一歩遅れて、真姫達の身に『恐怖』が駆け巡った。
一体何のつもりなのか、それを探ろうにも男は黒いニット帽を深く被り、マスクとサングラスで表情を隠しているため探ることができなかった。しかしそれが余計に男の不気味さを際立てていた。もし詩音が動かなければ、銀色に光るナイフがその延長線上にいる人物を刺していただろう。
そして、刃の延長線上にいる人物──西木野真姫は自分が狙われたのだと理解し、戦慄した。自分の命が狙われた、それを理解した途端に膝が震え出し軽くよろめいた。倒れかけた真姫を絵里が反射的に支え、にこと希も同時に花陽と凛の元に駆け寄る。先輩として後輩を守らねば、という使命感か、それとも大事な仲間を守るためか、三年生組は無意識のうちにそれぞれが一年生組の元に駆け寄り、庇うように前に出ると男を睨みつける。
詩音もまたこの男の危険性を感じており、腕を掴みこれ以上近づけさせないようにしていた。
「どういうつもりだ?」
詩音は男に問う。その声音には静かな怒りが込められており、詩音の特徴の一つであるツリ上がった瞳が、さらに鋭く細められていた。しかし男は詩音に睨まれても微動だにせず、むしろ詩音に腕を掴まれているというに抵抗する動きすら見せなかった。不審に思った詩音は、男の腕を掴む手に力を入れてみるが、男は呻き声を上げることもなく、むしろ何の動きも見せなかった。
だが、次の瞬間に異変は起きた。
バサアッ!! と男の体から大量の砂が零れ落ち、イマジンが飛び出したのだ。
周囲から上がる二度目の悲鳴。
イマジン──マンティスイマジンの出現と共に、詩音が掴んでいた男が砂のように消滅した。突如消滅した男の体。詩音の腕からは大量の砂が落ちていくが、それを気にしている暇もなくマンティスイマジンは真姫に向けて迫り、鎌を模した二刀流の剣を構えていた。
「──―貰った」
「デネブ!!」
詩音は反射的に叫んだ。
真姫を庇うように立っている絵里もまとめて切り裂こうとしている鎌は、突如間に現れた黒い影によって防がれた。
黒い影、先ほど詩音の体から追い出されたデネブが絵里と真姫の前に立ち、振り抜かれた鎌をクロスした腕で防ぐ。衝突した際に火花が散るが、互いにイマジン同士。そんな攻撃では大したダメージにならずデネブは完璧に二人を守った。交差する二人(二体)の視線。
マンティスイマジンは奇襲が失敗したと理解すると、デネブからの追撃を避けるためにその場から飛び去ることで距離を取る。──と見せかけて、すぐさま隣に立っていた花陽に狙いを定める。
花陽とにこの目が見開かれ、細い悲鳴が口から漏れる。誰もが二人を守ろうと駆け寄ろうとするが、間に合わないことは確かだった。デネブでさえも、不意を突かれていた。
太陽の光を反射させ、キラリと光る刃が花陽とにこの肌を切り裂くために振り下ろされた。
しかし聞こえてきたのは肌が切り裂かれる音ではなく、鈍い音。間一髪のところで詩音が突き出したベルトが刃を受け止めていたのだ。そして体をねじ込むように移動させると、左拳でマンティスイマジンの顔を殴り飛ばす。続けてデネブもマンティスイマジンに突撃し、より大きく吹き飛ばす。距離が開き、デネブが詩音の傍に立ったことで詩音がゼロノスに変身するチャンスが生まれた。
飛ばされたマンティスイマジンは口元を拭いながら、詩音とデネブを睨む。
「ちょっと、女の顔を殴るなんて、ひどい男ね」
「うるせえよ、どう考えても
そう言って詩音はベルトの状態を確認する。イマジンの攻撃をとっさにこれで防いでしまったが、これは変身には欠かせないモノ。一応それなりの強度があることは知っているが、損傷がないか確認してしまう。
特に目立った損傷はないことがわかると、詩音はそのまま腰に巻き付ける。起動音が鳴ると詩音はホルダーからカードを取り出す。
「デネブ、こいつらを頼んだ! 変身!」
『Charge And Up』
音声が鳴るのと同時に詩音は駆け出し、変身が完了するとサーベルモードのゼロガッシャーを振り下ろす。
マンティスイマジンはゼロノスの猛攻を、鎌を模した二刀の剣で防いでいく。
ゼロノスの攻撃はゼロガッシャーの大きさ故か、一撃一撃が大振りとなってしまい素早い動きが特徴であるマンティスイマジンには簡単に躱され、防がれてしまう。
「あらあらどうしたの? そんな攻撃じゃ、私には傷一つつけられないわよ?」
ゼロノスの攻撃を巧みにかわしながら言うマンティスイマジン。
明らかな挑発だが、ゼロノスは何も言い返さずにゼロガッシャーを振るう。言い返してこないゼロノスに対し、少々不服そうに息を吐くマンティスイマジンは迫りくるゼロガッシャーを空に飛ぶことで回避する。
そして、自身の得意攻撃である毒を吐こうと口元に手を持って行ったところで、突如出現したゼロライナーに吹き飛ばされた。ゼロライナーは一回汽笛を鳴らすとデネブたちの元に止まる。
「そん中乗ってろ!」
そう叫んだゼロノスはマンティスイマジンを追うため、屋上目掛けで跳躍した。
☆★☆★☆★
真姫達はデネブの案内でゼロライナー内へと避難していた。ゼロライナーの席に着いた真姫達はデネブが差し出すお茶を飲むなどして、先ほどまでの非現実的な光景から落ち着こうとしたが、あんな光景を見てなかなかに落ち着けるものではない。
「大丈夫? 真姫」
絵里が真姫の背中をさすりながら名前を呼ぶ。
真姫は詩音がゼロノスに変身する光景を見た時から、頭を押さえていた。まるで何かを思い出しそうな顔をしながら、必死に先ほど思い浮かんできた記憶の糸を辿る。
夕日の公園、迫りくる怪人、恐怖、そして──、夕日を背に立つ赤銅色の戦士。いくつかの場面をぼんやりと思い出せるのに、完全には思い出すことができない。『詩音』という名を初めて聞いた時と同じ、自分の知らない情報が記憶の底から浮かび上がってくる感じだ。これは一体何なのか?
必死に思い出そうとしていると、コツ、と小さな音を立てて真姫の前のテーブルにコップが置かれた。
「とりあえず、これでも飲んで落ち着いて」
「ありがとう、ございます……」
デネブが差し出したコップを礼を言いながら受け取る真姫。ひんやりと冷えたお茶が真姫の中へと入って行き、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
その様子を見たデネブは「よかった」と呟いて去ろうとしたが、絵里に呼び止められる。
「あなた達は一体何者なんですか?」
絵里がデネブに聞いた。
「あなたもあの怪人の仲間なんですか?」
絵里の目が鋭く細められる。
確かに絵里達から見てみればデネブも怪人、先ほど襲ってきた怪人の仲間と思っても何の不思議もない。むしろ疑いの視線を向けてきて当たり前なのだ。
絵里だけでなくにこからも疑いの視線を受けるデネブは一度絵里達を見回してから、言う。
「確かに、オレはアイツらと同じイマジンだ。だが、オレは君たちの味方だ。これだけは信じてくれ」
「そんなの、簡単に信じられるわけないでしょ」
にこから鋭い指摘が飛ぶ。
「まぁまぁ、にこっち。助けてもらっとるのに疑うのは良くないで」
「それは、アンタが勝手に私たちをこの列車に押し込んだんでしょうが!」
にこの言う通り、疑っているのになぜゼロライナーに乗っているのか、それはデネブだけでなく希が絵里達に乗るように促したためである。もちろん襲ってきた怪人と仲間かもしれない奴が用意した列車に乗るなど、にこは反対した。しかし結果的には希に言いくるめられてしまい、今こうしてゼロライナー内にいる。
「実際、向こうの狙いはウチらやったんやろ? それにおデブちゃんと詩音君が守ってくれなかったら、真姫ちゃんやえりち、それににこっちと花陽ちゃんまで危なかったんやからそんなこと言ったらあかんで」
「……わかってるわよ」
助けられたことには感謝しているのか、ぶっきらぼうに礼を言うにこ。しかし、どうしても拭いきれないものがある。それは実際に命の危機を経験したにこだからこそわかること。襲ってきた奴と同種であるデネブを、なかなか信用できないのも仕方のないことだ。
「まあ、ウチも完全に信用しているわけやない。なんでウチら、正確には真姫ちゃんが狙われたのか、教えてほしいな」
にやりと、瞳を細めてデネブに問いかける希。その雰囲気は絶対に逃がさない、と物語っており、デネブは「これ、あとで詩音に怒られるなー」と頭の片隅で思った。
☆★☆★☆★
とある建物の屋上。そこがゼロノスとマンティスイマジンの戦いの場となっていた。
互いの獲物がぶつかり、響く金属音、散る火花。
戦闘場所が変わったことが影響したのか、ゼロノスの動きが先ほど以上に素早くなっていた。それにより、先ほどまでは躱され続けていたゼロガッシャーの斬撃もマンティスイマジンの体を的確にとらえ始めていた。大振りなのは変わらないが、半ば捨て身による攻撃が功を制していた。それでも、やはり戦闘能力的にはマンティスイマジンの方が一歩上手だった。
(ちっ、これならもっとあの人のところで剣術学んどくんだったな)
以前詩音はとある人物の元で剣術を学んでいた。元々興味があったことなのだが、詩音の私生活上結局は喧嘩道具になってしまい、今では我流に近い形となっている。もし喧嘩の道具にならずにしっかりと学んでいれば、ゼロノスの特徴である機動力を生かし善戦していたのかもしれない。
しかし、結局は剣術を途中でやめてしまい、元々の機動力がさらに向上したゼロフォームの機動力も完全には生かせずにいた。その為、素早を残しつつも捨て身に近い攻撃が詩音の戦法になっていた。
上空へと飛んだマンティスイマジン、ゼロノスは素早くボウガンモードに切り替え狙いを定め撃ち落とす。地を転がることで着地の衝撃を最小限に抑えたマンティスイマジン。サーベルモードに切り替えたゼロガッシャーの追撃が迫る。マンティスイマジンは二刀剣をクロスさせ受け止める。
「あらぁ、さっきとは違って意外とやるじゃない。おねーさん嬉しいわ」
ゼロノスに変身している詩音と同等かそれ以上の力をもって鍔迫り合いになる中、マンティスイマジンは陽気にそんなことを言ってきた。
仮面に隠れているため詩音の表情は分からないが、
「…………………………………………………………………………………………はあ?」
声がキレていた。
「なによ、その間。ちょっと心外なんだけど」
「いや、どう考えても、アンタ、おばさんだろ?」
──―刹那、ゼロノスの体が吹き飛んだ。
「がはっ!!」
「ちょっっっっとぉ? なーんていったのかなぁ?
こちらも声がキレていた。二刀剣をこすり合わせながら、ゆっくりとゼロノスに迫るマンティスイマジン。
ゼロノスは吹き飛ばされた際に背中から壁に激突し、肺の空気がすべて外に出されたため地に倒れ伏しながら酸素を求めていた。その状態にあってもなお、詩音は挑発のために言葉を発する。
「はっ、何だよ、
『おばさん』の部分を強調しながら挑発する詩音。ゼロガッシャーを杖代わりに立ちあがろうとするゼロノスだったが、挑発を受けたマンティスイマジンが瞬時に迫りゼロノスの腹部を蹴り上げる。
「がはっ!!」
再び肺の空気が押し出され、すぐ後ろにある壁に衝突する。
マンティスイマジンは倒れ伏すゼロノスの首根っこを掴み無理やり立ち上がらせる。
「あらあら、随分と口が達者なようで。そんな悪いことを言う子には
「うるせぇよ、おば──」
ゴスッ! と鈍い音がゼロノスから聞こえた。マンティスイマジンの拳がゼロノスの腹部に突き刺さっていたのだ。さらに膝が追撃、空中に放り投げられ身動きが出来なくなったゼロノスの体に鎌の刃が何度も走る。
鎌の刃が走るたびに火花と詩音の口から悲鳴が上がる。
二刀の刃が同時にゼロノスの体を走り、火花を上げ後方へ大きく吹き飛ぶゼロノス。地を何度も転がりようやく止まるが、ダメージが大きくしばらくのたうち回る。
(くそっ! ぜってぇーやり返す!!)
ダメージから来る疲労により、すでに詩音の呼吸は荒い。地面を殴りつけ自分を鼓舞する詩音は立ち上がろうと腕に力を入れるが、すぐに地に倒れてしまう。さらに背中をマンティスイマジンに踏みつけられ地に縫い付けられた。
そして──、カチャリと首元に感じる気配が、ゼロノスの動きを完全に止めた。
「…………」
「どうやら、
「…………」
ゼロノス──詩音は何も言わない。いや、もしかしたら言い返せないのかもしれない。首元に感じる異様な気配が、詩音に『敗北』の二文字を突き付けていた。横目で確認してみれば、そこにあったのはヤツの武器ではなくゼロノスの武器、ゼロガッシャーだった。どうやら転がっている際に手放してしまったらしく、ヤツの手に握られ今所有者であるゼロノスを殺すために首元に添えられていた。
おそらく奴の手にはヤツ自身の武器が握られているはずだ。背中を踏みつけられ回避行動をとることが出来ない、首元にはゼロガッシャー、そしてヤツにはまだもう一つの武器が……。
──マンティスイマジンの言う通り、詰んだみたいだ。
「あら、だんまりね。つまらない。最後に言うことはないのかしら?
「そうだな……」
死が迫ってるというのに、詩音の声に恐怖の色はなかった。
「俺は勘違いしていたみたいだ。アンタはやっぱり──―」
そして──、
「どう考えてもおばさんだよ。ヨボヨボのお肌ガッサガサのな」
──決定的な挑発だった。
瞬間、一つの悲鳴が屋上に響いた。
次回、
Episode07に続く。