チビちゃんと行く灰と幻想のグリムガル   作:amaあま雨音

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投げられた賽

 不意に()が見えた。

 仄かに光る、架空の線。

 それはハルヒロの構えるナイフとコボルトの背中の一点を繋いでいる。ただ真っすぐではなく、少し捻じれていたりする。

 そしてハルヒロにはどうしてかわかっていた。

 その線を()()()()()()()()のだと。

 この線が見えたら、息を乱さず、何も考えず、ただ身をまかせる。

 そうすると緩やかに流れる時間の中を身体がするすると動き出し、ナイフが空中で光る線を優しく切り裂いて、

 

 瞬間、現実に戻る。

 

 コボルト4体が吊り糸の切れた人形のように次々と倒れていく。

 後ろもどうやらカエデの援護で上手く回ったらしく戦闘終了。

 

 それに伴い緊張が解れ、時間の壁に押しとどめられていた音の奔流があふれだして、一瞬、耳に入って来るすべての音が雑音にしか聞こえなくなる。

 線が見えた後はいつもこうだ。まるで現実が後から追いかけてくるような……現実へとはじき出されてしまったような不思議な感覚。

 それから……なんて言うのだろうか、なんて言うか、こう、もの悲しい? いや、違う。

 けど、喉元まで出かかっている。

 

 坑道のあちこちに咲いているヒカリバナの緑色の光に照らされているコボルト達の死骸を見つめつつ、ハルヒロは必至に記憶の糸を手繰り寄せる。

 

 そう、まるでそれは……。

 

「かーっ! チビちゃんもチビちゃんで出鱈目だと思ったがロ……ハルヒロはそれ以上だな、こりゃぁ」

 

 空気をかき乱すような無遠慮なランタの声(ノイズ)がハルヒロの答え合わせに待ったをかける。

 

「助かったよ、カエデちゃん、ハルヒロ。俺達だけだったら危なかった」

 

 どうやらさっきの戦闘で怪我をしていたらしい戦士の、えっと、確か、そう。モグゾー。の治療をしながらランタの声を追いかけるようにしてマナトがそんな事を言う。

 

「いやさ、困った時はお互いさまって言うし」

 

「はは、じゃあ、そのもしもの時までに俺達もハルヒロとカエデちゃんを助けれる位にはなっておかないとな」

 

 モグゾーの治療を終えたマナトが警戒するようにして辺りに視線を探らせてからこっちへと向かってくる。

 

「ランタ、大丈夫?」

 

「大丈夫も何も……俺が加勢しようって時には、そこのロっ……ハルヒロ、が丁度4体目のコボルトにサクッととどめさしてたからな」とそこで一息置いてからランタは更に声を張った。「まぁー?! 俺様も病み上がりじゃなかったらコボルト4体如き秒速なんだけどなぁ!」

 

 そんな風に嘯くランタを「はいはい」と軽くあしらって、マナトが更に1歩踏み出そうと言う時、丁度俺の腰の辺りにカエデの頭がひょこりと現れる。

 

「カエデ、怪我は無かった?」

 

 ペタペタと律儀にも体を確認してからカエデが言う。

 

「……無傷」

 

 『そっちは?』とでも尋ねるようなカエデの視線にハルヒロも応える。

 

「俺も大丈夫かな。なんか調子? よかったみたい」

 

 俺達のやり取りが一通り終わるのを待っていたのか、一つ頷いてからここでマナトが口を開いた。

 

「やぁ、2人とも。いつぶりだったかな?」

 

「……久しぶり」

 

「うん、久しぶり。確か最後に話したのはシェリーの酒場でだったね」マナトがちらとこっちを見る。何だろう? 「…………。俺達にはまだ3層は早かったみたいだし今日は帰る事にするよ」

 

 

「にしてもよ、あいつ等誘わなくて良かったのかよ? さっきの見てるにロリコン大王もチビちゃんもこれからの()()()()にはうってつけじゃねーの?」

 

「…………いや、まだその段じゃない」マナトは少し難しい顔をする。「まずはあの時俺が思い出した記憶が事実である確証を得てからじゃないと」

 

「あの話、本気だったのね」

 

 メリイがため息を吐く。

 

「本気さ。でも、嫌なら手伝わなくても良い。それはメリイだけじゃなくて皆も同じさ」

 

「そ、なら私は遠慮させてもらうわ……」メリイは少し勿体付けるように間を取ってユメ、シホル、モグゾー、ランタ、マナトと視線を移動させてから言った。「と言いたい所なんだけど貴方たち、私が居ないととんでもない無茶しちゃいそうで心配だから付き合ってあげる」

 

「そっか、俺自身確信を持てないような事に皆を付き合わせる形になって本当に申し訳ないけど……」マナトは何でもない風に続けた。「反対意見も出ないみたいだし()()、始めようか」

 

 

「マナト達、帰っちゃったね」ハルヒロはマナトに押し付けられてしまった、さっきの戦闘の戦利品であるコボルトのお守り(タリスマン)計8つを手のひらで遊ばせる。「そう言えば新しい人いたよね。紺色っぽい髪の、えーと……」

 

「……美人だったね」

 

 なんてカエデが言う物だからハルヒロは反射的に相槌を打ってしまった。

 

「うん。顔も体に比べてすっごく小さくてさ、なんて言うの? オーラ? 出てたよね」

 

「……ふーん」

 

 あー……女の子に話す内容でも無かったよな。これ。

 なんかがっついてるみたいだし、絶対カエデも引いてるよね?

 

「いや、別にだから何って訳でもないけどさ、うん」ハルヒロはどうにか話題を逸らそうと言葉を発する。「そうそう、新しい神官服とか装備の調子はどう?」

 

 あの休日に仕立てを頼んでいたカエデの神官服は今日遂にお披露目となったのだ。流石にそれなりの値段がしただけあって前の既製品? とは違いカエデに合わせて作ってあるのは勿論の事、布に光沢もあり、傍目から見ても質が高いのだろうと言う事は見て取れた。

 

 カエデは同じくこの前買った飾りを手に取り、少しはにかんで言った。

 

「……調子いい」

 

 肩から×印にかけてあるベルトは神官服を絞る役目があり、スタッフを下げておく事も出来る様だ。そして二の腕や手首にあるベルトにも服を絞る以外に収納や衝撃吸収の役割があり、あると無いのとでは、それなりに違う、と言うので店員の言葉を信じて買ってみたのだが、使いやすいようで良かった……。

 

「うん、良かった。動きにくいって言われたらどうしようかと思ったけど、カエデに似合ってるし凄く良いと思うよ」

 

 ベルトだし、なんかこう、縛ってるし。ちょっと俺の趣味をカエデに疑われたりしたらどうしようなんてしょうもない事も考えたけど、全くの杞憂だったようだ。

 そうだよ。縛ってるのは機能性のためであって趣味とか一切関係ないもんな。

 

「……ハルヒロは、こう言うの好き?」

 

 カエデが×印に掛けてあるベルトを摘み、ハルヒロに尋ねる。

 ハルヒロからして予想外の質問だったのでさっきまで考えていた事が口をついて出てしまった。

 

「いやっ! 別に縛ったりするのが好きとか、そう言う訳じゃ……!」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……ふーん」

 

「えと、その、違くて……」

 

 坑道には重苦しい無言の空気が流れたとか、流れなかったとか……。

 

 

「カエデも伏せて……!」

 

 あの後坑道で気まずい空気に耐えながらも狩りを終えて、ようやくオルタナに帰り着くと言う段。

 平らに均された道の途中、オルタナの関所が見えるか見えないかと言う距離まで近づいた辺りでハルヒロは異常を察知した。

 

 ハルヒロは人差し指を唇に押し当てカエデと整備された道を外れ、森の繁みの中に身を隠す。

 そして完全に関所からは見えなくなっただろうと言う所で口を開いた。

 

「緑色で、大きかった。正確な大きさはわかんないけど、門と比べると多分人より大きいのが2人、辺りには恐らく衛兵の死体……」ハルヒロはゆっくりと息を吸って、吐いた。「多分、オークだ」

 

 

「っひょー! 天望楼っつーのは市民の血税とかで出来てんのかねぇ? やたらと豪華じゃねーか」

 

「バカっ! あんた少しは静かにしなさいよ!」

 

「別にいいじゃねーか、俺達潜入班って訳じゃねーんだしよ」ランタはスナップを効かせ、手のひらの中でクルクルと剣を回転させる。「そら、奴さんもお出ましだ」

 

「あぁ……もう……」メリイが灰色のフードをより目深に被る。「やっぱりやめとくんだった……!」

 

「派手に陽動と洒落込もうじゃねぇか! 行くぞ! モグゾー!」

 

「あの、名前は……」

 

「ったく! 今のは流れ的にカッコよく応じる所だろーが!」

 

「……マナト君、大丈夫かな」

 

「ったく、その為に俺らが居るんだろーが! そろそろホントにやらねーと向こうも対処に困ってんぞ?! おら、陽動スタートだ!」

 

 陽動って言ったら陽動の意味ないんじゃ……。と言うシホルの呟きは辺りの喧騒にかき消され、他の誰の耳にも届かなかった。

 

 

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……光の護法(プロテクション)

 

 カエデが祝詞を唱え終わると途端にカエデとハルヒロの左手首に淡く光を放つ六芒が浮かび上がる。

 これはこの前ハルヒロとカエデで相談してカエデが習う事になった新スキルの内の1つ光の護法(プロテクション)だ。

 光の護法(プロテクション)は最大6人までの身体能力、抵抗力、自然治癒力を高める魔法だ。効果持続時間は30分で、効果が持続している間は左手首に六芒が浮かぶ。

 義勇兵が最大でも6人以上の人数でパーティを組まない最大の理由と言われる程に戦略の要となるような強力な魔法である。

 ハルヒロは森の中でも開けている場所をなるべく避け、木々に紛れながら関所に詰め寄る。

 いつも通りの挟み撃ちでオークを倒す事を選択したのでカエデは通りを挟んだ向こう側を並走している。

 そうして木々のなくなる関所付近ギリギリの場所で1回停止、オークの様子を見てからカエデと息を合わせる。

 

 まずハルヒロが動いた。

 

 忍び歩き(スニーキング)のコツは踏み出しの力を無駄なく推進力に変えると言う事だ。これが出来れば(無駄)は殆どしなくなる。

 距離があるため流石に途中で気づかれたがその忍び歩き(スニーキング)はバルバラ先生が実戦に耐えうると認めた練度の物だ。それなりの速度で走っているがそよ風程の音もしない。

 しかし突然のハルヒロの襲来にオークは慌てるでもなく冷静に武器の大剣を構える。ここで既に戦闘が行われただろうと言う事を差し引いても練度が高いのは明らかだ。

 ハルヒロは警戒レベルを1段階引き上げる。取り乱してくれれば蜘蛛殺し(スパイダー)で1体確実に仕留めると言う手段が取れないこともなかったのだが、見通しが甘かったみたいだ。

 

 ナイフの位置や足の動き、目線などを存分に使ったフェイントを細かに入れ接近、オークAの振り上げた大剣の剣先がハルヒロのフェイントでふっと迷った瞬間、駒と見紛うような速度で回転、遠心力を味方につけたナイフの一撃でオークAの脇にナイフを突き立て、深く刺さったナイフもそのままに、背後に回って決めの背面打突(バックスタブ)

 崩れ落ちるオークAから素早くナイフを抜き、カエデを半ば無視してハルヒロの方へ突っ込んで来るオークBの大剣の振り下ろしを避けるついでに手打(スラップ)で深く手首を切り裂いておく。

 オークBは大剣を取り落としはしなかったが流石に痛みに怯んだようで身体の軸がぶれる。そこをカエデの強打(スマッシュ)が容赦なく追撃し、オークBはあえなく転倒。

 そんな隙をハルヒロ達が見逃す筈もなく、オークBも難なく撃破。

 

 充分に周囲を警戒しつつ、ハルヒロは戦闘の感想をカエデに漏らす。

 

「まがいなりにも奇襲が決まったから良かったけど、流石にオークって感じでゴブリンやコボルトとはちょっと比べられないかな」

 

「……うん、でも、1体づつ相手出来るなら特に脅威には感じない」

 

「まぁ」ハルヒロは狂ったように鳴り響く鐘の音と人々の叫び声、剣戟の音に少し苦笑いする。「1体づつ相手ってのはちょっと現実的じゃなさそうだけどね」

 

 恐らく今倒したのは退路を確保していたオークと言う事になるから、2人だとちょっと少ないとは思っていたので、なるべく音を立てないように、素早く倒したつもりだったんだけど……。

 

「そんなに甘くないよね……」オルタナの門から新たに現れた4人のオーク、逃げるにも少し厳しそうだった。「どっちにしろオルタナがなくなったら帰る場所も無いし……やるしかないか」

 

 ハルヒロは血糊を払うようにナイフを一閃、意識の間隙を突くように意識した足運びで一気にオーク達に肉薄した。


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