日が昇る少し前。
主だった武官と軍師たちが会議室に集まっていた。
「今、十全に機能するのは儂と韓当、凌操と呂布の部隊のみ。ここ数日の戦いで他部隊は五割から七割まで戦力が下がっておるな」
俺を含めて集まった面々は難しい顔で今日の戦略を話し合う。
「お前と韓当の部隊は専守防衛。関を捨てる判断をする為にも、その時に殿をする為にも動かせない」
「呂布殿、凌統殿の隊は少数精鋭です。遊撃に回すのが上策ではありますが、見通しの良すぎる戦場で上手く乱戦に持ち込めるかどうか」
状況的に動かせない部隊について挙げれば、陳宮が動かせる部隊の懸念事項を挙げる。
呂布に対して盲目的なところがある子だが、その言動はきちんと現状を理解した軍師らしく慎重なものだった。
「奴らはどう出ると思う?」
「昨日は馬鹿でも分かるくらいにあちらを圧倒してたからな。今までの袁紹のやり方から見るとなりふり構わず攻め入ってくるんじゃないか?」
「おそらく血気勇んで夜明けと同時に、かな? 今までの戦の傾向から見て時機をずらすとは考えにくいね」
程普の問いかけに馬超が答え、祖茂が補足する。
彼女なりに考えた末の推測は普通の相手なら一笑に付されるような内容だ。
だが相手の総大将が袁紹である事、今までの戦いの内容から充分にあり得る話だと一同が唸り声を上げる。
「そうなった場合、門前にまで攻め込まれてしまえば部隊の展開が難しい。出撃のために門を開けて雪崩れ込まれてはおしまいだ」
「だが徹底的な籠城をしたとしても、相手に勢い付かれて張り付かれればいずれぶち抜かれるんとちゃうか?」
「本気でなりふり構わなくなったらあり得るわね」
現状の整理、相手の動きの推測、こちらが出来る対処の内容と議論は続く。
「部隊の出撃は連中の出方次第になるが、俺と呂布はそれぞれ単独で出るぞ。あちらの武官を可能な限り引き付ける」
「うん、頑張る」
対策されている可能性が高いといえども、初戦での戦いの結果を見れば囮としてはまだ有効だ。
確実に数人は俺たちを止める為に差し向けてくるだろう。
「多用出来る戦い方ではないんじゃがな」
「当然だ。この戦いではこれが最後の機会だろう」
正直、初見だから通用したと割り切った方が良いくらいなんだが、少しでも有利に立ち回る為には仕方がない。
「分かっていると思うがあえて言っておくぞ。今日の戦い、どう乗り越えるかが俺たちの今後を左右する」
全員の視線が集まる。
「心しろよ。誰一人、無駄死には許されない」
異口同音の同意の声が部屋に響き、時間ぎりぎりまで会議は続いた。
五日目の戦いはこちらの読み通り夜明けと共にけたたましく鳴り響いた銅鑼の音で開始された。
昨日の大敗を取り戻そうと息巻く袁紹軍、その尻馬に乗る袁術軍が先陣を切り、その後ろを腰巾着たちの軍が続く。
戦場を埋め尽くさんとする大軍の狙いは短期決戦。
様子見など一切なく、今日正面から虎牢関を落とすのだというよく言えば小細工なし、悪く言えば猪突猛進の行軍。
しかしそれは俺たちにとって最適解ではないが有効ではある。
この戦いの大前提である彼我の圧倒的戦力差を考えれば被害は多くなるもののが先に疲労するのは圧倒的寡兵である董卓連合なのだから。
今までその点を覆すべき様々な策を弄してきた。
だがその物量差は未だに埋まらず、五分五分の戦力ならば愚策と言える今回の戦法ですらも、こちらからすれば驚異になってしまう。
じりじりと虎牢関に近付いてくる大軍を門の上から見下ろす。
この戦いが始まってから幾度となく見てきた光景だが、今日動かせる部隊の少なさを考えればその脅威は今までの比ではない。
まだまだ用意した策はある。
だが実行する側の俺たちが息切れし始めている状況でどこまで通用するかは未知数だ。
「やはり予想通り、数に物を言わせてきおったか」
「袁紹軍が最前戦、その後ろに今まで温存していたんだろう攻城兵器が十数台。色合いと旗から見るに袁術軍のものだな」
その行軍速度はとても遅いが、だからこそ生半可な攻撃では足を止める事も出来ないだろう。
「投石の良い的ではあるんだが……」
「残弾を考えると出鼻を挫くためだけに使うのは厳しいのぉ」
簡易投石機の組み立て資材は二台分。
一台で撃てる投石は良くて三発。
しかし投石として使用出来る大きさの岩はあと二つしかない。
最悪、廃材を弾代わりにするつもりでいるが、やはり最適な時期に使いたい。
「他の軍は後方で待機か。怖じ気づいたかの?」
「だが昨日までいなかった曹操、劉備、公孫賛がいる。あいつらは事態が動けばすぐに出てくるぞ」
袁紹軍、袁術軍の後方に扇状に展開されている軍隊。
風にたなびく旗には警戒対象である三勢力のものが確認出来た。
「やはり当初の予定通り、まず俺と呂布による奇襲だな」
「儂はまだ納得しとらんのじゃがな。奇襲をするという策についてではなく、その方法についてじゃが……」
腹の底から絞り出すようなため息から、如何に心配をかけているかがわかる。
だが奇襲とは、相手の考えつかないような方法で虚を突かなければ最上とは言えないのだ。
俺とてこのやり方について不安はある。
しかし多少の無茶をやらなければいけないのが俺たちの現状だ。
「大丈夫だ、任せておけ。だから援護を頼む」
不安を笑みで覆い隠して見栄を張ると、苦虫を噛み潰して眉間に皺を寄せていた黄蓋はやがてゆっくりと頷いた。
「……承知した。守備隊、敵が門前に張り付く瞬間に動く。こやつらが無事に降りられるように援護する。矢を番え、いつでも放てるように備えよ!!」
「「「「「はっ!!!」」」」」
敵の行軍に合わせてこちらも慌ただしくなる。
準備のために離れていく黄蓋と入れ替わるように呂布が近付いてきた。
すれ違う時に黄蓋が呂布の頭をくしゃりと撫でると、呂布はゆるりと目を細めながらそれを受け入れている。
その光景を微笑ましく思うも、俺の横に並ぶ時にはこの子は『呂布奉先』としての顔になっていた。
「いつでも行ける……」
「準備万端なようで何よりだ。だがもう少し待て」
「うん」
状況が刻一刻と動く中で、俺たちは静かにその時を待つ。
「まだだ」
「うん」
反董卓連合軍が迫る。
まったく迎撃が行われない事を疑問に思いつつもその行軍は止まらない。
数発打ち込まれれば虎牢関の門ですら危ういだろう厳つい攻城兵器が近付いてくる。
「まだだ」
「うん」
袁紹の甲高い笑い声がここまで聞こえてきた。
絵に描いたような高飛車お嬢様の高笑いだ。
それに同調するようなやや幼い笑い声も聞こえてきた。
眼下を見やれば、例の神輿に乗った袁紹と同じような代物の上でぴょんぴょん跳ねている袁紹に似た雰囲気の少女がいた。
前に情報収集してある程度の人相は知っていたが、あれが袁術か。
あんなのでも名門で少なくともそれぞれの親は有能だったのだからままならないものだ。
「まだだ」
「うん」
門前まで軍が辿り着く。
まったく反撃が行われずに辿り着けた事に兵士たちは不安がっているが、それでも行動は止まらない。
攻城兵器を門に寄せていくが横幅の都合上、一度に門を叩けるのは二台だろう。
それが門に横付けされるまであと数歩というところまで、すぐに下がる事は出来ない距離まで近付いていた。
「……行くぞ!」
「うん!」
壁の一部に括り付けた大縄を片手で握り締めもう片方の手で呂布の腰を抱き、俺は城門から飛び降りた。
董卓連合からの抵抗は全くなく悠々と虎牢関の門前まで辿り着いたという報告を受けた曹操の行動は早かった。
「袁紹は汜水関でやられた事をもう忘れたの!? 夏侯惇、夏侯淵、三羽烏は部隊を率いてすぐに前線へ向かいなさい! 私もすぐに追う!」
「「「「「はっ!」」」」」
即座に馬を飛ばして駆けていく五人とその配下たち。
「明らかに誘い込まれている。事態が動くわ。許緒、典韋、随行なさい!」
「「はいっ!」」
反董卓連合の中で別種の同盟を結んだ同士の元へ、曹操は馬を走らせる。
程なくして彼女は伝令から『呂布と凌操が城門から飛び降りて奇襲してきた』という報告を受ける事になる。
曹操はまだ己の想定が甘かったと悔しさに下唇を噛んだ。
「門前に軍が辿り着いても何も反応されない事は想定していた。なんなら汜水関と同じようにわざと門を開く可能性も考慮していた。それがまさか上から奇襲してくるだなんて……」
曹操たちのいる後方から見ても、関を越える物を阻むように聳え立つ城門の高さは見て取れる。
やすやすと飛び降りる事が出来るような高さではない、普通はそこから飛び降りるなど考えもしない。
だからこそ奇襲として、これ以上ないほどに反董卓連合軍の不意を突く事が出来るのだと気付くには遅すぎた。
夏侯惇たちが最前戦に到着するまでの間にいったいどれだけの兵士があの二人によって蹂躙される事になるのか。
いくら自分の配下ではないとはいえ考えただけで眩暈がしてくるほどの被害が彼女には想像できてしまった。
悉くこちらの読みの裏を掻かれる事へ敗北感を感じるのも束の間、彼女はそれを即座に斬り捨てる。
「劉備! 公孫賛! 想定とは違ったけれど状況は動いたわ。こちらは前線に戦力を送り込み、私もこれから向かう。貴方たちは?」
前もって起こりうる事態に対して打ち合わせていた三者はその方法にこそ驚いたもののその後の行動は予め決まっていた。
これはただの確認に過ぎない。
「こちらは関羽ちゃん、張飛ちゃんを既に前線へ送りました。私たちはこのまま後方や潜入者に備えます!」
「私たちは趙雲と共に騎馬隊に備える。ある程度は前に出るが、当初の予定通り董卓連合の部隊が出てくるまで私たちは待ちに徹するぞ!」
それぞれの軍が出来る現在の最良の判断を聞き届け、曹操は一つ頷くと親衛隊を率いて前線へと駆け出す。
「今日の戦いは反董卓連合の行く末を占うものとなるだろう! 我らの勝利を掴む為に、全身全霊をもって臨め!」
初日に起こなわれた名だたる武将の蹂躙は当人たちはおろか兵士たちの記憶にも焼き付いていた。
「あれを繰り返すようならどのみち私たちに未来はない」
曹操の言葉は周囲に聞こえぬほどに小さな独白であった。
だが彼女の忠臣は第六感でもって主の懸念を察したのか、その心に宿る炎の如き気迫をさらに強めた。
「今度こそ打ち倒させていただきます」
目指す場所で振るわれる武器と吹き飛ばされる兵士たちの姿を視認しながら、夏侯惇は己の武器を握る手に力を込めた。
集まった勢力全てが己の目的を果たすべく戦場を駆け回る。