百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ- 作:白鷺 葵
周囲に跋扈するマモノを、一刀のもとに切り伏せる。担い手の技量も相まって、ひしめいていたマモノたちはあっという間に駆逐されていった。傍から見れば順調この上ないように見えるだろうが、刀を振るう少年の表情は厳しい。
それに呼応するように、玉鋼の不満そうな
生み出されたばかりだと言うのに、随分とじゃじゃ馬な刀である。勿論、振るわれている打刀の声など、担い手である少年に届くはずもない。自分が刀の聲を聞くことができるのは、金属の聲を聞くことができる古の種族・ルシェだからだ。
因みに、この刀を打った技術者もまた、ルシェ族の血筋を引くハーフである。外見は人間としての特徴の方が強いようで、ルシェ族の女性特有である獣耳は生えていなかったが。閑話休題。
「ふー、終わりー」
「お疲れさま、フミカズ。データも充分集まったから、今日はもう帰ろう」
「了解ー! ああもう、本当に疲れたー!」
青年に声をかけられ、緑の髪の少年――フミカズは、額を流れる汗を拭った。張りついてしまった前髪をうっとおしそうに払いながら、彼は打刀に視線を向けた。
菫色の瞳は訝し気に揺れている。先程まで振るっていた打刀の性能を、強く疑問視しているようだ。打刀もその気配を察したようで、一層不満げに聲を漏らした。
「……カレンのことを疑う訳じゃないけど、この刀――
「またイロモノ装備作ったんじゃないよね?」と、フミカズは胡散臭そうに女性へ視線を向ける。紅色の長髪でグラマラスな女性――カレンは、眉の端をピクリと動かした。フミカズの発言を正しく理解した彼女は、ムッとしたように眉間に皺を寄せる。
「やあね、失礼しちゃうわ。フミカズさんが、この子の聲に耳を傾けようとしないから拗ねちゃったのよ」
「そんなこと言われたって困るよ。俺はルシェの血筋なんて引いてないから、コイツの聲なんて聞こえないし。この前の歌仙兼定の方が良かったなあ」
「……フミカズさんって、首落とす系の刀や喧嘩殺法を好む刀、闇討ち暗殺お手の物な刀と相性がいいものね。それじゃあ、小猫丸が嫌がって当然だわ」
「だーかーらー、そういうのに対応できないからイロモノ装備って言われるんだよ! 実戦は大抵“何でもあり”なんだから」
自分ばかりでなく、
業を煮やしたカレンは半ばひったくるようにして小猫丸を回収すると、持ってきていた手入れ道具で打刀を手入れし始める。その様は、機嫌を損ねた子どもをあやし、諭すかのようだった。打刀に語り掛けるカレンは、母性に満ち溢れている。
「これじゃあどっちが年上なんだか分からないよ」とフミカズはぼやく。彼の言葉通り、フミカズとカレンの年齢は外見と一致しない。少年のような姿のフミカズの方が、成熟した女性のような姿のカレンよりも年上なのだ。
2021年に発生した第5真竜フォーマルハウトとの戦いが終わってから長い年月が経過したが、竜災害の爪跡は各地に深く刻み込まれている。
「確かにフミカズの言うとおり、この子は扱いにくいじゃじゃ馬です。でも、この子のそれは、担い手であるキミが信頼するに値するかどうか試しているんですよ。……里親や新しい養父母に引き取られた子どもが、悪戯や非行に走るのと同じように」
難しい顔をして唸るフミカズを諭したのは、緑がかった金髪で浅黒い肌の少年――シロウだ。幼い外見とは裏腹に、身に纏う白衣につけられた身分証明には『生命化学研究部門・主任』および『旧ムラクモ機関機密管理部署職員』という文字が踊っている。
シロウの例えは的確であるが、だからといってフミカズが件の打刀――小猫丸を受け入れられるかと言われれば、恐らく「ノー」であろう。理解できたとしても共感できるとは限らないし、理解したとしても受け入れられるかどうかは別問題だ。相性の影響は大きいのである。
「聲が聞こえるなら、聲を聞ける人間が担い手になればいいのではないか」と言う人間もいるだろう。それだって、聲を聞き届けることができることと担い手になれるか否かも別問題だ。担い手になるためには、その武器を扱い慣れた熟練者でなければならない。
シロウとカレンは小猫丸の聲を聞き取ることはできるが、刀の扱いには精通していない。対して、フミカズは刀の扱いに長けているが、小猫丸とは相性が悪い。
前者は打刀と心を通わせられても、担い手の技量が追いつかない。後者は担い手の才能は充分だが、打刀と反目しているから武器の力を引き出せないのだ。
嘗て竜戦役を駆け抜けた英雄――刀を獲物として振るっていた恩師の場合、人間故に刀の聲を聞き届けることはできなかったけれども、刀に込められた想いに共鳴していた。
『13班! 竜殺剣が使えるのは1度だけ……。みんなの意志を貴方にあげる!』
『だから――どうか、勝利を!』
そう叫んだ
『――ああ、任せてくれ』
『散々好き放題暴れたんだ。……もう良いだろ?』
『――そこまでだぁぁぁぁぁああああッ!!』
竜殺剣――対竜戦において、絶対的な効果を持つ最強兵装。古の種族であるルシェ族の中でも、王族だけが扱うことのできる特殊金属・オリハルコンを用いて鍛刀された、人類および星の祈りそのものだ。
13班の活躍が過去のものになっていく中で、竜殺剣やドラゴンクロニクルの存在も無用の長物になりつつあった。曰く、「コストが割に合わない」、「量産することができない」「そんな非科学的なものに回す資材は無い」とのことらしい。
それでは、たった1回のチャンスにすべてを賭けた13班は“夢物語を真に受けたギャンブラー”ということになる。奴らは13班のことを馬鹿にしているけれど、彼らの活躍がなければ今がないことを分かっていないのだろうか。
『みなさん、聞こえますか!?』
『緊急事態だ! って、うわぁあ!?』
『大変なの! ミコトちゃんが、ミコトちゃんが産気づいた!!』
そんなことを考えていたとき、突如通信が入った。本部で自分たちのナビゲーターをしている双子――ミヤビとミナトが何かを言うよりも先に、紫苑の髪を束ねた少女――サクラコが割り込む。
『お、落ち着けってサクラコ! こんなときこそひっひっふーだ!』
『アンタは私に何を生ませるつもりなんじゃゴラァァァァァ! 残念ながらなあ、こちとらまだ何も孕んじゃいないんだよォォォォォォオオオオ!!』
サクラコを宥めようとしたミナトであったが、彼の発言は
彼女の職業は政治家だ。ひとたび議会に足を踏み入れれば、論客っぷりとカリスマ性を駆使して堂々と立ち振る舞う。巷では“可憐すぎる女政治家”で通っているが、地は――ミナトとの会話で推して図るべし、だ。
因みに、サクラコとミナトは婚約して5年が経過している。サクラコ曰く、ミナトからのプロポーズ待ちらしい。ミナトの方もプロポーズしようと頑張っているようだが、まともに切り出せないでいる様子だった。閑話休題。
サクラコたちが連絡してきたのは、仲間の1人であるミコトが産気づいたためである。
臨月だから安静にしなければと語っていたのは、今から1週間前の出来事だった。
「産気づいたって、予定日はまだ先じゃなかったの!?」
『と言っても、ミコトさんは出産未経験者ですからね。初めて赤ちゃんを産む妊婦さんの場合、予定外のアクシデントが発生しやすいんです』
フミカズの問いに答えたのはミヤビだ。普段から解説役は彼女が務めることが多い。その理由は、隣で魂を飛ばしかけているミナトの姿を見て察してくれれば幸いである。
ミヤビ曰く、ミコトは先程分娩室に運び込まれたそうだ。遠くから女性が力む声と、パニックに陥る男性2人の悲鳴が延々と聞こえてきた。流石の英雄も形無しと言ったところか。
「僕たちも今すぐ帰還します。――カレン、ナユタ先輩!」
「任せてシロウさん!」
「心得てる!」
シロウの号令に、ルシェ族の青年――
カレンと共に、ナユタはキーボードとウィンドウを展開する。
エンターキーを叩いた刹那、鮮やかな光が爆ぜて、自分たちの視界は真っ白に染め上げられた。
***
『もう一度調べ直してよ! カレンが――あの子が、有毒ガスを発生させるような実験を行うはずがないんだから!!』
父親の悲痛な叫びは、組織の闇に握り潰された。
組織は、命を落としたカレンに、すべての責任を押し付けたのだ。
『おかしいよ! だって、シロウはお酒が飲めないのよ!?』
『あの子はアルコールに対し、強いアレルギーを持っている。……だから、
死因の異常性を訴えた夫婦の叫びは、碌に取り上げられることもなく黙殺された。
不審だらけのシロウの死は、
『“狙撃犯の射殺”をもってして、すべてを隠蔽したってことかよ……!』
『畜生……ちくしょおおおおおおおおおおおおッ!!』
理不尽な幕引きによって、父親と婚約者を失った青年の慟哭が響き渡った。サクラコを死に追いやった実行犯は、口封じのため組織に殺された。
後に、婚約者とその双子の妹は、流行り病によって命を落とす。元々病弱だったこともあり、婚約者を失った兄が、兄を失った妹が、後を追うようにして亡くなった。
『――認めない』
『お前たちの判断が“正しかった”なんて、絶対に言わせないぞ……!』
組織の上層部によって見捨てられた娘の父親は、紫水晶の瞳をぎらつかせた。彼の手を引くミコトの娘は、ミコトが二度と帰ってこないことを理解できる年齢ではなかった。
ミコトの母親は泣き崩れそうになるのを堪えつつ、同じように見捨てられた人々の遺族に寄り添っていた。勿論、組織は沈黙を保ったままだった。
――残っているのは、あと2人。
■■■
「ユウマ、いる!?」
乱暴にノックを3回捲し立てた後、ユマは相手の許可を取るより先に扉を開けた。眼前に広がったのは、私室というには殺風景な部屋である。
部屋の主である如月ユウマは読書中だったらしい。彼は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、ユマを見返してきた。ユマはずかずかと彼の部屋に上がりこんだ。
ゆゆしき事態が発生したことを訴えようとして、ユマはふと目を留める。洒落の1つも理解できないような堅物のユウマには、似つかわしくないものを発見したためだ。
丁寧に乾燥させられた、白くて可憐な花の押し花。台紙の上に置かれ、綺麗にラミネート加工されたそれの上部には穴があけられており、穴には空色のリボンが結ばれていた。俗にいう栞/ブックマークと呼ばれるものだろう。
白と空色のコントラストに目を留めていたユマに気づいたようで、ユウマはそれに視線を向けた。
彼はゆるりと微笑みながら、栞を撫でる。彼の手つきは丁寧で、壊れ物を扱うが如く繊細だった。
「……何それ?」
「見て分かりませんか? 栞ですよ」
「それは知ってるわ。私が知りたいのは、『どうして貴方みたいな“洒落も理解できない、非合理的なものには興味関心がない、贈り物には縁がない”の三点セットを地で行く貴方が、こんな上品で洒落たものを持っているのか』ということよ」
「……ユマ。キミは俺を何だと思っているんですか」
ユマの問いに対し、ユウマは面倒くさそうにため息をついた。だが、彼はきちんと戦況を分析できたようで、両手を上げて降参のポーズを取った。
「花を貰ったんです。……女の子から」
「へぇ……」
「枯らしてしまうのがどうしても惜しくて。困っていたら、博士が『押し花にするといい』と教えてくれたんです。どうせなら実用的なものにしようと思いまして、栞にしました」
そう口にしたユウマの口元は、柔らかに緩んでいた。普段のような作り物の如く爽やかな笑みとは違う。相手を慈しむような笑みだった。
常に好青年を張り続けるオコチャマが始めて見せた感情。誰かを好きになり、慈しみ、大切に思う――人間として必要不可欠な情緒である。
しかも、栞になった花をユウマに贈ったのは、異性――オンナノコだというのだ。ユウマの態度からして、興味が湧くのは当然と言えよう。
「さあさあ、そのお話をお姉さんに聞かせて御覧なさい。……いいえ、今すぐゲロってもらおうか!」
「……黙秘権は」
「却下で」
ユマから逃れようと身じろぎするユウマの退路を塞ぐ。暫くの間、ユマとユウマは無言の応酬を続けていたが、観念したのはユウマであった。
彼は深々とため息をついて、訥々と話し始める。生まれてから4年目までの記憶が曖昧だと前置きしたユウマであるが、少女からこの花を受け取ったのも丁度その頃だという。ユウマは上層部の人間に連れられ、誰かの葬儀に参列したらしい。
参列と言っても、ただその場にいただけだと彼は語る。何もすることがなくて手持無沙汰になっていたユウマは、縁側で泣いている少女と出会ったらしい。本人曰く
泣いていた女の子は、亡くなった人の遺族だった。遺族は少女を守って命を落としたようで、彼女は「自分のせいでその人が死んでしまった」と、いたく自分を責めていたという。
ユマの脳裏に、サバイバーズギルトという単語が浮かんだ。災害や事件で生き残った人々の中には、“自分は本当に生き残ってよかったのだろうか”と思い悩む者もいるらしい。
ユウマの話から察するに、件の少女は周囲から責められていたのだろう。腹立たしい限りだが、この世の中には、命からがら生き残った生存者を罵る心無い人々もいる。
文字通り“崖っぷち”だった悲劇のヒロインを、目の前にいるオコチャマがどんな形で救い上げたのだろう。
顔の造形は比較的いい男の子なのだ。その様は、白馬に乗った王子様よろしく、さぞかし絵になるに違いない。
「それで? ユーモアのセンスが壊滅的な貴方は、どんな風に、悲しみに暮れる乙女に寄り添ったのかしら?」
「『だったら、キミが証明すればいい』と言いました」
「……はァ?」
「『彼が命を賭けて救う価値が自分にはあったのだと、証明すればいい』、『そのためには、キミはもっと強くならなくちゃいけない。こんなところで泣いているような暇なんてないんだ』と言いました」
「ハンカチを差し出したら、泣き止んでくれましたよ」と。それはそれは綺麗な笑みを浮かべるユウマに、ユマは度肝を抜かれた。
コイツもコイツだが、コイツの言葉で泣き止んでしまった女の子も女の子である。なんとまあ、奇特な組み合わせであろうか。
――そして、その別れ際に、ユウマは少女から花を貰ったという。
白くて可憐なエーデルワイス。この花を手渡した少女もまた、きっと可憐で凛とした、花のような子だったのであろう。
想像の翼を羽ばたかせたユマを横目に、ユウマは微笑む。栞に向ける眼差しは、これ以上ない位に優しかった。
蕩けるような微笑を目の当たりにし、ユマは思わず目を丸くした。人間味の薄いユウマが――本人は無自覚であるものの――好意という感情を発露させている。
ベキ論と大義名分を語るだけのスピーカーがこんな風に笑えるなんて! 目の前に居るのは、どこにでもいる若者だ。淡く優しい想いを慈しむ、青春真っ盛りのオトコノコ。
そこまで成長したユウマを、“ニンゲン”と呼ばなくて何と呼ぶのだ。先輩として、教育係として、これ程嬉しいことはない。胸の底から湧き上がった感情を噛みしめる。
「……なんだ。貴方のこと、ダメダメなオコチャマだと思ってたけど、私の目が節穴だったみたい」
「おや。ようやく、俺に対する認識を改めてくれるんですか?」
「ええ。ダメダメなオコチャマというのは撤回するわ。貴方は一丁前の“オトコノコ”よ、ユウマ」
ユマは茶化すように笑った。ユマの態度が「ユウマを一人前だと認めていない」と察したユウマは、拗ねるように口元を尖らせた。
認めてほしい、自分は一人前だ――そう主張する人間ほど、一人前とは言い難いものである。その事実を、ユウマはまだ理解できていない。
軽やかな気分で歩き出そうとして、ユマは止まった。ユウマの元へ乗り込んだ、肝心要の“ゆゆしき事態”のことを、すっかりド忘れしていた事実に思い至ったからだ。
「そうよ、そうだわ! 思い出した!」
「一体どうしたんですか。先程俺の部屋にやってきたときもですけど、何かあったんですか?」
「ゆゆしき事態が発生したわ。ええ、とんでもない案件よ」
ユマのクソ真面目な顔を目の当たりにした途端、ユウマは迷惑そうな顔をした。若葉色の瞳が訝しげに揺れている。
この教え子は意固地だが、学習能力は悪くはない。ユマの自由奔放さに慣れてきた証拠であろう。
しかし、まだまだだ。この教え子は揉まれ慣れていない。人間社会というものは、人が思っている以上に過酷で理不尽なのだ。
クソがつくレベルで反吐が出る輩のために命を張らなくてはいけないこともあれば、上層部のくだらないプライドのために振り回されなくてはいけないことだってあり得る。そう考えれば、伊倉ユマの言動は、彼らより何倍も良心的ではないか。
……もしこの場にシズクがいたら、「進んで奴らと同等になり下がるような子に育てた覚えはないぞ」と怒り狂いそうだ。長いお説教は勘弁して頂きたい。シズクの説教は、今月に入って既に15回目である。大体がユマの理不尽な言動を咎めるものばかりだった。閑話休題。
「正直訊きたくないですけど、敢えて問います。“ゆゆしき事態とは何ですか?”」
「よくぞ聞いてくれたわね! 原因はただ1つ。私の教育係を務める、自意識過剰な気障野郎のことよ」
「ああ、雪待一尉のことですね。彼がどうかしたのですか?」
「私、今朝からシズクと話をしていないの」
ユウマは視線を逸らし、面倒くさそうにため息をついた。「なんで、そんなことか」と零した呆れ声は、殆ど無意識的な反射で行われたものだ。ユマとシズクがユウマの教育係に任命されてもうすぐ1ヶ月になるのだが、彼はユマとシズクたちの何を見てきたと言うのか。
「呆れた! 貴方、私たちと一緒に過ごして1ヶ月になるんでしょう!? あのシズクが、私に話しかけないことなんてあった!? どこへ行こうとすぐに私を見つけて、息をするように私を口説いてくるあの男が! 朝はモーニングコールから始まり、夜はおやすみなさいの挨拶まできっちり交わす、変に気真面目で律儀なあの男が!! 今日に限って、モーニングコールの1本も寄越さないのよ!?」
「…………まあ、普段と明らかに違うことは確かですね」
「でしょう!? シズクの奴、私の元部下――
シズクを見かけたという元部下の証言を思い出しつつ、ユマは頭を抱える。
堂島准尉はシズクが目をかけている軍人だった。彼の曾祖母は真竜襲撃時に自衛隊を束ねた堂島
彼を尋問するのには骨が折れた。シズクの行方について、頑なに口を割ろうとしなかったためである。彼に真実を吐かせたのは、ユマにとって“目に入れるのも悍ましい食べ物”――ベジタリアン用のミールであった。ユウマの推しとは裏腹に、味は改善されていなかったことが発覚した瞬間であった。閑話休題。
「怪しいわ。絶対怪しい」
「キミの思い過ごしじゃないんですか? 非番のときに何をしようが本人の自由です」
「……アイツ、隠し事は多かったけど、誠実であろうと努めてくれたわ。何かあると、必ず私に一言声をかけてくれたのに」
ユマはため息をついて、ユウマのベッドに腰かけた。ユウマの咎めるような声を無視し、そのまま膝を抱える。背中を曲げたせいか、気分まで落ち込んでしまいそうだった。
初めて顔を合わせたときから、雪待シズクは奇特な男だった。我儘放題で獣のようなユマと真正面から向き合い、傍にいてくれた。彼の手を煩わせたことは1度や2度ではない。
ISDFがきな臭い組織であることは分かっているけれど、「絶対自分を裏切らないと確証を持って言える相手は誰か」と問われたら、ユマは迷うことなくシズクを例に挙げる。
シズクとは、ユマが7歳の頃からの付き合いだ。つうと言えばかあと返す仲だと思っているし、シズクもそう自負しているらしい。
勿論――本人には絶対言ってやらないが――、ユマも
思えば、ユマはシズクのことをよく知らない。ユマの知っている数少ないことは、シズクは突然自分の元に配属されてきた同族であり、自分に“不完全な人間”としての生き方――人間らしさを教えてくれた師であり、伊倉ユマという命そのものと真正面から向き合ってくれた、数少ない相手だった。
「シズクが私に何も言わないという時点で、アイツが大変な状況であることを察するなんて当然のことよ」
「ユマ……」
「私はずっと、シズクを見てきたの。誰よりも一番近くで、アイツを見てきたと自負している」
目を閉じれば、無表情な教育係の姿が浮かんでは消えていく。表情は変わらなかったけれど、彼の眼差しと声は、雄弁に感情を奏でていた。
惜しみない優しさの奥底に、現しようのない悲哀が滲み始めたのは最近だった。何かを覚悟し諦めたように目を伏せる頻度も増えたように思う。
「……アイツ、今、凄く苦しんでいるのよ。普段は指導されている側だけど、
だから、これは
「どうせ、俺が嫌だと叫んでも『上司の理不尽な命令をこなすのも部下の務め。これはその訓練である』と屁理屈を並べて、無理矢理引っ張っていくんでしょう?」
「なんだ、分かってるじゃない」
「貴女の面倒くささにはもう慣れましたからね。特に、雪待一尉のことに関しては」
涼しい顔で人の地雷を踏みぬいてくれたユウマに、ユマは「こんにゃろう」と軽口を叩く。勿論、クソ真面目を地で行くユウマは言葉使いが悪いと窘めてきた。
彼の小言が火を噴くよりも先に、ユマは無理矢理ユウマの腕を引いて廊下に飛び出す。「やめてくださいよ!」と叫んだ彼を敢えて無視しながら、ユマはずかずかと廊下を突き進んだ。
***
雪待シズクが部屋を出てきたのは、ユマがユウマを引きずってから15分後のことであった。シズクの手には、真っ白な菊の花束が2つ抱えられている。
『白い花は、死者を悼む気持ちの表れなんだ』
シズクがユマにそれを教えたのは、とある任務が終わったときのことだ。任務自体はどこにでもあるマモノ討伐だったのだが、共に戦場に出た兵士の中に死者が出てしまった。
当時のユマはまだ兵器としての側面が強く、死者を悼む気持ちよりも自分が生き残れた安堵でいっぱいだった。同時に、死んでしまった兵士のことを軽んじていた。
黒歴史的な意味で正直あまり思い出したくないけれど、口にするのも憚られる暴言を堂々と吐いたし、「邪魔ものがいなくなった」と内心清々していたレベルだ。
勿論、隣でそれを聞いていたシズクが黙っているはずもない。無言のまま頬を打たれた。
反撃しようと胸倉をつかんだけれど、ユマは何もできなかった。
『――彼だって、生きたかったはずなんだ。死にたくなかったはずなんだ』
『キミと同じなんだよ、ユマ一尉。キミと同じように、生きたいと願っていた命なんだよ』
彼の声が震えていたのを、覚えている。仏頂面で無表情だと思っていたシズクにも感情があるのだと――彼が他の研究員たちとは全然違うのだと知ったのは、これが始まりだった。
だって、他の研究員たちはユマが何を言おうと気にしなかった。何が正しいことで間違っているのかも教えてくれなかったし、ユマのために心を砕いてくれることもなかった。
研究者たちはルシェクローンの能力値だけを重要視していた。実際、測定値が前回の結果を下回ると長々と叱責されたし、廃棄処分をちらつかせてきた輩もいた程だ。
そんなとき、ユマを庇ってくれたのもシズクだった。彼はそれなりに人脈があるようで、ユマが人間らしく生きるための環境を整えるため奔走してくれたのだ。
彼には感謝してもしきれない。これは、伊倉ユマの本心である。ただ、毎度毎度顔を合わせる度に睦言を囁かれるのは精神的にクるものがあった。
……だからといって、今回のように“雪待シズクの睦言が一切ない”というのも、別な意味で精神的にクるものがある。
「あーあ。私ったら、意外と毒されてたのね」
シズクの背中を尾行しながら、ユマは深々とため息をついて自嘲した。
自覚はしているけれど、敢えて言葉になんかしてやらない。それが乙女の意地である。
「ユマ、いい加減認めたらどうなんですか? 意地を張るエネルギーを、もっと有意義な方向に使うべきです」
「このニブチン。察しなさい! でなきゃ到底、イイ男になんかなれないわよ?」
げんなりした表情のユウマの頭を軽くはたき、ユマはシズクの動向に気を配る。恋愛というものを理解できる情緒を自覚できないユウマは、未だに首をひねっていた。
恋の駆け引きも、恋する乙女のココロも理解できないとは!! やはり、彼を一端のオトコノコだと言ったのは早計であったか。心の中で評価を下方修正し、ユマは気配を隠す。
尾行中のターゲットは繁華街を過ぎて、人気のない区域に足を踏み込んだ。マモノが跋扈するラインに一番近いため、自衛手段を持つ人間しか入れない区域である。
ユウマもこの区画が国土奪還の最前線に近い場所だと知っていたようだ。訝しげな表情を浮かべつつ、シズクの背中を見つめている。ターゲットとつかず離れずの距離を保ちながら尾行を続ければ、シズクはようやく足を止めた。
(……ここは……)
切り立った断崖絶壁。眼下には大海原が広がっており、ごつごつした岩肌に白い波しぶきが弾けて消えていく。ここから落ちたら助からないだろうということは目に見えて明らかだった。
柵で封鎖された前には、シズクの身長よりも一回り小さな石碑が立っている。石碑には『U.E61年 犠牲を忘れない』と刻まれていた。その下には、犠牲者の名前らしき文字が刻まれているようだが、ここからでは視認することは不可能だ。
シズクは花束を石碑の上に置いた。何かを懐かしむように目を細め、まるで旧友に話しかけるように優しく石碑に語り掛ける。風の音と波の音にかき消されてよく聞き取れなかったが、彼の眼差しは死者への鎮魂が込められているように感じた。
一通り何かを語り終えたシズクは、迷うことなく柵へと歩み寄る。危険立ち入り禁止の看板を無視し柵をまたぐ姿に、思わずユマは我が目を疑った。立ち入り禁止の看板を律儀に守る男が、躊躇いなく看板を無視するなんて!! 何度眼をこすっても見間違いではない。
雪待シズクの暴挙に衝撃を受けている間に、彼はずかずかと足を進める。そうして、崖の先端で足を止めた。躊躇うことなく花束を海へ投げ入れる。
死者への弔い。白い花は花弁を散らしながら、あっという間に波間に飲まれてしまった。彼は暫く黙祷していたが、くるりとこちらを向き直った。
紫苑の双瞼は、丁度ユマとユウマが身を潜めている場所を見据えている。やばい、と思ったときには時すでに遅し。
「……やれやれ。日本の治安維持を担うISDF隊員がストーカー行為を働くとは、世も末だとは思わないか? ユマ一尉、ユウマ准尉」
仏頂面の男は、どこか茶化すような響きを宿してそう言った。咎められるとばかり思っていたのだが、彼の声は酷く優しい。
心なしか、紫苑の瞳はゆるりと細められたように見える。むず痒さに耐え切れず、ユマは割り込むように姿を晒し、声を上げた。
「そういう貴方こそ! 今朝から不審な行動をしているから、治安維持部隊にマークされるんでしょう?」
「ユマ。やはり、キミは素直になるべきですよ」
「黙りなさい」
余計なことを口走ろうとしたユウマの口をふさいだ。ユウマの口からむがむがと非難の声が漏れる。だが、シズクという男は、ユマが想定している以上に聡い男だった。
「そうか。キミは僕のことを心配してくれたんだな」
「だからどうしてそうなるのよ!? ああもう嫌になっちゃう!」
背後で噴出す気配を感じつつ、ユマはシズクから視線を逸らす。丁度、ユマの視界に、シズクが花を供えた石碑が飛び込んできた。先程は距離があって見えなかった名前もまた、はっきりと視認できる。
彼/彼女の名前は、どこかで見聞きした覚えがある。U.E61年という年号も、ユマの心に引っかかった。ユマが疑念にたどり着くよりも、ユウマがその答えにたどり着く方が早かった。ユウマははっとした顔でシズクを見る。
「もしかして、11年前に起こった“事故”の――」
「――“事故”? “事故”だと?」
ユウマの言葉に、シズクの眉がぴくりと動いた。優しさを湛えていたはずの瞳が急激に歪む。溢れたのは、激情。
「ふざけるな、ふざけるなよ! アレは“事故”なんかじゃない。“事故”という二文字で片付けられてたまるものか!!」
地の底から轟くような怒声に、ユマとユウマは思わず息を飲んだ。
今、自分たちの前にいるはずの“雪待シズク”という男が別人のように見えたのは何故だろう。
冷静沈着で落ち着き払った相棒・雪待シズクの姿はどこにもない。――では、目の前で怒りを露わにするこの男は一体
恐怖にも似た予感に、自分の獣耳がびくりと震える。悪寒が背中を撫でてきたような感覚は、しかし、「すまない」と頭を下げたシズクによって拡散した。
彼は石碑に向き直った。紫苑の瞳は悲しみに満ちている。シズクの眼差しは石碑に向けられてこそいるが、犠牲になった人々の姿を見ているに違いなかった。
「……友人が、ここで亡くなっていてね。今でも僕は、彼女の死に疑問を持っている」
シズクは、訥々とこの石碑のことについて語り始めた。
「U.E61年当時、この断崖絶壁の敷地にはISDFの研究施設があった。竜因子戦術部の前身とも呼べる部署でな、マモノに竜因子を植え付ける実験を行っていたらしい。正直な話、旧ムラクモのデータベースを悪用するためだけに作られたトンデモ部署だな。先人の残した遺産をそんな形に使うなど、愚か者のすることだ」
「お言葉ですが雪待一尉。それは、来るべき真竜との戦いのため――むぐっ!?」
話の腰を折ろうとしたユウマの口を塞ぎ、ユマは目で続きを促した。シズクは一瞬目を瞬かせると、静かに目を細める。
気のせいでなければ、シズクの口元がほんの少しだけ緩んだように見える。シズクは静かに空を仰ぐ。
「その割には警備が手薄だったらしくてな、研究所から竜因子を植え付けたマモノ検体が脱走した。施設の機材を破壊し、人間もマモノも見境なく襲い掛かった。マモノが市街地に出れば、民間人に被害が出てしまう。もし民間人に被害が出れば、この研究のことも表沙汰になり、ISDF極東支部の権威は失墜するだろう。……それを恐れた上層部は、渡来ミコト一尉率いる対マモノ陸兵戦術部隊を派遣して、事態の収拾を命じたんだ」
彼の言葉を聞いて、ユマはようやく合点がいった。11年前に発生した“事故”――『ISDFの研究施設が、マモノが引き起こした地盤沈下によって丸ごと海に沈んだ』という内容のものだ。研究員や警備員の人命救助を行っていた対マモノ陸兵戦術部隊――通称ミコト班全員が
当時、ISDFはかなり大騒ぎになったらしい。毎日遺族たちが説明を求めて押し掛け、原因の究明を叫んでいたという。結局、犠牲者たちの“事故死”は覆らなかった。遺族たちも粘ったのだが、ISDFは最後の最後まで“事故”であることを強調し続けて決着させたそうだ。……というのが、ユマが幼い頃に聞いた話である。
「まるで、実際に目にしたかのような語り口ですね」
「……話を続けても構わないか?」
「どうぞ」
「ありがとう」
ユウマの茶化すような言葉に対し、シズクは話の腰を折られたことに対する不満の色をあらわにした。
臨場感あふれる語りの理由は、断じて口にするつもりはないらしい。空気を読めないユウマにしては珍しく、彼はシズクへの追及を止めた。
シズクは小さく会釈をし、話を続ける。――語られたのは、ISDFの公式発表とは全く違うものであった。
「……対マモノ陸兵戦術部隊は、見捨てられたんだよ。研究データの移送が終わり、研究員たちの救助が終わり、ミコト班も脱出しようとした。だが、彼女たちの前に立ちはだかったのは、脱走した検体の中でも凶悪なヤツでね。彼女たちも善戦したんだが、マモノの勢いに押し切られかけてた。このままじゃあ検体が市街地に出てしまうと思ったんだろう。上層部の連中は、検体と戦うミコト班ごと、研究所を吹き飛ばしたんだ」
「非合法な研究をしていた証拠も消せて一石二鳥だな」――シズクはそう締めくくった。ユマはひゅっと息を飲む。ISDFが火事場泥棒のような組織であることは知っていたが、ユマが想定している以上に、この組織は腐敗していたらしい。
それに否を唱えたのはユウマだ。彼は「そんな証拠はどこにあると言うんですか!?」と、噛みつくように叫ぶ。
ユウマの眼差しは、“自分が所属する組織――ISDFは絶対正義だ”と信じて疑わない。
シズクはそんなユウマを見て、眉間に皺を寄せた。紫苑の瞳が悲しそうに揺れたのは気のせいではない。
「組織の力の前に握り潰された
彼の目には、ユウマとユマの姿が映しだされる。
「特に
紫苑の瞳には深い憂いが覗く。同時に、シズクの眼差しは、ユマとユウマに対する慈愛と期待で滲んでいた。
【参考および参照】
『セブンスドラゴンⅢ U.E.72 未完のユウマ』(カルロ・ゼン著)
『刀剣乱舞』より、『歌仙兼定』、『大和守安定』、『和泉守兼定』、『堀川国広』
『bokemaru.up.seesaa.net(http://bokemaru.up.seesaa.net/image/NNBBB2B9CD.txt)』より、『クラティア(権力、支配)』
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現在、第2章と第3章の幕間に相当。小猫丸やISDFが隠蔽した事故、対マモノ陸兵戦術部隊やユマの年齢はこの作品内におけるオリジナル設定です。陸兵戦術部隊は、「海があるなら陸にだってあるはず」という安易な発想によって出来上がりました。
個人的には、陸兵戦術部隊の犠牲者たちの名前に注目して頂けたら嬉しいです。因みに、今回名前だけ登場した堂島准尉はゲーム本編篇にも絡む予定。ゲーム本編篇を『花が咲くまで』の物語という位置づけにするなら、『未完のユウマ編』は『種が蒔かれ、芽吹くまで』の物語になります。
私が書くユマは、ものすごく面倒な子になってしまいます。それ以上に斜めかっ飛んだ方向で面倒くさいのがシズク。そんな2人の間に挟まれたユウマは、ゲーム本編とは少し違う方面で鍛えられていく予定。目標は「ユウマに主人公補正をプラスする」ですが、うまくいけばいいなあ(願望)
因みに、どうでもいい補足ですが、ナユタ・フミカズ・ミヤビ・ミナト以外の外見は、ミコト(ゴットハンドB♀-Color1)、サクラコ(2020-Ⅱアイドル/紫髪)、シロウ(デュエリストA♂-Color3)、カレン(エージェントA♀-Color1)となっています。
【2016.4/18:追記】
設定に不備を発見したので、ユマの年齢に関する記述を変更しました。