乱世を駆ける男   作:黄粋

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第九十四話 試合の決着

 振るった拳は受け止められる。

 あちらに目に見えたダメージはない。

 

 反撃に繰り出された戟を紙一重で躱す。

 こちらは判断一つ誤って一撃をもらえばそこで終わりだ。

 

 だからこそ必死に避ける。

 常に最適解を放ち続ける最強の攻撃を捌き続ける。

 

「……」

 

 呂布は俺を仕留めきれない事が心底不思議な様子だが、その攻撃には容赦というものがまったく感じられない。

 しかし俺はギリギリのところではあるが、なんとかその攻撃を受け流す。

 受け流した攻撃の勢いを利用して身体を半回転させ、反撃の蹴りを見舞う。

 俺に比べて小柄な身体は踏ん張る事も出来ずに吹き飛ぶのだが、決して有効打にはならない。

 なにで出来ているのか甚だ疑問だが、呂布の身体が単純に頑丈すぎて効いていないのだ。

 呆れるほどに理不尽な強さだ。

 

「呂布相手にここまで打ち合えるやなんて、な。……正直、孫呉の懐刀舐めとったわ」

 

 張遼の呆れたような、賞賛するような声が耳に届く。

 だが律儀に反応を返す余裕など俺にはない。

 

 俺は自慢ではないが最大5日程度は昼夜問わず走り続ける事が出来る。

 夏侯惇、いや春蘭と日が落ちるまで試合った実績もある。

 

 武力に関して安易に他者より上であるなどという自信を持つ事はない。

 だが体力に関しては自分が桁違いのものを持っている、というよりこれまでの人生で鍛え上げてきたという自負があった。

 

 そんな俺が彼女と打ち合い続けるだけでここまで消耗させられている。

 圧倒的な武力になんとかついて行けるのは打ち合う瞬間に全身全霊を持って攻防を行っているが故に普段の数倍の消耗を強いられているのだ。

 それだけの事をしてたったの一刻、打ち合うのがやっととは。

 流石は後世にまで伝わる三国志最強の武将『呂布奉先』だ。

 

「……っ!!」

 

 鋭い呼気から繰り出される一撃が、訓練場の地面を引き裂きながら迫る。

 大きく後ろに飛ぶ事で、からくも避けた俺を追随しようと呂布は、身体を前に倒して踏み出そうとする。

 俺は右手で腰の棍を一本引き抜き、追いすがろうと駆け出す彼女に投げつけた。

 真っ直ぐ向かった棍はいとも容易く方天画戟によって弾かれてしまう。

 しかし弾かれた初撃に隠れるように左手で放っていた二本目の棍が前に踏み出していた彼女の眼前に迫っていた。

 

「……っ!!」

 

 避けられるタイミングではない二撃目の棍を、彼女は武器を持っていない左腕で弾く。

 邪魔はもうないとそう思ったのだろう。

 

 俺に追いすがろうと足を出した瞬間。

 さらに放っていた三本目の棍が踏み込んでいた足に突き刺さった。

 

「……ぅっ!?」

 

 小さな呻き声と共にようやく彼女の足が止まる。

 足の指は痛みにとても敏感で、鉄の塊がそんなところを直撃したのであれば、硬直するのも当然の事。

 心なしか目尻に涙が出ているように見える。

 

 どうやら身体の硬さと痛覚は関係ないようだ。

 そういうところの人体構造はちゃんと人間のようで安心する。

 半ば破れかぶれの一手だったんだが。

 

 卑怯だとは思うが、彼女が硬直したその数秒の間に俺は一度深呼吸をした。

 たった一度、深く肺の奥まで浸透させるような心持ちで行ったそれによって俺は荒れ狂う嵐のような攻撃に上がっていた息を、己にとって最善の状態へと引き戻す。

 かつては決して出来なかった化け物じみた、冗談みたいな事が出来るこの身体に深く感謝する。

 とはいえ疲労が消えたわけではなく、圧倒的に不利な現状が変わったわけではない。

 

「……」

 

 その場で俺が構えれば、意図を理解したのだろう呂布も方天画戟を大上段に構えた。

 

 このままずるずると打ち合っていては、直に押し負けるだけ。

 これ以上、戦いを引き延ばす事は、彼女に勝利を献上する事にしかならない。

 ならば次の打ち合いで勝負を決する。

 

 勝率など考えるのも馬鹿らしいほどに低いのは目に見えている。

 しかしこのまま打ち合いを続けていてはその低い勝率すら無くなるのだ。

 ならば無茶でもなんでもやるしかない。

 

「……」

「……」

 

 耳が痛くなるほどの静寂。

 あちらの瞳に映る俺が見えるほどに集中した状態。

 ほんの僅かな相手の動きすら捉えられる極限の集中力。

 何でも出来ると錯覚してしまいそうな高揚感を感じる。

 ついつい突撃してしまいそうになるその気持ちを宥めながら俺は、次の一手による勝機を探った。

 

 それは当然のようにあちらも同じ事で。

 奇しくも動いたのは同時になった。

 

 振り上げられた方天画戟を振るう様はまるで稲妻のように速かった。

 しかし極限の集中の為せる技か、俺の目はその一撃を完璧に目で追い、身体は思う通りに動く。

 振り下ろされる稲妻を恐れず、その懐へと踏み込み、彼女の視線から隠すように後ろへ引き絞っていた右の拳を放った。

 

 その一撃を呂布は読んでいて、方天画戟を振るう逆の手が俺の拳を掴もうと動いているのがわかる。

 だが俺の『拳』を想定したその動きでは遅い。

 

「ぐぅっ!?」

 

 右手に握り込んだ四本目の棍のお蔭で拳より射程が長くなった俺の攻撃が、呂布の腹部へ突き刺さる。

 怯んだ一瞬に左肩を呂布の胸に無理矢理押し込み、行きがけの駄賃とばかりに顎に左の肘をかち上げるように打ち込む。

 突き込んだ四本目の棍を手放し、素早く強く引いた右手を開き、その掌を腹部に突き刺さったままの棍目掛けて突き出した。

 

 掌の勢いによってまるで釘打ち機のように棍がさらなる衝撃を持って彼女の身体に突き刺さり、空気が爆ぜる音と共に呂布の身体は後方へと吹き飛んだ。

 だが俺の身体もほぼ同時に真横からの衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 かろうじて視認出来たのは、吹き飛ぶ直前に横薙ぎに振るわれる方天画戟。

 間に合った両腕での防御が俺の意識を繋ぎ止めてくれたが、それだけだった。

 受け身の一つも取れず俺は地面を転がり、訓練場を囲む壁にぶつかったところでようやく止まる。

 極限の集中の代償か、身体に力が入らない。

 もう立ち上がる事は出来そうになかった。

 

「……負けた、か」

 

 最後の打ち合いからずっと詰めていた息を吐き出し、客観的な事実を口にする。

 

「ご無事ですかっ!?」

 

 いつの間に訓練場に来ていたのか。

 朝から今後の協議をする為に賈駆らと会議室に詰めているはずの冥琳嬢の声が耳を打った。

 立ち上がる事も出来ずに仰向けに横たわっていた俺の視界に心配げに目を揺らす彼女の顔が入る。

 上体をそっと起こして支えてくれた冥琳嬢にどうにか苦笑いで応えると、ほっと息を付いた。

 

 まだ身体が上手く動かせないので目だけ動かすと、祭たちがこちらに駆け寄ってくる姿が見える。

 どうやら思った以上に景気よく吹っ飛ばされたらしい。

 先ほどまで戦っていた位置から、目測でも20メートルほど離れているのがわかった。

 

「勝負は俺の負け、だな」

 

 身体は少しずつ動かせるようになってきたが、とてもではないが戦える状態ではない。

 勝敗は火を見るより明らかだろう。

 

「いえ、それはどうでしょう? あちらをご覧ください……」

 

 冥琳嬢が示した方向になんとか視線を動かす。

 だいぶ離れているが、それでもそこに大の字で寝転がっている呂布がいる事が確認出来た。

 

「私は最後の打ち合いしか見ておりませんでしたが、呂布もあの様子では戦闘は不可能でしょう。私の目には引き分けに見えます」

「破れかぶれの賭けに勝ったか……」

 

 それでも引き分けが精一杯だった。

 我ながら情けないが、また同じ事をしろと言われても無理だと自信を持って言えるギリギリの勝負だった。

 

「無事か、凌操っ!」

 

 慌てて駆けつけてきた祭に右手を挙げて答える。

 冥琳嬢と話しているうちに自力で立てるくらいには回復したようだ。

 

 俺はまだ震えている足で立ち上がり、しかしふらついたところを祭に支えてもらう羽目になる。

 

「無理をするな、まったく……」

「まったくです。肝が冷えました」

「すまない」

 

 自分では行けると思っていただけに、これは祭と冥琳嬢に平謝りする他なかった。

 

「ともかく、だ。これ以上の戦闘は無理だな」

「そうじゃの。お主がここまで追い込まれるとは……。飛将軍呂布、噂通り……いや噂以上の強さじゃ」

 

 悔しげに唇を噛む祭を諫めるように、そっとその頬を撫でてやる。

 そのまま祭の肩を借りながら、倒れ込んだままの呂布の元へ歩き出した。

 

 あちらには張遼が駆け寄っていたようで、彼女が手を差し出しているところだった。

 呂布は差し出された手を握り、あっさりと起き上がる。

 やはりこちらより余裕があるようだ。

 

「あちらはまだ余力があるようだ。俺はもう戦えない。……これで引き分けは無理があるな」

 

 悔しさを紛らわせるように、自分自身に言い聞かせるつもりで呟くと、聞き取っていたらしい呂布と目が合った。

 

「……最後の攻撃を受けた後、私も動けなくなった。動けなければ、戦場では殺されてる」

 

 あっという間に俺の目の前まで移動してきた呂布の言葉。

 負けた者への慰め、ではない。

 ただただ純粋にそう思って、その気持ちを俺に伝えているということがその真っ直ぐな眼差しから読み取れた。

 

「試合は引き分け。……あの時、刀厘は一瞬、私より強かった。貴方は私が今まで戦ってきた誰よりも強い」

 

 既に最強と名高い呂布が俺を強いと認めた。

 どよめきが訓練場を満たす中、俺は彼女の言葉を素直に受け取る。

 

「賞賛の言葉、ありがたく頂戴いたします。奉先殿は噂に違わぬ強さでございました」

 

 俺が呂布の目を見つめ返して言うと、呂布はくすぐったそうに笑みを浮かべた。

 

「ありがとう」

 

 その顔は、鬼神の如き強さとはまるで不釣り合いなほどに幼く純粋で、そしてとても可愛らしかった。

 

 


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