百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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・R-15程度の暴言描写がありますが、アンチ・ヘイトの意図はありません。ご注意ください。


Chapter2 深層/硝子色の欠片を集めて《ヒガンバナ:あきらめ、情熱》
歩み出すために


「ナユにい、亡くなったよ」

 

 

 “彼”は、震える声でそう紡いだ。その拍子に、菫色の瞳からはぽろりと涙があふれる。

 

 

「俺、……ひとりぼっちに、なっちゃったよ……」

 

 

 失ったものを悼むその姿も、寂しさに耐え切れずに零した弱音も、幼い少年そのもので。

 動揺に足を止めたミカゲとは対照的に、そんな“彼”を抱きしめたのはヒイナであった。

 

 

 

***

 

 

 

 瞼を閉じれば、いつだって思い出せる。

 今から70年――あるいは、60年程前の日常を。

 

 

『ナユにい、ナイス援護!』

『褒めても何も出ないぞ? トドメは任せた』

『了解! ――これで、終いだ!』

 

『……キミ。流石に、その組み合わせはまずいんじゃないか?』

『あずきとチョコミントは王道じゃん。ナユにいこそ、ただのバニラを2段重ねする意味あるの?』

 

『ナユにいは料理上手いよねー。ナユにいのお嫁さんはきっと幸せだと思うよ』

『恐悦至極。だが、褒めても何も出ないぞ? せいぜい、デザートが増えるだけだ』

『やったあ! じゃあ俺、チョコレートパフェがいい!』

『心得た』

 

 

 その2人は、年は離れていたけれども仲が良かった。“彼ら”がつるむ姿を、渡来ミカゲは何度も見かけている。一緒にマモノを倒したり、菓子屋で駄弁ったり、談話スペースで雑談に耽ったり――挙げればキリがない。

 

 時空を超えて西暦2100年にやって来たミカゲたちは、自分たちが希望を託した相手と再会を果たした。自分の孫であるイノリ、仲間たちの孫であるリヒト、ソウセイ、シキ。自分の教え子であるヨリトモ、ヨツミが目をかけていた研究者のジュリエッタ。

 他にも、再会した相手はいる。嘗て共に戦った親愛なる上司・桐野(キリノ)礼文(アヤフミ)と、自分の教え子――しかも、その中でもかなり“古参”に属している――だ。だが、ミカゲたちにとっての“古参の教え子”はもう1人いた。

 

 彼の名前は明星(アケボシ)那由多(ナユタ)。名付け親はエメルであり、ネタの提供者はヨツミだ。他にも、ヨツミはマリナの名づけにも関係しているらしい。閑話休題。

 ミコトやサクラコたち亡き後、ナユタと“彼”の結びつきは尚更強くなったように思う。“遺志を継ぐ仲間”という繋がりを持つ者が、この2人だけになってしまったためだろう。

 だから、不思議だった。“彼”がミカゲたちと再会したのはつい最近である。……しかし、現在に至るまで、“彼”は一度もナユタの話をしていない。

 

 

「だから、変だと思ったんだよ」

 

『……それで、あたしを“あの子”に焚きつかせたってワケ?』

 

 

 ヒイナから咎めるような眼差しを向けられる。とても珍しい光景であるが、その原因を担った本人としては何も言えない。ミカゲは逃げるように視線を逸らした。

 しかし、その先には、目元をごしごし拭う少年が椅子に座っている。“彼”がこうなった原因は、他でもない渡来ミカゲ本人であった。

 

 

『――“この子”を泣かせるような真似をあたしにさせるなんて、この借りは高くつくわよ?』

 

「分かってる。分かってるさ。だが、だからといって、俺の関係者に借りを返させようとするのだけはやめてくれな」

 

 

 ヒイナはふんすと鼻を鳴らし、“彼”をあやす。“彼”は大分落ち着いたようで、ヒイナの問いに小さく頷き返していた。

 応答もはっきりしているし、あとは腫れた目を落ち着かせれば大丈夫であろう。問題は、怒り心頭のヒイナの方だ。

 ヨリトモの貞操やイノリの人生を薄い本のネタにされてはたまらない。せめてミカゲで賄えればいいのだが、彼女は止まってくれるだろうか。

 

 ミカゲがそんなことを考えていたとき、不意にヒイナが振り返った。紫の瞳は、どこまでも鋭く研ぎ澄まされている。

 

 螺旋状に闇が渦巻いているように見えたのは気のせいではない。

 これは、東雲一族が敵と認定した相手へ向ける眼差しだ。

 

 

『後で覚えておきなさいね』

 

 

 反論する資格は、ない。

 ミカゲはひっそりため息をついて、生贄になる覚悟を固めたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「第5真竜フォーマルハウトの検体、確かに受け取ったわよ」

 

 

 淡く輝く物体が入れられたカプセルを確認しながら、ジュリエッタは頷いた。

 しかし、藤色の瞳は剣呑な色を湛えている。ISDFに対する疑念と敵意が滲んでいた。

 

 

「でも、こうあっさりとこっちの要求を飲むなんて不気味すぎるわ。……何か裏があるんじゃないでしょうね?」

 

「ふん。来るべき竜災害に備えるなら、選択肢は多い方がいい。貴様らが何を考えているかは知らんが、いざとなったらISDFが叩き伏せるのみ」

 

「“選択肢は多い方がいい”……ねぇ。そう言いながら、選択肢を“示した人間ごと”葬り去ったのはどこの組織だったかしら?」

 

「……。それに、こちらも相応の技術を提供してもらうのだ。そう、おかしな話でもなかろう」

 

 

 ノーデンス代表のジュリエッタと、ISDF代表のヨリトモが腹の探り合いを繰り広げている。ミカゲはその様子を眺めて、何とも言えない気持ちになっていた。

 優しさだけでは何かを変えることはできない。けれど、優しさを忘れてしまえば、何も成すことができなくなる。ヨリトモは今でも、優しさを失ってはいない。

 出世すればするほど、舌戦で相手をねじ伏せたり、攻撃を躱したりする必要が出てくる。提督に昇り詰める間、ヨリトモはそちらの方も磨かざるを得なかったようだ。

 

 睨み合う2人を尻目に、ノーデンス社長のアリーは満面の笑み浮かべている。「あと4つー☆」と言いながら、彼女はフォーマルハウトの検体を抱えた。

 

 

「……しかし、“俺の教え子とヨツミンが目をかけてた研究者が、俺たちの目の前でいがみ合っている”のを見ると……こう、悪い方で何とも言えない気持ちになるな」

 

『そうだな。だが、立場上仕方あるまい。非常に残念なことなのだが……』

 

 

 ミカゲとヨツミは顔を見合わせてため息をついた。人の縁はどこでどう繋がるか、分かったものではない。自分と所縁ある者同士が手を取り合う場合もあれば、憎しみ合い殺し合うケースだってよくある話である。

 しかし、生きている――『生きかえって』と言った方が正しいのかもしれない――間に、自分と所縁ある者同士が敵意満々で睨み合っている光景を目の当たりにするだなんて、誰が予想できただろうか。できれば見ないままで居たかった。

 

 こういうときだけは「死んでいた方が良かったかな」なんて思う。「死は逃避である」とはあながち間違いではない。死ねば、もう何も見なくて済むためだ。都合の悪い現実も、所縁ある者同士の骨肉の争いも。その代わり、二度と何もできなくなってしまうのだが。閑話休題。

 

 

「これで、ISDFとノーデンスは事実上の共闘関係を結んだことになる」

 

『官民一体となった作戦行動になるわけだな。実にいい知らせじゃないか』

 

「だな。思惑は何であれ、人類同士で足の引っ張り合いされるよりマシだろ。前線部隊同士が仲良くなれりゃあ、TOPが頼りないオッサンだろうが利権大好き野郎だろうが何とかなるってこった」

 

『実例は自衛隊とSECT11か。イヌヅカ総理とデイビット大統領だな』

 

「作戦の要は、前線部隊同士の絆がモノを言う。中間管理職、あるいは前線部隊のまとめ役に託すとしようか。できることをしながら、な」

 

 

 2020年代の国のTOPを思い出して、ミカゲとヨツミは苦笑する。視線の先には、腹の探り合いを続けるジュリエッタとヨリトモ、そんな上司たちを見て困惑するイノリたちとユウマらの姿があった。

 

 現代の東京、およびISDF極東支部総司令・アクツと司令部の連中は、デイビット気質の人間のみで固められている。しかも、構成人員はアクツのイエスマンたちだ。

 彼に異を唱えた人間は、不慮の事故や不幸な事件に巻き込まれ、軒並み政治生命を絶たれている。職業によっては、仕事を続けられなくなったり、社会的な死を迎えた人間もいた。

 上層部は文字通り掃き溜め状態でありながらも、汚職問題よりISDFの活躍がクローズアップされるのは、現場で救助活動や支援活動、治安維持を行う前線部隊のおかげであろう。

 

 官僚たちは戦闘関連部署を動かす権限を持っているが、実際の戦場で部隊を率いるのは、現場に赴いた中間管理職だ。その相手と信頼を築ければ、万が一“協力者側の上層部が暴走してもダメージを減らす”ことができる。それは、“自分の組織のトップが”に置き換えることも可能だ。

 実際、2020年代前半の内閣は後世から「ムラクモに頼りっぱなしの内閣」という総評を頂いた。ムラクモ総長・日傘ナツメが暴走したときも、自衛隊やSKYの協力によってどうにか立て直すことができた。SECT11の面々は、上司に命令違反してでも約束――マリナから手を引く――を守ってくれた。

 

 

『まあ、ノーデンスにはトマリくんがいるからな。技術力もそうだが、人類のことを本気で考えている優しい男は、キリノ総長やトマリくんぐらいなものだ』

「ISDFにはトウゴくんがいるからな。隊員から慕われるカリスマ性、任務遂行能力、良識的な視点を兼ね備えた男は、あいつくらいなもんさ」

 

 

 ヨツミとミカゲの言葉が綺麗に重なる。そこで、2人は顔を見合わせた。

 無言のまま、暫し互いの言葉の意味を考えた。意味を理解して、ミカゲは眉間に皺を寄せる。ヨツミもだ。

 

 

『いや、トマリくんだろ』

「いや、トウゴくんだろ」

 

 

 言葉が綺麗に重なった。2人は睨み合う。

 

 

『いや、トマリくんだって』

「いや、トウゴくんだって」

 

 

 言葉が綺麗に重なった。2人は睨み合う。

 

 

「俺、トウゴくんのいいところ、100個言えるぞ」

 

『100個程度で図に乗られても困るな。私はトマリくんのいいところ、200個言えるぞ』

 

「じゃあ俺300個」

 

『ならば私は400個だ』

 

「やめようぜ。個数だけ言われても説得力ないな。ここは実際に挙げ連ねてみようか」

 

『名案だ。ならば……!!』

 

 

 勢いに任せ、ミカゲとヨツミは口火を切った。ミカゲはヨリトモの、ヨツミはジュリエッタのいいところを次々と挙げ連ねていく。

 負けず嫌い同士が議論をすると、際限なくヒートアップするものだ。ミカゲとヨツミの声は次第に大きくなり、荒々しいものとなる。

 

 もう少しで取っ組み合いに発展するのではなかろうかという状況になったとき。

 

 

「すみません、先生。やめてください」

「すみません、博士。やめてください」

 

『ミカゲくん、ストップ』

『ヨツミ、もうやめて』

 

「おじいちゃん、ヨリトモさん困ってるよ」

「おじいちゃん、いい加減にして」

 

「すまん」

『すまん』

 

 

 耳を真っ赤にして恥ずか死ぬ寸前な教え子と、可哀想なものを見るような目でストップをかけてきた伴侶と孫たちによって、議論は中断に追い込まれた。

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 教え子の武勇伝を語り続ける恩師たちの姿は、あまりにも滑稽だった。伝説の13班、という大層な肩書に似合わぬ討論が繰り広げられている。

 両者ともに真剣な眼差しで、自分が正しいと信じて疑わぬ双瞼が派手に火花を散らしているではないか。ユマの眉間に皺が寄ったのは当然のことであろう。

 

 

(く、くだらない……。英雄なんて肩書が霞んできたわ)

 

 

 どんどんヒートアップしていく英雄2人――渡来ミカゲと那雲ヨツミの討論――否、漫才を聞いていると、なんだか残念な気分になってしまう。とてもじゃないが、彼らを師と仰いでいた明星ナユタの感性が心配になってくるレベルだ。

 やはり、ユマが旧13班に対して抱いた第一印象――“相当なクセモノども”という評価――は間違いではなかったらしい。天才と何とやらは紙一重だとよく言うけれど、今のミカゲとヨツミは、どこからどう見ても天才とは言い難かった。

 バカである。上に親がつく方のバカである。自分の生徒を自身の子ども同様に扱い、自分の子どもが如何に素晴らしい人間なのかを自慢し合う構図は、紛れもないソレだ。「俺の息子は一流企業就職」並みのしょうもなさがあった。

 

 件の教え子たちに視線を向ければ、2人は顔を真っ赤にして狼狽えていた。ジュリエッタはどうかは知らないが、ヨリトモが照れる姿は本当に珍しい。2人は「せ、先生」だの「は、博士」だのとか細い声を上げる。勿論、議論をヒートアップさせていくミカゲとヨツミが、蚊の鳴くような音を聞き取れるはずもない。

 

 

「……珍しい。提督が照れてる」

 

「そうね。ここまで余裕がないのは初めて見たかも」

 

 

 ユマの隣にいたユウマが、惚けたような声を零した。ユマも、ユウマの驚きを肯定する。

 どんな状況かにあっても冷静沈着、むしろ冷徹であろうとしている鋼鉄の男が、ここまで感情を発露させるとは。

 

 

「恩師、というものは、それ程までに大きな存在なんですね」

 

 

 ぼそりとユウマは呟く。一抹の疲れを宿した彼の双瞼がどこを見ているかなんて、ユマには見当がつかない。……経験則、および文脈的なことからして、ロクなものではないことは明らかではあったが。

 

 

「確かにその通りだわ。“自分がどれ程大きくなろうとも、どれ程強くなろうとも、誰かのことで揺らがずにはいられない”……人は誰しも、そういう相手がいるモノよ」

 

 

 ユマもまた、ユウマの言葉に同意した。脳裏に浮かぶのは、伊倉ユマを選んだ男――雪待シズク/明星ナユタの背中である。彼は1人、あまりにも遠い場所へ行ってしまった。

 死人絡みの思い出は美化されがちだと聞くけれど、まったくもってその通りである。5年前は手が届く距離にあったはずの背中は今、瞼の中でおぼろげに揺れるのみ。

 どんなに手を伸ばしても、もう、届かない。伝えたかった言葉も、交わしたかった想いも、手渡すこともなければ手渡されることもないのだ。――その事実が、痛い。

 

 ……いいや、雪待シズク/明星ナユタだけではなかった。伊倉ユマというニンゲンを揺るがす相手は、もう3人いる。

 そのうちの2人は那雲ヨツミとシラユキ夫妻だ。この夫婦は何も知らないが、ユマと那雲夫婦には深い因縁があった。

 

 

「すみません、先生。やめてください」

「すみません、博士。やめてください」

 

『ミカゲくん、ストップ』

『ヨツミ、もうやめて』

 

「おじいちゃん、ヨリトモさん困ってるよ」

「おじいちゃん、いい加減にして」

 

「すまん」

『すまん』

 

 

 ついに、教え子・伴侶・孫のスリートップから制止が入った。ミカゲとヨツミは罰が悪そうにして閉口する。夫の暴走を止めた妻2人は、深々とため息をついた。

 

 

『みなさん、本当にごめんなさい。私たちの旦那がご迷惑をおかけしまして……』

 

『ユマちゃん、ごめんね。あの人、教え子や孫のことになるとあんな感じになっちゃうの』

 

「いいえ。ミカゲ氏とヨツミ博士は、何と言うか……愉快な方なんですね」

 

 

 会議に参加している面々に謝罪することを選んだユイとは対照的に、シラユキは隣にいたユマに耳打ちする。

 困ったように笑う横顔は、夫の欠点までもが愛おしいのだと切実に訴えていた。

 

 

『そうなんだよ。ちょっと変わってるけど、とても素敵な人』

 

「素敵、ですか」

 

『うん。あの人と出会えたことが、私の人生で一番の幸福なの』

 

 

 シラユキは蕩けるような笑みを浮かべた。

 

 ――胸が、痛む。彼女から最愛の人を奪ったのは、自分だ。

 ヨツミを心から愛するシラユキの姿を目の当たりにする度、胸が潰れそうになる。

 

 伴侶を失った彼女は、愛する人の幻を追いかけながら死んでいったという。ナユタが残した資料や日記には、日に日に弱っていくシラユキの様子も書かれていた。

 ナユタの日記曰く「今、ユマの前で無邪気に微笑むシラユキからは想像できない程の衰弱っぷり」だったそうだ。確かにその通りだ、と、ユマも思う。

 笑みはぷっつりと途絶え、能面のように表情が変わらず、ただただうわ言を繰り返す――ヨツミへ慈しむような眼差しを向けるシラユキが浮かべていたとは思えない。

 

 

(私が生き残るために、私が奪ったもの……)

 

 

 犠牲の価値を、問われている。突きつけられた切っ先は、ユマの心を容赦なく抉った。ざくりと切り裂かれた傷口から溢れたのは、形容しがたい痛みと罪悪感。濁流のように渦巻く感情は、息をすることさえ許してくれない。

 服の裾を握る手に力がこもったのは仕方がないことだ。口を真一文字に結んだのも、那雲夫妻から視線を逸らしてしまったのも、身体の震えを押し込めるために支払われた必要経費である。

 

 だが、那雲シラユキは、ユマの努力なんて知らない。

 それ故に、残酷なことをやってのける。

 彼女は陽だまりを思わせるような柔らかな笑みを向けてきた。

 

 

『ユマちゃんは、そういう人、いるの?』

 

「え?」

 

『私にとってのヨツミみたいな、ユマちゃんにとっての素敵な人』

 

 

 海色の双瞼は、まるで宝玉のよう。きらきら煌めく眼差しには、一切の悪意がない。

 

 

『――いるんだね』

 

 

 ユマがレスポンスを返すよりも早く、シラユキはゆるりと目を細めた。

 宝玉がより一層きらめきを増したように思う。

 

 

『幸せなんだけど、すっごく切ないって感じなんだね。分かるよ、私も同じだったから』

 

「……ええ」

 

 

 シラユキの言葉が、5年前の時間を思い起こさせる。最期の瞬間まで笑みを浮かべることができなかった/最期の最期でようやく微笑むことができた、仏頂面の教育係。――その人物が誰であるのかを告げたら、その人物の顛末を告げたら。

 那雲夫婦はどう思うのだろう。渡来ミカゲも、眞瀬ブンイチも、何を思うだろうか。何を語るだろうか。彼らから糾弾される未来が容易に想像できる。それが当たり前だと分かっているのに、それに怯える自分自身に反吐が出そうだった。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ミカゲとヨツミの褒め殺し合戦がひと段落したのを確認した少年――眞瀬ブンイチが、「ところで」と切り出した。彼の眼差しは、ISDF側の代表者/ヨリトモに向けられている。

 少年からジト目で見られるという事態に、ヨリトモは眉間の皺を深くした。自分の娘に対しては子煩悩だった教え子だが、一般的な子どもの扱いはどうだっただろう。

 ……いや、そもそも、眞瀬ブンイチという少年が“一般的な子ども”にカテゴライズされる/できる存在かどうか。ミカゲはその答えをよく知っていた。閑話休題。

 

 

「ナガミミ様から聞いたんだけど、ナガミミ様のことを着ぐるみだのAI搭載ロボットだのと呼んだんだって? ――この無礼者が。ふざけるのも大概にしなよ」

 

 

 「上司が上司だから部下も部下なの?」と締めくくったブンイチの目に光は無い。ヨリトモの名誉にかけて言うが、ヨリトモは真面目一徹な男であった。

 故に、ナガミミに対して着ぐるみ疑惑を持ったのは、真面目に分析した結果である。ユウマも上司に倣って分析したからこそ、AI搭載ロボットと思ったのだろう。

 

 

「ナガミミ様は着ぐるみでもないしロボットでもない。ナガミミ様はナガミミ様なんだ。これ以上変なことを言うんだったら手打ちにしてやる。ああそうだ。部隊のトップがこんなことを言うんだから、部下も似たような思考回路をしているんだろうなあ。こういうときは首を挿げ替えればいいんだっけ。よし、今すぐ挿げ替えよう。首を差し出せ」

 

「やめんか」

 

 

 和泉守兼定の鯉口を切ったブンイチに、ミカゲは軽く手刀を入れた。ブンイチは「ふぎゅ!」という奇声を上げて言葉を止める。

 

 先程まで闇が螺旋状に渦巻いていた少年の瞳は、普段通りの菫色に戻っていた。心なしか、薄らと涙の幕が張っているように思う。

 ブンイチは不満そうにミカゲを見上げていたけれど、何を思ったのか、ほんの少しだけ目を細める。――尊敬する相手に向ける眼差し。

 一抹の懐かしさが滲んでいるように感じて、ミカゲは何とも言えない気持ちになった。彼もまた、ミカゲが()()()()()()ものだからだ。閑話休題。

 

 

「ちぇー。是非とも手打ちにしてやりたかったのに」

 

「お前の刀は兼定だろうけど、36人首切り達成した方の刀じゃないだろ」

 

「新撰組の刀だって、こういうの慣れてそうな気はするんだけどなあ」

 

 

 ブンイチは渋々と言った様子で刀から手を離したが、ヨリトモを睨むのだけは変わらない。ミカゲに制止されていなかったら、物理的な意味でヨリトモの首を挿げ替える(意味深)していたであろう。話し合いの場所が一気に血なまぐさくなる。

 勿論、この場に同席しているISDF勢がそれを許すはずがないだろう。ブンイチの殺気に怯まなかったユウマとユマも、対応しようと構えを取っている。最も、ここで武器を抜いて乱闘騒ぎとなれば、ノーデンスのNo.1&No.2が黙っちゃいない。

 

 

(……それ以上に、()()2()()がこうやって向かい合っていること事態が奇跡みたいなものなんだよなぁ)

 

 

 ミカゲはひっそり、そんなことを考える。2人の関係性を知っている者として、険悪な空気をまき散らしている現状を見ていると胸が痛くなるのだ。

 この2人に直接的な面識はない。互いの存在を仄めかすような話はしていたけれど、2人が()()()()()()()()()()のは、今回が初めてであろう。

 感慨深い気持ちを抱くミカゲの想いとは裏腹に、ブンイチは一方的にヨリトモへと火花を散らしていた。また、彼の瞳に螺旋の闇が渦巻き始める。

 

 

「首を挿げ替えるのがダメなら、別な案を考えなくちゃ。――決めた。その立派な髭を毟って、禿げ散らかした頭に植毛してやろう!」

 

「ちょっと待て! 俺は禿げている訳ではない! この髪型はスキンヘッドと言ってだな……」

 

「でも“頭に髪の毛生えてない”んでしょう?」

 

「ぐ……!!」

 

 

 自分の頭が禿げではないことを懇切丁寧に説明しようとしたヨリトモだが、ブンイチが持ちだしてきた言葉の凶器によって撃沈した。こめかみからだらだらと汗が伝う。

 

 

「違います。提督は禿げじゃありません」

 

 

 見かねたユウマが助け舟を出してきた。

 新たな敵を見定めたブンイチの眉間に皺が寄る。

 

 

「敢えて丸坊主にしているだけであって、提督の髪の毛は健在です。断じて禿げている訳ではありません」

 

「健在と言っても、ほんの薄らとでしょ? しかも、僅かな矜持を守るためにする苦し紛れの表現。そういうのはハッキリ言ってあげた方がいいんだよ。禿げてるって」

 

「ですから、提督は禿げでは――」

 

「だから、あの人は禿げで――」

 

 

 勢いに任せ、ユウマとブンイチは口火を切った。つい先程発生した、ミカゲとヨツミの焼き直しである。議論内容は禿げか否かだが、こちらも白熱し始めたようだ。

 議論がヒートアップしてきたのだろう。声は次第に大きくなり、荒々しいものとなる。禿げという単語が四方八方に飛び回る中、ヨリトモの顔色も悪くなっていく。

 居たたまれなくなったジュリエッタが、ヨリトモに何やら声をかけた。険しい顔をしたまま、ヨリトモは俯く。あまりの事態に、ISDFの隊員たちがハラハラし始めた。

 

 

「お前等、もうやめてやれ!!」

 

「いい加減にしろ! 作戦会議が始まらねえじゃねーか!!」

 

 

 ミカゲとナガミミが強制的に幕引きするまで、ユウマとブンイチの議論は延々と続いたのであった。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ノーデンスの13班と、ISDF特殊戦術部隊が合同で任務――Code:VFDのための真竜検体集め――を行うことが正式に決まった。ISDF側がノーデンス側の要求をすべて飲むような形になったと言う。政府が民間企業の言い分を丸々受け入れるという異例の条件であった。

 ミカゲとヨツミによる褒め殺し合戦や、ユウマとブンイチによる“ヨリトモの髪型について”の議論がひと段落し、改めて互いの自己紹介を交わす。ノーデンスのエースという肩書に恥じないよう、これから努力しなければ。イノリはひっそり、決意を新たにした。

 

 

「キミたちとは連携して任務に当たることもあると思います。よろしく、13班」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。協力して頑張りましょう!」

 

 

 ユウマの言葉に、イノリは満面の笑みを浮かべて答えた。一瞬、ユウマとヨリトモが目を見張る。

 呆けたように息を飲んだ2人だが、ややあって、ヨリトモが表情を緩ませた。イノリが口にした「協力」という言葉を繰り返す。

 彼らの反応からして、てっきり反発されると思っていたのだろう。上層部と現場の意見がイコールであるとは限らないのだ。

 

 ヨリトモより遅れて現実へ戻ったユウマが口元を綻ばせた。ぱああ、と、擬音がつかんばかりの勢いで表情を輝かせる。

 

 

「ははっ、こうもすんなり受け入れてもらえるなんて……。獲物を横取りする悪者みたいに扱われたらどうしようかと思っていましたよ」

 

「……私、恩人を悪者扱いする人間に見えますか?」

 

「あ、いや、そんなことは……!」

 

 

 ユウマの言葉を聞いたイノリは、思わず目を伏せた。分相応かつ不謹慎にも、彼と一緒に戦えるということに喜んでしまった罰が当たったのだろうか。

 視界の端に、苛立たし気な渋面を浮かべたミカゲがちらついた。殺気をまき散らす祖父をひと睨みで黙らせ、視線を戻す。ユイが肩をすくめたのが見えた。

 

 先程とは一転して、ユウマはおろおろしている。何かを言おうと口を開きかけて、けれど何も言葉が出てこない――そんな葛藤を繰り返した後、ユウマはしゅんと肩を落とした。

 

 

「……すみません。俺、キミを傷つけるつもりで言ったんじゃないんです。ただ、その……」

 

「?」

 

「民間側との共同任務の場合、大なり小なり軋轢が発生するのが常でした。キミみたいに、俺たち(ISDF)があっさり受け入れられた例は少ないんですよ」

 

 

 だから、イノリたちの反応が珍しかったのだと、ユウマは言った。

 

 世界統治機構により結成された国際自衛組織であるISDFであるが、だからといって、彼らが絶対正義であるとは言えない。利権が絡めば、正義(しろ)(くろ)に/(くろ)正義(しろ)に姿を変えるのが常であった。

 ISDFによって潰された民間団体の数は数知れず。潰されなかったとしても、事あるごとに煮え湯を飲まされたり、行動範囲等を制限されてしまう例もあった。それ故、ISDFに対して強い不信感を抱く人々も多い。

 おそらく、ユウマやヨリトモたちはISDFの代表者として矢面に立ち、反ISDF派の人間たちの非難に晒された経験があったのだろう。嘗て、祖父が反ムラクモ派議員の非難に晒されながらも、ムラクモ側の証人として矢面に立ったように。

 

 大丈夫だと示すように、イノリは笑い返した。

 それを見たユウマも安心したように微笑む。

 

 

「だけど、良かった。キミとは仲良くなれそうです」

 

「こちらこそ。是非、よろしくお願いします」

 

 

 ユウマが差し伸べた手を、イノリは両手で取った。“目上の人に対しては、敬いの意味を込めて両手で握手する”という話を聞いたことがある。実際、ユウマはイノリよりも年上だし、実力も立ち振る舞いも尊敬できる相手であった。

 手袋越しに触れた手は、大きくてごつごつしている。近くで見ると、細身な外見とは裏腹に、大樹を思わせるような佇まいだ。イノリが思う以上に、ユウマは沢山の戦場を駆け抜けてきたのだろう。容易に想像できた。

 

 

「我々の目的はドラゴンの検体だ。目標物さえ入手できれば、妨害までするつもりはない」

 

「当然よ。13班の邪魔をしたら、アタシがタダじゃ済まさないわ」

 

「お2人さん。いがみあうなら、今すぐ俺とヨツミンで褒め殺し合戦再開させようか?」

 

『その旨を良しとする! 今度こそ決着をつけよう、ミカゲ』

 

「それだけは勘弁してください」

「それだけは勘弁してください」

 

 

 刺々しい空気になりかけたジュリエッタとヨリトモを止めたのは、ミカゲとヨツミであった。先程ようやく沈静化した話題を持ちだしてくるあたり、祖父たちはまだ語り足りないらしい。

 褒め殺しは流石に嫌なのだろう。殴り合い一歩手前の殺気で満ちていた会議室から、あっという間に殺気が消えた。この場一帯に珍妙な空気が漂い始める。暢気に現状を眺めていたアリーが、作戦会議の音頭を取った。

 イノリを筆頭とした13班と、ISDFの代表者であるヨリトモとユウマが椅子に座る。自分の隣にはユウマが座った。早速作戦会議に臨もうとするイノリとユウマだったが、ふと、周囲から変な視線を感じ取った。

 

 しかしそれも一瞬のこと。

 面々はすぐに真面目な面持ちになって、作戦会議に臨む。

 

 

「さて、共同作戦を開始する前に、状況を整理しておくか」

 

 

 ナガミミはそう言って、今回の作戦について話し始めた。

 

 今回のターゲットは、アトランティスに出現した第3真竜ニアラ。奴は2020年でも観測されているが、その時点では既に手負いだ。手負いの検体では意味がないため、全盛期であるアトランティスに飛ばねばならなかった。

 ISDFもニアラの検体を欲しているらしい。使用用途は一切不明らしいが、互いの利害が一致したため、今回の合同任務が実現したという。重要なのは検体の回収のため、ニアラが海に沈むという事態は避けねばならない。

 

 更に、アトランティスと言っても、今回赴く場所は首都アトランティカではないという。

 ジュリエッタが徹夜でポータルを拡張し、新たな場所へ飛べるようになったそうだ。

 その話を聞いたリョウスケとヨツミが表情を輝かせた。

 

 

『すごい! すごいよジュリエッタ! こんな短期間で拡張できるなんて、まるでウチの総長みたいだ!!』

 

『流石はトマリくんだな! キミのような技術者が居てくれることが、人類にとっての希望だよ』

 

「い、いや、流石にムラクモ最終総長程じゃあないわよ……。博士も買い被りすぎですって」

 

 

 技術者の英雄と尊敬する研究者から喝采され、ジュリエッタは照れたように視線を逸らした。

 嬉しさよりも気恥ずかしさが勝ったのだろう。なんだか微笑ましい。

 

 暫し顔を赤くしていた天才科学者であったが、咳払いをして言葉を続ける。

 

 今回新しく飛べるようになった場所は低層区クラディオン。ルシェ族繁栄の基盤となった採掘場や鍛冶場の集まる、労働階級者たちが住まう区画らしい。

 前回飛んだアトランティカが上流階級たちの根城なら、こちらは中流から下流階級の人々がいるのだろう。前者が玉砕作戦肯定派なら、後者には反対派も居そうだ。

 しかしながら、ジュリエッタの見解では「マモノの巣窟になっているため、生存者がいる可能性は低い」とのことだ。彼の言葉を、アリーが引き継ぐ。

 

 

「クラディオン探索の目的は、竜殺剣の情報収集だよ。現戦力だけでニアラを倒すのはキビシーからね。竜殺剣は必要不可欠なんだ」

 

『竜殺剣……!』

「竜殺剣……!」

 

 

 竜を屠った最強兵装の名を聞いたリョウスケとユウマが目を見開く。特に、前者にとっては――竜殺剣を生み出す力を有したルシェ・マリナを妻に迎えたリョウスケにとっては、その名前は因縁深いものだろう。当然、それは、担い手となったミカゲも含まれる。

 

 

「……成程。“マリナの起こした奇跡を、過去でもう一度”、ってことか」

 

「奇跡をもう一度?」

 

 

 ミカゲが納得したように顎に手を当てた。ユウマが首を傾げる。

 その詳細を説明しようとしたイノリより先に、ソウセイが手を叩く方が早かった。

 

 

「そうか! アトランティスの王族の力を借りて、竜殺剣を作るんだな!!」

 

『アトランティス滅亡間際ってことは、最後の王族は女王様だよね!? その女王様に協力してもらえば!!』

 

「そうそう! さっすが英雄とその子孫、発想がスバラシイのよー☆」

 

 

 リョウスケとソウセイの答えを聞いたアリーが嬉しそうに手を握り締めた。話の流れについていけないISDF勢がポカンと口を開ける。

 彼らの様子からして、現存する竜殺剣を使うものだと思っていたらしい。「ないなら作ればいいじゃない」を地で行く発想は出てこなかったようだ。

 しかし、表情を輝かせていたソウセイは、すぐに厳しそうな顔つきになった。アトランティカに向かった際、そこで出会った女王の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 ウラニア・テ・クアンブル。■■マリナのATLコードのベースになった、アトランティス最後の女王その人だ。アトランティスと共に沈む決断をした、うら若き乙女。

 

 

「……しかし、彼女が協力してくれるだろうか」

 

『え?』

 

「アトランティスの女王・ウラニアは、玉砕作戦決行の準備を押し進めている」

 

 

 ソウセイの言葉を聞いたムラクモ13班員たちが、こぞって鬼気迫った表情を浮かべた。

 特に、マリナの夫であるリョウスケの反応が顕著である。愕然としたように表情を引きつらせた。

 

 

『だ、ダメだよ! 玉砕作戦なんてダメだ! 死ぬなんて、絶対ダメだよ! その人を助けなきゃ!』

 

「ちょっと待って! 落ち着いて頂戴、リョウスケ。歴史改変は現代にどんな影響を及ぼすか――」

 

『竜殺剣を作れるのは、アトランティスの王族だけなんだ! 女王様が力を貸してくれなきゃダメなんだよ!』

 

 

 諌めようとしたジュリエッタに対し、リョウスケは大きな声で主張した。マリナを妻に持つ彼にとっての常識である。その言葉を聞いたジュリエッタが凍り付く。暫し口元を戦慄かせていた彼だが、「なんてこと」と、頼りない声をこぼした。

 どうやら、今回の任務では竜殺剣を作るために必要なもの――高純度のオリハルコンと、竜殺剣を作り出せる鍛冶師を見つける予定だったらしい。竜殺剣を作れるルシェが玉砕作戦に同意する人物となると、話が一気に難しいことになる。

 しかも王族最後の生き残りだ。玉砕作戦推進のシンボルという側面もある。ウラニアは玉砕作戦を推し進める覚悟を固めている様子だった。それが自分の務めなのだと頑なになっている。決意の下に、生きたいという願いを抱きながら。

 

 

「……ウラニア王女は、曲がりなりにも、玉砕派の旗印とされている人物ですよね。彼女が僕たちの説得に応じてくれるかどうか……」

 

『無理だろうな。国のトップなんだから、個人的な感情だけで動くことはできない。仮に応じたとしても、周りの連中が全力で邪魔してくるだろう』

 

「頭の固いお方が居ますからね。ワガママだったら頷いてもらえる可能性はありますが、現状でそれを言う余裕があるかと言われますと……微妙です」

 

 

 リヒトとマサハルが難しそうな顔をして俯いた。上に立つ者としての心理状態を分析した上での発言である。

 

 このままウラニアたちが玉砕作戦を決行すれば、ニアラの検体を入手できなくなる。Code:VFDが暗礁に乗り上げることは間違いない。

 先程まで楽しそうに笑っていたアリーの表情が曇った。気のせいか、薄らと目が開いているように見える。

 

 

「交渉の材料を用意できればいいんだけどなー……。何かいいものないかなー……」

 

「歴史改変が……ああでも、Code:VFDが……!!」

 

 

 ふむ、と、アリーは思案を始める。その隣で、ジュリエッタは己の方針がCode:VFDを頓挫させかねない事態であることに唸っていた。

 「過去を改変することで、現代に変な影響を出したくない」――ジュリエッタの言い分は最もである。“過去改変の影響で東京が消え去る”なんて事態に陥ったら笑えない。

 しかし、竜殺剣を作るためには歴史改変に相当すること/現地住民(しかも国のトップである)と接触する必要があるわけで。完全に堂々巡りである。

 

 絶望に瞳を曇らせ、頑なになった女王の横顔を思い出す。無念と悲しみを滲ませた青い瞳が揺れていた。イノリは思わず手を握り締めた。

 

 彼女が竜殺剣作成に協力してくれる可能性を導き出すためには、何をすべきか。真っ先に思い浮かんだのは、“ニアラを倒してアトランティスを救う”ことだった。

 諦めてしまったウラニアに、自分たちが希望を指し示す――ウラニアが竜殺剣作成に頷いてくれるには、それしかない。

 

 

「あの」

「あの」

 

 

 イノリが手を挙げれば、声が2つ重なった。声の方向へと振りむけば、ユウマが発言許可を求めるために手を挙げている。

 相手に発言を促し合った後、イノリとユウマは互いの顔をまじまじと見つめた。なんとなくだが、通じ合う。

 “おそらく、自分たちの意見は一緒である”――それを確認するように頷き合うと、2人は仲間たちの方へ視線を向けた。

 

 

 




夏バテがきついです。体調管理って難しいですよね。元々夏が苦手だったから、尚更です。

さて、Chapter2に突入しました。基本構成は変わっていませんが、一部の場面を加筆修正しました。『未完のユウマ』編の片鱗がじりじりと影響を与えていきます。
ユマのSAN値、ブンイチの秘密、シズク/ナユタの影がどのような形の花を結ぶのか、生温かく見守って頂ければ幸いですね。
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