乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百二十一話 虎牢関の戦い 籠城と懸念

「愚か者どもに我らの力を見せつけよ! 果断なく射かけぃ!」

 

 城門の上から黄蓋率いる部隊による弓射の雨。

 対して大盾や攻城兵器の影に隠れながらじわりじわりと近付く反董卓連合の軍勢。

 

 昨日までと変わらず数に物を言わせて攻め立てる腹積もりの反董卓連合だが、その行軍は非常に遅い。

 士気も目に見えて低く、及び腰になっているのが上から見ていてよく分かる。

 

「そりゃお前と奉先ちゃんが上からいつ降ってくるかわからんからだろうよ」

「だろうな」

 

 程普の言葉に頷く。

 俺たちが武官相手に大立ち回りした事はあちらでも把握しているだろう。

 さらに昨日は兵士相手にも大暴れした。

 それも城門から飛び降りるという定石を無視した奇襲戦法で、だ。

 

 彼らの頭には常に俺たちがどこからか仕掛けてこないかという不安が纏わり付いている。

 攻め手に回っている兵士たちの士気の低さはそのせいだ。

 

 だがそんな状況であっても攻め入る事をやめない事には理由がある。

 

「つい先日まで袁紹たちの後ろにいたような連中がこぞって前に出てきているな」

「真っ当に軍勢が残っているから前に出る羽目になったのか。あるいはいい加減焦れたのかもな」

「ああ、俺たちが善戦すると困る『十常侍残党の息の掛かった勢力』って事な。ようやくこっちでも尻尾を出したか?」

 

 董卓たちの調査によって十常侍の息がかかっていると思われる勢力にはある程度の目星を付けていた。

 今、最前戦にいるへっぴり腰の連中は旗から考えるに、そのほとんどが董卓たちの作った一覧に載っていた者たちだ。

 

「奴らからすれば董卓連合の抵抗は前座だからな。それがいつまで経っても本命である都攻めにまで辿り着く事が出来ない。となれば痺れを切らした可能性は高い」

 

 指揮官が大口開けて必死に味方を鼓舞してるにもかかわらず兵士たちの士気はまったくもって上がっていない。

 この温度差は自分たちが所属する勢力がどこであるか、そしてその目的まで把握しているかどうかの差でもあるんだろう。

 指揮官からすればこれは帝を取り戻す聖戦だ。

 そしてそんな戦場で戦ったという名誉があるからこそ、こんな状況でもやる気に満ちている。

 でも兵士たちはそんな事は知らされていないからただの犬死に、使い捨ての戦場でしかない。

 そんな場所で士気が上がるのは死に場所を探しているか戦働きそのものが目的の人間くらいなものだろう。

 

「あとはそいつらに焚き付けられたか巻き込まれた勢力か。曹操たちはいないな?」

「いい加減現実が見えてきた袁紹たちが傍に置いているのかもな。呂布や俺が出てきた時にすぐ飛び出せるように」

 

 どれだけ脳天気な頭をしているとしてもいい加減に熱が冷めている頃だろう。

 そしてここまでの戦いを冷静に見る事が出来れば気づくはずだ。

 一時的な優勢はあっても概ね董卓連合側の掌の上だという事が。

 

「焦って攻め立てるってのは本来なら悪手なんだが……ここでも彼我の戦力差が響いてくるか」

「このまま時間が過ぎれば時間は稼げるからいいんだけどな。こちらが下手打つと押し切られかねない頭数の差がな」

 

 この調子の戦闘が続いたとして稼げるのは恐らく一日、よくても三日というところだろう。

 それも曹操たちが出てこないという前提があっての目測だ。

 決して楽観視出来るものではない。

 

 とはいえ曹操たちは恐らく今後は積極的に出てこない可能性が高い。

 仕込みはすべて済ませているというのが甘卓からの最終報告だからな。

 昨日の戦いが彼女と彼女と繋がっていると思われる劉備、公孫賛にとって今後の動きを決める分水嶺だったと見て間違いない。

 

「……ひと先ずは交代で矢を射かけて牽制だな。偶に拳大の石を投げ込もう。揺さぶりと矢の節約を兼ねて」

 

 下を見てそこに残った十にも満たない石を示す。

 

「ああ、投石機を連想させて怖気づかせちまおうって事か。とはいえいい加減数が少なくなってんな。どっかから手頃な奴を調達しないとな」

「限りある時間は有効に使わないとな。出来れば投石機用のでかい岩も見つけておきたい」 

「ちょっと人手を集めて当たるか」

「頼む。黄蓋との交代要員はこっちで請け負う」

「任せた」

 

 使える回数は残り少ないが、数少ない広範囲攻撃は使えるようにしておかなければならない。

 いざ使おうという時に使えないというのが一番まずい。

 

 肩を叩いて砦の中へ行く程普を見送り、眼下の敵の進軍を見据える。

 体は休めつつ戦場から目を離さず、頭は次に起こりうる限りの事とその対策を探し続ける。

 

「……今はまだ大丈夫か」

「そうじゃの。あの士気の低さでは城門に張り付けたとしても長続きはすまい。まぁそこまで近づかせるつもりもないが、の!」

 

 強弓の一射が今まさに前に出ていた兵士の兜を頭蓋ごと貫いた。

 周囲の人間が悲鳴を上げて逃げていく様子を見届けながら、俺も残り少ない石を一つ手に取り、思いきり投げつける。

 こちらも不用意に前に出た兵士の胴体を直撃した。

 倒れたまま動かないところを見るにきちんと仕留められたようだ。

 

「相変わらず良い腕じゃな。矢ほど飛ばないとはいえ一撃必殺とは……」

「とりあえず一発当てたが、残弾が増やせない限りはしばらく待ちだな」

「儂らのお株を奪われては堪らん。そうしておけ」

 

 言いながらも番えられた矢が放たれ、あちらの兵士の命を散らせる。

 

「任せた。俺たちはそれまでお前たちの雑用としてこき使われるさ」

「応。せいぜいこき使ってくれるわ」

 

 事態が動くまでの比較的緩やかな時間はこの日ずっと続く事になる。

 しかし翌日にも最前戦の勢力が変わっただけで、大きな動きはなく無策に見える行軍をいなすだけの時間が続く事になる。

 あまりにもこちらにとって都合の良すぎる動きだ。

 

「もしかして、これは……」

 

 敵陣で仕掛けた種が芽吹いたのかもしれない。

 あるいは自分たちの知らないなにかが起きている可能性もある。

 

「あちらの動きが鈍かろうと油断はするなよ」

 

 部下たちに口が酸っぱくなるほど言い聞かせて、来るかも知れない嵐に備え続けた。

 しかしこちらの警戒を余所に当初想定していた三日が経っても、反董卓連合側に動きは見られなかった。

 

 

 日が落ちてから誰が言うでもなく会議部屋に集まる。

 交代でゆっくり出来たお蔭でこちらの各部隊は怪我人以外は回復していた。

 丸一日寝て復調した呂布も手持ち無沙汰で、意味も無く俺に付いてきているほど。

 いつでも攻勢に出る事は出来る。

 しかしあちらの動きの鈍さが想定以上であり、罠の可能性が否定出来ずに足踏みしている状況になっている。

 

「どういう事だと思う?」

 

 程普の言葉にこの場に集まった全員が考え込む。

 しばしの沈黙の後、祖茂が口を開いた。

 

「あちらでなにかあったんだろう、としか……」

「断言どころか推測出来るだけの情報がないからな」

 

 甘卓たち隠密部隊を都側に送った事で、あちらの内部情報がわからなくなっている。

 仕方が無い事だが、そうであるが故に情報が不足してしまっていた。

 

「まぁ無い物強請りをしていてもしゃーないやろ。次はうちらも出るで。あっちがトロいままやってんなら全部まとめて蹂躙したる」

「そうだな。いい加減こっちも焦れてきた。董卓連合の完全勝利の為にこっちは散々辛酸を嘗めたんだ。そろそろ思い切り反撃したい」

 

 張遼も馬超もここまで作戦のために良く耐えてくれた。

 少なくない犠牲を出して、ソレが実りつつある状況。

 これ以上、彼女らの暴れたいという気持ちを抑えるのも難しいか。

 

「ここら辺で仕掛けてみる?」

「そうじゃな。馬超たちの気持ちもよく分かるしの」

 

 韓当の言葉に黄蓋が頷く。

 馬超と張遼の顔に凶暴な笑みが浮かぶ。

 心苦しいが、そこに俺は待ったを掛けた。

 

「2人とも、やる気満々なのはいいがあと一日だけ待ってくれ」

「「えっ……」」

 

 出鼻を挫かれたせいで思いの他悲しそうな声を上げて二人は俺を見る。

 そんな玩具を取り上げられた子供のような顔をするんじゃない。

 

「俺が偵察に行ってくる。その為の時間をくれ」

 

 場の空気がぴんと張り詰めた気がした。

 

「専門職の甘卓たちですら難儀した奴らの本陣へお主が単独で行くじゃと? それは許可出来んぞ」

「公覆に賛成。あんたが捕まった時の影響はとても大きいものよ。それを無視する事は出来ないわ」

 

 黄蓋と韓当が真っ先に反対意見を述べる。

 皆も難しい表情で考え込んでいるが、俺の意見への好意的な反応とは言い難いな。

 

「……違う」

 

 俺が勘違いを正そうと口を開くより早く呂布が声を上げた。

 

「刀厘がやりたいのはあいつらの偵察じゃない、でしょ?」

「ああ、そうだ」

 

 馬超が首を傾げる。

 

「反董卓連合本陣の偵察じゃないって言うならいったいどこの偵察に行くんだ?」

 

 全員の注目が集まる中、俺は口を開く。

 

「虎牢関近辺だ。俺らの背後、奴らの本陣を迂回したその後ろも含めてのな」

「それは……増援を警戒しているって事か?」

 

 俺の気にしている事に気づいた程普の言葉に頷く。

 

「宙ぶらりんになっている勢力がどうしても気になる」

 

 この一言で俺がどこを気にしているかもわかったんだろう。

 張遼が苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「劉表か?」

「杞憂ならそれでいいんだが……」

 

 袁紹達、反董卓連合への参加を結果的に拒んだ勢力。

 しかし荊州全土を支配していると言えるその力はこの場にいないとはいえ、無視できるものではない。

 汜水関防衛の頃から今まで隠密部隊の実に半数を使って、外からの増援には常に警戒していたが今はそれが無くなってしまったのだ。

 この時に奴らに動きがあったとしたら、それは俺たちにとって決して良い方向には働かないだろう。

 それを確認する為の1日だ。

 

「そういう事ならしゃーないわ」

「そうだな。ここまで来て気の緩みを突かれるわけにはいかない」

 

 俺の行動の意味を理解した馬超と張遼は納得し、その上で提案をする。

 

「都までの道中についてはうちら騎馬隊に任せてもらうで」

「あっち方向なら馬がいた方が早いし、遠くまで見に行ける。流石に都まで一日で往復は無理だけど、日が落ちるまででなるべく遠くまで見てくるよ」

 

 そうだな。

 虎牢関と都の間になにかあれば気づくのも戻ってくるのも騎馬隊の方が都合がいいだろう。

 反董卓連合のさらに後ろ側の偵察に馬を使う事が出来ない事もあるが、こちら側をお願いする方が適任だ。

 

「ならそちら側は任せるぞ。何事もなければ翌日は予定通り暴れてもらうんじゃ。余力は残しておけよ」

「りょーかいや」

「それは楽しみだ! ますますやる気が出てきた!!」 

 

 総指揮官を預かる黄蓋の許可を出した事で方針は決まった。

 

「しかしお主は一人で行くんじゃな?」

「一人でないといけない場所を移動する想定だからな。反董卓連合側は可能な限り迂回する。本陣の警戒はしても、遠く離れた場所までを常に警戒する事は出来ないはずだ。安心して任せてくれ」

 

 皆が俺の行動を不安に思うのはこの戦いにおいて俺が何度も無茶をして倒れている事が原因だ。

 だからなるべく無茶をしないで済むやり方で行く事を説明しすることで納得してもらった。

 

「この中で最も隠密に近い身のこなしが出来るのがお主しかおらんからな。任せるしかないか」

 

 内心不安はあるんだろうが、黄蓋は指揮官としてその不安を押し殺してくれた。

 本当に俺には勿体ないくらい出来た妻だ。

 

「必ず戻れ」

「承知した」

 

 そして俺は夜の闇に紛れて虎牢関を出た。

 俺の心配が杞憂であった事を証明する為に。

 

 

 

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