくしたリヒトが、その時代にしか生息していないマモノを見つけたら、食べたいと思うのは当然であろう。

 

 勿論、食欲に物を言わせたリヒトがマモノを一網打尽にし、鼻歌を歌いながら漁り始める。結果、リヒトのお眼鏡に叶った食材が見つかった。

 甘い芳香を漂わせるブロッサムの蜜――桃色の花蜜だ。彼はそれを鞄にしまう。後で調理法を研究するつもりなのだ。

 

 

「調理法を見つけたら、ナガミミにもおすそ分けしますよ」

 

『いや、いらねえよ!!』

 

 

 『ケダモノの次はゲテモノ喰らいか!』と嘆きを叫ぶナガミミの声をBGMに、イノリとリヒトは顔を見合わせ苦笑した。

 リヒトの眼中になかったヘルムキャンサーの中腸腺を回収し、先を急ぐ。

 

 階段を上り、下り、瓦礫の少ない場所を探して進む。その分、アトランティカの探索には時間がかかった。

 

 自分たちの向かい側にいた太陽は、いつの間にか真上を過ぎ去っている。じりじりと傾いているようにも見えた。

 丁度そのタイミングで、広場のような場所に出た。お誂え向きと言わんばかりに、3人程度が座れそうなベンチもある。

 

 

「そろそろ休憩にしませんか?」

 

 

 足を止めたリヒトがイノリたちに提案した。心なしか、リヒトの額にはうっすらと汗が滲んでおり、呼吸もやや浅いように思える。彼はイノリたち4人の中で、一番体力が低かった。後衛職の宿命であった。

 

 

「そうだね。ここでいったん休憩にしよう」

 

「分かった」

 

 

 イノリの提案にソウセイも同意した。ベンチに座ると同時に、ソウセイは鞄の中から道具を取り出す。暫くの間、マモノに見つかりにくくしてくれる機械、迷彩ツールだ。

 機械を起動した途端、周囲に漂っていたマモノの気配が希薄になったように思う。気配を完全に隠してくれるわけではないが、少々休憩するには充分であった。

 時計を見ればすでに正午過ぎだ。ここまで進む中、自分たちはまだ昼食を食べていない。ナビであるナガミミにお伺いを立てれば、ナガミミは面倒くさそうに頷き返した。

 

 『これだからニンゲンは……』と文句を言いつつも、ナガミミは周囲の索敵を行う。この上司は、態度は悪いが部下の要望には応えてくれるらしい。

 

 許可を得たので、イノリたちは持ってきていた食べ物をカバンから取り出す。ノーデンスのカフェテリアで売られていたおにぎりやサンドイッチだ。

 入院中にアリーやジュリエッタから差し入れされたものだが、味は悪くはない。包みを取り、イノリたちは食事を開始した。

 

 

「既製品もいいけど、やっぱり手作りしてみたいよね」

 

「分かります。僕も、珍味を手に入れたら作ってみたいですねえ」

 

 

 おにぎりを頬張ったイノリの言葉に、サンドイッチに手を伸ばしたリヒトが頷く。金色の瞳はうっとりと蕩けており、まだ見ぬ珍味に想いを馳せていることは明らかだ。

 上等な熊肉を落とすレイジーベア、マグマスライムが落とすあったかゼリー、サイヤードが落とす特上霜降り鋼肉……思い出すだけで気が遠くなってきそうだった。

 

 だが、リヒトはすぐ想像から現実へと帰還した。顎に手を当てて、ぼそりと呟く。

 

 

「この街は、東京に比べて厳しい造りになってますよね」

 

 

 リヒトの言葉は間違っていない。アトランティカには急こう配の階段が多く設置されていた。東京ではなかなかお目にかかれない角度と段数である。歩行に難がある人にとっては優しくない。

 

 

「そうだな。だが、この街の構造的に、移動手段が階段だけだとは思えん。……現代技術では計り知れないものが使われているのだろう」

 

 

 そう語るソウセイの声色は、どこか楽しそうである。彼は技術関連には目がない。アトランティス帝国の技術に興味津々のようだ。

 リヒトのゲテモノ調理研究に苦言を呈するソウセイだが、彼もまた、ちゃっかりと、先程の兵士が使っていた武器に関する見解をメモしていた。

 他にも、この街の構造に関して思案を巡らせるあたり、ソウセイもアトランティス帝国の文明を楽しんでいる様子だった。

 

 ソウセイは楽しそうに思案していたが、ふと昼食を食べる手を止めた。その表情には、どこか驚きで満ちている。

 

 

「どうしたの? ソウセイくん」

 

「……いや、誰かに呼ばれたような気がしたんだが……気のせいか?」

 

 

 イノリの問いに、ソウセイはしきりに首を傾げながら答えた。確証をつかめていないようで、彼の瞳はゆらゆらと揺れている。

 しかし、それについてはおいおい考えることにしたようだ。前を向いて、彼は周囲の警戒に務める。イノリもそれに倣った。

 

 

「こ、こないで! あ、あっちいけーっ!!」

 

「何だ!?」

 

「今の声は……」

 

「みんな、行こう!」

 

 

 突如、少女の悲鳴がこの場に響き渡った。イノリたちは慌てて、声が響いた場所へと走る。そこには、今にも襲い掛からんとするマモノと、身を丸めたルシェ族の少女がいた。

 

 

『オイオイ、まさか助けるつもりか? あんなの放っておけよ』

 

「それはできない。私自身が、助けられた人間だもの!」

 

『ッ!? ――あ、コラ! オマエら……っ、だーもう!』

 

 

 ナガミミの言葉を遮るようにして、イノリは駆け出した。ソウセイとリヒトも、イノリに続く。ナガミミは躊躇うように唸ったが、最終的には黙認してくれたらしい。

 少女を守るものは何もない。彼女自身も丸腰だ。非戦闘員がマモノに襲われればひとたまりもない。イノリは迷うことなく躍り出て、マモノを一刀で切り伏せた。

 ソウセイはマモノを銃撃し、リヒトが炎のマモノを召喚して敵を焼き払う。マモノはあっという間に斃れた。マモノから素材を集めるのは後回しにし、振り返る。

 

 ルシェ族の少女は、命に係わる怪我はしていないようだ。膝をすりむいている程度である。イノリは鞄から治療薬を取り出し、少女を手当てした。

 少女は怯えるように身を縮ませていたが、危害を加えられたのではなく治療されたのだということを理解し、嬉しそうに表情を輝かせた。

 

 

「ありがとう! おねえちゃんたち、強いんだね! 格好良かったよっ!」

 

「どういたしまして」

 

 

 惜しみない賛辞を贈られるというのは、ちょっと気恥ずかしいけれど、嬉しいものだ。リヒトもソウセイも、照れたようにはにかむ。

 

 どうやらこの少女は、好奇心旺盛な性格らしい。イノリたちの身体的特徴がルシェと違うと見るや、イノリの顔や耳をぺたぺたと触り始めた。特に、ヒトとルシェの耳の違い、リヒトの眼鏡、ソウセイのマスクに興味があるようだ。

 眼鏡を奪われたリヒトが苦笑し、マスクを奪われる危険性を察知したソウセイが目を剥いた。マスクに興味を示す少女に対し、ソウセイは「取られるのは困る」と滾々と説明する。少女は難しい話は好きじゃないようで、むうと唸った。

 

 

「ミルラ! ミルラーっ!」

 

「あっ、おばあちゃんだ! おばあちゃーん!!」

 

 

 切羽詰った老母の声が響いたのと、少女――ミルラがリヒトに眼鏡を返したのは同時だった。彼女は無邪気に笑いながら、駆け寄ってきた老婆を迎える。老婆はミルラを抱きしめ、孫の無事を確認した。ミルラは満面の笑みを浮かべて、イノリたちに助けられたのだと説明する。

 老婆は驚いた後、恐る恐るこちらへ視線を寄越した。異邦人に対する怯えの色が見て取れる。アトランティカの住人たちはイノリたちに対して排他的であった。ミルラの祖母も同じ気持ちを抱きながらも、孫を助けてくれた恩人という事実に、ほんの少し態度が和らいだようだ。

 「アトランティカの兵士たちでも手を焼くマモノを倒すなんて……」と、ミルラの祖母は呟く。一般人がマモノに襲われるとひとたまりもないことは、東京でも同じだった。マモノに太刀打ちできるのは、A級以上の能力者だけである。対竜兵装を駆使することで、B級能力者もどうにか戦える程度だ。

 

 『今ここに残っている兵士たちは、良くてB級だろうなァ』と、ナガミミが囁くようにして補足を入れた。

 A級やS級能力者の大半はみな、ニアラとの戦いに赴いて破れ、帰ってこなかったのだろう。

 

 もしかしたら、ミルラの関係者もその中にいたのだろうか。無邪気に微笑む少女の笑顔からは伺えない。

 

 

「あなたがたは、どうしてこの国に?」

 

「真竜ニアラについて調べています。私たちは、奴を討つためにここに来ました」

 

「ニアラを、討つ……!?」

 

「本当!? おねえちゃんが、ニアラをやっつけてくれるの!?」

 

 

 ニアラという名前を聞いた途端、ミルラの祖母は目の色を変えた。代わりに目を輝かせたのはミルラである。

 彼女は水を得た魚のように、たどたどしくも朗々と話し始める。この国が崩壊する原因となった侵略者の話を。

 

 

「ニアラはねー、数か月前に突然やって来たのー。あいつのせいで、アトランティスは殆ど沈んじゃったんだー。王様も、兵士も、みんなやられちゃって――」

 

「――ミルラ。危ないから、家に戻っていなさい」

 

 

 ミルラの祖母は、ミルラの言葉を遮った。彼女の言葉はどこか刺々しく、物々しい。祖母が何を考えているかは分からずとも、有無を言わさぬ気配はミルラに伝わったようだ。ミルラは気圧されるようにして頷くと、ぱたぱたと走っていく。

 

 ミルラの祖母は大きくため気をついた後、イノリたちの方に向き直った。

 彼女はミルラを助けてくれたことに礼を言い、「恩義に報いるために」と重々しく口を開いた。

 

 

「数か月前に襲来したニアラにより、降盛を誇りしアトランティスの12の海洋宮は、ここ――王都以外のすべてが海に沈みました。先王ユトレロと我が軍の精鋭がニアラに挑みましたが……」

 

「敗北、したんですね」

 

「ええ。誰1人として、戻ってきた者はいません。……やがて、大地に咲いた毒花の瘴気で兵士以外の国民も死に絶えました。この国の滅亡は、間近に迫っています」

 

「……だから、玉砕作戦か」

 

 

 険しい顔をしたソウセイの言葉に、ミルラの祖母は頷いた。

 

 

「執政官のタリエリ様が、作戦を決行なされる。邪を払う王都の聖なる守護石――星晶石を破壊し、国土諸共憎きニアラを海に沈める作戦を……!」

 

「っ、待ってくれ! アンタたちは、本当にそれで納得しているのか!?」

 

「この王都の臣民はみな、心静かに最期の(とき)を待っています。どうかこれ以上、神聖なアトランティスを乱しますな」

 

 

 珍しく、ソウセイが語気を荒げる。驚くイノリたちを尻目に、彼はミルラの祖母に問いかけた。

 しかし、ミルラの祖母は首を振った。自分たちは既に覚悟を固めたのだと言いきる。

 老婆の瞳には一切の迷いがない。だが、瞳には光がなく、深淵の底を思わせるような闇で満ちていた。

 

 彼女の覚悟は分かったが、では、ミルラはどうなのだろう。イノリは、無邪気で明るい少女の姿を思い浮かべた。ニアラを倒すと言うイノリたちに、目を輝かせていた女の子。

 

 

「それじゃあ、あの子はどうなるの? ミルラは死ぬ覚悟を固めているようには見えなかったけど……」

 

 

 イノリの言葉に、老婆はびくりと肩をすくませた。ミルラのことはアキレス健だったのだろう。目に見えて、佇まいが揺らいだ。

 

 

「……大丈夫。あの子も……ミルラも、分かってくれるはずです」

 

 

 ややあって、彼女は震える声で言葉を紡ぐ。それはイノリたちにではなく、己自身に言い聞かせるかのようだった。

 話は終わったと言わんばかりに、老婆は立ち去る。その背中を見送り、イノリたちは顔を見合わせた。老婆の会話を聞いていたナガミミが意地悪く笑う。

 

 

『玉砕作戦とは考えたモンだぜ。確かに、コイツらの現有戦力でニアラを倒そうとすれば、ソレが最良の戦術(プラン)だろうよ』

 

「そんな……玉砕なんてダメだよ。ルシェたちを助けよう!」

 

『何言ってるんだよ。この国が亡びることは確定してる。それに、お前たちの目的はアトランティスを救うことじゃなく、ドラゴンクロニクルだろ? 人助けならU.E.77年でやれ』

 

 

 食い下がったイノリに対し、ナガミミがため息をついた。ホログラム越しに浮かぶマスコットは面倒くさそうに頭を掻く。

 

 

『滅びゆく国の民を救うことに何の意義がある? 奴らが国ごと亡びることは決定事項だ。ムダなんだよ、ムダ!』

 

 

 ナガミミはこれでもかといわんばかりに声を張り上げる。その様は、聞き分けの悪い生徒を怒鳴りつける教師のようだ。このナビゲーターには、職務――Code:VFDの成就以外眼中にないらしい。

 意義がない、滅びは決定事項、ムダ――その三拍子が、イノリの奥底にある想いを抉った。脳裏に浮かぶのは、イノリたちを守るために命を散らした祖父の背中だ。意義も、価値も、打算さえも度外視して、ミカゲはイノリたちを守り抜いた。

 

 

『あの人が、命を懸けてまで守る価値があったの?』

 

『はっきり言って、無駄死にだったなあ』

 

 

 喪服に身を包んだ客が、イノリたちに聞こえる声色で囁いていた言葉がリフレインする。祖父の在り方と自分の存在を否定されたようで、とても苦しかった。

 “祖父は間違っていなかった”のだと証明したくて、今まで頑張ってきた。夢や目標を実現し、自分にできることを成し遂げることが、それに繋がっていると信じていた。

 

 ――そしていずれは、自分も祖父のように希望を紡ぎ、未来を切り開くのだと。そんな存在になりたくて、その背中に追いつきたくて、今まで歩んできたのだ。

 

 絶望に暮れる瞳は、隣にいたリヒトやソウセイと同じだ。あの頃の自分と同じだ。

 それを見捨てることは、あの日の祖父、および自分たちを否定することと同義になる。

 

 

「……ナガミミの言ってることは」

 

『あ?』

 

「私たちに、『死ね』って言うのと同じなんだよ」

 

 

 イノリは、ホログラムとして浮かび上がるナガミミを睨みつけた。リヒトとソウセイも、沈黙を守っているが、噛みつくような眼差しを向けている。

 部下からそんなことを言われ、睨みつけられるとは思わなかったのだろう。ナガミミがたじろぐ。呆気にとられたのは一瞬のことで、すぐ反論してきた。

 

 

『な、なんでそうなるんだよ!?』

 

「だってそうでしょう! 価値がなければ、意義がなければ、意味がなければムダだって言うなら、それらを度外視して助けられた私たちはどうなるの!? それらを度外視して私たちを救ってくれたおじいちゃんはどうなるの!! ナガミミは、『意義も価値も意味もないから、お前は死ね』って言われたら、何の疑いも反論もなく、納得して、言われた通りに死ねるの!?」

 

『お、オマエ……』

 

「できないでしょう!? それと同じだよ! ……無意味だなんて言わせない。無価値だなんて言わせない。意義がないだなんて、ムダだなんて、絶対絶対言わせない!! 私たちはともかくとして、私たちを信じて未来を託してくれたおじいちゃんを踏みにじるようなことは、絶対絶対言わせない!!」

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、イノリはハッキリと言いきった。当時の気持ちに戻ってしまったためか、じわりと視界が滲む。

 ナガミミが息を飲む音が聞こえた。イノリは袖で涙を拭う。ふうう、と、唸るような息が耳に響いた。そうして、息を吐くように呟く。

 

 

「消えゆく命を助けたいと願うことは、死んでほしくないと願うことは、生きてほしいと願うことは、そんなにもおかしいことかな。『死にたくない』っていう命の叫びに、『生きたい』という命の叫びに、耳を傾けて手を伸ばしたいと思うことは、そんなにもおかしいことなのかな」

 

『……………………』

 

 

 イノリの言葉に、ナガミミは沈黙したままだ。普段の小馬鹿にした態度は鳴りをひそめている。シルクハットを深く被って、マスコットは俯いた。

 

 

『後輩たちの言うとおりだよ、ナガミミ様』

 

 

 ナガミミのホログラムの後ろに、別の人物のホログラムが現れる。イノリたちの先輩パート社員、眞瀬ブンイチだった。

 「ブンイチと連絡がつかない」とジュリエッタが怒鳴り散らしていたが、今まで彼はどこで何をしていたのだろう。

 

 

『オマエ、何してたんだよ!?』

 

『ごめんね。本業が忙しくてさー。まだまだ合流できそうにないから、休暇延長の手続きしに戻ってきたんだ。怒ってるナガミミ様も可愛いけどね』

 

 

 行方知れずだったブンイチの姿を確認するや否や、ナガミミは怒鳴った。しかし、彼は柔らかに微笑みながら、憤怒のマスコットの言葉を遮る。

 その笑い方は、子どもとは思えぬ程成熟していた。イノリたちより年下なはずなのに、どこか達観した老人のように思えたのは何故だろう。

 ブンイチは、呆気にとられるナガミミの頭を優しく撫でる。ふかふかだ、と、幸せそうに目を細めながら、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

『人っていうのはさあ、価値とか意味とか意義とか打算とか好き嫌いとかだけがすべてじゃないんだよね。誰かを助けたいと思う気持ちさえあれば、それだけで立派な理由になるんだよ』

 

「ブンイチくん……」

 

『そうやって、生きたいと叫ぶ命の声を拾い上げようと戦っていた人を、俺は知ってる。価値も意味も意義も打算も好き嫌いも超越して、人命救助に駆け回っていた人の背中を、俺は知ってる。……そうして、その系譜は、次世代にも確かに引き継がれた』

 

 

 ブンイチは嬉しそうに笑って、イノリたちを見つめた。まるで、見知った誰かの面影を見出したかのように。

 

 

『“13班”という名前を背負うってことは、人を助けたい、生きたいと叫ぶ命の声に応えたい、人の命を守りたいという意志を抱いて戦うことだと俺は思う。その意志を力に変えて、竜やマモノを討ち続けてきたのがムラクモ13班だった』

 

「おじいちゃんたちが……」

 

『そう。だから、キミたちは間違ってない。本当にキミたちは、13班の名前を背負うのに相応しいよ。俺だってそうするもん。――特に、ナガミミ様にはね』

 

 

 ブンイチはそう言うなり、ナガミミをぎゅっと抱きしめた。むぎゅ、と、マスコットが呻く。

 普段のやり取りからして、ナガミミはブンイチに抵抗しそうなものだ。だが、今回は大人しくしている。

 

 

『ナガミミ様が俺のことを望まなくても、俺は、ナガミミ様が『助けてほしい』って思ったら、這いつくばってでも助けに行く。ナガミミ様が生きたいと望むなら、たとえ俺の肉体が滅んで魂だけになっても、絶対にナガミミ様の元に駆けつける。そうして、ナガミミ様の願いを叶えてみせるよ』

 

 

 堂々と宣言したブンイチの若紫には、揺るがない意志が宿っている。彼は本気で語っているのだ。ナガミミが願えば/ナガミミが望まなくても、ブンイチはそれを叶えるだろう。マスコットを撫でる手つきは、酷く優しかった。

 

 

『……死に……い、……消えた……、……生きたい……』

 

 

 幾何かの沈黙の後、囁くような声がした。くぐもってよく聞こえなかったが、『生きたい』という言葉だけは鮮明に聞き取れた。

 ナガミミの口調は、自分が歩んできた軌跡を思い返しているようだった。そうして、深々と息を吐く。

 『やれやれ』と言ったその声色は、先程よりも幾分か柔らかな響きを宿していた。

 

 

『人命救助はジュリエッタから禁止されてる。助けようとすれば、文字通り“キリがない”からな。ムラクモ13班のように『目につく命はすべて救え』的な救助活動が容認されていた時代背景とはワケが違う』

 

「…………そう」

 

『……しかし、マァ、応急処置や一時的な避難ぐらいなら、なんとか誤魔化せるかもしれん』

 

 

 ナガミミの言葉に、イノリたちは思わず顔を上げた。

 ブンイチに抱えられたナガミミのホログラムが映し出されている。

 

 マスコットのウサギはバツが悪そうにシルクハットをずらす。自分の顔を見られたくないのだろう。外見がぬいぐるみのため顔色など分からないのだが、本人にとっては重要なことらしい。

 

 

「本当!?」

 

『何も、仏心や慈善事業で言ってるわけじゃねえぞ。脂の乗った、美味そうなヤツが居るかもしれんからな。フヒヒヒヒ……』

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

『…………本気にすんなよ。傷つくぞ』

 

 

 ブンイチに抱えられていたナガミミの耳がぺたんと下がった。頭を垂れ、昏い影を滲ませているあたり、結構落ち込んでいるようだ。

 そんな想い人(人?)の様子も魅力的なのだろう。『そんなナガミミ様も好きです、結婚してください』『やめろ仕事中だ』と、普段通りのやり取りが広がる。

 直属上司と先輩社員の微笑ましいやり取りを見守りつつ、イノリたちは昼食を済ませてアトランティカの探索へと戻る。

 

 天高くから、讃美歌の音色が聞こえた気がした。先程からずっと、断続的に響いてくる。天を見上げたが、上空には何も見えない。

 

 次の瞬間、マモノの唸り声が聞こえてきた。

 現れたのは、宙を浮くサメのようなマモノと巨大な巻貝。

 

 

『サメみたいなのがスクリューシャーク、あの巻貝はスパイラルキャノンだな。どっちも炎属性に弱いぞ』

 

「分かった!」

 

 

 ナガミミのアドバイスを受け、イノリたちは武器を構えて飛び出した。イノリは裂きモミジを、リヒトは火山を、ソウセイはファイアTROYを展開する。弱点属性を喰らったマモノたちは、あっという間に崩れ落ちた。

 リヒトは意気揚々とマモノの元へ駆け寄り、食べられそうな部位を探す。金色の双瞼はぎらついており、他者の介入を許さないという強い意志があった。イノリとソウセイは顔を見合わせてため息をつく。ああなったら止まらないと知っているためだ。

 

 

「見てください! スパイラルキャノンとスクリューシャークが、新しい食材を落としましたよ!」

 

「……おい。何だこの毒々しい色の肉とエキスは」

 

「このフカヒレ、すっごくすり減ってる……食べる部位あるのかなぁ」

 

 

 嬉々として拾った食材――スパイラルミート、スパイラルエキス、すり減ったフカヒレを鞄にしまうリヒトの瞳は、キラキラと輝いているように思う。

 無事に任務を終えたら、彼は調理台を占領して開発に勤しむことだろう。材料を後から言うスタイルで、リヒトは阿鼻叫喚図を作り上げるに違いない。

 

 楽しそうなリヒトの様子に苦笑したイノリは、ふと視線を向ける。マモノがうろつく回廊に、ルシェ族の女性が身を潜めているのを発見した。

 

 

「みんな、あれ!」

 

「急ぐぞ!」

「行きましょう!」

 

 

 リヒトとソウセイもそれに気づいたようで、即座にマモノに挑みかかった。苦戦することなくマモノを屠り、イノリたちは女性へ手を差し伸べる。

 突如現れた異邦人に、女性は目を丸くした。まさか救助が来るとは思わなかったのだろう。昏く淀んだ女性の瞳に、かすかながら希望の光が浮かんだ。

 

 

「私、生きられるんですか? 助かるんですか?」

 

「はい! もう大丈夫ですよ! ここは危険ですから、安全な場所に避難しましょう」

 

「よかった……! 申し訳ありません、先王ユトレロ。そしてタリエリ様。裏切りをお許しください。本当は、死にたくなんてなかったのです……!」

 

 

 女性はそう叫ぶなり、わっと顔を覆った。

 

 玉砕作戦がアトランティス帝国の総意だったとしても、国民全員が1枚岩だとは限らない。この女性と同じように、“表面上は玉砕作戦に異を唱えていないけれど、本当は死にたくないと思っている”民だっているはずだ。

 女性を宥めて落ち着かせた後、ホログラムに映るナガミミに声をかける。ウサギのマスコットは頷き、準備ができたことを告げた。「安全な場所に到着したら、ナガミミの指示に従うように」と説明し、イノリは女性に脱出キットを使う。

 淡い光が弾けたと思った途端、ナガミミの背後に先程の女性が現れた。女性は見たこともない景色に驚いて腰を抜かす。ナガミミは相変わらずぶっきらぼうな口調で、彼女にてきぱきと指示を出していた。

 

 さあ、先へ進もう――そう思ったときだった。

 目の前は行き止まりになっている。道らしき道はない。

 

 

「あれ? 道がここで途切れてますが……」

 

『ああ、その先に行きたいんですか? その床に転送用の術式が刻まれているので、それを起動させれば進めますよ』

 

 

 リヒトの問いに答えたのは、先程救助された女性だった。ホログラムで映る女性は、イノリたちが映し出されたモニターを見て発言したのだろう。

 

 長い回廊と浮島で形成された首都アトランティカの移動手段は、回廊と転送用の魔法陣である。ナガミミ曰く、『後者はジュリエッタが開発したタイムマシンと似た技術が使われている』という。場所さえ指定すれば寸分狂わずそこに転送されるらしい。

 1万2000年前の高度文明に、ソウセイは興味深そうに魔法陣を眺めていた。技術者としての好奇心が疼くのだろう。しかし、今回はその好奇心を満たす余裕はない。ソウセイは名残惜しそうに魔法陣を眺めていたが、振り切るようにして頷いた。

 女性のルシェに礼を言えば、彼女は嬉しそうに微笑む。ナガミミの指示に従った彼女は、ホログラムから姿を消した。イノリたちは術式を作動させる。視界が白み、色を取り戻したとき、先程とは別の景色が広がった。

 

 

「転送装置か。これは凄いな」

 

 

 ソウセイは、自分たちを違う区画へと送り込んだ術式をまじまじと見つめていた。嬉しそうに細められた紫苑の瞳は、珍味を語るリヒトと似たような気配を宿していた。

 自分の好きなものを眼前にしている青年2人を見ていると、とても微笑ましくなる。イノリは楽しそうなリヒトたちの背中を見つめ、ひっそりと目を細めた。

 

 ヤレヤレ、と、ナガミミは肩をすくめる。

 

 

『アイツら、目的を忘れちゃいないだろうな……』

 

「大丈夫だよ。ただ、自分の好きなものや興味のあるものに強く惹かれるだけだから」

 

 

 ため息をついたナガミミに対し、イノリは苦笑した。フォローになるかどうかは分からなかったが、ナガミミは一応納得することにしたらしい。

 

 今回アトランティカに時空跳躍した目的は、ノーデンス13班の肩慣らしと資材集め――普通のドラゴンを狩るためだ。

 しかし、リヒトの珍味集めとアトランティカの人々の人命救助を優先して行っているため、ナガミミのため息が絶えず聞こえてくる。

 なんやかんや言いながらも、イノリたちの行動を止めないあたり、柔軟で融通の利く上司と言えよう。

 

 

『あ、そろそろ本業戻らなきゃ。それじゃあナガミミ様、お仕事頑張ってね!』

 

『…………おう』

 

 

 首元にかかっていた懐中時計を見て、ブンイチはハッとしたように目を見開いた。彼は即座にナガミミをオペレーター席に戻し、踵を返す。普段は罵詈雑言を叫ぶのだが、ナガミミは何かを思案するように黙っていた。そして、聞き取れるか否かの声色で、囁くように返事をした。

 数日しか過ごしていないため、ナガミミの変化が心境によるものか否かの見分けはつかない。おそらくナガミミ本人に尋ねても答えようとはしないし、ブンイチに訊ねれば3日3晩拘束されて洗脳されることは目に見えている。触らぬ神に祟りなしとはこういうことだ。

 

 イノリは気持ちを切り替え、崩壊しつつある帝国の首都を駆け抜ける。赤い葬送花(フロワロ)の花弁を踏みしめながら、先を急いだ。

 

 

 

■■■

 

 

 

(……まさか、5年前に一度話したあのオネエが、ノーデンスのナンバー2だったなんてねぇ)

 

 

 ユマは心の中で小さく呟いた。目の前でヨリトモと睨み合う顎ひげを蓄えたオネエ――ジュリエッタ(本名は渡真利(トマリ)十郎太(ジュウロウタ))を一見する。

 おそらく相手も、ユマが5年前にカフェで会った少女だと気づいているだろう。時折、「コイツがISDFだったなんて」とでも言いたげな視線が突き刺さってくるからだ。

 

 本当に、人間関係なんてどこでどうなるか分かったものではない。ユマの脳裏によぎったのは、ひっそりと想いを寄せていた嘗ての教育係だ。彼と自分の人間関係が盛大な事故を起こしていたことは、決して忘れられることではなかった。

 

 ユマが過去に想いを馳せている間に、ISDFはノーデンスからポータルシステムの使用許可を勝ち取ったらしい。公権力に民間企業が屈したという形になる。

 自社所有の独自技術を見せねばならぬという事態に、ジュリエッタは悔しそうに歯噛みした。だが、怒りと悔しさ心頭の技術主任とは違い、社長はどこか淡々としていた。

 何故だろう。帽子の下に突っ込んだ獣耳がぴくぴくと動く。両者の()()()()()に潜む違和感が、何か重大な事象に繋がっていると叫んでいた。

 

 

「社長いるー? 本業が長引くから、休暇伸ばしてー」

 

 

 会議室の扉が開き、少年がひょっこりと顔を出した。場違いな闖入者の声につられて振り返り――ユマはハッと息を飲む。

 

 緑の髪に、紫の瞳。前髪に紫のメッシュが入っていた。現れた少年には見覚えがある。ナユタの弔いに向かう途中ですれ違った人物にして、小猫丸と同じ刀工に打たれた和泉守兼定の所有者だ。

 アリー・ノーデンスは満面の笑みを浮かべて頷いた。対して、ジュリエッタはげんなりしたように肩をすくめる。彼らの関係性の一端が垣間見えたような気がして、ユマも乾いた笑みが漏れた。

 

 少年は慌ただしく駆け出そうとして、ふと足を止める。紫苑の瞳は、ユマの腰に下げられた刀に向けられていた。

 

 

「……やっぱり」

 

 

 少年は囁くように呟いて、ユマを見つめた。何かを探るような眼差しに、ユマは反射的に身をすくめる。

 異様な沈黙の後、少年は納得したらしい。何度か頷くと、にっこりと微笑んだ。

 

 

「その刀、俺の友達のなんだ。気難しくて扱いにくい刀だけど、大事にしてあげてね」

 

 

 それだけ言い残し、少年は慌ただしく駆け出した。彼の背中は廊下の向こうに消えて、やがて見えなくなった。

 彼の言葉が何を意味しているのか、ユマはそのすべてを察する。……それ故、ユマはじっと、彼が走り去った廊下を見つめていた。

 ポータルルームへ向かうことにしたヨリトモとユウマに促されるまで、ユマはずっと、少年とナユタの背中を思い浮かべていた。

 

 

 




ノーデンス13班、アトランティスへ突入。先へ進む彼らと並行し、ノーデンスへ足を踏み入れたISDF勢。そこで、ナユタの想い人と親友が一瞬の邂逅を果たしました。本格的な絡みはもう少し先になりそうです。
改訂版と構成が変わっていますが、変化はあまり多くありません。暫くはこんな感じで進んでいきますので、どうかよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。