艦娘になろう! 吹雪ごっこ   作:月日星夜(木端妖精)

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第五話 秘密の手回し

「もしもし、真夕美ちゃん?」

 

 階段を駆け上がりながら、二つ折りのケータイで真夕美ちゃんに電話をかける。ワンコールで繋がった。

 

『どうした、ユキ』

「……あっ、あのね」

 

 ユキ、と呼びかけられるのに一瞬びくりとしてしまって、変な声が出た。不審がる彼女に事のあらましを伝えていくと、相槌を打ってくれていた真夕美ちゃんはだんだんと静かになって、最後には重い溜め息を吐いた。

 

『ユキ……無茶をするな。自分を偽ったままでは、いつかお前の心が壊れてしまうぞ』

「それは……わからない。私、このままで平気かも」

 

 警告してくれる真夕美ちゃんには悪いけど、私にこれを……吹雪ごっこをやめるつもりはない。

 それに、少しずつ馴染んできている気がするんだ。吹雪って呼ばれて、すぐ返事できるようになったし、司令官って言っても違和感があんまりない。……そのうちお兄ちゃんって言っちゃいそうな気がする。どうしよう、心の中でまで司令官って呼ばなきゃ駄目かな。

 

『……ユキ? 聞いてたか?』

「え、あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてて……」

『ではもう一度言うが……私に一番に報告してくれるのは嬉しい。けど、私では何もアドバイスができない。そのゲームの事なら佐野の奴の方が詳しいだろう』

「そ、そうだよね。どうしてか真夕美ちゃんに電話しなきゃって思ってた」

『ふふ……そうか。ああ、相談くらいには乗ってやれるから、何かあればすぐに連絡してくれ』

 

 時間がない事を思ってか、すぐに話を切り上げようとする真夕美ちゃんに待ったをかける。

 

「これからは私の事……ユキじゃなくて、吹雪って呼んでほしいの」

『ユキ、私達にまで呼ばせる必要はないだろう。君のお兄さんにだけでは駄目なのか?』

「うん。私、きっとみんなにユキって呼ばれたら、吹雪でいられなくなっちゃいそうだから……」

 

 そっちに縋りたくなってしまいそうだから、非常識だけど、みんなに呼び方を変えてほしいの。

 そう伝えると、真夕美ちゃんはじっくり五分くらい悩んでから、渋々といった声音で「わかった」と答えた。

 

「まずは朝姫ちゃんに電話してみるね」

『ないとは思うが、邪険にされたらもう一度私に連絡してくれ』

「うん、ありがとう。そうするね」

 

 じゃあね、と電話を切り、目の前の私の部屋への扉を見上げる。

 ノブを掴んで引き開ければ、見慣れた私の部屋が姿を現した。

 ……私が吹雪になったからって、部屋まで変になるなんてない、よね。それはそうだ。

 普段とは違った事をしていたせいか、気が動転しているのかもしれない。しっかり扉を閉めて自室に入り、ベッドの前へ立って倒れ込む。ぼふ、とこもった音がして、柔らかい布に私の体が埋まった。

 あー……気持ち良い。疲れがちょっとずつ抜けてく。

 このまま寝ちゃいたいけど、だめだめ。まずは……鞄を……ベッドの下にでも隠しておいて。衣装棚はどうしようもないから、ええと、ええと。

 思った以上に動かしたり隠したりできる物がない。焦りばかりが募って、ただ部屋を見渡すだけになってしまう。

 ……いや、部屋でする事がわからないなら、いったん保留にして次に向かえばいいだけだ。

 ベランダの洗濯物を私の分だけ回収し、布団の上に置いておく。この部屋はこのままにしておこう。

 部屋を出て階段を滑るように駆け下り、リビングへ突撃。食器類とかお箸とかは……ううん、これも保留。アルバムの方から私の写真を抜いておこう。

 

 ……。

 一冊丸々私が小さな時から小学校の半ばまでで埋まっている物がある。何かを求めて開いてみたけど、思うような気持ちは手に入らず、無造作に後ろへ置いた。

 他のアルバムには私とお兄ちゃんが一緒に写っている物とそうでないものが混在していて、そのどちらもを全て抜き出した。アルバムと同じ棚に入っていたビニール袋に詰め込んでおく。この二年間、学校や友達と以外で写真を撮った事はなく、必然的に私とお兄ちゃんのツーショットはそれ以前の……お兄ちゃんが事故に遭う前の、輝かしい過去の物だけとなる。今よりもっと背が小さい私と、今と同じくらいの背の高さのお兄ちゃんが仲睦まじく寄り添い、カメラに笑顔を向けている。昔の私の顔に指を這わせれば、言いようのない悪い気持ちが胸の中にわき出てきた。じわじわと広がるそれは、たぶん、嫉妬。昔の自分を妬んでいる。まるで生産性の無い行い。

 こんな暗い気持ちになっていても仕方がない。目をつぶって頭を振り、過去を振り切る。私は今を生きている。私にあるのは、今のお兄ちゃんだけ。お兄ちゃんと私を繋ぎとめるには……もっと深く、『吹雪』の事を知らないと。

 そのためには朝姫ちゃんに連絡しないといけない。でも私の痕跡を残しておく訳にもいかない。

 両方同時にはできないから……とりあえず写真を隠してから電話しよう。

 

 

『はいはい、なぁに?』

「あ、朝姫ちゃん? ごめんね、こんな時間に」

『構わん構わん。なんかあったの?』

 

 冷えたリビングに立って、ケータイに意識を集中させながら朝姫ちゃんが電話に出るのを待とうとすれば、彼女もワンコールで出た。早い。

 挨拶もそこそこにこれまでの経緯(いきさつ)を話すと、朝姫ちゃんも深い溜め息を吐いて、馬鹿ね、と言った。

 

『あんたが嘘つけるとは思えないけど、やっちゃったのね』

「うん。やっちゃった」

『軽い調子で言っても後悔しまくりなの丸見えよ』

 

 ……敵わないな。見抜かれちゃってる。

 朝姫ちゃんのこの鋭さは、もちろん一緒にいて私の事を知っているから……ではなくて、友達になる前に私の事を調べ上げたからなんでも知ってるって言ってた。天然の鋭さは真夕美ちゃんや綾華ちゃんに軍配が上がるだろうけど、朝姫ちゃんが鈍いと言う訳ではない。一緒に過ごしてきて培ってきたものもあるので、まあ、うん。結構なんでもお見通しされちゃう。さすがに私が吹雪をやり始めたのにはびっくりしたみたいだけど。

 

「ひょっとしてお食事中だった?」

『ああ、優雅なディナータイムだったわよ。穏やかなディナーになって、今はスパイシー。突拍子もない事するわねー』

 

 最初に微かに聞こえた軽い金属音や水の音から推察してみれば、ご飯を食べていたのであっていたみたい。邪魔しちゃったな。

 

『ひょっとしてー……朝姫のせい?』

「ううん、違うよ」

『でも吹雪に似てるって私が言い続けたからほんとに吹雪になっちゃったのかもしれないし』

「……んー、あんまり関係ないかな」

『ちょっとはあるって事でしょ? で、何を手伝わせてくれるの?』

 

 私が助けを求めている事を察して問いかけてくれる朝姫ちゃんに、まずは吹雪の事を聞く。その関連の情報を得ないとかならずボロが出るだろうし、やっていけないと思ったから。

 お兄ちゃんとおんなじで例のゲームが好きらしい朝姫ちゃんは、一から教えてくれた……艦隊これくしょんの事、吹雪の事。

 

『あんたなら何か元になるものさえあれば演技の方は大丈夫でしょうねー』

「あんまり得意じゃないけど、そうだね」

『演劇部の子が聞いたら泣きそうな台詞ね、それ。『得意じゃない』なんてさ』

 

 どうなんだろう。演技力がどうのと言われても、私には経験がないし、比べた事もないのでわからない。

 

『粗方説明したし、今度はあんたが整える番ね』

 

 吹雪の事はたくさん聞いた。これである程度質問には答えられるだろう。自己紹介も自信満々に行えそうだ。

 

『ケータイよ、ケータイ。艦娘が携帯持ってんのおかしくない? ってのもあるし、見られたら一発アウトじゃん』

「あう、そ、そっか」

 

 考えが及ばなかった。思わず耳からケータイを離し、画面を見つめる。

 日常の中にあって使ってきた物だから、あって当然だと思ってたけど、そうだよね。吹雪が持ってるとは限らないし、中を覗かれたらばれちゃうし……お兄ちゃんはそんな事しないってわかってるけど、他の子から電話がかかってきたりしたら大変だ。世界を越えてやって来たことになってるのに、どうして繋がってるんだって思われてしまう。

 という訳で携帯は電源を切り、固定電話に移る事にした。改めて繋がった朝姫ちゃんが、まずはテストとして『吹雪』である私に質問をしていく。

 名前は? 所属は? 交友関係は?

 お兄ちゃんがプレイしているゲームの画面を見た記憶を引っ張り出してきて、一つ一つ当て嵌めていく。

 過去に知らなかった名称や何かを持って改めて画面などを思い出すと、中々馴染まなくて苦労したけど、なんとか纏まってきた。

 名称もシステムも聞けば理解できる。それを記憶に当て嵌める作業さえ終われば、私はより吹雪に近付ける。それが良い事なのか悪い事なのか……いや、良い事だ。だってお兄ちゃんと一緒にいられるんだから。

 

『んー……まあ、上出来でしょ。なんか生き物って感じしないけどさ』

 

 滞りなく答えれば、駄目出しも交えてOKをもらった。生き物っぽくない、か。もう何度か実際に動いてみれば、そういうのは自然とついてきてくれると思う。

 あとは、私がこの世界に来た事の設定づくりをする。どこに現れたのか、どう現れたのか、何と現れたのか、どうしていたのか。相談に乗ってくれる朝姫ちゃんは最初は乗り気じゃなかったみたいだけど、だんだんと楽しくなってきたみたいで、『こっちでも何かやってみる』と楽しそうだった。何かってなんだろう。凄く不安なんだけど……。

 

 それから私は、(吹雪)を保つために彼女にも私の呼び方を改めてもらうようお願いした。

 『ユキ』『ユキ』と呼ばれてはいくら取り繕っても意味がない。幸い朝姫ちゃんは私の考えに理解を示してくれて……。

 

『ユキユキユキユキユキーっ! 今の内にいっぱい呼んどくわ、ユキユキキユキユキユキ』

「……怖いよ?」

『これが最後にならない事を祈っとく!』

 

 呪文のように私の名前を繰り返し呼び続ける彼女は、そのうち呂律も怪しくなって、最後はお付きの人に止められるような声が聞こえてきた。……最後、か。

 いつまで吹雪でいればいいんだろう。お兄ちゃんが私を思い出してくれるまでだったなら……一生?

 ……私はそれでも構わないけど、みんなはどうなんだろうな。

 ううん、みんなは関係ない。私は、どうしてもお兄ちゃんとの絆を取り戻したい。お兄ちゃんの傍で、幸せになりたい。

 だからごめんね。私は、吹雪になる。

 きっともう、ユキには戻れない。

 

「あ、お兄ちゃん帰って来たみたい。切るね?」

『んぇ? ちょ、ちょっと待っ』

「ごめんねっ」

 

 ただいま、とお兄ちゃんの声がした。だから急いで受話器を置いて、扉を開いて入ってきたお兄ちゃんに顔を向けた。

 

 お帰りなさい、司令官。

 

「あ、あの、おかえりなさい、ぉ、司令官」

「ああ、ただいま。……何やってるんだ?」

 

 完璧に言ったはずの言葉はなぜかたどたどしくて、おまけに『お兄ちゃん』と呼びかけてしまいそうになって……ああ、私……。

 私、やっぱり、やだな。

 どこへ電話をかけていたんだと聞いてくるお兄ちゃんに誤魔化し笑いをしながら、心の中のずっと奥の方で、ぽつりと呟いた。

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