DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Fire Keeper

 戦馬よりも大きく、獅子より強い存在が森を駆け巡っていた。体長は馬車をも凌駕しようかというもの。速力はまさに風のようだった。木々の隙間をすり抜けて、けれど常に風下を意識することで他者に存在を悟られない。足音は木々が擦れる音のみであり、呼吸に乱れなどなかった。

 灰色の大狼の名を持つシフは、連れていた仲間が突然さらわれたことに動揺を隠せないでいた。突然穴が出現したかと思えばルイーズが引きずり込まれたのだ。あの手は覚えがあった。忘れるはずが無い。主人を下した怪物だ。自分が未熟だったが為にアルトリウスが盾を捨てる嵌めになったことは記憶に焼きついていた。

 牙をむき出して殺意を放ったところで怪物があらわれることはなかった。シフは魔術や奇跡の類がわからぬ。匂いを探って森を駆け巡っていたのだ。

 ふと鼻面を持ち上げると、漂ってきた香りに耳を振った。舌を突き出すと人で言う笑みに近い顔立ちを作る。

 忘れるものか。主人だ。主人と――とても懐かしいにおい。甘いような独特な香りも混じっている。煤に塗れた火のにおいもした。竜のにおいもする。いろいろな匂いでさえシフの嗅覚を惑わすことはできない。主人の匂いがするのだ、駆けつけない犬もとい狼があろうか?

 森を抜けて街道を行く。道行く住民をひとっとびでかわして。

 見えてきた主人の背中に喉を鳴らした。

 

 「シフ! 元気だったか!」

 

 主人たるアルトリウスが武器を下ろすと両手を掲げた。シフが胸元に飛びつく。アルトリウス程の体躯とてシフの巨体を受け止めるには少々不足していた。地面にずだんと押し倒されると兜をべとべとにされる。

 横で腕を組み木にもたれかかっていた青い鎧がはっとして腕を解いた。

 キアランとシフの瞳が交錯した。

 

 「久しいな……森の仔っぷ!?」

 

 キアランは最後まで言葉を言い終える前に地面に押し倒されていた。もっとも大分加減してはいたが、頭をしたたか打ち付けて痛い思いをした。

 シフがキアランの顔もとい仮面を唾液でべとべとにする。一通り舐めて満足したのか鼻を鳴らした。

 キアランはシフに足で押さえつけられて身動きがとれずされるがままになっていた。顔と言わず全身がぬめぬめになっていた。拳で地面を叩くとアルトリウスを睨む。

 

 「よさないか! おいアルトリウス! 躾くらいはしておけとあれほど」

 「私は友達に躾はしないんだ。シフ自身の礼儀と規範に従うに任せている」

 

 心外だといわんばかりにアルトリウスが首を振る。彼は笑いをかみ殺していた。してやったりと言った雰囲気であった。

 

 「驚いた。てっきり獣の類かと思ったぞ」

 

 デュラはシフを目にして思わず銃口を突きつけようとしていた。巨大な狼。近似するのは、旧い遺跡を守る番犬か、旧市街を徘徊する獣であった。獣とは大抵理性を失っており、本能の赴くままに闘争に明け暮れるものだ。ところがシフは愛嬌さえ振りまいていた。昔飼っていた猟犬がちらりと脳裏をよぎった。

 アルトリウスが首を振った。

 

 「獣と言うな。シフは怒ると手が付けられん」

 「人語を解するのか」

 「わからん。わかっているのかと聞いてもわかっているとは言ってくれないからな」

 「雰囲気でわからんのか」

 「わかるが、喋らん以上はわからん」

 

 のほほんとした会話をしている二人のせいではないだろうが、キアランの堪忍袋の緒が切れた。

 

 「シフ!」

 

 キアランがシフの鼻をむんずと掴むと、仮面を外した。自慢の仮面も唾液に汚れてべとべとになっていた。表情たるや仮面の優しげな面持ちとは相反しており、まさに般若であった。無言でシフの足を蹴ると、地面を足で踏み鳴らしてみせる。

 シフが頭を垂れると目をぱちくりさせた。一応はお座りの姿勢を取っている。

 

 「いいだろう貴公に礼儀を教えてやろう」

 「話中のところ恐縮なんだがね」

 

 レイムが話に割り込んだ。シフとは初対面ではなかったので恐怖心は無い様子であった。シフの胡散臭そうな視線を真っ向から受け止めても怯まない。闇の仔と共にあることを選んだ正気の人物ということもあり、シフの懐疑的な心象もやむを得まい。闇とはシフにとって倒すべき敵であり、闇と共にあることを選んだなど、嘘をついているとしか思えなかったのだ。

 レイムはおもむろに森の奥を指差した。最初に鎧のあちこちを欠損し、生きているのが不思議なくらいの重傷を負ったアッシュがあらわれる。兜は潰れ、腕は折れ、全身から出血していた。

 次にルイーズが現れた。無骨な剣と、剣傷の目立つ盾を持ってやってきた。胸元や腹部の鎧は無数の傷を受けているというのに、覗く白い素肌は一筋の傷さえ残していなかった。表情はどこか暗く落ち込んでいた。

 アッシュが手を掲げると、駆け寄ってくるシャナロットを抱きしめた。

 

 「待たせたな………」

 「……遅い!」

 「心配をかけてすまないなシャナロット。私は無事だ」

 

 シャナロットは頬を膨らませていた。一見怒っているようであったが、目元は潤んでいた。心配でたまらなかったのだろう。

 アルトリウスが自分の兜にかかった唾液を拭いつつやってくると、頷いてみせた。

 

 「流石だ薪の王よ」

 「いや、私だけの力では勝てなかった。ルイーズと………一人の騎士。そして、太陽がなければ負けていた」

 

 言うなりアッシュがよろめいた。エストは全て飲み干していた。全身の各所の骨が折れていた。ある骨は内臓に刺さり出血を強いていた。休息をしなければならなかった。

 アッシュの肩をアルトリウスが支えた。もっともアッシュの肩を腕で掴むような格好であったが。

 アルトリウスが唸った。

 

 「フム……騎士と太陽か。随分抽象的だな」

 「たまには感傷に浸りたくなることもあるものだ……いや、酷く疲れているせいかな。ともあれあれは」

 

 まさに太陽だったよ。咳き込む。火の粉が舞う。

 アッシュはアルトリウスとシャナロットに連れられて村の奥へと歩いていった。

 

 「アルトリウス様……」

 

 ルイーズは剣と盾を握り締めた姿勢でアルトリウスの背中を見送っていた。

 自分に課せられた血の宿命。どう選べばいいのだろうか。どう旅という名前の人生を進んで行けばいいのだろう。あの青い騎士ならば答えてくれそうな気がして。あの青い騎士の後を追いかければ答えが得られそうな気がして。思わず胸元が締め付けられた。

 キアランがべとべとになった仮面を布で拭きつつルイーズの傍へと歩み寄った。隣にデュラが並ぶ。

 

 「初対面になるがアルトリウスの同郷のキアランと言う。以後よろしく」

 「故郷どころか次元一つ二つ違うように思えるが――デュラだ。今は放浪者をしている。と言うとまるで浮浪者のようだが……」

 

 二名の名乗りにルイーズは逡巡した。何を名乗ればいい。心は決まった。

 

 「聖女アストラエアの末裔。ルイーズと申します」

 

 恥じることは無い。彼らの行く先を見届けて、自分の選択を探そう。

 この貴い剣(ブルーブラッドソード)はそのために与えられたのだろうから。

 手のひらにある剣は温かかった。

 

 「ルイーズさまぁああああっ!」

 「よしよし……泣かないで」

 

 ルイーズは胸もといお腹に飛び込んでくる兎耳を強く抱きしめたのだった。

 選択はまだ先だ。目先の者を守ることに集中すれば、いつか見えてくるものがあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 アッシュは恐怖した。

 自身の体に宿った力が衰えつつあることに。

 

 

 預言者曰く、

 火は陰り、王たちに玉座なし。

 

 

 

 寒い。暗い。恐ろしい。あらゆる感覚と感情が去来する。

 歯がかちかち鳴っていた。皮膚の内側に氷がねじ込まれているようだった。

 アッシュは自らのロングソードを地面に突き立てて休息していた。体中が燃え上がり傷と言う傷がふさがれていた。体は燃えているというのに、凍えそうに寒かった。土の中で目を覚ました時の棺おけでさえこれほど寒くは無かったというのに。今は骨まで砕け散りそうに寒かった。火の揺らめきを見ても癒されない。まるで砂漠に水を投じるが如く、あらゆる熱が体の内側に消えていってしまっている。失われた熱を取り戻そうと、アッシュは息を吸い込んだ。大気を得た火は勢いを僅かに増した。

 ぼやけた視界に映りこんできたものがある。頭巾を被った少女の姿であった。傍らに跪いて懸命に祈りを捧げている。

 シャナロットが閉じていた目を開いた。彼女はタリスマンを両手で包み胸元に重ねていた。

 

 「……だいじょうぶ?」

 「あぁ……だいじょうぶだ。とても寒い。お前は寒くないのか」

 「ううん」

 「それはよかった」

 

 アッシュは剣の柄を握り締めつつにこりと笑った。

 するとシャナロットが手を伸ばし始めた。アッシュの表情に恐怖が浮かぶ。

 果たして不死人ではないシャナロットが火に触れて無事だろうか。身を焼き尽くされはしないだろうか。拒絶の言葉を紡ぐよりも前にシャナロットの手がアッシュに触れていた。

 火はシャナロットを焼くことは無かった。よけてすれいなかった。手など存在しないかのように。

 シャナロットが再び目を閉じると、アッシュの元でタリスマンを握りなおした。

 

 「あのね……思い出したことがあるの」

 「なんだ?」

 

 シャナロットの口調はごく優しいものだった。棘のある敬語は抜け切っていて、歳相応の純粋さが輝いていた。

 

 「おまじない。してもいい?」

 「かまわん……好きにしてくれ」

 

 言うなりアッシュは目を閉じて俯いた。地に刺さったロングソードは多くの篝火のように骨を縫いとめていなかった。いまやアッシュの体が最初の火であり、縫いとめるまでも無かったのだ。しかし火は刻一刻と寿命を削りつつあった。吐息に混じる火の粉は蝶のように揺れ動き色を失っていった。

 シャナロットがタリスマンを胸に抱くと、囁き始めた。歌うように。旋律をもたせて。

 

 「人の心の中心を成す、彷徨えるソウル達よ――――」

 

 ぞくりと精神(ソウル)が震えた。大気が、大地が、森林が、鳥達がたった一人の少女の声に震えていた。

 

 「人の体の流れに乗った、根源のソウル達よ―――」

 

 声に別の声が混じった。男でもなく、女でもない。地響きのような、竜の嘶きのような。

 

 「(あるじ)を失い彷徨えるソウル達よ―――」

 

 この世界には存在しないはずのソウルが大気中に励起する。輝ける無数の光が渦巻きつつ二人の体を包み込んでいく。

 シャナロットの持つタリスマンは作動していなかった。むしろ、全身から、血から、魂から、なんらかの力が作用しているようであった。声が響く度にアッシュが纏う火炎が揺らめいていた。

 

 「我が血に住まう古と不死の力を源に―――」

 

 声がぶれる。無数の声が反響しているようだった。

 アッシュは驚嘆した。娘の小さい体に宿った力の強大さに。

 自分は一体何を見ているというのだろうか。娘ではない。娘が宿す血の強さと、その背後で翼を広げる何者か、その更に奥に息づく世界をも覆い尽くすような何かの影を見ているのだ。あれはなんだ。理解が及ばない何かが娘の力を借りているとしか思えなかった。

 アッシュは竜と大樹の似姿を幻視した。慈愛と憎しみの相反する感情を抱いた何かが瞬きをしていた。

 娘の声は淀み無く流れていった。

 

 「この我を救いし者に力を貸し与えよ―――」

 

 シャナロットの瞳が開いた。頭巾がずり落ちる。青と茶のオッドアイがアッシュを見つめていた。

 

 「   を繋ぎ止めるものへ―――……」

 

 

 シャナロットの体に火が燃え移る。はじめは手を。次に腕を伝っていくと、茶色の髪の毛までを侵し始めた。服までもが炎上して灰を撒き散らし始める。

 あっと声を上げるアッシュはしかし目を見張った。シャナロットは燃え尽きておらず驚きに目を見開いているだけであったのだ。火は瞬く間に勢いを失っていき、シャナロットの小さい体に吸い込まれていった。胸元に収束した火の玉はぱちんとはじけるようにして内側へ流れ込んでいった。

 

 「お、おぉ………まさか………シャナロット…………火守女……か?」

 「………」

 

 シャナロットは喋らなかった。胸元で手を重ね、ぼーっと宙を見つめている。

 火守女。大古の昔より火は英雄を薪に女の手によって守られてきたという。彼女達は人間性の火に身を食われながらも使命を果たすのだ。きっと人は求めるのだろう。何よりも深く温かい母の愛を。故に女性が火を守ることができるのだろう。

 ある火守女は聖女と呼ばれた。そして女神の寵愛を受けんとした騎士に付けねらわれたという。

 ある火守女は怪物のような身でありながら愛の為に身を捧げた。後に姉と共に生を使い果たした。

 ある火守女は最期まで主たる月の神と共にあり、故に古い神の都で散ることとなった。

 彼女達は皆火に身を捧げたのだ。理由や思いは別にせよ、世界を守るために。

 だが――アッシュは知らない。シャナロットさえも。永久に生き続ける竜を薪にくべようとして失敗した愚かな王がいたことを。ならばアッシュの翳りつつある火を受け止めたのは何者なのかを。

 シャナロットの瞳が瞬くと、きょろきょろと辺りを見回した。夢から覚めたかのように、自分がどこにいるのかわからないといった様子であった。

 アッシュが剣を引き抜いた。寒気が止んでいた。火の勢いこそ強くなってはいなかったが、繋ぎとめられたからだ。きっとシャナロットが火守女の役割を果たしてくれたのだろうと見当を付けて。シャナロットの肩に手を置くと、屈み込んで視線を合わせた。

 

 「ありがとう……シャナロット。君のお陰で消えずに済みそうだ。おいシャナロット。大丈夫か?」

 「えっ……!? あっ……うん。大丈夫だよ」

 

 シャナロットは心ここにあらずと言った様子であった。アッシュに声をかけられて初めて正気を取り戻したと言わんばかりに。

 アッシュは剣を腰に戻すと、服に付着した灰を払った。シャナロットも同様に服にかかった灰を払っていた。

 二人がいるのは村の外れの石材置き場の隅であった。まさか正々堂々とこの世界の住民相手に体が炎上する様を見せ付けるわけにもいかない。いちいち説明するのも面倒だ。騒ぎにならないようにこっそり休息を取っていたのだ。

 石材置き場は閑散としていたが、足元には無数の橙色の文字列が踊っていた。

 

 『宇宙は空にある?』

 『その資格はない』

 『デブ つまり ローリング!』

 『白くべたつくなにか』

 『葛篭に入らなければ……』

 

 もはや意味不明の文字列の中でも、アッシュはひとつのメッセージに目を付けた。

 

 『この先、不死に注意しろ つまり 兵士』

 

 不吉な文章であった。異世界の巡礼者たちか、あるいは別世界に文章を送る術を持った者達が書きなぐったのか。別世界に送りつけられる文言ほど無責任なものは無い。それこそ死のうがかまわない連中に教える情報なのだ、整合性や正確性など無いようなものだ。

 逸れた思考を元通りにするべく、シャナロットの手を握って歩き始める。

 

 「まさか火守女だったとは……しかし、いいのか? 火を守るということは、身を捧げるということだ」

 「う、うん……いいよ」

 

 それっきり会話は途切れてしまった。

 向かった先は村の中心部だった。アルトリウスら一行が村の中央で円陣を組んで話し合っている様子があった




あんまり話は進まなかったです
感想返しよりほんh 本編優先ですので返しは遅れます
感想返しに時間取られるよりガシガシ本編書いた方が良いって混沌の娘が言ってた


【デブ】
結晶!!!!! ローリングデブは最上級に危険

【葛篭】
うまれかわりそう

【白べた】
ナメクジから採取できるらしい



【シャナロットを介して見た存在】
「その資格はない」
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