百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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現れいでる -ニート邂逅篇-

 

 

「興味深い……」

 

 

 勝利に湧くニンゲンたちを眺めながら、フードに身を包んだ仮面の男は息を吐く。杖で体を支えながら、男はニンゲンたちの背中を見送った。

 

 

「この短期間で、帝竜を屠る力を宿すとは」

 

 

 ほんの少し前まで、あのニンゲンたちは帝竜を倒すことなどできなかった。1人規格外はいるが、理由あって今は、脆弱なニンゲンたちと同格になってしまっている。

 しかし、あのニンゲンたちは爆発的な勢いで成長している。慈母による“作為”があったとしても、あの成長速度は予想以上だ。彼女も喜んでいるに違いない。

 

 あのニンゲンたちは、真の“狩る者”となり得るのか。それとも、竜の糧として喰われるのか。どちらにしても、ニンゲンという命の行く末は興味深い。

 古き命を喰らい、進化するのが命の理。命は巡り、新しき命を紡ぐ。決して途切れぬ循環を、男はずっと見てきた。命の種を蒔き、数多の命を生み出した。

 男の役目は“生み出す”こと。生み出された命はサイクルを繰り返して、命は淘汰を繰り返す。役目を終えた男は、その行く末を静観し続けてきた。

 

 その果てに、数多の命が糧と消え、6つの命が“進化の極北”へと至る。

 7つめの命もまた、産声を上げようとしているのだ。慈母はその瞬間を待ち焦がれている。

 

 

「脆弱で貧弱……しかし、この輝きは――」

 

「――『“極北の果てに生まれ出る命”として相応しい』ってか?」

 

 

 背後から聞こえた声に、男は思わず振り返った。そこに居たのは、年若い青年である。不気味な目が描かれた黒いバンダナを頭に巻き、刃を思わせるような白銀の髪を腰まで無造作に伸ばし、橙と灰色基調のつなぎを着ていた。目元は、蜻蛉の複眼を思わせるような緑のサングラスで隠されている。

 男は思わず身構えた。……と言っても、役目を終えたも同然の男には、青年に対抗する術など殆どない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは、すぐに理解できた。――そして、この青年が、“この世界”にとって異質な存在であることも。

 

 

「汝は……」

 

「おおっと! 今の俺は()()()()()()ただのニートだ。出来事を脇から眺めるだけの傍観者にすぎんよ」

 

 

 怪訝そうな表情を浮かべた男に対し、青年は両手を上げて苦笑した。その態度は苛立たしさを助長させる。

 

 

「“()()()()()()()”存在が、“未だ因果に縛られる紡ぎ”の世界に、何用がある?」

 

「分からん」

 

 

 青年の言葉を聞いた男は、思わず彼へと向き直る。

 

 ……今、こいつはとんでもないことを言わなかったか。

 目的を持たずして、こんな場所に流れ着いた、と?

 

 

「――は?」

 

「おまけに、“ここ”には俺が働く場所も理由もない。そこにはもう、既に“奴ら”が納まってるからな」

 

 

 青年はそう言って、鍛冶場の出入り口へ視線を向けた。過去の遺物、規格外の1人へ想いを馳せているのだろう。

 朋友(とは認めたくないが)ニアラを撃退し、フォーマルハウトを狩った張本人と、それを取り巻く思念体へ。

 

 

「……ならば、汝は“ここ”で何を成すと言うのだ?」

 

「知らない」

 

「――あァ?」

 

 

 あまりにもあんまりな発言に、男は思わず声を上げていた。円熟した生命体が出すような、粛々とした声色とは程遠い。そこで、男は己がイラついていることを自覚した。

 感情的になるなんて、己が1つの意志の名に()()()()て以来、久方ぶりのように思う。自分にもまだ未成熟なモノが残っていたというのだろうか?

 仮面の下に納められた己の瞳がどうなっているのか、男は理解しえない。ただ、目の前にいる青年はきちんと理解していたようだった。珍しそうに目を丸くした後、肩をすくめる。

 

 

「おいおい、怒るなよ。怒って嘆きを叫びたいのは俺の方だ。俺は、俺以上の()()()によってぶち込まれただけにすぎん」

 

 

 彼はそうぼやくなり、忌々しそうに天井を睨む。彼の眼差しの先には、彼にとっての()()()()()()が存在しているのだろう。てっきり、青年が極点だと思っていた男は目を瞬かせた。こいつの上には上がいる――ああ、考えるだけで疲労感がのしかかってくるのは何故だ。

 

 青年は深々とため息をつく。奴のことは“傍若無人な()()()()()()”と認識していたが、所詮は己も井の中の蛙。役目を終えた命とはそんなものらしい。

 2番目を司る残酷なる慈母であれば、「そう考えられるってことは、まだまだ成長できるという証。成長こそ愉悦!」と喜んだであろう。きっと、いい笑顔に違いない。

 彼女の笑顔を鮮明に浮かべられるあたり、自分もまだまだ未完成だと言えそうだ。――なんて、無意味な思考に浸る。青年は相変わらず面相くさそうな表情をしていた。

 

 

「しかも、この世界には既に種が蒔かれている。俺たちが蒔くべき種なんて存在しない程にな。それでもぶち込まれたってことは、“アレ”には何か思惑があるんだろうよ」

 

「――今目の前にいる汝も、汝をここへと送り込んだ()()()も、最早我々の手の付けられぬ次元へと到達したわけか」

 

「分かる。分かるぞ、その『投げっぱなしの置いてけぼり』にされた感。この紡ぎをうろうろしてる中でも思ったことだし」

 

 

 青年は「可能性という名の地雷原」などとぼやいている。奴は異なる紡ぎで様々な結末を見て、世界を超えてきたのだ。文字通り、すべての竜を狩り尽し、極点へと至って見せた。

 彼が見てきた可能性の中には、何かを覆しかねぬモノもあったのであろう。未成熟故の要素が暴走し、風穴を開けた現場を目撃したのかもしれない。

 

 嘗て、彼は『未成熟な命が暴走した果てに開けた風穴』を目の当たりにしている。……正確に言えば、彼を構成している“誰か”だ。

 

 完全になりたいという願いを拗らせた挙句、神の領域に手を伸ばした何者かの姿。結局、その人物は、自分が下等生命と見下していた命たちによって屠られた。唯一絶対の存在になりたいと願った何者かは、結局何物にもなれやしなかった。

 その様を見た朋友が「余興にしてはそこそこ楽しめた」や「これだから人間は面白い」と言っていたことを思い出す。分かりたくもないことであったが、今ならその事象に対し興味を抱くことができそうだった。但し、彼/彼女とは違い、感慨はあまりないが。閑話休題。

 

 

「では、汝はここで何を成すつもりなのだ? 成すことがないのなら、この紡ぎに留まる意味もないだろうに」

 

 

 男は思わず問いかけた。自分たちのような上位生命体は、非生産的な行為を嫌うきらいがあった。

 効率化による最適化という価値観は、下位生命体の持つ葛藤や思考の違いによる衝突を失ったためであろう。

 そういう意味では、青年は異質な存在と言える。上位生命体でありながら、下位生命体の不完全さを併せ持つ。

 

 青年がここに留まるのは、ひとえに“下位生命体の持つ不完全さ”によるものだろう。男がそう思ったのと、青年が口を開いたのは同時だった。

 

 

「強いて言うなら、見届け人かな。……未練があるとするなら、多分それだ」

 

 

 何かを思い返すようにして、青年は目を閉じる。再び開いた眼差しは、どこまでも優しいものだった。

 揺れていたのは労いか、敬意か、愛情か。それを判別することは、男には不可能である。

 

 

「見届ける? それは、彼の者の行く末か?」

 

「それもあるけど、それだけじゃない」

 

「……では、何を」

 

「――“頑張った奴”を、褒めてやらなきゃいけないよなあって」

 

 

 何も言えないまま、言わないまま、何度も“()()()”来てしまったのだと青年は語る。サングラスの向こう側に、該当者が居るのであろう。

 それが誰かなんて、男に分かるはずもない。ただ、この青年は、“未だ因果に縛られる紡ぎ”の世界に未練があるようだ。

 おそらく、青年は己が抱え続けた未練に惹かれて“ここ”に留まることを選んだ。彼はそれを自覚しているし、どうすればいいかも理解しているらしい。

 

 

「絆される、って、こういうのを言うんだろうなぁ。毎回毎回、()()()顔を合わせる度に、ラウンジや会議室に連れ込まれるんだよ。前者は大食い勝負、後者は夜のプロレスごっこしようとするし。後者は逃げるの大変だったわー」

 

「…………」

 

「あのときは厄介極まりなかったんだけど、今思えば、アレ、“精一杯の甘え”だったんだろうな」

 

「…………」

 

「生まれながらの親としてやって来た分、そういう情緒に疎かったんだろう。自覚したとしても、“喰う”か“喰われてやるか”のやり方しか知らなかったんだ。無理もないかもしれんな」

 

 

 この言葉を聞いた途端、男は大部分を察した。青年の未練も、青年に迫った“誰か”の正体も、一瞬で理解してしまったのだ。男は頭を抱えて天を仰ぎたくなった。

 奴の発言を“誰か”が耳にしたら、どうなるだろう。そういう感情に関しては、“誰か”や自分たちは疎い傾向があるらしい。自分もまた、それを飲み込めていないでいる。

 

 青年は、自分たちと対を成す存在だ。それ故に、彼は“誰か”の“愛のカタチ”を受け入れなかった。青年にとって、“誰か”の愛は「愛と呼ぶには悍ましいもの」だったから。

 彼は“誰か”の愛を受け入れたわけではない。断じて、彼は『“誰か”が「“愛のカタチ”である」と主張し、続けてきた』行為を認めたのではない。

 認めるはずがないのだ。その身が進化の極北に近付いても、新たなる命の統合者――種を蒔く者としての資格を得ようとも、青年はニンゲンで在り続けようとするのだから。

 

 彼が認めたのは、ただ1つ。“愛のカタチ”を貫き通すために、何もかもを捧げたその在り方。“誰か”がすべてを賭して貫いた、揺るぎのない意志そのもの。

 

 

「それは、汝が統合者(なんじ)へと至る以前の感情(モノ)か?」

 

「いいや」

 

 

 男の問いに対して、青年は首を振った。

 

 

「俺はもう“彼”ではないし、“彼”もまた、俺には成り得ない。ましてや、俺たちをここに送り込んだ張本人の感情なんて無意味だ。――これは、俺の意志だ。そこにはもう、“彼”は関係ない」

 

 

 はっきりと言い切ったあたり、青年は個人としての意志を確立していた。“一個人”として、彼はここに立っている。

 

 すべての命の統合者に、下位種族が持ちうるような未成熟なモノ――感情、および情緒と呼べるものが存在するか。答えは否である。

 迷いもせず、立ち止まることもなく、己の役割を果たす――命の種を蒔き続ける――ために、最適化された行動をとり続けるのが上位生命体の行動理念だ。

 何度も言うが、この青年の在り方は異端なのだ。最適化された命を自負していた己ではあるが、成程。自分では臨むことが叶わぬ領域は、まだ存在していたらしい。

 

 

「この時点でその答えにたどり着くお前を見たのは初めてだ」

 

 

 こちらの思考回路を察したのか、奴は楽しそうに笑った。レンズ越しに、紫苑の瞳が細められる。

 青年にとって、今回の時間軸は予想外が多いらしい。彼の瞳は、退屈の文字は一切ない。

 

 

「まあ、それ以外に関しては基本ノータッチで行く予定だし。俺が何もしなくとも、あっちの件はあっちで、勝手にしっちゃかめっちゃかにしてくれるだろ。その分に関しては楽だわ」

 

「……戯言を」

 

「怖いな。“基本はニート”同士、互いに不干渉といこうや」

 

「我はニートではない」

 

「じゃあご隠居で」

 

「…………もういい。好きにしろ」

 

 

 青年はけらけら笑いながら踵を返した。彼の足元に咲いていた、白い花が花弁を散らす。

 

 透き通った青い光が弾け、そこにはもう彼の姿はない。

 命の種を蒔いたとき以上の疲れを感じながら、男はこの場から姿を消した。

 

 茶色く変色した葬送花の花びらが、散った。

 

 

 

■■■

 

 

 

 アトランティスの竜殺剣は、戦いの後、執政のタリエリに引き渡されたという。タリエリは以前から竜殺剣に懐疑的であり、それを携えた先王ユトレロが戦死したことが、竜殺剣の不信――および、玉砕作戦へと向かう決定打となった。

 ヒュプノスの巫女たちが残した伝承では、“『星を守りたい』という想いを持つ鍛冶師によって作られた竜殺剣が、同じく『星を守りたい』という強い意志を持つ心優しき勇者を担い手とすることで、初めて本来の力を発揮できる”という。

 元々、首都に住む上流貴族たちは、クラディオンの下層民を虐げていた。そんな折、ニアラ襲来という非常事態が発生したことで、民たちは一丸になって戦おうとしたのだろう。けれど、普段いがみ合っていた者同士が手を取り合うことは簡単ではない。

 

 “竜殺剣が力を発揮できなかったのは、作り手と担い手双方の想いが足りなかったのではないか”――それが、ユトレロから託された竜殺剣をタリエリへ引き渡した張本人・エーグルの見解だった。

 

 

「成程な。竜殺剣は執政のタリエリが持っていて、竜殺剣を鍛えられるのはアトランティスの王族だ。今となっては、女王ウラニアだけということになる」

 

「ちょっと待て! お前、どうしてそれを知ってるんだよ!?」

 

「俺のばあさんが言ってた。『竜殺剣を鍛えられるのは、オリハルコンの聲を聞ける王族の血筋だけだ』って」

 

「お前のばあさん何者なんだよ!?」

 

『マリナはオレのお嫁さんだよ! 食べることが大好きで、大好物はチョコバーなんだ! すっごく可愛いんだよ!』

 

「オレが知りたいのはそういうことじゃあねぇんだよ!」

 

 

 さらりとまとめたソウセイの言葉に、エーグルがぎょっとした様子で噛みついた。陸の民が竜殺剣の作り方に精通しているとは思っていなかったらしい。

 ソウセイの祖母に関してツッコミを入れたエーグルに対し、リョウスケが「待ってました!」と言わんばかりに惚気話を投下する。まるで漫才みたいだ。

 

 

『ほらほら、写真だってこんなにたくさんあるんだ! 見てよ! これが結婚式の写真!』

 

「いや、オレが知りたいのはそういうことじゃないんだって……――!?」

 

 

 リョウスケが指し示した写真画像を見たエーグルが目を剥いた。そこに映し出されたのは、リョウスケの妻でソウセイの祖母――2021年で発生した竜戦役で、竜殺剣を作り出したルシェの少女・マリナだ。鮮やかな桃色の髪を首まで伸ばし、目が覚めるような深緑の瞳を細めている。

 嘗て、アトランティカでソウセイがウラニアと顔を合わせたとき、彼はウラニアを祖母マリナと見間違えた。勿論、エーグルはその逆をいった。マリナの写真を指さした彼は、案の定、「ウラニア!?」と驚きの声を上げる。その声につられて集まってきたルシェ族の野次馬たちも、驚愕の声を上げた。

 髪型は違えど、ウラニアとマリナの面影は似通っている。マリナが“アトランティス最後の女王”のクローンなのだから、アトランティス最後の女王であるウラニアと瓜二つなのは当然のことなのだ。そんなことなど露知らず、クラディオンの民たちは、誰も彼もがざわめいている。

 

 しかし、彼らが湧きたった理由はそれだけではなかった。

 

 

「ウラニアさまのそっくりさんが抱きしめてる奴、ユトレロ王にそっくりだぞ!?」

 

「確かに、陛下が若かりし頃はこのような見た目だったな」

 

 

 エーグルが目を見張り、トグラウが感慨深そうにため息をつく。ルシェたちが指さしたのは、マリナに抱えられるようにして映っていたルシェ族の少年だった。

 確か、母と同じISDFの陸戦部隊でナビゲーターをしていた士官、明星ナユタ。祖父や父の次に、母のことについて詳しかった彼は、会うたびに亡き母のことを教えてくれたのだ。

 

 

「……ナユタさん、元気かなぁ」

 

 

 イノリはぽつりと呟いた。

 

 思えば、彼とは10年近く顔を合わせていない。音信不通だ。母の墓参りにも来ていないようだし、慰霊碑に花を手向けに来ることもしていない。

 ナユタは今、どこで何をしているのだろう。便りがないのは元気であることの証拠なのか、あるいは――なんて考えても、どうしようもないことだ。

 個人には個人の都合がある。超がつくほどのお人よしだと自称していたナユタのことだ。きっと、どこかで誰かを助けるために頑張っているのであろう。

 

 

「……ナユタ……?」

 

 

 次の瞬間、蚊が鳴くような掠れた声が空気を震わせた。

 イノリは声の方向に視線を向ける。

 

 そこにいたのは、酷く焦った表情を浮かべる伊倉ユマだった。海色の瞳に滲むのは、驚愕。

 

 

「あれ? ユマさん、ナユタさんのこと知ってるんですか?」

 

「え!?」

 

「明星ナユタさんです。以前、ISDFの陸戦部隊でナビゲーターをしていて……ああでも、随分前に辞めちゃったらしいから、軍関連としての接点はないですよね」

 

 

 明星ナユタがISDFを辞めたのは、イノリが物心つく前――母が亡くなった事件が発生した直後のことだ。ユマの年齢――外見からの推測であるが――からして、その頃の彼女はまだ軍人ですらなかったことは明らかだ。

 士官学校在籍時に噂を聞いて知っていたのだろうか? ……いいや、それはない。暁学園で教鞭をとる教師は他校の生徒情報にも目を向ける。特に、ルシェ族の士官候補生は珍しい。故に、ユマが士官学校出の軍人であるならば、父であるツカサの耳に入ったはずだ。

 しかし、父から「ルシェ族士官候補生が士官学校に入った」なんて噂話を一度も聞いたことがなかったし、ルシェ族の士官がいるという話を聞いたツカサは眉間に皺を寄せて驚いていた。胡散臭い“何か”を察知したと言わんばかりに。

 

 明星ナユタのことを語り継げるような軍人は、もういないはずだ。ISDF極東支部の全権をアクツが握る前後から、2020の系譜は軒並み迫害されてしまったのだから。

 だが、ユマはナユタのことを知っている。彼の名を聞いたとき、ユマは大きく目を見開いていた。こんなところで彼の名前を聞くことになるとは思わなかったと言わんばかりに。

 

 軍人としての接点が違うとするなら、残りは世界救済会の活動くらいか。

 

 ナユタは軍を辞した後、世界救済会の一員として世界中を飛び回っていた。何をしていたかは詳しく語らなかったけれど、多忙だったことは確かである。

 彼が東京へ帰ってくるのは年に数回――イノリの母を筆頭にした面々の命日――ぐらいなものだった。

 

 

「もしかして、ナユタさんが世界救済会関連の活動をしていたときに知り合ったんですか?」

 

「い、いいえ! ごめんなさい、人違いだったみたい」

 

 

 イノリの問いに対し、ユマはやや食い気味に答えた。しかし、どこか切羽詰っているように見える。そんな彼女に、違和感を覚えたのは何故だろう。

 

 これ以上何も追及するなと叫ぶ代わりに、ルシェ族の士官は口を結ぶ。愛想笑いで取り繕うとしているのは一目で分かった。

 だが、何故ナユタのことを隠すのか、イノリにはよく分からない。イノリの記憶の中にいるナユタには、後ろ暗いことなど何1つとしてなかったためだ。

 己自身の抱える闇もなく。他者に暗い影を背負わせるような行動とは一切無縁な、清廉潔白を地で行くような人。その背中を、イノリは今でも覚えている。

 

 この話は終わった、と、イノリもユマも思ったときだ。

 まるで飛び込むかの如く、自分たちの会話に割って入った人物がいた。

 

 

「待ってください、ユマ。嘘をつくのはいけない」

 

「ユウマさん? ユウマさん、ナユタさんを知ってるんですか?」

 

「ええ。その名前には聞き覚えがあります。最も、キミの語る『明星ナユタ』と俺たちの知っている『明星ナユタ』が同一人物かどうかは分かりませんが――っ!?」

 

 

 ユウマが言葉の続きを紡ぐことはなかった。背後から痛烈な蹴りがお見舞いされたためである。

 しかし、ユウマは苦もなくその一撃を回避し、相手を睨みつけた。

 

 

「いきなり何をするんですか、ユマ?」

 

 

 ユウマはユマを睨む。彼女の反応を咎めるかの如く。

 

 

「――ユウマ」

 

 

 ユマはユウマを睨みながら首を振った。

 そこから先は絶対に語ってはならぬと言わんばかりに。

 鬼気迫る女性士官の形相は、最早殺気に等しい。

 

 2人は暫し睨み合っていたが、両者ともに肩をすくめた。そうして、イノリの方へ向き直る。

 

 

「えーと……?」

 

「すみません、イノリ。キミを不用意に混乱させるような真似はしたくありません」

 

「そうよ。私とユウマが知っている方の『明星ナユタ』は、貴女の言った『明星ナユタ』とは無関係だわ。ごめんなさい」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げる2人に、これ以上ナユタのことを問い詰めるようなことはできない。口を真一文字に結んでいる様子からして、意地でも喋るまいとしていることが伺えた。

 ならば、イノリ如き小娘のために話すことは何もないのだろう。「分かりました」と言って、イノリは口を閉ざすことを選んだ。ISDFは規律という名の箝口令が敷かれた薄暗い組織だと、イノリは知っている。

 

 その闇を晴らしたくて、イノリはISDFの訓練校へ入学することを選んだのだ。

 自分が成そうとしていることは茨の道なのだと、2人の態度から改めて思い知った。

 それでも諦めない。イノリは拳を握り締め、ひっそりと決意を固めた。

 

 イノリは、わいわい盛り上がるルシェたちへ視線を向ける。彼らの中心にいるのは、マリナとナユタの写真を持ったを持ったリョウスケだ。

 

 

『ねえ、エーグル。オレのお嫁さん、この国の女王様とそんなにそっくりなの?』

 

「ああ。髪型は違うけど、凄くよく似てる」

 

『この子に抱きしめられてる子は、亡くなった王様の若い頃とそっくりなの?』

 

「そうじゃ。笑い方や髪型は違うが、とてもよく似ておるよ。……懐かしいのぉ」

 

 

 彼らの様子をまじまじと見ていたリョウスケが、エーグルとトグラウに問いかけた。2人は頷く。それを聞いたリョウスケが、静かに微笑んだ。

 

 

『……そっか。なら、ますます玉砕作戦は止めなくちゃいけないね!!』

 

「だな。これ以上、ニアラの好き放題になどさせん」

 

「お、おう……」

 

 

 俄然燃え上がるリョウスケとソウセイの姿に若干辟易しつつ、エーグルとトグラウは顔を見合わせた。

 

 時空を超えてやって来た地上の民が、滅びゆく海洋帝国の民たちが選んだ道――玉砕作戦について、熱を込めて反対している姿はさぞかし珍妙に映ったのだろう。しかし、イノリたちは知っている。“■■リョウスケの妻/風間ソウセイの祖母が何者であったのか”――そのルーツがアトランティスにあることを。

 ■■マリナ。2021年における第二次竜戦役で竜殺剣を鍛えあげた張本人にして、古代に栄えた海洋帝国最後の女王の記憶と力――ATLコードを有していたルシェ族の女性だ。ムラクモの技術によって2021年に再誕したマリナは、その力を駆使して13班の道を切り開いたと語り継がれている。

 時代背景から推測するに、アトランティス最後の女王はウラニアだ。つまり、リョウスケの妻/ソウセイの祖母のマリナとは、形は歪ではあるものの、ある意味で“先祖と子孫”と言えるだろう。……だから、2人はウラニアを助けたいのだ。そのために、アトランティスの玉砕作戦を阻止したい。

 

 

(……あの2人は、妻/祖母(マリナさん)との絆を今でも大事にしているんだね)

 

 

 イノリがそんなことを考えていたときだ。

 エーグルとトグラウはこちらの方へと向き直る。

 

 

「旅人よ。そなたらは、王族に……女王ウラニア様の元へ行くつもりなのだな」

 

「はい。ウラニア女王とは面識がありますし、話は聞いてもらえると思います」

 

「なんと……!」

 

 

 イノリの言葉を聞いたトグラウが目を見開いた。“ノーデンス13班がウラニアと知り合いである”という事実に、エーグルが目を瞬かせる。クリュティエ姉弟も驚いた様子だった。

 「すっげー。異邦人がウラニアと顔見知りだなんて……」と、モルスが感嘆の息を漏らす。彼は高揚しているのだろう。目が輝き、口元には嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 希望を見出したことで、周りのルシェたちも活気が満ちていく。メイヘムを倒す前のどんよりとした空気も、疲れ果ててやつれきった民の面影も、今はどこにもない。

 

 特に、この中で一番表情が輝いているのはエーグルだ。

 彼は輝かんばかりに笑みを浮かべた後、トグラウの元へと向き直った。

 

 

「長老、頼む! ウラニアと交渉させてくれ!」

 

「……まずは、執政官のタリエリ殿を通すのが筋というもの。そこだけは守るようにな」

 

 

 タリエリの名を出された途端、エーグルが苦々しく表情を歪ませる。どうやら、エーグルにとってタリエリは苦手な相手らしい。

 エーグルは助けを求めるが如く、モルスとウィータにアイコンタクトを送る。彼が何の合図を出したのかは分からない。

 しかし、クリュティエ姉弟はすべてを理解したようだ。真剣な面持ちで頷き返す。途端にエーグルとトグラウが不安そうな表情を浮かべた。

 

 そうして、誰かに想いを馳せるようにして天を仰ぐ。その眼差しに言葉を付けるとするなら、「可哀想に」、あるいは「ご愁傷さま」だろうか。

 

 

「どうしたのエーグル? そんな難しそうな顔をして。クリュティエ姉弟と件の執政官に、何か関わりがあるの?」

 

「あー……まあな。つなぎ役としては充分なんだが……」

 

 

 シキの問いかけに対し、エーグルは苦い表情を浮かべながらクリュティエ姉弟へと視線を向けた。先程の希望溢れた表情とは打って変わって、憐れみと呆れが混ざったような複雑な表情が伺える。

 どうやら、エーグルがこんな表情を浮かべる原因が、執政官タリエリとクリュティエ姉弟の間に横たわっているらしい。開くことに積極的ではない口元が、話しにくい内容であることは確かだ。無理に聞き出す必要はないだろう。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「感謝します、長老」

 

 

 イノリとユウマが礼を言えば、トグラウたちも柔らかに微笑み返してくれた。丁度そのタイミングで、ヨリトモが帰投の音頭を取る。

 今日はもう遅い。外から差し込む赤い光が、夕暮れ時であることを指し示していた。それに、メイヘムとの戦いが終わったばかりだ。

 

 明日、クラディオンでエーグルたちと落ち合う約束をして、イノリたちは現代――U.E.77年の東京へと帰還したのであった。

 

 

 

■■■

 

 

 

 国会議事堂には、千鳥ヶ淵へと繋がる地下通路がある。有事が合った際、そこが避難場所になっていた。実は、千鳥ヶ淵は隠れた花見スポットだったりする。現在は季節外れだし、そもそも立ち入り禁止区域だ。故に、ここには青年以外誰も居ない。

 ISDFや戦闘学校の関係者しか入れない決まりになっているのだが、青年はそのどちらにも該当しない。ここを管理している連中に発見されれば、即刻不審者として連行されるだろう。逃げ切る自信は充分あるため、気にしていないけれど。

 ここに立ち寄ったのは、この場所が青年にとって思い出深い場所だからだ。他にもいくつかの場所を回ってきたけれど、()()()()()()()ここが一番印象に残っている。愛に殉じた女が、己を喰らうべき命に祝福を残した場所だ。

 

 何度も()()()中で、その姿から目を逸らせなくなったのは何故だろう。満足そうに笑った女性が、寂しそうにこちらを見ていたことに気づいたのは()()()だったのか。

 

 青年は足元を見た。白い花が咲いている。

 それを目の当たりにした青年は、忌々し気に表情を歪めた。

 

 

「まったく、気を抜くとすぐこれだ」

 

 

 青年は吐き捨てるように呟き、白い花を踏みにじる。踏んでも踏んでも、次から次へと花が咲く。

 

 

「だから、俺は“■”じゃないっての」

 

 

 青年が苛立たしさをぶつけて踏みにじる花は、星に蒔かれた命を刈り取るために咲く葬送花だ。赤や黒とは違って毒性はないが、青年にはこの花を誇る趣味はない。

 己の咲かせた花を誇るのは、嘗て青年が統合者(じぶん)に至る以前、敵対し、狩っていた相手だけだ。特に、5番目の奴とは話が合わないだろうと思っている。

 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。白い花の花弁が舞う。次の瞬間、この場には何もなかったかのように花が消えた。葬送花が消え去ったのを確認し、青年は満足して笑った。

 

 花が咲く光景を見るのは好きだが、葬送花は嫌いだ。見ると全部踏み潰してしまいたいと願うくらいには。

 因果を()()()命の統合者(ごんげ)としての影響なのか、奴らに関連するモノを見ると苛立たしく思うのだ。

 

 

(そりゃあまあ、一歩間違えると()()の仲間入りしてしまうくらい不安定な存在だって自覚はしてるさ)

 

 

 青年は深々とため息をつく。どうせ花を咲かせるならば、色とりどりの花を咲かせたいものだ。勿論、葬送花ではなく、青年が知りうる限りの“普通の花”を。

 

 白い葬送花を咲かせてしまうエネルギーを、すべて別な用途へ転換する。その途端、青年の足元から沢山の植物が芽吹き始める。色とりどりの花が咲き誇った。風が吹き抜け、花弁が舞い上がる。青年が咲かせた花は、種類や季節、生息環境も無視した、統一感のない花たちだ。

 だが、明確な法則性はある。凛と咲き誇るエーデルワイスと、可憐な花を守るように群生するスイートピーとスイカズラ。この花が誕生花となっている人間のことは、青年はよく知っていた。

 それを起点とするようにして、様々な花が咲き始める。タチアオイ、サボテン、シラネリア、桃。その花を取り巻くように、カモミール、ナノハナ、レモン、ヒヤシンス、チューベローズが咲いた。まるで、取り巻く花を見守るように。

 

 青年は暫くそれを眺めていたが、静かに目を閉じた。

 

 深緑の葉を湛えた木々がざわめく。命の力強さを印象付けるような深緑は、あっという間に燃えるような赤茶色へと変色し、くすんだ枯れ葉へと姿を変えた。葉はあっという間に散って、この場一帯の木々は丸裸になる。

 しかし、次の瞬間、恐ろしい勢いで木々は花の蕾を付けた。淡い桃色の花はすぐに開花し、千鳥ヶ淵を彩っていく。現在の季節は夏だと言うのに、千鳥ヶ淵には様々な花が咲き乱れ、この場所を鮮やかに彩った。

 

 

「準備はこんなものかなあ」

 

 

 季節外れの花によって埋め尽くされた千鳥ヶ淵一帯を眺め、青年は満足げに頷いた。あとは、この光景を見たら喜びそうな相手に声をかけるだけである。

 相手が根城にしている場所へと赴く中で、何を言えばいいのかを考える。()()()自分はあくまでも傍観者。仮面の男と同じ、行く末を見届ける者だ。

 

 程なくして、青年は目的地へと辿り着く。有明にある大手ゲーム会社――ノーデンス・エンタープライゼスだ。夕焼けに照らされた施設外は閑散としている。青年は迷うことなく、ノーデンスへと足を踏み入れた。受付嬢に声をかける。受付嬢は、青年の存在を見学と判断したらしい。事務的な挨拶を返してきた。

 

 

「すみませーん。お宅の社長に取り次いでもらえないかな?」

 

「失礼ですが、アポイントメントは取っていますか?」

 

「いいや。でも、火急且つ重要案件に関する話なんで」

 

 

 青年の言葉を聞いた受付は、目に見えて困った顔をした。アポなしで突撃してきた来客を、どう捌くかで悩んでいるのだろう。

 勿論、これは予測済みだ。青年には餌がある。このエサを撒けば、即座に、該当者――アリーが血相を変えて喰らいついてくる確証と自信があった。

 

 

「分かった。取り次ぐのが無理なら、社長へ大至急言伝を頼む」

 

 

 青年は、くつりと微笑んだ。

 

 

「“千鳥ヶ淵の、花見の件”。……そう言えば、社長には伝わるはずだ」

 

「……は、はい。必ずお伝えします」

 

 

 伝言内容の意味が分からず困惑する受付嬢を尻目に、青年はノーデンスのカフェテラスへと引っ込む。適当に飲み物と食べ物を注文し、頼んだものが来るのを待った。

 遠くの方がやけに騒がしい。社畜ゾンビと化した社員に紛れて、ISDFの連中もあくせく動き回っている。あの調子だと、該当者がこの単語を耳にするのは深夜だろうか。

 

 

(まあ、いいけど。どうせ今の俺はニートだ。時間は幾らでもある)

 

 

 青年はそんなことを考えながら、頬杖をついた。

 

 本棚の雑誌は“紡ぎ”を超える度に読み漁っていたため、今では丸暗記できるようになってしまった。内容はどの“紡ぎ”も大体一緒である。それを1から思い出すだけで、適当に時間を潰せた。喜ぶべきか悲しむべきかよくわからない。

 それでも本棚に視線が向くのは、青年の中に存在する意志の1つが『本棚の中にある雑誌の内容を知らない』ためだ。つい最近、新しく加わった“彼”は、元来好奇心旺盛なタイプである。自分が知らないことで興味を持てば、引き寄せられるのは当たり前のことだ。

 

 

「……読むか? 雑誌」

 

 

 青年は、視線を虚空へ向けて、“誰か”に問いかけた。

 一拍おいた後で、青年が再び口を開く。

 

 

「いいのですか? ――ああ」

 

 

 青年は囁く声色でそう言うと、席を立って本棚へと歩き出した。本棚に入っている雑誌は様々で、有名な政治経済のものから3流のゴシップ記事まで取り扱っている。

 果たして、“彼”はどんな雑誌を手に取るだろうか。青年は生温かい気持ちで“彼”に主導権を明け渡した。己の手がゆっくりと動く。“彼”は雑誌を吟味しているらしい。

 “彼”が手に取ったのは、ISDFに関連する情報を扱う雑誌だ。青年は思わずぎょっとした――内容を知っていたが故のことだ――が、“彼”は気にすることなくページをめくる。

 

 案の定というべきか、“彼”は眉間に皺を寄せた。そのページに書かれている内容を、青年は“知っている”。

 

 ページ右上には壮年の男性――正確には、ISDF極東支部を取り仕切る総司令・アクツの写真が掲載されていた。自信満々に笑うアクツであるが、その笑みが余計に影を濃くしているように思う。どこからどう見ても悪役にしか見えない。

 実際、アクツやアクツに付き従う連中がやらかしてきた内容は真っ黒黒すけ。()()()()()()()一発アウトの違法満載だ。残念ながら、奴は証拠を闇に葬ることに関しては、S級能力者ですら舌を巻くレベルの天才である。

 

 

「間違った努力は、それ相応の報いとなって返ってくる。……ですよね?」

 

 

 “彼”は青年に問う。“彼”の言葉の意味を理解し、青年は苦笑した。

 

 

「……だな」

 

 

 当時のことを思い出し、青年はひっそり苦笑した。無力で不完全な己を脱却し、神になりたいと願い――けれども結局、何者にもなれなかった女の背中が脳裏に浮かぶ。何者にもなれなかった女を討ったのは、他ならぬ青年だった。

 “努力し続ける”姿勢。女もまた、S級能力者を超える強さを有していたのだ。だが、女自身はそれに価値を見出せなかった。己の望む才能という物差しが暴走した果てに何が起きたか、青年は一生忘れることはない。

 

 

「だから。――だから? ――その報いに便乗して何かをやらかしても、きっと誰も気づかないはずだ。……報いを受ける本人ですらも」

 

 

 そう言い切った“彼”は不敵に笑う。“彼”の眼差しは、悪役面した極東支部総司令に向けられていた。

 もしこの雑誌がノーデンス備え付けのもので、本棚に『雑誌は汚さないでください』と書かれた看板がぶら下がっていなかったら。

 確実に、“彼”はアクツの顔写真をズタズタにしているに違いない。“彼”は青年以上に、アクツを蛇蝎の如く嫌っているためだ。

 

 

(あ、荒れるな。今回の時間軸)

 

 

 今まで居なかった人物が加わったのだ。青年が知る通りに事が運ぶなんてあり得ない。

 

 ……あり得ないと覚悟はしていたが、まさか、この瞬間に確定してしまうだなんて思わなかった。人生万事塞翁が馬、何が起こるかを100%的中させることなどできやしない。

 穏便にしろとは言わない。青年自身も、アクツに対して穏便でいられるかと問われれば「いいえ」一択だからだ。だが、今までの時間軸で、表立って介入したことは皆無であった。

 

 

「アレへのしっぺ返しは、足りないか? ――自業自得な最期だとは思いますよ。自分の最高傑作に殴り殺されるとか、聞いただけで嗤いが止まらない。――では、何故? ――最高傑作まで、アレの巻き添えになる必要はないかと」

 

 

 青年は一度言葉を切り、苦笑した。

 

 

「ほほう。あの浮気男を巻き添えと言うか。――巻き添え以外の何だっていうんです? アレが余計なことをしなければ、彼は“不完全な人間”として、愛する女性と一緒に生きる道を選べたかもしれない。――まあ、ある意味では被害者だよなァ。だが、あの浮気の件は許せない。――……。――……すまん。軽率だった」

 

 

 一瞬で昏い影を落とした“彼”の横顔を目の当たりにし、青年は居たたまれない気持ちになった。

 “彼”は一途な男である。青年を構成する要素の1つになった後も、生前愛した女性のことを想い続けていた。

 故に、先日見た光景――浮気疑惑――は、“彼”にとってとても堪える光景であった。

 

 このまま脱線した状態でいることはよくない。

 青年はすぐに話題を戻す。

 

 

「お前は、その最高傑作を“不完全な人間”にしたいと思ってるんだな?」

 

 

 青年の問いに、“彼”は静かに微笑み返した。

 

 

「当たり前です。彼もまた、ある意味では僕の教え子に当たるのだから」

 

 

 体の主導権は“彼”にある。“彼”は雑誌のページを1枚めくった。次のページには、ヨリトモ提督率いる特殊部隊の精鋭たちを取り扱った特集が組まれていた。

 それを見て、青年は思わず目を見開いた。如月ユウマと伊倉ユマにスポットを当てた記事など、今回の時間軸以外で見かけた記憶がない。

 

 記事内容に唖然としていた青年を横目に、ウエイトレスが料理と飲み物を運んでくる。硬直している青年の代わりに、“彼”は運ばれてきた料理を優雅に口へ運んだ。

 

 幸せそうに緩んだ口元を見て、青年は深々とため息をつく。“彼”の言葉を無碍に扱えないのは、嘗ての誰かも同じだったためだ。

 本当の意味で、腹を括らなければならないだろう。……何とも言えぬ予感を噛みしめながら、青年は天井を仰いだ。

 

 

「……やれやれ。今回の時間軸は、『超弩級のしっぺ返し』と『救いのないレベルの自業自得』が発生しそうだなあ」

 

 

 




今回は構成を変え、ちょくちょくとですがシーンを加筆しました。今回はニートさんが出張っている模様。巻き添えでISDF勢――特に、ユウマ、アクツ総司令に色々とフラグが建ちました。
イノリとユウマの青春は次回に持ち越しとなります。いい加減甘いシーンが書きたいのですが、なかなかそこまで進みません。ユマ関連の勘違いやすれ違いはもう少し続きますが、生暖かい目で見守って頂ければ幸いですね。

本編とは関係ない版権の話になりますが、ポケモン最新作を両バージョン予約しました。リフレ+主人公着せ替え勢でありますが、発売が楽しみです。楽しみすぎた結果、某所でクロスオーバー小説を書いてました。実はundertaleも気になってます。
推しCPが決まると、彼ら中心の話を書きたくなるタイプ。しかも、そのためならクロスオーバーも辞さないという斜め上に飛んだ外道。こんな私の書く作品でよければ、今後ともよろしくお願いします。
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