百花繚乱クロニクルセブン-僕らのセカイとキミのミライ-   作:白鷺 葵

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マイン

「ねえ、大丈夫?」

 

 

 ナユタは、目の前にいる女性に問いかけた。青い髪を束ね、黒とピンクのキャミソールにミニ丈のズボンを穿いた女性――イズミ・サクラバはびくりと肩をすくませた。

 「な、ななな、なんでいるの!?」と素っ頓狂な声を上げたイズミは乱暴に目元をこする。気のせいでなければ、彼女の声が僅かながらに上ずっていたように思う。

 振り返ったイズミは、兄・ショウジの遺品であるサングラスを目元にかけていた。普段は頭につけるアクセサリーのように扱っていたのに、何があったのだろうか。

 

 

「な、泣いてない! あたし、泣いてなんかないよ!?」

 

 

 金切り声を上げて否定したイズミであるが、彼女は自分で『1人でいた理由』をバラしたことに気づいていない。パニックに陥ってしまったためか、こちらが頼んだわけでもないのに、イズミはすべてを話し始めた。

 

 その理由を、ナユタは何となく察している。イズミが話したことは、ナユタの予想を裏切らなかった。

 彼女は顔を真っ赤にして唸っていた。サングラス越しに見えた瞳には、涙の幕が張っている。

 

 ナユタはおずおずとハンカチを差し出した。イズミは目を丸くした後、自分が泣いていることに気づいたらしい。ハンカチを受け取って、サングラスをずらして涙を拭った。

 彼女が「サイアク」と呟いたのは、何に対してなのだろう。祝うべきことを祝えないことか、相手を恨めしいだの妬ましいだのと思ってしまうことか。ナユタには測れない。

 深々とため息をついたイズミは、眼下に広がる光景に視線を向けた。眼前に広がるのは、13班員の結婚式である。今宵、2組の夫婦が誕生したばっかりだ。

 

 

「……ねえ、キミ」

 

「何?」

 

「アイツにだけは、言わないで」

 

 

 そう言ったイズミの声はか細く、お祝いムード一色に染まった議事堂の歓声に飲み込まれてしまいそうだ。

 

 

「……アイツに知られたら、きっと、もっと困らせちゃうし」

 

 

 嫌われるのは嫌なのだと、困らせるのは嫌なのだと、彼女の声は訴える。弱々しい声なのに、どうしてこんなにもハッキリと聞こえるのだろう。――一文字一句聞き逃してはいけないと思ったのは、何故なのか。

 イズミは無言のまま、壇上の新郎を見つめていた。黒いタキシードに身を包んだ銀髪の青年は、純白のドレスを身に纏った黒髪の女性の手を引く。その様は絵になっており、他者の介入を許さない。まるで、完成された芸術品のようだ。

 

 言いたいことは沢山あったのだろう。吐き出してしまいたい激情だって、あったのだろう。それでもイズミは、すべてを飲み下した。

 今、涙を流していたのは、無理に飲み下した反動だ。どうしようもないことを、必死になって折り合いをつけた結果だ。

 イズミ・サクラバという女性は、泣いて縋りつくにはあまりにも強すぎて、けれど、泣かずに振る舞うにはあまりにも弱すぎた。

 

 

「それに、決めてるの。いつか絶対、アイツよりもイイ男を捕まえて、アイツや戦場以上に楽しめるような恋愛をするんだって」

 

 

 イズミは力強く笑って宣言した。その眼差しはどこまでも真っ直ぐで、先程見せた弱みなんて一かけらも感じさせない程に晴れやかだった。見ていて気持ちの良くなるような、鮮やかな感情。

 

 ああ、この人は大丈夫だ――ナユタは漠然と、そう理解する。ナユタがそう思った刹那、イズミが手すりから身を乗り出した。

 惜しみなく祝いの言葉を向けて、彼女は新郎新婦に手を振った。件の新郎は顔を上げ、イズミを見返す。紫水晶の瞳は、はっきり彼女の姿を映し出した。

 

 新郎はイズミが笑っている姿を見ると、安心したように表情を緩めた。どこか寂しげに笑ったのは、イズミに()()()()()()()罪悪感の表れだったのだろうか。もしかしたら、彼は既にイズミの気持ちを()()()()()のかもしれない。

 彼は察しが良く、同時に不器用で優しい男だった。その優しさは美徳であると同時に、彼を追いつめる一番の要因となる。イズミもそれを分かっていたから、それ以上何も言わないことを選んだのだろう。不器用者同士、通じ合う部分があったに違いなかった。

 部外者であるナユタが何かできることはない。もう、彼らは()()()のだ。ならば、周囲に出来ることは見守ることだけ。きっとやきもきするのだと思う。苛立たしく思うことだってあるだろう。……それでも、もう、見守ることしか許されない。

 

 

「絶対、幸せになりなさいよ。じゃなきゃ、許さないんだから」

 

 

 囁くようなエールは、壇上に居る新郎に届いたかどうかは定かではない。

 イズミを見上げた新郎は、静かに目を細めた後、二度とこちらを見上げることはなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 分娩室の前で、男2人が席に座って手を組んでいた。片や日本語で「娘と孫が無事でありますように」と祈り、片や英語の聖句を延々と唱え続けている。ナユタたちがどれ程声をかけても、彼らは聞く耳を持たない。

 仕方がないのでナユタたちも椅子に座ることにした。手術中というランプは今だ点滅したままである。この場にいる各々の誰もが、妊婦――渡来(ワタライ)(ミコト)とその子どもの無事を祈ってやまなかった。

 空を思わせるような青い髪の男は、ミコトの夫である渡来(ワタライ)(ツカサ)――旧姓:ツカサ・サクラバ。SECT11を率いたイズミの孫にあたる人物で、婿入りする以前は北米支部で陸戦部隊の指揮をしていた。

 

 2人が顔を合わせたのは、ISDF極東支部とISDF北米支部が行った合同演習だ。

 この2人が、少女漫画みたいな恋愛の果てにゴールインするだなんて誰が予想しただろう。

 

 

(『人間関係の大事故って、いつ何とき起こるかわからないんだな』……なんて、遠い目をしたのは、もう昔のことか)

 

 

 ミコトの父――神影(ミカゲ)が「憎いんだけれど殴りにくい」と言いたげな顔をしてツカサと対峙していた姿が脳裏をよぎる。自分が振った女性の孫が自分の末娘に求婚してくるなんて、事実は小説よりも奇なりだ。ミカゲのことなので、人知れずパニックに陥っていたことだろう。閑話休題。

 

 程なくして、部屋の向こうから赤子の泣き声が響いてきた。それを合図に、父と義息子が弾かれたように立ち上がる。手術室の扉が開かれた途端、男2人は迷うことなく部屋へと雪崩込んだ。そこには、おくるみに包まれた赤ん坊と、赤ん坊を優しい眼差しで見つめるミコトの姿があった。

 ミコトは父と伴侶の姿を目にすると、満面の笑みを浮かべてブイサインをした。出産直後だと言うのに、もう元気である。娘の出産をサポートしていた看護師――結依(ユイ)は、娘と孫を労っていた。紫苑の瞳は柔らかに細められ、命を祝福しているのだと伝わってくる。

 

 

「おめでとう! 元気な女の子だよ!!」

 

「そうか……そうか……!」

 

「よかった、よかったぁぁ……!!」

 

 

 ユイの言葉を耳にして、ミカゲとツカサがへなへなと崩れ落ちる。魂が飛んでいってしまいそうだ。

 そんな男性陣を尻目に、カレンはミコトに話しかけた。サクラコも赤ん坊を覗き込む。

 

 

「ねえ、ミコトさん。その子の名前はもう決めたの?」

 

「ええ、生まれる前から決めていたの。男の子だったら優祈(ユウキ)、女の子だったら(イノリ)にしようって」

 

「素敵! じゃあ、この子はイノリちゃんね!」

 

 

 サクラコが赤ん坊――イノリに声をかけたのを皮切りに、我も我もとイノリに声をかけ始める。イノリは一瞬驚いたようにぐずったが、自分を取り囲むものが敵意ではないと理解したのだろう。すぐに落ち着いた様子だった。

 イノリが生まれるにあたり、多くの人々が「彼女が健やかであること」を祈っていた。沢山の人々の祈りを受けて、この赤ん坊は生まれてきたのだ。いつか彼女も、沢山の人々の祈りを受けて、未来を切り開いていくのだろう。

 おくるみに包まれて眠る赤子を見つめながら、ナユタは静かに目を細める。未来を生きるであろうイノリの行く先が幸せなものであってほしい、彼女の行く道が笑顔溢れる場所であってほしいと、切に願った。

 

 

 

■■■

 

 

 

「驚いたか? ――そのまま、眠れ!」

 

 

 シズクの命令を受けたエンシェンタスの群れが、動きを止めて崩れ落ちる。予めハッキングされていたため、奴らは抗うことができないのだ。ユウマたちはそれを刈り取るだけなので、半ば作業と化していた。

 ドラゴンたちはユウマやハワードを無視し、ユマやシズクに殺到していた。ドラゴンに殺到されているユマとシズクだが、どちらかというと、ドラゴンはシズクを中心に狙っているように見える。

 自分が無視されているという現状に不満がないわけではない。しかも、自分がしているのは、無力化されたドラゴンの後始末のようなものだ。これは自分の役目じゃない――喉元まで出かかった不満を飲み込み、一撃に乗せることで発散する。

 

 ユウマの一撃はエンシェンタスの頭を潰し、叩きのめした。地面に転がった死骸はピクリとも動かない。

 視界の端で、ユマが刀でエンシェンタスを一刀両断している姿が目に入った。

 

 

「トカゲ野郎にモテるのを喜ぶべきかしら? できれば、もうちょっと紳士的な相手にモテたかったのだけど!」

 

「キミがモテるというのは、非常に嬉しくないな! キミの魅力は僕だけが知っていればいいんだ。他の野郎になど渡してたまるか!」

 

「いや、私よりも貴方の方がモテてるんだけどね!? 全然嬉しくないけど!」

 

 

 強気に笑うユマの冗談に、真顔でシズクが食いつく。普段通りのじゃれ合いだ。戦場では不釣り合いだと思っていたが、これがこの2人のやり方だということは嫌が応にも思い知らされた。

 

 間髪入れずシズクがハッキングを発動し、命令を下す。プログラムコードが弾けた途端、エンシェンタスの動きが一段と鈍くなった。ハッカーの技、ロストパワーXによって弱体化させられたためである。

 動きが鈍った敵を見過ごすはずもなく、ユマがエンシェンタスを三枚おろしにした。ハワードの部隊が放った銃撃も容易にエンシェンタスの体躯をぶち抜く。――手ごたえあり、だ。ユウマもまた、エンシェンタスを一撃で屠った。

 

 

「マモノやドラゴンの戦闘力を弱体化させるだけでなく、フォーマルハウトの欺瞞すら無効化してみせるとは! “S級ハッカー”とは恐ろしい存在だな。おかげでこちらの独壇場だ!!」

 

「俺個人としては、少々つまらないですが、ねっ!」

 

 

 新手として乱入してきたワイバーンを殴り飛ばしながら、ユウマは苦笑する。

 甲板に叩き付けられた翼竜は、血をぶちまけながら転がった。奴はぴくりとも動かない。

 一方的に攻められるというのは良いことなのに、気持ちが曇ってしまうのは何故だろう。

 

 

「それには語弊があるぞ、ハワード一尉。僕のBデータイレイザーは、あくまでも『異常の原因となる要素が発生次第、全自動で介入し、それを正常に戻す』だけでしかない。フォーマルハウトの欺瞞や幻覚が“かかった途端に解ける”というのはあくまでもこの技の副産物なんだ。キミたちの考えるようなモノとは違うということを分かってほしいんだが」

 

「御託はいいの! 今がチャンスであることには変わりないんだから!」

 

 

 シズクが長々と説明している隙を狙ったのか、大量のドラゴンどもが殺到する。奴らの牙もブレスも、シズクを捉えることはなかった。それよりも先に、ユマがシズクの前へと躍り出たためだ。

 

 

「ちょっとそこのトカゲ野郎! 人の相棒にちょっかい出さないでくれる!?」

 

 

 鞘に納めた刀を振り抜き、一閃。シズクに襲い掛かったドラゴンは、首を切り落とされて吹き飛んだ。間髪入れずシズクのハッキングが発動し、マモノとドラゴンが動きを止める。

 次の瞬間、青いマナが弾けてこの場に降り注いだ。敵からマナを奪い取るハッキング技、スケイプゴートXである。マナの恩恵を受け、それぞれがドラゴンを迎え撃った。

 

 ユマの振るった刀の美しい煌めきが炸裂したのち、一歩遅れてドラゴンが微塵切りにされた。ユウマが叩きこんだ正拳突きによって、水風船を破裂させたようにドラゴンの頭が吹き飛ぶ。残りのドラゴンも、ハワード一尉たちの部隊によって鎮圧された。

 

 倒した数は十数匹。対ドラゴンの初陣、初めての実戦にしては上々の結果だろう。……大部分が“シズクのハッキングによって無力化された連中”でなければの話だが。

 これは違う――ユウマは内心、ひっそりと歯噛みした。本来なら、ユウマ1人が圧倒的な結果を出すはずで、ユウマ1人がドラゴンを殲滅するはずだったのに。

 喜びたいことなのに喜べないというのは辛いものだ。和気藹々と盛り上がる仲間たちの中に溶け込みつつ、湧き上がってきた不平不満を飲み下した。

 

 

(……でも、やり遂げたのは事実なんだ。()()()()()()()――この結果に、嘘偽りはない。俺はこの手で、竜を狩ったんだ……!!)

 

 

 転がって動かない死骸を見下ろしながら、ユウマは改めて自身が立てた手柄を噛みしめる。そうやって、ようやく、ユウマは素直に充足感を受け入れることができた。

 

 これが自分の生まれてきた意味なのだ。如月ユウマの存在意義。

 竜を屠ったときの感覚は、まだこの手に残っている。口元が緩むのは当然だ。

 

 

「これぞ、勝利の味というやつですね。あ、あと、珈琲豆をお忘れなく」

 

「ちっ! 嫌なことだけは覚えている女だな、キミは」

 

「嫌な女? ……ハワード一尉、キミは僕のユマ一尉を侮辱するのか」

 

「うげっ!!? し、してない! これは言葉の綾というもので、キミのスイートハニーを侮辱するようなつもりは」

 

「ハワード一尉、それは訂正しなさい。今すぐ!!」

 

「まあまあ。ここは、ドラゴンを倒せたことを喜びましょう」

 

 

 シズクとユマの間で板挟みになり、右往左往するハワードに助け船を出す。彼はユウマを見て、安心したように表情を緩めた。

 

 2人がじゃれ合ってしまうと話が進まないのだ。

 指揮能力Sランクの洞察力を舐めないでもらいたい。

 

 

「俺――いや、俺たちならばドラゴンだって殺せます。75年前の伝承通りに、人間がドラゴンという種を狩ることができるんだ」

 

「違いない。頼りにさせてもらうぞ、極東の」

 

「はは。ハワード一尉殿、これは光栄ですね」

 

 

 ユウマとハワードは笑いながら拳を打ち付けた。互いの健闘を讃えつつ、ユマとシズクに振り回される同志としてのシンパシーに苦笑する。戦場での最適化された行動とは別の意味で、ハワードとは仲良くなれそうだった。

 相変わらずユマは報酬を要求するが、それは彼女の使う冗談の一種だろう。勿論、報酬なんかなくたって、ISDFは――如月ユウマという兵器は、ドラゴンを狩る。そのために、自分は生まれてきたのだから。

 今回戦闘した雑魚ドラゴンだって、ユウマにとって大したことはない。前座、あるいはウォーミングアップのようなものだ。狩るべきは真竜フォーマルハウト。そいつとの戦いこそ、ユウマにとって本番――大一番なのだ。

 

 堪らなくなって、ユウマは空を見上げる。広がる曇天のどこかに、フォーマルハウトは潜んでいるのだろうか。

 人類最強の戦士として生まれ落ちた性が疼く。今すぐにでも会いたくて、狩りたくて、仕方がない。

 

 そんなユウマの心境を見抜いたのか、ユマが怪訝そうな顔で声をかけてきた。海色の瞳は憂いに満ちている。

 

 

「ユウマ。初の対竜戦闘が成功したからって、調子に乗ると痛い目見るわよ?」

 

「無論のこととして承知しています。ですが、フォーマルハウトは旧ムラクモ機関のS級らで仕留められたと聞いています。復活中ということは手負いのはずだ」

 

 

 今の自分たちならば、艦隊の力が加われば、何の問題もなく仕留められるはずではないか――ユウマは笑みを浮かべ、迷うことなく締めくくった。昔のユウマだったら、「自分なら1人でフォーマルハウトを狩れる」と堂々と宣言したであろう。今であれば、それが問題発言であることは理解できるし、きちんと自重できる。

 そんなユウマを目の当たりにして、ユマは深々とため息をついた。「教育係として、ユウマが自重を覚えたことは喜ばしきことだ」と語る割には、彼女の表情は晴れない。極東艦隊が合流するまでは待機という命令を引き合いに出したユマは、茶化すように笑いながらトランプを引っ張り出す。暇を持て余すなら潰せばいいということらしい。

 

 自分の闘志が萎えてしまいそうな気がして反論しようとしたのだが、

 

 

「戦力分散は愚の骨頂でしょう? 戦術の大問題よ?」

 

 

 などと、当たり前の軍事理由を出されてしまえば、沈黙する以外になかった。

 ユマの屁理屈をやり込めるためには、ユウマはまだぎこちなく未熟である。その事実が悔しい。

 押し黙ったユウマに声をかけてきたのはシズクだ。彼の声は、どこか咎めるような響きを宿している。

 

 

「……如月准尉、先人への敬意も必要だと僕は思うぞ。手負いだろうが何だろうが、竜は竜だ。軽々しく仕留められると思わない方がいい。……アレは、自分が楽しむためなら()()()()()からな。上げて落とすぐらい、造作もないことだろうよ」

 

「当時は強い軍事力を持った組織が機能しなかったから、旧ムラクモ機関のS級らが少数精鋭で竜を狩ったのでしょう? 今のISDFには組織的な軍事力がある。当時の装備よりも優れた兵器が出来上がっているし、何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 やや噛みつくような調子になってしまったが、ユウマの言っていることは事実である。75年前の貧弱な装備でも、真竜を狩ることに成功したのだ。

 75年の月日が流れれば、装備だって充実するだろう。その権化こそ、如月ユウマ自身なのだ。人前では吐きだせない機密に代わり、無言のまま訴える。

 

 シズクは小さく息を吐くと、ユウマから視線を逸らした。彼はどこか遠くを見つめている。

 

 

「如月准尉。キミは、竜戦役を何と認識する?」

 

「何、とは……?」

 

「戦いのカテゴリとして、だ」

 

 

 唐突な質問に面食らう。ユウマは頭をひねり、答えを示した。

 

 

「……“戦争”ではないのですか?」

 

「――そうか」

 

 

 人と竜との戦争。人類の生き残りをかけた戦いなのだから、そう分類してもおかしくはないだろう。

 しかし、シズクは険しい顔をした。あからさまに「違う」と言いたげな表情である。

 ――……ならば、雪待シズクは竜戦役を何だと思っているのだろう。

 

 ユウマに答えを求めておきながらも、シズクは問題の正否を語ろうとはしない。納得したように頷いて、くるりと踵を返した。

 

 誰にも聞こえていないと思ったのだろう。

 彼は囁くような声色で呟く。

 

 

「戦争……戦争、か。そんな()()()()()()()で語るには、あまりにも尺度が違いすぎる。強いて言うなら、アレは――」

 

「ハワード一尉、ついでに1ついいかしら?」

 

 

 シズクの発言を聞き終わるよりも先に、ユマがハワードに話しかけるほうが早かった。彼女の様子に気づいたシズクは、独り言を飲み込んでユマの方に注視する。彼の独り言を聞く機会は失われてしまった。

 

 ユマは自分たちが乗ってきた輸送ヘリを、ハワイ艦隊の負傷者を運び出すために使ったらどうかと提案した。その代わり、ゴムボートを一隻貸し出してほしいという。本人は慈愛と博愛精神に満ちた提案だと笑うが、その笑い方は悪魔的なものであった。

 断れない提案を優しいとは言えない。しかも、ゴムボート一隻の他に、ジャック=ミュラーの珈琲を半分徴収すると言う。途端に、ハワードの表情は剣呑なものになった。火事場泥棒の現場を目撃したような、険しい表情。反論しようにも、正統な労働報酬と言われてしまえば黙らざるを得ない。

 

 

「よろしくね?」

 

 

 ダメ押しとばかりにユマが笑う。これ以上ないくらい晴れやかで、威圧的なアルカイックスマイル。明らかに余所行き用のものだ。

 状況が状況なので、黙った方が被害が少ないと察する。ユウマとハワードは視線を逸らし、沈黙することを選択した。

 意気揚々と極東艦隊との合流を待ちわびるユマの背中を見つめながら、ユウマとハワードは顔を見合わせた。

 

 

「やはり、伊倉一尉には羽や尻尾がついてるんだ。我々には視認できないようなモノが」

 

「確かにそうですね。しかも、悪魔的要素のものが」

 

「アリだな」

 

 

 次の瞬間、自分たちの空気をぶち壊しかねない発言が聞こえた。振り返れば、顎に手を当てているシズクがいる。彼の眼差しは、鼻歌を歌うユマの横顔に向けられていた。

 どこか恍惚とした声色に比例するが如く、彼の口元も緩んでいるように思う。笑顔には程遠いが、でも、無表情というには感情がありありと発露しているように見えた。

 

 

「ユマ一尉は美しい。その信仰が破滅に至ると知っていても尚、崇拝せずにはいられない程魅力的だ。そういう意味では、彼女を悪魔と形容することは何も間違ってはいないよ」

 

 

 そう語る彼の声は、酷く甘い響きを宿していた。けれど、甘いだけではなく、どこか粘ついたような、焦げ付いたような――得体の知れぬ執着を感じさせる。

 

 笑顔と認識するには真一文字に等しく、真顔と認識するには歪んだ弧を描いた口元。紫苑の瞳は昏く濁っているように見えた。

 ユウマはぞくりと肩をすくませた。シズクの眼差しに込められていたのは、優しさや慈愛のようなものではない。それ以上に、負の感情がむき出しになっている。

 ()()()()()。伊倉ユマを愛してやまぬ雪待シズクは、こんな表情など見せたことはない。こんな表情とは無縁の男ではないか。

 

 では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?

 暗い闇を湛え、邪神を崇拝する狂信者のような眼差しをユマに捧げるこの男が、()()()()()()()()()()()()()――!!

 

 

「愛と憎しみは紙一重、か」

 

 

 囁くような声色で呟かれたシズクの発言に込められた意味を、ユウマは理解することができなかった。

 

 

***

 

 

 気が付くとそこは、真っ暗な空間だった。辺りを見回しても、ユウマ以外誰もいない。何故自分はこんな場所にいるのだろう。

 ユウマは記憶を手繰り寄せようとしたが、いかんぜん、頭の回転が鈍い。霞がかかったようにぼんやりとしている。

 

 

(確か、極東とハワイ艦隊がフォーマルハウトに艦隊攻撃を仕掛けて、フォーマルハウトの反応が消失した。だが、そこに帝竜が出現し、俺たちはその迎撃へ向かった)

 

 

 徐々に鮮明になっていく記憶。

 

 ばら撒かれた欺瞞ノイズが誤魔化したのは帝竜の接近。フォーマルハウトの悪あがきだとして、各艦隊が迎撃を行っていた。

 しかし、砲弾の炸裂音が響いたのは()()()()だ。襲い掛かってきた帝竜は確かに悲鳴を上げていたのに。

 それがフォーマルハウトによる欺瞞であることを見抜いて――それから? それからユウマたちは、どうした?

 

 

(……まさか、()()()()()()()?)

 

 

 ユウマがその可能性に行きついた、その瞬間。

 

 

『この出来損ない!』

 

 

 声がする。

 

 

『何のために、貴様を生み出したと思っている!』

 

 

 声がする。

 

 

『まったくもって期待外れだ!』

 

『やれやれ。これでは失敗作ではないか』

 

『お前は人類最強の戦士になるために生み出されたんだ。ゆめゆめ忘れるな』

 

 

 声がする。

 

 現れたのは、ユウマを生み出した研究者たちだ。そして、人類戦士計画を主導する張本人、アクツ総司令。

 彼らは侮蔑の眼差しを向けてくる。そうして延々と、ユウマを責め続けた。

 

 

「違う。俺は、俺は出来損ないなんかじゃない! 失敗作なんかじゃない!!」

 

 

 叫んで否定しても、声が止まない。相手を黙らせようとするが、突き出した拳は何ひとつ掴むことができなかった。

 

 辺り一面、自分を非難する声で満ちている。不意に、視界が暗くなった。闇の底へと引きずり込まれるような感覚。必死になってもがいたが、身動きが取れない。

 抵抗する間もなく、闇の底へ引きずり込まれる。先程よりも、自分を非難する声ががんがんと反響した。耳をふさぐこともできず、言葉の暴力に晒される。

 

 

『フォーマルハウトの幻覚に飲まれてしまうとは、情けない』

 

『竜を狩った? 馬鹿を言うな。殆どがハッキングによって無力化された個体ばかりではないか。自分の力で狩れないで、何が人類最強の戦士だ』

 

『貴様の存在意義を思い出せ。ルシェ族の失敗作に後れを取るだなんて、対竜兵器の名が泣くぞ』

 

 

 存在価値は、存在意義を果たせたか否か。対竜兵器としての存在意義を果たせないユウマは()()()()――声の言うとおりだ。

 自分の中で湧き上がってきた感情に蓋をする。溢れてしまったが最後、本当の意味で廃棄処分にされてしまうからだった。

 

 

『――失敗作は、廃棄処分しなくては』

 

 

 その言葉を皮切りに、強い力で引きずり込まれた。

 落ちていく。落ちていく。落ちていく。

 暗闇の中を、当てもなく落下していくような。

 

 

『お前の代わりなど、いくらでもいる』

 

『役目を果たせない兵器など、存在する価値もない』

 

 

 伸ばした手は届かない。誰も、自分の存在を認めてくれない。

 

 

「そんなことない! この人が要らないなんてこと、絶対にない!!」

 

 

 次の瞬間、鮮やかな光が爆ぜた。辺り一面が白く染められる。――ああ、温かい。

 先程の闇とは違い、自分を包み込み、受け入れ、守ってくれるように思う。

 

 

「泣いていい」

 

 

 響く声は、優しい。

 

 

「泣いていいんだよ。――貴方だって、人間なんだから」

 

 

 あやすように背中を叩かれる。軽く、けれど優しく、一定のリズムで。

 とん、とん、とん。その声に、その手つきに、その温もりに、思わず縋りついてしまいたくなる。

 ――否。もう既に、声の主に縋りついていた。みっともなく、無様に縋りついて、馬鹿みたいに泣いていた。

 

 

「貴方は失敗作なんかじゃない。貴方は要らない子なんかじゃない。私には、貴方しかいない。貴方しかいないの」

 

 

 まだ若い少女の声が、自分の心にじんわりと沁みてきた。

 

 この声の主は、自分の味方だ。絶対に、自分を否定しない。守ろうとしてくれる。受け入れてくれる。

 生物兵器という括りとは違う存在意義を見出し、信頼してくれるのだ。……それが、とても嬉しい。

 

 少女は何かを自分に差し出した。エーデルワイスの押し花で作られた栞。開けられた穴に、空色のリボンが結び付けられている。

 

 

「待ってるよ。貴方を、ずっと待ってる」

 

 

 真正面からその顔を拝んでいるはずなのに、どうしてか、顔が見えなかった。微かに見えた口元が緩む。薄闇の中で煌めくのは、鮮やかな空色。

 嗚呼、あの眼差し。美しく輝く空色の宝玉を、自分はどこかで目にしたはずだ。その輝きに、魅せられていたはずだ。

 答えにたどり着く前に、何かに引っ張られるような感覚に見舞われた。彼女との距離がぐんぐん引き離されていく。この場が崩壊していく。

 

 待ってくれ、と叫ぶよりも先に。

 

 

「……ユウマさん、大好き」

 

 

 少女がユウマの名前を呼んで、微笑んだ。

 

 

「――世界で一番、貴方のことが大好き」

 

 

 その言葉が優しく響いたと思った瞬間、眩い光が辺り一面を覆いつくした。

 

 

***

 

 

 世界に色彩が戻る。発砲音と剣載、怒号と唸り声。

 阿鼻叫喚と化した甲板には、負傷した兵士たちが転がっている。

 

 

(ああ、そうか。俺は幻覚に飲まれただけじゃなく、帝竜の不意打ちで気を失っていたのか)

 

 

 何たる無様だ。自分に失敗など許されないと言うのに。先程見た幻覚の声が脳裏をよぎり――けれども、その声はすぐに拡散した。代わりに残ったのは、柔らかに微笑む少女の言葉。自分が胸に潜ませている、エーデルワイスの栞。

 彼女は言っていた。他ならぬ如月ユウマを待っていると。自分には、如月ユウマしかいないのだと。その言葉が、今のユウマを突き動かす。くらくらするのを踏み留まりながら、ユウマは全速力で駆け出した。

 

 

「せぇぇぇぇぇいッ!!」

 

 

 眼前で暴れ狂う帝竜に向かって、ユウマは思い切り拳を振るった。全力を込めた一撃は、青い体躯の翼竜のみぞおちに叩きこまれる。体勢を崩したドラゴンに向けて、更に連撃を叩きこんだ。

 暴れていた帝竜の動きが止まり、巨躯がびくんと痙攣する。口から血を吐き出した帝竜は、そのままぐらりと崩れ落ちた。僅かな間そいつはのたうち回っていたけれど、すぐに沈黙する。

 手に残ったのは、帝竜を狩ったという実感だ。今度は誰かのサポートなしに、己の力で竜を狩ったのだ。戦場にも関わらず、甘美な充足感が胸に満ちる。――大丈夫、如月ユウマは出来損ないではない。

 

 周囲を見渡すが、ユマやシズクの姿はない。負傷兵の呻き声が、ドラゴンやマモノの呻き声に紛れて聞こえてくるくらいだ。

 

 

(ユマや雪待一尉のことだ。俺のいないところで、ドラゴン相手に奮戦しているんだろう)

 

 

 ならば、ユウマもここで倒れているわけにはいかないのだ。帝竜に不意打ちされたダメージが残り、幻覚から抜け出したばかりの体はまだ本調子ではない。だが、戦えない程ではなかった。

 帝竜や雑魚竜を倒し、ユマやシズクたちと合流しなくては――歩き出そうとしたユウマは、ふと足を止めた。黒いフロワロに混じって、こんな環境で咲くはずのない花が一輪、凛と咲き誇っている。

 

 白く可憐なエーデルワイスは、黒い葬送花の中に咲くにしては異質だ。この花が咲いて居る場所だけ、妙に神々しい気配を感じる。

 ユウマは思わずその花に手を伸ばした。ユウマの手が降れるか触れないかで、エーデルワイスは淡い光の粒と化して空へと昇っていく。

 その光を追いかけるように顔を上げれば、目の前に()()がいた。薄らぼんやりとした燐光でしかないけれど、確かに()()がいたのだ。

 

 幻影から自分を救い上げてくれた少女は、こちらを見つめている。

 顔はよく見えないけれど、ユウマを心から慈しみ、案じてくれているように思えた。

 

 

「大丈夫」

 

 

 ユウマは笑い返す。

 

 

「心配してくれてありがとう。俺は大丈夫です。……だから、安心してください」

 

 

 ユウマの言葉を聞いた少女の周囲で、燐光が瞬いた。がんばって、と、ユウマを励ますかのような気配が漂う。ユウマも頷き、踵を返した。

 そう、今は役目を果たすことが先決だ。ユウマを助けてくれた()()だって、それを望んでいる。そして、ユウマ自身も。

 

 道をふさぐ雑魚竜やマモノを蹴散らしながら、ユウマは全速力で駆け抜けた。自分の教育係の姿を探し、周囲を見渡す。――程なくして、黒い帝竜と対峙するユマとシズクの姿を見つけた。

 

 管制が壊滅状態の中、ユマとシズクは戦いを繰り広げていた。シズクのハッキングによって力を削がれた帝竜は、ユマの一閃によって刈り取られた。見事な手腕である。ユウマはひっそり感嘆しながら、2人の元へと急いだ。

 息つく間もなく、シズクの背後に帝竜が迫る。ユマの立っている場所からでは、到底彼を庇うのは間に合わないだろう。だが、ユウマの方が近い。ユウマは即座に戦場を突っ切り、シズクの眼前に躍り出た。

 勢いそのまま翼竜の腹に一撃を喰らわせる。奴が怯んだ次の瞬間、美しい煌めきが炸裂した。十六もの軌跡によって切り刻まれた翼竜が甲板に倒れ伏す。サムライが使う居合の技――十六手詰めだ。

 

 

「お見事です、ユマ」

 

「あらあら! 主役は遅れて登場する、ってヤツかしら? それにしても遅すぎるのではなくて?」

 

「手厳しいな。そこは笑って迎えてくださいよ」

 

 

 いいとこどりなんだから、と、ユマは不満げに口元を尖らせる。それでも楽しそうに笑うあたり、今のはユマなりのジョークなのだろう。海色の瞳には、まだ燃え尽きていない。

 

 

()()()()如月准尉。()()()()()()()()()()()?」

 

「……ええ、悪くないですよ」

 

 

 シズクは茶化すような口調で声をかけてきた。その口ぶりは、()()()()()()()()()()()()()ことを見透かしているかのようで、内心ぎくりと身をすくめる。

 曖昧に笑って誤魔化しておいたが、紫苑の瞳はユウマを映し出していた。ああ、これはすべてを掴まれている――苦い確証に、ユウマはひっそり苦笑した。

 

 

「――成程。()()()()()()()()()()()()()ということか。それは重畳」

 

「なに訳の分からないことを言ってるのよ? ほら、現場ナビの雪待一尉。貴方の出番でしょう? おそらく、幻影の影響は深刻だろうから」

 

「恐悦至極。ユマ一尉、キミの期待に応えられるよう、最善の努力を尽くそう」

 

 

 ユマに促され、シズクは即座にキーボードとウィンドウを展開した。地上と上空の生体反応や熱源反応が映し出される。雑魚どもはあらかた倒し終えたようで、地上空中とも反応はない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。次の瞬間、大型の反応が空中に姿を現す。それに呼応するかのように、黒い風が吹き荒れた。思わずユウマは腕で身を庇う。

 自分たちの足元を覆わんとする勢いで、黒いフロワロは広がり始めた。間髪入れず、艦内に放送が響き渡る。空から援護攻撃をしていた航空隊のものだ。焦りと恐怖に満ちた通信は、どれも途中で途切れて沈黙した。

 

 空に爆炎の花が咲く。それが何を意味しているのかはすぐに分かった。シズクが捕らえた巨大な反応によって、彼らは屠られたのである。

 

 

「航空隊が全滅……!?」

 

「! あれは――フォーマルハウト!?」

 

 

 ISDFの航空隊をなぶり殺しにした正体は、嘗ての神話で人類に倒されたはずの真竜だ。

 

 プリズムを思わせるような神々しい体躯は見るも無残だ。翼の一部は欠け、傷らしき部分がどす黒く固まっている。ほぼ死に体と言ってもいい有様なのに、奴の迫力は全盛期以上のようだ。憤怒と憎悪に駆られた眼差しが、この場にいる人間すべてに向けられていた。

 ぞくり、と、背中に悪寒が走る。捕食する側であるべきはずのユウマが、捕食される側であるはずの真竜――死にぞこないのフォーマルハウトに恐れを抱く? 馬鹿な、そんなことなどあってはならない。ユウマは自身の中に巣食い始めたものを振り払った。

 

 

「お前たち、無事だったか!?」

 

 

 自分たちがフォーマルハウトの全容を目の当たりにしたのと同じタイミングで現れたのはヨリトモだ。彼は双剣を持ったままこちらに駆け寄ってくる。刃にべっとりと付着した血からして、ヨリトモも道中で戦ってきたことは明らかだった。

 

 

「……完全装備で前線に出てくる上司を見たのは、()()()()()()()()()()()()()()()、ヨリトモ提督、貴方が初めてです」

 

「褒めても何も出ないぞ、雪待一尉。奴の攻撃によってクルーが使い物にならなくなったから、その元凶を微塵切りにしようと出てきただけだ」

 

「提督が前線に出てしまったら、誰が指揮を執るのですか。クルーがダメなら、せめて貴方が――っ」

 

 

 ヨリトモを諌めようとしたシズクが突然膝をつく。口元を抑えて、彼は小さく咳き込んだ。その空咳は、どこか命を刈り取らんとする死神の気配を感じさせる。

 途端に、シズクの様子を目の当たりにしたヨリトモの顔色が変わった。シズクの空咳に潜む死神の気配を見抜いてしまったかのようだ。

 シズクの異変に気づいたのはユマも同じようで、彼女は慌てた様子で声をかける。シズクは空咳を繰り返しながら、大丈夫だと手で制して見せた。

 

 

「っ、上だ! ――総員、回避行動をとれ!!」

 

 

 ふと上に視線を向けたシズクが叫ぶ。彼の注意に従って顔を上げれば、こちらに向かって突っ込んでくるフォーマルハウトの姿があった。ユウマの身体は反射的に回避行動へ移る。

 だが、仲間たちにそれを指示した張本人が身動きできないでいる。シズクは苦しそうに咳込みながら、そのまま甲板に片手をついた。彼の回避は――もう、間に合わない。

 

 シズクが吹き飛ばされる光景を予知したが、その予知はすぐに裏切られた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ヨリトモ提督!」

 

 

 そう叫んだのは、誰だったのだろう。シズクを庇ったヨリトモはフォーマルハウトの一撃を紙一重で交わした。

 だが、衝撃波を相殺することはできなかった。双剣と防具が木端微塵に砕け、文字通り吹き飛ばされたヨリトモは壁に叩き付けられる。

 極東艦隊の大黒柱が倒れたという衝撃は、この場にいる兵士を烏合の衆へ還るには充分すぎる威力があった。

 

 それを吹き払うように、ユマが総員に注意を促した。ユウマも彼女に続き、呆ける兵士たちに指示を出す。

 一歩遅れて、兵士たちはヨリトモを助けるために駆け出した。ユウマとユマも、フォーマルハウトと対峙する。

 

 

「前菜ト侮ッタ。貴様ラハ、“メイン”ダナ」

 

 

 フォーマルハウトは空中に留まったまま、悠々と告げた。そうして奴はある一点を――茫然としているシズクへと視線を向けた。

 

 ヨリトモが目の前で吹き飛ばされた衝撃なのか、シズクの咳は完全に止まっていた。彼を介抱しようとした兵士が困惑した顔で足を止める。

 びりびりとした怒気が、彼の背中から発生しているためだ。シズクはゆらりと立ち上がると、ユウマたちの後ろに並んだ。援護の鬼の定位置である。

 

 

「シズク一尉、貴方大丈夫なの!?」

 

「――また、お前は僕から奪うのか」

 

 

 地の底から轟く声。

 

 

「議事堂の人間たちだけでは、足りないか」

 

 

 惜しみのない怨嗟が、呪真竜へと向けられる。それを見たフォーマルハウトは、ニヤリと嗤った。

 

 

「ホウ。()()()()()()()()()()……シカモ、今トナッテハ()()()()()カ。コレハコレハ、実ニ美味ソウダ」

 

 

 「精々、絶望デ良ク温メテオクコトダ」――そう言い残し、フォーマルハウトは飛び去って行く。

 ユウマたちには、奴の後ろ姿を見つめることしかできなかった。

 

 

 




【参考および参照】
『セブンスドラゴンⅢ U.E.72 未完のユウマ』(カルロ・ゼン著)
『bokemaru.up.seesaa.net(http://bokemaru.up.seesaa.net/image/NNBBB2B9CD.txt)』より、『マイン(地雷)』

―――
只今第4章後半。今回もかなり端折ったうえに、ユウマ視点では分からないことだらけです。ここで、外伝の流れに若干の変化が出てきました。そして、シズクの言動もどんどん怪しくなっていく始末。彼の秘密は近々明かされますので、今暫くお待ちください。
駆け足となりましたが、未完のユウマ編も佳境を迎えます。フォーマルハウトとの決戦、シズクの選択、未完の命たちの行く末――それらがどのような形で芽吹きを迎えるのか、生温かく見守って頂ければ幸いです。
芽吹きの物語が終わったら、次は花が咲くまでの物語ですね。『未完のユウマ』を乗り越えた面々と、新旧13班の阿鼻叫喚/悲喜交々もお待ちください。ISDF勢が大変になることだけは確定していますが(苦笑)
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