DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Successor,Lord of Cinder

 ルイーズは戦闘の音に押されるが如く装置の解析に躍起になっていた。

 元を辿ればソウルの技術によって構成されているのだから、ソウルの業を使うことのできるルイーズに理解できるもののはずだ。しかし既存の知識はまるで役に立たないことがわかった。理論こそ理解できていても人が薬がなぜ効力を発揮するのかを完全に把握し使いこなすことが難しいように。

 必死で装置にかじりつく背後へと暗殺者マルドロは移動していた。あまりに無防備な背中目掛け突撃槍の先端を突きつける。なんとちょろいことだろうか。背後から一撃を食らわせて倒れこんだところをひたすら刺せば死ぬことだろう。なんらかの奇跡が作動して傷が修復されている様が見えてはいたが、背後からの致命の一撃(バックスタブ)で押し倒し、追撃すれば死ぬことは確実だ。装備を剥いでおさらば。簡単な仕事だ。

 

 「ここを……こうすれば……!?」

 

 装置の溝を指でなぞっていたルイーズが素っ頓狂な声を上げてブルーブラッドソードに目を落とす。眩いばかりの輝き。まるでいつくしむような光はしかし、あまりにも眩しすぎて視界を遮らんばかりであった。

 本能的に――背後の危険を感じ取った。誰かが自分のことを狙っている。距離は至近。

 マルドロが無言で突撃槍の柄でルイーズの背中を殴りつけるのと、ルイーズが振り返りざまに剣を振り回すのは同時であった。

 

 「あっ……」

 「          」

 

 背後から殴られ姿勢が崩れたルイーズの背中目掛け突撃槍の鋭利な先端が突き出され、胸元までを穿っていた。

 接合部から大量の血液が迸る。騎士の姿に身を偽った暗殺者の前面が真紅に染まった。

 ルイーズは槍を手で掴み取ろうとした。力が入らない。からりと音を立ててブルーブラッドソードが地面に転がった。生を掴みとらんとして肢体を暴れさせる。作動中の奇跡が彼女の死をほんの僅か遠ざけていたことで発生したかすかな抵抗であった。

 マルドロが彼女の体を無造作に投げ捨てる。背中から槍を引き抜くと、短く持ち替えて歩み寄っていく。マルドロの肩は揺れていた。声を殺して笑っているのだとルイーズが気が付けるはずも無い。胸に大穴が開いていたからだ。

 ルイーズは地面に転がって、自らの胸から逆流してくる大量の血液によって呼吸さえできずにいた。心臓は辛うじて避けていたとはいえ、穴が開いてはお仕舞いだ。背中と胸のトンネルから噴水のように血が噴き出していた。

 

 「………! ……ぁ……っ……しにたくない……」

 

 ルイーズは敵に向かって背中を向けると、這い蹲って逃げようとした。歩みは亀のよう。対する相手は兎だ。油断も慢心もしない強敵であった。

 

 「……アストラエア様!」

 

 ガルが深淵の怪物に殴り飛ばされ地面を転がる嵌めになりつつも姿勢を起こし勇ましく再度攻撃を仕掛けようと武器を握り締めていた。嫌な予感。視線を守るべき対象へと向けると、あろうことか騎士甲冑姿が今まさに止めを刺そうとしている最中であった。

 視線をそむけるという隙を見せたガルを捨て置くほど怪物は甘くなかった。杖を持ち返ると、地を這う黒い火炎を無数に走らせた。ガルの甲冑と盾こそ貫通できなくとも爆発的な威力は姿勢を崩させるのに十分だった。

 ガルが深淵の怪物相手に跪かされる。

 横合いから怪物を殴りつける膨大な熱量の火炎の渦はしかし人間性の波に押し流される。

 

 「―――――!」

 

 怪物が雄たけびを上げた。次の瞬間ガルとアッシュを纏めて飲み込むなでしこ色の闇の大爆発が生じた。

 救いの騎士はきっと間に合わない。仮に間に合ったとして、深淵の怪物が無防備なルイーズに襲い掛かるであろう。心が折れて応戦さえままならない未熟な彼女が剣をとったところで結果は見えていた。

 こんなことならば自分か男のどちらかがルイーズを守るべきだったのだ。ガルが後悔したとき既に遅かった。

 

 杖へとソウルが収束していく。

 使い手の理力に準じて小手先の武器にしかならないものから、城をも揺るがす大王グウィンの一撃にも劣らない威力へ姿を変える術が。

 ルイーズの瞳に青い輝きが映りこんだ。

 

 「なっ………ッはあっ……だれ……で す……」

 

 ルイーズは言葉が続かずに血と胃液の混じった液を吐き出してしまう。肺に血液が入り込んだのか、口からは血色の泡が吹き出すのみ。ルイーズの青い瞳からは休息に生命の灯火が消えていく。もはや幾分の猶予も無いであろうことは明らかだ。

 ルイーズの瞳に映りこむ光に、マルドロは素早く反応した。

 マルドロは突如放たれた“ソウルの槍”を地面を転がることで回避すると、油断無く突撃槍を握り反逆者の大盾を構えなおしていた。

 目標を見失ったソウルの槍がガラクタを貫き彼方へと消えていく。

 ソウルの槍。魔術の道を究めんとしたローガンが編み出した術の一つ。収束したソウルを投擲槍として放つ攻撃魔術。

 騎士が立っていた。

 マルドロとルイーズは、騎士のあまりに強大なソウルに度肝を抜かれた。偉大なソウルの波動が辺りの空間を歪めてしまっているようであった。さながら太陽のように。

 ごくありきたりな騎士甲冑一式を身に纏った姿。右手は無手。左手には杖を携え背中には尺取虫のような機構を内蔵したクロスボウを背負っていた。

 騎士が懐に手をやると指輪を嵌めた。すると、騎士の輪郭線が消滅していき、またたくまに闇の中に消えていく。不可視になったわけではない。体が半透明になっただけであるが、漆黒の闇の中で正確に姿を捉えることは困難を極めた。

 霧の指輪。世界のはじまりより生きてきたという猫がもたらした指輪の一つ。霧に霞んだように使用者の姿を覆い隠す。

 マルドロは迷っていた。小娘を始末するために隙を見せても仕方が無い。それよりも奴の持っていた妙なクロスボウを奪い取りたい。思考が一瞬逸れるも、あくどい手段に手を染めているとはいえ巡礼の道を辿ってきた戦士たる彼に油断は無かった。背後で人の足音のような雑音を聞くと同時に振り返り、腰で準備していた火炎壷を投げつけた。

 火炎壷の中身がぶちまけられ音の発生源を焼き尽くす。燃えたものといえば木の椅子だけであった。

 

 「    ?」

 

 が、音だけだった。火炎壷を受けた椅子が乾いた音を上げて崩れる。

 マルドロは気が付いた。これは陽動に過ぎない。自らを罠に貶めるために布石に過ぎないのだと。

 マルドロの死角を突き接近する薄い影があった。左手に工芸品と見間違うようなクロスボウを握った騎士が肉薄していた。マルドロが駆け出した。地を蹴り振り返ると盾を構える。間一髪、クロスボウから放たれた三連射が盾によって打ち落とされる。鏃が纏う電流がマルドロの腕に絡みつき僅かに怯ませた。

 騎士が握っていたクロスボウを取り落とすと、左手に揺らめく火炎を纏った。呪術の火。しかし、あまりに火が強すぎる。太陽のフレアを手で掬いだしてきたと言わんばかりの白熱した火炎が手に纏わり付いていた。

 

 「   」

 

 マルドロが後退する。突撃槍とは重量のある槍であり、近距離で振り回せる得物ではない。一定の距離から重量を乗せた突撃を放つために調整された武器なのだ。後退したのは攻撃的な撤退なのだ。好機と攻め込めば手痛い反撃を食らうことになる。

 悪質な誘いに騎士が取ったのは、見ているものの度肝を抜く接近方法であった。曲芸師さながらに前方腕立て回転を二回転。距離が瞬時に零に等しくなっていた。騎士のヘルムの奥で次の攻撃に備えた吐息が漏れ出す。

 マルドロが盾を障壁に見立て身のあたりを実行した。地を蹴り、右手に構えた槍を引く。

 次の瞬間騎士の左腕が漆黒の火炎の炸裂に包まれた。反逆の大盾がくじかれ、あらぬ方角へと跳ね上がる。反動を押さえ込まんとマルドロが踏ん張るも、盾という重量物が跳ね上がっていくのを一定位置で縫いとめることはできなかった。

 がら空きになった腹目掛け騎士が腕を突き出す。あろうことか、透明な何かが胴体を刺し穿っていた。

 

 「   」

 

 なるほどとマルドロが漏らす。

 見えない武器。特に光の制御に長けたというウーラシールの土地にて編み出された魔術の一つ。光を屈折させ反対側に受け流すことで、あたかも何も存在しないことを装う術。ウーラシールの土地で編み出された魔術はどれも独特で、故に竜の学院ではついに再現することができなかったという。

 マルドロの手から武器が零れ落ちる。ひくつく手が腰へと向かっていた。エスト瓶を飲もうとしていた。

 騎士は容赦なくマルドロの頭部を掴みあげると、宿した火炎で兜もろとも脳漿を沸騰させた。左腕の火炎が勢いを増すと主人の顔までを舐め上げていく。頭蓋骨を掴む腕は紙くずでも掴むような軽さでマルドロの体を持ち上げた。高まる火炎はついに爆発的な成長をみせる。小さき太陽が腕の先に波打ちつつ出現した。頭部がぐしゃりと握りつぶされると同時に、熱量が上半身もろとも灰に変えていた。

 崩れ落ちる下半身を尻目に騎士がルイーズに歩み寄っていく。懐から取り出したのは白い干茸であった。酷い悪臭がした。瀕死のルイーズには致命傷になりかねない香りであった。干しているのに悪臭漂うとは、ならば生の茸は犬を殺すような香りだったに違いない。

 騎士が咳き込むルイーズの元に屈み込むと、茸を口にねじ込んだ。ルイーズの体が痙攣する。

 傷ついた体が秒を巻き戻すかのように修復されていく。傷口が塞がり、青白かった肌色が健康的な色合いへと戻っていく。胸と背中に空いた大穴は瞬時に薄皮が張っていき、編み物でもするかのように毛細血管が生えて皮膚と肉が結ばれていった。

 瀕死呼吸状態にあったルイーズが咳き込むと血反吐を吐き出した。すぐに、深く息を吸い込む。体温を伴った健やかな呼吸が取り戻される。青い瞳が薄く開かれると騎士姿を認めた。

 騎士がうなずくとルイーズの武器を拾いその手に握らせた。

 

 「汝は使命を果たすために呼ばれたのだろう。死んでいる場合ではなかろう」

 

 古い言い回しであった。強いて言うならばアルトリウスの喋る単語使いと似ていた。

 ルイーズは自分の胸当ての穴に手を触れていた。穴の穿たれた鎧とチェインと下着の奥にある素肌は傷一つない健やかなものだ。再生というにはおこがましい復元と表現するべき脅威の力であった。

 

 「わたしに……使命など……」

 「使命というものはそういうものだ。運命とも言える。時に残酷で、時に人を駆り立てるものだ。もたつけば彼らがマヌスに狩られるぞ。マヌスの出来損ないというべきだが」

 

 騎士は踵を返すとクロスボウを拾い上げて背中のホルスターに差し込んだ。すたすたと歩き去ろうとする。

 ルイーズは剣を杖の代わりに姿勢を起こすと、大声を張り上げた。

 

 「せめて……せめて名前を! 私はルイーズ。家系は既に捨てた身。名乗るべき名は、第六聖女アストラエアの末裔なり!」

 

 騎士が足を止めると、右手に握った武器を突き上げてみせた。

 

 「名は無い……名乗るべき名は………継承者(サクセサー)とでも名乗っておこうか。さらばだ騎士ルイーズよ。成就しろよ、汝の答えを」

 

 騎士の姿は闇に消えていく。けれどルイーズには騎士は闇に消えていくようには見えなかった。闇も光も全てを受け入れた上であえて光を選び取ったような、そんな強い意志を感じさせたからだ。むしろ闇と騎士は同一のもののように見えた。突如姿が消えてなくなったかのように、騎士は消滅していた。

 騎士は僅かな間しか世界に留まれぬことを残念に思っていた。まだ使命は終わっていない。全て尽き果てる遠い未来まで、あり続けなければならない。世界を繋ぐために。娘の行く末を知るには自分の代わりに火を繋ぎ止めるなにものかが必要だろうか。

 ルイーズはしばし呆けていたが、剣戟の音に目を覚ました。剣が弾かれる音。闇の迸りが大地を抉る音。打ちつけられる槌が肉を砕く音。頭を振ると、剣を握りなおし腰を持ち上げて装置に駆け寄って行く。

 溝のそって手を動かすと、装置全体が俄かに振動し始めた。肉体に宿るソウルの力を読み取ったのか、鏃へエメラルドグリーンの光が伝播していった。

 

 「これで……あとはあいつに狙いをつけるだけ!」

 

 装置が狙う先へと目を凝らす。

 しかし、巨体とはいえ高速で動き回る敵相手に初めて使う武器を命中させられるものではない。矢や槍でさえ大抵は当たらないとされるのに、どうして装置が放つ武器があたるのだろうか。誘導する武器ならば別であるが、装置の武器はどう見ても原理こそ違えどアーバレストのように仕掛けで矢を飛ばす構造であろう。誘導などするはずが無い。

 ルイーズが見ている前で、ガルが動きを止めた。猛る怪物がガル目掛け杖を振り下ろす。強固な鉄槌が直撃を逸らすべくかざされた。人間性を纏った杖と鉄槌が交差する。仁王立ちで防御するガルは一分たりとも後退せずに耐え抜いていた。

 

 ―――いまです。

 

 ルイーズの耳に遠くから誰かが呼びかけるような声が響いて。

 その声は遠くからのように聞こえたが、すぐそばで囁かれているように感じられて。

 

 そうして、装置を作動させた。

 城をも崩そうかという鏃が一目散に飛翔していくと怪物の腹を地面へ縫い止めた。ぐしゃりと内臓が鏃という名前の返しのついた鉄柱によってミンチにされる。標本化された昆虫よろしく宙へ手足をばたつかせ逃げようとした。

 

 「―――――!」

 

 怪物の動きが止まったことをアッシュは見逃さない。敵の動きが止まったのであれば、最大火力を叩き込むまでだ。

 

 「排除する」

 

 アッシュが機械的に呟いた。

 振りかぶった剣に螺旋状の火炎が巻きついていく。ロングソードは火炎によって白熱し、一本の鉄の棒へと姿を変えた。棒は見る見るうちに捻れ原型を失っていく。腕の肉が溶けて宙に消える。甲冑さえ消えてなくなった。螺旋の剣が大上段に掲げられる。太陽そのものが顕現したに等しい温度がそこにあった。

 次の瞬間熱の津波が深淵の怪物の身を焼き払っていた。高温に晒され悲鳴を上げてもがくも、腹部を貫く柱が逃げることを許さない。身はことごとく焼き清められ灰と化した。なおも散ることのできない人間性の群れが四方八方へと逃げ去っていった。怪物の杖はやがて白い灰となって朽ちた。

 アッシュは、足元に転がるどろり生暖かいソウルを手にしていた。哀れな怪物の最後の遺産は酷く霞んでしまっていた。

 ルイーズの無事を確かめたガルが歩き始める。目的地などなかった。ただ先を目指して。いつ終わるともしれない次の闘争の為に。

 

 「ゆくのか、貴公」

 「あぁ」

 「助かった。礼を言う」

 「礼には及ばない。私がなすべきことだからだ」

 

 ガルは左腕を潰されていた。けれど声色一つ変えることも無く、盾を背中に、ブラムドを右肩に立てかけて歩き去ろうとしていた。一目ルイーズを見遣ると安堵の吐息を漏らす。

 空間が歪み始めた。ルイーズが不安げに空を見上げ、アッシュがいつものことかとため息を吐く。

 世界はみるみるうちに漆黒に包まれ――そして壊れた。

 世界から世界へと二名が帰還して行く。

 

 

 

 

 そして後継者は世界の果てで座り込む。捻れた剣が支える世界の火を見つめて。

 

 ただ火に祈りを捧げる。彼らに幸多からんことをと。

 誰もいない炉の中で騎士は一人燃え続けていた。やがて消え去る定めを知りながら。

 

 この心は決して折れない。

 折れるのは役目を終える時だからだ。

 

 騎士の祈りに応えるものはいなかった。

 静かに火が燃えていた。




※指摘を受けた点を修正しました※



【火の掌握】魔術?呪術?奇跡? 分類不能
失われた古代の都にのみ伝わる術
敵を掴み、燃やし尽くす

全てを失った者のみが見出すというこの術は、
故に呪術師や魔術師によって習得されることはなかった

ある日使命を帯びた王は全てを親族に分け与え旅に出たという


【霞んだ深淵の怪物のソウル】
 どろりと生温かい由来の知れぬ怪物のソウル
 霧と無数の人間性の思いに侵されてくすんでいる

 人間性とは想いであり、郷愁であり、愛情である
 怪物は無数の意思に飲まれてもなおただ人を求め続けていた
 このソウルをじっと見ていると、人の姿が浮かんでくるという

【継承者】
Successor,Lord of Cinder.
火を継いだ王の一人。
彼はただ世界のはじまりの場所で待っている
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