玄関で眩しい笑顔の一夏少年を前に、私は空腹も相まって内心げんなりしていた。
かといって、「帰れ」と言ってその笑顔を曇らせる方が、私にとっては苦痛だ。
「まだ私は朝食を食べていないんだが・・・とりあえず上がり給え」
「お邪魔します!」
多少の溜息を吐きつつも、私は一夏を家に上がらせた。
とりあえず、一夏少年にオレンジジュースを入れたコップを渡し、
私が食べ終わるまで待ってもらう。
冷めてしまった朝食を口に運びつつ、私は目の前の一夏少年に目を運ぶ。
渡されたオレンジジュースを飲みながら、彼は私を笑顔で見ていた。
家出少年一夏の出会いから、彼がこうして私の家に訪れるようになったのだ。
彼を拾った一夜に関しては、私は嫌でも記憶に残っている。
一夏少年を家に招いた後、私はすぐに織斑家への電話をした。
内容は、一夏の保護と一日の御泊り、そして翌日のお迎えだ。
出かけていたのか電話には誰も出ず、仕方がないので留守番に残す。
家に上がらせた一夏少年は居間に座らせ、
私は買ってきた材料で予定だった鍋の準備をした。
実家から持ってきた土鍋に、
白菜、人参、椎茸、豆腐、葱に鶏肉、鶏団子と、具材を入れて煮込む。
食器は、自分用の器に箸を用意し、彼には来客用を渡す。
大体煮込んだと思った鍋を居間に持っていき、食事にすることにした。
「さぁ、食べようか」
「・・・いただきます」
警戒か、それとも家族以外の食事に戸惑ったのか、始めは躊躇していた一夏少年だが、
食欲には勝てなかったのか、次第に箸が進みだした。
その必死な姿に私は何も言わず、自分も箸を動かした。食材が消えるの早いよ。
そんな真剣勝負の食事を終えた後、食器を片づけようとしたら、
彼が進んで洗い場に持っていき、食器を洗ってくれた。
曰く、「お世話になるのに、自分だけ何もしないのは嫌だから」だそうだ。
食事を終えた後、私と一夏少年は居間で時間を過ごす。
彼は何も言わずこちらを見つめ、私はそれに気づきつつも本を読む。
そんな無言の空間に耐えきれなかったか、一夏少年が口を開いた。
「何も、聞かないんですね」
「言いたくない事を聞く気もないからね」
「どうして俺を助けたんですか」
「見捨てたら、私が嫌になるからだ」
「変な人ですね」
「自分でもどうしようないがね」
そんな言葉を交わす内に、一夏少年は語りだした。
彼には両親がおらず、年が上の姉がいるだけで、
親のいない自分を必死に育ててくれているらしい。
その姉は何をしても優秀で、彼も誇りに思っている。
しかし、それ故にトラブルは起きるようで、
姉を信奉した人間等に、一夏少年はばれないように暴行を受けていたようだ。
そんな中でも、彼は姉を心配かけまいと耐え抜いた。また、決して負けないことを決めたようだ。
だが、それでも限界はやってくる。
彼の姉は、お金を稼ぐために終始バイトをしていたようで、家に帰るのは夜中。
当然、一夏少年は一人で夕食を食べ、姉が帰る前に寝てしまう。
会話は朝の食事だけで、それはお世辞にも会話とは言えなかったという。
そんな生活を続けた結果、彼の心に淀みが生まれる。
「自分のせいで姉が苦しんでいる」「姉のせいで自分は虐められる」
「自分がいるから姉は苦しむんじゃないか?」「姉がいるから自分は苦しむじゃないか?」
「俺は姉に助けられる人間じゃない」「姉は皆に言われるような人間じゃない」
「俺なんか・・・!」「姉なんて・・・!」
結果、一夏少年の心は爆発し、自分への情けなさと、姉への憎しみで家を飛び出したという。
その後、気がついたら公園にいて、私に拾われたということだ。
全てを話し終えた一夏少年は、私の言葉を待つ。
だが、私にはそれについて何も言えない。なぜなら、それは彼の答にならないからだ。
故に、私はこう言った。
「君はこれからどうしたいの?」
私の言葉に、彼は終始黙っていたが、吐くようにつぶやいた。
「俺、どうしたらいいか判らないんです。
俺は千冬姉を誇りに思ってる。でも、一方で千冬姉を憎んでる!
どうしようもないんです!
だから俺、千冬姉と一緒にいる資格なんて無いと思う、でも、千冬姉と別れるのは嫌だ!
本当にぐっちゃぐちゃになって、わけわからなくて・・・」
頭を抱えて叫ぶ一夏少年に、私はもう一つ聞いた。
「その思いを、君はお姉さんには言ったのか?」
「言えるわけ・・・ないじゃないですか」
「そうか、君は馬鹿だ」
「え・・・?」
私の言葉に彼は呆けた顔になるが、気にせず私は続けた。
「人間、例え家族だろうと、仲良し子良しは難しい。なぜなら相手の心なんて解らないからだ。
もちろん、家族なんて!と否定するわけじゃない。
だが、生きているならば、例え仲良しでも、家族でも憎しみを持つなんて普通だ。
別に、姉をちょっと嫌いになっても仕方がない事だよ。それに、」
「いくら姉に心配をかけまいと耐えたところで、君の姉は気付かない。
なぜなら、君が話さないからだ。いくら耐えても、我慢しても、君の姉はそれを知らない。
それで君が壊れてしまったら、君の自業自得だ。
そして君の姉は自分を責め続けるだろう。どうして気付いてやれなかったのか、と」
「だから、もう耐えるのは止め給え、そして君の想いを姉にぶつけたらどうだい。
それで喧嘩になって別れても、私にとっては君が壊れるよりかはましだ。
まぁそうなったら、私のところに来ると良い。一人増えたところで、部屋はまだある」
私の恥ずかしい説教まがいの言葉に、一夏少年は黙ったまま俯いた。
「すまん。すこし説教まがいなことをいった。一応、参考程度にしておいてくれ。
とりあえず、隣の部屋に布団を敷いておくから、今はゆっくり休め」
そう言い残し、一夏少年を残し私は居間を後にした。
何を言ったんだ私はー!馬鹿かー!
私は部屋に戻った後、自分の行為に自己嫌悪になった。
何故、人の家庭問題に説教まがいなことをしたんだ!大きなお世話というものじゃないか!
私の行為は言うならば、家庭の事情を聞いただけで、
勝手に自分の考えを押し付けてくる奴と同じじゃないか。
ああ、彼は傷ついていないだろうか。気にしてなければ良いけど、駄目だよなー。
本当にどうしよう・・・。
そうして、ベッドの上で頭を抱えていると、家のチャイムが鳴った。
はて、新聞の集金は午前に来たし、牛乳配達はお昼に来た。
もしや泥棒か。いや、ならチャイムなんて鳴らさないよね。
そうした様々な思考を巡らせながら玄関に向かい、私は鍵を開けた。
すると目の前には、学校の制服を纏った女の子が木刀を携えて立っていた。