百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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・オリジナルドラゴンが出てきます。ご注意ください。


邂逅、新旧13班

『よーし、よくやった』

 

 

 イノリたちが集めた資材とドラゴン反応が消えたマップを確認し、ナガミミが満足そうに頷いた。ナビゲーターの様子に、イノリたちも息をつく。

 この調子でいけば、帝竜を倒せるようになるのも近いかもしれない。帝竜を倒せるようになったら、次はいよいよ真竜クラス――ニアラ討伐だ。

 

 全盛期のニアラがどれ程のものか、想像すると気が重くなる。祖父が活躍した2020年に来襲したニアラは、片翼を失った手負いであった。アトランティス帝国との戦いで、竜殺剣の一撃を受けたためだ。

 2020年では手負いのニアラと死闘を繰り広げ、取り逃がしている。後に、祖父たちは全盛期のフォーマルハウトを撃破したけれど、ニアラ戦での怪我が祟って、フォーマルハウト襲撃当初は本来の力を発揮できなかったという。

 この事実から、真竜ニアラの強さが伺えるだろう。手負いの状態でも充分人類を追いつめたのだ。全盛期の状態となると、苦戦は必須。イノリは怨敵に思いを馳せながら、得物の柄を強く握りしめた。

 

 

『……ん? なんだこの反応――ゲエッ!?』

 

「ナガミミ? どうかしましたか?」

 

 

 カエルが潰れたんじゃないかと思うような声を上げたナガミミに、リヒトが問いかける。しかし、彼の問いに答えたのはナガミミではなかった。

 

 

「――もう、すっかり回復したようですね。見事な戦いぶりでしたよ」

 

 

 背後から聞こえてきたのは、以前耳にしたことのある声だ。先日起こった帝竜騒ぎで、イノリたちを助けてくれた青年のものである。

 イノリは弾かれたように振り返った。はたして、そこにいたのは件の青年――ユウマと、彼の上官であるヨリトモとユマだ。

 

 

「やあ。また会えましたね」

 

 

 ユウマはそう言って、柔らかに微笑んだ。彼の様子からして、イノリとの再会を純粋に喜んでいるように見える。

 彼との再会は想定外だったが、再会できてうれしいという気持ちはイノリも同じだ。イノリも微笑み、頷き返す。

 「また会えてうれしいです」と素直に言えば、ユウマはすっと目を細めた。口元が綻び、翡翠の瞳は静かに瞬く。

 

 この世界に自分たちしかいないんじゃないか――そんな錯覚に駆られかけたイノリを引きもどしたのは、ユウマの隣にいたヨリトモの咳ばらいだった。

 ユマも生温かい眼差しでこちらを見つめていた。なんだかバツが悪くなったような心地に駆られ、イノリはそっと目を逸らす。

 

 どうやらユウマも同じようで、彼は口元に手を当てて苦笑した。照れくさそうに笑うユウマを見ていると、なんだかイノリも照れくさくなってしまう。

 

 

「ほーら、私の言った通りじゃない。『貴方みたいなオコチャマは、こういうときに何も話せなくなっちゃう』って」

 

 

 これ見よがしにため息をついたのは、ユウマの隣にいたユマである。

 シニカル、且つ、大仰に肩をすくめた後、彼女はユウマを小突く。

 

 

「いつまで照れ照れしてるのよ? ほら、アンタは一人前なんでしょーが」

 

「痛ッ!? 乱暴にしないでくださいよ。……まったく、貴女のどこが淑女ですか……」

 

 

 楽しそうに笑うユマに対し、ユウマはムッとした様子で彼女を睨んだ。小気味良いやり取りを見ていると、部外者であるイノリには踏み込む余地がないように思える。

 あの2人の邪魔をしてはいけない――イノリはなんとなくそう直感し、反射的に口を閉ざした。心なしか、踏み出そうとしていた一歩目を戻す。

 ユウマとユマは暫く談笑していたが、イノリに向き直った。ユマは相変わらずニマニマと笑っているし、ユウマは何か言いたげに口を開いては閉じてを繰り返した。

 

 ……もしかして、会話のとっかかりを探しているのだろうか。

 

 イノリがそう思ったとき、またユマがユウマを小突いた。彼女は口出しはしていないが、目と表情と行動が雄弁に何かを語っている。言葉にするなら、「ほら、頑張んなさい! 何を言うか、ちゃんと考えてきたんでしょう?」といったところだろうか。

 その度に、ユウマもまた、目と表情と行動で何かを訴えていた。心なしか、彼はユマに助けを求めているように見える。言葉にするなら、「こういうの、貴女の方が詳しいんでしょう? 助け船の1つや2つくらい出してくださいよ!」といったところか。

 

 

「ええと……お名前は?」

 

「! ああ、自己紹介がまだでしたね」

 

 

 イノリがおずおずと投げた会話のボールは、ユウマにとっても糸口となったらしい。水を得た魚のように表情を綻ばせた。

 

 

「俺はISDF極東本部特殊戦術部隊所属、如月優真(ユウマ)です」

 

「真に優しいと書いて、ユウマさん……ですか。素敵なお名前ですね! ユウマさん、ユウマさんか……」

 

 

 恩人の名前を確かめるようにして、イノリはユウマの名を紡いだ。なんだか特別な名前のように思えて、イノリは何度か彼の名前を紡いでみる。

 そんな反応が返ってくると思わなかったのか、ユウマは何とも言えなさそうに視線を彷徨わせた後で、照れくさそうに苦笑した。

 

 

「何だろう。そんな風に名前を褒められたことも、そんな風に名前を呼ばれたこともないんで、どう反応すればいいのか……」

 

「あ、ごめんなさい。……迷惑でしたか?」

 

「いいえ、そんなことは……!」

 

「……あー……お前たち、もういいか?」

 

「ごめんなさい」

 

「すみません」

 

 

 イノリとユウマのやり取りに水を差したのは、何とも言い難そうに渋い顔をしたヨリトモだった。げんなりした眼差しに気圧されるような形で、イノリとユウマは頭を下げる。

 ヨリトモはますます渋い顔をした。彼の反応を見たソウセイとリヒトは「あー……」と、要領を得て納得したように頷く。それを見たヨリトモは、深々とため息をついた。

 会話を中断させて本題に入るという判断は間違っていない。だが、ヨリトモの表情は罪悪感が滲んでいる。そんな彼を見たユマは、生ぬるい笑みを浮かべて小さく頷いた。

 

 

「提督。人には、悪役に徹しなければならないときがあるんですよ」

 

「……伊倉一佐。貴官の言うことには一理ある。だが、流石に、流石にこれは、何と言うか……」

 

「大丈夫です。まだ何も始まっていないから、提督は邪魔をしたわけではありません。アイツは()()()()()()()んです」

 

 

 そう言うなり、ユマはくるりとイノリの方に向き直った。軍帽の下に押し込められた狐耳が愉快そうに揺れる。

 

 

「同じく、ISDF極東本部特殊戦術部隊所属、伊倉由真(ユマ)よ。ユウマの教育係をしているの」

 

「教育係……ですか?」

 

「そう。オコチャマのお守りって大変なのよねー」

 

「だから、人を子ども扱いしないでください!」

 

 

 茶化すようなユマの言葉に対し、ユウマは即座に喰ってかかった。ユマは喰らい付こうとするユウマを軽くあしらいながら、清々しい笑みを浮かべていた。

 やはり、2人の小気味良いやり取りを見ていると、部外者であるイノリには踏み込む余地がないように思える。イノリは反射的に一歩引いた。

 

 

「特殊戦術部隊隊長、頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)だ」

 

 

 そっちは、と、鋭い眼差しが問いかける。ヨリトモの瞳は、リヒトを怨敵として狙い定めたような気配を滲ませていた。勿論リヒトも鋭い眼差しで返す。笑っているのは顔だけだ。

 

 

「僕は東雲リヒトといいます。父は東雲財閥の会長でしてね。僕は末息子なんですよ」

 

 

 東雲財閥という名前を聞いた軍人たち――特に提督の顔色が、目に見えて変わった。東雲財閥の現会長は、80年前の竜戦役で活躍した東雲マサハル氏の息子である。

 現社長の息子ということは、必然的に“リヒトの祖父はマサハルである”、“リヒトの祖父はムラクモ13班に所属していた英雄である”ということを意味していた。

 ユマとユウマは興味深そうに目を細め、ヨリトモの眉間には深いしわが刻まれた。どこの馬の骨かと藪をつついたら帝竜が出てきたと言わんばかりに顔がこわばっている。

 

 変な空気に飲まれかけたのを打破するようにして、ソウセイも自己紹介をした。イノリも彼の後に続くことにする。

 

 

「俺は風間ソウセイだ。じいさんのような“戦う技術者”を目指して、日夜勉学に励んでいる」

 

「私は渡来イノリといいます。来春から、ISDF(そちら)の訓練所でお世話になる予定になっています」

 

「渡来……!?」

 

 

 イノリの名字を聞いた途端、ヨリトモの表情に明らかな動揺が浮かんだ。

 彼のような反応をする人間の大半が、決まって“嘗ての祖父の教え子”である。

 

 

「……もしかして、ヨリトモさんは、おじいちゃんの教え子だった方ですか? 私の祖父は渡来ミカゲですが」

 

「! ――やはりそうか。お前は、先生の……」

 

 

 イノリの補足に、ヨリトモは懐かしそうに目を細める。「あの人が亡くなって、もう8年になるのか」と、ヨリトモは噛みしめるように呟いた。

 時間の流れは早い。あの頃はまだ10歳だったイノリも、今年でもうすぐ18になる。ヨリトモは祖父の葬儀に参列していたらしいが、当時の記憶は曖昧だ。

 戦列に残っていることはただ2つ。イノリに発破をかけて立ち直らせてくれた少年と、彼に手渡したエーデルワイスの花ぐらいだった。

 

 

「え……!? キミが、あの……」

 

「英雄の孫とは言っても、大したことはしていませんよ。所謂七光りってヤツですから」

 

 

 酷く驚いた様子のユウマを制して、イノリは苦笑した。英雄の孫というだけで、イノリ自信はまだ何も成し得ていない。だから、丁重に扱われるようなことは何もないのだ。

 イノリの反応を見たユウマは何か言いたげにしていたけれど、イノリの意図をくみ取ってくれたらしい。「分かりました」と、先程と同じ柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「提督、初耳ですよ? 提督が、渡来ミカゲ氏の教え子だったなんて」

 

「“誰の教え子だろうが何だろうが、そんなものなど関係ない。お前はお前でしかない、それがすべてだ。驕ることなく、歩み続けるように”……そう、先生から言われたのでな」

 

 

 だから、他者にそれを語ることも自慢することもないのだと、ヨリトモの眼差しは静かに語っている。

 ユマは神妙な面持ちで頷き、そのまま引き下がった。……納得した、という様子ではないようだが。

 

 

「ところで、ユウマさんたちはどうしてここに?」

 

「キミたちのボス、アリーさんに頼んで見学させてもらっていたんですよ」

 

 

 彼はイノリの問いに答えた後、興味深そうに周囲を見回した。アトランティスの文明に触れて、浪漫を抱いているのだろう。

 ユウマの関心事は、アトランティス文明への感動から時空転移装置を開発したジュリエッタとノーデンスの称賛へと移行した。

 ISDFの2人は視察をそこそこに、アトランティカの探索へ向かうつもりのようだ。この場所にはまだ複数の竜反応があるらしい。

 

 

『……ん?』

 

「どうかしたの? ナガミミ」

 

 

 久しく沈黙していたナガミミが、こてんと首を傾げた。

 次の瞬間、荘厳な讃美歌が響き渡る。その調べは衝撃波となって、この場を震撼させた。

 

 イノリたちは思わずしゃがんで衝撃波をやり過ごす。振動が収まった後、体を起こした。

 

 ISDFの軍人たちは衝撃波にもひるむことなく、戦闘態勢を整えている。流石は対竜専門の戦闘部隊だ。涼しげな横顔は、踏み越えてきた場数を裏打ちしている。

 やや遅れて、ナガミミの悲鳴。『上空に帝竜反応だと!?』――切羽詰った声色は、この状況がどれだけ不利かを鮮明に示していた。

 

 

「帝竜……!?」

 

『イノリ! 迎え撃とうなんて馬鹿なことは考えるな! 今のオマエらじゃ勝ち目がない!!』

 

「俺も、キミのナビゲーターと同意見です。下がってください」

 

 

 本能的に得物へと手を伸ばしたイノリを制し、ユウマが前へと躍り出る。刹那、上空に大きな影が見えた。

 

 白い体躯は天使を思わせるような神聖さを帯び、6枚羽を有した竜。威風堂々とした佇まいは、さしずめ天使階級上級第一位階――熾天使(セラフ)と呼ぶに相応しい。

 だが、大天使の讃美歌には、明確な不協和音が混じっていた。よく見ると、あの帝竜は手負いである。イノリたちがスペクタスに与えたような傷よりも、遥かに深かった。

 奴はかなりの勢いで降下していく。イノリたちが居る天空廊より高い位置に浮かぶ浮島の群れへ向かって、だ。まるで、“帝竜がそこへ降り立とう”としているかのように。

 

 しかし、帝竜は激しく首を振り乱して咆哮した。己の意志ではないのだと叫ぶかのように、不協和音を響かせる。

 だが、次の瞬間、帝竜の体がびくんと震えた。青い燐光が迸る。ほんの一瞬の間だったが、電子情報らしき文字の羅列が浮かび上がった。

 

 

「ハッキングだと……!?」

 

『ちょっと待て! この反応……誰かが、“落下しながら”帝竜と戦ってやがるぞ!!』

 

 

 自身の得意分野故に、ソウセイはいち早くそれに気づいたようだ。同時に、ナガミミがとんでもないことを口にした。

 “落下しながら帝竜と戦う”――何て無茶をしているのだろう。スペクタスに挑みかかったイノリたちより無謀ではないか。

 

 

「呆れた! そんなアホみたいな真似をする奴がいるだなんて信じられない! 何をどうすれば、そんな戦術にたどり着くのかしら!!」

 

 

 ユマはそう叫ぶなり、腰から刀を引き抜いた。種類は打刀、その中でも結構長い部類に入る。その刀を目にしたソウセイが目の色を変えた。

 

 

「なあ、アンタ。どうしてアンタが、叔母さんの打った刀を持ってるんだ?」

 

「!?」

 

小猫丸(こびょうまる)! お前、どうして()()()()()んだ? お前はナユタさんに引き取られた後、どこに――ッ!?」

 

 

 藪から棒の問いかけに、ユマは弾かれたように振り返る。海を連想させるような青の瞳は、驚愕に揺れていた。

 しかし、彼女“たち”はソウセイの問いに応えることはない。天空から、帝竜の咆哮が響き渡ったためだ。

 

 帝竜の巨体が浮島の真上に差し掛かったとき、淡い燐光を放つ人影が飛び降りた。頼りない光を纏う6つの人影は、転がるようにして浮島へ着地する。帝竜が咆哮した直後、奴にかかっていたハッキングが切れた。

 

 自由になった帝竜はその場に制止し、もがくようにして羽ばたいた。何かを振り落とそうとしているのだろう。よく見れば、そこにははっきりとした人影が見えた。

 帝竜は、自分に掴っている人影を振り払いたい様子だった。次の瞬間、膨大なマナが湧き上がる。帝竜の上に居る“誰か”がエグゾーストを発動させたのだろう。

 

 

「――そんじゃーまぁ、っとォ!」

 

 

 聞き覚えのある声が、イノリの耳を打った。

 二度と聞くことが叶わないはずの声だった。

 イノリは弾かれたように、声の主へと視線を向ける。

 

 誰かが帝竜に一閃を叩きこんだのは、イノリが誰かへ視線を向けたのとほぼ同時。間髪入れず、誰かはその一閃を皮切りに、次々と斬撃を叩きこんでいく。

 

 

「適当サイズにぶった切る!」

 

 

 浮島を足場にして飛び回り、何回も、何回も、白い大天使の体躯を切り裂いていく。血の代わりとでもいうかのように、桜の花弁が美しく舞い散った。

 常人では認識できぬ速さで、誰か――銀髪の青年は斬撃を叩きこんだ。そうして、浮島の大地を蹴って飛びあがる。青年の背後に、美しい満月が見えた気がした。

 

 空中で一回転した青年は刀を持ち帰る。彼はそのまま、帝竜の頭目がけて落下した。帝竜が逃れる間もなく、青年の刃は寸分狂わず帝竜の頭に突き立てられる。帝竜の悲鳴がこの場一帯に響き渡った。

 

 力を失ったのか、ぐらりと帝竜の体が傾く。断末魔の叫びと共に、文字通り、大天使は地上へ向かって墜ちていった。

 用は済んだと言わんばかりに、青年はドラゴンの頭から得物を引き抜き、天使の体躯を蹴って跳躍する。

 青年が飛んだ先は――丁度、イノリたちが身構えていた浮島にある回廊だった。

 

 

「あとは煮るなり、喰らうなり――」

 

 

 青年はそう言い残し、転がるようにして地面に着地する。イノリたちは慌てて、彼の元へと駆け出した。

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

「……こんな労働、二度と御免だぞ! ただでさえ、人類戦士の老老介護でヒイコラ言ったってのに……!!」

 

 

 青年は天を仰ぎながら不満を叫んだ。誰に向けた叫びかは分からないが、彼の言葉は理不尽への怒りを含んでいるように思う。

 彼はそのまま、柱に背を預け、ずるずると崩れ落ちる。よく見ると、体中が傷だらけで、頭からは血を流していた。荒い呼吸が響く。

 

 刃を思わせるような銀色の髪、揺らぐことのない紫水晶の双瞼、ふてぶてしく弧を描いた口元――その姿には、見覚えがあった。あの頃と寸分変わらぬその姿に、イノリはひゅっと息を飲む。

 リヒトも、ソウセイも、そうしてヨリトモも、驚愕の表情を浮かべている。この4人に共通している人間が――8年前に亡くなったはずの人間が、亡くなる前の姿で“自分たちの目の前(ここ)”に居るのだから。

 後から駆けつけたユマとユウマが目を見張り、彼の肩書を口にする。ナガミミが、過去のデータにある生体反応と青年の生体反応を照合させていた。ややあって、『ウソだろ……こんなのウソだろ……!?』と戦慄く。

 

 

「……おじいちゃん?」

 

 

 イノリは震える声で青年――渡来ミカゲを呼ぶ。盛大に愚痴をこぼしていた男はぴたりと言葉を止めて、ゆっくりと首を動かした。

 

 紫水晶の瞳にイノリの姿が映し出される。ミカゲは誰かの面影を探すようにして、じっとイノリを見つめていた。

 彼はぼんやりと目を瞬かせる。幾何かの間の後で、ミカゲは大きく目を見開いた。ゆっくり、口元が動く。

 

 

「……イノリ……?」

 

 

 目の前に立つ少女と、彼の記憶の中にいた幼子の姿が重なったのだろう。ミカゲはへにゃりと笑い――そのまま瞳を閉じてしまった。

 

 

「お、おじいちゃん!? おじいちゃん!」

 

 

 イノリは思わず祖父の肩を掴んで揺らした。

 8年前、彼が死ぬのを見ていることしかできなかったことが、余計に恐怖を湧き立てた。

 また、イノリは大切な家族を失ってしまうのか――

 

 

「いだだだだだだ! 痛い、痛いから! やめろ、傷に障る!」

 

 

 派手に揺られながら、ミカゲが悲鳴を上げた。彼の瞳には、爛々と生気の光が宿っている。到底、死にそうな人間には見えない。

 

 

「へ……!?」

 

「……あーもう、こちとらか弱いんだってェ……! 正義の味方の老老介護、ニートと奴の可哀想な部下たちと戯れ、トリスアギオンと紐なしバンジー、度重なる重労働! 流石の俺も、もう……ムリ…………」

 

 

 それだけ言い残し、ミカゲは深々と息を吐いて目を閉じた。今度こそ完全に沈黙する。

 イノリは恐る恐る彼に耳を傾ける。はっきりと呼吸音が響いた。――眠っているだけらしい。

 

 変な沈黙が広がる中、最初に現実へ帰還したのはナガミミだった。マスコットはげんなりした様子で、けれども的確な指示を出した。

 

 

『……13班、帰投しろ。ソイツを――80年前の英雄を、ノーデンス(ウチ)の医務室へ運び込め』

 

 

 

■■■

 

 

 

 瞼の奥から光を感じ取る。早く起きろと言わんばかりに、燦々とした光だ。

 

 ミカゲはゆっくりと目を開けた。薬品の香りが漂う白い部屋――この単語だけで、ここが医務室であると察して体を起こす。傷は完治しており、動くには問題なさそうだ。

 ただ、調子は良くない。簡潔に言い表すならば、2021年のフォーマルハウト襲撃直前と同じような状態だ。またリハビリから始めなくてはならないらしい。

 

 患者が起き上がったことに気づいた医師が、慌てて駆け寄ってきた。医療従事者たちはてきぱきとミカゲの怪我を確認する。

 医師のホリイは暫し唸った後、堂々と太鼓判を押した。医療関係者は基本、不用意に「治りました」とは言わないものだ。

 万が一“医者がゴーサインを出して患者に何かが起こった”場合、責任の所在/矛先が医者本人に向かう危険性があるためだ。

 

 

「おじいちゃん!」

 

 

 そのタイミングを待ってましたと言わんばかりに、ミカゲが居る区画に人が雪崩込んでくる。あのときは幼い子どもだった“ミカゲの希望”――イノリ、リヒト、ソウセイだ。3人は瞳に涙を浮かべながらミカゲを取り囲む。

 特にイノリは、ミカゲに思いっきり抱き付いてきた。失ったものが手の中に戻ってきたのだと確認するかのように、強く、強く。ミカゲの視点からではイノリのうなじしか見えないが、耳元からくぐもった嗚咽が聞こえた。

 

 彼女たちを守るためとはいえ、幼い子どもの目の前で身を投げたのだ。トラウマになってもおかしくない。

 

 当時のことを思い出し、その感情が溢れているためだろう。イノリが泣き止む気配はないし、リヒトはぼろぼろ涙をこぼしている。

 ソウセイは鼻を鳴らしながら、目を腕で覆っていた。この場にシキはいないようだが、もし居たら同じように泣いてたであろう。

 3人の様子に影響されたためか、心なしか、ミカゲの視界も滲んできた。口元は自然と緩む。ミカゲはイノリの背に手を回した。

 

 

「おじいちゃん、おじいちゃん……っ! わ、私、私……っ!!」

 

「言うな。……何も言わなくていい。――大きくなったな」

 

「うん……うん……!」

 

 

 イノリが小さい頃してやったように、彼女の背中をぽんぽん叩く。背中に回された手に力が込められた。

 

 

「生きてくれてよかった。お前が無事で、元気にしててくれて、本当に良かった」

 

「……っ……!!」

 

 

 ミカゲの言葉を聞いたイノリは、ぼろぼろと涙をあふれさせる。ミカゲが居なくなった後、イノリに対して心無い言葉が向けられたことは明白だ。

 彼女は、自分に向けられる悪意の言葉に、必死になって立ち向かってきたのだろう。ミカゲに肯定されたことで、ようやく安心することができたのだ。

 

 リヒトとソウセイにも同じ言葉を告げれば、2人とも泣き笑いに近い表情を浮かべた。ミカゲの後継者たちは、総じて泣き虫になる気質があるらしい。

 

 

『ほら、泣かないで。大丈夫だから』

 

 

 希薄だった気配がより鮮明になる。ミカゲに比べれば気配は薄いままだったが、この場にユイの姿が浮かびあがった。彼女は慈しむような手つきでイノリの頭を撫でる。

 新たな人物の出現にイノリは驚いた様子だったが、すぐに「おばあちゃん」と情けない声を上げて泣きだした。ミカゲを死なせてしまったことを謝る孫に、ユイは優しく微笑む。

 リョウスケはソウセイに抱き付いて、派手に泣いていた。祖父が思いっきり泣くものだから、ソウセイが宥める側に回っている。どちらが孫なのか分からなくなりそうだ。

 

 那雲夫婦は優しい眼差しで、祖父母と孫のやり取りを見守っていた。この場にシキがいたら、シラユキやヨツミも同じ反応をしたのだと思う。

 ……しかし、いつもなら男泣きしていそうなマサハルの姿が見当たらない。彼はどこへ行ってしまったのだろう。ミカゲは首を傾げ――

 

 

『そこの麗しきロマンスグレーのドクター! あたしとお医者さんごっこをしよう! さあ、診察の時間ですよ~。お洋服脱ぎましょうね~』

 

「え、ちょ、やめて! 僕、これでも既婚者――」

 

『よいではないか、よいではないか~』

 

「た、助けて! 誰かぁぁぁぁぁ! 誰かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『やめろ馬鹿ヒイナ!!』

 

 

 見つけた。

 

 マサハルはヒイナを羽交い絞めにしている。ヒイナはミカゲを治療したホリイに襲い掛かろうとしていた真っ最中だ。ヒイナは“お医者さんごっこ”と言っているが、彼女の言う“お医者さんごっこ”は医療行為ではない。年齢規制がついてくる、所謂ダメなやつだ。

 ミカゲは躊躇うことなく、近くに置いてあった消毒用アルコールの瓶を掴んで投擲した。投げつけた瓶は見事にヒイナにヒットする。情けない悲鳴を上げた彼女の隙をつくようにして、マサハルはヒイナを無力化した。半ば引きずるような形で、ミカゲのいる区画へと帰還する。

 

 

『ナイス援護』

 

「おう」

 

 

 互いの健闘を讃えあい、マサハルとミカゲは拳をつき合わせた。マサハルの腕で拘束されたヒイナは不満そうにぶすくれる。

 とりあえず、医務室の平和は守られた。呆気にとられる孫たちに対し、ミカゲは曖昧に微笑む。――察してくれたようだ。

 

 ふと見れば、扉の方にはISDFの軍人が立っていた。いかつい壮年の男、優男風の青年、白い髪をお団子に結ったルシェ族の女性が立っている。後者2人には全然覚えがないが、前者には見覚えがあった。

 

 

「……トウゴ?」

 

「!!」

 

「お前、トウゴだな!? 頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)!」

 

 

 遠い日の面影を頼りにして教え子の名前を呼べば、ヨリトモは目に見えて狼狽した。視線を右往左往させたのち、観念したように苦笑して頷く。

 見ないうちに、ヨリトモも立派になったようだ。……髪の毛は殆ど死滅し、代わりに顎髭と頭の傷が立派になってるようだが。

 

 

「お前、苦労してるんだな……」

 

「……先生。貴方はどこを見てそういう結論に至ったのですか」

 

 

 ヨリトモは渋い顔をしてため息をつく。

 

 

「俺の頭は関係ないんで、憐れむような眼差しはやめてください」

 

「お、おう」

 

 

 どこか鬼気迫るような眼差しで念押ししてきた教え子の様子に、ミカゲは大人しく黙ることにした。どうやら、頭と髪の毛については触れられたくないらしい。誰にだって、触れられたくないことの1つや2つあるものだ。――ミカゲのように。

 隣にいる優男と女性士官はヨリトモの部下なのだろう。2人は目を瞬かせた。提督と紡がれた呼称から、ヨリトモが風格だけでなく、それなりの地位も得たことを悟る。名実外見共に立派になった――教え子の佇まいに、込み上げてくるものを感じる。

 自分が守り抜いた希望たち、戦う者としての心構えと技術を叩きこんだ教え子。彼女や彼が成長した姿をこの目に拝むことができるとは思わなかった。アイテルによって飛ばされたときは最悪だと思ったが、今は飛ばされてよかったとすら思えた。

 

 ヨリトモは不器用で寡黙な男だけれど、眼差しは雄弁に物を語る。イノリたちと同じ、喜びと驚きが滲んでいた。

 ミカゲは彼が幼い頃から付き合いがあったが、虐められっ子だった少年の姿からは結び付かなかった。

 

 

「そうか。提督、か。――……しっかし、お前も出世したもんだなぁ」

 

「……いえ、先生には及びませんよ。今だって、貴方と手合わせしても勝てる気がしません」

 

「謙遜するなよ。お前等からすれば、俺なんて旧世代のポンコツだぞ? 帝竜相手に辛勝するのがやっとだった人間に、帝竜相手に勝ち星を挙げてる部隊長がそんなんでどうするんだよ」

 

 

 苦笑する教え子の様子は、あの頃と何も変わらない。それが微笑ましくて、懐かしくて、ミカゲは口元を吊り上げた。気を抜くとこっちが泣いてしまいそうになる。師匠/先生という肩書を背負う人間として、矜持はあるのだ。

 

 

『ウホッ、イイ男! きっとイイ体しているに違いない!』

 

「やめろ」

 

 

 『げへへ、おっと涎が』と言って口元を拭うヒイナに、ミカゲは即座に消毒用アルコールの瓶を投擲する。先程投げたものとは別のものだ。

 それは寸分の狂いもなくヒイナの頭に当たった。即座にマサハルが羽交い絞めにして戦線から引きずり戻す。ナイスプレーだ。

 眉間に深い皺を刻んだヨリトモは、今にも泣きそうな気配を漂わせている。本当に申し訳ない。ミカゲも苦笑して頭を下げた。

 

 人の教え子に手出しするなど言語道断。ミカゲはヒイナを睨む。ヒイナはミカゲを睨み返し、忌々しそうに舌打ちした。しかし、彼女はすぐに不敵な笑みを浮かべて宣言する。

 

 

『私は諦めない! この欲望(じょうねつ)がある限り、何度でも甦るさ!』

 

 

 ヒイナの手は、ごく自然な動作で、いつの間にかヨリトモの制服に手をかけていた。ヨリトモを引ん剝く準備は万端である。

 

 

「悪霊退散」

 

『キィエアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 ミカゲは冷却スプレーをヒイナの顔面に噴射した。催涙スプレーではないので、違法武器の所持には当たらない。道具の用途外としてお叱りを受ける可能性はあるが、『私は諦めない!』と言った時点で、奴はヨリトモに襲い掛かろうとしていた。教え子を守るための防衛行為である。

 顔面を抑えて七転八倒するヒイナの姿に、ヨリトモは一歩遅れで身の危機を察知したようだ。「馬鹿な……接近に気づけなかっただと……!?」と彼は戦く。トリックスターは優れた暗殺能力の持ち主であるが、ヒイナはその使い方を果てしなく間違っていた。良い子のS級は決して真似してはいけない。

 

 

「――彼が、渡来ミカゲ。嘗ての英雄にして、“人類最強”……」

 

 

 当たり前のことを確認するかのように紡がれた言葉には、一切悪意の響きは無い。だが、聞き手であるミカゲにとっては、好ましくないものだった。

 視線を向ければ、優男が静かな面持ちでミカゲを見つめていた。青年は一瞬目を瞬かせると、バツが悪そうに視線を彷徨わせる。

 

 

『ミカゲくん。睨まないの』

 

「そうか? 俺はそんなつもりじゃなかったんだが……」

 

『眉間の皺。凄いことになってるよ』

 

「あ、ホントだ」

 

 

 ユイに指摘され、ミカゲは自分が酷い顔をしていたことを自覚する。ガラスに映った自分の顔も、渋い表情を浮かべていた。

 優男が居心地悪そうにしたのはこれが原因らしい。委縮気味になった青年は、途方に暮れた子どもを思わせる。

 彼の姿から幼い頃の自分を連想したのは何故だろう。ミカゲは内心首を傾げながらも、青年に対して謝罪した。

 

 

「悪いな」

 

「いえ……」

 

 

 なんだこのぎこちない空気。

 

 変な沈黙が広がる。なんだか物凄く居心地が悪い。タケハヤとの言い争いで完敗したときのような、病室から大脱走した後に連れもどされて看護師/ユイから滾々と説教を受けたときのような、そんな類の気まずさがあった。

 

 

「……そういえば、名前は?」

 

「ああ、自己紹介がまだでしたね。俺はISDF極東本部特殊戦術部隊所属、如月(キサラギ)優真(ユウマ)。ヨリトモ提督の直属の部下です」

 

「へえ。真に優しいって書いて、ユウマか。いい名前だな」

 

 

 その言葉を聞いて、ユウマは目を丸くした。鳩が豆鉄砲を食ったようだ。

 どうしたのだろう。ミカゲが訊ねると、ユウマは顎に手を当てて考え込む。

 次の瞬間、ユウマはふっと表情を緩めた。何がおかしいのか、楽しそうに笑う。

 

 

「何? 俺、何か変なこと言った?」

 

「いいえ。……やはり、貴方はイノリの祖父なんだなと思いまして」

 

「は?」

 

「イノリも、同じように、俺の名前を褒めてくれたんです」

 

 

 彼の笑みが、何か違うように思えたのは何故だろう。

 人当たりのいい笑みではなく、血が通った柔らかな笑み。

 

 ――いいや、その前に。ユウマの言葉がひっかかる。

 

 奴は今、何を言った? イノリも同じように名前を褒めてくれたと言わなかったか?

 ミカゲはユウマに視線を向ける。ユウマはこてんと首を傾げた。外見と似合わない幼さが滲む。

 

 その疑問を問いかける前に、医療室の扉が開いた。入ってきたのは、シルクハットを被ったウサギのマスコットと、小洒落た格好で顎髭を生やした長髪の男と、眼鏡をかけた女性である。

 

 

『トマリくん! トマリくんじゃないか!』

 

「うわああああああ!? よ、ヨツミ博士ェェ!?」

 

 

 小洒落た格好の男を視界にとらえたとき、ヨツミが弾丸の如く飛び出した。トマリと呼ばれた男性は悲鳴を上げてのけぞる。

 そういえば、彼の甥の教え子に渡真利(トマリ)という名の研究者が居たような気がした。顔を合わせたことは一度もなかった。

 大パニックに陥ったトマリに対し、ヨツミは次々と質問を投げつけた。トマリのレスポンスなど待っていない。

 

 

『キミ、その恰好からしてISDFは辞めたのか?』

 

「へっ!? あ、はい」

 

『そうか……。ドラゴンクロニクルに関する研究から、キミは手を引いたのか……』

 

「いや、研究自体は続けてて……」

 

『なんと! ……そうだな。ISDFから離れようとも、研究そのものはどこだろうと続けられるな。私としたことが、大事なことを忘れていたよ。長らく戦場に身を置いていたせいか、研究者として鈍らになってしまったらしい』

 

「博士。アタシは、その」

 

『やはりキミは素晴らしい研究者だよ、トマリくん。私の目に狂いはなかった! キミは希望だ。技術者の希望だよ!!』

 

「あ、ありがとう、ございます……?」

 

 

 ノリにノったヨツミは今日も通常運転である。対して、トマリは完全に挙動不審になっていた。目が泳いでいる。

 彼は何かを言いたげに口を開くのだが、ヨツミの機関銃トークに圧倒されてしまい、何も言えなくなっていた。

 シルクハットを被ったウサギは一方的なやり取りを眺めている。表情に変化がないため、どんな状態なのかわからない。

 

 

「……何これ。これが80年前、世界を救った英雄だって言うの?」

 

 

 この様子を眺めていた女性士官は、何とも言えなさそうにため息をつく。呆れているのか、途方に暮れているのか、判別は難しかった。

 

 

「こんなの、英雄じゃなくて、ただの“クセモノどもの集まり”じゃない!」

 

「えっ? 何当たり前のこと言ってるの?」

 

 

 つい、ミカゲは反射的に答えていた。それを耳にした女性士官は大きく目を見開き、ミカゲを凝視する。ミカゲもまた、彼女の顔をまじまじと見つめた。

 彼女の顔立ちは、シラユキと瓜二つである。シラユキのルーツを鑑みるに、彼女はシラユキと同じ“ルシェクローンの遺伝子配列”を持っているのだろうか。

 

 ムラクモ機関が再生したルシェクローンの遺伝子配列は、私利私欲のために使われないよう、ヨツミによって管理されていた。だが、一度だけ、ヨツミの部署からデータが持ち去られていたことがある。

 ……もしかして、この女性士官――ルシェの女性のルーツは、ヨツミの元から持ち去られたデータと関係しているのだろうか。ミカゲがそんなことを考えていたとき、ヨツミの暴走を眺めていたシラユキが振り返った。

 同じ顔同士が向かい合う。途端に、女性士官の表情が凍り付いた。対照的に、シラユキは驚いたように目を見張った後、目を輝かせて破顔した。無邪気に笑うシラユキの様子に気圧されたのか、女性士官は目を泳がせる。

 

 

『わあ、同じ顔だぁ! 凄いねぇ!!』

 

「え、ええ……」

 

『孫ができたみたいで嬉しいなあ! ねえ、お名前は?』

 

「ユマ。伊倉(イクラ)由真(ユマ)

 

『ユマちゃん! ユマちゃんかぁ。よろしくね』

 

 

 シラユキはそう言うなり、ユマの手を取る。満面の笑みを浮かべるシラユキに対し、ユマの顔はどんどん血の気が引いていく。

 浮かべた笑みは奇妙に引きつっていた。海色の瞳に沈むのは、形容しがたい罪悪感。その感情が何を意味しているのかまでは掴めない。

 

 

『どうしたシラユキ?』

 

『ヨツミ! あのね、この子、私と同じ顔なんだよ!』

 

『そうか。キミ、名前は?』

 

「ユ、ユマです。……伊倉ユマ」

 

『成程、イクラくんか。よろしく頼む』

 

 

 期待の学者にワンマントークショーを繰り広げていたヨツミも、シラユキに合流した。気さくに話しかけるヨツミに対し、ユマはこわばった笑みを浮かべる。2人に話しかけられればかけられるほど、ユマの顔から血の気が引いていった。卒倒しないのが不思議なくらいだ。顔色は悪くなる一方であった。

 

 

「いやー、ビックリだよー。80年前の英雄が、時を超えてアリーたちの目の前にいるんだもん☆ 運命だねっ!!」

 

 

 ミカゲの目を惹いたのは、眼鏡をかけた女性だった。鮮やかなローズピンクの髪に、ゆったりとしたニットセーターを着て、フリルがついたマーメイドラインのスカートを穿いている。細目ではあるが、人懐っこさそうな笑みを浮かべていた。

 頭の奥でノイズが走る。脳裏に浮かんだのは焼き切れた記憶だ。楽園に出現した“影の世界”に咲いていた葬送花の色は? あの奥地で荘厳に佇んでいた、美麗な真竜はどんな姿だった? 奴の取り巻きは、どんな姿をしていた? ――それに突き動かされ、ミカゲはつい口走る。

 

 

「なあ」

 

「んー?」

 

「アンタ、どこかで俺たちと会ったことない?」

 

 

 ミカゲの問いに対して、女性はにっかりと微笑む。

 

 

「――“アリーは”キミと会ったの、初めてだよ!」

 

「…………そりゃあそうさな」

 

 

 女性――アリー・ノーデンスは、当たり前の答えを返す。

 ミカゲはどうしてか、煙に巻かれたような気持ちになった。

 

 

 




前半のユマは超ノリノリ、後半からは怒涛のSANチェック案件。『Chapter-X 未完の行く先』を読破していればその理由は分かります(ダイマ) 以後、那雲夫婦はユマの地雷を容赦なく踏み抜いていきます。
改定前を読んでいた場合、那雲夫婦がユマに対してフレンドリーな理由も察せるかもしれません。その理由は次回に明らかになります。地雷だらけの人間関係の行く末をお楽しみに(ゲス顔)
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