乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百二十三話 虎牢関の戦い 一転攻勢。そして……

 夜明けと共に反董卓連合がぞろぞろと前進する。

 積極的な攻勢とは言えない行軍だ。

 兵士たちの及び腰具合を見れば、その士気の低さは誰の目にも明らか。

 董卓連合側が籠城し、こちらも積極的な迎撃を行なわない事からもはや日課のような作業と化している。

 味方の体たらくに曹操はあからさまに顔を顰め、劉備、公孫賛は顔を引き攣らせていた。

 しかし現状、彼女たちに出来る事はない。

 

 総大将である袁紹は彼女たちを自らの傍に置く決定を下したからだ。

 正確には袁紹軍の軍師田豊による進言によるものだが、その判断は正しい。

 

 現在の反董卓連合は彼我の戦力差では未だに優勢ではあるが、戦局そのものは董卓連合の良いようにされている。

 今を持って連合が形のまま残っているのはそれぞれに思惑があればこそであるが、この状況であっても旗頭として立ち続ける袁紹の存在が大きい。

 それはつまりこの状況で総大将が討ち取られれば、連合の瓦解は確実という事でもあった。

 故に田豊、顔良は軍の被害を最小限に抑えてくれた立役者である曹操たちを袁紹軍の傍に置くよう進言したのである。

 

 袁紹としてはことここに至って自分の防備を厚くするのは不満でしかなかったが、そこは彼女の扱いを心得ている田豊、顔良がなんとか宥め賺して決定させている。

 

 そうして主力は袁紹の周りに集中させて、攻め手はやる気のある勢力に任せている。

 田豊は反董卓連合側にも余裕は無く、籠城による時間稼ぎはそう長くは続かないと見込んでいた。

 その読みは当たっている。

 しかし董卓連合側の心情を理解する事までは出来なかった。

 故に。

 

「馬超隊、出るぞ!!」

「張遼隊、出陣や!!」

 

 籠城からの一転攻勢を読む事は出来なかった。

 

「邪魔や、死にたなかったら引っ込めやぁあああ!!!」

「どけどけ! 涼州馬家に道を空けろぉおおおお!!!」

 

 今までの鬱憤を込めて、各々が愛用の武器を振るって戦場を駆ける。

 一振りで二、三人を容易く吹き飛ばし、その後ろに付き従う兵士たちが畳みかけるように突撃。

 行軍とは名ばかりであった士気の低い反董卓連合にこれを防ぐ事は出来なかった。

 

 最前戦はあっという間に崩壊。

 勢いそのままに彼女ら騎馬隊は散り散りになった有象無象に襲いかかり、戦場は乱戦にもつれ込む。

 

 騎馬隊の本領は騎馬の足を止めずに動き続ける事にある。

 それを心得ている張遼隊、馬超隊は平原を縦横無尽に駆け回る。

 

 盾で突撃を止めようとするも盾諸共、枯れ葉のように弾き飛ばされてしまう。

 足を止める為に矢を雨のように放つが、騎手はおろか馬ですらも怯まない。

 

 董卓連合側には統一された一つの意志があった。

 それは一人で偵察に向かった戦友の帰還を信じ、それまで堪え忍ぶというとても強い確固たる覚悟である。

 士気の低い烏合の衆が数に頼んだところで止められる道理はない。

 今の彼女たちは動ける程度の傷を受けたとしても止まらない。

 

「お姉様に続けーーーーー!!!」

「後れを取るなっ!! 立ち塞がる者すべて踏み潰せ!!!」

 

 馬岱と鳳徳率いる騎馬隊が、先行する二人の部隊の穴を埋める。

 反董卓連合側にはわからぬ事ではあるが、董卓連合騎馬隊はこの戦が始まって以来、初めて全力で戦っていた。

 

 掛け値無しの全力の攻勢。

 士気の低い董卓連合の前線が崩れ去るまで時間はかからなかった。

 

「張遼隊、引くで!!」

「馬超隊、後ろに向かって全速前進!!」

 

 しかし彼らは戦場の最前線を噛み砕いた後、敵陣の奥地まで攻め入る事はなく虎牢関の門前まで戻っていった。

 反董卓連合で最も手強いと目されている曹操、劉備、公孫賛が本陣を守っているからというのが大きな理由だ。

 このまま勢いに任せて押し進める事は出来た。

 しかし手強い相手が待ち構える本陣にまで切り込めば帰還は難しくなる。

 張遼隊も馬超隊も士気は天井知らずではあるが、それでも頭は冷静に戦局を見ていた。

 

 虎牢関の門前に整然と並ぶほぼ無傷の馬超、張遼の騎馬隊。

 それに対し、蹂躙された前線を立て直すべく慌ただしく動き回る反董卓連合。

 戦場の優位をどちらが握っているかは一目瞭然と言えた。

 しかしそんな状況にあって総大将である袁紹、そして本陣に動きは見られない。

 

「連中、前線にいる奴らを斬り捨てるつもりか?」

「そうかもしれんなぁ。十常侍の息がかかった連中やと言う事を曹操たちが掴んどるんなら充分あり得る話やで」

 

 反董卓連合の動きから、その思惑を探る馬超と張遼。

 出撃して以降、開け放たれた虎牢関の門から祖茂隊が姿を現す。

 

「次は我々も出ます。敵に攻勢無ければ四半刻後に再突撃。今度は余裕があれば本陣にまで突っかけます!」

 

 先ほどまで戦場を走り回っていた張遼たちは祖茂たちが持ってきた水と食糧を手早く食し、最低限の補給を済ませながら応える。

 

「了解や」

「応!」

 

 敵は前線の再編成に手間取っており、四半刻で迎撃する体制を整える事は出来なかった。

 

 新たに祖茂隊を加えた董卓連合騎馬大隊による突撃が、右往左往する反董卓連合の最前戦を襲う。

 これにより必死の立て直しも虚しく前線は完全に崩壊。

 今まで攻め入っているという体裁を取り繕っていた者たちの命はそのほとんどが呆気なく大地に吸われていった。

 

「このまま敵本陣へ向かいます! ただし、引き際を見誤る事のないように!」

「それはあっち次第やなぁ!」

「そうだな! 迂闊に背を向けられるような相手じゃない!」

「それもそうですね!」

 

 主力目掛けてひた走る隊長たちの軽快なやり取りに必要以上の緊張は見られない。

 しかし彼らからは近付くだけで並の人間を震え上がらせるほどの気迫が迸っている。

 

 向かう本陣を見据える彼らの目に曹操軍、劉備軍、公孫賛軍の軍旗が見えた。

 

「流石に本陣まで攻め入れば出てきますか! 祖茂隊は左翼へ突撃します!」

「このまま真っ直ぐ行くで! おまえら、気張りや!!」

「鳳徳は祖茂と行け! 馬岱! 私たちは公孫賛軍だっ! 白馬長氏と決着を付ける!!!」

 

 走りながら最低限の陣形を整える。

 さらに騎馬の速度を上げ、ぐんぐんと迫る敵陣を見据える。

 相手側も矢を番え、武器を取り、迎え撃つ体勢を取っている。

 

 お互いが目と鼻の先という距離にまで近づき、ぶつかり合うまで秒読みという状況で轟音が戦場に轟いた。

 

「なんや!?」

「なんだ!?」

「爆薬かっ!」

 

 戦場の遙か上空で起きた爆発。

 それには一瞬とはいえ、戦場の空気を散らせるだけの効果があった。

 董卓連合側は当然、これを反董卓連合の仕業だと考えて警戒する。

 轟音をもたらしたそれが反董卓連合本陣の遙か後方から戦場目掛けて飛んできたところを目撃したからだ。

 

 しかし彼らの予想に反して本陣の曹操たちもまた轟音に戸惑っていた。

 

「後方から!? いったいどこの馬鹿だ!」

「姉者、落ち着け! 今、楽進たちを確認に出している。今は目の前の敵に集中するんだっ!」

「なになに!? 何が起きたの!?」

「劉備様、落ち着いてください!」

「趙雲! 何が起きても動けるようにしといてくれ!」

「心得ておりますっ!」

 

 両軍、混乱の最中。

 背後から現れた軍勢について確認に出た楽進が慌てて戻ってきた。

 意識していたわけではないだろうが普段から鍛えている彼女の声は混乱する戦場に良く響く。

 

「報告! 後方より大軍勢! 旗の字は『劉』です!!」

 

 その言葉はその場にいる全ての勢力に届いた。

 

「『劉』? まさか劉表が動いたというの!?」

 

 袁紹の招集を直前で拒んだ以上、この戦は傍観するつもりだと推測されていた勢力の出現に流石の曹操も驚きを隠せなかった。

 

「そ、それが……」

 

 楽進の顔は何故か青褪め、報告を続けるはずの口を開いては閉じる。

 

「なに、まだ報告があるの?」

「は、はい。本陣に向かう軍勢の先頭、に……」

 

 言い淀む楽進。

 生真面目で仕事をきちんとこなす彼女の様子に曹操は苛立つよりも先に困惑した。

 

「貴方がそこまで動揺する何かがあったのね? 落ち着いて、報告しなさい」

 

 冷静に諭すように話しかけ、報告を促す主の言葉に楽進は意を決して言葉を紡ぐ。

 

「近付いてくる軍勢の先頭の荷車に……磔にされたお師、凌刀厘の姿が!」

 

 その報告で戦場の空気が凍り付いた。

 

 

 

 カラカラと無機質な音を立てて進む荷車。

 十字に汲まれた木に手足を括り付けられ、力無く頭を垂れている男がいた。

 全身に大小様々な傷を付けられており、その姿は傍目から見てとても痛々しい。

 

 整然として、それでいて静かな行軍の中。

 戦場に向かうカラカラという車輪の音だけが響き渡る。

 

 軍勢の中心を進む明らかに他よりも堅牢な馬車の中で、仮面で顔を隠した人物が呟く。

 

「いい加減終わらせよう。この茶番を……」

 

 感情が伴わない冷たい呟きが車内に反響して消えていった。

 

 

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