乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百二十八話 その頃、洛陽にて

 董卓連合軍が洛陽から出陣してそれなりの時間が経過した。

 その間、洛陽の生活に変化はなく俺は恋と音々音両方が遠征に出るからという事で管理を任されて寝食を過ごすようになった恋の家で過ごしている。

 一度、城の方が騒がしくなった時は、城下のみんなもピリピリしていたけどそれも少し前の事だ。

 

 けど街その物を包み込む空気が変わってきているのは感じている。

 巡回する兵士は城が騒がしくなってから明らかに増えているし、時々露天を冷やかしていたピンクで長い髪の美人さんが彷徨く頻度が上がっている。

 あの人、立ち振る舞いだけで俺より明らかに強いから只者じゃないと分かっている。

 反董卓連合なんていう連中が戦争を仕掛けている状況で、あんな実力者がただぶらぶら街を彷徨いているだなんてとても信じられないしな。

 

「一刀~~、どうしたの?」

 

 恋の家でセキトの毛繕いをしながら考え事をしていると、動物たちと遊んでいた街の子供たち、特に俺に構ってくる女の子『玉風(ゆーふぉん)』が心配そうに声をかけてきた。

 

「いや、セキトの毛がもふもふで気持ち良くてさ。ぼうっとしてたんだ」

「ふ~ん、わたしも撫でたい! いい、セキト?」

 

 セキトは玉風の言葉に一声鳴いてこの子が撫でやすいように頭を差し出す。

 相変わらずこの子、頭が良いよなぁ。

 

「ありがとう! ん~~~、ほんとにもふもふだぁ~~」

 

 撫でるだけじゃが満足できなくなったのか、玉風はセキトにぎゅっと抱きついて頬摺りを始めた。

 そうしてまったりしていると他の動物たちと遊んでいた子供たちもこちらに近付いてくる。

 

「玉風ちゃん、うらやましい! ぼくもぼくも!」

「おれも!」

「うちも!」

「ええ、もうちょっとわたし~~~」

 

 あっという間にセキトの取り合いみたいな状態になってセキトが吼えたりしないか不安になったけど。

 セキト自身は子供たちのされるがままで、怒る素振りどころかいらついている感じもない。

 

 これが呂布奉先一番の友人、どっしりし過ぎて人間よりも落ち着いてるな。

 人として自信が揺らぎそうだわ。

 俺はさっきまで考え込んでいた不安事を頭の片隅に追いやり、セキトを巡って喧嘩を始めそうな子供たちの仲裁に入った。

 

 

 

 子供たちをそれぞれの長屋に送り届けて恋の家への帰るため大通りを歩く。

 

「ねぇ、そこの貴方?」

 

 そこで俺は遠目からしか見た事がなかったあのピンクの髪の美人さんに声をかけられた。

 

「おれ、いえ私でしょうか?」

 

 俺の傍に人はいなかったから、まず間違いなく俺だろうけど一応確認する。

 

「あ、敬語とかいいわよ。固い会話って好きじゃないから普段通りにしてちょうだい。私はただの通りすがりって事で」

 

 そう言われてもこの人、立ち振る舞いからして明らかに平民とかじゃないし、たぶん恋とか駆狼さんくらい立場がある人間だろう。

 そんな人間に敬語はやめろと言われてもなかなかに厳しいものがある。

 あるんだけど俺は元々、そういう礼儀作法とは縁のないところの人間だ。

 本人が許可を出してくれたのなら、そうする事に躊躇う理由はない。

 もちろん後から理不尽な言い掛かりを付けてきそうな相手にはしないけどさ。

 

「分かった。それで貴女みたいな美人さんが俺になにか用? 俺、見ての通りのただの町民だけど」

「『腕が立つ』でしょ?」

 

 楽しそうな弾んだ声に思わず「あ~~」とため息のような吐息が零れた。

 やっぱり分かっちゃうもんなんだな。

 でも腕が立つなんて皮肉もいいところだろう。

 目の前のこの人は腕が立つと称した俺をたぶん一撃で殺せるんだから。

 

「自分より遙かに格上の人間に腕が立つなんて言えるわけないさ。俺はせいぜいごろつきから街の人を守るくらいの事しか出来ないよ」

「あら? それって凄い事よ。くらい、なんて言っちゃ駄目だわ。城下の皆、貴方の事を聞いた時、嬉しそうに話してくれたわ。貴方のお蔭で助かっているってね。ここの兵士よりも信頼されてるんじゃないかしら?」

 

 それは十常侍が都を支配していた頃の兵士が街の人間に見向きもしなかったからだな。

 その頃、助けになったのは同じ立場の人間だけだった。

 その中で俺が一番強かったから頼られて、それが今の信用に繋がってる。

 俺も含めてここに住む民は十常侍時代の圧政のせいで兵士たちを信じる事が出来ないでいる。

 それも董卓の治政のお蔭でだいぶマシにはなったんだけどな。

 

 というかこの人、俺について聞いて回ってたのか。

 つまり今会って話しているのは偶然じゃなくて何か狙いがあっての事になる。

 

「お上が入れ替わったお蔭で生活も良くなったし、兵士の人たちだって前とは全然違うから時間さえかければみんな信用出来るようになるさ」

「うんうん。いいわね、貴方! 打てば響くって感じで話してて気持ち良いわ」

「褒められてるって事でいいんだよな?」

「もちろん!」

 

 俺が警戒を強めた事なんてお見通しだろうに、一切気にせずに話を続ける美人さん。

 まぁこの人くらいになると俺が警戒したところで大した意味がないんだろうな。

 

「それはともかく、俺の事聞いて回ったって事はやっぱりなにか俺に用があるんじゃないのか? ……なんか世間話しかしてないけど」

「う~ん、貴方に興味があったから探してたし聞いて回っただけよ? 私がその辺ぶらぶらしてる時、何度かこっちを見てたから気になっちゃって……」

「あ~~、気付かれてたのか。気に触っていたなら謝る。ごめん」

「別に気にしちゃいなかったんだけどね。貴方、どこかの密偵ってわけでもないんだろうし。本当にただ何度か見かけて気になっただけ」

「それはそれでどうなんだ?」

 

 本当にそうなのか?

 何度も見かけて気になったって普通はスパイとか疑うところだろ。

 なんか顔を見てると本当の事言っているように思えるんだけど、ポーカーフェイスくらい国に仕えている人は出来そうだしなぁ。

 ああ、恋はそういうの向いてないというか元々が無表情だから分かりづらい感じなだけだし。

 

「まぁいいか。今日はもう日が暮れるし、話したい事があるならまた日を改めないか?」

「あら? また話してくれるの? 私の事、警戒しているのに」

「やんごとなき身の上の人相手なら言わないけど、ただの通りすがりなら別にまた偶々会って話すくらいいいだろ。まぁ仕事中とかは勘弁して欲しいけど」

 

 通りすがりを強調して言ってやると、彼女は一瞬きょとんと目を瞬かせて屈託のない笑みを浮かべた。

 

 美人って得だよな。

 この人、俺よりたぶん年上っぽいのに可愛いって思ってしまった。

 

「んふふふふ。ありがと。じゃまた次の機会に会いましょ。私の名前は雪蓮よ」

「それ、真名だろ? いいの?」

「いいわよ。貴方の事、気に入ったから預けてあげる」

「そう、なんだ。じゃ俺は北郷一刀。親しい人間が呼ぶのは一刀の方だから、出来ればそっちで呼んで欲しい。真名ほど重い覚悟はいらなけどさ」

「少しでも真名を預ける事に対して釣り合いを取ろうとするなんて律儀ね。ますます気に入ったわ! またね、一刀」

「ああ、またな。雪蓮」

 

 姓名じゃなくて真名を気軽に許すのには驚いた。

 けれどこれで雪蓮がやんごとなき立場、おそらくは領主董卓の関係者だという事がほぼ確定した。

 姓名を言った場合、通りすがりでいられないって事だから。

 それにしたって親しい者にしか許さない真名を気に入ったからで許すのはどうかと思うけど。

 

 まぁ恋も初手で真名を名乗ってたから、人それぞれなんだろうな。

 音々音は真名を許してくれるまでけっこう長かったし。

 

 少し昔の事を思い出しながら俺は自分の寝床になりつつある恋の家に帰った。

 

 まさか翌日から二日に一回くらいの頻度で雪蓮と会うことになるとは思わず。

 

 

「なんだ、最近は機嫌が良いな。雪蓮」

「あら、冥琳。やっぱり分かっちゃう?」

「隠そうともしないくせになにを惚けた事を。それで?」

「んふふふ。面白い子を見つけたの。話していてとても楽しい子……」

「ほう? お前がそんな平和的な気に入り方をする人間がいるとはな。興味深いが、明日は槍でも降るかもしれんな」

「失礼ねぇ。でも冥琳の言う通り、自分でもけっこう不思議なのよね」

「ますます興味深い話だな。自分の直感を疑ったことのないお前が自分の判断を疑問視するとは……」

「でしょう? 私が今までしなかった事をさせる子。出来れば連れ帰りたいくらい」

「そこまで執着するほどの相手か。虎に見初められるとはその御仁も厄介事に好かれる質らしい」

「ふふふ……!」

 

 洛陽の城の一角で語り合う二人の会話を知る者は本人たちしかいなかった。

 

「(一番気になったのは……背格好は全然違うのに、なんとなく雰囲気が駆狼に似てる気がした事なのよね。まぁ最初だけだけど)」

 

 そして彼女の心中を知るのは本人だけである。

 これは『反董卓連合の全面降伏』という情報が洛陽に早馬で知らされる少し前の出来事である。

 

 

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