百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ- 作:白鷺 葵
那雲シキがノーデンス・エンタープライゼスに到着したのは、帝竜襲撃から3日後。燦々と照り付ける太陽が眩しい昼下がりのことであった。
セブンスエンカウントで好成績を叩きだしたシキは、目論み通り、秘密裏にS級能力者――“竜を狩る者”を探していた上層部のお眼鏡に敵ったようだ。想定していた通り、係員に呼び止められたのである。
職員である双子の姉妹に案内され、シキはノーデンスの入り口をくぐった。1階エントランスは一般にも開放されており、小洒落たカフェテリアがある。一般人だけでなく、本社に務める人々の憩いの場になっているらしい。
「うーん……。社長もジュリエッタも取り込み中かー」
「つい先程、ISDFの臨検が入ったらしいのです。その応対で忙しいみたいで……」
リッカとチカは難しい顔をしている。そういえば、社内にISDFの制服を着た人々がうろついていた。物々しい気配が漂ってくる。
奥の方から、ISDFの中でも階級が高い軍人がずかずかと歩いていくのが見えた。その中でも、不思議とシキの目を惹く人物がいた。
雪のように真っ白な髪をお団子に束ね、海のように美しい瞳を持つ女性士官だった。顔立ちは祖母――那雲シラユキとよく似ている。
不意に、士官とシキの目が合った。目を瞬かせたシキとは対照的に、士官の表情がこわばる。まるで、恐ろしいものを目の当たりにしてしまったかのようだ。
軍人たちはシキたちの前を素通りし、東館の方に向かった。シキは暫くその背中を眺めていたが、双子の方に向き直った。
「彼女、ソウセイたちの友人で、ソウセイたちから全部説明を聞いたと言っていたのです。その上で、セブンスエンカウントに挑戦したのですから、説明省いても大丈夫なんじゃ……」
「ダメだよチカ! だったら尚更、社長と会ってもらわなきゃ! すれ違いがあったら困るし!」
双子が押し問答を繰り広げていたとき、それとは別の声が聞こえてきた。若芽色の髪の少女が、受付嬢と何やら問答を繰り広げている。近付いてみると、聞き覚えのある名前が耳に入った。
「13班のみんなに――イノリ、リヒト、ソウセイたちに会わせてほしいんです」
頼み込む少女に対し、受付嬢は困ったように視線を彷徨わせる。居てもたっても居られなくなり、シキは受付へと飛び込んだ。
「すみませーん。案内係の姉妹に放置されてしまったんですが、どうしたらいいですか?」
「えっ!? あ、貴女は一体……!?」
いきなり飛び出してきたシキに、受付嬢と少女が驚いたように目を瞬かせる。
「13班に所属しているイノリたちの友人です。暁学園の3年生で、那雲シキです」
シキは手早く自己紹介をした後、本題に入る。『仲の良い友達がここにスカウトされたという情報が入った』、『彼らと一歩遅れて自分も13班にスカウトされた』ことを懇切丁寧に説明すれば、受付嬢は事情を理解してくれたらしい。
しかし、帰ってきた答えは「3人は現在取り込み中で、会うことはできない」、「あの双子は社長からの指示を受けるまであのままだと思うので、暫く待っていればいい」というものだった。仕事が終わる時間は分からないという。
それなら、3人の仕事と双子の会話が片付くまで待てばいいだけだ。シキが持久戦の算段を立てていたときだった。
「那雲……わたしと同じ苗字……」
聞こえてきた声に振り返れば、「イノリたちに会いたい」と言っていた少女がシキを見上げていた。
互いが、互いの姿を、呆けたように見つめ合う。どうしてだか、目を離すことができなかった。なんだか懐かしい気配を感じるのは何故だろう。
シキが首を傾げたとき、少女はハッとしたように目を瞬かせた。彼女は「ジロジロ見てごめんなさい」と言い残し、そそくさとこの場を離れようとする。
「待って!」
「え……?」
シキは少女を引き留める。思わず引き留めたのはいいが、言葉が何も出てこない。必死に話題を引っ張り出そうとするが、それらはすべて喉につかえてしまった。
少女は委縮したように引き腰になる。彼女を困らせるつもりはなかった。シキは素直に謝罪する。少女はおずおずと言ったように「だいじょうぶです」と答えた。
往来の激しい場所故、この場に留まり続けることはよろしくない。シキは少女を促して、近くのカフェテラスに腰かけた。
少女はこういう場所に来るのが初めてのようで、きょろきょろとスペースを見回している。
「急にゴメンね。私、那雲シキっていうの。貴女は?」
「わたし、那雲ミオっていいます」
とりあえず、まずは自己紹介である。シキの名乗りを聞いた少女――那雲ミオは、ぺこりと頭を下げた。礼儀正しい女の子である。
ミオの申告通り、彼女もシキと同じ那雲姓だ。那雲という苗字はとても珍しいもので、那雲姓の有名人は3人挙げられた。
1人目と2人目は、80年前の竜戦役で活躍したムラクモ13班に所属していた那雲ヨツミと那雲シラユキ夫婦。シキの祖父母である。前者がルシェクローンを現代に復活させた生命科学研究者で、後者は前者の手によって現代に復活したルシェクローンの1人だ。
3人目は、
以前はシキたちとナグモ博士は交流を重ねていたが、祖父が亡くなって以後、交流はぱったりと途切れていた。祖父が通り魔事件に巻き込まれ亡くなった後から、シキの両親はナグモ博士に関する話を聞くと忌々しそうな顔をするようになった。
「私の祖父母はムラクモ13班に所属していたの。両親は世界救済会の役員をしていて、世界中を飛び回ってる。親戚がいるらしいんだけど、祖父が亡くなって以来、付き合いがぱったり途切れちゃって。……ミオは?」
「わたし、物心つく前にお母さんが病気で亡くなっちゃったの。お父さんは家を出たまま戻って来なくて、おじいちゃんと一緒に暮らしてる。親戚の人がいるみたいなんだけど、ある時期から一方的に付き合いを断られたって言ってた」
互いのことを説明した後で、シキとミオは顔を見合わせた。暫し黙った後で、お互いに口を揃えて切り出す。
「私の祖父母の名前、那雲ヨツミと那雲シラユキなの」
「わたしのおじいちゃん、
沈黙が再び落ちてきた。自分たちの間にあるものが、綺麗に繋がってしまったためである。
■■■
「……声が、近づいてきている……」
「声? もしかして、『さっきから呼ばれてる』っていう……」
新しい区画に足を踏み入れたソウセイが、耳をそばだてた。
「ああ。先程よりも鮮明に響いてきている。イノリには聞こえないか?」
「ううん、何も」
「リヒトは?」
「僕にも聞こえません」
ソウセイの問いに、イノリは首を横に振った。ソウセイは隣にいたリヒトに問いかける。
リヒトも聞こえないようで、リヒトも首を横に振る。その答えを聞いたソウセイは、眉間に皺を寄せた。
彼は顎に手を当てる。「“王家の血を継ぐ遥けき者”……? 何を言ってるんだ……?」と呟いて、彼は天を仰いだ。その眼差しは、一番高い区画へと向けられていた。
気のせいか、彼の視線の先――一番高い場所にある区画から、青い光が発せられているように見えた。ソウセイの横顔は、どこか困惑している。
また、天から讃美歌が響いてきた。この調べも、上層へと向かえば向かう程、鮮明に響いてくる。ソウセイにだけ聞こえる“聲”と関係があるのだろうか。
イノリたちが考えていたとき、今度は別の場所から悲鳴が響いた。逃げ惑っていたのは、ルシェ族の青年たちである。片方は王国の兵士、もう片方――ゆったりとしたローブを羽織っている方は、おそらく文官だ。傷だらけの2人の背後には、空中を泳ぐ巨大魚が猛スピードで迫っている。
『気を付けろ、13班。奴はエンシェンタス。空泳ぐ魚のようなナリだが、アレもドラゴンだ。氷属性の攻撃を行ってくる。炎属性で攻めてやれ!』
「分かった!」
ナガミミのナビに従い、イノリたちはドラゴンの前に飛び出した。文官と兵士を庇うようにして、3人はエンシェンタスの眼前に躍り出る。庇われた青年2人は、呆気にとられたようにこちらを見上げた。
獲物を喰らう邪魔をされたエンシェンタスは、矛先をイノリたちへ変更したようだ。太古の巨大魚は咆哮し、こちらへと襲い掛かってくる。イノリたちはそれぞれ得物を引き抜いて応戦した。
「炎属性なら、これはどうだ?」
ソウセイは不敵に笑いながら、データボックスを展開した。青い光の箱がエンシェンタスに投げつけられる。次の瞬間、炎のマナが渦巻いた。
エージェントのスキル、ファイアTOROYだ。リヒトのトラップカードと同じ、罠を仕掛けるものである。しかし、デュエリストの罠スキルとは勝手が違う。
ソウセイが仕掛けた罠は、敵に対して仕掛けるタイプである。特定の属性攻撃に反応する仕組みだ。今回仕掛けた罠は、エンシェンタスにとっての弱点属性――炎属性。
「よし、私も!」
「それじゃあ、僕も続きますよ!」
ソウセイに続いて、イノリとリヒトが駆け出した。イノリは双剣を振るい、裂きモミジを撃ち放つ。
鮮やかな炎が舞い、エンシェンタスの体を切り裂く。弱点攻撃を喰らった古代魚の悲鳴が響いた。
次の瞬間、エンシェンタスに仕掛けられていた炎のTOROYが爆発した。思わぬ追撃を喰らい、エンシェンタスが苦悶の声を上げる。
「流星を召喚!」
リヒトが五芒星を描いて、炎属性のカードを宙へと放り投げる。炎属性の特殊全体攻撃魔法、Xバーンだ。
追撃が来ると思っていたエンシェンタスは思わず身を縮ませたが、何も起こらないことを察すると、大口を開けてリヒトに襲い掛かった。直撃は免れたが、肩にじわりと赤が滲む。
痛みに顔をしかめたリヒトだが、彼の闘志は折れていない。エンシェンタスは大きく口を開け、何かを吐き出した。氷の息である。吐き出された冷気が、イノリたちの肌を焼いた。
火傷は皮膚や体が高温に触れたために発生するものだが、冷気による火傷も存在する。正式名称は凍傷だ。火傷も凍傷も、厄介な状態異常の1つである。
後ろにいた兵士と文官が悲鳴を上げた。イノリたちの乱入によって薄れていた“自分が死ぬかもしれない”という恐怖がぶりかえしたためだろう。
次の瞬間、兵士と文官は目を見張る。――それもそうか。不利な状況でも、自分たちは不敵な笑みを崩していない。
「逃げられませんよ!」
リヒトの宣言同様、上空から隕石が降り注いだ。炎属性攻撃を喰らったエンシェンタスは悲鳴を上げる。勿論、ソウセイの設置したTOROYももれなく発動した。
弱点攻撃を何発も喰らっても、エンシェンタスはまだ倒れない。家畜など喰らってやると言わんばかりに、奴は派手に咆哮した。
イノリの腕が痛む。エンシェンタスのブレス攻撃で、凍傷を負っていたためだ。
「これくらい……!」
イノリは練気手当を使い、傷と凍傷を治療する。その脇で、ソウセイが敵にニーブレイクを叩きこんだ。空を泳ぐエンシェンタスには、空中戦用の技も効果的らしい。
「熱くしましょう!」
銃撃したソウセイの背後から飛び出したリヒトは、火山が描かれたカードを放り投げた。次の瞬間、炎のフィールドが出現してエンシェンタスに牙を向く。
リヒトのフィールド魔法は、敵の属性防御を下げる効果を有している。炎属性を弱点とするエンシェンタスにとって、炎属性耐性を下げられるということは不利だ。
炎属性攻撃に反応したTOROYが爆発した。エンシェンタスが目に見えて揺らぎ始める。己を鼓舞するように吼えた古代魚は、傷を癒していたイノリへと牙を向いた。
鋭利な牙が肌を掠める。血が滲んだが、深手ではない。
エンシェンタスが空中を泳いで距離を取り直す。
「更に火の力を加えます。逃がしません!」
再び、リヒトのXバーンが効果を発動させた。先程よりも激しく燃える流星が、エンシェンタスを焼き焦がす。
Xバーンは発動が遅いが、一度使うと暫くの間、全自動で発動する。その前に炎属性カードを使えば、威力が増す効果があった。
「この弾で終いだ!」
ソウセイはエンシェンタスに銃口を向け、引き金を引いた。エイミングショットを叩きこまれたエンシェンタスは、断末魔の叫びを残して崩れ落ちた。
フロワロの花弁が弾け、ドラゴンは二度と起き上らない。イノリたちは周囲の安全を確認したのち、兵士と文官に向き直った。
鞄から薬を取り出して彼らを治療する。応急処置だ。2人の青年は呆気にとられたようにイノリたちを見つめていた。
――まるで、イノリたちの存在に心当たりがあるかのように、驚愕の眼差しを外さない。
「これで一安心かな。もう大丈夫です! ここは危険だから、安全な場所に避難しましょう」
イノリは躊躇うことなく手を差し伸べた。2人の青年はイノリたちの格好を凝視する。
彼らは顔を見合わせて、ひそひそと何かを話し始めた。そうして、信じられないものを見るようにこちらを見上げた。
「……あんたたちは、一体何者なんだ?」
「真竜ニアラについて調べています。私たちは、奴を討つためにここに来ました」
イノリの返事を聞いた文官と兵士は大きく目を見開いた。しかし、今まで見てきた驚きの反応とは方向性が違う。今まで出会ったルシェたちは、ニアラを倒すと言うイノリたちの言葉を本気にしていない様子だった。荒唐無稽な夢物語を語っているとして、まともに取り合う者は殆どいない。
しかし、この2人は“「ニアラを倒すと語る異邦人」が、実際に目の前にいる”
「その服装に、その物言い……」
「まさか、ウィータ様が仰っていた“ニアラを討つ者”――“遥かなる
「じゃあ、彼女の予言は本当だった……? それじゃあ、アトランティスは――」
「……いいや、実際そうと決まったわけじゃない」
「だが、あれを見ただろう? お前や私の同僚を嬲り殺しにしたあのドラゴンを、彼女たちは斃した。……もしかしたらとは思わないか?」
「だとしても、ウィータ様はもう、王宮には――」
文官と兵士の物言いを遮るように、今度は別の方角から竜の咆哮が響いた。声の出どころは、少し離れた先にある階段の向こう側――アトランティカの最上部だ。文官と兵士はびくりと肩をすくませたのち、ハッとしたように声を上げた。
「そうだ、星晶石! ――ぐうっ!?」
「ニアラ打倒の要だ。あれを失うわけにはいかん! ――って、痛っ!!」
「2人とも、その怪我で無茶しないでください!」
慌てた様子で立ち上がろうとした兵士と文官は、その場に蹲った。いくら応急処置を施したとはいえ、彼らはもう戦えない。
先程響いた咆哮はドラゴンのものだ。この2人がドラゴンの眼前に立ったところで、文字通り一掃されるのがオチだろう。
次の瞬間、ソウセイが弾かれたように顔を上げて、ドラゴンの咆哮が聞こえた先へと視線を向けた。瞳に浮かぶのは、焦燥。
「行かなくては……!」
「ソウセイくん!?」
「俺を呼んでいる声は、この先に居る!」
「ええっ!?」
「この先にドラゴンがいるなら、急がなければ! ――この声の主が、ドラゴンの手にかかる前に!!」
迷うことなく、ソウセイは階段へと駆け出した。彼を呼びかける正体が、この階段の先にいる――しかも、ソウセイの反応からして、かなり切羽詰った状態らしい。
イノリとリヒトは顔を見合わせ頷く。兵士と文官に傷を治すよう懇ろに言い聞かせ、ナガミミの元へと2人を転送する。ナガミミは医療セクションに連絡していた。
イノリとリヒトは、ソウセイより遅れて階段を駆け上がった。階段の上の方から銃撃音が聞こえてくる。ソウセイは既に戦闘態勢に入っているようだ。
長い階段の中腹にある踊り場――そこが、ソウセイとドラゴンの戦場だった。
普段よりも一層真剣な表情で、彼は黒い翼竜と対峙している。
「風のように!」
イノリは階段を駆け上がり、その勢いのまま影無しを放った。ドラゴンの体勢が崩れる。追撃と言わんばかりに、リヒトがカードを示す。
「電光のマモノよ!」
雷のカードに描かれていたのは、クラゲを模したようなマジュウだった。クラゲは触手を翼竜へと突き刺し、そこから放電する。紫電が爆ぜ、翼竜が呻き声を上げた。
イノリたちが合流したのを察したソウセイは満足げに頷くと、黒い翼竜へ向き直る。イノリたちもそれに続いて、黒い翼竜と対峙した。
翼竜は咆哮を上げると、口からブレスを吐き出した。イノリたちは即座に回避行動に移る。青く光る炎は、瓦礫を吹き飛ばした。
回避していなかったら、自分たちが吹き飛ばされていたであろう。イノリは内心ヒヤヒヤしつつ、刀を構えた。
リヒトは山札からカードを引いて補充する。ソウセイはハイディングで身を隠した。イノリは大地を蹴って飛び出す。
「――やあっ!!」
すれ違いざまに裂きモミジを叩きこむ。翼竜は悲鳴を上げたが、カウンターと言わんばかりに尻尾を振るった。その一撃はイノリの頬を掠める。
「見過ごせないな!」
「寒くします!」
間髪入れずソウセイがブッシュトラップで奇襲を喰らわせた。リヒトも氷河のフィールドを展開する。――それが致命傷だったらしい。
階段の踊り場を占領していた翼竜が、断末魔の悲鳴を残して崩れ落ちる。これで、この先にいるであろう“ソウセイを呼ぶ声の主”の安全は確保された。ドラゴンから手早く資材を回収し、イノリたちは階段を駆け上がった。ソウセイが先陣を切るような形で飛び出す。
階段の先には、大きな祭壇が広がっていた。その中央には、青く輝く巨大な石が浮かび上がっている。石はソウセイの姿を確認するや否や、淡く光を瞬かせた。まるで、来訪者を歓迎し、ここにたどり着くまでの労をねぎらうかのように。
「人は、誰もいませんね……」
「この石、一体なんだろう」
リヒトがきょろきょろと周囲を見回す。イノリは、青く輝く石を見上げて首を傾げた。武器関係の素材に詳しいソウセイは、じっと石を見上げたまま微動だにしない。
ややあって、ソウセイは何かを聞きとろうとするかのように目を閉じた。リヒトとは違う形で、自分に呼びかける“聲の主”を探しているようだ。
祭壇には自分たち以外に誰もいない。ソウセイに呼びかけていた相手は一体誰なのだろう。イノリも周囲を確認したが、やはり人の姿はどこにもなかった。
『この石……まさか、オリハルコンか!?』
「――間違いない。俺を呼んでいたのは、この石だ」
石の存在に声を上げたのはナガミミだった。それとほぼ同時に、ソウセイがカッと目を見開く。紅蓮の瞳は、強い確信で満ちていた。
オリハルコンは竜殺剣の材料となった鉱石である。2021年の竜戦役では、帝竜の心臓3つを使ってオリハルコンを精製した。
そのオリハルコンで作られた竜殺剣は1回限りの使い捨てだ。竜殺剣はフォーマルハウトとの戦いで効果を発揮し、役目を果たしたと同時に消滅している。
現代技術では再現不可能だと言われていた、御伽噺の金属。2021年の竜戦役では、ATLコードに適応したルシェクローン――マリナだけが作り出せるものだ。
マリナはソウセイの祖母でもある。ソウセイにもATLコードの適応が見られるらしく、武器開発や装飾品作成で超人的な才能を有するのもそれが起因しているという。
ATLコードには金属を自在に操るだけでなく、金属の声を聞き分ける力があると耳にしたことはある。だが、実際にその現場を見たのは、今回が初めてだった。
「このオリハルコンが、海洋帝国アトランティスの文明を支える心臓だ。層に重なり連なった国家の構造を支える要であると同時に、邪なるもの――主に、マモノから民を守る防御機構の力も有している」
「でも、首都にはマモノが跋扈してるよ? ……まさか、守りが弱くなってるの?」
「その通りだ。このオリハルコンと同程度の大きさと力を有する石を各区画に設置し、支えとして使うことで、アトランティスは発展し、栄華を極めていた。だが、ニアラの襲撃によりオリハルコンは次々と破壊され、今ではここを始めとした数か所しか残されていない。……つい先程も、別の場所にあるオリハルコンが砕け散り、浮島が沈んだそうだ」
自分たちが街に足を踏み入れた際に起こった地震は、オリハルコンが破壊されたことが原因で発生した崩落を由来としたものだ――ソウセイが苦しそうな表情をしながら締めくくった。
イノリは眼前で光を放つ鉱石に視線を向けた。気のせいか、オリハルコンの輝きが弱々しいものになったような気がする。己や、己が守ってきた命が辿る滅びの結末を嘆くかのように。
「そうか……お前は――」
「――無礼者!」
ソウセイがオリハルコンに手を伸ばしたとき、背後から鋭い声が響いた。いきなり怒鳴られ、13班の面々は弾かれたように振り返った。階段を上ってきたのは、豪奢な法衣を身に纏った文官風の男だ。先程イノリたちが救助した文官よりも上の地位にいるのだろう。
「よそ者にとってはただのオリハルコンでも、我らにとっては尊きアトランティスの魂。触れれば、命は無きものと思え」
「――そのあんた自身が、“生きたいと願う命を守りたい”と叫ぶ魂の声を無視し、踏みにじろうとしているのにか?」
厳かな調子を崩さぬ文官に対し、ソウセイはぎろりと彼を睨みつけた。
敵意に敵意をぶつければ、敵意が跳ね帰ってくるのは当然の結果である。
文官の眉間に皺が寄る。ソウセイと文官が派手に睨み合った。
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「ああ知っているとも。
「馬鹿な……! 王族でもない、野蛮な陸の民である貴様が、星晶石の聲を聞けるはずがない! でたらめを言うな!!」
「おやめなさい、タリエリ。この者は、嘘偽りを述べてはいません」
この場に、凛とした女性の声が響く。文官の後に続いて現れたのは、ルシェ族の女性だった。シンプルであるが上品で煌びやかな衣装を身に纏った彼女は、一般人とは雰囲気が全然違う。
雰囲気が誰に近いかと問われれば、恐らくリヒトであろう。彼は東雲財閥の御曹司としての教育を受けているためだ。女性からは、高貴な人間としての立ち振る舞いが端々に滲み出ている。
「ウラニア様……」
「星晶石の嘆きと無念に応えられず、運命を受け入れることを選んだのは私たちです。そうして、星晶石に私たち以上の痛みと覚悟を背負わせている……この者の言葉に、返せる言葉などありません」
女性――ウラニアの一喝を受けた文官――タリエリは、彼女に恭しく頭を垂れる。どうやら、ウラニアの方がタリエリよりも身分が上らしい。
「――ばあさん……!?」
彼女の姿を視界に入れた途端、ソウセイはぎょっと目を見開いた。彼は感情のままに口走る。ソウセイは目の前の女性から祖母・マリナの面影を見出したらしい。
言われてみれば――雰囲気は全く別物だが――顔立ちがよく似ていた。マリナはATLコードに適応した際、“アトランティス最後の女王”としての記憶と能力を有したと聞く。
イノリたちの予想を肯定するかのように、ウラニアとタリエリが自己紹介した。前者がアトランティスの女王、後者がアトランティスの執政官だという。
平時だったら、イノリたちの風貌やソウセイの物言いは詮議/裁判モノらしい。タリエリは地上の民に興味がないようで、早々に立ち去れと言って背中を向けた。
彼の関心は専ら星晶石の安否に注がれているようだ。この区画の星晶石は、どこかにある大星晶石と連結して、玉砕作戦に使うつもりらしい。
そんな執政の後ろ姿を、女王ウラニアはじっと見つめていた。何か言いたいことがありそうな表情である。
「よそ者よ、ここを立ち去れ。海は我らルシェの領土だ」
「それはできない」
タリエリは剣呑な表情を崩さないまま、鋭い声で言い放った。
彼の言葉に対し、ソウセイはかぶりを振った。そうして、告げる。
「俺たちはニアラを倒しに来た。この国の滅びを見過ごせない。だから、共にニアラを討とう」
「――!!」
「!? ……なんと愚かな……。お前も、“あいつら”と同じことを言うのか……」
その言葉に、ウラニアが目を見開いた。
タリエリはソウセイを苦々しい眼差しで見下ろす。まるで、見知った誰かの面影を見出したかのようだ。
彼にとって、その人物は複雑な存在らしい。懐かしさ、怒り、憐れみ、羨望――ごちゃ混ぜの感情が揺れている。
「まさか、ウィータが言っていたのは……いいや、そんなことはあるまい。確かに地上の民ではあるが、こいつ等はただの愚か者だ……」
タリエリはぶつぶつと何かを呟く。イノリは、ウィータという名前に聞き覚えがあった。
先程救助した文官と兵士が、その名前を口走っていたように思う。
その人物を聞こうとするより先に、タリエリが動く方が早かった。
「請うて命を捨てる者にかける情けは無いぞ。衛兵――」
「待って、タリエリ!」
兵士に目配せしたタリエリを引き留めたのは、ウラニアだった。思わずイノリたちは目を丸くする。彼女は、異邦人であるイノリたちと話がしたいと言い出した。
最後のワガママだと請うその姿は、物言いは控えめだけど、少女が父親に何かを強請る姿とよく似ている。立場は違えど、この2人は親子のような関係らしい。
タリエリは一瞬たじろいだ後、深々と息を吐いて苦笑する。先王の話題――ウラニアのワガママに弱かったという話題が出るあたり、
ウラニアはソウセイの元へと歩み寄った。そこにいたのはアトランティス最後の女王ではない。異国の旅人に興味津々な、どこにでもいる女の子だ。
おそらく、こちらが彼女の“地”なのだろう。先程までの凛とした振る舞いは、女王としての責務を果たそうと努力していたのだ。
「ふふ、不思議な衣装ですね。外界では、獣の皮を鞣して服にすると書物で読みましたが……想像していたものとは違うようです」
「あ、ああ……。ま、まあ、世界は広いからな」
ウラニアは興味深そうにソウセイの服装を眺める。ソウセイは視線を右往左往させていた。地上の民代表として、どう反応すればいいのか分からないらしい。受け答えがしどろもどろになっていた。
しかし、“衣装”という単語に彼は目を見張る。とっかかりになりそうな話題の糸口を見つけられたらしい。
そうとなれば、ソウセイは水を得た魚のようにすらすらと言葉を紡ぎ始めた。
「他にも色々な服がある。国や風土によって、服のデザインや使用される素材が大きく変わるんだ」
ソウセイはウィンドウとキーボードを展開し、画像を指し示す。エージェントの力を目の当たりにしたウラニアやタリエリたちは驚いたようだが、前者が好奇心、後者が猜疑心で迎え撃った。
その差は大きいようで、ウラニアは興味津々に表示された画像を見つめる。タリエリは顔をしかめたままだ。後者を完全に無視し、ソウセイは大量の画像――衣服に関するものを1つ1つ提示しながら、服の素材や構造について語り始めた。
煌びやかな異国の服にウラニアは目を輝かせた。女王といっても、彼女も年頃の娘である。そんなウラニアの笑みを見たタリエリは、微笑ましそうな――けれどどこか申し訳なさそうな、寂しい笑みを浮かべた。
父親代わりとしてのタリエリは、とても親馬鹿な性格らしい。
執政官という仮面が剥がれた先からは、娘を憂える父親の顔があった。
「外の世界は、こんなにも興味深いもので溢れているのですね。……私は、アトランティスしか知りませんから……」
暫し洋服のことを語り合った後で、ウラニアは悲しそうに苦笑する。
彼女はアトランティス最後の女王として、この地で命を終える覚悟を固めていた。勿論、外に広がる世界を知らず、外の世界に存在する命の営みと異なる文化に触れ合う機会すらなく。
そんな矢先に、ウラニアは異邦人――イノリやソウセイたち13班と出逢ったのだ。何も知らぬまま人生の幕を閉じようとしていた彼女にとって、これ程までに皮肉な仕打ちは無いだろう。
「それはお互い様だね。私も、東京しか知らないし」
「外国に行ったことがあるのは、僕とシキさんくらいでしょうから」
「トウキョウ? ガイコク?」
「そのような集落の名前など、聞いたこともありませんな」
イノリとリヒトの言葉に、ウラニアはこてんと首を傾げた。
タリエリも、“ソウセイによる洋服の話”で異国に興味を持ち始めたらしい。
眉間に皺を寄せながらも会話に加わる。背後に居た兵士がざわめいた。
そんなギャラリーの様子など気にもせず、ソウセイはウラニアをまっすぐに見つめて問いかけた。
「ウラニア女王。貴女はこの国が好きか?」
「当然です。私はアトランティスを愛しています。この国と、この国に生きる民を」
「……そうか。俺も、自分の故郷が好きだ。貴女に、是非とも俺の故郷を見てもらいたかった」
「私も、あなたたちに見せたかった……。壮大で豊かなアトランティスの、本当の姿を」
「……ああ。是非とも、この目で見てみたかった。――ばあさんにも、見せてやりたかった」
女王の言葉を聞いたソウセイは、静かに目を細めて呟く。後半の言葉は、ウラニアには聞こえなかったようだ。
ウラニアは悲しそうに微笑みながら言葉を続ける。アトランティスの民たちが辿ってきた、その生き様を。
海に生まれ、海に生き、最期は海へと還る――そうやって紡がれてきた美しき
アトランティス最後の女王は、自分たちが辿る運命を甘んじて受け入れている。その瞳には、
「アトランティカの騎士にも劣らぬ、不思議な輝きを持つ旅人よ。この国が滅んだ後の世界は、あなたのような者が導くのでしょう……」
「諦めるにはまだ早いよ! ニアラを倒すために、まだできることが――」
「――残された時間は、僅かです。今を逃せば、ニアラはこの国を滅ぼし、外界へと向かうでしょう」
言い募ろうとしたイノリに対し、ウラニアはハッキリと言いきった。
「誇り高きアトランティスの民として、それだけは阻止せねばなりません。海の泡として消えた幾万もの同胞のためにも、何としてでもニアラを討つ――それが、残された者が果たすべき責任であり、世界の長たる者としての義務です」
外界に思いを馳せる少女であるウラニアは、もういない。イノリたちの目の前にいるのは、アトランティス最後の女王として立つ、凛とした女性だ。
タリエリに「そろそろ時間だ」と促され、ウラニアは頷く。これで話はお終いだと言わんばかりに、今度はタリエリが口を開いた。
「ニアラの襲撃からたったの数か月で、ルシェ族の王国は、この麗しき首都アトランティカただひとつとなった。そしてニアラは、今もこの地の最深部で、我らの最も神聖な場所を根城にして、沈みゆく国を嘲笑っているのだ……!!」
理知的な装いが崩れる。彼の瞳は、怨敵ニアラに対する怒りで燃えていた。タリエリは命と引き換えにしてでもニアラを倒すと息巻く。
名君であった先王ユトレロと、彼が率いた精鋭部隊が敗れたことが、ウラニアたちやアトランティスが終焉に向かう決定打になったらしい。
生まれ育った故郷、戦いで散った人々――「彼らを無視して、自分たちが生き延びることはできない」と、ウラニアは締めくくる。
――皮肉にも、ウラニアたちが出した結論は、イノリたちと正反対のものだった。
自分たちのために戦って散った祖父が間違っていなかったことを証明したくて、祖父が向けた信頼に応えたくて、生きることを選んだイノリたち。
自分たちのために戦って散った同胞に報いるため、世界の長としての誇りと責務に殉ずるために、生きることを諦めたウラニアたち。
(もしかしたら、私たちも、生きることを諦めていたのかもしれない……)
昏い瞳を目の当たりにして、イノリは何とも言えぬ気持ちになった。脳裏に浮かぶのは、祖父の葬儀で出会った少年。彼の言葉があったから、イノリは生きることを選んだのだ。
イノリに『祖父の正しさを証明するためには、泣いている暇などない』と言って励ましてくれた少年は、今、どこで何をしているのだろう――どうしてか、酷く気になった。
死者が願うのは生者の幸せではないのか――その言葉は、喉の奥に痞えたまま出てこない。ウラニアたちが背を向け、祭壇へと向かったためだ。
その際、こちらに振り返って別れの言葉を述べた女王ウラニアは、有無を言わさぬ威厳を纏っていた。イノリたちはすごすごと祭壇から立ち去る。
長い階段を下る。上るときとは違い、足取り軽やかにとは行かない。足取り重くすべての階段を下り終えたイノリは、深々と息を吐いた。
『オイ13班!』
ナガミミが通信回路を開いてイノリたちに呼びかける。3人の気配が昏いものを纏っているのを目の当たりにしたマスコットが、ぎょっとしたように声を上げた。
『……ど、どうしたんだよ。葬式みたいなツラしやがって……』
「だって……」
『……あのなあ、余計なことは考えるなよ。どっちみち、この国は亡ぶんだ。情をかけたとしてもむ――……いや、もう、どうしようもない』
ナガミミは無意味/無駄と言いたかったのだろうが、その言葉がイノリの地雷だと思い出し、慌てて言葉を変えた。
口は悪いくせに、部下に対する配慮はきちんとしている。このマスコットは意外と気遣いができるようだ。
『ここが1万2000年以上前の地球だとは説明したよな?』
「うん」
『1万2000年前の地球に、ルシェ族――男は尖った耳、女は狐のような耳がついてたニンゲンがいたって、テメエらが使ってる教科書に書いてあったか?』
その言葉に、イノリはハッとしてノーデンスウォッチのホログラムを見返した。ルシェ族に関する記述は2021年の竜戦役からである。1万2000年前に存在したが、その時期に発生した竜戦役で国ごと滅んだとされていた。
『それに、当人たちが『生きることを諦めました』って言うんだから、テメエらがどれだけ『助けたい』と願ったところで、手を握り返してくれるとは思わねェよ。だったら、助けを求める他の連中に手を伸ばす方がいい』
「……でも、ルシェ族の面々も1枚岩じゃなさそうだったよね」
イノリはタリエリの言葉を思い返しながら、顎に手を当てて考える。彼はソウセイから「一緒にニアラと戦おう」と持ち掛けられたとき、誰かを思い返すような仕草をしていた。
彼の物言いや、兵士や文官が零していた“ウィータ”という人物の名前からして、アトランティス側にも「ニアラと戦おう」としている一派が居るらしい。
しかし、首都アトランティカを散策してみたが、それらしき人物とは会うことができなかった。ここにいないということは、別の場所に潜伏しているのだろうか。
『ま、オマエが望むような展開が欲しいんだったら、そういう骨のあるヤツらに持ちかけた方が現実的だろうなァ。……少なくとも、この王都にはいないみてぇだが』
それも当然か、と、ナガミミは嗤った。王都の人々――その大半は、裕福そうな格好をしていた――は中流層から上流貴族が中心となっている。勿論、執政官のタリエリや女王ウラニアも含んでだ。
首都アトランティカは女王の判断に従う者が大半である。その中には、表面上従う者も含まれた。声を上げて反対する者の存在を許さない風潮からして、そうした人々は追い出されたのであろう。
ナガミミは『ニアラを狩ることを忘れるな』とイノリたちに釘を刺し、ナビゲートを続行した。“小手調べと戦闘訓練がてら、この周辺に徘徊するドラゴンを狩る”――これが今日の任務である。
マップに、ドラゴンの反応を示すマークが点灯した。先程は見かけなかったのに、いつの間にか、エンシェンタスが悠々と空中を泳ぎまわっている。
ニアラが“
今自分たちができる/すべきことは、我が物顔で泳ぎまわるエンシェンタスを狩り尽すことくらいだ。イノリは得物に手をかけて、エンシェンタスの元へと駆け出した。
構成が変わったこと以外、改定前と大きな変化はありません。ただ、人知れずSANチェックが発生している模様。