艦娘になろう! 吹雪ごっこ   作:月日星夜(木端妖精)

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第七話 雪ですよ、司令官

『直接顔を合わせたいけど、知り合いのいないはずの吹雪が外に出るのは変だよねー』

 

 早朝、まだお兄ちゃんが起きだしていない時間に一階の固定電話で朝姫ちゃんと連絡を取る。

 いつでも電話できないのも不便だし、とぶーぶー言われてしまうが、それは仕方のない事だし……どうしようもないよ。

 じゃあ解決しようか、と朝姫ちゃんは言った。

 

 その結果がお兄ちゃんと出かけた先での朝姫ちゃんのボディーガードさん達との鬼ごっこである。

 人通りが多く、ごった返していてもお構いなしに朝姫ちゃんは私達に接触してきて、朝の相談通りに演技をしていた。すっごく棒読みチックだったけど、訳ありお嬢様みたいな朝姫ちゃんの言動にお兄ちゃんはすっかり騙されてしまっている。……詐欺とかに簡単に引っかかりそうで心配だよ、お兄ちゃん……。

 

 朝姫ちゃん名付けて、『お友達大作戦』は滞りなく成功を収めた。まさかアイドルまで呼んで周囲の関心を別の場所に向け、ボディーガードさん達が闊歩しててもそれほど騒ぎにならない状況を生み出すなんて、朝姫ちゃんは確実に力の入れどころを間違えてる。

 でも、お兄ちゃんとくっついて歩いている時に「こうしてると兄妹みたいだな」って言われて、危うく全部壊してしまいそうになった時に強引に割って入ってくれたのは助かった。

 私は心が弱いのかもしれない。何度『吹雪になろう』って決意しても、お兄ちゃんが私を思い出してくれるような素振りを見せると、あっさり(ユキ)に戻ろうとしてしまう。

 戻れる訳がないのに。そんな幻想を抱いてもなんの意味もないのに。

 

 朝姫ちゃんのボディーガードさんはみんな女性で、背が高くて、黒服にサングラスと格好良い大人の人達ばかりだ。朝姫ちゃんがいつもの悪ふざけで私にけしかけてきて、その癖『ストレス溜まってるでしょ? 思いっきりやって良いよ』なんて言うから、めいっぱい体を動かしてしまった。

 たしかに少しすっきりしたけど、ボディーガードの人達には申し訳ない事をしたな……。あれぐらいで参るような柔な奴は雇ってないって言ってたけど、結構本気で投げ飛ばしちゃったし。

 実は私……ちょっぴり腕っぷしが強いのだ。恥ずかしいからあまり言えないけど、いつも一緒にいる友達はみんな知ってたりする。小学校の時、講義に来た護身術の先生に指名されてみんなの前で技を受けて、それで覚えた。あとは何回か使ってたら私より大きな人も簡単に撃退できるようになった。護身術って凄い。

 それで、道中もお兄ちゃんは私を妹だと言ってくれて、まさか思い出してくれたんじゃないかって思っちゃって。その日二回目の淡い期待は、『吹雪』と言いかけたお兄ちゃんの声に砕かれた。たんに誤魔化したくて私を妹だとか、そういう風に扱っていただけみたい。そうと知った私は安心しながらも落胆して、朝姫ちゃんはちょっと機嫌が悪くなっていた。

 私はその後のお兄ちゃんと二人きりでのショッピングでクリームソーダをたんまり食べられたから、大満足なんだけど。

 

 

 今年のクリスマスは大粒の雪がゆっくりと降りしきるホワイトクリスマスだった。

 名前は知ってたけど、実際この日に雪が降っているのを見たのは初めてだったのでほんのちょっとはしゃいでしまった。具体的には……二人では食べきれないくらいの料理をいっぱい作っちゃったりとか……。

 お兄ちゃんも気分が盛り上がっているのか、目が覚めてからはずっとどこか楽しげだった。デジタルカメラとプリンターを繋いで写真を印刷したり、二人で身を寄せ合って写真を撮ったりして、私的には凄く楽しい日だった。小さく四角いつるつるとした紙にプリントされた私の姿はユキでも吹雪でもないから、気が楽で良かった。

 夕食の際に起こった停電も雰囲気作りには役立って、ロウソクをたてて灯りとしたディナーは大人っぽくて感動した。昔見た映画みたい。高級レストランって、きっとこんな感じなんだろうな。あいにくテーブルの上に並んでるのは私が作った物ばかりだけど。お兄ちゃんがスマホを弄ってクリスマスソングを流せば、さらに良い感じに。……大人っぽいとは違くなっちゃったけど、これはこれで良いかな。

 

 

 大晦日はぐーたらしているお兄ちゃんをつっつき回して大掃除させて、家具の位置もちょっぴり変えてと大忙しだった。毎年見てる六時間くらいの番組を流しながら年越しそばを食べて、除夜の鐘を聞いて。

 気が抜けちゃいそうだけど、こういう時こそ私は自分が吹雪だと意識して振る舞いを改めた。年明けの初詣は、例年ならお友達みんなと一緒に行くんだけど、今年ばかりはそれはできない。まだ朝姫ちゃんとしか知りあってない事になってるからだ。朝姫ちゃん経由で紹介してもらって友達になるという案もあったのだけど、真夕美ちゃんも綾華ちゃんも凄く嫌がって、何か別の方法を考えると言った。

 

 1月4日。その日の朝はとても寒くて、なかなか布団から出られなかった。

 朝ごはんを用意しなくちゃならないからなんとか抜け出したけど、まだ頭がぼーっとしていて、一枚羽織った厚布を手で引き寄せて熱を閉じ込めながらお庭に面した窓の前へ歩いた。

 横に長い庭には雪が積もっていて、こういうのを銀世界と言うんだろうなー……なんて考えていたら、お兄ちゃんも起きだしてきた。珍しい。こんなに寒い日はいつも布団にくるまって芋虫みたいになってるのに。

 

「何見てるんだ?」

 

 最近わかったけど、お兄ちゃんは(吹雪)が少しでも変わった動きを見せると興味を持って寄ってくる。兄妹だった時にはなかった行動も多い。それはたとえばなんの気なしにつつけたテレビの番組の説明だったり、料理してるのをじーっと見てくる程度だったりと様々だ。

 気にしてくれるのは嬉しいけど、気にされてないってわかってるので、寂しい。はやく消えちゃわないかな、(ユキ)なんて。

 凄い役者さんは撮影の前から役に入り込んで、しばらくの間は言動まで役と同じになるって聞いた事があるけど、私もそうできればこんなに悩んだり悲しんだりしなくてすむのにな。

 

「雪、か」

 

 呟いたお兄ちゃんへ目を向ける。

 そこに私が期待していたものって、なんだろう。

 切ないくらいに胸が痛んで、泣きたくなるような……切望。願望。

 私の名前を呼んでくれたんだよね? 思い出してくれたんだよね?

 そんなあり得ない未来を予想して縋り付いて……手を払われてしまう事はわかっているのに。

 見上げた横顔は感慨深げでも懐かしげでもなく……要するに、見てわかるほど大きな感情はなくって、お兄ちゃんはただなんの気なしに『雪だ』と呟いただけのようだった。

 

「ユキ……ですよ。……司令官」

 

 未練がましく囁く。

 視線に気づいて私を見下ろすお兄ちゃんから逃げるように顔を逸らし、窓に映る自分の顔を見つめる。

 そに言葉は窓越しに映る兄に向けてか、それとも吹雪を演じる自分自身に向けてか……。白く彩られていく庭の右の方へそっと顔を向けながら、お兄ちゃんの声が聞こえないように目に意識を集中させた。

 

 定期健診。

 事故に遭って以来、お兄ちゃんは通院して体の様子を見てもらっている。

 ちょっと前までは大きな機械に通されて脳を直接調べられていたのだけど、どこにも異常は見られないから、今は簡単な検査で済まされている。

 

「あの、司令官。具合が悪かったりはしませんか?」

「ん? いや、特には……大丈夫だけど」

 

 いつもは正直にお兄ちゃんの記憶障害の事を話して病院に行くのだけど、今回はそれができない。だからお兄ちゃんには風邪をひいてもらう事にした。といっても、実際に部屋を寒くしたりだとか、水をかけたりだとかして風邪にさせるのではなく、そう思わせるに留めるつもりだ。

 症状がないからといって引いてない訳じゃないと強気に押し込んでいけば、とうとう折れたお兄ちゃんを病院に連れて行く事に成功した。

 お医者様には予めどういった理由を話して連れて行くか伝えておいたので、上手くやってくれた。はらはらしてたけど、お兄ちゃんは最後まで自分が風邪なんだろうかって悩んでいるだけだった。

 

 

 冬休みが終わると、私は学校に行かなくてはならなくなってしまった。

 でも吹雪がこの世界の学校に行くのはおかしい。……そう思っていたのだけど、私が支度をして、いざ家を出る寸前で学校に行くと言えば、意外なほどあっさり納得した。そういえば前に私が制服を着ている理由を言っていたような……それのおかげかな。

 

「吹雪~……ねぇ、ほんとに校内でもこう呼ばなきゃ駄目?」

「うん。わがままだけど、お願い……聞いてほしい、かな」

 

 椅子の背もたれの方へ足を通して重ねた両腕に顎を乗せた朝姫ちゃんが、後ろの席の私に不満顔でそう言った。

 そう呼んでくれなきゃ崩れちゃいそうだから、どうしてもお願いしたいの。

 

「お前がそれを望むなら私は構わない……としか言えない」

 

 机の横に立つ真夕美ちゃんは、無条件で私に味方をしてくれる。でもその口振りは、やっぱり渋々といった感じだ。嫌だけど、私が言うから……。私もそれをわかっていて頼んでいる。

 暗い瞳で見下ろす真夕美ちゃんを真下から見上げていると、クラスメイトの女の子が近付いてきた。

 

「お話し中ごめんね。ユキちゃんユキちゃん、やっぱり日誌私に書かせてくれない?」

「うん、いいよ。じゃあ私は黒板消すね」

「ごめんねー」

 

 机の中から取り出した黒い冊子を手渡すと、片手を顔の前に立てて謝った彼女は、そそくさと自分の席に戻って行った。

 

「おい……あれは良いのか? 吹雪じゃなくユキって呼んでるぜ」

 

 窓際の壁に座り込んで背を預ける綾華ちゃんがだるそうに問いかけてくる。

 あれは……名前の部分だけ勝手に『吹雪』に変換してるから大丈夫。

 でもみんなは駄目。私と親しいから、ユキって呼ばれたらおかしくなっちゃいそうで、怖い。

 そのためだけに友達にこんな事強要してるんだから、ほんと、私って……。

 

「ま、別にいーよ。朝姫は吹雪お気に入りだし? ぜんぜん構わないし」

「他の子に聞き咎められると誤魔化すのに苦労するが、その程度だ」

「なんか美味いもん作ってくれりゃいい」

 

 三人とも継続して私が吹雪になる事を支援してくれるみたい。

 これで安心してお兄ちゃんと過ごせる。……あ、でも、吹雪になるんだったらお兄ちゃんなんて呼んでちゃ駄目だよね。私はもうユキじゃないんだから。……家族じゃないんだから。

 大丈夫、お兄ちゃんは吹雪と結婚したいって言ってた。結婚すればまた家族に戻れる。その時まで頑張れば良いだけ。ほんのちょっとの我慢だ。

 

 2月10日。

 

「じゃーん! これなーんだ?」

「なんだそのいかがわしい――」

「……錠前?」

 

 唐突に朝姫ちゃんが手を持ち上げ、ぶら下げてみせたのは、ハート形の錠前だった。見覚えがある。……艦これの、艦娘を保護する機能のマーク。何かを言いかけた真夕美ちゃんは口元を手で覆って顔を反らした。それを面白そうに朝姫ちゃんが目で追っている。

 

「そ、錠前。なーんの変哲もない錠前だよ? どこかのむっつりさんは違う物と想像したみたいだけどねぇ」

「少し言葉選びを間違えただけだ」

 

 顔を赤くして怒る真夕美ちゃんは、自分にぐでーっと体を預ける綾華ちゃんの腰を抱いて同意を求めるように顔を向けた。大人しい日の綾華ちゃんはほんとになんにも喋らないから、無視されてたけど。

 

「まあそんな事はどうでも良いのよ。ね、吹雪。これからも私達に協力してほしかったらさぁ……ね? わかるでしょ?」

 

 あくどい笑みを浮かべた朝姫ちゃんがぐいぐいとハート型の錠前を押し付けてくるのに困惑する。

 わかるでしょと言われても、えっと……お菓子作ってくれば良いのかな。でも朝姫ちゃん、良いものいっぱい食べてるって自慢してたし、こないだの身体測定で体重計乗った後に五体投地してたし。

 お菓子じゃないなら…………なんだろう。

 

「本気でわからないって顔してるわね。この錠前が目に入っていらっしゃらない?」

「え、でも私、鍵なんて持ってないよ?」

「お前なら針金一つでたいていの物は開錠できるだろう」

 

 その鍵を開けて欲しいのかと思ったけど、どうも違うみたい。というか真夕美ちゃん、私そんな泥棒さんみたいな特技持ってないよ!

 

「だからぁ、あんた艦娘でしょ? 艦娘ならこれ必須だよね?」

「どういう流れでそうなるのかわかんないよ……」

「疎いねぇ。だからさ、あんた司令官の下にいるたった一人の大事なだぁいじな艦娘なのよ? なのに保護されてないっておかしいじゃない」

 

 あ……言われてみればたしかにそうかも。

 今お兄ちゃんと一緒にいる艦娘は私だけだ。それで、お兄ちゃんはゲームの方だと全部の艦娘にロックをかけている。なのに私にはかけてない。それは確かにおかしい。

 

「だから、はい。これ参考にして作っちゃって!」

「え? え?」

 

 参考にと言われても、と戸惑いつつ受け取れば、その錠前が鉄や何かでできているのではないと気づいた。

 銀紙に包まれたチョコレート。それが錠前の正体だった。

 

「なるほど、突拍子もないと思っていたが、バレンタインにかこつけて渡せば問題ないな」

「あると思うなぁ……だってこれ、恥ずかしいよ? つけてなんて言えないよ……」

「そこは度胸よ! 私の知る吹雪なら絶対やってくれるはず!」

「朝姫ちゃんの願望が多分に詰め込まれてる気がするんだけど……でも、そうだよね。やる前から恥ずかしがってても意味ないよね」

「そうそう! だって向こうから言ってこないって事は、そういう事かもしれないし」

「……うん。私、ちゃんと司令官にロックかけてもらわなきゃ」

「そそ。あんたの司令官サマのモノにしてもらいなさい」

「うん。頑張る」

 

 そういう訳で、二日後の14日までにチョコを作ってお兄ちゃんに突撃した。

 結果は言うまでもなかった。学校でみんなに結果を報告したんだけど、朝姫ちゃんは「あ、マジでやったんだ」と驚いてて、真夕美ちゃんは「そらそーだ」と呆れていて、綾華ちゃんは真夕美ちゃんに抱き付いてぐったりしてた。

 

 

 ここ数日、朝姫ちゃんの邸宅で艦娘の練習に入れ込んでいる。

 正確には敷地内の温水プールで、だ。

 朝姫ちゃん一人のために設えられた施設は広大で、だからこそ凄く寂しげだった。大きなウォータースライダーも、波の出るプールも、曲がりくねった流れるプールも、一人だとそんなに楽しそうじゃない。

 実際朝姫ちゃんもそう感じていたみたで、私達は頻繁にここに呼ばれて一緒に遊んでいた。

 最近はもっぱら朝姫ちゃんが造らせた『艤装』を私が使用して航行の予行演習をしている。

 鉄の塊は背負うとずっしりと重く、肩で支える紐は下に厚い布地が仕込んであるにも関わらず食い込んで痛い。気を抜けば腰にかかる重量に後ろに倒れて腰が折れてしまいそうだった。

 紐を引いてエンジンをかけると、体が小刻みに揺さぶられる状態がずっと続く。これに慣れるのには十分もかかった。それでもまだスタートラインには立てないのだから、艦娘への道は厳しい。

 

「ま、あんたなら五分で走れるようになるでしょ」

 

 とお気楽に言う朝姫ちゃんだけど、うう、無理だよそんなの……重いし、ぐらぐらするし、水の上に立ったらすぐバランスを崩しそうになって変なダンスを踊っちゃったし。

 それでも格闘してなんとか普通に立てるようになると、朝姫ちゃんはかけていたサングラスを外して真ん丸に開いた目を私に向けていた。真夕美ちゃんも珍しい呆け顔で、綾華ちゃんはチェアーにうつ伏せになってぐったりしていた。

 できちゃうんだー、と呟く朝姫ちゃんの声が印象的だった。

 

 それから三日。流れるプールも波の出るプールも航行に支障をきたさなくなって、昨日は海でも大丈夫だった。念のため待機していた朝姫ちゃんのボディーガードのみなさんがすっごくざわついていたのは、きっとその日が寒かったからだろう。海の上を走ると芯まで凍えるって学習した私は、次は足に装着する艤装に懐炉の機能をつけてもらって挑む事にした。

 今日はついに武装を用いた訓練が始まる。

 

「いっぱしの艦娘になったからって、戦えなければただの的だよ。ま、この世界に外敵はいないし、外でんなもん振り回したらマッハでお縄だけどさ。持ち出し禁止だよ?」

「う、うん」

「ペイント弾だと聞いていたが、危険なのか?」

「当たると痛いし、目に入ったりしたら最悪だね。吹雪が私達に向けて撃つ訳ないから安心して観戦しましょ」

「オレの分はないのか?」

「ない」

 

 既に水上に立って足下の水を激しく波立たせている私に、プールサイドで寛ぐ三人がわいのわいのと声を投げかけてくる。今日は綾華ちゃんは元気で朝姫ちゃんに私の持つ『プロト12.7cm連装砲(ペイント弾)』を要求してたけど、あっさり切り捨てられていた。

 「そもそもあんた艤装使えないじゃん」とは朝姫ちゃんの言葉。

 そうなのだ。私より身体能力の高い綾華ちゃんは、艤装を用いて水上に立とうとして転んでしまっていた。何度試してもそう。真夕美ちゃんも朝姫ちゃんもできそうにないって。

 そもそも私以外まともに水上に立てた人間はいないっていってたけど、冗談だよね? 理論上は水上歩行が可能だけど、と言葉を濁されたけど、ええと、私でもこの状態で水の上を歩く事はできないし、私おかしくないよね? ね?

 

「そいじゃ訓練開始。がんばれー」

 

 今日のために波の出るプールの波が高い方、その壁に横に走る鉄のレールが五列並んでいる。そこに大小さまざまな円形の的が滑ってきて、それを打ち抜く訓練だ。

 こんな事に何の意味があるかと聞かれると答えに詰まってしまうけど、朝姫ちゃんがやれる事はやっといた方が良いって言うから、やらせてもらってる。……朝姫ちゃんの暇潰しにしかなってないような気もするけど……。

 館内放送で甲高い笛の音が響き渡ると、痛む耳を気にする暇もなく的が出てくる。向こうの壁は左右に少しだけ壁を伸ばしていて、そこにもレールが走っているから、的の距離もかわってくる。

 本日初仕様の連装砲をアニメで見た(朝姫ちゃんに見せてもらった)ままに構え、引き金を引いて撃つ。

 

「っ!」

 

 がくんと体が揺れた。膝を折りそうになって、逆らわず大袈裟に屈伸しながら後ろへ移動し、勢いの全てを殺し切る。砲から伸びる二本の細い鉄の筒は熱を帯びて、吐き出されたペイント弾は壁を越えた向こうに飛んで行ってしまったようだった。

 

「佐野……今あの連装砲とやらが発光したように見えたんだが」

「火薬使ってるから、そりゃマズルフラッシュはあるよね」

「……安全なのか?」

「安全だよ(専門の人間が使えば)」

 

 耳に届く声は意味のなさない音となって霧散していく。腕に残る痺れと、震える体。撃った瞬間に一瞬浮いた腰と、そのままひっくり返りそうになった体。

 ……大丈夫、怖くない。

 ぎゅっとグリップを握り、おそるおそる砲に手を添えて熱が収まったのを確認し、しっかりと支えて狙いを定める。左右に滑っていく的は私の体の震えと上下に揺らす波の動きでしっちゃかめっちゃかだ。

 あれを正確に狙い撃つのはちょっと無理なんじゃないかな……なんて、弱音を吐いてもしょうがないよね。

 

「っ!」

 

 ドゥン、とお腹に響く砲撃音。閉じてしまいそうになった目を見開いて砲身から噴き出た火を見つめる。同時に上半身を後ろへ傾け、グリップを握る右腕を思い切り引く。肘が体の後ろに突き出されれば、ほとんど勢いが逃がされて、でも、全部は無理だった。左足が浮き上がり、右側へ倒れそうになる。それを右足のみの航行でなんとか凌ぎ、両足が水面につくと、早鐘を打つ心臓を治めるために円を描くように動いた。

 ぴたりと止まる。的達と向き合う位置。壁の左上の方に僅かに紫色のインクがべったりとついていて、レールから外れてしまった的と固まったインクがレールの真下の波に揺られていた。

 三度目の正直。

 トリガーを引いた瞬間、緊張で強張った体をなんとか(ほぐ)して自然体に戻し、先程と同じように衝撃を逃がす。今度は右斜め後方への僅かな移動も含めて逃しきった。視線の先の的は一つがペイント弾に穿たれてたわみ、レールから外れてプールに落ちた。バシャッと紫のインクが水を汚す。

 

「……ぶらぼー。あんたまじで凄いわ」

「えへっ」

 

 パチパチと疎らな拍手を送ってくれる朝姫ちゃんの方に体を向けて、ガッツポーズをしてみせた。

 うん、次からは連射もできそう。これならお兄ちゃんに見せても疑われたりする事はなさそうだ。

 と思ったのだけど、やっぱり砲撃を見せるのは取りやめにするんだって。プールが汚れるのはよくないって理由だったけど、何か別の理由もありそうだった。

 とにかく、明日はついに練習の成果を見せる時!

 今日は早めに寝よう。

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