虎牢関の戦い二日目。
一日目の圧倒的優位(袁紹目線)の勢いに乗って、反董卓連合は攻城戦を挑んだ。
大軍を複数に分け、交代で休みない波状攻撃を仕掛ける策に出る。
圧倒的な兵力を背景に虎牢関側の消耗を狙った。
対して董卓連合は籠城の構え。
押し寄せる大軍を虎牢関の分厚い城壁で迎え撃つ判断だ。
一日目の戦いと打って変わった堅実な戦法により、戦場は膠着状態になっていた。
汜水関の焼き回しのような状況になったが、異なる点が一つ。
ついこの間行われた悪夢と見紛うような出来事は彼らの記憶に新しい。
稀代の大馬鹿者という共通認識を持たれつつある袁紹の頭にも刻み込まれていた
勝利を確信した瞬間、目の前に飛んでくる大岩という光景が。
故に反董卓連合側は相手の奇襲をとても警戒しており、その攻城戦も慎重に慎重を重ねられたものになった。
「流石に慎重になっているようじゃのう」
戦場の全てを見下ろせる虎牢関の城壁に黄蓋率いる弓兵隊は陣取り、迫り来る大軍に矢の雨を降らせている。
しかし眼下の大軍の数が減っているように見えない。
彼女らの射撃によって敵は傷つき、あるいは倒れている。
しかし倒れた端から後続の部隊が押し寄せてくる為に焼け石に水なのだ。
軍勢の総数が違いすぎて、迎撃がまったく間に合っていない。
正しく数の暴力である。
「慎重過ぎて動きがとろいから、助かってると言えば助かっているな」
独り言のような黄蓋の言葉に手慣れた動作で短弓を連射しながら程普は言葉を返す。
「攻城兵器が邪魔じゃな。兵に持たせる楯を括り付けて『動く壁』に仕立て上げる。少しずつじゃが確実に近付く為ならばなかなか良い策じゃ」
「想定内ではあるんだが、対策するのがこっちの予想よりも早いな。どうやら思ったよりもあっちは冷静らしい」
じりじりと迫る大軍に向けて矢を放ちながら、二人は目配せする。
「矢の効果が薄いと考えてか、だいぶまとまって攻めてきておる。出来れば今日一日くらいはこのまま引き付けたいところじゃが……」
「そうだな。おい、義公に伝令を頼む。『第一波用意』とな」
「はっ!」
配下が城壁の中へ消えていくのを尻目に矢を放ち続ける。
「相手の矢は水につけた布でなるべく受け止めよ!」
「受け取った矢はすぐに弓兵に渡せ。弓兵は回収した矢を優先して使うよう徹底しろ!」
今は我慢の時と心がけ、彼らはその日一日を戦い抜く。
夜闇に紛れての戦いは名門に相応しくないという袁紹の主張により、日が落ちた段階でその日の戦いは終わりを告げた。
董卓連合は鈍重ながらも確かに進軍し、虎牢関の前方に攻城兵器を楯に陣取っている。
今日一日の被害も全体からすれば微々たるもの。
明日は城壁に取りつき、一気に攻め落とすのだと息巻く総大将に意見をする者はいない。
曹操を殿に追いやった事で歯止め役がいない上に、『自分たちは強い、相手は弱い』という空気が軍に伝播した結果であった。
そして翌日。
甲羅に篭もった亀のように籠城を続ける董卓連合に対して、反董卓連合側は攻め手に回る隊を前日の倍に増やした。
迫り来る軍隊の波に対して前日と同じ弓射だけでは迎撃はおろか持ちこたえる事も出来ないと判断しての事だ。
珍しい事に袁紹のその判断は的を射ており、誰もが納得する物であった。
誰が見ても反董卓連合が優位という状況ではあったが、しかし血気勇んで虎牢関へ近付く攻城兵器の影から飛び出す者はいなかった。
優勢だった状況をひっくり返された汜水関での苦い経験が彼らを慎重にさせていた。
その判断は正しい。
総戦力で圧倒的に上回っている反董卓連合がじわりじわりと迫る様は圧巻の一言。
地面を覆いつくさんばかりの大軍は見る者に絶望を与える事だろう。
普通ならば。
「そろそろ頃合いじゃな」
黄蓋が軽い調子で告げ、程普が同じように軽く頷く。
「だな。派手にかましてやろうぜ」
城壁でひたすら大軍相手に矢や投擲をし続けていた董卓連合の兵士たち。
彼らの目に絶望など微塵も宿っていない。
「義公に伝令。『一先ず三撃』だ」
「承知しました!」
昨日と同様、駆け足で城壁の中へ去って行く部下を見送った。
伝令を頼んでおよそ四半刻後。
城壁の内側から大岩が飛び出した。
見事な放物線を描いたそれは虎牢関の門前に迫っていた攻城兵器の目の前に着弾する。
岩は粉々になり、爆音が周囲に轟くが幸いな事に攻城兵器に直撃はしなかった。
しかし慎重に慎重を重ねて行軍していた反董卓連合の兵士たちは『ありえない攻撃』に対する驚きで硬直する事になる。
彼らは『虎牢関に投石機の類は配置されていない』という情報を事前に掴んでいたからだ。
投石機、攻城兵器などの大型兵器を動かす場合、どうしてもその痕跡が残ってしまう。
行軍速度は変わってしまうし、なにより目立ち、そしてそれを隠し切る事は難しいのだ。
それらが確認出来なかったからこそ。
『投石が行われない』という前提があったからこそ董卓連合は今回弓射への警戒を重視し、行軍の動きが鈍くなる事も許容して防御力を高めたのだ。
しかしいくら楯を仕込んで防御力を高めたとしても、それは宙から降り注ぐ岩を防げるほどのものにはならない。
そんな想定外の攻撃で真っ白になっていた兵士たちの頭が動き始める瞬間。
第二射の大岩が攻城兵器の一台に激突した。
轟音と共に潰れ、砕け散った破片がを周囲に散乱する。
運悪く潰された兵がいるらしく、周辺に真っ赤な血が飛び散って地面を汚していった。
急激に動き出した頭でこの光景を認識した兵士たちは一瞬で恐慌状態に陥ってしまう。
「うわぁああああっ!!!!」
誰かの悲鳴が合図となり、とにかくその場を離れようとバラバラに逃亡を始めてしまった。
「き、貴様らっ! 落ち着け、逃げるなっ!」
隊長が逃げ出す部下たちを制する為に叫ぶ。
少しでも事態を静めようと動くその判断は適切であったが、正確無比の弓射の存在から意識を逸らしてしまったのは悪手だった。
「隙有りじゃ」
「がっ!?」
恐ろしく正確な射撃が声を張り上げていた人間の喉笛に突き刺さる。
刺さった矢を引き抜こうと手を伸ばす彼は、追撃の一矢で頭を射貫かれて地面に倒れた。
「隊長がやられたぁっ!!!!!」
再び戦場に悲鳴が響き渡る。
もはや事態の収拾はつかなくなり、董卓連合の兵士たちは攻城兵器を置き去りにしてただただ虎牢関から離れようと動く。
そんな彼らを追い立てるように三発目の大岩が大地を揺らした。
幸いな事に直撃を受けた者はいなかったが、次がいつ来るかわからない恐怖の相乗効果もあり、彼らは完全に戦意を喪失してしまっている。
遠のいていく大軍を見送り、落ち着く時間を得られた事に黄蓋と程普は大きく息を吐いた。
「まずまずの成果だな」
「うむ。これで奴らはこちらに投石機があると『勘違い』してくれる。しばらくは攻めに消極的になるじゃろ」
勢い込んで攻め入った結果の返り討ち。
全体から見た人的被害は少ないが、一時的にせよ戦意を挫くには充分すぎるものだ。
「あちらもまさか人力で投石されるとは思っておらんかったじゃろ」
痕跡のない投石機の正体。
それは行軍に影響が出ない範囲で用意した最低限の部品で即席シーソーを作成。
飛ばす側に大岩を載せ、反対側に韓当の大槌による全力の振り下ろしをぶつけ、城壁を越えて岩を吹き飛ばすというものだ。
即席なので強度などほとんどなく、今回も想定した三回の攻撃後、シーソーは崩壊している。
さらには狙いを付けられないただ飛ばす事しか出来ない。
今回は一発だけではあるが、運良く直撃してくれただけなのだ。
しかしその直撃弾があったからこそ今回の攻撃だけで『狙いが付けられない』弱点は露見する事はないだろう。
『使い捨てである事』についてもこちらから情報を開示でもしなければそう簡単にばれる事はない。
「部品の量としてはあと五回くらいだ。使いどころは慎重に決めないとな」
「ま、物資不足は今更じゃ。嘆いてもあるものでなんとかするしかないわ」
全ては自分たち次第だと心に刻み、二人は完全に撤収が終わった戦場を見下ろす。
「最低限の見張りを残し、他は休息に入れ。少しでも疲れを取るようにな」
この二日間、董卓連合の猛攻を受け止め続けてきた疲労はこの二人と麾下の部隊をもってしても大きいものとなっている。
「今のうちに次の仕込みだな」
「なるべく急いだ方が良いじゃろうな。頭領の馬鹿さ加減を見るに短時間で第二陣を送り込まれる可能性がある以上は、のぅ」
「ありえないと言い切れねぇ……。扱いやすい馬鹿で終わらないのは腐っても袁家って事か」
疲労が滲み出たため息を一つ。
虎牢関の中へ戻る者たちの足取りは重い。
上手く戦意を挫けたのか、この日の再襲撃はなかった。
その日の夜中。
月明かりだけを頼りに動く者たちの姿があった。
「攻城兵器と岩をこの場に固定します。せっかく残してくれたんだ。こちら側の障害物として精一杯利用してやりましょう」
祖茂の指示の元で兵士たちによる突貫工事が行われる。
可能な限り音を出さぬように気をつけ、手元に松明の一つも付けずに行う作業は昼とは比べ物にならないほどに難しい。
太い縄で岩と攻城兵器の残骸を括り付け、持ってきた資材で補強。
さらに砕けた岩の破片で人が隠れられるくらいに大きなものには木の板を立てかけ、即席の防壁を作る。
砕かれて散らばった岩の破片をさらに戦場に散らばらせ、紛れ込ませるように使えなくなった武器の刃を砕いたものをばらまき、足止め用の罠を作成。
その他様々な工作を終え、彼らは夜の内に撤収する。
虎牢関での戦いは夜明けをもって四日目に突入する事になる。