百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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深海の洞穴にて

「うわあ……」

 

 

 イノリは思わず声を上げた。眼前には、浮遊する岩場が階段のように広がっている。助走をつければ飛べないわけではないが、踏み外せば下へと真っ逆さまだ。

 興味本位で下を覗いてみたシキとソウセイが渋い顔をし、2人の様子から何かを察したリヒトが顎に手を当てて唸った。岩場を飛び移る以外、進めそうな道は無い。

 

 ここは低層区クラディオン。ルシェ族繁栄の基盤となった採掘場や鍛冶場の集まる、労働階級者たちが住まう区画だ。ジュリエッタの見解では「マモノの巣窟になっているため、生存者がいる可能性は低い」とのことだが、イノリは悲観していない。

 上層区が玉砕推進派で塗り固められていることは事実である。同時に、そこで救助したルシェたち曰く、「執政官に意見した気骨のある人々は、みな首都から追放された」とのこと。上が玉砕推進派と貴族の集まりならば、反対派と一般人以下の階級は下層部にいると考えた方が自然だ。

 反対派で追放された人々の中に、女王ウラニアや執政官のタリエリと関わりがあるルシェがいてもおかしくない。一足飛びにウラニアと接触できる可能性は低いが、巡り巡ってでもウラニアへたどり着ければ勝機がある。可能性は限りなく低いが、ゼロではない。

 

 

「……聲が聞こえるな」

 

 

 下を見るのを止め、オリハルコンの聲を聴いていたソウセイが鋭い眼差しで天を仰いだ。

 彼の視線の先には、浮遊する足場の階段が続いている。その先には、ひときわ大きな岩場が見えた。

 

 ソウセイが金属の声を聞いているのだと察したシキも、ルシェ族の力を使って金属の聲を聞き分けようとしたらしい。真剣な面持ちで目を閉じる。

 金属の声を聞けるのはATLコード継承者だけではないそうだ。ルシェ族の血を引いていれば、大なり小なり聞き分けることができるらしい。

 イノリはルシェではないためよく分からないが、ソウセイとシキ曰く、「最低でも“金属がどんな様子なのか”程度は察せる」という。

 

 周辺の金属からオリハルコンの聲を又聞きしたのか、シキはゆっくり目を開けた。彼女は嬉しそうに微笑む。

 

 

「本当だわ。私たちの来訪を歓迎しているみたい」

 

「ってことは、集落は無事ってこと?」

 

「おそらくね。……最も、ここを拠点としているルシェたちが、オリハルコン同様、私たちを歓迎してくれるとは限らないけど」

 

 

 イノリの問いに答えたシキは、憂いを滲ませた表情のまま天を仰いだ。

 

 アトランティスのルシェたちは排他的で、よそ者に対して厳しいきらいがある。それは首都アトランティカで実証済みだ。クラディオンを守護するオリハルコンがこちらを歓迎したからといって、住人たちもイノリたち異邦人を迎えてくれるとは限らない。

 兵士曰く「平時であったとしても、異邦人が首都の街中を歩くと詮議沙汰になる」程だ。あちらでは有事ということで捨て置かれたが、今回はどうなのだろう。できれば穏便に済ませたいのだが、何が起きるかは分からない。

 

 

「なんにせよ、実際に会ってみないと分かりませんね。穏便に行かなかった場合の準備も重要でしょう」

 

「何かあったら、私が地上のルシェ族代表として矢面に立つつもりよ」

 

 

 真剣な面持ちで、リヒトは眼鏡のブリッジを押し上げた。彼の眼差しは浮島の先――クラディオンに居るであろうルシェ族へと向けられている。

 諍いが発生する可能性を語るリヒトの横顔は、そんなことが起きなければいいと願っていた。イノリも同意見だ。潰し合いなど御免被る。

 しかし、拳と掌を打ち付けて不敵に笑うシキの様子を見ていると、なんだか嫌な予感がしてならない。彼女のポリシー的な意味で、だ。

 

 

「元よりそれは覚悟の上だ。玉砕に反対した気骨のあるルシェ族が、突如現れた異邦人に対して好意的に接してくれるとは思わない」

 

「ソウセイくん……」

 

「彼らは今、戦争中だ。しかも、勝算は無いに等しい。上層に住んでいた貴族階級同様、異邦人を許容できるほどの心の余裕もなさそうだ」

 

 

 ソウセイは深々と息を吐く。紫苑の瞳には、憂いと不安が滲んでいた。衝突は避けられないと理解しているが故に、居たたまれない気持ちになっているようだ。

 

 人は心に余裕があると、相手の話を聞こうとしたり、調和を崩さないよう配慮したりすることができる。しかし、心に余裕がなくなれば、それが他者に害を成すような行動でも、躊躇わず行動に起こしてしまうのだ。

 余裕がない人間は、自分を守ることだけで精一杯である。他者を傷つけるのも、“自分の身を守り、自分が傷つく被害を減らすため”だ。手負いの獣が、相手を必要以上に激しく威嚇するのとよく似た原理である。

 彼らを安心させるには、“自分は敵ではない”ということを分かってもらう必要があった。どれ程の時間がかかっても、相手の痛みに寄り添い、苦楽を共にし、信頼関係を築いていく――地道な行動以外、有効な手はない。イノリは手を握り締めた。

 

 

「行きましょう。彼らに希望を示すために」

 

 

 嘗て祖父たちがそれを成したように、今度は自分たちがそれを成すのだ。当時の英雄たちと一緒に。

 今はまだ未熟だが、嘗ての狩る者たちは一般人からのスタートだった。だから、充分挽回と成長のチャンスがある。

 

 イノリは仲間たちを見回した。リヒトも、ソウセイも、シキも、真剣な面持ちで頷き返す。そうして、前に向き直った。

 

 

『こういう足場を見てると、六本木大瀑布思い出すんだ。落ちたら命がない的な意味で』

 

「死体がどこかに残るか、超強酸で跡形もなくなるかの2択か。ああでも、大瀑布の対策はナノコートがあるから大丈夫なのか?」

 

『流石に、体内まではカバーできないけどね。それに、オケアヌスを倒した後は、あそこを流れ落ちる強酸はすべて水に変わったもん』

 

 

 『あそこ、未だに大瀑布のまんまなのかなあ』「ヒ○ズ族の夢の跡がああなるとは、誰も思ってなかっただろうな」と、リョウスケとミカゲが会話しながら岩場を飛んでいく。むしろ、ムラクモ13班の面々は、躊躇うことなく岩場と岩場を飛び移って行った。残ったのは、祖母のユイである。

 

 

『イノリ、行かないの? もしかして、怖い?』

 

「ううん、大丈夫。助走をつけて飛び移れば問題なさそう」

 

 

 ユイに声をかけられたイノリは、満面の笑みを浮かべて首を振った。周囲を見回せば、ISDFの軍人たちが何やら話し合っている姿が伺える。どうやら、ゲートがある岩場の安全を確保してくれたらしい。

 ゲートの出入り口を守っている軍人の中に、ヨリトモたちの姿はない。彼らの専門は戦闘だという点からして、一足先に奥地へ向かったことは明らかだろう。ナガミミもそれに気づいたようで、激を飛ばしてきた。

 

 

『オマエら、ISDFに後れを取るな! 主導権を取り戻せ!!』

 

「了解。行こう、みんな!」

 

「はい!」

「ええ!」

「ああ!」

 

 

 イノリの号令を聞いたリヒト達は二つ返事で頷く。そうして、勢いよく駆け出した。

 

 大地を蹴って、次の岩場に飛び乗る。思った以上にすんなりと飛び移れた。仲間たちの中で一番運動神経が悪い(但し、S級能力者/狩る者のため、一般人よりは上である)リヒトも、問題なく飛び移れたようだ。

 その調子で飛び移っていくと、ISDFの3人――ヨリトモ、ユマ、ユウマと、祖母を除いたムラクモ13班員がいた。前者は何とも言えなさそうな表情で下を覗き込み、後者は何やら話し合っていた。

 

 

「どうかしたんですか? 下に何が……――!」

 

 

 イノリたちも彼らに続いて下を覗き込む。そこには、首都アトランティカでミカゲが屠った帝竜トリスアギオンがいた。と言っても、トリスアギオンはもう動くことはない。奴の命はとうに燃え尽きていたからだ。

 白い大天使の死体には、幾重もの切り傷が刻まれていた。ミカゲの放った奥義、乱れ散々桜によるものだ。改めて見ると、奥義の威力、それを放った人間の実力がありありと示されている。祖父の強さを目の当たりにして、イノリはごくりと唾を飲む。

 最終目標として、イノリたちは第3真竜ニアラを倒さなくてはならない。帝竜クラスで壊滅寸前まで追いつめられていたイノリからしてみれば、弱体化していて辛勝だったとはいえ、帝竜を屠った祖父の強さは尊敬する。勿論、一撃で帝竜を屠ったユウマも凄いが。

 

 

『今回の最終目標が全盛期のニアラだとするなら、帝竜相手で苦戦してると難しいかも……』

 

『帝竜相手に総力戦をしかけていた我々からすれば、雲の上のような話だな。掴めない訳ではないが、その距離が遠い。リハビリだけでは足りないかもしれんぞ? ミカゲ』

 

「おいおい。まーた気苦労が増えるってか」

 

 

 シラユキが眉間に皺を寄せ、ヨツミが顎に手を当てて唸る。2人の言葉を聞いたミカゲはため息をついた。旧ムラクモ13班の面々は、例外なく真剣な面持ちで思案し始める。

 

 イノリが彼らの横顔を見ていたとき、不意に、隣から密やかな笑い声が聞こえた。笑ってはいけないのだが、堪えられないと言わんばかりの響き。

 隣を見れば、ユウマが楽しそう――けれどどこか挑戦的――な笑みを浮かべて、トリスアギオンの(むくろ)を眺めている。イノリは目を瞬かせた。

 自分の横顔を見つめられていることに気づいたのか、ユウマはイノリの方へ向き直った。彼は悪戯がばれた子どものように苦笑し、小声で打ちあげる。

 

 

「実は俺、楽しみにしてるんです。真竜と戦うことも、キミやキミのおじいさんたちと共闘することも」

 

「あはは。実は私もなんです」

 

 

 色白の肌をほんのり染めたユウマは、子どものように照れ笑いしていた。

 見ているこちらも照れくさくなって、イノリも苦笑しながら頷く。

 

 

「おじいちゃんと一緒に戦うのも、ユウマさんと一緒に戦うのも、すっごく楽しみにしてて」

 

 

 イノリはくすくす笑いながら、ミカゲの背中を見つめた。8年前、イノリたちを守ってくれた大きな背中が目の前にある。

 

 祖父が生きていたときは、いつか一緒に肩を並べて戦える日が来るのだと、信じて疑わなかった。彼が亡くなった後は、もう二度と叶わない夢なのだと思っていた。

 なんだか胸が熱くなってきた。イノリは思わず、小さく手を握り締める。逸る気持ちを抑え込みながら、イノリはユウマの方へ向き直った。自然と口元が綻ぶ。

 

 

「だから、これからよろしくお願いしますね。ユウマさん」

 

 

 イノリの言葉を聞いたユウマは、惚けたように目を瞬かせた。ややあって、彼もまた、ふっと笑みを浮かべる。

 

 

「はい。俺の方こそ、よろしくお願いします」

 

「…………おい、ユウマ」

 

 

 互いに顔を見合わせて笑っていたとき、背後から控えめな声が響いた。振り返れば、これ以上ないくらいのしかめっ面をしたヨリトモの姿があった。

 彼は中途半端に手を伸ばし、空中で彷徨わせている。その隣には、どこか楽しそうに笑うユマもいる。まるで、芸能人の熱愛スクープを目撃した野次馬のようだ。

 2人の眼差しを受けたユウマは間抜けな声を漏らした後、すぐに2人の元へと駆け出した。彼らは何かを話し合った後、岩場を飛び移っていく。

 

 ISDFの背中はあっという間に見えなくなった。ミカゲやイノリたちもそれに続こうとしたときだ。

 

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「おじいちゃん?」

 

「話がある。と言っても、身構えるようなモンじゃないけどな」

 

 

 祖父に呼び止められ、イノリは振り返る。

 ミカゲは真面目な面持ちで、イノリたちノーデンス13班を見つめていた。

 

 

『話なんて後にしろ。立ち止まってる暇はねぇんだ』

 

 

 そんなミカゲに苦言を呈したのはナガミミだ。このマスコット――ノーデンス側の上層部は、Code:VFDの主導権をISDFに握られることを嫌がっていた。特に、ジュリエッタはISDFに並々ならぬ敵意と遺恨を抱いている。彼の言動からして、『ISDFと一緒に行動する』ことすらストレスになっていそうに思えた。

 ISDFが絡んだ事象の場合、ジュリエッタは冷静でいられない。検体を燃やしてデータを消すと啖呵を切った彼が渋々ISDFとの共同作戦に頷いたのは、社長であるアリーの采配があったためだろう。彼女が冷静なのは、ただ単に割り切っているか、彼女個人にISDFとの遺恨が存在しないためだ。そうやって、上層部はバランスを取っているらしい。閑話休題。

 

 

「えーと、ブンイチのアドレスはどれだったかな。『ナガミミ様の個人アドレスが知りたい』って言ってたから、聞いたら喜ぶぞぉ?」

 

『…………』

 

 

 ナガミミを黙らせ、ミカゲはイノリたちへ向き直った。

 

 

「ノーデンス13班のリーダーは決まってるのか?」

 

「え……?」

 

「決まってないなら、今のうちにはっきりと決めておいた方がいい。いざというとき、矢面に立つ代表者が必要だ。実際、俺たちもそんな感じだったしな」

 

 

 藪から棒にそんなことを問われて、イノリたちは目を白黒させた。

 

 セブンスエンカウント攻略からCode:VFDに協力することにしたイノリたちだが、これまで、明確な“ノーデンス13班のリーダー”は存在して居なかったように思う。イノリ、リヒト、ソウセイ、シキの4人は幼馴染同士で旧知の仲であるというのも影響していたのだろう。

 それ故、イノリたちは日常の延長線――イノリが他の3人のまとめ役になる――の形を崩すことなくやってきた。旧ムラクモ13班の面々が合流した後も、身内同士ということもあって、和やかな雰囲気は変わらないままである。

 人類が身を寄せ合って崖っぷちを駆け抜けた80年前とは違うが、時代を超えて人や異種族と交流する必要はあった。実際、今回の任務の目標は『竜殺剣の材料の確保とルシェ族の保護』だ。彼らに交渉しに行くのに、代表者が決まらないまま行くのは問題である。

 

 旧13班の実質的なリーダーは祖母のユイだった。戦場での指揮と民間人との交流窓口でその才能を発揮したという。

 勿論、リーダーだけがすべてを背負うのではなく、他の面々も、それぞれの得意分野で矢面に立っていた。

 

 ミカゲはサブリーダー兼参謀役としてユイをサポートしていたし、問題が発生した際は“ムラクモの汚れ役”として矢面に立った。東雲兄妹は13班とクエストカウンター担当者であるチェロンの繋ぎ役になっていたし、リョウスケは技術部にデータを提供していた。ヨツミとシラユキは、ルシェクローンと避難住民の交流および軋轢解消のために走り回っていたと聞く。

 

 

「年の甲と功績から考えると、ミカゲさんが妥当だと思います」

 

「やめてくれ、リヒト。ムラクモ13班(俺たち)の時代はとうに終わったんだ。これでも老体に鞭打ち立ってるポンコツなんだぞ」

 

 

 リヒトからの推薦に、ミカゲはしかめっ面をした。反ムラクモ派議員や報道陣からしつこく付きまとわれたときの表情だ。

 経験則からして、ああいう表情を浮かべたミカゲは頑として頷かなかった。代わりに、と、ミカゲは言葉を続ける。

 

 

「リーダーが決まったら、全力でそのサポートとバックアップに協力させてもらう。リーダーを蹴って他者に押し付けるんだ、それくらいの責任は果たすさ」

 

『……うわー、ユイにリーダーやらせたときと同じ条件だ……』

 

『なら大丈夫だよ。ミカゲくん、宣言通り、私をサポートしてくれたし』

 

 

 したり顔で宣言したミカゲの真横で、ヒイナが眉間に皺を寄せながら苦笑した。どうやら、祖父の言葉は“80年前の焼き直し”らしい。

 対して、そんな伴侶の姿を見たユイは力強い笑みを浮かべて頷いた。若紫色の瞳は、ミカゲに対する惜しみない信頼で満ちている。

 自信満々なユイの姿を目の当たりにしたヒイナは、『いやあ、お熱いねー』等と言いながら、苦笑しつつ肩をすくめていた。

 

 イノリたちは互いに顔を見合わせる。誰もが難しい顔をして唸っていた。

 

 

「リーダーを決めると言われましても、今更のように思うんですよね。僕は率いるより、参謀役の方が性に合ってますし」

 

「私がリーダーになった場合、まどろっこしいのが嫌いだからって猪突猛進した挙句、自軍を壊滅させる末路しか見えないのよね……。周りから脳筋って言われてるし」

 

「むしろ、イノリ以外で俺たちを纏める人間の姿なんて思い浮かばないな」

 

「了解。期待に応えます!」

 

 

 リヒトが、シキが、ソウセイが、神妙な面持ちでイノリの方へと向き直った。イノリに伺いを立てるかのような眼差しが向けられる。指名されたのならば、その期待に応えるのが筋だろう。イノリは満面の笑みを浮かべて頷き返した。

 これでノーデンス13班のリーダーは決まった。イノリたちはミカゲの方へと向き直った。祖父はユイとイノリを見比べた後、神妙な顔をしてうんうん頷いていた。「やっぱり、ユイに似たんだよなあ」と呟いた後、ミカゲは満足げに微笑んだ。

 先程から沈黙したままのナガミミに、話し合いが終わったことを伝える。ISDFに引き離されるということを危惧していたナビゲーターは『遅い』と文句を言いつつ、ナビゲートを再開した。

 

 イノリ、リヒト、ソウセイ、シキが浮島を飛び移っていく。程なくして、一際大きな浮島にたどり着いた。

 異邦人を迎えるかのように、青い岩場の奥にぽっかりと穴が開いている。

 

 先行したヨリトモたちの姿がない。おそらく、この穴の奥へと進んだのだろう。

 

 

「洞窟、か」

 

「天然の要塞ですか。厄介ですね」

 

「でも、立ち止まってる暇はないわ。行かなくちゃ」

 

 

 大穴を眺めたソウセイが唸り、リヒトは眼鏡のブリッジを押し上げる。シキは不敵な笑みを湛え、拳を掌に打ち付けた。

 仲間たちの様子を一瞥し、イノリは前を向く。「行こう」という号令に、反対する者はいなかった。

 

 

 

■■■

 

 

 

『おじいちゃんと一緒に戦うのも、ユウマさんと一緒に戦うのも、すっごく楽しみにしてて』

 

 

 そう言って笑ったイノリは、綺麗な空色の瞳を彼へと向けた。80年前の英雄にして彼女の祖父――渡来ミカゲへ。

 

 絶対的なものに対する尊敬と崇拝。渡来ミカゲが現れる前までは、ユウマだけに向けられた特別なモノだ。どこまでも綺麗な空色は、ユウマではない相手を映している。ユウマ以外の誰かを。

 自分の思考がそこに至った途端、胸の奥に走った痛みを何と言おう。痛みの後に溢れだした、ドロドロとした衝動を何と言えばいいのだろう。「どうして俺を見ないんだ」と叫びたくなったのは、何故。

 しかし、その衝動は、イノリがユウマに視線を向けた途端に拡散した。彼女がこちらに向けた眼差しは、ミカゲに向けた眼差しとは違う。どこか密やかな輝きを帯びた空色は、如月ユウマという存在だけを見つめている。

 

 空色の双瞼に捕らえられたように思ったのは何故だろう。暗い衝動を押し流し、代わりに湧き上がってきた甘やかな衝動を何と言おう。苦しいはずなのに、苦しくない。

 ユウマは何も知らない。理解することができない。それが何を意味しているのかも、それが一体何を指しているのかも、その感覚をどうすべきなのかも。

 

 

「どうしたの、ユウマ? 難しい顔しちゃって」

 

 

 ユウマの意識を引きもどしたのは、隣にいたユマであった。彼女は軽やかな足取りで洞窟内を進んでいく。それでいて、上官の後ろにきちんと陣取っていた。

 軍人生活で染みついてしまった悪癖だと彼女は嘆く。けれど、真面目にやればできるのだから、普段からそうしていればいいのにと思わずにはいられない。

 現に今だって、ユウマを見る眼差しは不真面目極まりない。スキャンダルを嗅ぎつけた記者みたいだ。以前見かけたのは、とるに足らないゴシップ雑誌の記者だったか。

 

 そういう相手がどれ程厄介なのかは、アクツ総司令やこれまでのケースで学習済みだ。このまま煙に巻くのが得策だろう。

 

 

「いいえ、特に何も」

 

「嘘おっしゃい。今の貴方の顔、どこからどう見ても『悩んでます』って声高に叫んでるわよ」

 

「………」

 

 

 ああ、分かっていたはずだった。チェシャ猫を連想させるように不遜な笑みを浮かべたユマは、喰らい付いたら離さない奴だと。

 ユウマとユマの視線が合う。無言の応酬、あるいは持久戦だ。頑なに口を閉ざし続けるユウマと、ニマニマと笑いながらこちらを見上げるユマ。

 

 軍帽の下に納められた狐耳がぴくぴくと蠢く。

 

 

「ね、おねえさんに話してみなさいよ」

 

「ノーコメント」

 

「却下」

 

「今は任務中です。くだらないことに意識を割く暇はないと思いますが」

 

「常に気を張りつめていたら疲れちゃうでしょう? 適度な息抜きも大事よ」

 

「貴女は気を抜きすぎなんです。真面目にしていれば、“尊敬できる上司”として素直に仰ぐこともできるのですが」

 

 

 ユウマが零した斜め上の皮肉に、ユマは目を丸くした。口元に手を当てて、「まあ」なんて白々しく驚いてみせる。

 好戦的な輝きを宿し、こちらを射抜く青の瞳。彼女はすべてを分かっていて、ユウマへ対応しているのだ。

 さて、次はどうしようか――思考をフル回転している中、不意にヨリトモが足を止めた。同時に感じた、四方八方からの殺気。

 

 見れば、洞窟内部はドラゴンの群れがうようよしている。辺りには赤いフロワロが咲き乱れており、心なしか息苦しさを感じた。ISDF側のナビゲーター曰く、フロワロ汚染濃度は「一般人だと身動きが取れなくなる」レベルらしい。

 旧日本政府で言う“S級能力者”――“狩る者”であるユウマたちや、対竜装備に身を包んだISDFの精鋭たちでなければ、まともに動くことも困難な数値だ。瘴気を無効化する特殊金属――オリハルコンの守りがあるとは聞いたが、正直、生存者なんて信じられなかった。

 

 

「……確かに、このような環境で生存者を探すと言うのは骨が折れるな」

 

 

 ヨリトモはそう呟きながらも、真剣な眼差しで生存者の痕跡を探している。手遅れを示唆する言葉とは裏腹に、生存者はいると確証を持っているかのようだ。

 

 気のせいか、痕跡を探す上官の眼差しが彼の師――渡来ミカゲとダブって見えた。師匠と弟子と言うのは、思った以上に関係が深いようだ。

 ……そういえば、師匠と弟子と言えば、雪待シズク/明星ナユタと伊倉ユマが挙げられる。この2人の関係も、方向性は違えど、同じだと言えよう。

 

 

「伊倉一佐。何か、変わったことはないか?」

 

「そうですね……」

 

 

 ユマは静かに目を閉じる。何かに集中しているかのようだ。

 幾何かの間の後、彼女は静かに目を開ける。

 何かを納得するように頷き、己の見解を述べる。

 

 

「遠くから、か細くですが、金属の聲が聞こえます。これを辿れば、集落らしき場所へたどり着けるやもしれません」

 

 

 「参考程度に」と言って、彼女は口を閉ざした。ヨリトモも納得したように頷き――けれど、少しだけ困ったように唸った。

 おおかた、ユマの見解をそのまま伝えることを懸念しているのだろう。それは、ユマだけの主観で述べられるものだからだ。

 ルシェに理解のない“ニンゲン”を納得させるには、科学的根拠が薄い。確実な確証がなければ、むやみやたらに動くことはできないであろう。

 

 

(ルシェ族が金属の聲を聞き取れるという話は耳にしたことがありますが、それが目に見えて信じられるモノか否かは別問題だ)

 

 

 ユマが愛刀に何かを話しかけている姿はよく見かける。亡くなったシズクも、金属系の物体と話し込んでいることがあった。彼女たちが金属から聞き取った内容がどんなものかなんてあまり教えてもらえなかったし、上層部は「根拠がない」と言って捨て置いていた。ユウマも基本、上層部と同じスタンスを取っている。

 己の言葉は捨て置かれると骨身に染みてしまったためか、ルシェ族の2人は何も語らないことが多かった。自分たちの中で記憶に留めつつ、状況を見守っていたように思う。ユウマはちらりとユマに視線を向けた。彼女は愛刀に視線を向けつつ、楽しそうに笑っていた。まるで、長年苦楽を共にした戦友に、何かを語りかけているかのようだ。

 

 こちらの視線に気づいたのか、ユマはちらりとユウマを見上げる。

 

 

「何よ?」

 

「なんでもありませんよ」

 

「……ふうん。ならいいけど」

 

 

 彼女はユウマから視線を外した。見据えるのは、獲物を求めてうろつくドラゴンたちの群れ。奴らは、洞穴のどこかにある住民、および鍛冶場に立てこもった生き残りを狩らんとしているのだ。

 不意に、背中から足音が聞こえてきた。振り返れば、一足遅れて鍾乳洞に足を踏み入れた新旧13班員。イノリとミカゲたちは短く謝罪を済ませてこちらに合流する。そうして、フロア内を闊歩するドラゴンの存在に気づいて眉をひそめた。

 余計な詮索はお終いとばかりに、ユマは13班に向き直る。ユウマも彼女に倣い、イノリへと向き直った。空色の瞳と視線がかち合う。ふわ、と、イノリが纏う空気が緩んだ。――視線が、釘付けになる。

 

 

(――いけない。任務に集中しないと)

 

 

 思考を切り替えるように呟いて、手を握り締める。

 任務はまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

 

■■■

 

 

 

 洞窟内部は、青光する鉱石によって照らし出されていた。澄んだ水が上層部から流れ落ち、天井には鍾乳洞が幾重もぶら下がっている。

 平時なら「幻想的な光景」だと言えただろう。周辺に赤い葬送花(フロワロ)が咲いておらず、ドラゴンが闊歩してさえいなければ。

 

 道中のドラゴンを狩りながら、イノリたちは奥地――奥地にあるであろう集落――を目指していた。

 

 ジュリエッタの予測通り、クラディオンはドラゴンとマモノの巣窟と化している。アクアリアやドラゴハンマードがウヨウヨしており、一般市民が迂闊に出歩けば、文字通り一瞬で捕食されるだろう。

 勿論、そんな人物がいれば即救助している。大分奥へと進んだはずだが、現地住民の姿は見かけていない。ナガミミも生体反応を探っているようだが、それらしきものは見つからないようだ。

 既にこの区画内を闊歩していたドラゴンたちは狩り尽している。今回は「経験を積む」という名目で、ヨリトモとユウマ(ISDF)から雑魚ドラゴンを13班に譲ってもらったという形になっていた。

 

 

『“このフロアのドラゴンを全部狩る”っつー選択肢はマァマァじゃねーか? オマエ等は経験が圧倒的に足りないからな』

 

「人類戦士に五体を引きちぎられ、サンダーブレスで消し炭にされ、SKYで滅多刺しにされてもまだ『経験が足りない』と?」

 

 

 ナガミミは茶化すような口調で軽口を叩いた。それを聞いたミカゲは、ナガミミに対して非難の眼差しを向ける。よく見れば、目に光がない。

 

 

「俺は後、どんな経験を積めばいいんだ? ゾンビの首がもげるのを目の当たりにし、超強酸で人間が溶ける現場に居合わせ、竜になった姉と人類戦士をこの手で屠り、屍累々のライバル組織の痛々しい光景を目の当たりにし、獅子身中の虫と化した議員と口で攻防を繰り広げ、仲良くなった住人や戦友たちがドラゴンに嬲り殺しにされる光景を見ていることしかできなかった経験は何だったのかと」

 

「おじいちゃん、落ち着いて」

 

『アンタは……まあ、その、なんだ。とりあえず、リハビリを頑張れ。あとはメンタル関連』

 

 

 イノリは思考回路が脱線してしまったミカゲをゆする。あまりの憔悴っぷりに気圧されてしまったのか、ナガミミは何とも言えなさそうな様子で呟いた。

 程なくして、ユイがミカゲを諌めて沈静化させる。ミカゲも正気に戻ったようで、バツが悪そうにナガミミへと謝罪していた。それを見て、ユマが肩をすくめる。

 

 

「ミカゲ氏。貴方が古今東西の人間より波乱万丈な体験をしてきたことは存じております。ですが、経験談も度を過ぎれば、やかましい自慢話と大差ありませんよ?」

 

 

 ユマの言葉を聞いたミカゲが、ぴくりと眉の端を動かした。眼差しは気だるく、けれども奥底には嘲るような色を滲ませて、祖父は嗤う。

 祖父は嘗て、反ムラクモ派議員やISDF強硬派の連中と派手な論戦を繰り広げたという。彼らと対峙したときの祖父は、こんな眼差しを湛えていたのだろうか。

 反応したのはミカゲだけではなかった。視線をユマへと向けたのは、嘗てISDFの研究部にいた那雲ヨツミとその妻シラユキ夫妻であった。

 

 それはほんの一瞬の変化。ユマの眼差しが、揺らぐ。

 

 

「自慢話、ねえ。……その言葉ひとつで、俺たちの想いや遺産が容赦なく踏み躙られてきたんだろうな」

 

『だな。未来のために残したはずの技術で好き放題されたときのやるせなさは、筆舌に尽くしがたいよ。……私が生きていた時点で未遂だったのと、時間経過からして“もう既に行われた”と仮定した限りでの見解だがね』

 

 

 同じ時代の第一線を駆け抜けたミカゲとヨツミの横顔は、憂いに満ち溢れている。何も語ってはいないけれど、シラユキも同じ気持ちのようだ。

 イノリはふとユマへ視線を戻す。ユマの表情は優れない。先程と比べると、明らかに顔色が悪くなっている。一体どうしたのだろうか。

 

 それきり、ユマは沈黙した。憂いに満ちた空気を滲ませながら、イノリたちは歩みを進める。

 

 鍾乳洞の目立つ洞窟を進む。何気なく水面に視線を向ければ、毒々しく滲む虹色の幕が張っていた。

 ぱっと見た限りでは澄み渡っているように見えていたのに――イノリがそう思ったとき、ナガミミが『うげ』と声を上げた。

 

 

『ここの水質、全部汚染されてやがる』

 

「それって、さっき見かけたドラグメガマウスの毒が原因なの?」

 

『違えな。あの雑魚ドラゴンとは比べ物にならない濃度の毒性だ。……こりゃあ、帝竜レベルかもしれん』

 

 

 水質汚染と言う単語から出たシキの問いに、ナガミミが面倒くさそうに答えた。後半はとても小さい声で呟かれたため、新旧13班員しか聞き取れなかっただろうが。

 

 マスコットが危惧しているのは、帝竜の強さが“現時点におけるノーデンス13班”を上回っているという点であろう。

 もし現時点で帝竜とやり合うとなれば、必然的に、帝竜をISDFに譲らねばならなくなる。

 Code:VFDのイニシアチブを握りたい上層部からしてみれば、帝竜との戦いをISDFだけに任せることは避けたいはずだ。

 

 大人の事情を薄らと感じて、イノリは内心ため息をつきたくなった。世界が滅ぶと言うのに、上の連中はどうして自分の利権を優先させるのだろう。

 自分たちは同じ“人類”として括られるはずではないのか。“同じ人類代表同士、協力して戦う”――言うだけなら簡単なのに、実践すると酷く難しい。

 

 

「本当に、この先に生存者がいるんでしょうか」

 

 

 周辺を確認していたユウマが、ぽつりと呟いた。翡翠の瞳は怪訝そうに揺れている。

 

 ユウマが生存者の存在を疑問視する気持ちは分からなくもない。金属、あるいはオリハルコンの聲を聞き取れる存在――ルシェの血を引くものたちが居なければ、現時点で“集落は無事である”ことなど掴めなかったはずだ。

 だが、彼の表情はすぐに変わることになる。数歩先にいたヨリトモが足を止めたためだ。ヨリトモが指し示した場所には、真新しい足跡がある。生存者に繋がる証拠を目の当たりにし、ユウマはようやく納得した様子だった。

 証拠は足跡だけではない。視線を上げれば、目の前にはドラゴンの死骸が転がっている。人1人を丸飲みできる程の大口が特徴的なドラゴン、ドラグメガマウスだ。奴の体に刻まれた裂傷は、武器によるものである。

 

 

「まるで、集落へ足を踏み入れようとする生き物に対する警告ですね。この傷口からして、人数は多そうです」

 

「そうだな。ある程度訓練され、統率された兵団だと考えるのが妥当だろう」

 

 

 死体の様子を確認したリヒトが分析し、彼の言葉をヨリトモが引き継ぐようにして補足した。2人とも表情が厳しい。ドラゴンを屠った兵団がこの近辺に居るとなると、アトランティカで対峙した騎士たちとは比べ物にならないことは明白だ。

 ここから先はルシェ族たちの領域である。このまま正直に踏み込んだ場合、トラップや戦闘は避けられないだろう。周囲を見回したが、迂回路らしき道はない。洞窟内を流れるせせらぎによって断線された道は、一本道しか存在していなかった。

 

 

「どうしますか? このまま進むか、トラップを避けるか――」

 

「リーダー、1ついい?」

 

 

 こちらに意見を訊ねようとしたユウマを遮り、シキが躍り出た。言葉を封殺された形になったユウマはほんの一瞬ムッとしたようだが、すぐに表情を取り繕った。

 後ろの方では、ヨリトモにユイが何かを説明している。おそらく、“13班のリーダーがイノリに決まった”ことについてだろう。イノリはシキの意見を促した。

 

 

「この先にトラップは無いわ。あるとしたら、戦いよ」

 

 

 「誇り高き同族が、罠なんて姑息な手段に頼るわけない」とシキは断言する。澄み切った深緑の瞳は、同族に対する敬意と信頼で満ちていた。

 

 

「ルシェは――私もそうなんだけど、正々堂々を好む気質があるわ。余程のド屑じゃなければ、不意打ちで奇襲なんて卑劣な真似なんて取るはずない」

 

「……成程。不意打ち、奇襲等の卑劣な戦法ですか」

 

 

 シキの言葉を聞いたユウマが、何とも言い難そうな顔をしてユマの方に視線を向けた。翡翠の瞳には、強い疑念が滲んでいる。

 ユウマが自分に向ける眼差しに好意的な色がないと見抜いたのか、ユマは不服そうに彼を睨み返した。

 

 

「だが、アトランティカで遭遇した衛兵は難癖付けて襲い掛かってきたぞ。まるで世紀末のような治安だった」

 

「それ本当なの!? いくら有事とはいえ、ルシェの風上にも置けないわ!」

 

 

 ソウセイがアトランティカで出会った衛兵のことを議題に挙げた途端、シキが眦を吊り上げ憤慨した。彼女はそういう輩と同列に見られることを嫌う。

 もしも彼女が同行していたら、間違いなく淑女の嗜み(物理)が炸裂していたであろう。その場合、衛兵は顔面崩壊程度で済むだろうか。嫌な予感しかしない。

 イノリの予感を肯定するかのように、シキは拳に掌を打ち付けた。ぱん、と、乾いた高音が鍾乳洞内に反響する。彼女の表情はどこまでも真剣だった。

 

 本題に入ると言わんばかりに、シキはイノリへ向き直る。深緑の瞳には一切の揺らぎはない。

 

 

「ここはルシェ族の誇りと風習に法って、真正面から小細工なしで挑むべきよ。ドラゴンの死骸程度で引き下がってしまったら、『共闘する相手として不足である』とみなされてしまうわ」

 

「ルシェの兵団に対して、“私たちの戦う意志と勇気”を示すってこと?」

 

「その通り。そのためにも、私たちはこのまま正面突破すべきだと思う」

 

 

 イノリの問いに、シキははっきりと頷いた。

 

 

「陸の民の代表として、陸のルシェの代表として、私は海のルシェたちと向き合う必要がある。……だからお願い。今回の件、私に任せてほしいの。私の言葉を信じて、進んでほしい」

 

「シキちゃん……」

 

 

 力強い深緑の瞳。真夏の日差しを浴びてのびのびと生い茂る木々を思わせるようなそれは、誇りと意志で満ちている。

 多分、イノリが断ったら単独で進もうとするだろう。イノリに被害が及ばないよう、十分配慮をした上でだ。

 彼女の眼差しを真正面から受け止めたイノリは、力強く微笑んで頷いた。途端にシキが表情を輝かせる。

 

 

「但し、私も矢面に立つよ。陸の民の代表として、ノーデンス13班のリーダーとして」

 

「2人だけに責任を負わせるつもりはないぞ」

 

「僕たちも一緒に行きますよ」

 

 

 イノリの言葉を引き継いで、ソウセイとリヒトも頷いた。伊達に、人生の半分以上の年月で親友をやってきた訳ではない。

 シキが嬉しそうに表情を綻ばせた。「ありがとうみんな! 大好き!!」と言って、彼女はイノリたちに飛びつく。イノリたちもそれを受け止めた。

 

 優しい視線を感じ取って振り返れば、旧ムラクモ13班員たちがこちらを見守っているところだった。ユイとシラユキは感慨深そうに目を細め、ヒイナとマサハルが満足げに頷いている。ヨツミとリョウスケは感極まったように目を潤ませていた。

 

 

「ところで、お前等はどうするんだ?」

 

「え?」

 

「代表者だよ。陸の民の代表にして、ISDF代表。誰が矢面に立って、交渉および戦闘に臨む?」

 

 

 イノリや旧ムラクモ13班員たちに影響されたのか、ミカゲはちらりとヨリトモに視線を向けた。ISDF側から参加しているのは、ヨリトモ率いる特殊戦術部隊である。

 部隊の長という点では、ヨリトモが矢面に立つのが普通だろう。イノリはそう考えていた。しかし、イノリの予想は、ヨリトモの隣にいたユウマによって覆された。

 

 

「じゃあ、俺が矢面に立ちます」

 

「ユウマ?」

 

「提督、今回は俺にやらせてください。何事も挑戦してみろと言っていたじゃないですか」

 

 

 部下が自ら立候補するとは思っていなかったのだろう。ヨリトモは目を丸くしてユウマの名前を呼んだ。

 ユウマは涼し気な笑みを崩さず、意欲を示す。ヨリトモは顎に手を当て唸った後、ハッキリと頷き返した。

 教え子とは正反対に、興味深そうにユウマを見たのはミカゲである。紫水晶の双瞼が瞬いた。

 

 ミカゲからの視線を感じたのか、ユウマは彼の方へと向き直った。そのまま、調子を崩すことなく、ユウマは言葉を続ける。

 

 

「――それに、言われっぱなしで終わるわけにはいきませんから」

 

 

 ――しかしながら、ユウマの瞳には滾る炎が宿り、声の調子にも刺々しさがあった。敵意というにはあまりにも無垢で、敬意というにはあまりにもドロドロしている。強いて言うなら、対抗意識。

 イノリにはユウマの発言は理解できなかった。だが、ミカゲは彼の言葉から何かを察したのだろう。目を瞬かせた後、眉間に皺を寄せた。まるで「しょうもない事実に気づいてしまった。気づかなければよかった」と言わんばかりに。

 

 ユウマは笑いながら「“泥をかぶるのが軍人の仕事”ですしね」と締めくくったが、ミカゲは何か言いたそうにヨリトモへ向き直った。ヨリトモも渋い表情を浮かべていたが、部下の自主性を信じることにしたらしい。黙したきり、何も語らなかった。ミカゲも追及することをやめたようで、小さく肩をすくめた。

 

 

「なら、私も一肌脱がなきゃいけないわね」

 

「そんなの要りませんよ。貴女は以前、『自分には一生、そういうことをする必要もないし、その相手もいない』と言ってたじゃないですか」

 

「………………何を勘違いしているのか知らないけれど、今回の“一肌脱ぐ”って言うのは“貴方のサポートをする”という意味よ?」

 

「ははは、冗談ですよ。だからそんな三白眼で睨まないでくださいって」

 

「まったく。それでこじれたら、私が巻き込まれるってのに……」

 

 

 ひとしきりじゃれ合った後、ユマは額に手を当ててため息をつく。対して、ユウマはどこか砕けた調子で笑っていた。……やはり、この2人は本当に仲がいい。

 イノリはそっと目を逸らした。そして、もやもやと湧き上がってきた感情に蓋をする。今はそれよりも、重要なことがあるじゃないか――そう、言い聞かせた。

 

 矢面に立つ代表者たちが決まったところで、イノリたちは前を向いた。ドラグメガマウスの死骸が転がる先に、奥へと続く一本道がある。

 この奥には、クラディオンの勇敢な兵士たちが待ち構えているのだ。陸の民/U.E.77年代表の人間として、気を引き締めなければならない。

 イノリたちが決意を新たに、一歩踏み出す。そのタイミングにつられたかのように、奥の岩場から人影が2つ、姿を現した。

 

 

 




リアルがバタバタしていたのと、牧場物語最新作および世界樹の迷宮Ⅴをやってました。最近は専ら、世界樹Ⅴをプレイしています。迷宮踏破まであと3F。初見時、5層と6層で「ついに世界樹もここまで来たのか」と感嘆しました。
そいつはさておき、今回のお話は、改定前とは構成を変えて加筆修正しました。そこまで大幅なものではありませんが、結果的に“ユマさんが色んな意味で地雷をぶち抜いた”お話となりました。まだ地雷はあるけどね!
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