夜の衣に包まれ、人工の光が宝石のように煌めいて街を照らしだす。
普段なら騒がしいもののそれでもどこか静寂の残る夜の街なのだが、今日に限っては上空に何台ものヘリコプターが舞い、地上では真っ赤なサイレンを鳴らす警察車両が四方に向かって走行している。それに加え、街中には空を見上げながら指をさしている人の群れがひしめきあっていた。
昨日のような今日が繰り返し、今日のような明日が訪れるであろう何もない平日の夜だが、この光景はまるでなにかの祭りが開催されているようにしか思えない。
ふと地上の人々が急に騒ぎ始め、それぞれが指差す先には白い翼を広げた烏たちがビルの上から東西南北、四方八方、縦横無尽に飛び立っていた。
「いいか! 北に逃げたキッドを重点的に追え! 他は最低限の人数で当たれ!」
北へ向かって走る先頭の車両から、怒鳴り声が無線で各警察車両に通達された。
『怪盗キッド』
変幻自在、神出鬼没、月下の奇術師。
大胆不敵にも予告状を送りつけ、得意の変装術と声帯模写で他人になりすまし宝石や美術品ばかりを狙う大怪盗。最近では日本でしか活躍を見せないが、世界を股にかける大泥棒と対になす存在として世間で大きく騒がれている存在である。
ビル群が建ち並ぶ街中を飛びながら、キッドは苦々しい表情を浮かべて地上の警察車両の動きに目を向けていた。警察車両はことごとくキッドが逃走しようとしている先に先回りし、現地で待機していた警官隊と合流して包囲の準備が完了しつつある光景が見える。
そのためキッドは地上に降り立つことができず、別の逃走先や着陸場所を飛びながら探しているのだが、その場所にはしっかりと警官隊が待機している光景が見てとれた。しかしこのまま飛んでいつづけるのもらちが明かず、とりあえずハンググライダーをしまって近くのビルの屋上にキッドは降り立った。
「おいおい、今日はやけに気合が入ってんな中森警部」
キッドは屋上の縁から街を見降ろし、顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。
「しかし、中森警部にしては鋭すぎるな」
そう、いつもの中森警部であれば、四方にダミーを飛ばした時点で九割がた逃走は完了しているはずなのだ。ここまで先回りされているとなると、以前一度追い詰められた記憶が、キッドの頭の中によみがえってきていた。
「なら、まさか……ん?」ピピピピピピピピピピピピピピピ
キッドは一旦考えるのを止め、不意に耳に入ってきた音の出どころを探るために首を動かした。どうやらその音は携帯端末の着信音のようで、できるだけ音が絞られているがしっかりと聞こえるように設定されているようだ。
「まったく、相変わらずなんで分かるんだよ」
呆れつつも口元に笑みを浮かべ、待っていましたと言わんばかりに着信が鳴り続けている端末を探し始めた。端末は分かっていたかのように、キッドが立っている場所のすぐ近く、物陰に隠された荷物の上に置かれているのを見つけた。
「よぉ、まだ元気そうだな」
「うるせぇ、そうそう簡単に捕まってたまるかよ」
キッド向こうから聞こえてきた言葉に対して反射的に答えると、すぐに真面目な声で質問を返す。
「それで、今日の中森警部なんだが……」
「東の高校生探偵、工藤新一って言えば通じるか?」
東の高校生探偵・工藤新一
類い稀なる推理力を有し、数々の難事件を解決に導いて日本警察の救世主と呼ばれている。
「あんにゃろ」
苦々しい表情を浮かべながら、とある古い時計台の事件を思い出していた。あの事件は、キッドが初めて工藤新一と対峙した事件である。キッドは後に工藤新一が関わった事を知った。そして、今回も工藤新一がこの件にいくらか関わっていることをここで確信した。
「ま、あいつに情報を売ったのは俺だがな」
「おま、誰の味方だよ!」
端末を耳から外し通話口に向かって怒鳴るように文句を言い放つが、返ってくる声には何かしらの変化は見られず、
「金を出す奴の味方だ」
そう、あっさりと答えが戻ってくる。
「ああ、お前はそう言う奴だったな」
再び端末を耳に当て、キッドは呆れたように片手で顔を覆った。しかしすぐに気を取り直したのか、端末が置かれていた荷物を探るとそこには新たな奇術道具が入っていた。そのことに電話相手は察したのか、聞く前に説明を始めた。
「寺井さんからの依頼だ。お前が降り立つビルの屋上の特定と、逃走経路の指示。
ま、知り合い価格で安くしておく」
「結局助けてくれるんなら、最初から情報を売らなきゃいいだろ」
「はっ、売れば売るほど金が入るだろうが」
そりゃそうだ、とキッドは笑いながら呟くと置かれていた奇術道具を取り出し、体に装着し始めた。
「んじゃ、案内を頼むぜ、八幡」
「せいぜい捕まらないようにしろよ。じゃねぇと収入が減るんでな、快斗」
再び白い翼を広げたキッドは、今度は迷いなく漆黒の大空へ飛びたった。
『情報屋(固有名詞は不明)』
事実情報から噂話に至るまで、必要不必要関わらず収集し蒐集する。その情報量は多岐にわたり、明日の抜き打ちテストの有無から政治家の違法行為の証拠に至るまで、個人的社会的国家的の情報を網羅している。
無名が故に呼称は多数存在し、顧客ごとに呼び名は違えど全てが一人の事を表している。そして当然であるが、この情報屋の実体を知る人間はほとんど存在していない。
翌日、休日の午前中、現代の怪盗キッドつまり黒羽快斗の付き人である寺井黄之助がオーナーを務めるブルーパロットのカウンターに、快斗は上半身を預けて突っ伏していた。
「あ~疲れた~」
「ぼっちゃま、よくご無事で」
カウンターの向こうで安心したようにため息をつく寺井は、その快斗の横でMAXコーヒーに舌鼓を打っている八幡に目を向けた。
「まったく、八幡様。新たな逃走ルートを指示していただいたのは感謝をしていますが、そもそも売る相手を選らんでもらいたいのですが」
「寺井さん、一応俺なりに売る相手は選んでますよ。でも、どちらか一方に肩入れし過ぎると俺の身もやばくなるんでね」
そう、八幡は一気にMAXコーヒーを口の中に含んだ。
「それはそうですが」
「ジィちゃん、こいつはこれでいいんだよ。
んで、八幡。新しいビックジュエルの情報は入ってきたのか?」
さっきまで疲れて突っ伏していたとは思えぬ不敵な笑みを浮かべ、快斗は八幡の方に体を向けた。
「まぁ、一応な。えっと、資料が……悪い、仕事だ」
コップを置いて持ってきた鞄から資料を取り出そうとした時、八幡のポケットの中から着信音が聞こえてきた。八幡は快斗に断りを入れてから席を立ち、店の奥に移動すると電話をとった。
「どうも、情報屋です」
『どうも、工藤です。先日はありがとうございました』
「ああ、工藤さんでしたか」
店の奥に移動したとはいえ同じフロアにいるからか、二人にもバッチリと八幡の声が聞こえていた。この場合の工藤は、つまり工藤新一の事を指しているのだとすぐに理解した二人は揃って八幡の方へ目を向ける。
『それで情報料の方ですが、つい今しがた入金したので確認をと思いまして』
「分かりました、今確認いたします」
八幡は別のポケットから別の携帯端末を取り出して少しの間操作すると、確認を終えたのか指を止めて端末をしまった。
「確認いたしました。それで、何か次の依頼でも?」
『はい、西多摩市の岡本市長の交通事故を調べてもらいたいんです』
「分かりました、遅くても明日の早朝には情報をまとめて送信しておきます。それと情報料は余剰分でしっかりといただきました」
『ありがとうございます。それでは、失礼します』
通話は切れ、何事もなかったかのように八幡は携帯をしまうと元の場所まで戻ってきた。快斗と寺井は緊張した様子で八幡の様子を横目で観察している。そんな様子を八幡が気付かないわけもなく、苦笑しながら口を開いた。
「安心しろ、お前の案件じゃねぇよ」
「本当か?」
「上客を売るわけないだろ」
そんな八幡の言葉に、快斗は疑うような眼差しを向ける。
「売ったろ」
「まぁな」
意地が悪そうに八幡は笑い、快斗は心の底からため息をついた。
「んで、話を戻すぞ。これが資料だ」
鞄から取り出した資料を快斗に手渡し、快斗はその資料をカウンターに広げた。
「惑星石? 始めて聞く宝石だ」
『惑星石』
まるで惑星が小さく凝縮したかのような宝石である。
資料に書かれているのは、惑星石の一つである地球石の情報だった。写真には手のひらほどもある球体のサファイアの所々にエメラルドが混じっており、そのエメラルドの混入具合がまるで地球の大陸と酷似していることから地球石と名付けられた所以である。惑星と酷似し、人工ではなく天然物の奇跡の宝石。
それが、惑星石である。
「へぇ、綺麗な宝石だな。それで、所持しているのは……雪ノ下家か」
「雪ノ下家では娘の誕生日にのみ惑星石を公開するらしくてな、ちょうど雪ノ下家の長女の誕生日が数日後だ」
「おっし、ジィちゃん。次のターゲットはこいつに決めたぜ」