乱世を駆ける男   作:黄粋

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第九十三話 実力を確かめ合う

 巨大な武器が振るわれる。

 地を蹴り、大きく後ろへ下がると先ほどまで俺の身体があった場所をそれが通り過ぎていった。

 当たれば下手をすれば胴が千切られかねない、とんでもない鋭さと破壊力を併せ持った攻撃。

 それを放った義娘によく似た少女は無表情のまま俺を見据える。

 

「避けられた……。一瞬、強くなった? でも今は弱い?」

 

 無表情ながら驚き戸惑っている心情は、目とそして何よりその口から語られている。

 どうにも素直というか、悪気無く思っている事を口に出してしまう性質(たち)のようだ。

 

 敵対する者や弱者を見下す、という前情報はあったが。

 この子、さては相手が自分より弱いというただの事実を素直に口に出しているだけで、相手を見下すだとか侮るだとかそういう事は考えていないな?

 

 などとどうでもいい事を考えながら、あちらが戸惑いと警戒からじっとしているのを良いことに俺はちらりと周囲に視線を巡らせる。

 ここは洛陽の敷地内にある訓練場。

 ど真ん中には俺と相手である呂布。

 訓練場の端っこには邪魔にならないように観戦者たちが控えている。

 手に汗握るという風に食い入るように見ている翠と蒲公英、激と塁、慎がまず視界に入る。

 その横には同じく食い入るように見ているが、自分ならこうする、ああすると脳内で相手を自分に置き換えて疑似戦闘をしているのだとわかる鋭すぎる眼差しの雪蓮嬢と祭がいる。

 さらにその横にはやんややんやと野次を飛ばしながら観戦しているがその実、先の二人同様の眼差しを向ける張遼。

 祭と張遼は先ほどまでやり合っていたというのに随分と元気な様子だ。

 訓練場の隅っこには先に慎と戦い、こてんぱんに叩きのめされた謁見の間にいた白髪の将である華雄(かゆう)が転がっている。

 周りには董卓軍の兵士たちの他、俺たちが連れてきた兵士たち、翠たちのところの兵士たちもいた。

 

 なぜこうなったのか。

 俺は呂布とこうして模擬戦をする事になった経緯を思い出す。

 

 

 

 それは謁見の間でのやり取りの翌日。

 強行軍の疲れを一日で癒やし、今日から本格的に動くべく、城の主要箇所を案内されていた時の事。

 

「お互いに協力し合う事は確約したのだし、お互いの将同士で腕試しでもしない?」

 

 これから数日の簡単な打ち合わせをして謁見の間を後にし、城内の案内を買って出てくれた張遼に対して雪蓮嬢がそう提案した。

 

「おー、そりゃ楽しそうやな。お互いどの程度出来るか分からんと安心して背中も預けられんし、ええんとちゃうか?」

「そうこなくっちゃ! うふふ、貴女なら乗ってくれると思ってたのよねぇ」

 

 さっそくその辺で捕まえた兵士に伝令を頼む張遼。

 早い内にお互いの実力の把握は必要だから、俺たちに否はない。

 とはいえ止める間もなくとんとん拍子に話が進んだのは、おそらく董卓側もこうなるかもしれないという事を想定していたからだろう。

 

 こちらも、もちろんあちらも噂話や実際の戦果などから実力の推測は行われている。

 しかし百聞は一見にしかずという言葉の通り、あれやこれやと想像するより直に接する方が確実だ。

 雪蓮嬢の提案は双方に取って渡りに船と言える。

 案内された訓練所には、既に華雄や呂布がおり、さらに彼らの部下たちに加えて俺たちの軍の兵たちも揃っている状態だった。

 お膳立てが完璧すぎた事からこちらが提案しなくても、こうなる流れだったのは想像に難くない。

 

 まさか到着して二日目からこうなるとは思わなかったが、これはそれだけ董卓側に余裕がないという事なのだろう。

 もし謁見の間でお互いに信を置くという事にならなかった場合、この場に引きずり出され適当にぶちのめさせて追い出されるか、最悪始末されることになったという事も考えられる。

 まぁそうはならなかった未来については脇に置いておこう。

 

「あ~、まだ疲れとるんなら日ぃ改めるか?」

 

 俺が黙々と考え込んでいるのを行軍の疲れだと思ったらしい張遼が提案する。

 その言葉に俺は素早く幼馴染みたちに目配せする。

 一瞬の意志疎通だが、上手く意図が伝わった。

 

「構わんさ。時間は有限だ。何よりあの程度の行軍で疲れるような柔な将はウチにはいない」

 

 やや大袈裟に肩を竦めておどけてみせれば、張遼は納得する。

 

「はは、ええねええね。これは楽しい手合わせが出来そうや。ほな、ウチらと建業軍で仕合おうか」

 

 あちらは華雄(ここで謁見の間にいた白髪の将の名前がわかった)、張遼、そして呂布が出るとのこと。

 こちらは雪蓮嬢、冥琳嬢は真っ先に除外された。

 その事に当然のように雪蓮嬢が文句を言ったが、流石に軍の旗頭を腕試しとはいえ出すわけにはいかない。

 翠も除外された。

 そもそも建業軍ではないというのに本人はやる気だったのだが、董卓側からしても俺たちからしても彼女の実力はある程度分かっているから、実力を見る必要がないのだ。

 雪蓮嬢同様、とても不満そうではあったが正論なので納得するしかないという様子だった。

 

 協議の結果、華雄の相手は慎、張遼の相手は祭、呂布の相手は俺という事になった。

 呂布の相手には自分から立候補している。

 以前、俺は呂布について敵に回せば脅威であるという風に建業の皆に触れ回った。

 俺が考えていた以上に俺の発言を重く見た皆によって呂布について調査が行われているのには驚いたが、軍隊にも匹敵する一騎当千ぶりは紛れもなく脅威だ。

 であるからこそ、その力に自分の力がどこまで通用するのかを今のうちに確認したかった。

 

 各々思惑がある中、準備は終わり、太陽が真上に昇った頃。

 模擬戦は開始された。

 

 

 正直なところ、華雄と慎の戦いに関して俺は一つ不安な事がある。

 前世で見た三国志の書物の一部で、『祖茂を殺したのは華雄である』とされていたからだ。

 この世界はもはや俺の知識通りに進む物ではないという事はわかっている。

 しかし知識通りになった出来事は数多あり、それが幼馴染みで、家族同然で、同僚である慎の生死に関わる知識である以上、無視する事は出来なかった。

 

 最悪の可能性を考えていた俺は周りから見てもピリピリしていただろう。

 慎は漠然と自分を案じているのだと気付いていたようで、試合の直前にふわりと笑ってこう言った。

 

「駆狼兄ぃの不安、払拭してくるよ」

 

 それは弟分としての言葉であったが、訓練場の中央に進むその背中は武官としてのものだった。

 気を遣わせてしまった事を情けないと思いつつ、俺は幾分か軽くなった気持ちで試合の始まりを待つ事が出来るようになった。

 

 そして一戦目、祖茂対華雄は始まり。

 

「我が戦斧の一撃で砕け散るがいい!!」

 

 華雄は模擬戦だというのにまったく加減をする気のない一撃を放とうと身の丈ほどの大斧を振りかぶる。

 

 振りかぶった瞬間。

 慎に一歩で間合いを詰められ、鞘に収まったままの右の直剣で顎をかち上げられ、左の直剣で横っ面をぶん殴られ、勢いの乗った回し蹴りで足を払われその場で一回転して顔面を地面に強打して意識を失った。

 

 祖茂の勝利宣言までの体感1分程度の出来事だ。

 

「えーっと……大丈夫ですか?」

 

 あまりにも綺麗に決まってしまった為に倒した慎自身が華雄を心配したが、当人は完全に意識が飛んでいるのでもちろん返事はない。

 

「あ~、頑丈さはピカイチやから端に転がしとけばそのうち起きるで」

 

 そう言ってぴくりとも動かない華雄を引きずって訓練場の端、もはや観客席のように人が屯している場所へ連れて行く張遼。

 手慣れた様子だが、それでも同僚が瞬殺された事には驚いている様子だ。

 

「一応、こいつ力だけならウチより強いんやけど、まさかこんな一蹴されるやなんて……な」

「単純に相性の問題だろう。祖茂は力が強い方ではない。打ち合えば力負けする事も多い。だから『受けずに倒す』戦い方になった。仮に先手で倒せなかったとしてもその場で足を止める事はなかっただろうな」

 

 慎は初手で倒せなければ、離れて相手の攻撃に合わせて受けずに反撃するカウンターも編み出している。

 先の先を取り、後の先を抑えるその戦法を初見で対処するのは難しい。

 圧倒的な身体能力によるごり押しが最も効果的なんだろうが、曲がりなりにも武官として鍛え上げている慎と比較して圧倒的な身体能力を持つ武将はそうはいないだろう。

 翠や思春、春蘭などを相手にしても圧倒的と言えるような差はないと俺は見ている。

 であれば現状、この大陸でそれに該当する武将は俺が知る限りではたった一人だけだ。

 

「馬鹿力ででかい獲物振るう華雄は、祖茂はんにはただの獲物やったって事かいな。あいつの攻撃も別にそこまで遅いわけでもないっちゅーのに。恐ろしいやっちゃで」

 

 引きずっている華雄を哀れみ、次いで慎に視線を向ける張遼。

 敵意ではない、好奇心に満ちたその視線に血が昂ぶっているんだろうなと確信する。

 

 張遼と入れ替わりにこちらに戻ってきた慎に怪我はなく戦う前と何も変わらない。

 

「どうだったかな?」

 

 三十路を越えるにしては幼い顔で、してやったりと笑う弟分に俺は釣られて笑った。

 

「文句無しだ」

 

 掌を慎に向けて右手を掲げる。

 意図を察した慎が同じように右手を挙げ、手を合わせて打ち鳴らした。

 乾いた音が周囲に響き渡った。

 

 

 二戦目。

 祭と張遼の戦いは白熱した。

 大弓と戟(飛龍偃月刀という名は本人に教えてもらった)。

 本来なら使用する距離が違いすぎて勝負として成立しない武器同士だ。

 無理矢理勝負をするならば張遼は間合いを詰めて薙ぎ払おうとするし、祭は間合いを取りながら射かけるという展開になるだろう、と普通なら予想する。

 

「ちぇい!」

「うぉうっ!?」

 

 祭は最初から大部分の人間の予想を裏切る。

 初手で得意の二本同時撃ちを行った祭は、放った矢を追い越すかのような勢いで張遼との間合いを詰めたのだ。

 

 気迫の声と共に繰り出されたのは強弓による横凪ぎ。

 必殺の矢を避ける張遼への追撃を彼女はからくも受け止めた。

 祭の弓は特別硬く、それで殴りつける事そのものが立派な攻撃になるのだ。

 俺たちは祭を除いて皆、近接武器を主な攻撃手段としているが故にその対抗策の一つとして生み出されたのが弓その物の武器化だ。

 元々、同時撃ちを可能にするほどにしなやかで頑丈な造りの弓だからこその戦法と言える。

 さらに弓を持ったまま出来る格闘も会得している。

 

 本職には間違いなく劣るだろう。

 本領である弓術ほどの実力にはならないのは間違いない。

 だが一瞬の攻防で勝敗が決まる戦闘において、選択肢が増えるというのはただそれだけで脅威になるのだ。

 

 先手の不意打ちを捌いた張遼は、即座に切り替えて反撃に転じる。

 飛龍偃月刀の長物としての攻撃範囲の広さは、一足飛びで射程外へ逃げる事を許さない。

 祭は間近で振るわれる暴風を大弓で受け流し続ける。

 張遼は祭が飛龍偃月刀の間合いよりもさらに内側に入ろうとしている事に気付き、己にとって都合の良い距離を取りつつ攻撃し続ける。

 観戦者側からすれば、祭が圧倒的に劣勢に見えるだろう。

 苛烈な攻めをかろうじて受け続けているように見える。

 

「……あいつさぁ」

 

 激が呆れた顔をしているが、おそらく俺も同じ顔をしているだろう。

 というか『祭を知っている人間』で、今の祭を心配する者はいない。

 翠と蒲公英は戦っている祭との関わりは薄いから苦戦しているように見えるあいつを応援するように声を張り上げている。

 鉄心殿は二人に比べれば冷静に、戦い全体の推移を見守っている。

 

 冷静に攻撃一つ一つを目で追いかけ、丁寧に受け流している祭は今、この戦いを心の底から楽しんでいた。

 雪蓮嬢や蘭雪様の悪癖に目を向けがちだが、祭はあの二人に続く戦闘狂なのである。

 戦闘行為全般で暴走する前者二人と違って、祭は強者が相手の時限定で、それも暴走ではなく逆に極めて冷静になる性質(たち)だから気付かれにくいだけだ。

 

「くっ、おらぁああああああ!!」

 

 張遼は攻め続けさせられ、体力を消耗させられていたという事実に気付き、長引かせてはまずいと感じたのだろう。

 心に沸いた焦りの感情を振り払うようにこの試合一番の威力だろう突きが放たれる。

 いくら頑丈だとはいえ弓で受ける事は出来ないと誰の目にも明らかな一撃。

 

 それに対して祭は、後ろ腰に取り付けていた短めの鉄鞭で打ち合った。

 前もってタイミングを図っていたのだろう、それは刃の切っ先、その真横にぶつかり、その軌道を僅かに逸らす。

 あれだけの勢いで振るわれた超重量の武器を弾いた反動で鉄鞭は祭の手を離れてしまうが、役割は充分に果たしていた。

 身体の横を紙一重で通り過ぎる突きに顔色一つ変えずに、祭は至近距離で矢を番える。

 しかしそこは相手も然る者。

 必殺必中の一撃を放たんとする祭に対して、恐るべき速さで突きを放った腕を戻し、再度の攻撃姿勢に入っていた。

 互いの一撃が放たれんとしたその時。

 

「それ以上は、駄目……」

「これ以上は試合ではなくなるぞ」

 

 同時に動いた俺と呂布によって強制的に止められた。

 

 お互いに試合の範疇を超えた必殺の一撃を放とうとしていた事に気付いた二人は、同時に大きく息を吐きながら武器を下ろす。

 

「この勝負は引き分けだ。異論はあるか?」

「儂には無いな」

「同じく」

 

 決着を付けられたなかった事を不服としつつも、引き分けという結論を二人は受け入れた。

 

「この決着はいずれ、やな」

「応。その時はお互いに全力でやろうぞ」

 

 戦闘の興奮が収まっていない故に殺気を滲ませた言葉だが、まぁそのうち沈静化するだろう。

 

「祭、ほらこれ」

 

 吹っ飛ばされた鉄鞭を造作もなく受け止めていた塁が放り投げる。

 特注品でかなり重量があるそれを難なくキャッチし、祭は目を細める。

 

「罅が入っておるな。やはりあれを受けて無事とはいかなんだか……」

 

 飛龍偃月刀とぶつかった鉄鞭の先端から持ち手にかけて罅が入っていた。

 使えない事はないが、そう遠からず壊れる事は誰の目にも明らかだ。

 

「これは俺が籠手で受けていたら最悪腕ごと持って行かれているな」

「味方でいる分には頼もしい限りじゃ」

 

 どうやら戦闘の興奮が収まってきたようだ。

 もう大丈夫だろうと労いの意味で肩を叩き、俺は既に訓練場の中央に移動している呂布の元へ向かう。

 

「……よろしく」

「こちらこそ」

 

 審判となった兵士の合図。

 駆け出そうとした俺は直感で大きく飛び退く。

 先ほどまで俺の身体があった場所をそれが通り過ぎていった。

 

「……」

 

 予想を遙かに上回る一撃に冷や汗が出る。

 一筋縄ではいかないというのは分かり切っていた事。

 しかし何故か懐いてくれているこの子に、どこか甘い部分が出ていた事も否定出来ない。

  

「避けられた……。一瞬、強くなった? でも今は弱い?」

 

 攻撃を躱された事に首を傾げる呂布。

 ここまでの経緯をまるで走馬燈のように瞬時に回想した俺は気持ちを改めて構えを取る。

 前世で三国最強と言われ、今こうして対峙して知識と遜色のない武を誇る彼女に。

 俺は猛然と挑みかかった。

 

 


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