「二人が誘拐されました」
その言葉は、私の耳を通り過ぎていった。最初は理解できず、ただ聞き流していた。そしてその言葉の意味を理解すると、私は目の前の女に掴みかかった。女は日本政府から派遣された外交官だが、そんなことは今の私には関係ない。美人ではあろうが、目元が吊り上っている顔の外交官からの言葉に、私はその意味を問い詰める。
決勝戦の準備があり、私は一夏とみやこさんと別れ、先にホテルから出発した。その後はISの調整をしつつ、準備体操として身体を解していた。ついさっき、ホテルから二人が出発したことを聞き、決勝戦前に二人の顔を見ようと待っていた。これまでも試合前には二人と顔を合わせ、一夏の応援とみやこさんの小言を聞いてきた。そうすると不思議と緊張感がほぐれ、自分としても気持ちよく試合に向かうことが出来た。しかし、そろそろ着いてもいいころだというのに、いっこうに二人が来ない。渋滞かなにかで遅れていると思い、しばらく待っても連絡すら来ない。何か嫌な予感を感じ、私はみやこさんに電話をかけようとした。その時、外交官が扉を叩き、深刻な顔をして私に伝えたのだ。『二人が誘拐された』と。
「何を・・・言っているんだ?」
外交官の胸ぐらを掴み、そしてぎりぎりと力を込めて締め上げていく。外交官の顔は酷く狼狽し、締めあげている私の手を掴んだ。だが私は更にキリキリと絞めあげていく。
「先ほど・・・日本の大使館に連絡があったの。織斑一夏とその・・・同伴者を預かっていると。その後に、ホテルの倉庫から、縛られて気を失っていた、運転手が発見されたわ。そして送迎用の車が、近くの駐車場から見つかった。如月みやこに着けていた発信機と一緒にね。無事返してほしいのなら、決勝戦を辞退しろ・・・と。二人の写真も、一緒に、送られてきたわ・・・」
外交官が私に見せた写真には、真っ暗な部屋の中、薄暗い明りの下で椅子に縛られている女性と少年の姿。確かに二人だった。私は締め上げていた外交官を突き離し、部屋の扉へと向かう。
「何を・・・する気なの!?」
「決まっている、決勝戦を辞退しに行くんだ」
咳きこみながら、たどたどしい言葉で外交官が問う。それさえも無駄な時間だと感じ、私は扉へと足を進める。だが扉の前で、彼女を護衛していたSPたちが壁となる。どうやら私をここから出す気はないらしい。
「馬鹿なことはやめなさい」
外交官の言葉に、私は声を荒げて振り向いた。
「馬鹿なことだと!?私の家族が、友人が、私のせいで危険な目に遭っているんだぞ!相手の要求が私が決勝戦を辞退することなら、私は喜んで辞退する!」
私の言葉に外交官はたじろぎながらも、私の顔を見据える。
「早まった真似はやめなさい。この件については日本政府がドイツと話し合っているわ。それにドイツの警察と協力して二人の行方を捜している。じきに二人は見つかるわ」
「ふざけるな!そんな、そんな悠長なことを待っていられるか!もしも相手に気づかれたら二人はどうなるんだ?もしも二人に何かあったらどうするんだ!私が辞退すれば二人が無事に戻ってくるんだろ?なら私の答えは一つしかない!」
「仮に貴女が決勝戦を辞退したとしても、二人が帰ってくる保証なんてないわ。それこそそのまま二人を連れ去る可能性もあるのよ?二人が心配なのは解ります。ですが少しは落ち着いてください。今の貴女は、冷静な判断が出来ていないのよ」
「家族が誘拐されて冷静になれるわけがないだろう!私の、私のせいで、あの二人は巻き込まれたんだぞ!」
私は扉の前に立つSPたちに向かい、いら立ちも含めて言葉に出す。
「そこをどけ」
「出来ません」
サングラスで目元が隠されていて表情が読めない。彼らも仕事だから仕方がないのだろうが、私には関係なかった。一刻も早く、二人を救わなければならないんだ。私のせいで、二人が危険な目に遭っているんだから。どけと言う私の言葉に、SPたちは「出来ない」と動かない。もはや力づくででも!、と私が拳を握ろうとした瞬間、私の携帯電話が鳴りだした。
私はすぐに携帯電話を手に取り、相手を確認する。相手先は非通知設定。私は震える手で受話器のボタンを押した。
「ぐーてんもーげーん?あれ、ぐーてんたーく?どっちでもいっか!ハロハロ~」
「何の用だ」
ミシリと携帯電話から音がした。
「うんとね~、今ちーちゃんがとんでもないことになってるって聞いてね、だから電話したの~」
「そうか」
私はそのまま電話を切ろうとして、携帯電話を握りしめる。
「ちょちょちょちょっとまって!流石にそれはダメだと思うの!」
「もう一度聞く、何の用だ」
ミシリミシリと音を立てながら、私は冷静に言葉を待った。
「いっくんとみーちゃんの場所、知りたい?」
「どこだ!二人はどこにいる!さっさと答えろ!」
私は相手の言葉を覆うように問いただす。私の大声に、周りのスタッフや外交官たちが驚く。
「ちょっと、声が大きいってちーちゃん。ああ、耳がキーンするぅ・・・」
「貴様のことなどどうでもいい!さっさとしないと今すぐにでも・・「うーんとね、そろそろだと思うんだ」なんのことだ?」
私は、割り込んできたその言葉に言葉を噤む。そろそろだと?いったい何が・・・。
その内心に応えるように、あらゆる電化製品がプツリとキレた。まるでブレーカーを落としたかのように。突然真っ暗になったことに戸惑うスタッフたち。観客席の方でもざわざわと戸惑いの様子が聞こえてきた。唯一の明かりは、空高く照らす月の光のみ。そして停電から数秒後、まるで何もなかったかのように再び電気が戻る。周りでは「いったい何が起こったんだ?」という声が聞こえる。
「もしもし~?」
私は携帯電話から聞こえる声に耳を傾ける。
「今のはなんだ?」
「『白兎』が起動した影響・・・かな」
「な!?」
その言葉に、私は危うく電話を落としかけた。なぜならその名前は・・・。私はそのことを問いただそうとするが、パチンと不意にテレビがつき、そちらに意識をむけた。電気コードにつながれたテレビ。それはどこにでもあるテレビだ。それこそ言葉で電源がつく機能はついていない。もちろん、誰も電源に触れていない。そう、勝手に電源がついたのだ。そして映った画面には、街の地図と赤い点。
「一応、警察の方にも連絡を入れておいたから急いだ方が良いかも~。まあみーちゃん等の方は、『白兎』が起動したから大丈夫じゃないかな~。まあでも、心配ならすぐに行ってあげた方が良いかもね」
でわでわ~との言葉の後、ぶつりと電話が切れた。私はすぐに行動した。すぐさま待機状態のISに乗り込み、そのまま、先ほどテレビに映った地図に示された場所へと文字通り飛び出した。後ろでは外交官とスタッフの声が聞こえたが、私はそれらを無視した。足もとの道路では、ドイツの警察車両がサイレンを鳴らしながら走り出している。おそらく、私と同じ場所に向かっているのだろう。だからこそ、私は彼らよりも先に着かなくてはならない。
「二人とも無事でいてくれ・・・!」
ISの出力を最大にし、私は一目散に向かった。
「何だよ・・・そりゃ」
目の前のそいつに、私が出した言葉はそれだ。ぶっちゃけて言えば、今回の仕事は簡単だと思っていた。ただのクソガキを浚って、ブリュンヒルデの出場を阻止すればいいだけの話だった。仕事自体は楽なものだ。相手のお抱えのSPをボコって縛り上げて入れ替わり、クソガキを催眠ガスで眠らせ、車を入れ替えて監禁場所へ連行。後は日本政府に電話をすれば完了のはずだった。予想外だったのが、クソガキの他におまけが付いてきたこと。なんでも、ブリュンヒルデの友人だかなんからしかった。まあでも、私のやることは変わらない。おまけの女も眠らせ、ガキともども監禁した。
が、このおまけの女は思いのほかイカレテやがった。開口一言目が、「おや?着いたのか?」だ。ねぼけるのも大概にしろと言いたかったが、私は我慢した。状況を理解した後も、「取りあえず紐を解いてくれないか?」だ。その上、脅しで銃を突きつけりゃ「今何時だ?」だ。私も大概だが、女も私と似て頭がイカレていた。いや、この状況でおかしくなったのかもしれないが、私からすれば素だろ。
そしてクソガキのことを教えれば、頑丈に縛っていた紐をどうやってか解き、挙句に殴り掛かってきた。ISの自動防御がなければ危なかったかもしれない。取りあえず、手か足の一本でも切り落とせば嫌でも大人しくなるだろう思えば、女の身体が光り、そこに立っていたのはISだったわけだ。
カラーリングは白であり、ところどころに走る紅い線が、まるで脈を打つかのようにドクンドクンと光っている。大きさと言えば、ゴテゴテと装甲を纏ったせいで一回り大きくなった今のISと比べても小さく、むしろ人に近いシルエットをしている。そして今では搭乗者を守る絶対防御により、ほとんど見られなくなった
私はその結論に至り、口元を歪める。それは予想外のチャンスがやってきたことに対する歓喜。たかがクソガキを浚うというくそつまらない仕事で、まさか日本の実験機という大物に出くわすことになろうとはな。ならばこいつを奪えば大手柄になる。それこそ、エビで鯛を釣るとはこのことか。
「なんでてめぇがISを持っていたかなんてのはどうだっていい」
私は下で唇を舐める。
「いいぜ。ならてめぇをぶっ潰してそのISをいただいてやるよ!」
私は自分の
「なるほど、それがてめぇのISの力か!」
私はすぐさま右手の銃を捨て、呼び出したビームサーベルで切り裂く。やはり素人なのか、白いISは動かない。私は自分のIS、アラクネの機能である背中に搭載された8本の疑似アームを稼働させる。疑似アームはシステムに則り、目の前の敵を串刺しにしよう、まるで両手で包み込むかのように動く。が、それも現れた装甲板によって遮られる。
「くそが!」
私は奇襲に失敗したことに毒づき、一度距離を離した。
「ったく、なんて性能だ」
私の攻撃を悉く防ぐ自動防衛システム。おそらく、それが目の前のISの力。だが、実験機だからだろうか、それに容量を取られているようで、こちらに対して何もしない。いや、出来ないのだろう。乗り手もずぶの素人みてぇのようだし、ISをうまく動かせないのも原因か。
「まあでも、一方的にいたぶるのも悪かねぇぜ!」
私は再び両手にマシンガンを取り出し、銃先を相手に向ける。すると目の前のISが初めて動きを見せる。右腕を顔の視界まで上げ、しきりに手を握っては開き、握っては開く。そして今度は左手で同じことを繰り返す。まるで初期動作を確認するかのように。そして動作確認が終わったのか、私の方へと顔を向ける。その姿はまるで、
「フザケルナァァァァァ!」
私は引き金を絞り続け、目の前の
「ぶっ壊れちまえよクソがぁ!!」
両手のマシンガンの弾がきれると、それらを捨てて新しい銃を取り出し、途切れることなく撃ち続ける。部屋が硝煙で満たされ、視界が不明瞭になる。だがISのセンサーが奴の姿を未だ認識する。装甲板に守られたのか、奴はまだ動いている。
「ならこいつはどうだぁ!」
今度は鉛弾ではなく榴弾だ。これで奴の装甲板をぶち抜いてやる!スコープ越しに奴をとらえようとした瞬間、そのISが突然と消えた。まるで煙のように音もなく。センサーを使用するも、屋内に存在が認識できない。モニターに映るのは部下とクソガキだけ。どこだどこに・・・!?センサーが反応する。それはまるで突然現れたかのようにセンサーに映った。そしてその位置は・・・!?
「後ろだとぉ!?」
私は振り向きざまに串刺しにしようと振動ナイフを取り出すが、白いISが私を抱きしめたせいで腕の稼働領域が狭まり、思うように動かせない。
「クソ!離せ!離せつってんだろ!」
じたばたと足掻くが、がっちりと稼働領域をきめられて動けない。私は目の前にある、装甲に覆われたクソ女の顔を睨み付け、罵倒を繰り返すが、相手は意を返さないそうに無言。突如後ろのバックパックらしき箱が開き、ISに走るラインと同じように紅い光が覗く。その瞬間、クソISが私を抱えて飛び立った。天井の壁を私を盾にして突き抜け、私たちは空に上がる。下に見える町の光が豆粒のようだ。天井を突き抜けた時のダメージで、私のISが悲鳴を上げるようにモニターに損傷の警告があふれ出す。目の前の仮面が、まるで何かを探すかのように視界を巡らし、今度は下に向かって墜ちていく。そして今度は私を下に向け、そのままガリガリと地面を削り出す。そしてようやく動きが止まり、目の前のISが私から離れた。もはやエネルギーもゼロに近いが、私はボロボロのアラクネを動かし、何とか立ち上がる。そして気づく。ここは先ほどまで倉庫ではなく、そこから遠く離れた、海岸に近い空き地であることに。
『アブナイカラ、アソコカラハナサセテモラッタ』
突如入る相手からの通信。その声は機械を通して雑音が混じり、はっきりとは聞き取りにくかった。だが、私にははっきりと理解した。私はこいつに、このISに、
「ふざけるなぁぁァァァァアl!」
バチバチと火花が散る右腕で銃を取り出し、相手に向ける。だが放たれた弾は周囲に浮いている装甲板に阻まれる。カチッカチッと弾切れの音が空しく響く。
『シカタガナイカ』
その声を合図に、背中のバックパックもどきが先ほどのように音を立てて稼働。同じように赤い光が漏れ、その光が全方位へと拡散する。まるで波紋のようにISを中心として周りへと光が広がっていく。そしてその光を受けた瞬間、私のISが停止した。文字通り、まるで強制的に電源を切られたかのように。
「な、何がおこったんだよ」
私は動かなくなったISに戸惑い、身体を動かそうとして気づく。動かなくなったISは量子化されず、まるで拘束具のように私を縛っていることに。
「くそ!なんで量子化されねぇんだよ!動けねぇぞくそがぁ!」
薄汚く罵ったところでISは動かない。私は目の前のISへと顔を動かす。謎の光を放ったISは、そのまま私を見ていたが、まるで興味を無くしたかのように踵を返す。
「待てよてめぇ!私と戦え!逃げるんじゃねぇ!」
私の言葉を気にもせずにISはゆっくりとそれらへと昇り、真っ暗の空に出鱈目な赤い線を描いて消えていった。
薄暗い部屋の中で、俺は縛られていた。天井に着けられた薄暗い電灯だけが唯一の光源だった。目の前には唯一の入口であろう扉がある。当初、俺はどうしてこんなところにいて、しかもなぜ縛られているか判らなかった。だがなんとなく、俺はなにか厄介なことが起きているということは理解できた。そして同時に、みやこさんのことが気になった。おそらく、一緒にいただろうみやこさんも、同じような状況かもしれない。取りあえず、どうにかしてここから出ないと。俺はそう思い、縛られている身体を転がるように移動し、どうにか扉の前にやってきた。だが案の定、縛られているせいで手が使えず、ドアノブが動かせない。
「どうしよう・・・」
意外な障害に俺は頭を抱えた。うーんうーんと頭をひねっていると、誰かが近づいてくる音が聞こえる。そして次に、なにやら「アチョォォォォ!」やら「アチャァァァァ!」という叫び声。その後しばらく静寂が訪れ、ドアノブが動いた。そして扉の前にいたのは、
「無事か一夏少年。無事なら試合会場に行こうか」
擦り傷や埃まみれでボロボロのみやこさんが、いつも通りの口調で立っていたのだった。