乱世を駆ける男   作:黄粋

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遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
今年も拙作をよろしくお願いいたします。


第百十八話 虎牢関の戦い 激突。そして闇の噴出

 俺はこの戦いにおいて一貫して夏侯惇と真正面からぶつかることを避けてきた。

 1人の相手にかかずらっている時間さえ惜しいほどに状況が切迫していた事が主な理由だ。

 俺にとって目の前で一気呵成に攻めかかろうとしているこの少女を相手に他を気にしている余裕がないという事になる。

 俺にはやらばければいけない事が山ほどあり、それは今も変わらない。

 

 しかし夏侯惇の方で場を整えて、是が非でも一対一に持ち込もうとされての今。

 この状況で尚避けるのは無理があった。

 であれば観念するまでの事だ。

 

 俺はこれから彼女と死合う。

 その覚悟をもって、彼女を打倒するべく全力を尽そう。

 

 棍を落としてしまった以上、俺に出来るのは格闘戦のみ。

 近づかなければ話にならない。

 槍などに比べれば短いものの彼女の大剣なら俺の射程距離の外から攻撃し続ける事も不可能ではないだろうに、彼女の性格がそうさせるのか俺が近づく事を嫌がる様子はない。

 

 何度目かの打ち合いは両者かすり傷も与えられず、被害を覚悟してもっと深く切り込まなければならない事を理解する。

 

「ふぅ……。だっ!」

 

 深い呼吸を一度してから、走り込む。

 今までよりも鋭い動きに彼女も警戒を強めるが関係ない。

 

 右拳で夏侯惇を狙う。

 大剣を持っていない方の手で受け止められた。

 片手で振るわれた大剣を俺も空いている左手で受け止める。

 お互いに正面で見合っての膠着状態。

 

 睨み合うのは一瞬。

 お互いに防御に使っていた手を弾き、夏侯惇は武器を両手で握って大上段に構え、俺は自由になった右拳を下から掬い上げるように放つ。

 

 振り下ろされる大剣と右拳がぶつかる。

 手甲で大剣を身体の外側に受け流すも、剣の勢いで右手が悲鳴を上げ、痛みに顔が歪んだ。

 だが受け流しは完璧に決まり、俺の放ったアッパーは夏侯惇の顎目掛けて突き進む。

 当たれば確実に沈められる一撃だった。

 

「うぁあああっ!!!」

 

 絶叫を上げながら夏侯惇は脚力に任せた後ろに跳躍。

 さらに後ろに身体を仰け反らせ、宙返りするという曲芸じみた動きで顎に当たるはずだった一撃を回避して見せた。

 宙返りする際に俺に攻撃されないように長い足で威嚇の蹴りを放ってくるおまけ付きだ。

 つま先が頬を掠めて切れてやがる。

 

「はぁ~~……やはりそう簡単には決まらんな」

 

 止めていた息を吐き出しながらぼやく。

 真っ当な一対一という状況は、やはり俺の方が不利だ。

 もちろん負けるつもりで戦っているつもりはないが、厳しい戦いになる事は確実。

 とはいえ逃げるつもりもない。

 

「続けるぞ、夏侯元譲」

「望むところです!」

 

 夏侯惇は地面に対して水平に大剣を構え、叫び声と共に突撃。

 両手を握り、待ち構える体勢を取る俺を前に怯む事無く大剣を横薙ぎに振るった。

 

 俺はその場で跳躍し、迫る刃に対して踵落としを放つ。

 ぶつかり合う瞬間、俺の足に激痛が走るもそれを無視して踵を落としきった。

 力負けした大剣は夏侯惇の手から弾かれ、地面に叩き付けられる。

 これで壊れてくれれば楽なんだが、一体何で作られているのか罅の一つも入っていなかった。

 

 だが奴の武器を一時的にしても手放させたのは好機!

 

「ふんっ!!」

「させるかっ!!」

 

 だが俺の狙いはお見通しだったのだろう。

 夏侯惇は落とされた武器には目もくれず、俺が拳を突き出す前に抑え込みに掛かった。

 右の握り拳を自分の手で覆うように鷲掴みされ、殴りかかろうとしていたのだろう左の拳は俺が同じように握り込んで封じる。

 左右対称で変則的な取っ組み合いになり、顔を突き合わせての力比べになる。

 

「ぐぐぐぐぐっ!!!」

「うぬぬぬぬっ!!!」

 

 相変わらずこの細く女性らしい身体のどこにこんな力があるのかわからない怪力だ。

 頭一つ分、俺の方が長身で体格も勝っているというのに互角とはな。

 押し切る事も、振り払う事も難しい。

 

「くっ!」

「だっ!」

 

 自由に動く足で牽制代わりに放った蹴りもあちらが放った蹴りで相殺。

 骨まで響く痛みを歯を食いしばって堪える。

 何度となく蹴り合うも、痛みと疲労が蓄積されるだけで状況の打開には程遠い。

 

「うぉあああああっ!!」

 

 手を離さないまま、夏侯惇は頭を後ろに引く。

 俺も同じ事を考えていた為に期せずしてその行動は同時だった。

 

「おりゃぁっ!」

「だぁらっ!」

 

 お互いの額がぶつかり合う。

 視界が衝撃でぶれて明滅するも、握り合っている手が緩む事はない。

 しかしあちらの方が勢いがあった為に力負けした俺は、上半身を後ろに仰け反らせてしまった。

 

「勝機!」

 

 夏侯惇は怯んだ俺の足を払う。

 反射的に仰け反ってしまった上半身に意識を向けていた状況で受けた蹴りによって倒れないまでも足元がぐらついてしまう。

 

「お借りします!」

 

 夏侯惇の言葉に疑問符を浮かべ、右腕を取られた事で即座に理解する。

 だが気付くのが遅かった。

 

 掴まれた俺の右腕を軸に引っ張られ、宙に浮いた身体が夏侯惇の背中に乗せられる。

 同時にこいつの足が俺の足を絡め取り、地面から離されてしまった。

 ここまで来てしまえば一本背負いを防ぐ手立てはない。

 

 俺の身体は為す術なく背中から地面に叩き付けられる。

 と夏侯惇は考えただろう。

 

「うるぁあああああああっ!!!」

 

 視界が、天地がひっくり返る。

 背中が地面に触れるよりも速く、両足を地面に叩き付ける。

 轟音と共に両足が地面にめり込むが、それを楔として足だけで踏ん張る事で一本背負いの勢いを完全に殺しきる事が出来た。

 

「なにっ!?」

「俺の技だからこそ、対策も心得ている。当然の事だ!」

 

 足のみで上体を支えた俺は、未だに右腕を掴んでいた夏侯惇の腕を逆に掴み、技も何も無しにただただ力任せに放り投げる。

 

「うわぁっ!?」

 

 彼女は悲鳴こそ上げたものの憎らしいくらいの身体能力を遺憾なく発揮し、空中で体勢をを立て直して着地した。

 距離を取った今のうちに俺も立ち上がり、大きく息を吐いて乱れた呼吸を整える。

 

「ち、武器を取り返されたか」

「まだまだこれからです!」

 

 一本背負いのどさくさで踏みつけて封じていた大剣は意識から外れていたが、どうやら放り投げられる寸前に拾ったらしい。

 

「「……」」

 

 睨み合い、間合いを計り合い、次の手を練り合う。

 不謹慎ながら俺は夏侯惇との一対一を楽しみ始めていた。

 

 なんとなくわかるんだ。

 感覚が研ぎ澄まされていく事で生まれる高揚感。

 これは呂布と戦った時にも感じていたものだ。

 

 ただ今回は互いの命をも賭けた文字通りの殺し合い。

 命を失う事への緊張感すらも心地よく感じる今はあの時以上の昂ぶりを俺にもたらせていた。

 

 孫家や妻の悪癖を笑えない。

 どうやら俺にも同じような悪癖が存在していたらしい。

 

「ふぅ~~~」

 

 今のままではおそらく千日手、つまり泥仕合のまま時間だけが過ぎていく。

 そしてそんな戦い方をしていたら先に力尽きるのは俺だ。

 なにがなんでも俺がこいつを打ち倒さなくてはならない。

 

「ならば……」

 

 大昔、中年の方の華陀に言われた事を思い出す。

 俺は本来人間1人が持っている量よりも遙かに多い『気』を体に内包していると。

 この力を俺は今まで意図的に操れた事はない。

 

 しかし見本はあった。

 楽進の気を球体にして蹴り放つ技だ。

 

 あの技は気を放出してその力を球状にまとめ上げるわけだが俺にそれは出来ない。

 だがあれと同質の力が俺の身体のどこにあるかは理解できた。

 腹の底に沈み込んでいる『気』と名付けられた力。

 それを血管を通じて全身に巡らせる。

 

「……」

 

 全身に暖かい何かが広がるのを感じる。

 

「ああああああああああっっ!!!」

 

 思わず叫んだがそれは力を得た事への歓喜だったのか、それとも別の感情だったのか俺自身にもよくわからない。

 

「うぉおおおおおおおおっ!!!!」

 

 俺の変化に気付いた夏侯惇もまた腹の底から声を出す。

 それは俺への対抗意識による無意識によるものだったのだろう。

 だが俺に置いて行かれまいとする気持ちが夏侯惇の力を今まで以上に引き出す結果になった。

 引きずられるように彼女も自身の力を引き出している。

 やはり厄介だ、武人って奴は。

 一筋縄では行かない。

 

 ぶっつけ本番の、ほんの少しの間だけの一時的な強化でどこまでいけるかはわからない。

 だがやるしかない。

 

「勝負はこれからだ。そうだろう?」

「勿論ですっ!!」

 

 仕切り直しからの第二幕。

 より苛烈な戦いが始まる。

 

 この時、相乗効果で引き上がった両者の気配が戦場を揺るがしている事をお互いしか見えていない本人たちは知らない。

 

 

 

 戦場から遠い都『洛陽』で孫策は今日の仕事を終わらせて眠っていた。

 竹簡や書類の山の中で眠るのももう慣れたもので、最初は文句を言っていた賈駆も諦めたのか気にしないようにしていた。

 そんな悪い意味で見慣れられてしまった彼女の浅い呼吸がぴたりと止まる。

 勢いよく起き上がった彼女は窓の外をじっと見つめて呟いた。

 

「来たわね……」

 

 同時に城に爆発にも似た轟音が響く。

 

「っ!? 来たか!」

 

 周瑜は襲撃を察知した時点ですべての庶務を放り捨て、予め用意していた裏道を使って速やかに宮中の奥、董卓と献帝が会合する際に使用している広間を目指していた。

 

「ち、あの馬鹿者め。飛び出したな」

 

 今までずっと待ちに徹していた孫策にとって、予想されていた今回の襲撃は格好の獲物でしかない。

 長年の付き合いの周瑜でなくとも、一端でも孫伯符の性格を知っている人間ならば彼女がどう行動するかなど手に取るようにわかる。

 

「周瑜! そっちは平気っ?」

「ああ、こちらは無事だ。賈駆、お前は早く董卓殿と帝の元へ。私は嬉々として餌に食いつきにいった馬鹿虎を引っ捕らえてから向かう」

 

 すれ違いの際に最低限の情報交換を行い、周瑜は剣戟の音が聞こえる方角へ走る。

 賈駆もまた孫策の性格を把握しているし、周瑜は戦える人間だと言う事も分かっているので止めない。

 そうでなくとも彼女が自分にとっての優先順位を履き違える事はないのだが。

 

「無事で戻ってくる事を願ってあげるくらいはするわ。同盟相手だしね」

 

 聞いている人間が誰もいないのだから無意味なツンデレである。

 

 

 

 ところ変わって城の中心、謁見の間へ向かうための大通路にまで攻め入っていた敵は、運のない事に獲物を求めていた虎とかち合っていた。

 

「弱いわね。ええ、まったく相手にならないわ」

 

 剣が閃く度に周囲に死が振りまかれる。

 そう錯覚してしまうほどに孫策の技の切れは冴え渡っていた。

 

 それは今までずっと机仕事をしていた鬱憤と睡眠で溜め込んでいた力の発散。

 その二つを無意識にコントロールして重ね合わせた結果なのだが、本人にも敵対する者たちにもそれはわからない。

 

「く、……主たる武官が不在と思いきやこんな化け物を召し抱えていたのか」

 

 気迫は感じられない。

 まるで普段からやっている雑事を熟すような気軽さで命を刈り取るその姿は敵対する者からすればはまさに死神と言えるだろう。

 襲撃者たちには呂布や張遼がいない城など落とすのは容易いという驕りがあった。

 たかが地方の一領主など何人いようが、天上人に選ばれた自分たちの前には関係ないとすら思っていた。

 その結果を彼らをその身をもって味合わされている。

 

「これで終わりとは思わないけど、もう少し歯応えが欲しいわ」

 

 静かな殺気に怯えるも、背を向けたら殺されると理解させられ引く事も許されない。

 

「ひっ、あ、あああああっ!!!」

 

 破れかぶれで襲いかかる兵士たちは研ぎ澄まされた虎の爪によって即座にその命を散らせていった。

 

「……ここまでかしらね」

「なにっ?」

 

 圧倒的な力を見せつけていた孫策の言葉に襲撃者の指揮官は困惑する。

 このまま皆殺しにする事も可能な状況でありながら、引く事を匂わせる言葉が出れば不可解に感じるだろう。

 彼の反応は正しい。

 

「次はもう少しマシな相手を連れてくる事ね。でないと今度は雑魚でも容赦しないわよ」

 

 悠々と踵を返して歩き去っていく。

 無防備なその背中に矢でも射かけてしまえば串刺しに出来そうに見えた。

 だが指揮官の男にはわかる。

 そんな軽挙に走れば間違いなく虎の怒りを買い、自分たちが死ぬと。

 

 去っていく化け物の情報をなにがなんでも持ち帰らなければならない状況で迂闊な事は出来なかった。

 視界から孫策が消えるまで襲撃者たちは息を止めていた。

 無意識ではあったが『呼吸音を聞き取られたら殺される』と思ってしまっていたのかもしれない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。撤収だ。この事を主たちに報告せねばならん」

 

 ようやく息を吐き出して力無く指示を出す男に反対の声は出ない。

 元々、この襲撃は牽制と揺さぶりが目的だったのだが、それでも奇襲による優位が取れるはずであった。

 それが蓋を開ければあちらはわずかに文官や傍付きに被害が出ただけ。

 翻って襲撃者側の被害はたった一人の魔物によって半数以上の犠牲。

 割に合わないなどという言い方では収まらないほどの完敗だった。

 

「まだだ。まだ始まったばかりなのだ。本隊が虎牢関で遊んでいるうちに帝様を取り戻す。それさえ出来ればすべては我が主たちの手に戻るのだ……」

 

 半ば現実逃避するか為に、この戦いの後の輝かしい未来を想像しながら男はその場を去っていく。

 自分たちを見ている影がいることに気づかぬまま。

 

 

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