『反董卓連合の全面降伏』の報が洛陽に届けられ、戦争が終わったのだと住民たちは沸き立った。
その中にはもちろん市井の用心棒と言われている一刀の耳にも届く。
彼は戦いが終わった事を喜ぶ仲間たちの中にあって、一人だけ表に出さないものの騒ぎが起こることを警戒していた。
「(城が騒がしくなったのはおそらく襲撃だったはず。反董卓連合じゃない第三者による襲撃なら、その目的はたぶん……)」
彼はこの時代の皇帝が権威の象徴として名だたる人間から狙われている事を知っていた。
向けられる感情は様々だが、彼(この世界ならば彼女の可能性もある)を手中に収める事が出来れば、政治を思うがままに出来ると言っても過言ではない。
実際、先代皇帝を傀儡にする事で十常侍はやりたい放題してきたのだ。
反董卓連合がどんなお題目で戦争を仕掛けてきたのか一刀は知らない。
しかし二勢力の争いの裏で蠢く別の勢力の存在を敏感に感じ取っていた。
先日知り合った雪蓮が日がな一日、町中をぶらついているのもその勢力の探索を兼ねているという事にも気付いていた。
だからこそ何か起こるかも知れないと考える事が出来たし、町の人間に警戒するように言って回った。
彼は町民たちから全幅の信頼を得ていたから、なにか起こるかも知れないという言葉は真剣に受け取られ、なにかあったら兵士に伝えるか逃げる事を徹底させる事が出来た。
彼自身もそれなりに仲の良い兵士たちからいざという時の段取りを確認し、市民に周知させる事に成功。
一刀は彼に出来る限りでなにかが起きた時に備えていた。
そしてそれは早馬による報告を受け取った董卓連合の頭脳たる周瑜、賈駆、荀彧も同じ。
防衛勢力を街と城の重要拠点に散らし、皇帝にも口添えししばらくは奥に下がっている事を了承させている。
彼女らもまた己に出来る限りの備えをしていた。
いつ何が起こってもよいように警戒していたし、なんなら足の速い董卓連合の武官たちを先行して呼び戻すべく入れ替わりで伝令を出していた。
虎牢関でその連絡を受け取った彼らも張遼隊、馬超隊、凌操隊を先行させる事を決断。
今まさに都へ向かっているところだ。
出来うる限り、万全の体制を取り、油断も慢心もない。
あとは張遼隊らが戻ってくれば、唯一の懸念である防衛戦力についても盤石となる。
唯一、推し量れなかったのは追い詰められた愚者が時にとんでもない暴走に走るという事。
しかしこれを予想しろというのも酷な話だろう。
始まりは城下に響く轟音だった。
あらかじめ警戒していた兵士たちですら怯む爆音。
それが複数同時に城下を襲う。
身なりはいいが、青白い顔色の人間たちは何も言わずにふらふらと歩いていた。
俯きながら顔色がまるで死人のように血の気が引いていた様子は、兵士たちはもちろん住民たちから見ても異質で距離を取って遠巻きにしていた。
そんな彼らがばっと顔を上げる。
血走った目で懐から取り出したのは拳大の丸い包みのような何か。
「我らが主、張譲様ぁ! この命、我ら十常侍の復権のためにぃいいいいいいい!!!!」
高らかに掲げた包みを地面に叩き付けた瞬間。
轟音が周囲に轟いた。
地面が破裂し、その上に立っていた男の身体はバラバラになって辺りに散らばっていく様子にその場の時が凍り付く。
しかしそれも数秒のこと。
事態を認識した瞬間、悲鳴が上がった。
そしてそれはこの場だけでなく、合計五箇所でほぼ同時に起きていた。
混乱はあっという間に広がった。
事前になにかあった時には逃げる事を周知していたとはいえ、『目の前で人間が爆死』する様を見せられて冷静に行動できる者などいなかった。
洛陽の頭脳たちとしても城下に火が放たれる事までは想定していたが、まさか文字通りの自爆特攻は予想外だった。
なにせ敵側、十常侍の残党の狙いは自分たちの復権だ。
それが叶った後、今まで通りに政を思うがままに利用し、かつての贅沢三昧の生活を取り戻すことが狙いのはずだ。
まさか自らの死すらも厭わず、本気でなりふり構わなくなるなどとは考えていなかった。
洛陽側は皇帝直々の願いにより、これが罠だと理解しながらも城下の混乱を静めるために人員を派遣する決断をする。
なにせ同じ事がどれだけ出来るかが分からない。
故に放置すればどれだけの被害が出るか予想出来ないのだ。
やるべき事は速攻。
自爆特攻される前に見つけ次第、完全に無力化しなければならない。
相手は既に死兵である事から、殺す事を躊躇えば相打ちで被害を与えてくる可能性が高い。
故に彼女が出撃するのは当然の判断だった。
「雪蓮! くれぐれも気をつけろ! 相手は自ら爆死する死兵だ!」
「分かってるわよ。ようは爆発する前に一撃で息の根を止めればいいんでしょ? いつもと変わらないわ」
軽い調子の言葉とは裏腹にその目は静かな殺意を宿していた。
遊びの一切無い彼女の様子に、傍にいた賈駆と荀彧は息を呑む。
「私たちは念のため、奥に下がって帝の近辺を守る。貴方も事が済んだらそっちに来なさい! 道草なんてしたら、只じゃおかないわよ!」
「言われなくても分かってるわよ。まったく私にお小言言う人間が二人に増えちゃっても~~。あ~~、やだやだ」
「ふん! 今ここにいる戦力じゃ貴女がやるのが確実なんだから、きっちり仕留めてきなさい!」
「ふふ、あらやだ。そこまで期待されちゃったら気合い入っちゃうわ」
軽口を言いながら、彼女はひらひらと手を振って窓から外へ飛び出した。
ここはかなり高い場所の窓だったはずだが、彼女なら大丈夫だとそこに残った三人は疑わずに駆け出す。
目指すのは帝がおわす宮の奥。
本来は不可侵である場所だが、そうも言っていられない。
まだ城内に入り込まれてはいないが、正門では既に爆破特攻が行われていると報告を受けている。
もはや敵の目的が復権であるかも怪しい。
それがこの三人の共通認識である。
帝を前にして望みが叶わぬと理解すれば道連れにしようとする可能性すら出てきている。
そしてなにより城内は奴らにとって庭同然。
帝がいる場所など把握されていると見て間違いない。
万に一つの可能性を考えるならば、帝には宮殿にいるよりもどこかに避難していただくのが上策だった
「私はあの方のお傍に着くわ。貴方たち、くれぐれも気をつけなさい」
「その言葉そっくりそのまま返そう。お前が一番危険なのだからな。いざという時は逃げろよ。文和、私たちは……」
「侍従たちの避難誘導と城内の状況確認。あとは状況に合わせての指示出し、でしょ?」
心得ていると頷く賈駆。
周瑜は彼女の言葉に薄らと笑いながら頷く。
「分かっているならいい。二人とも来い」
音もなく二人の人間が周瑜の後ろに現れる。
優秀な密偵として事前に面通しされているので、賈駆と荀彧が二人の存在に驚く事はない。
「護衛として文若には甘卓を、文和には周泰を付ける。お前たち、この二人を頼むぞ」
「「御意」」
二人の姿が視界から消える。
しかし傍にいる事は理解できる。
建業が誇る密偵特有の技だと聞いているが、賈駆も荀彧もそれがどういう理屈なのかまでは知らない。
ただこの場においてこれほど心強い者たちはいないという事が分かっていれば充分だった。
「隊員たちは引き続き、城内の警戒を頼む。見覚えのない人間は私の責任にして構わん。引っ捕らえろ!」
一瞬、周囲から複数の気配を感じ取る。
武の心得のない賈駆と荀彧にも感じ取れるほどわかりやすいそれは声を出さない甘卓と周泰の部下たちによる了解の合図だ。
次の瞬間には彼らの気配は掻き消え、方々への散っていった。
「本当に羨ましいわね。彼らがいるの」
「だろう? ウチの自慢の一つだからな」
自分たちが分からずともあの者たちが傍にいる。
それを意識するだけでも賈駆と荀彧の心は少しだけ余裕を取り戻していた。
「もう行くわ。甘卓、行くわよ」
「承知!」
荀彧と甘卓は宮殿の奥を目指して駆け出す。
「それじゃ私たちも行くわ。よろしく頼むわね、幼平」
「お任せださい!」
城内へ走る賈駆と周泰。
「私も行くか。……しかし奴ら、まさかここまで見境がなくなるとは。なんとしても奴らの計略その全てを打ち砕かねば」
腰に佩いた鞭を音がするほどに握り締めながら、周瑜もまた動き出す。
彼らの奮闘は目覚ましく、出現した特攻兵たちはその悉くを返り討ちにした。
城下の人々の避難も、城内の敵の討伐も、そのほとんどが上手く行っていた。
しかし。
それでも刻一刻と状況は変化し、彼ら彼女らの目の届かない隙が存在した。
獲物を静かに狙う狡猾な蛇の如くそこに付け込んだ者たちが存在した。
その結果。
帝がいる宮で今までにない規模の爆発が起こる事になる。
城下まで轟く爆発にあらゆる者たちの意識が吸い寄せられただろう。
その中に、何が起きているのか詳細を知らないまま仲間たちを避難させていたとある青年の姿があった。
彼は只事ではない状況を敏感に察知し、深入りしないつもりで探りに向かう。
そしてそこで追いかけられる少女二人と目を血走らせ唾を撒き散らしながら彼女らを追う男たちを発見した。
それは彼にとって当たり前の行為だった。
当たり前に彼は少女たちと男たちの間に立ち、男たちに木剣を向けていた。
「どけぇ! 小童ぁあああああ!!! 大陸を支配する私を前に図が高いぞぉおおおおおおおおお!!!!」
明らかに正気を失っている男の世迷い言に耳を貸す事無く、彼は大上段に木剣を構える。
「女の子二人を血走った目で追いかけるような支配者なんてこっちから願い下げだよ、おっさん!!!」
男の護衛たちが殺せとわめき立てる主の意向に従い、問答無用で剣を向ける。
触れれば切れる、斬られれば死ぬ。
そんな自分とは縁遠かったはずの死の気配を前にしても、彼は不思議と冷静だった。
「精進流門下、北郷一刀! ここから先は通さない!!!」
自分を守る為でなく他者を守る為に放たれる裂帛の気合い。
護衛の男たちは一瞬ではあったものの青年の啖呵に気圧されていた。
自分たちと乱入者の実力の差は手に取るように分かった。
多少は手こずるだろうが倒せると言う事を。
しかし油断する事は出来ないと、そう思わせるだけの何かを彼に感じ取っていた。