「あ、このビスケットおいしい」
通販から届いたお菓子を口に運びながら、私は居間でくつろいでいた。
通販のカタログのお菓子欄で、なんとなくおいしそうと思い、なんとなく買ってみたが、
どうやら自分の勘は正しかったようだ。
全粒粉のサクサク!と音を立て、そして口に広がるホロホロ感が何とも言えない。
そして、テンサイのほんのりした甘味が、まさに絶妙と言っても良い。
少し苦いコーヒーを飲むことで、その甘さが更に引き立つというものだ。
「たまには、こんな日もあっていいよね」
私は一息ついた。
ラジオから流れるピアノの旋律が、私を優しく包んでくれる。
本当に至福の時だ。
いつもは子供たちが押し掛け・・・遊びに来て忙しいのだが、不思議と今日は違った。
まぁ、そんな日があっても良いんじゃないかな、私の心労的に。
兎耳少女束のプレゼントに心を折られ、
好きに生きるという現実逃避を掲げた私である。
因みに、貰ったプレゼントだが、ネックレスとして肌身離さず身に着けている。
そのままでは、ただのガラス玉と間違われやすいと思ったので、自分で装飾してみたわけだ。
まぁ、貰ったプレゼントを邪険にするほど、私も腐ってはいないからね。
名前が厄そのものなんだけど。
金の鎖をあしらった、シンプルなネックレス。
指輪では、コアが大きすぎて邪魔だし、腕輪にしても同じだ。
耳飾りとか、耳に穴を開ける勇気は私にはないので無理。
好きに生きるとは言ったものの、
別段、今の生活を変えたこともないというのが現実である。
それこそ、『のんびり生きる』ことが私の望みなのだ。
だからこうして、いつもの日々を生きているという訳だ。
というか、今この瞬間が私の望み通りの生き方だもの。それを変えようなんてとんでもない。
喧しく、騒々しく、好き勝手しやがるも、別段子供たちが嫌いというわけではない。
むしろ子供は好きだ。
だが兎耳、お前は駄目だ。
御近所の子供たちが押し掛けてくるが、本心では嫌だって訳じゃない。
というわけで、私はこれからもいつも通りに、のんびりと過ごすことを決意した訳だ。
確かにこの世界がライトノベルの箱庭であり、兎耳が重要人物であったとしよう。
それがどうしたというのだ。
仮にこの世界が戦争まっただ中の世界で、どこもかしこも殺し合い、
どいつもこいつも蹴落とし合う修羅の世界であったならば、
私は声を上げて神様を罵って、呪詛をまき散らして、生き足掻くだろう。
でも、この世界はそんなことはないと、転生前に神様に確認を取ったのだ。
それこそ、ロボットが出るも、そんな戦争世界へ突入するわけでもなく、
むしろ真逆の恋愛コメディがメインだと言うではないか。
どこの誰が主人公なのかは知らないが、
私のあずかり知らない処で存分にイチャイチャすればいい。
私は、自分の生活が守られて、面倒なことに巻き込まれなければ良いのだから。
仮に、先にも述べた様な夢も希望もない世界になった場合、私は間違いなく泣く。
もう人目もはばからず大泣きしてやる。
いかんいかん、思考が変な方向に行っちゃった。
そんな訳で、私はこうしてのんびりと一人の時間を過ごしているというわけだ。
「もう一杯、コーヒーを淹れようかな」
私は飲んでしまった空のカップにもう一度コーヒーを淹れようと立ち上がり、
再び戻ってくると、目の前の光景に一瞬固まった。
「みーちゃん!このビスケット美味しいね!」
私の目の前には、私のビスケットを齧る兎がそこにいた。
「で、私の至福の時間をぶち壊しやがった貴女は、一体何をしに来たんだ?
あと、勝手に私の菓子を食べるんじゃない」
「すみませんごめんなさい美味しそうだったからつい魔がさしてひぃ!?やめて凸ピンは止めて」
眼の光が消えかかって謝る兎に溜息を吐きつつ、私はコーヒーを差し出す。
「それで、何かあったんでしょ?」
「わかるの?」
「いや、何となくね」
差し出されたコーヒーを飲みつつ、束は私に顔を向ける。
まぁ、そういうのは少しだが敏感なんでね。
「別に話したくないんなら、話さなくても良いし。私もあれこれと聞く気もないからね」
よっこらしょ、と私は束の対面側に腰を下ろし、コーヒーを口に運ぶ。
対する束は、黙ったままだ。
ふと、前にもこんなことがあったな、と私は一夏少年を保護した時のことが頭を過り、
思い出し笑いで、苦笑する。
それからどれほどの時間過ぎたのだろうか。
数分?数時間?もしかしたらそんなに過ぎていないのかもしれない。
空になった束のカップにコーヒーを注いだり、空の籠にお菓子を補充したりとしたが、
その間も、一言もしゃべることはなかった。
「ねぇ、みーちゃん」
「ん?」
沈黙を破ったのは束だった。
「この世界についてどう思う?」
「その質問か」
以前、私にプレゼントを渡す際に問われた言葉。
私は、『別に絶望するほどじゃない』と答えた問いだ。
「変わらないよ。私はこの世界に、さほど絶望してはいない。
子供たちが遊びに来て振り回されるのも、大変といえば大変だが、別に嫌いでもない」
「そうなんだ」
「突然理不尽なことが起きることもあるし、かといって、思いも寄らない救いもある」
「そうだね」
「それに、私にも親友が出来た。だから、この世界には一応、感謝はしているよ。
まぁ、頭に兎耳を着けた変わった友人ではあるがね」
「そうなんだ」
暫しの沈黙の後、束が「えっ!?」と驚いたが、私は素知らぬ顔でコーヒーを飲む。
内心では、自分の発言に悶絶しておりますが。
「ねー、みーちゃん?もう一度言ってくれる?」
「何が?」
「だから、今言った言葉」
「だから何が?」
「けち」
「ケチじゃない、倹約家です」
やいのやいのと言葉を交わす間に、束の顔は先ほどと少し明るくなったように見えた。
そんな気がした。
くだらない言い合いが続き、籠の菓子もなくなり、空が赤くなった頃、束は立ち上がった。
「ありがとね、みーちゃん。また来ていいかな?」
「なら先に連絡を寄越しなさい。お茶とお菓子ぐらいは用意しといてあげる」
「うん」
そう言って、家の縁側から去っていく束を見送った後、私は通販のお菓子欄に目を落とす。
今度来た時は、パンナコッタでもごちそうしてやるか、
そう呟いた私の口元は、不思議と笑っていた。