艦娘になろう! 吹雪ごっこ   作:月日星夜(木端妖精)

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第二話 綱渡りの吹雪

 半年間一緒に過ごすより、ただ『吹雪です』と偽る方がお兄ちゃんに近くなれる。

 私はそれが悲しくてたまらなかった。そんな事実は知りたくなかった。

 やった私が悪いんだから……無理矢理逆に考える事にした。

 私が吹雪ちゃんになれば……なったつもりでいれば、お兄ちゃんは今までよりずっと……昔みたいに優しくして、寄り添ってくれるようなるはずだ、って。

 それってとても魅力的だ。私が求めてきたのはまさにそれなのだから、思い付きでやったこの行動は私の人生の中で一番の正解だったのかもしれない。

 もしかしたら、ずっと後になるかもしれないけど、また兄妹として生きていけるかもしれない。

 そう……そうだよ。うん。そう考えた方が良い。きっと、そうなる。私、今朝の星座占いで六位だったもん。だから大丈夫……。

 

『――ああ、そうだ。あの辺も確認しておこう――』

 

 パソコンから聞こえてくる吹雪ちゃんの声は、荷物や何かを点検する時に出た独り言と言った感じで……うん、声の調子と上がり下がりは覚えた。実際に声を出しつつ調整すれば、彼女の声にずっと近づけられるだろう。

 

 ぽかーんと口を開けていたお兄ちゃんは、ようやく口を閉じたかと思ったら、じろじろと私の顔や体を見てきた。視線の先がどうとかそういうのがわからない私でも、こう全身を舐め回されるように見られると、ちょっと緊張してしまう。お兄ちゃんだからこそそれで済んでるけど、これが知らない男性だったらと思うとぞっとする。あ、でもお兄ちゃんなら良いって訳じゃない、かな。だから、そんなに、その、変なところまで見るのは恥ずかしいからやめてほしい。

 椅子を軋ませて自分の膝に握り拳を置いたお兄ちゃんは少し前のめりになって私の顔を凝視した。緊張してるみたい。それは私も同じだ。いつウソがばれるか、看破されてしまうか……『その時』と『その後』の事を考えるとさっそく後悔がこみ上げてきた。顔には出さないようにしないと。

 

「……本当に、吹雪なのか?」

 

 表情を取り繕っていれば、再度の問いかけ。胸の奥がぎゅうっと縮まって痛む。体中が周りの空気に圧迫されるみたいで、すぐにでも座り込んで丸まってしまいたくなった。

 言わないと。

 そうです、って言わないと、せっかくお兄ちゃんが信じかけてるのに、ばれてしまう。

 なのに私は躊躇っていて……生半可な覚悟を決めて頷いた時も、ゆっくりだった。

 私は吹雪。私は吹雪。私は吹雪。

 お兄ちゃんは、司令官。お兄ちゃんじゃなくて司令官。司令官、司令官、司令官……。

 口の中だけで何回も呟く。

 

「な、なんでここにいるんだ? どど、どうして、き、来たん?」

「おっ、落ち着いてください!」

 

 冷静に努めようとして空回りしていたのだろう、ガタタッと椅子から立ち上がるような、だけどそのまま座っているお兄ちゃんを落ち着かせようと歩み寄って手を伸ばし、でも今触れて良いかわからずに彷徨わせた。動揺が伝播したみたいに私も焦って大きな声を出してしまった。その甲斐あってかお兄ちゃんは冷静さを取り戻してくれたけど……私は、ちょっと、恥ずかしかった。

 椅子に座り、ほんのちょっとだけ見上げてくるお兄ちゃんにはさっきまでの地震に晒されてるみたいな震えはない。だから冷静になったと思ったのだけど……よく見たらどこか落ち着きがないような気がする。まばたきせず私を見つめていたかと思えば、いきなり肩を掴まれた。ほんとにいきなりだったから体が跳ねてしまった。それに驚いたのか、さっと手がひっこめられる。

 ……なんか、変。お兄ちゃん、なんか変だよ……。

 よくわからない恐怖が胸の内に生まれて、知らず内に柔く握った手を合わせて胸に押し当てていた。

 

「す、すまん、いきなり触ってしまって」

「……ぁ、い、いえ、いいんです! ぉ、し、司令官なら……!」

 

 再びわたわたと動き出して何度も謝罪するお兄ちゃんに一瞬面食らう。そんな風に謝ってる姿、初めて見た。呆けてしまっていた自分に気付いてぶんぶんと首を振って大丈夫だと伝える。「お兄ちゃんなら」と口が滑ってしまいそうになったけど、なんとか言わずに切り抜けられた。

 肩に触れられるくらい、兄妹なら何もおかしくないんだから、そんなに謝られると私が悪いことしてるような気がしてくる。罪悪感みたいなのにちくちくされて頬を掻いていれば、何やらお兄ちゃんは嬉しそうに頷いていた。かと思えば深呼吸を始め、きりっとした凛々しい表情を作って、

 

「いや、すまなかった。驚かせたな」

 

 回転いすを軋ませて完全にこちらに体を向け、頭を下げてきた。

 うう、だからそういう態度は……ううう、胸の中がちくちくされてる。

 ここはなんて声をかけるべきだろうか。吹雪ちゃんになったつもりで考えてみる。……とはいえ、私が吹雪ちゃんについて知ってる事って、驚くほど少ない。知ろうとしてなかったし……学校で習う訳でもないし。

 真面目そうな子だから(これは決して私もそんな感じだからとか、そういう理由じゃない)、常識的な言動を心がけていれば大丈夫かな、と考えつつ、怒ってませんよと言ってみる。私がお兄ちゃんを叱るのは好き嫌いをした時か、お掃除の邪魔をした時くらいだ。今怒る理由はないし、なんだか真面目ぶってるお兄ちゃんがかわいく見えてきた。

 自然と笑みが零れる。この短い時間で見た事もないお兄ちゃんの表情や態度をたくさん見れてるから、それは仕方のない事だ。

 胸に当てていた手を繋ぎ合わせたまま下ろし、自然体で立つ。

 

「嬉しいです。こうして……司令官と触れ合えるなんて」

 

 また触れ合えるようになるなら……いくらでも触ってくれて構わない。外国みたいにハグくらいならできるし、そんな風にスキンシップしてほしい。ずっとずっと距離をとってきたのだから、ちょっとぐらい近づきすぎても良いんだよ。

 なんならすぐにでも腕を広げてあげようかと思ったけど、お兄ちゃんはまた小刻みに震えていて、忙しなく目を左右に走らせていた。見るからに動揺してる……私、そんな変な笑い方してたかな?

 

「すまない、落ち着いた」

「はい」

 

 ちょっぴり傷つきながら頬を触っていると、お兄ちゃんが復活した。とりあえず返事をすれば、パソコンから吹雪ちゃんの声が聞こえてきて、時間を知らせてくれた。あ、そろそろご飯を作らなきゃ。……でも、お兄ちゃんの前から勝手にいなくなる訳にはいかないし、どうしよう。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 自然な退室方法を模索していれば、イヤホンを外して立ち上がったお兄ちゃんがベッドの下からクッションを引きずり出して、小さなテーブルの前に置いた。回転椅子にどっしりと腰を落としたお兄ちゃんに座れと促される。……ご飯作りに行きたいんだけど……どうしよう。もたついていたら、もう一度「そこに座って」と言われたので、素直に従っておく。きっと何かお話したい事があるんだろうけど、ボロが出てしまわないか心配だった。

 お兄ちゃんが机を挟んだ反対側に腰を下ろし、問いかけてきた。

 

「それで……どうやって、ここに来たんだ?」

「…………」

 

 質問だ。

 でも私は、それに答える言葉を持ち合わせていない。

 お兄ちゃんは本気で吹雪ちゃんがパソコンから飛び出して来たと思っているのか、真剣な顔をして私の答えを待っている。その顔が直視できず、どんどん視線が落ちて、スカートの黒い布地と、力無く置かれた両手が見えた。

 

「明石の開発したトンデモ機械で……とか?」

 

 投げかけられた言葉の意味が解らず顔を上げれば、お兄ちゃんが照れの入った表情を浮かべていた。

 ……言葉の意味が解らない。あかしってなんだろう。人の名前? とにかく答えないと。

 

「夕張製のトンデモ機械だな?」

 

 ドヤ顔での追加の言葉もまたよくわからなかった。夕張……メロン? これも人の名前かな。

 考えても何も思いつかないし、えーい、とりあえず頷いちゃえ。

 頭を縦に振ってみせれば、お兄ちゃんは一瞬意外そうな顔をして、すぐ得意気になった。自信に満ち溢れた顔。お兄ちゃん……ひょっとして格好つけてる?

 もやもやした感情が頭の中に生まれて、眉を寄せたい気持ちに囚われながら、今までの流れから言えそうな事を言っておく。私がその人達にお願いしてここに来させてもらったのだ。……とんでもない機械ってなんだろう。パソコンから人を取り出すような機械?

 お兄ちゃんはうんうんとオーバー気味に頷いてから、「他の子はついて来なかったのか?」と聞いてきた。

 他……吹雪ちゃん達みたいな子の事を言ってるんだよね。私、アニメでちらっと見た金髪の子と茶髪の子しかわからない。名前なんだっけ……。

 少し記憶を探ってみれば、その二人の名前は思い出せた。でも、付け焼刃で言ったってボロが出るだけだと思ったから首を振った。

 他について来たがった子はいない。

 ガーン。そんな擬音が聞こえてきそうなほどお兄ちゃんがショックを受けていた。……な、なんで?

 変な事を言ったかなと自分の発言を振り返ってみても、そもそもあんまり喋ってないから変になるはずがない……ん、だけど……そういえばさっきからお兄ちゃん、私の言葉の一つ一つに何かしら大きな反応を返している。驚いたり喜んだり落ち込んだり。お兄ちゃん、他の子にも来てほしかったのかな。それってどういう事だろう。吹雪ちゃん以外でも、そのゲームの女の子なら誰でも良いって事? そうだったら、私、お兄ちゃんを見る目が変わっちゃいそうだ。

 

「吹雪!」

「ひゃ、はいっ!?」

 

 軽蔑一歩手前まできていた気持ちは、飛びかかるようにして私の両肩を掴んできたお兄ちゃんによってうやむやになった。跳ね上がった心臓が苦しげに動いている。び、びっくりした……! こんな急な事する人だったっけ? また私の知らない姿。今日だけで何回目だろう……。

 真剣な瞳が私の目を覗き込んでいる。顔が近い。でも、嫌な気はしなかった。肩をすっぽりと覆う手は暖かくて、こうして触れ合っていると、やっぱりお兄ちゃんは全然変わってないって思えた。できるならこの温もりにこのまま身を委ねて眠ってしまいたかった。昔みたいに……。

 

「必ず結婚しような」

「は、はい! ――……はい?」

 

 けっこん……結婚?

 ……私の耳、どうしちゃったんだろう。お兄ちゃんが言った事が上手く聞き取れなかった。

 だけど、そうとしか聞こえなかった。結婚しようって、提案……。

 結婚……結婚……男性と女性がお互いを好きになってする大切な事。強い結びつき。……愛、されてる?

 お兄ちゃん、私の事を好きだって言ってるのかな。す、好きだから、私をお嫁さんにしたいって。でもでも、そんなのおかしい。嬉しくない訳じゃないけど、だって、私達家族なんだよ? そんなの変だよ。おかしいよ。しちゃいけない事だ。ど、どうしてもっていうなら、もっとちゃんと考えてからがいいかな?

 

「そ、そういうのは、もう少し、してからで……」

「あ、ああうん、そう、そうだな! うん!」

 

 頭の中では変だ変だと連呼しつつも、ほんとは満更でもなかった。明確な「好き」を言ってもらえるのは何より嬉しかった。一方的な好意にはもう疲れちゃってたから……。

 あれ、でも、なんか……「好き」の方向性が違うような。というか私今なんて答えたっけ? 変だよってちゃんと言えたかな。嬉しくておかしな事言ってなかったかな。挙動不審のお兄ちゃんを見る限り、私が吹雪ちゃんじゃないとはばれていないみたいだけど。

 わちゃわちゃと動いていたのを横目で観察していれば――今はちょっと顔が熱くて、まともに目を見て話せそうになかった――膝に肘を置いて前屈みになった兄ちゃんが厭らしい笑みを浮かべながら私を見てきた。な、なに、その笑い方。にまにま~って。なんかやだよ、それ。

 こほん、と胸の中でだけ咳払いをしていったん気持ちをリセットし、お兄ちゃんに向き合う。……そう、向き合わないと。私がなんであれ、今のお兄ちゃんの状態を確認しなきゃいけない。

 今まで一貫して私と私に関するものをすっぽりと忘れてしまっていたから、今回もそうだと思うけど……変な話、今回に限っては、少しでもこの半年間、一緒に過ごした私の記憶が残っていてほしくない。だって私の事を思い出しちゃったら――『妹』としての私ではなく、『妹らしき他人』の私――私が嘘をついてるの、全部無駄になってしまう。もう後戻りはできない。こっちの方が……吹雪ちゃんでいる方が、(ユキ)でいる時よりお兄ちゃんが優しくしてくれるし……距離も、近い。

 簡単な方、楽な方に流れていって碌な事にはならないってわかってる。でも、どうせお兄ちゃんはまた私の事を忘れる。だったら少しでも良い思いをしたい。身勝手だけど……最低だけど、そう思った。

 じゃないと私、そろそろ死んじゃいそうだよ…………なんて、ただの言い訳にしかならないけど。

 

「私、司令官の事が知りたいです」

「……知らないのか? 俺の事」

 

 知ってる。

 他の誰より、今ならお母さんとお父さんよりもあなたの事を知ってる。

 なのに変だよね、お兄ちゃんは私の事なんかなーんにも知らないんだから。

 考えてて悲しくなってくるからこれ以上はよそう。吹雪ちゃんは明るい子だった気がする。なら私も明るい子だ。こんな事で涙を見せたりしない。うん、頑張ろう!

 

「私は、司令官としてのあなたしか知りません。だから……もっと、知りたいんです」

 

 ほんとは逆だ。私はお兄ちゃんの普段しか知らない。『司令官』っていうのがよくわからない。そっちも知りたいけど……お兄ちゃんの口から今までの事……事故に遭ってからの二年間、一緒に過ごして来た事を聞かせて貰えれば、踏ん切りがつくと思う。『吹雪』になる踏ん切り。

 後戻りはできないって言ったけど、きっと今なら取り返しがつく。嫌われるかもしれないけど、一緒にはいられると思う。……駄目だ、今まで嫌われたりしてなくてもあんなに辛かったのに、嫌われたりしたら、もう、どうしようもなくなる。それこそ死んでしまう。最後の手段に頼るしかなくなる。

 お父さんとお母さんとお兄ちゃんが事故に遭ったのだから、私も事故に遭おうって、もう何度も考えてきたこと。そうすれば何かが変わる気がしてた。怖くてできなかったけど……これが失敗したら……お兄ちゃんに嫌われたら……私。

 ……怖い。頭の中によぎった鮮明な映像と感覚に身震いしそうになる体を押さえて、努めて平静を装う。

 駄目だったら、もう死んじゃおう。

 だから今は、ばれないように頑張ろう。

 

 じっと私を見つめるお兄ちゃんを見返しながら、私は胸の中に渦巻く暗い気持ちを、ずっと裏の裏のほうに押し込んで隠した。

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