百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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地雷原でタップダンスを踊った結果

 

「しっかし、こんな奴らが80年前の英雄とはなァ。生体反応が一致してなきゃ、あまりのそっくりさん具合にしょっ引かれてもおかしくないレベルだぞ」

 

 

 ウサギのマスコット――ナガミミがミカゲの方を向いた。胡散臭そうな眼差しを向けられている気配を感じる。ミカゲには、ナガミミの方が充分胡散臭い。このウサギ、ノーデンスでの肩書は主任だという。

 ISDF勢はナガミミが“何者”かで議論していたが、ナガミミ本人から一喝されて追及を諦めたらしい。「エンタメ企業だから何でもあり」という最終判断は、やや無理があったのではないだろうか。

 

 

「しょっ引いて何するの。教え子による本人確認? ……ネタはあるけど、人がこんなにいる状態では、ちょっとなあ……」

 

 

 ミカゲはそっとヨリトモに視線を向けた。ヨリトモはぎくりと身を竦ませる。ミカゲが持っているヨリトモ関連のネタは、人に聞かせるには恥ずかしい話ばかりだ。

 

 その1位に堂々ランクインするのは、“ヨリトモが学生だった頃、持ち物検査で、彼の鞄からどエライ本が出てきた”話である。ヨリトモの名誉のために主張させてもらうが、彼の鞄の中から出てきたブツは、彼の持ち物ではない。他人の本が紛れ込んだのだ。

 何が紛れ込んだのか。答えは、ヒイナ秘蔵のどエロイ本である。口にするのも憚られるレベルの年齢指定鬼畜本で、表紙が出た時点で進路指導室行きだ。ミカゲの記憶力は、エロ本の表題と、人生が終わったような顔をしたヨリトモが涙ぐむ姿を鮮明に思い出す。

 だめだ。それは絶対に言っちゃあいけない。提督と呼ばれる程の地位に上り詰めたヨリトモの名誉は、一瞬で瓦解するだろう。彼はコネ云々で出世したタイプではない。ミカゲたちと同じ、叩き上げの人間だ。ヨリトモの努力を壊すような真似はしたくなかった。

 

 含みを持った視線の応酬に気づいたのか、ユウマがヨリトモを見上げる。

 翡翠の瞳には、純粋な興味が浮かんでいた。悪意のない目は、時に悪意以上の凶器となる。

 

 

「提督。ミカゲさんの言う本人確認のネタとは、一体何を指しているんですか?」

 

「…………極秘事項だ。以後、決して追求しないように」

 

「え? ですが――」

 

「極秘事項だ、ユウマ」

 

 

 ぶわ、と、ヨリトモのこめかみから汗が噴き出した。言い訳に使う言葉が、無駄に重々しい。

 別に軍の機密でも何でもないのだが、ヨリトモにとっては機密事項であることは確かだ。

 部下のユウマは目を点にした後、「了解」と返事をして敬礼した。できた部下である。

 

 だが。

 

 

『――ねえ。それって、ウチの学園でやった持ち物検査の件? あたしがまだ学長やってた頃で、大体今から30数年前のヤツ』

 

 

 冷却スプレーを顔面に喰らって七転八倒していたヒイナががばりと顔を上げた。ミカゲとヨリトモはびくりと肩をすくませる。

 その反応を見たヒイナは、改めてヨリトモの顔をまじまじと確認する。幾何かの間を置いて、彼女はぱんと手を叩いた。

 

 

『ああそうか! キミ、ヨリトモくんっていったけど、ウチの学園――暁学園の卒業生でしょ? 思い出したよ! ミカゲが目をかけてた生徒だった!!』

 

 

 『こんなにイイ体つきになっちゃったのねー』と言いながら、ヒイナは自然な動作でヨリトモの服に手をかけた。ミカゲは躊躇いなく冷却スプレーを構える。間髪入れず、奴はエスケイプスタンスで離脱した。才能の無駄遣いである。

 またしても己の危機に気づけなかったヨリトモが愕然としていた。後ろの方ではユウマが表情をこわばらせている。どうやら、部下も上司の危機に気づくのが遅れたらしい。気のせいか、ユウマの瞳には、何やら強い焦りの色が見えたような気がした。

 

 ユウマは自分を落ち着けるように手を握り締めた後で、ヒイナに問いかける。

 

 

「ヒイナさんは、そのネタについてご存知なんですか?」

 

『知ってるよ。あたしもその件の関係者だし』

 

「何が入っていたんです?」

 

『あたし秘蔵のエ――』

 

 

 ヒイナが言葉を紡ぐ前に、ミカゲはメガホンを具現化してスピーカーをいじった。この場一帯に耳障りな音が響き渡る。それはうまい具合にヒイナの発言を打ち消した。

 尚も発言しようとするヒイナに対し、ミカゲはメガホンのスピーカーから不快な高周波を発生させる。数回ほど攻防戦を繰り広げた末に、ようやくヒイナは諦めたようだ。

 その代わりにユウマが納得いかない顔をしたが、ヨリトモの鬼気迫る表情を見て押し黙ってくれた。ヨリトモは本当にいい部下を持ったようだ。

 

 もう1人の部下、ユマの方へと視線を向ける。ヨリトモも彼女の追及を危惧していたようだが、それは杞憂に終わった。彼女の顔色は相変わらず真っ青で、ヨリトモを茶化すような余裕は微塵もない。自分は何でもないのだと取り繕うので手一杯に見えた。

 イノリたちは何もわからないようで、こてんと首を傾げている。流石にこんなこと、知られてはいけない。教え子の名誉のためにもだ。ミカゲはちらりと視線を向ける。ヨリトモも視線で頷き返した。彼が暁学園に入学する以前からの付き合いは伊達ではない。

 

 

『伊倉くん? 体調が悪いのか?』

 

『大丈夫? 辛いなら、横になった方がいいと思うよ?』

 

「ッ! だ、大丈夫です。ご心配には及びません。体調管理は仕事の内に入りますからね。これでも身体は丈夫な方なんですよ?」

 

 

 ヨツミとシラユキはユマに声をかけた。前者は医者として、後者はチームの回復役として、彼女のことが心配なのだろう。

 

 この2人はルシェ族に対し、特別甘い傾向がある。シラユキは“ユマが同胞である”ことと“ユマの外見が自分と瓜二つである”こと、ヨツミの場合は“ユマがシラユキと瓜二つである”ことが原因であることは間違いない。

 ユマは明らかな作り笑いを浮かべて、ヨツミたちをやんわりと押し返そうとしていた。だが、この夫婦――特に夫の方は、大丈夫だと言われただけで引き下がるような男ではない。嘗ての竜戦役では、そうやって様々な患者を助けてきたのだ。

 患者の発する些細なSOSに耳を傾け、絶対に聞き逃さすまいとする男だ。ほんの僅かでも言動に違和感を覚えれば、その理由を掴むまで諦めようとはしない。それが、彼の医者としてのプライドであった。生命科学全体を扱う者の矜持でもあるが。

 

 

『ダメだぞ伊倉くん。例え体に異常がなくても、心の方に異常をきたせば、それは体にも反映される。病は気からと言うだろう? メディカルおよびフィジカルチェックは大事なんだ』

 

「いや、本当に大丈夫ですから」

 

『遠慮は不要だ。それに、私個人として、顔色が悪いキミを放っては置けない。……嘗ての妻の様子を見ているような気がして、辛いんだ』

 

 

 『妻も同じ気持ちだと思う』と、ヨツミは囁くような声色で付け加える。それを聞いたユマは、びくりと肩をすくませた。

 那雲夫婦がどんな境遇だったのか、ユマはそれなりに知っていたのであろう。何とも言い難そうな表情で目を伏せた。

 

 シラユキも心配そうにユマを見つめている。海色の瞳は、純粋に彼女のことを心配していた。

 

 ユマは恐る恐ると言った様子で顔を上げた。ヨツミは柔らかく微笑み、彼女の顔を見返した。――そうしてふと、何かに思い至ったかのように目を瞬かせた。

 海色の瞳。シラユキと同じ遺伝子配列なのだから当然と言っては当然だが、ヨツミはじっとユマの瞳を見つめている。まるで、釘付けにされてしまったかのように。

 

 

『……ん?』

 

『ヨツミ、どうしたの?』

 

『……()()()()()()()()()()()()()()ような……?』

 

「ッ、大丈夫ですから!」

 

 

 ヨツミの言葉を聞いた途端、ユマは自分に伸ばされた手を振り払った。彼女の顔は、これ以上ないと言うくらい真っ青である。一抹の怯えに深い後悔、罪悪感が滲んでいた。

 患者に怯えられているという事実が胸に堪えたのだろう。ヨツミは申し訳なさそうに謝罪し、自分の席に戻った。傷ついたように笑うその姿は、どこか痛々しい。

 シラユキは何かを言おうと口を開きかけたが、何も言わないことを選んだようだ。ただ静かに、夫の傍に寄り添う。ヨツミ同様、シラユキの表情も悲しげであった。

 

 ユマは居たたまれなさそうに視線を彷徨わせた。

 物々しい空気が漂い始める。

 

 

『そういえば、一時期ミカゲが愚痴ってたことがあったわ。『ヨリトモの憧れの女性がユイなんだ』って』

 

『ええっ!?』

 

『しかも、ユイが“ヨリトモくんの初恋の人”らしいわよー。ミカゲったら、そんなことをネチネチ気にしててねー。男の嫉妬って見苦しいわー』

 

 

 そんな空気をぶち壊したのがヒイナである。

 

 奴は観念していなかった。今度は別件の爆弾を落とす。しかも、ユイの目の前でだ。

 ミカゲとヨリトモは盛大に噴き出す。ささやかな黒歴史を暴露されるとは思わなかった。

 

 

『……トウゴくん、そうなの?』

 

「あ、いや、その……」

 

『……ミカゲくん。嫉妬したって、何? どういうこと?』

 

「……えー、いや、あの……」

 

 

 なんだこれ。

 いや、本当になんだこれ。

 非常に居たたまれなくなってきた。

 

 

「初恋……提督の、ですか?」

 

「おばあちゃんが、ヨリトモさんの憧れの女性(ひと)……?」

 

 

 悲劇は1つでは終わらないようだ。連鎖反応として、ユウマとイノリが目を瞬かせる。

 空色も、翡翠色も、真ん丸になって自分たちを見つめていた。眼差しが痛い。

 

 

「提督」

 

「何かね、伊倉一尉」

 

「提督は以前、恋愛経験はないと仰っていましたよね?」

 

「この件に関しては黙秘権を行使させてもらおう」

 

 

 余裕を完全に失っていたはずのユマが復活した。軍帽の下の狐耳がせわしなく動いている。ヨリトモの初恋が云々と言うのは、彼女にとっても相当衝撃的な案件だったらしい。衝撃的過ぎて、狂気が吹き飛んでしまう程に。

 

 ニヨニヨと笑うユマの追撃を、年の功で捌き切ろうとするヨリトモ。純粋な話術はユマの方が上だろうが、ヨリトモはユマのようなタイプの人間と(否が応でも)やりあってきた経験がある。権利を行使して頑なになれば、ユマは渋々と言った様子で沈黙した。

 最も、爛々と輝く海色の瞳は、別な機会を待っているように思える。完全に諦めたという訳ではなさそうだ。勿論、ヨリトモも喋ろうとしないだろう。上司と部下の間に飛び散る火花に、ミカゲはひっそりと肩をすくめた。

 ユマの顔色が和らいだことに気づいたのか、ヨツミは安心したように表情を緩めた。シラユキも、夫が安堵の表情を浮かべたことにつられるような形でほっと息を吐く。この夫婦も大丈夫そうだ。当面は何とかなりそうである。

 

 問題は次だ。ミカゲはイノリとユウマの方に視線を向ける。ユウマの席は、イノリの隣。

 当たり前のように、ユウマとイノリが並んでいるのが――なんだか納得いかないのだ。

 

 

「……ところでユウマくん」

 

「何でしょうか?」

 

「なんかさ、近くないか?」

 

「何がですか?」

 

「距離」

 

「何のですか?」

 

「イノリとの距離!」

 

 

 ミカゲはびしりと指を刺す。指を刺されたユウマが、こてんと首傾ける。

 何も知らない子どもみたいな顔をしているのが、余計に腹立たしさを助長した。

 

 

「恋人でも彼氏でもなんでもないくせに、その距離はおかしいと思います! もうちょっと離れなさい!!」

 

 

 ミカゲの指摘を受けたユウマは、目に見えて狼狽した。予想外の事態にパニックに陥った子どもみたいだ。親の言葉に従わなければいけないが、己の感情はそれを絶対に否定したいと考えているときのような、揺れる瞳。

 

 

「えっ……!? そ、そうなんですか……!?」

 

「何だその反応。お前何なの? イノリの何なの? 恋人でも彼氏でも友達ですらもないんだろ? 赤の他人なんだろ?」

 

「あ……っ」

 

 

 狼狽度合いが一層酷くなった。反論する術を失い、導すらも失くし、崖っぷちぎりぎりまで追い込まれてしまったかのように、ユウマは口元を戦慄かせる。

 赤の他人、と、彼は呟いた。その言葉はがらんどうに響く。翡翠の瞳は怯えるように彷徨っている。その反応が異常なことにミカゲが気づいたとき――

 

 

「おじいちゃん、ユウマさんを虐めないで」

 

『ミカゲくん、意見の押し付けはダメでしょ? 距離感なんて、当人が納得すればそれでいいんだから』

 

「アッハイ」

 

 

 絶対零度の眼差しを向けた嫁と孫が、容赦なくミカゲを射抜く。

 堪らず、ミカゲは視線を逸らして押し黙った。

 悲しいかな、渡来家の男は(婿入り・直系問わず)女性に勝てない宿命にあるのだ。

 

 

 

■■■

 

 

 

 話し合いの会場は、医務室から会議室へと移動した。全員椅子に腰かける。

 

 イノリの隣にはユウマが座った。互いに軽く会釈をする。それを目にしたミカゲが剣呑な表情を浮かべ、ヨリトモが何とも言い難そうに眉間に皺を寄せた。

 しかし、祖父の不満そうな眼差しは、祖母の静かな眼差しによって遮られた。ユイに咎められ、ミカゲが視線を逸らす。死後の力関係も変わらないらしい。

 

 

「ふふっ」

 

「ユウマさん?」

 

 

 突然笑い出したユウマに、イノリは思わず問いかける。

 

 

「ああ、すみません。……80年前の英雄が現れたとき、内心、『どんな豪傑なんだろう』と身構えていたんです」

 

「予想外でしたか?」

 

「ええ、とても」

 

 

 ユウマは楽しそうに笑った。年齢に見合わぬ、無邪気な笑顔。それにつられるようにして、イノリも口元を緩ませる。

 自分たちの間に和やかな空気が漂いかけたとき、ユウマは何かに気づいたように、ハッと目を見開いた。

 何かを躊躇うように視線を彷徨わせ、ユウマは俯く。先程までの柔らかな笑顔はなりを潜め、暗い影が滲んでいた。

 

 「ユウマさん?」と彼に呼びかけると、ユウマは不安そうにイノリを見つめる。

 どことなく困ったような、申し訳なさそうな眼差しが揺れていた。

 

 

「あの……俺、近いですか?」

 

「へ?」

 

「馴れ馴れしい、ですよね。……迷惑、でしたよね。すみません」

 

 

 そう言って苦笑したユウマだが、今にも泣き出しそうに見えたのは気のせいではない。彼は、医務室で祖父につけられたいちゃもんを、真正面から受け止めていたようだ。

 

 

「……キミと俺は、ノーデンスの前で顔を合わせただけの、赤の他人なのに……」

 

「そんなことないです!」

 

 

 イノリは思わず手を握り締めて声を荒げた。いきなりのことに、ユウマは目を丸くする。

 ユウマはイノリの恩人である。その恩人を悪く言うのは、誰であろうと許すことはできない。

 

 

「ユウマさんは、私を助けてくれたじゃないですか」

 

 

 そう言って、イノリはユウマの手を取る。イノリの手よりも二回り程大きく、温かな掌。――この手がイノリを救ってくれた。

 彼の手を両手で包み込むように握り締めれば、ユウマが惚けたようにイノリを見つめる。イノリはふわりと笑い返した。

 

 

「言うならば、私の恩人です。……だから、“赤の他人”だなんて、悲しいことを言わないでください」

 

「イノリ……」

 

「これからも、こんな風にお話しましょう。……ユウマさんは、私と話すの、嫌ですか?」

 

「いいえ! ……良かった。キミのおじいさんに怒られてしまったから、心配だったんです」

 

 

 イノリの言葉を聞いたユウマが、安心したように微笑んだ。元気になってくれたようで何よりである。イノリもそれにつられて微笑み返す。

 次の瞬間、椅子が倒れる音が響いた。見れば、己の得物を構えて飛び出そうとする祖父と、彼を必死に羽交い絞めにするヨリトモの姿が視界の端に映る。

 脳裏によぎったのは、“イノリと仲の良い異性の姿を見かけると、保護者の元へ乗り込もうとした”ミカゲの背中だった。これ以上面倒事を起こされるのは困る。

 

 イノリは無言のままミカゲを見つめる。口で何かを語るより、眼差しで訴えた方が効果的だ。イノリの非難轟々が届いたようで、ミカゲは得物を鞘に納めて椅子に座り直した。

 

 

「イノリに……イノリに野郎が……彼氏が……彼氏……嫁入り……ああああああああああ…………!!」

 

 

 彼はそのまま顔を抑えて机の上に突っ伏す。肩が戦慄いていた。ユイは深々とため息をつき、ヨリトモは複雑な表情を浮かべて視線を逸らす。

 ユマは口元を引きつらせつつも、どこか安堵した様子でユウマを見つめていた。2人は何やら視線で合図を交わしている。

 

 

(ユマさんとユウマさん、仲がいいなあ)

 

 

 目と目で通じ合える間柄というのは、少し羨ましい。軽口を叩き合ったり、互いに茶化し合いながらも、その根底には揺るがぬ信頼関係が存在している。

 ユウマとユマの関係は、第3者でしかないイノリが軽々しく踏み込めるようなものではない。……いや、踏み込んでいいとは思えなかった。

 隣に座っているはずなのに、どうしてこんなにも遠いのだろう――などと、馬鹿なことを考えていた己に気づく。こんな浮ついた気持ちで臨むなんて、失礼だ。

 

 

「イノリ? どうかしました?」

 

「いえ、何でもないです」

 

 

 不思議そうな顔をして声をかけてきたユウマに、イノリは曖昧に微笑んだ。

 ずきりと痛む自分の心に蓋をする。理由は、よく分からない。

 

 イノリとミカゲが再び立ち直るまで、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

 幼い頃、祖父が嘗ての仲間(ムラクモ13班)たちと一緒に、どこかへ旅行しに行くことがあった。期間は特に定められておらず、突発的に出かけることもあった。

 イノリもミカゲたちについて行くと言ったのだが、ミカゲは渋い顔をして首を振った。「おじいちゃんは私のことが嫌いなのか」と泣いて駄々をこねたこともある。

 ミカゲの返事が変わったのは、丁度、亡くなる1ヶ月ほど前のことだったように思う。普段はにべもなく断る祖父が、静かに目を細めて、こう答えたのだ。

 

 

『お前が強くなったら、一緒に連れて行くよ。そして、あいつに自慢してやるんだ。“俺の希望”なんだって。――そのときは、リヒト、ソウセイ、シキも一緒に誘っておけ』 

 

 

 結局、ミカゲの死によって、その一件は完全に有耶無耶になってしまったが。

 

 既に亡くなっていた英雄たちが――何がどうなってか知らないが――このU.E.77年に再び現れた。あり得るはずのない事態、あり得るはずのない邂逅。誰もが息を飲み、己の目を疑う光景が広がっている。

 渡来ミカゲ、渡来ユイ、桐野ヒイナ、東雲マサハル、■■リョウスケ、那雲ヨツミ、那雲シラユキが、誰1人欠けることなくイノリたちの目の前にいた。ミカゲ以外存在が希薄だが、それでも確かに“ここに居る”。

 

 

「単刀直入に訊くけど、おじいちゃんは死んだはずだよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、どうして今、“ここに居る”の?」

 

 

 イノリの問いに、ミカゲは何とも言い難そうに眉間に皺を寄せた。何から説明すべきか思案するように、ミカゲは唸る。

 ややあって、祖父は顔を上げた。紫水晶の瞳は、揺らぐことなくイノリたちを――後継者たちを映し出す。まるで磨かれた鏡のようだ。

 

 

「お前等、人類戦士タケハヤを知ってるか?」

 

「2020年の竜戦役に置いて、人竜ミヅチの力によって発生した東京タワーの決壊を破壊する役目を担った人物ですね。この戦いで、彼は生死不明になったと、ISDFで管理されている資料にありました」

 

 

 ミカゲの問いに答えたのはユウマだ。当たり前のことを当たり前に諳んじた彼は、確認するようにミカゲに視線を向ける。ミカゲはくつりと笑った。

 

 

「公式見解としての知識は100点満点だよ。公式見解としては、な」

 

「……む。何やら、当事者だけしか知らないことがありそうですね」

 

「その通り。それが、俺たちが“ここに居る”ことに密接に繋がっているんだ」

 

 

 挑発的に笑うミカゲの言葉から違和感を感じ取り、ユウマは眉間に皺を寄せた。

 ミカゲは調子を崩さぬまま、輝かしい英雄譚の裏側に埋もれた真実を語り出す。

 

 

「人類戦士タケハヤは、2020年の戦いの後、時間の流れから切り離された異世界に封印されていた」

 

 

 その言葉を皮切りに、ミカゲは訥々と真実を語る。愛する女を救うため、人竜に至った“正義の味方”が辿った顛末を。

 

 2020年の戦いを終えた人類戦士タケハヤは、未来の礎になるために生かされ続けた。いつの日か、彼の体の中に刻まれた竜の情報集合体――ドラゴンクロニクルが必要になるその瞬間まで。

 タケハヤは強靭な意志で竜細胞の暴走を抑えていたが、到底、それだけでは抑え込めない。いずれは竜の力とタケハヤの意志が逆転し、破壊衝動のまま殺戮を繰り返すだけのバケモノになってしまう。

 それを鎮めるには、“狩る者”の力が必要だった。タケハヤと強くひき合う、規格外の魂を持つ者の力が。――そこで白羽の矢が立ったのは、人類戦士タケハヤが認めた“本物の正義の味方”、ムラクモ13班だったのだ。

 

 

「……もしかして、じいさんたちがちょくちょく出かけてたのって……」

 

『ソウセイの思った通りだよ。アイテル――タケハヤの恋人から『タケハヤが暴走しそうだ』って招集がかかるから、止めるために異界へ行ってたんだ』

 

 

 ソウセイの疑問に答えたのはリョウスケだった。『いつ暴走してもおかしくない状態だったから』と呟いたリョウスケは、どこか遠い所へ視線を向けている。

 疲れ切った横顔からして、ドラゴンクロニクルを宿した人類戦士との戦いは苛烈、且つ、過酷なものだったのだろう。嘗ての戦友を殺し続ける――想像するだけで胸が苦しくなる。

 

 

「あんの正義の味方め。『真正面からガチ殴り以外は嫌だ』ってワガママばっかり言うんだよ。そんなドM縛りプレイなんてやってらんないって。シャッフルV連打で楽をしたいと考える俺たちばっかり非難されるんだよ。何なの、何様のつもりなのアイツ。俺たちが何回、真正面から全体確率麻痺ブレス喰らったり、千切り潰し刻み斬られたと思ってんだよ。『さっさと止めないか』って言いながらエグゾースト発動させてSKYぶっぱなしてきやがったり、D細胞活性化させてがんがん回復してきやがって。お前死にたいんじゃなかったの? 殺してほしいんじゃなかったの? 介護士を致死寸前まで追いつめといて偉そうに文句言うんじゃないよ。こちとら命がけなんだよ。一歩間違えればこっちがぽっくり逝っちゃうんだよ。人間様の柔らかさと脆さを舐めるんじゃないよ。5000年間にもわたる老老介護のストレスを舐めるな。……畜生、人類戦士なんて大っ嫌いだ……」

 

 

 ミカゲは相当鬱憤が溜まっていたらしい。紫水晶からは光が失せ、その眼差しは天を仰ぐ。徹夜明けのサラリーマンみたいだ。

 

 人類戦士という単語を聞いたユウマがびくりと肩を揺らした。なんだか居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、「別に、貴方に好かれなくても……」と呟く。

 ユウマの視線がイノリとかち合う。次の瞬間、ユウマははたと目を見開いた。自分が思ったことに対し、自分自身が一番驚いていると言わんばかりに目を瞬かせていた。

 

 そんな部下を、ユマとヨリトモは優しい眼差しで見守っている。ユウマの変化に希望を見出したのか、彼は目を細めていた。

 

 

「……オイ。これ、相当アレじゃねえか?」

 

「どこのブラック企業戦士なのよ……」

 

『介護業界は過酷なのだよ、トマリくん。特に、我々の場合は老老介護だったからね』

 

「そんな命懸けの老老介護なんて前代未聞ですよ、ヨツミ博士」

 

 

 ナガミミとジュリエッタはドン引きしている。ヨツミも乾いた笑みを浮かべて頷く。ミカゲの言葉は嘘偽りないのだと言わんばかりに、だ。

 ジュリエッタは本題に入る前、ヨツミに「今はジュリエッタと名乗っている。そちらで呼んでくれ」と頼み込んでいたのだが、結局は諦めたらしい。

 “トマリくん”と連呼されても抵抗――自分の名前を訂正する――しなくなり、普通に応対するあたり、妥協することにした様子だった。

 

 ミカゲの発言を聞いたリヒトが眉をひそめる。

 5000年、という単語に引っかかったのだろう。

 

 

「待ってください! 人間が5000年生きることは不可能ですよ? 実際、みなさんは一度死んでいます。……まさか、魂だけが残っていたと言うんですか!?」

 

『その通りだ。俺たちは、死んだあとは魂だけになって、タケハヤを鎮める役についてたんだよ。……5000年間、ずっと、な』

 

 

 リヒトの言葉を肯定したのはマサハルである。彼は眼鏡のブリッジを押し上げながら言葉を続けた。

 

 

『俺たちの戦友には、何と言ったらいいのか――物々しく言うなら地球外生命体がいてな。彼女たちが協力してくれたおかげで、俺たちは魂になっても存在できたんだ。竜の襲来を予期して地球に降り立ち、竜を倒すための力を授けてくれている姉妹なんだが……』

 

「精神種族、ヒュプノスね。憎しみを司る巫女エメルと、愛を司る巫女アイテル」

 

『そう、それ!』

 

 

 マサハルの説明に補足を入れたのはユマである。マサハルから賛辞の眼差しを向けられ、彼女は曖昧に微笑んだ。

 ユマが浮かべた笑みには、どこか暗い影があった。それを察知したか否かは分からないが、マサハルは話を続けることにしたらしい。

 

 

『彼女たちは、外見は人間とほぼ同じだ。ただし、精神種族ということで、通常の人間にはできないこと――例えば、テレポートによる転移や多少の時間跳躍ができるし、外見年齢も変化しない。……まあ、相当無茶をした場合は別だが』

 

『ああ、エメルの合法ロリの件? 数万年はロリのままだってヤツ?』

 

『お前はどうしてそういう話題に食いつくんだよ』

 

 

 涎を垂らして食いついてきたヒイナの様子に辟易したのか、マサハルはしかめっ面をした。合法ロリが何たるかを語り出しそうな妹の頭に、兄は軽く手刀を入れて黙らせる。

 ヒュプノスの巫女姉妹――エメルとアイテルもまた、竜戦役の功労者だ。前者は各国の対竜研究の指揮を取り、後者は日本の狩る者たちに使命を語って聞かせ、導いたという。

 狩る者に竜を倒すための力を授けた彼女たちであったが、2021年の竜戦役でエメルが死亡――実際は“実体を保っていられなくなった”らしい――してから、姉妹は姿を見せていない。

 

 その話を聞いて反応した人物がいた。シルクハットを被ったウサギのマスコット、ナガミミである。

 ナガミミは唐突に立ち上がり、飛び跳ねるようにしてマサハルの前に躍り出た。どうやら、何かモノ申したいらしい。

 

 

「精神種族ってモンは、良くも悪くも不安定だ。無茶をやらかせばその反動で外見が変わったり、実体を保つことが困難になったり、下手すりゃあそのまま消滅なんてことも有り得る」

 

 

 ナガミミは、精神種族についてすらすらと意見を述べる。その口ぶりは、見知った誰かのことを説明しているかのようにはっきりとしていた。――いや、ほぼ断言していると言っていい。

 

 

「まあ、ムチャのカタチにも色々あってな。魂の質に合わず長く存在しようとしたり、人に見えない状態――所謂霊体だな。そこから無理矢理実体化しようとしたりするってのもある。どこにどんな反応が出るかは人それぞれだ。記憶の一部が吹き飛んだり、外見年齢が幼くなったり、痴呆の婆さんよろしく徘徊し回ったり……挙げるとキリがない」

 

「詳しい説明ありがとう。ナガミミ、よく知ってるね」

 

「……フン」

 

 

 イノリの賛辞の言葉に対し、ナガミミはそっぽを向いて鼻を鳴らした。

 何を思ったのか、マスコットはくるりと向きを変える。視線の先には、渡来ミカゲ。

 

 

「……ところで、80年前の英雄さんよ。オマエら、“5000年間ずっと生き続けた”って言ったな?」

 

「ああ」

 

「ニンゲンごときが5000年なんて時間を生きるってのは、かなりの無茶をやらかした証拠だ。オマエら、この時点で既に“記憶が定かじゃなくなる”症状が出てたハズだぞ。ド忘れ程度だから、症状としての自覚は薄かっただろうがなァ」

 

 

 ナガミミの言葉に、ミカゲたちはハッと目を見開いた。自分の類推が正解したことを察し、ナガミミは「フヒヒヒヒヒ……」と不気味に笑う。

 

 

「おまけにその様子からして、魂のまま時間跳躍した挙句、無理に実体化しようとしたんじゃねえか? あるいは、第3者によって無理矢理実体化を促されたか。……まあ、どちらにしても、魂の質に分相応なことをやらかしたんだ。その代償はしっかり持っていかれたハズだぜ? 一時的か、恒久的かは、オレ様の知ったこっちゃあねえがな」

 

 

 ナガミミはそう言うなり、自分が元いた場所へと戻った。机を蹴って跳躍する様子は、どこからどう見てもウサギにしか見えない。しかし、マスコットが言い放った言葉は重要なことだった。

 ミカゲ以外のムラクモ13班たちの存在が希薄なのは、そこに原因があるのだろう。無理な時間跳躍と実体化、長い時間存在し続けたこと――それらが密接に関わった結果、ミカゲたちがここに降り立った際に影響が出たのだ。

 

 “自分たちの存在が霊体と実体の狭間にある”こと以外に覚えがあるようで、嘗ての英雄たちは困惑した様子で顔を見合わせる。

 

 

『そういえば……トリスアギオンと戦ってたとき、あたしたちの攻撃は、思った以上にダメージが通らなかった……』

 

『マナを異常に消費するようになったのも、敵の攻撃から思った以上にダメージを受けたのも、それが影響しているのかな……?』

 

『私が死んだとき、私は真正面から犯人の顔を見ていたんだ。忘れられない程鮮烈だったはずなのに、顔が全然思い出せなくて……』

 

「俺も、死ぬ直前、ISDFの対竜兵器について調べてたんだが、殆ど思い出せないんだよなぁ。責任者の顔も名前も出てこない。絶対忘れないって自信があったのに」

 

 

 シラユキが、ユイが、ヨツミが、ミカゲが、眉間に皺を刻みながら顎に手を当てた。やはり、誰もが何かしら“代償”を持っていかれたらしい。

 ヨツミの言葉を聞いたジュリエッタは沈痛な面持ちで目を伏せ、ミカゲの言葉を聞いたヨリトモは何かを察したのか、師と部下を見比べて息を飲んだ。

 

 ユマに至っては、沈痛な面持ちのまま俯いている。明らかに何かを知っている様子だ。

 だが、真一文字に結ばれた口元を見るに、決してこちらに教えてはくれないだろう。

 

 ミカゲはがしがしと頭を掻く。代償として持っていかれた“記憶”の中に、一番重要なものがあったと言わんばかりの形相だ。

 

 

「あーもう! よりにもよって、“影の世界”で出会った真竜のことが思い出せないなんて……!」

 

「真竜!? アナタたち、どこでその真竜と会ったの!?」

 

「5000年後の地球。但し、本人曰く『本体ではない』上に、取り巻きを2体も付き従えてたがな。しかも、ご丁寧に襲来予告まで残してったよ」

 

 

 ミカゲの言葉にジュリエッタが食いつく。ミカゲは深々とため息をついた。

 

 

「いつ!? いつ来るって言ってたの!?」

 

「何も。本体で来るのを心待ちにしてろって」

 

「なにそれ!? そいつふざけてんじゃないの!?」

 

『まあ、ドSでどMだったし……』

 

 

 ミカゲとジュリエッタが頭を抱えて憤る。ヒイナは覚えている範囲で記憶を引っ張り出し、『超弩級のヤンデレ……』とだけ呟いて遠い目をした。

 気のせいか、アリーの表情が一瞬こわばったように見える。何かの指示を仰ぎに来たチカとリッカがハラハラした様子で上司の顔色を伺っていた。

 次の瞬間、アリーがゆっくりと薄目を開けた。ぞくり、と、イノリは身を震わせる。何かの片鱗を取り出したように思えたのは何故だろうか。

 

 

「“今までの話”は、これで済んだよね? ――それじゃあ、ここからは“これからの話”をしようか」

 

 

 その疑問を口に出すよりも先に、アリーは有無を言わさず話を進めたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 真竜検体の引き渡し、ポータルの利用、技術の独占云々。

 

 

「――ぎゃあぎゃあやかましいんだよ。こんなときに内ゲバなんて、お前等どんだけ暇なの?」

 

 

 ノーデンス側とISDF側の言い争いに一石を投じたのは、嘗てのムラクモ13班――渡来ミカゲだった。

 …………しかし、よく見ると、紫水晶の双瞼には一切の光がない。遠い昔の方向へ視線を向けている。

 

 

「人類の危機だってのに、暢気なもんだなぁ。国もクソもない状態だってのに、自分の利権しか見えてないんですか? その利権を得るために、前線で必死こいて戦う連中を背後から狙い撃ちですか? 寄ってたかってムラクモ13班リンチですか? ――やることが一々回りくどい上に面倒くさいんだよコノヤロー」

 

 

 ぎゃあぎゃあやかましいというのは事実だ。民間と国家権力の醜い利権および主導権争いで、世界を救うためのプロジェクトが頓挫しそうになっているというのも事実だ。人類同士の内ゲバと言ってしまえばその通りである。

 しかし、ミカゲの頭の中は違う時間軸にトリップしている。当時は決して口に出せなかった感情が、時空を超えて発露していた。彼が口にしたのは、2021年に行われたムラクモ13班への証人尋問のことだろう。

 

 帝竜オケアノスによる強酸の雨が降り注ぐ中行われた証人尋問。ムラクモ13班が指名され、代表者として矢面に立ったのはミカゲだった。彼は様々な質問をぶつけてくる議員に対し、滾々と反論し論破していった。

 

 13班に回された食料が多すぎると指摘してきた議員には、“前線で戦う人々が1日どれ程のカロリーを消費するか”や“食べる量を減らした際に起きる身体能力の低下と因果関係”等を示し、ついでに、“その議員が資材や素材を不正に着服していた”という揺るがぬ証拠を指し示して、逆に尋問する側へと転じた。

 ドラゴンと対話して和平に持ち込めないのかと主張した議員には、“2020年に現れたニアラの発言”や“フォーマルハウトの行動/言動パターン”から“ドラゴンは人間を家畜とみなしており、対話は不可能”と結論付けた。ついでに、“その議員の伴侶が浮気している”証拠を指し示し、そちらを対話で解決するよう促した。

 相手を論破しつつ、痛いところを突き崩すことで議員からの攻撃を躱してきたミカゲにも、アキレス腱は存在していた。異母姉ナツメとの癒着疑惑を追及してきた議員から、「お前はあの女の暴挙を知っていて、わざと黙認したのだろう。だから被害が拡大したんだ」と責められたのだ。苦肉の策としてミカゲは沈黙したが、議員は群がるように糾弾したという。

 

 

『俺があの人を止められなかったから、沢山の人が死んだんだ。――そうして、あの人自身も』

 

 

 罪悪感を滲ませた背中を、イノリはよく覚えている。黄昏の空を眺めるその背中が、酷く痛々しかったことも。

 仲の良い良識派の議員が答弁を中断させたことで事なきを得たが、それ以来、政治権力者に対して強い苦手意識を持つに至ったらしい。

 

 

『あっ、大変。ミカゲがフラバ発症した』

 

『人類同士で内ゲバなんかするから……』

 

『最近は輪をかけて酷くなったよねー。何かある度いつもこれだし』

 

 

 あーあ、言わんこっちゃない――東雲兄妹(ヒイナとマサハル)はそう言いたげな表情を浮かべて肩をすくめる。

 

 ミカゲは虚ろな笑みを浮かべながら、当時の心境をつらつらと語り出す。余程鬱憤をため込んでいたのだろう。滾々と語り続ける様子からして、暫く止まりそうにない。

 言い争いをしていたノーデンスの重役たちとISDFの面々がミカゲに視線を向けた。視線の集中砲火を喰らっても尚、ミカゲは語るのを止めない。むしろヒートアップした。

 

 

「ねえちょっと! 坊主の読経みたいになっちゃったんだけど!? アレ大丈夫なの!?」

 

『ダメだな。暫くあのままにしておくしかない』

 

「ヨツミ博士が、諦めの悪いヨツミ博士が匙を投げた……!!」

 

 

 乾いた笑みを浮かべたヨツミの姿を見て、ジュリエッタが戦慄した。

 彼の記憶の中にいるヨツミは、明朗快活で諦めの悪い熱血紳士だったのだろう。

 ヨツミが匙を投げるなんて光景、予想していなかったに違いない。

 

 

「何あれ? 苦労話に見せかけた自慢話? これだから年寄りって面倒なのよね」

 

『ユマちゃん。いつの時代も、権力者は碌なことしないんだよ? ルシェ脅威論とか、旧ムラクモの研究データを悪用したりとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか』

 

 

 これ見よがしに肩をすくめたユマに、シラユキは深々とため息をついた。海色の瞳は、「貴女はそんなことに加担していないよね?」と問いかけているかのようだ。

 シラユキもまた、政治権力者に対していい印象を抱いていない。その原因は、夫と息子の死を真面目に捜査してもらえなかったという怒りに起因していた。

 

 呟くように語られた一例――特に、夫と息子が亡くなった事件の真相を有耶無耶にされた――に、ユマはぎくりと肩をすくませた。それきり彼女は閉口する。帽子の下に納められた狐耳がしおれたように見えたのは気のせいではない。

 

 

「提督。あの人、何とかなりませんか?」

 

「…………」

 

「提督……」

 

「……すまん。俺には無理だ」

 

 

 ユウマから話題を振られたヨリトモに至っては、黙って首を振るレベルだ。上司が匙を投げたとなれば――ユウマは、助けを求めるようにしてイノリの方を向いた。

 

 

「……イノリ……」

 

「…………とりあえず、『提示された条件を上司に提案してみます』って言って話し合いを終わらせれば、何とかなると思いますよ?」

 

『ごめんね、トウゴくん。ユウマくんも。ミカゲくんのことは、私が責任持って何とかするから』

 

「……お願いします、奥様」

 

 

 イノリとユイはため息をつく。

 

 何とかする方法を提示され、何とかしておくと言われたことに安心したのだろう。ヨリトモはユイの方を向き、深々と頭を下げた。

 それは、ヨリトモの部下であるユウマも同じ気持ちだったらしい。彼もまた、イノリの方を向いて頭を下げる。

 

 結局、話し合いの行方は、『ノーデンス側の要求を持ち帰ったISDF極東本部特殊戦術部隊が、上官と相談する』という結論を迎えたのであった。

 

 




着々と地雷を爆発させていくスタイル。人間関係の大事故が引き起こすアレやコレは、まだ始まったばかりです。
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