艦娘になろう! 吹雪ごっこ   作:月日星夜(木端妖精)

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最終話
海色


「私は……」

 

 私は、今すぐこの戦いを終わらせる。

 だって、あの人が待ってる。私の愛しい人が……だから、すぐに帰らないといけないの。私がいないと、駄目だから……。

 

「それが君の答えか」

 

 口に出したかそうでないかは曖昧だったけど、先生が反応したなら、声にしてしまったのだろう。

 先生が杖を一振りすれば、まるで魔法みたいに艤装と連装砲が現れて私に装着された。不思議と艤装は私の体にぴったりくっついていて、まるで体の一部みたいに駆動していた。エンジンに揺さぶられる事もなく砲を抱えれば、鉄の表面からにょきっと妖精さんが現れて『よろしく!』と声をかけてきた。よ、よろしく……?

 小さな来訪者はすぐに戻ってしまったけど、一緒に戦ってくれる仲間がいてくれる事に少し安心した。

 

 カァン、と澄んだ高い音が聞こえた。それが何かはわからなかったけど、全身を焦燥感に包まれて砲を構えた。遠くに見える深海棲艦の数は……1。海面に女の子座りになって泣いている子だけ。

 あれが最初の深海棲艦。

 あれが、私が今倒すべき敵。

 グリップを左手に持ち替え、右手の指先で指輪に触れる。冷たいダイヤモンドが私の熱を吸収してほんのりと温まった。

 

 待っててください、司令官。

 深海棲艦なんて、私が必ずやっつけちゃいますから。

 絶対に帰ります。絶対に、幸せになります。

 だから……見守っていてください。

 

 もう一度指輪を撫でて、司令官の愛を思い出す。

 私の全身にキスをしてくれて、笑いかけてくれた。

 私を幸せにしてくれると言ってくれた、愛しい人。

 私は、勝つ。……勝って、この愛と幸せを守ってみせる。

 

 腰を落とし、砲を前に突き出して波立つ海を前へ進む。

 そして、霧の中、最初の深海棲艦と対峙し……雄叫びをあげて、突撃した。

 

 水柱の中を突き進む。

 降り注ぐ雨に濡れ、砲火に腕を焼かれ、それでも決して止まる事なく。

 本物の砲弾が泣いている女の子の体を穿つ。吹き上がった黒い煙が渦を巻き、女の子に吸収されていく。

 気がつけば青かった海は黒く錆びたような色に変化していて。

 金切り声をあげた女の子の目からボロボロと涙がこぼれて海面に触れると、ざばりざばりと海が盛り上がり、様々な深海棲艦が浮き上がってきた。

 駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、軽空母、戦艦、空母。

 黒い異形が咆哮を繰り返し、襲い掛かってくる。

 

「あああっ!!」

 

 叫ぶ。

 叫んで、撃って、叫ぶ。

 

 何が私に痛みを与えてきても、絶対に止まらない。

 

「っ!」

 

 ドゥン、と重い音が響く。前に使った、連装砲を模した物と同じ衝撃。今なら受け流そうとしなくても身体を軽く揺らされるだけ。でもその隙が致命的だった。

 陽炎のように揺らめく異形の怪物たち。私の瞳は忙しなくそいつらを見回して、右に左に上に下にと目まぐるしく視界を移していた。

 戦艦が盾のような砲を僅かに持ち上げるのに反応して砲を構え、撃つ。放たれた砲弾はまっすぐに飛んで、飛来した敵の砲弾にぶつかって爆発を巻き起こした。

 

「っ! くっ!」

 

 昂る熱のせいで、砲撃するたびに噛みしめた歯の隙間から声が漏れる。敵は、たくさん。そのどれが放った砲弾にも当たってはいけないと本能が警鐘を鳴らしていた。

 私は生まれたばかりだから。私は、まだ弱いから。

 だから当たっちゃいけない。でも敵が多すぎて避けられない。

 なら、私に当たる前に撃ち落としちゃえば良いだけだよね。

 

「はっ!」

 

 連続二回の砲撃で二つの砲弾を爆発させて、黒煙の中にもう二発打ち込めば向こうの方で爆発音がした。

 右に航行を開始する。赤熱した砲身の冷却時間(クールタイム)を縮めるために高く波立って飛沫となる海水へ砲を突っ込み、強制的に冷やしていく。

 ぐいと体を捻って上体を斜めに逸らせば、私めがけて飛んできた鉄の塊を避ける事に成功した。と同時に差し向けた砲が火を噴き、彼方にいる駆逐級の青い光の玉を打ち抜いた。

 

『――――――ッ!!』

 

 お皿どうしを擦り合わせたような不快な音が大音量で溢れ出す。魚みたいな駆逐級は横腹が爆発すると、大きく開いた口から限界まで舌代わりの砲身を伸ばし、苦しみの中で息絶えた。沈みゆく異形の左右から人型の軽巡級と重巡級がやって来る。

 

 砲弾はこっちの弾をぶつければ問題ないとはいえ、このままじゃジリ貧。一気に勝負を決めなきゃ勝機はない。私の目的は、あの最初の深海棲艦を倒す事。

 ぐずぐずと鼻を鳴らし、ぼろぼろと涙を零す女の子の周りは常にでこぼこと海面が蠢いていて、ノンストップで新たな深海棲艦が生まれている。

 空には真っ黒な艦載機が一個の塊のように飛んでいて、銃弾の雨を降らせた。そんなの見なくたって躱せる。海が荒れたって関係ない。私、大丈夫だ。今ならなんだってできる。そう感じていた。

 

 それが一時の全能感からもたらされるものだなんて事はわかっていたけど、今はそれに身を任せた方が良いって判断した。

 怯みたくない。

 これだけたくさんの敵といきなり命のやりとりをしようと言われて、実際にそうしていて、まだどこか夢見心地なこの瞬間にこそ勝機がある。

 現実だって認識したら、きっと私……。

 

「はああっ!!」

『――――!!』

 

 三回目の前蹴りで重巡級が持つ半円状の盾のような黒い艤装を蹴り砕いた。これで両腕とも破壊完了。同時にそのお腹に向けていた砲のトリガーを力いっぱい引いて風穴を開ける。片足での砲撃は不安定だからこそ体に勢いを与えてくれる。回転したままに回し蹴りを見舞えば、それで重巡級は沈黙した。その背後に隠れていた空母と軽空母がそれぞれ杖を構え、咆哮をあげて私に対応しようとするのを前に、太ももの魚雷発射管から抜き取った魚雷を無造作に後ろに投げて、右手に持った砲を左の脇の下から後ろへ突き出して砲撃。撃ち抜かれた魚雷は迫ってきていた戦艦ごと爆発した。熱と風が海を叩く。海の中に感じた僅かな気配はきっと潜水艦。対抗手段はない。だから放っておく。倒すのは最後でいい。魚雷で勝手に敵を減らしてくれるし。

 

『――!』

「ふっ! やぁ!」

 

 踏み出してきた空母の振るった杖に手を添えて力の方向を捻じ曲げ、突き返して杖を取り落とさせる。無防備な体に海水を蹴って跳び蹴りを叩き込み、着地と同時にジャンプして前転、勢いの乗った両足キックで後退させ、もう一つおまけにジャンプキックで完全に体勢を崩させるとともに軽空母と同じ位置まで戻ったのを確認する。着地、屈伸。力を逃がす。

 立ち上がって魚雷発射管の向きを前へ。その内の一本だけを二体の真ん中へ行くように放てば、相手が回避しようとする間もなく爆炎が異形を飲み込んだ。その風に乗って後方宙返りを行えば、ずっと強くなった体が私を空の中へ導いてくれた。広々とした海面にひしめき合う深海棲艦。短い滞空時間中にドドン、ドドンと二連続ずつ間をあけて砲撃し、駆逐級と軽巡級の頭を砕いていく。足を振って海面へ向けて矢のように下り立てば、そこは戦艦級の背後だ。人と同じ構造の敵へ組みかかって腕を捻り上げ、思い切り振り回して周囲からの砲撃の盾にする。僅かに漏れた熱が腕や袖を焼き、目が乾いた。辛いけど、死ぬよりマシ。

 

 

 戦う。

 

 

 戦う。

 

 

 ずっとずっと明けない夜の中で戦い続けた。

 

 

 ずっとずっと、最初の深海棲艦を目指して進み続けた。

 

 

 砲ごとぐちゃぐちゃになった腕をそのままに片腕と両足で応戦して、敵から奪った艤装や杖でたくさん殺した。

 

 それで、私……。

 

 わたし……。

 

 

「か、った……」

 

 勝った。

 私は、勝った。

 夥しい量の遺骸が海面に浮いてひしめき合い、私がよろけて転んでしまっても受け止めてくれた。

 どろどろと溶けた鉄が肩を焼いて固まる。艤装と肉体が繋がってしまうと、動くたびにギシギシと骨が軋んで痛かった。

 左目から冷たいものがとろとろと流れている。つぶった目の奥に小さな鉄の破片があるのを感じていた。視界が狭くて、平衡感覚がおかしい。

 

 重い足取りで霧の中を歩く。

 私を中心に広がる霧の壁。

 空まで覆い尽くして、薄暗い空間。

 

「せ、ん……せぇ……」

 

 向こうの方に先生が立っていた。

 戦いが終わって、最初の深海棲艦をやっつけて、それで私、何をしていいかわからなくなって。

 だから、先生に聞こうと思った。

 だって先生なら、相談すればなんでも答えてくれたから。

 

「せんせ……?」

 

 だけど先生は、最初と同じ哀しそうな目で私を見ていた。

 なんでそんな目で私を見るのかがわからない。どうしてか理解できないから、私は自分の体を見下ろして――。

 

「ぁ」

 

 黒かった。

 黒い靄が私の体から立ち昇っていた。

 片方だけ残っていた視界が青白く彩られて揺らめく。

 体中から熱が抜き出て、別のものに変わっていく。

 変身、していく……。

 

「や……やだ、せ、先生……」

 

 助けを求めようと伸ばした手は、もう黒くはなかったけど、死人みたいに青白くなっていた。

 駄目……これ、駄目だ。

 このままじゃ私、私じゃなくなっちゃう!

 

「ん、せ、たすけ、て……!」

 

 伸ばした手の、開いた指の合間から見える先生は、緩やかに首を振って踵を返した。

 ふわふわと揺れる闇のドレスと、大きなリボン。

 残り香のように風に漂う暗闇の残滓が私に別れを告げているみたいで。

 

「先生っ、助けて、助けて先生! せんせっ! 先生ぇーっ!」

 

 がくんと体が揺れた。

 視界が傾いていて、暗い海が広がっていた。

 片足が海に沈もうとしてる。だから引き抜こうとして、ぐいと引っ張られるのに足下を見た。

 深海棲艦が私の足に絡みついていた。

 

「うぁ……」

 

 一体だけじゃない。私が倒した奴ら、全部が私の足を掴んで、もう片方の足にさえ抱き付いてきて、海の底に引きずり込もうとしてくる。

 

「あ、ああ……ぁあああっ!!」

 

 必死で抵抗した。

 壊れた砲で殴りつけて、めちゃくちゃに体を動かして。

 だって、帰るって、私、帰らなきゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たすけて、おにいちゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 土砂降りの雨の中、そこだけ切り取られたみたいに水の無い空間があった。

 全身黒の女性……真は、じっと手の平に乗せた指輪を見つめていた。

 大粒のダイヤは半分以上が削げ、鉄の輪は融解し、白く濁って、歪な形になっている。

 大切な指輪の持ち主はもういない。

 空を見上げた真は、手に杖を出現させて地面を突くと、闇に包まれて姿を消した。

 雨が降る。

 誰かがいたという痕跡が流されていく。

 もう二度と、空が晴れる事はなかった。




・BAD END 裏切りの代価
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