IS-理外の観察者   作:SINSOU

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16話

地下室に紐でぐるぐる巻きにされた一夏少年を見つけた私は、彼をそのまま米俵のように抱えて外へと歩いて行った。一夏少年を見つける前にひと騒動あったが、それはどうでもいいことだ。ご丁寧に扉の前で立っていた見張りを、通信制でならったカラテと飯食って映画見て寝たことによる鍛錬で一網打尽にしただけである。その際、相手のグラサン女に何発も鋭い拳を貰ったが、そこはこの世界に来た際の特典に助けられた。最後辺り、彼らは私をまるで化け物を見るように怯えていた。まったくもって酷いものだ。こっちは殴られる度に、体内を駆け巡る激痛に歯を食いしばって耐えていただけなのに。まあ銃で撃たれなかったのは幸運だった。しかし、倒れない私に怯えるとは情けない。『血が出るなら殺せはずだ!』と、宇宙狩猟人に単身で戦った州知事を見習えと言いたい。

 

一夏少年を運んでいる際、彼は紐を解けば歩けますから!と言っていたが、生憎とそこまで悠長な時間がないのだ。グラサン女等を縛り上げた際、腕時計で時間を確認して私は血の気が引いた。千冬少女の決勝戦まで時間が残りわずかであったのだ。あのヤンキー姉貴め、「なにがまだ時間がある」だ。全く時間なんてないじゃないの!取りあえず、私は色々あってふらついている頭で考えた。自分たちがどこにいるのかを確認した後、これから行う必要条件を纏める。捕まえられるか判らないタクシーを見つけ、交通状態、会場までの距離、その他を含めた時間・・・。

うん、どう考えても決勝戦に間に合わない。電話で無事を連絡しようにも、捕まった際に携帯電話は取り上げられたらしく手元にはない。かといって取りに戻るのも疲れるし、近くの公衆電話を探すしかな・・・しまった!千冬少女の電話番号を覚えてないぞ!?そんなことを内心で考えながら、私たちは外へと出た。どうあっても間に合わないということを理解した私は、一夏少年を地に降ろし、縛っている紐を解く。どうせ間に合わないんだ、ゆっくり行っても別にいいか。千冬少女に会った際は素直に怒られよう。しかし、今からタクシーを見つけないといかんとはなぁ、疲れるなぁと笑ってごまかす。私の言葉に、一夏少年も苦笑い。その直後、たぶん会場方面だろうか、そちらから何かが近づいてくるのを感じた。それ一筋の光だった。まるで一直線にこっちに向かってくるこのが解った。

 

『こちらに向かってくるISを確認。搭乗者は・・・織斑千冬です』

 

「そう、ありがとう」

 

私は端的に答えた。そして一夏少年に振り向き、彼と同じように苦笑いをする。

 

「喜びなさい一夏少年、私たちは幸運のようだ。そして同時に不幸でもあるみたいね」

 

「え、それって・・・」

 

「どうやら心配性の家族が迎えに来たみたいだぞ」

 

私の言葉の意味を察したのか、一夏少年は口を開く。が、一夏少年の言葉を遮るように、光の塊が私たちの目の前に降り立った。そして光が消えるよう小さくなれば、私たちに向かって一人の少女が駆け寄ってくる。

 

「イチカァァァァァァァアアァアァァァッァァ!」

 

そして私の目の前で一夏少年に抱き着く少女、そう、千冬少女だ。内心、なぜ千冬少女がここにおるん!?と撹乱していたが、至って冷静に務めた私は自分を褒めたい。それから数分たった後、何やらやかましい音と光が近づいてくる。それはドイツの警察車両だった。後は流されるままに救急車に放り込まれ、病院に放り込まれ、検査室に放り込まれ、そして病室に放り込まれた。あれ?放り込まれっぱなしじゃないか?病室で検査入院の際に、警察に事情を聞かれ、日本政府の方に謝罪された。まあ、私も一夏少年も元気だし、謝罪されたならば問題はお終いと言っておいた。一番悪いのはヤンキー姉貴としておこう。あ、一夏少年も同じように検査入院を受けている。千冬少女は一夏が心配だとそっちにつきっきりだ。

そんこんなで、予想外の(病院への)宿泊を楽しんだ。テレビやラジオを聞いていた訳だが、ドイツ語ゆえに番組は何を言っているのか解らない。でも日本ではお目にかかれない番組を見聞きできてなんだかんだ楽しい機会だった。そして身体に異常が見られないということで、私たちは無事退院が決まった。退院日が明日になり私は窓から覗く最後の夜景を眺めていた。

 

「で、何しに来たんだ?」

 

私は窓を眺めながら、いつの間にか隣に立っている兎に声をかける。兎は黙ったまま顎に右手の人差し指を置き、しばらく考えた後、首を傾げながら言った。

 

「うーん、一応みーちゃんといっくんのお見舞い?」

 

「なぜ質問口調なのよ。それに聞いているのは私の方よ。まあ、お見舞いとして受け取っておくわ」

 

私は彼女に顔を向けることなく、彼女も私を見ようともしない。だがこの距離感が私たちらしいとも言える。しばらく静かに景色を眺めた後、私は口を開いた。

 

「ありがとう。束のプレゼントに助けられたわ、そして束自身にも。私たちの居場所を探して教えてくれたんでしょ?」

 

「べっつにお礼なんて水臭いなー。みーちゃんは私の友達だからね。友達は助けないと罰が当たるって誰かが言ってたし」

 

「そっか」

 

そして再びの静寂。窓から入ってくる夜風が冷たくて気持ちいい。

 

「白兎、使ったんだね」

 

「そうね、そうしないとまずかったから。ISなんて持ち出されたら、こっちだって使わざるを得ないのよ。私は()()()()()()()()普通の一般人よ?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「ちょっとなんで謝るのよ。ここはうっそー!?って、お前のような一般人がいるかー!?ってツッコみを入れる場面でしょうに」

 

私の言葉に無反応の兎に、私はため息を吐いた。

 

「白兎を責めるのはお門違いよ。今回はちゃんと加減をしてくれたわ。あれは白兎が()()()()()()()()()()()()()なんだから。それに()()()()()()なら、私が勝手に首を突っ込んだだけの話よ。そしてもう終わったこと。はい、この話はもうおしまい!」

 

パンパンと両手を叩き、暗くなった空気を一度変えることにする。

 

「それに今回のこと(誘拐)は束には関係ないじゃない。どこかのお馬鹿さんが全部悪い。だからこそ、そこで立っている貴女も、自分を責める必要はないわ」

 

「・・・・・・」

 

「どうせ貴女のことだから、今回のことは私のせいだ、なんて謝りに来たんでしょ?まったくもって貴女らしいと言えばいいのかしら、千冬ちゃん?」

 

コツリコツリと近づいてくる足音。私はくるりと振り向き、千冬少女へ視線を向けて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。千冬ちゃんとの約束を守れなかった。一夏君を危険な目に遭わせてしまったわ。それに今回の件で、千冬ちゃんは大会を・・・」

 

「やめてください!それを言うなら、今回の件はむしろ私がみやこさんたちを巻き込んでしまった!私のせいで、みやこさんも一夏さんも危険な目に遭わせてしまった!何がブリュンヒルデ(世界最強)だ。私のせいで・・・」

 

顔を上げれば、顔を手で覆っている千冬少女。手の隙間から水がこぼれていく。

 

「じゃあ、互いに許してみたら?」

 

「「え?」」

 

束の言葉に私たちは声を上げる。束の顔はにっかりと笑う。

 

「だって二人とも謝っているんでしょ?だったら二人で許したらいいじゃない。それで御相子、お終い。良い考えでしょ?」

 

しばらくの沈黙の後、私たちは互いの顔を見つめ、ぷっと噴出した。ケラケラと笑う私たちに、束はええー?なんで笑うのー?と顔を膨らませる。

 

「そうだな、それは良い考えね」

 

「ああ、お前にしては良い考えだ」

 

「ちーちゃん、それはどういう意味?」

 

「すまん、つい本音が出てしまった」

 

「ちーちゃん!」

 

またコントをされても困るので、私はまた両手を叩いて止める。そして私は千冬ちゃんを、千冬ちゃんは私を見据え、そして互いに言葉を出す。

 

「「私は貴女を許します」」

 

そして私たちは互いを抱きしめあった。私もー!と束も私たちに飛びついた。病室は窓から入る冷たい空気に満たされていたのに、私はとても暖かく思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私たちは日本へと帰国した。当時は、千冬少女の大会棄権について色々と取材陣が嗅ぎまわっていた。それこそ彼らの家の周りには取材陣がいっぱいだった。だからまた私の家にこっそりと匿った。まあ、日本政府から一夏少年の誘拐事件について発表されたので、千冬少女への批判はなく、事件に巻き込まれた被害者と言う同情へと世論が流れたのは幸いだったか。だが、この件で千冬少女は現役引退。そして一応、事件の協力を担ったドイツとの友好と『借り』を返上するという名目で、千冬少女はドイツへと旅立っていった。その際、一夏を頼むと言われてしまい、一夏少年は実家ではなく、私のところで寝泊まりをしている。まったく、だから私の家は宿泊施設ではないと何度・・・。週に一度は電話をしろとの条件を呑ませ、きっかり同じ時間に一夏少年との電話をさせた。電話越しに色々と聞こえてくるが、随分とスパルタで鍛え上げているようだ。

そしてこの件に関して変わったのは千冬少女だけではなかった。

 

しばらく一夏少年と過ごしていたある日、自室で椅子に座り、静かに本を読んでいると、一夏少年が入ってきた。その顔は真剣であり、まっすぐに私を見据えている。あの誘拐事件以降、一夏少年は酷く悩んでいた。それこそ心配したお友達等が心配して私に質問してくるほどに。私はそれを知りつつも、黙ったまま見守っていたのだが。

 

「みやこさん」

 

「なんだね、一夏少年」

 

私は本を閉じ、椅子に座ったまま一夏少年を見返す。しばらくの沈黙のあと、絞り出すかのように、一夏少年は言葉を発した。

 

「俺、強くなりたい」

 

「・・・どうして?」

 

突然の言葉に私は内心では眉をひそめたが、顔は無表情に務めた。私の言葉を皮切りに、一夏少年は想いを語りだす。

 

「だって俺が強かったら、千冬姉も、みやこさんも守れたんじゃないかなって思ったんだ。俺が誘拐されなかったら、そうしたら千冬姉だって・・・」

 

自分の無力さ。それを語りだす一夏少年。自分が強ければ、それは誰もが思う普通の感情。無力さを自覚した時、人は力を求める。それはいたって正しい感情。それこそ、私にだってある。だからこそ私は一夏少年に言った。

 

「あほう」

 

「え・・・?」

 

私は椅子から立ち上がり、拳を握りしめて震える一夏少年へと歩き、彼の頭を小突く。私の行動に一夏少年は呆けた。

 

「たらとかればとか、そんなことを語ったところで、過去は変わらない。そしてそれを今更嘆いたところで意味がない。大事なのはそこから何を思って行うことだ。そして私の考えを言わせてもらえば、君の今の想いは素晴らしい、素晴らしいがゆえに危うい」

 

「危うい・・・?」

 

私の言葉の意図を掴めず、一夏少年の返答はおうむ返しだ。

 

「そう、挫折を知った人なら誰もが思うこと。力があれば・・・ってのは普通の感情よ。でもそれは怖いものよ。力は力だけでは害はないけど、力のありようは簡単に変わる。それこそ真逆にね。ISで日本をミサイルから守った白騎士と、ISを盾に好き勝手に暴れた女性たち。ほら、同じIS()なのに違うでしょ。それと同じ。君は守るために強くなりたいと思った。それは否定しない。でも、力だけを求めては駄目。力を使う思いを自分の中で形にして、力を使った際の怖さとその責任をしっかりと知ることも大事よ」

 

私は呆ける一夏少年を抱きしめる。

 

「それに、まずは他人よりも自分のことをしっかりと守れる男の子にならないと駄目。自分をボロボロにした人が、他人を守ろうなんて100年早い。」

 

そしてそっと、握りしめていた一夏少年の手を開かせる。

 

「だから今は泣きなさい。泣いていいの。強くなるのはそれからでも遅くはないわ」

 

ポンポンと、私は一夏少年の頭をはたき、そして撫でる。聞こえてきた嗚咽を、私はただ黙って聞いた。外から聞こえる雨の音が、やけに五月蠅かった。

 

 


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