乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百十五話 虎牢関の戦い 夜明けに備えて

 四日目の戦いは今までの反董卓連合の優勢を覆す展開となった。

 

 大部隊の展開が出来ないように物理的に、意識的に狭められた戦場は董卓連合に支配されていたと言っても過言ではない。

 韓当、祖茂、鳳徳の部隊によって完全に手玉に取られ、終始圧倒され何一つ思うように進める事が出来なかった。

 大部隊の利点を潰した馬鹿の一つ覚えのような部隊の随時投入は、董卓連合からすればお行儀良く順番に獲物を差し出されたようなものでしかなかったのだ。

 

 無論、董卓連合側は休みの無い敵の攻撃に消耗していた。

 しかし一部隊同士の戦力差が大きかったお蔭で部隊の疲労も被害も最小限に抑え込む事に成功する。

 結果として業を煮やした袁紹、袁術が麾下の武官を前線に送り出すまでに被った損害はとんでもないものになってしまっていた。

 その後、殿の曹操から本陣へ潜入者ありの報告が入り、この日の戦いは強制終了される事になる。

 

 しかし最小限に抑えたと言ってもそれはあくまで『大部隊を相手にした結果としては最小限の被害で済んだだけ』であり、反董卓連合に比べて圧倒的寡兵である事に変わりはない。

 

 韓当、祖茂、鳳徳は隊員も含めて半日も休み無く戦い続けたが為に帰還した者たちは残さずに疲労困憊。

 負傷者も少なくない為に翌日の戦闘に参加する事は不可能という結論になっていた。

 

 これに対して多大な被害を受けた反董卓連合は士気こそ下がり、袁紹の腰巾着に甘んじていた諸侯たちはもれなく及び腰になっているが、その数にはまだまだ余裕があった。

 その上、袁紹自身は自分たちの優位を疑うことなく次こそはと息巻いている。

 連合の盟主であり、袁家というこの上ない肩書きが彼女の後押しをしているせいで腰巾着たちは引く事が許されず、彼女が戦うと言えばたとえ士気が下がっていたとしても戦わざるをえない状況になっていた。

 

 分かっている様々な要素を加味した上で董卓連合側が出した現在の戦況に対する認識は『こちらがやや有利、気を緩めればひっくり返される』という程度でしかないのだ。

 

 

 

「(せっかく作った障害物は根こそぎ壊されているか……)」

 

 初戦で呂布と共に反董卓連合の武官たちを相手に大立ち回りをした結果、疲労困憊で倒れた俺はずっと医務室に缶詰になっていた。

 三日の強制休息でどうにか回復したので戦場をこうして虎牢関の上から見下ろしている。

 あれから戦局はかなり変わっていた。

 皆の尽力で虎牢関は健在だ。

 被害も当初の想定より少なく済んでいるため、今のところ関を捨てるという事態にはなっていない。

 成果としては上々と言えるだろう。

 

「(……とはいえ今日戦った者たちは少なくとも明日一日は動かせない。馬超隊、張遼隊も十全とは言えないが)」

 

 あちらの軍師が気付いたのか、一度に当たる部隊の人数を制限する策であった障害物は、こちらの部隊が退却した後にすべて丁寧に木っ端微塵に破壊されてしまった。

 わざわざ火薬を使ってまで吹き飛ばしてくる辺り、よほど腹に据えかねていたのか、それともこちらの妨害を警戒して最小限の時間、労力で破壊することを選択したのかは分からない。

 こちらとしてはただ同じ手は使えないという事だけ頭に入れておくだけの事だが。

 

「(そして同じ手が使えないというのは俺と呂布にも言える)」

 

 三日という時間、ほとんど前線に出てこなかった夏侯惇を初めとしてあの日戦った武官たちが、俺たちの連携に対して何の対策も取っていないとい考えるのはあまりに楽観的だ。

 

「(しかし俺たちが出た場合、あちらは確実にあいつらを差し向けてくる。俺はまだなんとかなるとしても呂布を自由にする事は出来ないからだ)」

 

 仮に武官ではなく兵卒の物量をもって俺たちを潰しに掛かってきた場合、方天画戟の一振りで吹き飛ばされる様が容易に想像出来る。

 なにせ呂布は矢の一斉射すらも何の気無しの武器の一振り、正確にはその風圧だけで無効化してしまうとんでもない人間だ。

 言い方は非常に悪いが突出した能力を持たない兵士をいくら立ち向かわせたところで障害物にもならない。

 

「(おそらく潜入者を引っ捕らえた事で曹操の発言力がある程度回復したはず。仮に袁紹らが曹操たちの動きに難色を示したとしても、前線に俺たちが出た事が伝われば速やかに動く。それは間違いない)」

 

 新たに報告された情報であちらに忍ばせていた密偵が何人か捕まった事も把握している。

 捕えた曹操が尋問が終わるまではと期間を設ける事でまだ生きていると聞いた。

 今まで散々煮え湯を飲まされてきた事から即時処刑になる事も考えられていたが、流石に彼女は冷静であったようだ。

 

「(汜水関の戦いを合わせれば、そろそろ虎牢関の戦力を見切られてもおかしくない。ここからは本当の意味で……都側が片付くまでの総力戦になるだろう)」

 

 日が昇るまでにまだ時間がある。

 俺は部屋に戻り最低限休める時間を確保しながら、これからの戦略を練り続けた。

 

 

 

 時は遡り、曹操たちの野営地では袁紹から遣わされた兵士から受け渡された書簡を彼女が読み進めているところだった。

 

「伝令ではなく、わざわざ竹簡に認められるほどの事が書かれているのですか?」

 

 夏侯惇が困惑しながら問いかけるのも無理はない。

 袁紹の陣からここまでそれほど離れているわけでもなく、戦の直前の指示などは伝令を使っている。

 ここに来てわざわざ物資として有限である墨と筆を使ってまで知る者を制限するほどの内容とは?と疑問に思うのは当然の事だ。

 

「……明日からは私たちを最前戦に出る事を許すから感謝するように、だそうよ」

 

 読み終わった曹操の目は呆れ返っていた。

 

「? それだけ、ですか?」

「竹簡をすべて埋めるほど文字は書かれているけれど、内容としてはそれだけよ。竹簡でわざわざ送ったのは周りの誰かの入れ知恵でしょう。けれど内容がこれでは隠す意味はなかったわね」

 

 頭痛を堪えるように米神を指で叩く彼女は、素早く気持ちを切り替える。

 

「とはいえこうして形に残るようにしてくれた事そのものはありがたいわ。何があっても盟主が許可したで押し通せるのだもの(おそらく入れ知恵をした誰かはこれから起こりうる被害に比べれば私たちの行動を容認する方が良いと判断したのだろうけどね)」

 

 四日目の戦いの散々な結果を真面目に受け止める事が出来る者ならば、これからの戦いに危機感を持つのは当然の事だ。

 さらに知恵者であれば『自分たちはここまで董卓連合の思惑通りに動かされている事』にも気づくだろう。

 戦力を遊ばせている現状が如何に愚かであるかなど言うまでもない。

 

「あの主のご機嫌を取りながら速やかに対応したのだからそこは評価するべきかもね。田豊(でんほう)、かしら」

 

 曹操はあの袁紹の周りにいる者たちの中で献策出来るだけの知恵者と認識している存在を思い浮かべる。

 主のおかしな行動に振り回され常に苦労している少女だが、その頭脳は『袁紹には勿体ない』と評するほどだ。

 気が弱いというより袁紹に弱いが故に主張を押し通せない性格だが、おそらく気苦労仲間である顔良と協力して事に当たったのだと推測する。

 

「あの子たちにはこのまま本陣にいてもらいましょう。明日は忙しくなるわよ」

「はっ!!」

 

 この場にいない夏侯淵は三羽烏と共に潜入者の尋問と見張りを行っている。

 潜入者の探索、確保に貢献したのが最たる理由だが、曹操たちからすれば袁紹らに任せて逃げられては溜まったものではないというのが本音であった。

 

「……明日は確実に呂布と刀厘殿が出てくるわ」

 

 曹操の言葉に夏侯惇の気配が変わる。

 

「この三日、私は貴方たちに何一つ聞かなかった。考えをまとめる時間が必要だと思ったからよ」

 

 貴方たちとは呂布と凌操と戦った者たち全員を指している。

 各勢力で指折りの武官が総勢七名で圧倒されたという事実は重い。

 戦った者たちの気遣いもあったが、それ以上に彼女らの答え如何によっては士気の劇的な低下に繋がりかねず、曹操をしても迂闊に問いただす事は出来なかった。

 それは劉備、公孫賛も同じ事。

 

「とはいえ私から聞く事は一つだけ。明日、勝てるの?」

 

 主の言葉に夏侯惇は数秒の沈黙を持って応える。

 

「勝ちます。ですがその為に必要な事がございます」

 

 己が武器を振るう事しか考えない愚直な腹心が戦に勝つ為に頼み事をする。

 このような事は初めてだった。

 

「……聞きましょう」

 

 曹操は内心の驚きを押し隠し、真剣な眼差しを向ける夏侯惇に応える。

 

「ありがとうございます。次の戦に関して私がお願いしたいのは……」

 

 これが董卓連合を追い詰める為の一手となるのか。

 それは明日の戦いで証明される事になる。

 

 

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