乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百二十七話 虎牢関の戦い これにて閉幕

「して劉玄徳殿。軍議にも出ず、私に会いに来たその目的を教えていただけますか?」

 

 結局、俺は俯いたまま何も話さない彼女に痺れを切らして声をかけてしまった。

 はっきり言って、今彼女と関わる理由は俺にはない。

 

 そもそも俺たちは敵対している身。

 なにやら明らかに弱っている様子だが、だからと言って俺が気遣う必要も無い。

 明らかに面倒事だと分かってはいたし、正直今の俺に身内以外を気遣う余裕も無い。

 まだ戦いは終わっていないんだ。

 このまま放置して、事態が進むまで無視していればいい。

 

 だというのに、声をかけてしまったのはこの子の苦悩する顔が蓮華嬢と被ったからだ。

 偉大なる母、戦いの素質ではとうてい自分が及ばない姉。

 そんな彼女らの背中を見て、同じ土俵では太刀打ち出来ないと嘆いていたあの子を思い出すんだ。

 やはり俺は甘いんだろう。

 

 俺が声をかけると劉備は俯いていた顔を上げて、一つ深呼吸をすると口を開いた。

 

「……私は大陸を平和にしたくて戦ってきました。志を同じくする義妹たちと一緒に。こんな私に着いてきてくれる人達と一緒に」

 

 義勇軍として立ち上がった彼女は当時、寡兵もいいところだったという。

 

「私は大陸中の人に幸せになってほしくて、苦しんで欲しくなくて立ち上がったはずなのに。今回の反董卓連合にだって、私たちの目で真実を確かめて少しでも被害を少なくしたくて参加したのに……」

 

 しかし黄巾の乱の後、彼女は平原の相になった。

 それ自体は大躍進と言える。

 しかし領地を持ち、臣民を抱えて、政(まつりごと)を行うようになった事で今まで以上に理想と現実の差に打ちのめされた、というところか。

 

 今回の戦にしても俺たちに言いようにされ、想定以上の被害を受けて、さらには戦における大義名分すらも失っている。

 彼女らがどのような絵図を思い描いていたかは想像する他ないが、まぁ確実に想定を下回っているんだろう。

 

「お前の言う幸せにしたい大陸中の人とは誰のことだ?」

「山賊の被害に苦しむ人たち、とか……圧政に苦しむ人たち、です」

 

 模範回答だな。

 実に正しい答えだ。

 同時に『とても都合の良い答え』でもある。

 

「黄巾党は違うのか? 奴らの大半は食うに困って国に反逆した者たちだ。もともとは圧政に苦しむ人たちだったと言える。俺は痩せ細っていく家族になんとか飯を食わせたくて黄巾党に入った人間を知っている。そんな彼をお前は幸せになる権利がないと思うのか?」

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まる劉備。

 駄目だ。

 こんな少し考えればわかる事で言葉に詰まるようでは、こいつの理想はただの張りぼて、机上の空論、ただの甘い理想となりかねない。

 理想を果たす為の犠牲から目を逸らす事だけはしてはいけない。

 そういう立場にいると分かっているだろうに。

 

「お前の大陸中の人を幸せにしたいという気持ちに嘘はないんだろう。それは今もお前に付き従う人間がいる事からも分かる。皆、平和になった世界をお前の言葉に見たから付き従い、時に命を賭ける。だがお前の理想には常に矛盾が付きまとう。先の黄巾党の事もそうだが、領土を持った今となってはこれからそれ以上に辛く苦しい矛盾を抱えていかなければならなくなるだろう。今回の事も都の民からすれば自分たちが平和に暮らしているところに意味の分からないいちゃもんをつけて戦を吹っかけてきたとなる。お前が、お前たちが戦を起こしたんだ」

「……」

 

 押し黙る劉備に対して俺は構わず言葉を続ける。

 

「これからお前が自分の理想を果たそうとするのなら曹操との敵対は避けられない」

 

 反董卓連合の頓挫により、それなりに勢いは落ちるだろう。

 だがそれでも彼女は間違いなく帝の権威が薄れている今、全てを手中に収める為に動き出すだろう。

 

「自分の手で中華を統一しようとする彼女に自分の主張を聞かせたければ倒す他ないのだから。そして彼女に対抗しようとするのなら、お前自身、どのような形であれ他の領地を下して勢力を拡大しなければならない。でなければ話をする土俵にすら上がれない」

 

 そしてそこには二勢力以外の者たちの思惑も混じるだろう。

 袁紹は間違いなく両者と対立する。

 公孫賛は、劉備相手なら同盟と言う形で収まるかもしれない。

 ならば他の領主たちはどう動く?

 董卓や馬騰たちは?

 俺たち建業もまた例外ではない。

 

 しかしその中でも曹操と劉備の主張は真っ向から対立しているのだから争いあう事になれば全面戦争は免れない。

 

「その過程で不幸にならない人間が一人も出ないという事は有り得ない。幸せにしたいと主張しながらも戦う以上は誰かしらを不幸にする」

 

 唯一、それを避ける方法はある。

 しかしそれを彼女は選べないだろう。

 たとえその選択を選んだとしても、曹操は大陸統一の夢を果たすまで止まらない以上、どこかで誰かが不幸になる事だけは揺るがないのだが。

 

「お前が曹操に下ると言うのなら話は別だがな」

 

 俺の言葉への反発からか、劉備の顔に少し力が戻った。

 

「っ……!? それは、出来ません」

 

 そう、他者の為に平和な世界を作ろうと立ち上がったこの娘が己の野望として大陸を制覇せんと動き出す曹操をただ見ている事は出来ない。

 以前の話していた時の印象と、今目の前で話している彼女を見て俺は確信していた。

 

 この劉備玄徳という人物が、こうやって矛盾を積み重ねて苦しみながらこの動乱の世界を生きていくのだと言うことを。

 俺の言葉に反論もせず、ただそのままに受け入れている姿の痛々しさには物悲しいものを感じる。

 そしてこんな姿を配下や民には決して見せないだろう事が想像に容易い。

 

 敵対している間柄ながら、この姿を見せられるような人間が傍にいればいいのにと思わずにはいられない。

 今はいないとしても、いつかはと。

 

「……そろそろ去った方がいいだろう」

 

 外がにわかに騒がしくなってきた。

 おそらく会議が終わったのだろう。

 

 ここに近付いてくる気配も感じる。

 俺たちが会っているところを目撃されてしまうのはお互いにとって良くない。

 

「誰になんと言われようとも貫けるだけのものを心に持てれば……いや貴方は既に持っているはずだ。ならばあとはそれを信じ切り、突き進む強い意志を持つ事。それが出来なければ貴方はいずれ潰れるだろう。さ、さっさと出て行かれよ」

 

 俺は返事を待つこと無く、彼女を天幕から追い出した。

 彼女がこれからどうするのかは分からない。

 ただなんとなく次に会う時にはその結果が出るんだろうと、本当になんとなくそう思った。

 

 

 彼女に一つだけ言っていない事がある。

 確かに曹操と劉備はその主張の違い故に対立する事は避けられない。

 しかし敵対に至らずに済む方法が無いわけでは無い。

 

 それはつまり双方が相手よりも優先せざるを得なくなるほど強大な敵が現れる事。

 それも利害関係が成立しない、生粋の敵が必要だ。

 

 たとえばそれは、結果的に董卓連合と反董卓連合の諍いを止めた劉表をして警戒する大陸外からの侵略者。

 

「……奴らの出方次第か」

 

 今、考えても仕方の無い事で、奴らが劉備にとってそんなにも都合が良い存在になるかは未知数。

 言った通り、すべては奴らの出方次第だ。

 

 俺は改めて座禅を組み、誰かが今後の段取りを伝えに来るその時を待った。

 

 

 

 それからしばらく後。

 俺は黄祖殿、劉表殿と別れの挨拶を交わし、文聘殿を伴って虎牢関に向かった。

 兵士を伴わずに歩く俺たちが攻撃される事はなく、虎牢関の門を潜る。

 

「某はここまででしょう。此度のご協力、劉表軍を代表して感謝いたします」

 

 門の前で立ち止まって頭を下げた文聘殿にこちらも頭を下げる。

 

「いいえ、こちらこそ捕虜となった私に過分な扱いをしていただいた上、こうして送り届けていただいた。改めて感謝いたします」

「……一人の武官として、また某個人として貴殿とは今後とも友好な関係を続けていく事を、切に願っております」

「こちらこそ。必ずまたお会いしましょう。その時は願わくば武器ではなく酒でも飲み交わせれば……」

「それは、実に魅力的なお誘いですな。……その時を楽しみにさせていただきます。それでは」

 

 文聘と別れ、俺は虎牢関に帰還する。

 一人で偵察に行ってから怒濤の展開が続いた。

 いくら丁重な扱いを受けていたとはいえ、俺は完全に気を抜くことなど出来ず常に気を張っていたんだ。

 それが虎牢関に入った事で緩み始めている。

 

 正直なところ、すぐにでも自分の部屋に行って眠りたい。

 だが散々事態をかき回した当事者として、きちんとした説明をしなくてはならないだろう。

 そうでなくても心配をかけた皆の顔を見て安心したいし、安心させたい。

 

 俺はその一心であいつらが首を長くして待ち構えているんだろう会議部屋に向かった。

 

 この後、部屋に顔を見せた瞬間。

 恋に加減抜きのタックルを食らって吹き飛んだ。

 呼吸が出来ないくらい強く抱き締められてあやうく意識が飛びそうになった。

 正直、劉表軍に見つかって取り囲まれた時よりも明確に死ぬかと思った。

 

 どうにか恋を宥めて立ち上がったところで激と慎、鳳徳殿にぶん殴られた。

 塁と翠、蒲公英には怒鳴りながら泣かれ、霞には武器で軽く小突き回された挙げ句、今度酒を奢る事を確約させられた。

 

 そして祭には無言で優しく抱き締められた。

 

 その身体の震えにどれだけ心配を掛けたかを実感させられ、俺も何も言わず抱き締め返した。

 こうして董卓連合対反董卓連合の不毛なる戦は、ようやく一段落を迎える事になる。

 

 あとは都に巣くう亡霊どもを叩き潰すだけだ。

 

 

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