百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ- 作:白鷺 葵
・クリュティエ姉弟の父親がぶっ壊れています。ご注意ください。
・ドラゴンの血の色についてねつ造しています。ご注意ください。
「――いい加減にしろこの甲斐性なしが! オルガの服の匂いを嗅いで悦に浸る暇があるなら、さっさと床入れ済ませて跡継ぎを生ませてやれ!!」
タリエリは叫びながら飛び起きた。窓から差し込む日差しが眩しい。執務室はしんと静まり返っており、従者の足音すら聞こえなかった。
先程まで一緒にいたはずの友人の姿はない。そうして数回瞬きをして、現実を理解する。
「……ああ、そうだ。そうだったな。お前はもう、いないんだったな……メイユ」
もういない友人の姿を思い返し、タリエリは眉間を抑えた。ジワリと視界が滲む。
自分の回想の中に浮かぶ男の姿が“戦場に赴くときの後ろ姿”であれば、この涙は純粋に美しいものとなったであろう。だが、タリエリの脳裏に浮かんだのは、妹――オルガの服を頭に被って鼻血を垂らしながら荒い呼吸を繰り返す親友――もとい、義弟のメイユ・クリュティエだった。
オールバックに整えられていたはずの髪は、妹――オルガの服を被った際にぐちゃぐちゃになっており、目はぎらぎらと血走っていた。こんなときに思い出す姿が、誰が見ても十中八九「変態」と太鼓判を押すようなものだなんて。感傷に浸りたくても浸れないのは、辛いものがある。
終いには「(自分が頭に被るために)オルガに似合う肌着を作る。その服は下着と名付けよう。まずは局所を覆うものからだ!」等と言い出して、一部の職人に声をかけていた程だ。ニアラの襲撃とクリュティエ夫妻の戦死によって計画は頓挫したらしいが、成功したらどうなっていたかなど、タリエリは考えたくなかった。
(そのくせ、「本人を前にすると好きすぎて何もできなくなる」「床入れしたいけど、オルガが大好きすぎて直視できない。直視したら10秒くらいで気絶する自信がある」「床入れしたら、開始3秒くらいで心臓発作起こして死ぬ。死因は『オルガが好きすぎた』だ」とか真顔でのたまう奴だったな……。おかげで、オルガがどれ程肩身の狭い思いをしたか……)
オルガはタリエリの異母妹で、父の妾が生んだ子どもである。それ故、彼女を取り巻く環境は厳しかった。顕著だったのは、クリュティエ家との結びつきを強めるための政略婚の道具に使われたことだろう。愛もなければ拒否権のない婚約にハラハラしたものだが、蓋を開けて見れば胃痛でキリキリしっぱなしだった。
(メイユは変態のくせに純情だし、オルガはメイユの変態っぷりをさらりと流してしまうレベルの天然だったから、そのすれ違いを何とかするために奔走したか……。今となっては、もう戻らない時間だ)
ひとしきり過去へ思いを馳せた後、タリエリは大きく息を吐いた。次に浮かんだのは、メイユとオルガの面影を受け継ぐ姪と甥――ウィータとモルス。
数時間前に言われた「伯父上なんて大っ嫌い」という声が何度もリフレインし、タリエリは体育座りして顔を覆った。ジワリと視界が滲む。悲しみが再びぶり返してきた。
「ウィータもモルスも、昔からずっと面倒を見てきたんだ。2人とも生まれて初めて喋った言葉が私の愛称である『タッちゃん』だったし、仕事の合間を縫って様々な場所に足を運んだ。……私はメイユとオルガから、ウィータとモルスのことを頼まれたというのに……」
すん、と、タリエリは情けなく鼻を鳴らす。走馬灯のように翔るのは、目に入れても痛くはない程可愛い姪と甥の姿であった。
無邪気に笑ってタリエリへ手を伸ばす幼子、かなり高位の星占術師が読むであろう書物を何の苦もなく読みこなす姪っ子、優秀な職人ですら手を焼くほどの超絶技巧が施された細工物や装飾品を作り上げた甥っ子。何と尊いのか。
ウィータとモルスの笑顔を思い浮かべる。2人が推し進めようとする作戦は、命ある者としての矜持を無残に踏みにじられてしまう可能性が遥かに高い。メイユとオルガを惨殺した忌まわしき金色の竜の嗤い声が聞こえてきた気がして、タリエリは思わず耳を塞いだ。
失いたくない。これ以上、大事な人が無残に散らされてしまうのは。
命を守ってやることができぬのならば、せめて、最後の砦である矜持だけでも守ってやりたい。ウィータやモルスが、誇りあるルシェ族として終われるように。
……だと請うのに、ウィータとモルスは、タリエリの手からするりと抜け落ちてしまう。その事実が、酷く胸に突き刺さっていた。
■■■
エーグルの案内で地下通路を進む。飛び出してきたマモノたちを一刀両断にしたり、足を止めて短い休憩したりして、どれ程の時間がたっただろうか。
イノリたちを先導していたエーグルが足を止めた。眼前には、絢爛豪華な装飾が施された大きな扉。
「渦潮の間……」
「もしかして、ここにウラニアがいるの?」
「ああ、多分な。ここは王族にとって神聖な場所だから、それ以外の奴らは立ち入りを厳しく制限されてるんだ」
シキの問いに答えたエーグルは、イノリたちの方を見返す。彼の瞳はどこまでも優しい。
「あいつには、何としてでも竜殺剣の鍛錬に協力させる。……あいつの力は、国を滅ぼすためじゃねぇ。守るためにあるんだからよ」
「お前の言うとおりだ、エーグル。彼女の力は、そんなことのために使われるべきじゃない」
『行こう! 俺たちが、彼女の涙を止めるんだ!!』
エーグルの意見に同調したのは、ソウセイとリョウスケの孫と祖父であった。ソウセイの祖母/リョウスケの妻であるマリナは、最期のアトランティス女王の記憶と力を持ったルシェクローンだ。故に、ウラニアは“マリナのオリジナル”に該当する人物である。それ故、2人はウラニアに
それを見たエーグルは満足げに頷いた。イノリもまた、仲間の決意をしっかり受け止める。Code:VFD成就のため、打倒ニアラのため、面々は一歩踏み出した。軋んだ音を立てて、重厚な扉はゆっくりと開く。果たして、扉を開けてすぐに、ウラニアの背中があった。彼女は何かをブツブツ呟いているようで、扉が開いたことに気づいていない。一歩遅れで、アトランティスの女王は侵入者の気配に気づいた様子だった。
「貴方は……エーグル!? それに、貴女がたは、陸の……!」
ウラニアは慌てて身構える。
「ここは神聖なる場所。余所者が足を踏み入れていい場所ではありません」
「なら、衛兵を呼ぶのか? 役立たずの衛兵なんて呼んだって、俺やイノリたちが軽くひねるだけだぜ」
どこか挑戦的な眼差しを向けたエーグルに対し、ウラニアは不本意そうに押し黙った。以前の出来事――イノリたちが衛兵をのした――ことを思い出しているのだろう。
「首都にいる衛兵の戦闘能力は良くてB級である」というのはナガミミからの情報だ。S級能力者たちなら簡単にのせるし、実際に襲い掛かってきた衛兵を撃退したことだってある。もしかしたら、ウラニアの方にも情報が挙がっていたのかもしれない。
アトランティス最後の女王は、海色の双瞼で異能者たちを射貫く。深い疑念と若干の怯え。ウラニア側から見れば、イノリたち異邦人は不審者そのものだろう。第一印象は最悪の極みと言ったところか。それは、こちらにとって望まないことである。
『怯えないで、ウラニア女王。オレたちは、キミに頼みたいことがあってここに来たんだ』
「頼む、ウラニア。俺たちに協力してくれ! ニアラを倒すために、アトランティスを救うために、お前の力が必要なんだ!」
リョウスケが泣きそうな顔で訴えかけ、エーグルががばりと頭を下げた。まさか頭を下げられるとは思わなかったようで、ウラニアは目を見張る。
もし、ここにいたのが誇り高き女王ウラニアであれば、彼女はイノリたちの話に耳を貸さなかったであろう。
しかし、故郷を愛する少女ウラニアは、アトランティスを救うという言葉を無視することができなかった。
「どういうことです? それは」
「この城のどこかに保管されている“不完全な竜殺剣”を、ニアラを倒す力を持った“完全な竜殺剣”に鍛え上げるために、オリハルコンの聲を聞けるアンタの力が必要だ。オリハルコンを精製し、竜殺剣へと鍛え上げることができるのは、最期の王族であるアンタだけだからな」
「その竜殺剣を持って、もう一度ニアラに戦いを挑むんだよ! だから頼む、力を貸してくれ!!」
「なっ――!?」
ソウセイとエーグルの言葉を聞いたウラニアは、大きく目を見開く。しかし、すぐに彼女は首を振った。
「できるわけないでしょう!? 私は鍛冶など、一度も行ったことがありません! 竜殺剣を鍛えるなんて、そんなこと……」
「けれどもうお前しかいないんだ! このまま、何もせずに諦めるって言うのかよ!?」
「諦めるのではありません。運命を受け入れるのです」
ウラニアは気丈に言い切った。しかし、彼女の表情はどことなく曇っているように思う。
聞く耳持たぬとした頑なな態度を突き崩したのは、食いつくように声を上げたソウセイであった。
「運命なんて関係ないだろう。アトランティス最後の女王であるアンタの役目は、国を守ることじゃないのか?」
「それは……そう、ですね。貴方の仰ることは正しいと理解しています」
嘗ての父王――ユトレロ王がニアラと戦うことを選んだように、自分もそうやって立ち上がるべきなのだと、彼女は分かっているのだ。本当は、自分もその選択肢を選びたかった。
ですが、と言って、ウラニアは歯噛みした。突き付けられた現実から、目を逸らすことなど許されぬのだと言うかのように。
「私には力がありません。父のように軍隊を率いることなど不可能です。……それに、アトランティスの崩壊は止まりません。間もなくすべての国土が海へと沈むでしょう」
「『結果は明らかなのだから、これ以上頑張ったって無意味だ。僅かな可能性に縋りついたとしても報われなければ辛いだけ。だからもう何もしたくない』ということですか?」
リヒトの問いに対し、アトランティス最後の女王はびくりと身を震わせた。リヒトの双瞼は、ウラニアの怠惰を指摘し、「このままでよいのか」と問うているようだ。それは、ウラニアという少女の心には相当堪えたのだろう。今にも泣き出してしまいそうだった。
未来の東雲財閥関係者/政界進出を視野に入れている御曹司にとって、「時には大きなリスクを負ってでも、『進む』と決断しなければならないことがある」というのは当然のことだった。彼の尺度で言うなら、今この瞬間が「ハイリスク覚悟で『進む』と決断せねばならない」のだろう。
僅かな可能性に賭けて未来を切り開いてきたのは、大財閥の子息だけではない。2020年を駆け抜けた竜戦役の英雄――旧13班も同じだ。ウラニアを責めるような真似はしないが、リヒトと同じ気持ちだった。みな、じっとウラニアを見つめている。
『可能性が0じゃないなら、挑戦してみる価値があると思うんだ』
『シラユキ』
『だって、私たちだってそうだったでしょう? 僅かな可能性を手繰り寄せて、ボロボロになって、それでも勝ち取ってきたんだもの!』
握り拳を振り上げて、シラユキが訴えた。薄氷の如く、ギリギリで竜戦役を勝ち抜いてきた当事者の言葉は重い。隣にいたヨツミも納得したように頷く。
ウラニアは眩しそうにムラクモ13班の面々を見つめた。海色の双瞼に揺れるのは、絶望を覆した英雄たちへの憧憬と羨望だ。自身ではそれを成せぬと諦めた海色は、悲しそうに瞼の裏へと消える。
「国民を救う方法ならある」
だが、それを引き留めるように声を上げたのはソウセイだ。ウラニアは驚いたように目を丸くした。畳みかけるようにリョウスケが付け加える。
『アトランティスのみんなを、俺たちの国に避難させるんだ! そうすれば、みんなを死なせずに済むんだよっ』
「そんな……私たちにこの国を捨てろと言うのですか……?」
「そうじゃねぇ! 国民を一時的に避難させてニアラを倒して、国が沈むのを何とかして食い止めれば――」
「――そこまでだ」
ウラニアを説得しようとしたエーグルの言葉は、背後から聞こえてきた声によって遮られた。振り返れば、数時間前に姪と甥に泣かされた執政官、タリエリが部屋に踏み込んできたところであった。
厳つい顔つきとは裏腹に、タリエリの目は真っ赤に腫れている。心なしか、声も若干枯れているように感じた。……どうやら、姪と甥の「大嫌い」はタリエリに相当なダメージを与えていたようだ。
「……うへぇ、マジかよ。もう立ち直ったのか」
「いいタイミングで来ましたね。私としたことが、見積もりが甘かったようです」
「ウラニアさま、このような無策な妄言に耳をお貸しにならぬよう」
いいタイミングで邪魔が入ったことに対し、モルスとウィータが小さく舌打ちする。幸せなのか不幸せなのか、タリエリには姪と甥の呟きを拾うことができなかったらしい。
数時間前、姪と甥にボロクソ言われたにも関わらず、タリエリは玉砕派という立場を崩さなかった。それは、この星の頂点に立つ命としての矜持だったのだろう。
「自分たちがニアラを倒さねば、この星は滅んでしまう」――タリエリの言葉は間違っていない。けれども、自分たちの運命は決したのだと言って投げ出してしまうのはおかしいじゃないか。
「そんな運命なんて、覆せばいいんだよ!」
イノリはタリエリの言葉を打ち消すように声を上げた。
それを聞いたミカゲが一瞬目を丸くしたが、満足そうに微笑むのが視界の端に見えた。ムラクモ13班はそうやって未来を掴んだのだ。その在り方は、イノリにも受け継がれている。
しかし、イノリらの系譜は、タリエリからしてみれば愚の骨頂でしかないらしい。彼は呆れたようにため息をつき、鋭い眼差しでこちらを射抜いた。
「貴様がニアラを確実に葬るという根拠はどこにある? 失敗すればアトランティスだけではない。この星の歴史が費えるのだぞ」
「そんなのわからねぇよ! けど、試したっていいじゃねぇか! 竜殺剣でニアラを倒すことができれば、国を沈めなくて済むんだ! 頼むから協力してくれよ!」
陰惨な現実を突きつけられても、自分たちは折れない。その決意を、エーグルが必死に訴えた。
「結果なんて、やってみなければ分からない」――エーグルが叫んだ言葉に、ウラニアの双瞼が揺れる。
タリエリはウラニアの変化に気づかない。彼はエーグルを見返し、こちらを見下した。
「仮に、あの竜殺剣をウラニアさまが鍛え直すとして、オリハルコンはどうするつもりだ? 鍛錬には大量のオリハルコンが必要だが、竜殺剣に仕える程良質な石はもはやどこにも残っていまい」
これで打つ手はない――そう言わんばかりに、タリエリは告げる。
竜殺剣を作るためには、オリハルコンが必要だ。だが、アトランティスのオリハルコンは、その大半がニアラによって破壊されてしまっている。タリエリの様子からして、首都アトランティカに残されていたオリハルコンは、竜殺剣を鍛えるには力不足らしい。
2021年での第2次竜戦役では、帝竜3体分の心臓をオリハルコンに生成することで、1回限り使用可能な竜殺剣が出来上がった。それを応用すれば一発勝負の竜殺剣が作れるだろうが、帝竜検体はISDFやノーデンスがDz資材として使った後だ。提供してもらえる可能性は低い。
どうしたものか。眉間にしわを寄せ始めたイノリたちを見て、タリエリは鼻を鳴らす。「それ見たことか」と言おうとした執政官だったが、言葉になることはなかった。それを遮った人物がいたからだ。
「いいや、オリハルコンならあるさ。クラディオンの星晶石だ」
声を上げたのはエーグルだ。彼の双瞼には、揺るがぬ決意が燃えている。
アトランティスの街を支えるのは星晶石だ。それを竜殺剣に使うということが何を指しているのか、イノリたちは即座に理解できた。
「待って! クラディオンの星晶石を使うってことは、護りを失った集落はどうなるの!?」
「ダメよ! そんなことしたら、集落のみんなは――」
「大丈夫さ、みんなで決めたんだ。お前らの国が受け入れてくれるなら、少しくらい持ちこたえるだろ」
イノリは思わずエーグルに問う。イノリの言葉を引き継いだシキは、エーグルに詰め寄る。だが、エーグルは力強く笑い返した。
ニアラを倒すために、クラディオンに住まう民たちは、集落を支える要となる星晶石を差し出すのだ。自分たちの暮らしの場を生贄にするのと同義である。
そんな決断をしたクラディオンの住人たちだって、故郷を愛するアトランティスの民だ。集落の滅びを加速させるような決断をするのは、断腸の思いだっただろう。
それでも、ウラニアは決断できないでいる。突きつけられた覚悟に応えるべきか、生きとし生けるものの矜持を守るために突っぱねるべきか、迷っている様子だ。
幾何かの沈黙ののち、ウラニアを見守っていたソウセイとリョウスケが動いた。
2人の瞳に映るウラニアに重なるのは、リョウスケの伴侶/ソウセイの祖母・マリナの面影だ。
「ウラニア・テ・クァンブル。アトランティス最後の女王よ。――俺は、アンタの子孫だ」
「!?」
「な、なんだと!?」
「マジかよ!?」
「き、貴様! でたらめを――」
突然の発言に、ウラニアたちが声を上げた。タリエリが噛みつくように声を上げたが、リョウスケが畳みかけるように割り込む。
『嘘じゃない! オレが愛した
「その証拠に、俺はオリハルコンの聲を聞くことができる。アトランティスに足を踏み入れたとき、星晶石が語り掛けてきたんだ。俺のことを『懐かしさを纏う異邦人』と言っていた。……最も、俺は陸の民との混血児で、陸の民側の血筋が濃いがな」
ソウセイは静かに目を閉じる。その声色は、どこか優しい響きを持っていた。ソウセイの言葉が嘘でないことは、首都の星晶石が証明している。
その事実は、ウラニアもタリエリも知っていた。反論しようとしていたタリエリも思い至ったようで、小さく呻きながら押し黙った。
『貴女の持つ力を受け継いだ彼女のおかげで、オレたち陸の国はドラゴンを退けることができたんだよ』
だから、と。リョウスケとソウセイは、ウラニアの手を取る。
「アンタの力が、俺たちの国を救ったんだ。アンタの力は、未来で生きる人々の命を守れたんだ。アンタは、みんなを助けることができるんだよ」
『オレたちは、キミの力に助けられた。キミの力で希望を見た。……だから、今度はオレたちがキミを助ける! キミの希望になってみせるよ! ――だからお願い、オレたちを信じて!!』
ウラニアは、茫然とソウセイたちを見上げていた。未来から齎された告白は、ウラニアの心を強く強く揺さぶったらしい。暗い影を宿していた海色の瞳に、かすかな光が宿る。
ぴくり、と、ウラニアの指先が動いた。躊躇うように、けれど、期せずして落ちてきた希望に縋ろうとするかのように。ゆっくり、ウラニアの口が動く。決意を告げようとするかのように。
――しかし、その言葉は、突然響いた爆音によってかき消された。
何事かと仲間たちが身構える。次の瞬間、外壁を伝ってドラゴンが渦潮の間に飛び出してきた。
トカゲのような外見で、腕の部分に小さな翼が生えている。いや、あれはどちらかというと退化したと言った方が正しいだろう。口からは、青い舌がちろちろと揺れていた。
『あれはエリマキドラグ! 爪と牙を用いた接近戦を得意とするドラゴンだよ! 動きも素早いから気をつけて!』
『了解! ……あれ? 牙はどこにあんの?』
ミオのナビゲートに返事を返したヒイナだったが、彼女は首を傾げた。ドラゴンは迷うことなくウラニアに狙いを定め、襲い掛かってくる。
次の瞬間、がぱりと
エーグルが短剣を引き抜いて駆け出したが、エリマキドラグの脚力ならばエーグルより先にウラニアを仕留めることなど簡単だろう。だが、ウラニアの死という運命は、彼女の前に立ちはだかった2人によって覆された。
『オレと行こうよ!』
「油断が命取りだぞ」
リョウスケのハッキングは成功し、エリマキドラグの動きを鈍くする。そこへ、ソウセイのニーブレイクが炸裂した。堪らずエリマキドラグが怯む。勿論、自分たちがその隙を逃すはずがない。
「ウラニアから離れろォ!」
「淑女の嗜み、見せてあげるわ!」
「その不敬、己が命で贖いなさい!」
エーグルのブレイブソードが、シキのクーデグレイスが、ウィータのレベレーション・眠がエリマキドラグに叩きこまれた。技の勢いによって弾き飛ばされたエリマキドラグだが、寸でのところで踏みとどまる。まだ戦うつもりのようだ。
視界の端で、リヒトが手札からカードを引いて設置するのが見えた。ミオのアドバイスに従い、接近戦を想定したトラップを仕込んでいるらしい。クーデグレイスを叩きこみ終えたシキも、迎撃スタンスでカウンターを狙っている。それを見たモルスは魔法陣を展開した。どうやら、身の護りを高めるまじないのようだ。
ウラニアから狙いを外し、エリマキドラグがこちらへと突っ込んできた。イノリも双剣を構え、駆け出す。ミカゲも刀を鞘へ納め、戦闘態勢を取った。
■■■
「なんという、強さか……!」
圧倒的、という言葉がよく似合う。
陸の民は、あっという間にドラゴンを追いつめていく。その背中は、いつぞや見送った人々の面影を色濃く宿していた。
竜殺剣を携えた先王ユトレロ、短剣にマナを纏わせ戦場を翔る妹オルガ、鎌を用いて死相を操るメイユ――爛々と輝く彼らの瞳を思い出し、タリエリは思わず息を吐いた。
(……そうだ。先王も、オルガも、メイユも、誰1人として諦めていなかった。滅びるためではなく、生きるために戦っていた)
ドラゴンがエリマキを開いて襲い掛かる。奴の牙は眼鏡をかけた陸の民を傷つけたが、次の瞬間、落とし穴にはまり、鉄格子に体を切り裂かれ、炎の風に飲まれていた。
仲間が攻撃されたことに怒った陸の民――口を覆っている青年と赤い髪を束ねた少女が拳銃を構えて攻撃を仕掛ける。追い打ちとばかりに、陸から来たルシェの民が正拳突きを叩きこんだ。
ぐらり、とドラゴンの体が傾く。仲間たちによって開かれた道を行くのは、得物を携えた黒髪の少女と銀髪の青年だ。ドラゴンは迎撃しようとするが、2人の刃が唸る方が早かった。
「これで!」
「終いだ!」
煌めく軌跡が、容赦なくドラゴンを切り裂く。切り裂かれた部分から帯びたたしい量の液体が飛び散った。黄色く濁ったそれは、あのドラゴンの血液であろう。ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げて倒れこみ、二度と動かなくなった。
陸の民らは武器を収める。ウィータとモルスも得物を収めた。彼らの様子からして、あのドラゴンを相手取ることは「大したことではない」のだろう。陸の民の実力には恐れ入ったが、奴らと同等の境地に立つ姪と甥の成長にも感嘆せざるを得ない。
ウィータとモルスはタリエリの目の前にいるはずなのに、どうしてこんなにも距離を感じるのか。一抹の恐怖と寂しさを感じ取っていたとき、2人は慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「ウラニアさま、大丈夫ですか!?」
「どっか痛いところ無い!?」
2人は躊躇うことなくタリエリの前を通って、ウラニアの元へと駆け寄った。寂しくなんかない。
ウラニアは陸の民に庇われたため、傷1つ負っていなかった。それを確認した途端、存在がやけに薄い陸の民――王族の系譜を継ぐルシェを妻として迎えた男――が『よかったぁぁ!』と叫んで崩れ落ちる。彼の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
ウラニアが生きていてくれてよかったと叫ぶ男を、ウラニアはどうにかして宥める。ウラニアの子孫である陸の民も苦笑しながら、男の肩をぽんぽん叩いていた。他の面々は生温かい眼差して面々を見守っている。
幾何かの後、男が泣き止んだ後で。
ウラニアは陸の民の代表である少女に向き直った。
「……貴方なら、その力で運命を、この絶望を、打ち砕けると……? 信じても良いのでしょうか……。私の中に灯った、生きたいという願いを。貴方に感じた、希望という名の灯りを――」
「うん! 絶対ニアラを狩るって約束するよ。だから、信じて力を貸してほしい」
「……分かりました。ならば、私も誓いましょう。何としても竜殺剣を蘇らせると」
少女は躊躇うことなく返答した。それを聞いたウラニアは、凛とした笑みを浮かべて頷き返した。タリエリは一瞬それに見惚れたが、女王の言葉が何を意味しているのかを思い出し、慌てて声を上げた。
「お待ちください、ウラニアさま! このような者たちの戯言に耳を傾けるなど……」
「……タリエリ」
ウラニアはタリエリの方に向き直った。暗い影を帯びていた海色の双瞼は、もうない。海色の瞳は、水面に星を映したように輝いている。
彼女の瞳があんなにも輝いているのを見たのは、いつぶりだろう。最期に見たのは、先王ユトレロが戦死する直前か。いや、ニアラが攻めてくる直前ではなかったか。
「私も貴方も、父上の死と共にすべての希望を失っていました。そして、その失意のまま、玉砕こそが最良の道と信じ、今日まで進んできました」
「ええ、そうです」
「ですが、この者たちは違う。この絶望さえも超えようとしている。そこに、微かな希望があるのならば……私は、それを信じたい」
「このような異国の者の提案にすべてを賭けるというのですか!? そんなことは認められ――」
「タリエリ」
たった一声。たった一声、タリエリの名前が呼ばれただけだ。だというのに、タリエリは二の句が継げなくなった。
そこにいたのは、父を失い、いきなり祭り上げられた頼りない少女ではない。自身が命をかけて仕えるに相応しい、アトランティスを導いていくであろう麗しき女王だ。この国を照らす輝きそのものだ。
「未熟であってもこの国の王は私なのです。そして、光の射す方へ民を導くのは王の責務です。アトランティス最後の王、ウラニア・テ・クァンブルの名において、私はこの者たちに竜殺剣を――アトランティスの命運を託します!」
そう宣言したウラニアに、先王ユトレロの面影が重なる。嘗てアトランティスを照らしていた輝きが、再び戻ってきたのだ。タリエリの心が震える。
じわりと視界が滲んだ。意識せずとも体が動く。タリエリはウラニアの眼前で、恭しく跪いていた。
「アトランティスに光は射さぬ。そう思っておりました。希望は永遠に失われたのだと……」
「タリエリ……」
「ですが……それは、私の間違いだったようです。執政として、貴女の意志に従いましょう。――我が君、ウラニア女王」
「ありがとう、タリエリ!」
タリエリの言葉を聞いたウラニアは、笑みを綻ばせた。彼女の笑顔を見たのは、本当に久しぶりである。
実の娘のようにかわいがっていた少女に暗い顔をさせていた負い目が、急速に萎んでいくようだった。
「す、すげぇ……!
「まさか、こんなことが現実になるだなんて思いませんでした。まさか
甥と姪のひそひそ声が聞こえてきた。2人は自分のことをどう思っているのだろう。嫌われたら立ち直れない自信がある。
タリエリは懐から包みを取り出した。鮮やかな真空色の布を解く。そこから出てきたものを見て、ウラニアたちが目を見張った。
青黒い鉱石で造られたそれは、刃となる部分が欠けている。武器に精通している者が見れば、「これは鈍らである」と断言するだろう。
これこそが、陸の民たちが追い求めていた対竜兵器――竜殺剣。
「お納めください。お父上の形見です」
「父上……」
ウラニアは悲痛な表情を浮かべた。失われたものを悼むように、ウラニアは竜殺剣に触れる。幾何の間をおいて、彼女は顔を上げた。
凛とした横顔は、在りし日の先王の面影を色濃く宿していた。海色の瞳には一切の迷いがない。信じた道を突き進む、揺るがぬ決意が燃えていた。
「クラディオンへ向かいます。案内しなさい、エーグル!」
「おうよ!」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、エーグルがウラニアたちを先導する。立ち去って行く彼らの背中を見送った後、タリエリは天を仰いだ。
(ユトレロさま、見ていますか……? ウラニア様が王として、己の道を歩み始めました。私はまだ……貴方の元に行けそうにありません……)
王が安心したように笑う幻を見た気がして、タリエリもまた笑みを浮かべた。
もう少しだけ、ここで戦うことを許してほしい。あの女王がアトランティスを導いていく姿を見ていたいと思ったのだ。
王の元へ馳せ参じることは遅れるだろうが、真なる意味で誕生した新たなる女王の傍で、彼女の力になりたかった。
――たとえ、辿り着く結末が、どのようなものになろうとも。
(……メイユ、オルガ。お前たちの娘と息子も、次世代の王を支える希望へと成長したぞ)
次に思い浮かべたのは、親友と妹。先王と共に討ち死にした戦士であり、タリエリにとってかけがえのない存在であった。
(お前たちも、ウィータとモルスの成長を見ていたかっただろう。それが叶わぬ今、お前たちの代わりに、2人を見守っていくよ……)
穏やかに微笑んだオルガの姿を思い浮かべれば、タリエリの視界が歪んだ。その次に、メイユの姿を思い出そうとする。現状の回想に相応しい姿を浮かべようとしたのだが、タリエリの努力は報われることはなかった。
次に浮かんだのは、嬉々とした笑みを浮かべて職人たちと話し込むメイユ。頭の中に何を思い浮かべているのか知らないが、奴の双瞼は異様に血走っており、鼻からは血が垂れ流されている。幾筋もの軌跡を刻んでいるあたり、相当だ。
『局所を覆う下着の名前を考えたんだ。胸を覆うものと区別するために』
『その名も“パンティ”! 我ながら、いいセンスだと思うのだが……』
「畜生ォォォォォォ! 思い出くらい、まともで美しいものになれってんだァァァァァァァァァァァ!!」
あまりにも残酷な光景に、タリエリは頭を抱えて絶叫した。別な意味で涙が止まらなかった。
お久しぶりです。別版権の創作に夢中になっていたり、審神者業の連隊戦でヒイヒイしていたり、Fate/GrandOrder×セブンスドラゴンの妄想を某所に投稿していました。この話が出来上がったのは、Fate/GrandOrder×セブンスドラゴンの妄想がきっかけですね。
さて、今回のお話はタリエリメインになりました。長らくクリュティエ姉弟の両親絡みの話題を入れるか否かで悩みましたが、折角なので組み込むことに。姉弟の母親は大したことないのですが、父親がこんな感じ。「変態だけど、妻に一目惚れした以後はずっとべた惚れ。ドがつくレベルの純情野郎」という超傍迷惑です。
もしメイユが生き残った場合、アトランティスに下着という文化が出来上がって、オルガのパンツを頭に被って悦に浸る彼の姿が見られたかもしれません。タリエリ胃痛待ったなし! おかげで、回想すると碌なことになりません。尚、姪と甥は母親に似たまとも(?)な子になった模様。
因みに、メイユはフォーチュナー♂Acolor2、オルガはルーンナイト♀Acolor3の外見となっています。