「それじゃみやこさん、俺行ってきます!」
「行ってらっしゃい。試験会場での緊張に呑まれないようにね」
駅前で交わされる私たちの言葉。私の言葉を受け、一夏少年は笑顔で駅の改札口をくぐっていった。彼が見えなくなるまで私はそこに立ち、見えなくなると、「ふぅ・・・」とため息を吐く。ため息が白くなるほどに寒い。
「受かってほしいわねぇ」
そう言いながら、私は雲一つない青空へと顔を上げた。まっさらな快晴だというのに、私の心は曇天だ。まったく私らしくもないな、と再度ため息が出る。今日は一夏少年の高校受験の日。公立の藍越学園の試験会場へと、彼は向かっていった。そして私は、彼を見送りに駅までついて行ったというわけ。昨日は色々と試験に向けての準備で忙しかった。受験会場の確認、試験表の確認、時間、持ち物、お弁当、エトセトラエトセトラ。ほら、笑ってしまうだろ?どんだけ世話好きなんだよ私!?私は彼らのお母さんか!?ってね。まぁ、どうでもいいわね。
これから一夏少年は誘拐事件から2年がたった。あの時の一夏少年の言葉を聴いた後、彼は変わった・・・のかもしれない。自分の弱さを自覚した彼は、身体を鍛え始めた。毎朝にランニングをするようになり、やめていた剣道を再び始めた。ランニングをした後に素振りをする程度だったが、私が聞きかじった程度の知識だが指導を行った。鶏肉を食えー!だの、獣肉を食えー!だの、野菜を食えー!だの、就寝時間は10時だー!だのと、ハチャメチャなことをした気がする。ランニングの際には、防寒着を羽織り、白い息を吐きながら自転車を漕いだ。そんなことを続け結果、ガリガリだった一夏少年は見事に細マッチョに大変身!!・・・したのか解らんが、やれることはやった。『だから私は悪くない』。
学問に関しても同様だ。前世の知識を持ち、学生時代に色々と本を読み漁った私が一夏少年の家庭教師になった。前世でも私が通っていた学校では、常に上位者に名を連ねていたのだ。手前味噌ではないが、それなりに頭がいいことを自負している。『慢心』?これは『余裕』と言うものだ。そしてこれは私の『誇り』でもある。私自身、勉強するのは嫌いじゃないし、人に教えるのも好きだし。その結果、一夏少年の成績も中の上くらいには上がった。これには教えた私も嬉しい限りだった。
その結果、なぜか一夏少年の友人、ようは昔からの知り合いに加え、新入りにチャイナガールも勉強会に参加するようになったのは誤算ではあった。お願いだから来るときはちゃんと事前に連絡を頂戴!こっちだって色々と準備するんだから勘弁しなさいよ!お茶とか、お菓子とか、いったい何人分用意しなきゃいけないのか分からないんだから!なんだかんだで、私の家はいつも通りに騒々しさだった。それなりに時が過ぎ、彼らもそれなりに成長しているというのに、まるで変わらなかった。
一方で、変わったことと言えば、チャイナガールこと凰鈴音が中国に帰国したことか。理由は私自身、良くわかっていない。一夏少年が私に教えてくれるまで気が付かなかったくらいなのだから。しかし、あそこの中華は美味であったため、ひっっっっっじょぉぉぉぉぉぉぉに残念で堪らなかった。ご飯を作るのが面倒な時には、五反田兄妹のご両親が担っている食堂か、チャイナガールの中華店にお世話になっていたのだからな。あそこの野菜炒めと餃子の味を盗もうと思い、週に何回も通ったこともあった。取りあえず、材料と調味料に関してはほぼ把握したのだが、いかんせん製法までは解らなかった。やはり本場の料理人は手ごわいなぁと、驚きと同時に尊敬をしたのだが。まあ、味を盗みに来ました!と言ってしまった私に対し、「出来ますかな?」と言ってくれたお二人は、とてもいい人であった。私が言うのだから間違いない。私の目は肥えているからな。
私から見ても随分と仲良し夫婦だったし色々とお世話になっていたので、ニンニク、ニラ、セロリ、イチジク、バナナ、大豆にスッポンなどを好意の証として送った。お疲れのようだから、精の付く物で身体を養ってほしかったからな。何故かそういった品を送った後は、定休日でもないのに店が休みになっていたのた度々あったのが不思議だった。はて?なぜだったのだろうか。今でもよく分からん。まあ、些細なことだ。そういえば一夏少年が私に、チャイナガールから「私、お姉ちゃんになったみたいなの」とかなんとか。いかん、記憶が曖昧だな。
そんなこんなで、私の取り巻く世界はそれなりに変わったり変わらなかったりと、忙しかっただけの話だ。別段、そこまで重要な話ではないだろう?期待していたならすまんな。
一夏少年を見送った私は、家に戻ると掃除をし始める。本が積みあがった自室、今ではすっかり一夏少年の部屋になっている畳部屋、台所、応接間、玄関、その他色々の部屋に掃除機をかける。ウィーンと鳴る掃除機を動かしながら、私はお気に入りのラジオ番組から流れる音楽を聞き流す。前は掃除の気を紛らわせるためにかけていたのだが、今ではこうしないと気が乗らなくなったのだから、日課と言うものは恐ろしいものだ。一通り掃除機をかけ終わると、今度は庭の草むしりだ。今の寒い時期ではそんなに生えていないのだが、夏の時期では庭が緑一色になる。いっそのこと除草剤を蒔いてやろうかと思ったし、草刈り機で狩りつくそうかとも思った。でも子供たちが遊ぶばしょだから何かしら影響があったら困るし、かといって草刈り機を扱うのはちょっと気が引ける。なので、結局は人力で引っこ抜くしかないというわけだ。困った時は、一夏少年やそのご友人らを巻き込んで草刈りを行った。彼らのご両親にお伺いをした際には、すぐに承諾を得られたのは驚いた。やはり情けは人の為ならずということか。もちろん子供たちには、終わった後には冷たい麦茶や自家製アイスキャンデーを振る舞って口を黙らせた。ふふん、これが頭脳プレーと言う奴と言う奴よ。
青い作業着に身を包み、両手に軍手を嵌めて、私は一心不乱に草を引っこ抜く。ブチブチと根っこが引っ張られる音が、寒空の静かな世界に響き渡る。
『私を使わないんですか?』
「こういうのは、自分でやるのがいいのよ」
『主の行動は良く・・・解りません。効率面からしても主の行いは無駄なことが多く見られます』
「効率だけを考えれば、貴女を使えば簡単でしょうね。でも効率だけ考えるのは味気ないじゃない。無駄を楽しむのも人よ」
『よく・・・解りません。人間は効率を重視するのではないのですか?』
「それを否定する気はないわ。むしろ大半の人は貴女に賛同するでしょうね。単に私が外れているってだけかもね」
『ではなぜ?』
「仮に貴女を使ったとして、何をするつもり?」
『
「却下。巨大なクレーターを作る気?」
『では
「ここら一帯を瓦礫の山にしないのならいいわよ?加減出来るならね」
『・・・・・・』
「おいこら、そこは黙るんじゃない」
私はため息を吐きつつ、ブチブチと草を抜くのであった。
取りあえず、庭一帯を引っこ抜いた後、私は一息吐こうと軒先に腰を下ろす。時計を見れば、いつの間にか正午を過ぎていた。どうりでおなかの虫が鳴り響くわけだ。というか、私は二時間近く草を引っこ抜いていたことになる。物事に集中して周りが見えなくなるのは私の悪い癖だが、こればっかりは性分と言うものか。直しようにも直せない。そんなことにため息を零しながら、私は汗だくになった作業着を脱ぎ、シャワーを浴びて汗を落とす。普段着に着替え、先に暖房をかけて温めた部屋の中で緑茶を淹れる。コップからの熱さを感じながらも一息つく。すでに1時近くになったが、昼食を食べるとしよう。私は一夏少年の弁当を作った際に、同じもので昼食を用意しておいた。鮭と梅干のおにぎりとデザートのフルーツを少々。おかずは嵩張るので作りはしなかった。
一人で食事をとる時は、行儀悪いがテレビを見ながらの食事をしてしまう。一人で黙々と食べるのは寂しいものと感じるようになったのはいつからだろうか?おそらく、一夏少年と鍋を囲った時からか。
そういえば、一夏少年はどうしたのだろう?時間を見れば、そろそろ筆記試験が終わったところか。確か試験は筆記だったぁ?そろそろ一夏少年から連絡が来てもいい頃だが、どうしたんだろ?しかし、一夏少年は大丈夫かなぁ。過去問は何度か復習したけど、うっかりってのがあるからなぁ。一夏君、あれでポカをやる時はやるからなぁ。もしかしたら、何かあって試験会場に行けなかったらどうしよう。いや、行き方は確認したから問題なし。時間も確認したし、試験教科も間違いない。
でももしもってことがあるからなぁ・・・電話が来た時、気落ちしていたらどう声をかけようかなぁ。そんなことを思いながら、私はテレビに内容を聞き流す。すると家の電話が鳴った。電話の相手は一夏君。私は息を整え、何も心配ないように声を出す。
「一夏少年か?試験はどうだったか?」
『みやこさん!?良かった繋がった!』
電話の向こうの一夏少年は、何やら切迫しているような声を上げた。
「ん?どうした一夏少年。何をそんなに慌てている?」
『何ていったらいいのか分からないんだけど、とにかく大変なことになっちゃったんだ!俺どうしたらいいのか』
「取りあえず落ち着きなさい。大変なことみたいだけど、いったい何があったの?」
『なんか藍越学園の試験会場と一緒にIS学園の試験もあって、俺、偶々置いてあったISを見つけて。直接見たことなかったから、すっごい珍しいから、俺・・・』
「なに?なにがあったの?」
電話越しの彼のたどたどしい言葉に違和感を感じていると、テレビ画面の上に、突如緊急ニュースの言葉が浮かぶ。そしてそこに現れた文字は、【世界初の男性IS操縦者の発見】。
うん・・・?私は今まで忘れていたことを思い出す。たしか、この世界の主人公は、唯一の男性IS操縦者だったような・・・。待て、待ってくれ、流石にそれはない、絶対にない!そんなことがあってたまるか!なんだそれは?なんだそれは!?流石にそれは出来過ぎだ、むしろ悪意すら感じるぞ!?
そんなこと思う私を無視し、ニュースの内容が映し出される。【今日の午後、IS学園の試験を行っていた○○会場において、ISを起動したとして少年が取り押さえられました】
待て、待ってくれ。そこは一夏少年が行った藍越学園の試験会場だぞ?その時間は確か休憩時間じゃないか?
『みやこさん?みやこさん!?』
「うん、うん、大丈夫よ?私は大丈夫よ?それで、一体何があったの?」
電話越しから聞こえる一夏少年の言葉を聞き、テレビに流れるニュースを言葉を見る。そしてそれは告げられた。
【少年の名は織斑一夏少年で・・・】『俺、ISを動かしちゃったんだ・・・!】