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★
誰かの声が聞こえたような気がして、ハルヒロは目を開けた。
「ぉ……」
視界はおぼろげで頭はズキズキと痛む。
体の節々が痛い……気がする。床に寝かされてる?
状況が良くわからないが、そう言えば変な夢を見た。
確か、暗くて、夜で、そんでもって月が赤くて記憶喪失なのだ。
「ぁ……」
なんだよそれ? 普通ありえないだろ、月が赤いとか、記憶喪失とか……。流石夢だよな。なんでもありだ。
そんな事を考えていると唐突にペタ、と暖かくて、少し湿ってるやわっこくて小さな手がハルヒロのおでこに触れた。
「っ……痛いの?」
なんだ? いや、誰だ、か? いやいやいやいや。そもそも、今ってどういう状況?
ハルヒロは未だフィルターがかかったようになっている視界に映る誰かしらを捉えようと目を瞬かせる。すると、薄皮を剥ぐようにして少しずつ視界が鮮明になっていき、遂に正常に機能しだしたハルヒロの視界は目の前の小さな女の子を認識する事に成功する。
その女の子は緑がかったショートの黒髪をツーサイドアップにしているのだが元々の髪の毛が短いため、垂らした髪がちょこんとしていて動物か何かの耳のようにも見えた。
また、随所に香る儚さが整った顔の造形と相まって庇護欲を掻き立てる。
「えーっと……? 別に、そこまで痛くないかな……」
ハルヒロは“眠そうな目”とよく言われる目を必死に見開いてもう一度しっかりと女の子を観察するが、肉付きが薄く、全体的にスラリとしていると言う事が追加でわかっただけだった。
ていうかやっぱり誰?
いや、なんとなく見覚えはある。しかも結構直近の事だったと思う。
確か……。あれ? でも、あれは夢の筈だろ? でも、そうなると目の前に居るこのチビっ子はどういう事なんだ?
「あんた達」そうやって思い悩んでいると化粧が濃くて、あごの割れた、そっちの気のありそうな男がハルヒロとチビっ子に言い放った。「起きたならさっさと出ていきなさい。いい加減追い出すわよ?」
ここに至ってようやくハルヒロは現実を受け止める事ができた。
あれ、夢じゃなかったんだ。
上体を起こそうとすると、チビっ子の手はそっと離れていった。
無事立ち上がると、塔からここまで一緒だった11人のうち、ただ1人義勇兵団事務所に残っているチビっ子に自然と目が行った。
「えーっと、その、出よっか」
「ぁぃ……」
どこかぼーっとしているチビっ子を伴って、ハルヒロは義勇兵団事務所を後にした。
★
ハルヒロは石造2階建ての義勇兵団事務所を出て、それから辺りを少し見回してみて、ちょっと落胆した。
もしかしたら残り10人の内の何人か位はその辺で話し込んでるかも知れないと思っていたのだが。まさしく希望的観測と言う奴だった。
まあ、でも、それもそうか。義勇兵団事務所の中に残っていたのは気絶していたハルヒロとチビっ子だけだった。それだけでも大体察しはつくのだ。
ブリちゃん……、あごの割れてて化粧が濃くて化物然としているあのブリちゃんが見習い義勇兵の説明をしてた時の事を思い出す。
見習い義勇兵になるなら銀貨10枚が貰える事、入らないなら入らないで自由な事。
見習いでなく、正式な義勇兵になるためには銀貨20枚で団章を買わなければいけない事。当面の目標はこれらしい。
後、ここが重要なのだが、義勇兵は単独、もしくは3人から6人位のパーティを組んでモンスターと呼ばれる怪物どもと戦う、らしい事。
これだけの事を教えて貰ったのだが、逆にそれ以外の事は殆ど教えてくれなかった。
何でも、各自が己が才覚、独自の判断で情報を収集し、敵を叩くのが義勇兵の流儀だとかで、まぁ、有り体に言えば死ぬも生きるも全部自己責任でやってくれって事なのだろう。
そして、そんな話の後にチビっ子と、気絶していたハルヒロだけが義勇兵団事務所に置いてきぼりにされている。
導き出される答えは至極単純だ。つまり、ハルヒロとチビっ子はパーティを組む価値もない足手まといだと判断されて捨て置かれたのである。
まあ、義勇兵だし? モンスターと戦うわけだし? ついては命がけだし? お荷物を抱えるのは誰だって嫌だろう。
それにハルヒロは男だし。誰かに手伝ってもらわないと何もできないような年でもないし? 何を血迷ったかレンジが殴り飛ばした、と言うか飛んできた丸刈りを受け止め損ねて強かに頭を打ってうっかり気絶とかしちゃったし? まぁ、なんか釈然としないけど仕方ないって事にしておく。
けど、チビっ子……チビちゃんは違う。
女の子だし、明らかに最年少っぽいし、それになによりちっちゃい。170㎝のハルヒロの頭2つ分くらいには差がある。
確かに義勇兵だし、モンスターと戦う訳だし、自分たちの身の安全を最優先に考えるのは普通の事かもしれないけど……それでも、チビちゃんを、こんな小さな女の子を放っておくのはなんか違うでしょ? 守ってあげなきゃいけないでしょ?
そう結論付けたハルヒロは、ハルヒロとチビちゃんを置いて行った彼らに言いようのない憤りを感じると共に、
だから、その決意をより強固にするために、ハルヒロは隣で、やっぱりぼーっとしているチビちゃんに向き直って言った。
「あの、さ。俺、ちょっと頼りないかも知んないけど」
慣れない事をしているせいか言葉が上手く出てこない。
うわぁ、ない。これは無いわ。でも、ここでやめるのはもっと無い。
「俺達2人で見習い義勇兵、頑張っていこうな」
そう言えば、とハルヒロは思い返す。
塔を出る時は1人ぼっちになりたくなかっただけだし、塔を出た後、何やら訳知り顔の自称案内人ひよむーに着いて行って街に向かったのだって、1人何処とも知れない小高い丘の上で絶望に暮れるよりは、何か選択肢を与えて欲しかったと言う思いもあったが、やっぱり流されていただけだった。
だからそう。
これはハルヒロが今の状態になってから、初めて自分の意志でもって決意したのだ。
ある意味人生初の決断が誰それを守りたいとか、ちょっと気恥ずかしさを感じるけど、悪くない気がする。
「ぁぅっ……」
そんな事を考えていたからだろうか? 丁度いいところにチビちゃんの頭があったので思わず撫でてしまっていた。かなり恥ずかしいし、チビちゃんだっていい気はしてないだろう。顔が真っ赤だし。俺だって顔が熱いし、もしかしたらハルヒロもチビちゃんと変わらない位顔が赤くなってるかも知れない。
「その、あれだ、とりあえず、情報収集……」
今度からは気を付けよう。
微妙な空気になりながらも、ハルヒロは情報収集のため、まだ少しほの暗さの残る早朝の町に繰り出した。
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ここ、要塞都市オルタナは、早朝にも関わらず結構な人通りがある。むしろ、早朝だから?
て言うか石造の建物ばっかりっておかしくない? 木造の建物とかもあるみたいだけど、なんだか違うんだよな。外国? なのかな?
と、それはさておき、まず義勇兵について聞く。そのために年齢性別を問わず、気さくそうな人に当たりをつけて話しかけようとするが、妙な事に大半の通りがかりと目が合う。
皆、ハルヒロとチビちゃんを見ているのだ。珍しいのだろうか? と考えて、やっぱり珍しいのだろう。と結論付けた。
服装とかあからさまに違うし。
だけど、ジロジロと向けられる眼差しはどうも友好的ではなさそうで話しかけづらい。いや、友好的だったとしても、逆になんか裏があるんじゃないだろうかって勘ぐってしまうだろうけど。
勇気よ出ろ、出てくれ。と念じてみるが、どうにも話しかけに行くまでに至らない。
いやいや。こんな事では駄目だ。ハルヒロだけならともかく、ハルヒロがこうやってまごついたりして、情報を得られないことでチビちゃんだって足踏みする事になってしまうのだ。ハルヒロはチビちゃんのこれからも背負っているのだ。
ハルヒロは見習い義勇兵になる時に特典として渡された銀貨10枚の事を考える。
むしろ、銀貨10枚が本命で見習い義勇兵はおまけ。と言うかマイナス要素だ。
記憶喪失な上無一文。明日の行方もわからないような状況で自称案内人のひよむーに連れて来られた義勇兵団事務所。
そこでブリちゃんに示された見習い義勇兵と言う選択肢。
モンスターとかなんだそれ? って感じだったし、戦力とか、前線基地とか、戦うとか、もっと意味がわからなかったけど、俺達は無職で無一文で。
だから仕方なく、銀貨10枚と言う特典に釣られて見習い義勇兵になることを選んでしまった。
でも本当だったら戦うとか殺しあうとかしたくないのが普通だし?
でも、身寄りもないし、記憶もないし、正直戦うとか殺す以前に野垂れ死にがリアルな問題として横たわっていたし。
見習い義勇兵にならないという選択肢はあそこでは在って無いようなものだっただろう。
でも、見習い義勇兵になる事で得た銀貨10枚で当面の生活はできるようになった。当面の危機は回避したわけだ。
だけど、だ。
確かにブリちゃんは銀貨10枚で当面は暮らせると言っていた。だけど、当面ってどれくらい? 1日2日って事はないだろうけど、殆ど天涯孤独みたいな奴らにポンと渡せる程度だ。そう多くはない額なんだろう。
恐らく、ハルヒロ達に与えられた猶予は短い。
取りあえず銀貨10枚が尽きるまでに1日にかかる諸経費位は稼げるようになっておかないと野垂れ死ぬ事になる。それだけは確かだ。
だから、勇気が出たら話しかける……なんて甘い考え方では駄目なのだ。
銀貨10枚が底をつくまでに見習い義勇兵としてある程度物になっていないと駄目なのだ。むしろ、銀貨10枚使い切る頃にはとっくに団章とか持っちゃってて、正式な義勇兵として稼ぎを出してるくらいじゃないといけないのかもしれない。
通行人に話しかけて情報を得る事におっかなびっくりしてる暇なんてない。
そう思ったら、勇気なんて沸いてきたりはしなかったけど、見知らぬ街で、見知らぬ人に話しかける事にやりづらさを感じなくなっていた。
★
1ゴールドは100シルバー。1シルバーは100カパー。
お金はヨロズ預かり商会で両替したり、預けたりする事が出来る。
義勇兵団宿舎には4人部屋と6人部屋があって、見習い義勇兵なら何人で泊まろうと一部屋一泊10カパー。20シルバーもする団章を持っている正式な義勇兵なら金は取られないらしい。正式な義勇兵の特典って奴か。
そして重要なのが
なんでも、ギルドと一口に言っても様々なギルドが存在するらしい。また、1人は1つのギルドにしか所属できず、そして、ギルドに入るには一律8シルバーもかかるそうだ。
8シルバーは見習い義勇兵達にとっては高額だ。なんの理由もなしには払えない。
だが、ギルドに入っていない義勇兵はまず居ないらしい。なんでも
そしてこの技能なり、技なり、魔法なりがないとモンスターと戦うにあたっててんで話にならないそうだ。
他にも
そしてパーティに人数の上限なんかは無いが、基本的に義勇兵達は神官の
これだけの情報が早朝から昼までの情報収集の成果であった。形振り構わず話しかけた甲斐があったというものだ。
「一先ず情報収集は終わりにして、お昼にしよっか」情報収集に夢中で気づかなかったが、すっかり腹が減っている。どうせだし、親切にしてくれたあの屋台でお昼にしよう。「串肉焼きにしようと思うんだけど大丈夫?」
チビちゃんは少し上目がちになりながらハルヒロを見て答えた。
「ぁぃ……」
チビちゃんの声はチビちゃんの身長と同じくとても小さい。もしかしたら耳が良かったりするのかもしれないし、ただ話すのが得意じゃないのかも知れないし、そのどっちもかも知れない。
お昼を食べながら聞いてみるのも良いかも知れない。なんて考えたところでハルヒロはとんでもない事実に気付いた。
俺達、まだお互いの名前も知らない。
これからパーティを組もうって2人がお互いの名前も知らないなんてとんだお笑い種だ。自己紹介位はしておこう。
と言っても、お互い記憶喪失だろうし名前位しか紹介できないんだろうけど。
「そういえば俺達ってさ、まだお互いの名前も知らないよね? 俺はハルヒロ。君は?」
ハルヒロはチビちゃんの一言一句聞き逃さないように耳を澄ました。だって、聞き返すのは失礼っぽいし。
「……カエデ」
「そっか、カエデって言うのか、これからよろしく」
「……ぁぃ」
これからどうなるのかはわからないけど、案外うまくやれそうな気がしてくるから不思議だった。
取りあえず、当面の目標は正式な義勇兵となるために団章を買う事だ。
ブリちゃんの言う特典が義勇兵団宿舎に無料で宿泊できる以外に何があるかはまだわからないが20シルバーを貯めて団章を買う。
焦って致命的な失敗をしないように少しずつ進んでいこう。