艦娘になろう! 吹雪ごっこ   作:月日星夜(木端妖精)

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第六話 お母さんの肉じゃが

 

 真夕美ちゃん達に色々とお願いをするのを忘れていたけど、それは後でもできる事だ。

 電話をかけている『艦娘』が珍しいのか、表現しづらい表情を浮かべているお兄ちゃんに鎮守府の方に連絡を入れようとした、と言い訳をする。でも繋がらなかったと言えば納得したように何度か頷いて、両手に下げた膨らんだレジ袋を揺らしている。

 

「お持ちしますね」

 

 言葉だけ丁寧に、あとは全部いつも通りの私でお兄ちゃん……司令官の手から袋を一つ受けとり、キッチン側の机へ持っていく。こんなに何を買って来たんだろうと思ったけど、お野菜とかお肉とか、普通の物ばかりだ。……わ、ケーキがある。お祝い……?

 着任記念日に買ってきたんだって。嬉しいけど、複雑な気分。私の時は何もなかったから。だから、浮かれているお兄ちゃんの後ろ頭を睨みつけてびびっとお叱り光線を飛ばしておく。

 まったく気付いてない鈍感なお兄ちゃんをおいてぱっぱと食材を片し、調理に移る。お母さんのエプロンを使っていたら、一旦部屋に戻って着替えてきたお兄ちゃんがそれを指摘してきた。もちろんこれは私がお母さんから譲り受けたものなんだけど、お兄ちゃんがそれを知ってる訳もないし、吹雪もそれを知る事はできないので、『あったから使った』という事にした。

 このエプロンに限らず、この家にある物はなんでも使って良いよと言うお兄ちゃん。……それは、私の時も言ってくれたな。吹雪とユキでそこまで扱いの差がなくて安心する。あんまりわかりやすい差を見せられたら泣いちゃうかもしれないから。

 

「君は料理ができるんだな」

 

 お兄ちゃんに背を向けて……ううん、まだ心の中でまで司令官って呼ぶのは難しい、かな。そうやってじゃがいもを切ったりにんじんを切ったりしていれば、声がかかった。……吹雪はできないのかな、料理。まだそこまでは知らないや、私。でも私ができるんだから、この(吹雪)はできて当然だ。

 毎日お兄ちゃんのためにせっせとお料理に勤しんでいたから、結構腕には自信があるし、そうだ、私のご飯の味も忘れてるならこの一品で胃袋を掴んでやろう。

 

「……ずっと、作ってきましたから」

 

 包丁を動かしながら答える。

 そう、ずっと。

 五年くらい前からずっと。

 お父さんとお母さんが死んでからずっと私がご飯を作ってきた。

 ……今日からは、吹雪ちゃんが作るんだけどね……ご飯。

 

 

「おいしいよ」

「……ありがとうございます」

 

 肉じゃがと、他にも数品作って夕食とする。私の対面に座ったお兄ちゃんは最初に肉じゃがに箸をつけると、開口一番にそう言った。何度聞いても嬉しい言葉。それが本心だってわかっちゃうから、なおさらだ。

 さて、お兄ちゃんの観察ばかりしてないで私も食べよう。

 

「吹雪は、誰かに料理を習ったりしたのか? この……肉じゃがとか」

 

 最初に白米をつまもうとしていたお箸の動きを止めて、お兄ちゃんを見る。

 ……なんで肉じゃがに狙いを定めて聞いたのかな。……本当に覚えてないんだよね?

 

「はい。肉じゃがも、他の料理も全部…………教わりました。大事な人に」

 

 お母さんから習った最初で最後の料理なのに、「大事な人に教わった」としか言えない。

 お母さんから、なんて口にしたら、またお兄ちゃんと他人になってしまう。

 あんな目で見られるのはイヤ。せっかくでき始めているこの絆を手放したくない。

 だから、母の名は出せない。それは……とても酷い事だ。

 お母さんとの思い出を捨ててしまうのと一緒。

 他の誰かから習ったんだ、って、私……嘘までついて、お兄ちゃんに縋っている。

 気付いて……思い出して。これはお母さんの料理だよ。

 

 大事な人って? と聞かれても、死んじゃった人だとしか答えられない。

 お母さんの事ならお兄ちゃんも覚えているはずだ。だからこそ、口にはできない。なんでその事を知ってるのかと疑われては困るのだ。

 ここまでやって、こんな事までして、今さら後戻りはできないんだ。

 だから……私からは言えないけど……お兄ちゃんが気付いてくれたなら。

 ああ、そうしたら私、叱られたって、嫌われたっていい。

 ほんとはその方が良いんだろう。自分を偽って喜んでいる私なんて。

 

 

 湯の雨が胸を打つ。

 もくもくと巻き上がる白い水煙が狭い浴室内を満たして、足下から昇ってくる。

 45℃以上を保つシャワーは冷えた体に心地よく、指先なんかに当てると、ぶるりと体が震えた。

 目の前にある大きな姿見はどんどん曇っていって、楕円形に残された綺麗な鏡面は私の小さな体を移していた。

 なんとなく胸元に手を当てて、真ん中の線に沿って指を撫で下ろしていく。

 同学年の子と比べて明らかに起伏のない体は、きっと魅力的とは到底言えなくて、でも、お兄ちゃんはそんな(吹雪)をたぶん好いていて……。それがキャラクターが好きだからそうなのか、私を見てそうなのかが判断付かなくてもやもやする。

 お兄ちゃんの好みなら、知ってる。黒い髪を腰ぐらいまで伸ばしてて、細くても胸のある女性が好きだというのは、今までいろいろ見てきたからわかってる。私はもう髪を切っちゃったし、そもそも胸がないからお兄ちゃんの好みの範囲には入ってない。だったらやっぱりお兄ちゃんが好きなのは、吹雪というキャラクターなんだろう。

 ますます今を手放せなくなった。だってこの考えが正しいなら、吹雪じゃない私には価値がないって事だし、実際今まではそうだった。

 

 コンコンとくぐもったノックの音が聞こえてきたのは、湯船から上がってなんとなくシャワーを浴びていた時だった。

 

 

 お風呂から上がると、お兄ちゃんとケーキを食べた。

 その後、朝姫ちゃんと相談して決めていた設定の一部をお兄ちゃんに明かした。

 吹雪は部屋ごとこの世界にやって来た。ほとんどの所持品も一緒に。

 だから私の部屋はここにあってよくて、私の使ってきた物も全部ここにあって良い。

 そういう風になるようにお話作りをした。

 私の部屋に来たお兄ちゃんに、ここから出てきたんだよって壁を指差して、鞄を見せて。『この世界での役割が』どうのってお兄ちゃんは言ったけど、意味がよくわからなかった。 

 そういえば艦隊これくしょんについていろいろ知ってようやくわかったのだけど、朝姫ちゃんが頻繁にプレゼントしてくれたゆるキャラっぽいぬいぐるみや小さなフィギュアは、艦これに関する物ばかりだったみたい。妖精さんフィギュアはベッドよこの出窓のところにたくさん並んでいる。

 少し眠くなってきたところで雑談を打ち切り、一階へ移る。歯磨きをして、本格的に寝る準備をする為だ。

 歯ブラシや生活用品をお兄ちゃんが買ってきた新しい物に変えようって提案された時は少し悩んでしまったけど、受け入れる事にした。私は吹雪だから、ユキだった時の物を使っていてもしょうがない。お兄ちゃんが望む事を優先しないと、きっと嫌われてしまう。

 

 寝る前にアルバムを見せてもらった。

 当然私が色々と細工したから変になっていて、写真を抜いた部分に疑問を持っていたみたいだけど、お兄ちゃんの小さい頃の話をたくさんせがめば気が逸れたみたいで、もう穴開きは気にしなくなった。

 真新しいアルバムを取り出したお兄ちゃんが、たくさん写真を撮ろうね、と提案する。

 それは……構わないけど。でも、えっと、今はあんまり……。

 身嗜みを整えてから撮って貰って、ふと今の自分が外から見るとどう見えるのかが気になった。

 デジタルカメラの背部を除くお兄ちゃんの隣に寄り添って画面を見せてもらう。

 良く撮れてるけど、それは私以外の誰かにはとても見えなくて、変な気分だった。写真を撮ったのは久しぶりだから、特別な感じもしたけれど。

 お兄ちゃんはやたら記念日だとかなんとかを推してパシャパシャと私を撮っている。何が嬉しいのか、ずっとにやにやしてて、何度も何度も撮るから私もムキになって逃げ回り、最後はお兄ちゃんの手からカメラを取り上げて逆に撮ってあげた。

 こんな風に遊ぶのもすっごく久し振りで、楽しくて時間を忘れてしまっていて……落ち着くと、眠気がおそってきた。

 お兄ちゃんに肩を抱かれてお部屋に連れて行かれる。おやすみの挨拶をして、お互いの部屋に引っ込んだ。

 ベッドにダイブして、枕元まで張っていく。枕に顔を埋めてぼーっとしていると、今日一日の事が頭の中に浮かんで、順繰りに流れていった。

 私のやった事は間違っていなかっただろうか。おかしくはなかっただろうか。

 不安と後悔がちょっとずつ滲み出てきて、億劫に体を起こして電気を消し、もう一度布団に倒れ込んでからもぞもぞと掛布団の中に潜り込むと、急に体中が悲しみに苛まれて、横になって体を丸めた。

 

 変だった。

 ヘン。

 ……私が変わっちゃったから、そう感じるだけかもしれないけど……。

 ううん、お兄ちゃんだって変だった。私はもっと変だったけど。

 

 いつもならなんて事ないはずなのに……恥ずかしいなんて気持ちは出てこないはずなのに、お兄ちゃんが脱衣所に入って来ようとした時、私は凄くどきどきして、慌てた。

 それが何故なのかがわからなかった。

 

 きっとそれは、私を見る目が違うからなのだろう。妹でも、他人を見る目でもない。どこか、熱っぽい目。

 たぶん……女を見る目、なんだと思う。確証はないけど、考えてみてもそれ以外に思い浮かばなかった。

 私だって馬鹿じゃない。それくらいは気付ける。経験がないからすぐにはわからなかっただけで。

 ……こんな事考えるのは変かもしれないけど……私は、それでも嬉しかった。

 

 いつもは妹として、だから、女として見られるのは初めてだった。

 なぜだろう。恥ずかしくなんかないはずなのに、あの時お兄ちゃんがお風呂場に……脱衣所に入ってくると、緊張して慌てずにはいられなかった。

 咄嗟に洗面器で胸を隠し、あかすりで下を隠す。そんな事しなくてもお兄ちゃんは入ってこないってわかってたけど、そうでもしないと恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

 見る目一つでこんなに気持ちが変わるなんて知らなかった。

 知らないって事は、初めてって事で……さすがの私も初体験はどうしようもない。あと二、三回繰り返せば慣れると思うけど、それまでは地獄かもしれない。

 

 お兄ちゃんから一切の家事を取り上げた。全部、私がやるって言った。

 家事は私の仕事。取り上げられてしまったら……きっと私は、お兄ちゃんの妹ではいられなくなる。

 今まさに自分からそうしようとしているんだけど、だからこそ少しでも多くを繋ぎとめたかった。

 

 ……ほんとは、気付いてる。

 こんな事して喜ぶ子は誰もいないんだって。

 騙されているお兄ちゃんも、だましている私も、私の友達も、私が吹雪になっても何も良い事なんかない。

 少しの幸せや嬉しさを得られるけど、全部うそっこだから……苦しさや虚しさが勝る。申し訳なさと、後悔と、それと……。

 たとえば今日一日のお兄ちゃんの笑顔や、優しさや、私を受け止めてくれた行動の全ては、佐分ユキという妹に向けられたものではなく、吹雪という女の子に向けられたものだ。私なんてどこにもない。その事実を直視するだけで涙が出るくらい悲しくなってしまう。

 

 いけない事だってわかってる。なのに止められない。止めるつもりもない。

 私はこのまま吹雪になる。お兄ちゃんが愛してくれる女の子になる。

 お父さんとお母さんがくれた名前を捨てて……自分の幸せのために……。

 私、悪い子だ。

 どうしようもないくらい、悪い子だ……。

 

 ごめんなさい、お父さん、お母さん。ごめんなさい、お兄ちゃん。

 ごめんなさい。

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