乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百十四話 虎牢関の戦い その四 事態は動き、闇は蠢く

 虎牢関の戦い、四日目。

 

 反董卓連合は董卓連合が昨日までと変わらず籠城戦を展開すると推測。

 投石が行われても逃げられるよう、また被害を少なく出来るように部隊を小分けにし間隔を空けた上で大部隊を展開。

 軍隊の規模の差により押し潰す腹積もりだ。

 

 対する董卓連合。

 門前に放置された攻城兵器の残骸を利用して障害物を量産し、あえて打って出る奇策に出る。

 出撃する武官は建業軍から祖茂大栄、程普徳謀、馬超軍から鳳徳令明。

 

「さて頑張りますかね」

 

 拳を握る、開くをゆっくりと繰り返し具合を確認しながら程普が不敵に笑う。

 

「せいぜい引っかき回してやりましょう」

 

 馬超らからさんざん言われてきた鉄面皮を崩す事は無く、しかし言葉に確かな戦意を宿しながら鳳徳が同意する。

 

「各々方、くれぐれも退却の合図を逃す事のなきよう。では、出陣!」

 

 静かな闘志を瞳に灯したした祖茂が号令をかけた。

 

「「「「「応っ!!!!」」」」」

 

 重々しく開門される虎牢関の門から大地を揺らして彼らは出撃していった。

 

 

 

「董卓連合が出撃!?」

 

 董卓連合の攻勢についてはすぐに最後尾にいる曹操、劉備、公孫賛それぞれの陣にすぐ伝わった。

 最前戦の袁紹たちは籠城をやめた事を愚策と嘲り、大軍をもって迎え撃つとのこと。

 尚、曹操たちには引き続き殿を任せるという命が与えられている。

 暗に前線には絶対に出てくるな、という命令だ。

 

 もっともそもそも被害を抑えながら時間が稼げる籠城戦を『あえて捨てる』という決断をした董卓連合の思惑を理解するまで、彼女らには動くつもりはなかったのだが。

 

「春蘭、秋蘭。董卓連合の動き、どう思う?」

 

 腹心に言葉を投げかけながらも曹操の視線は前線から外れる事はない。

 

「…………」

 

 問いかけられた人間のうち、夏侯惇は眉間に深く皺を寄せながらも黙したまま語らない。

 それを口に出す言葉を選んでいるのだと理解した妹は、先に己の意見を述べる事にする。

 

「董卓連合側は籠城という現状での最善手を取りやめても勝ちの目があると考えたから出撃したはずです。であるのならば……我々が前線に出向くことが出来ないという現状を把握している可能性が高いと考えられます」

 

 董卓連合はこれまでの戦いを経て敵対する戦力を分析していると見て良い。

 彼女らは曹操の発言力を奪い警戒すべき勢力の動きをまとめて抑え込んだ理由を長期戦を見込んでのことと推測していたが、事は『より深刻』だ。

 

「連合の和を乱しかねない事を口にするのは憚られますが、恐らく反董卓連合のかなり深いところにまであちらの耳があり、情報が筒抜けなのだと思われます」

 

 曹操や劉備、公孫賛という反董卓連合で抜きん出た戦力を有する者たちが最前戦に出る事を禁じられている。

 直前に前線に出るなと念押しすらされているこの情報すらも漏れているとすれば『董卓連合の出撃』の判断には納得できてしまうのだ。

 

 障害物が乱立して大軍が動くには不向きになった戦場。

 さらには投石を恐れて部隊を小分けにしているせいで一部隊の戦力が下がってしまっている。

 少数精鋭の小回りの良さを最大限活かせる相手側に対して、愚かな袁紹の命令によってこちら側には少数精鋭が出来るだけの武官がほとんどいない。

 せいぜい袁紹麾下の顔良、文醜、袁術麾下の張勲(ちょうくん)ぐらいなもので、挙げられた者たちも董卓連合の武官と比べれば劣っていると言わざるをえない。

 

「これでは軍勢としての物量の差が機能しません」

 

 黙り込んでいた夏侯惇の口から結論が紡がれた。

 

「おそらく前線は良いように遊ばれるでしょうね。ただいくら勝ち目が高いというだけでは打って出る理由としては弱い気もするわ。……董卓連合側もなにか無理をせざるをえない理由があるのかもしれない」

 

 曹操はそう呟きながら自身の武器である大鎌を構える。

 

「私の推測は当たっているかしら?」

 

 彼女が流し目を送ったのは幾つもある天幕の一つ、その影だった。

 夏侯姉妹もいつの間にか武器を構え、曹操を庇うように前へ出る。

 

「ふん、流石に近付きすぎたか」

 

 天幕の影からするりと出てきたのは彼女たちにとって見知った人間だった。

 

「甘卓……直接、対面するのは久しぶりね」

「汜水関でお互いに認識はしたがな」

 

 警戒する曹操たちに対して彼女は、事を構えるつもりがないらしく武器を腰に佩いたままだ。

 武器に手をかけてすらいない彼女の姿に、曹操たちもまた武器を収める。

 しかし両者の間にはこれらか斬り結ぶのと変わらぬ緊迫感が漂っている。

 

「それで? 先ほどの問いの回答は如何に?」

 

 正直なところ曹操はこの問いかけに真っ当な答えが返ってくるとは思っていない。

 会話において優位に立つ為の話術の一つとして揺さぶりをかける意図だ。

 

「言うはずがなかろう。ただ袁本初とその周りの連中への仕込みはもう終わったぞ」

 

 しかしあっさりと告げられた内容に側近の二人は目を見開いた。

 曹操は「でしょうね」と納得すると彼女らの動揺を抑え込むように鋭い声を上げる。

 

「妙才っ! 前線へ本陣へ潜入者ありと報告してきなさいっ!! その後は前線に残り、潜入者の捜索よっ!」

「はっ!!」

 

 最低限の命令に対して、言外の含みまでをその明晰な頭脳で理解した夏侯淵が走り出す。

 用意されていた馬に飛び乗り、最低限の部下を伴ってあっという間に視界から消えていく彼女たちを甘卓は何もせずに見送った。

 

「あの子を妨害しないのかしら?」

「元譲が私から目を離さない状況で、妙才を抑え込めるとは思っていない」

 

 甘卓は自分の実力を理解している。

 そして夏侯惇を自分に比肩しうる強さだと認めているが故に、そんな彼女を無視して夏侯淵を追いかける事が出来なかったのだ。

 

「ここでお前たち二人を釘付けに出来るならばひとまずは良しとしよう。夏侯淵が行ったところで劇的な効果は望めんだろうしな」

「……反董卓連合の内情を嫌になるくらい把握しているようね」

 

 曹操、劉備、公孫賛は計略を仕掛けられる可能性を協議して考え得る限りの対策を講じていた。

 しかしそれはあくまで自分たちに限った話であり、こちらに対して非協力的な袁紹たちに関して出来る事は限られてしまう。

 連合としての忠言、苦言が精一杯であとは事が起こった時にすぐに動けるようにする事しか出来ないのだ。

 

「可能ならお前たちの陣営にも仕掛けをしたかったのだがな。警戒が厳しすぎて無理だった。私たちもまだまだ未熟だ」

「建業の密偵の力を知っているのに警戒しないわけがないでしょう。貴方がそこにいるのは意外と言えば意外だったけれど」

 

 曹操たちの甘卓に対する認識は『口数が少なく無愛想な夏侯惇』である。

 密偵などより最前戦で刃を振るう姿の方がしっくり来ると印象だった。

 

「ふん! 自分に出来る事はどんな事であれ習熟し、余すことなく利用するものだ」

 

 瞬間的に曹操は自分の認識を改める。

 甘卓は『目的達成のために手段を選ばないところのある口数が少なく無愛想な夏侯惇』である、と。

 

「貴方が今もこうして包囲される危険を冒してでも私たちをこの場に縫い止めている理由。劉備か公孫賛になにか仕掛けているのかしら?」

「確信しているのだから確認する必要もなかろう」

 

 そもそもの話。

 甘卓は曹操たちに感づかれた時点で逃げてしまう事も出来たのだ。

 あえて姿を晒して今も暢気に会話している時点で何らかの意図がある事は明白である。

 

「……とはいえこれ以上は厳しいか」

 

 甘卓は今まで流れるように行っていた会話を断ち切り、二人から距離を取るように飛び退いた。

 

「好き勝手されたまま逃げられると思って? 元譲、捕えなさいっ!!」

「はっ!」

 

 甘卓と夏侯惇。

 お互いの武器が閃き、交差し、甲高い音を周囲に響かせる。

 

「この私から逃れられると思うなっ!」

「無論、軽々と逃げられるとは思っていない。かといって易々と捕まるつもりもないっ!」

 

 移動する方角にある天幕や積み荷を破壊しながら甘卓は陣の外へと向かう。

 程なくして周囲に隠れて様子を窺っていた曹操軍の兵士たちが集まり、彼女はあっという間に取り囲まれてしまう。

 はずだった。

 

 進行方向にあった天幕、鍔迫り合いをしながら突っ込んだ二人は構わず剣を振るい、支柱をあっさりと切断。

 二人仲良く天幕の大布を頭から被る羽目になり、布から抜け出す為に蠢く。

 足を止めた二人を兵士たちが取り囲むも蠢いている二つの塊はどちらがどちらか分からない。

 兵士たちはあえて手を出さず、包囲から逃げられぬよう槍を構えながら両者が出てくるのを待つ事にした。

 

「ぶはっ!」

 

 最初に大布から這い出てきたのは夏侯惇だった。

 

「逃さんぞ、甘卓ぅ!!」

 

 すぐさま彼女はまだ大布の中で蠢いている人間に対して体当たり。

 決して逃さぬとばかりにがっちり捕まえた身体を抱き締め、捕まえた事に会心の笑みを浮かべた。

 

「な、なんなのぉっ!?」

 

 自分が捕まえた人物から出た甘卓とは似ても似つかない悲鳴に、夏侯惇の笑みがそのまま引き攣った。

 

「なっ!? まさか……」

 

 未だに被ったままである布を取り払うとそこには混乱のあまり涙目になっている于禁がいた。

 

「馬鹿な、一体いつ入れ替わったのだっ!?」

 

 夏侯惇からすれば直前まで追いかけていた相手を間違えるはずがないのだ。

 思わず于禁の頬を両手で張って、ぐいぐい引っ張ってしまう。

 

「ふぇ、ふぇんしょうさま、ひゃにするにょぉぉ~~~っ!?」

「……まだ遠くへは行っていないはずよ。侵入者を捜し出しなさいっ!! 見知らぬ者は問答無用で捕えよっ!!」

 

 曹操の命に兵士たちが一糸乱れぬ返事を返し、一斉にその場から散っていく。

 その中に捜索対象が紛れているということに頭に血が上った夏侯惇が気付く事はなかった。

 

 

 捜索する振りをしてどうにか包囲を突破した甘卓は、滴る汗を拭いながらも逃亡の足を止めない。

 

「(危なかったが、可能な限り時間は稼いだ。周泰たちは上手くやっただろうか……)」

 

 彼女は自ら曹操たちの前に出て足を止めさせると同時に周泰や他の隊員たちから意識を逸らす囮を担っていた。

 捕まる可能性は非常に高く、逃亡時は完全に出たとこ勝負。

 運良く身代わりに出来る于禁がいなければ、甘卓は抵抗の末に捕まっていただろう。

 

「(今は逃げ切る事に集中しよう)」

 

 どれだけ考えても今の彼女に結果を知る術はない。

 甘卓は余計な思考を頭の端に追いやり、逃亡に集中する事にした。

 

 

 

 反董卓連合は未だ知る由もないが、曹操の推測は的を得ていた。

 

 籠城は董卓連合にとって被害を限り無く抑える事が出来る策だ。

 しかしそれでは『今後を見据えた完全勝利』には足りない。

 未だ都が、帝が『不確定要素』を抱えている限り。

 

「汜水関、虎牢関の戦いに大陸の名だたる雄が戦力を集中している、と大陸中に思わせられているこの状況。果たして尻尾を出してくるか……」

 

 様々な書類と格闘し、ようやく一時の休みを得る事が出来た周瑜は気怠げに椅子の背もたれに体重を預けながら独白する。

 

「違うわ」

 

 同じ部屋でようやく終わった書類の山を睨み付けながら、鋭い声で賈駆は否定する。

 

「私たちが奴らの尻尾を掴むのよ。未だに帝に寄りつく機会を狙っている愚物どものね」

 

 『反董卓連合とは異なる敵』へ向けて放たれた言葉を知る者は部屋にいる周瑜と終わった書類と竹簡に埋もれて寝入っている孫策だけであった。

 

 

 そう董卓連合の敵は袁紹たちだけではないのだ。

 ただでさえ圧倒的な戦力差を覆して対等の戦いにしなければならないというのに。

 

 十常侍が消えた今、帝に対して謁見を過度に制限する必要はなくなるはずだった。

 しかし現在も帝の周囲にはかつてと比べても過剰なほど厳重な警戒がされており、謁見出来る者も董卓のみに絞っている。

 これらの行動はかつて帝が傀儡にされた事を警戒しての事というだけではない。

 

 いるのだ。

 獲物を付け狙う蛇のように身を潜め、その時を待つ亡霊が。

 

「……大陸中が董卓を中心に動き、衆目はそちらに集まっている」

 

 かつての栄華を忘れられず蠢く悪意が。

 

「狙うは両軍に余裕がなくなるその時……」

 

 静かに、ひっそりとその時を待つ。

  

「我らが再び大陸の頂点に返り咲くのだ。『張譲』様、『趙忠』様。どうか我らをお導きください」

 

 袁紹を中心とした粛正を影武者を使って逃れ、これまで潜伏していた『十常侍の残党』はその時を待つ。

 

 

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