乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百三十話 亡霊に招かれた者たち

 洛陽にて十常侍一派の自爆特攻が始まったほぼ同時刻。

 都を目指す張遼、馬超の騎馬隊連合とそれに相乗りする凌操隊。

 

 俺たちは都が目視で確認出来るほどの距離に来たところで『襲撃』を受けていた。

 反董卓連合との戦いが事実上勝利で終わった今、自分たちを遮る者はいない。

 少なくとも董卓連合にて最速を誇る騎馬隊連合を食い止めるほどの部隊を展開できる勢力などいないと思われていた。

 しかし現実に俺たちの行く手は遮られ、その足を止めざるを得なくなった。

 

 『揃いの仮面を被った異様な人間』の大部隊に。

 

 西平にて常に奴らと戦っていた馬超たちはもちろんの事、元々は涼州を拠点としていたが故に敵の姿に馴染みがあった張遼たちはその集団が何者であるか一目で気付いた。

 俺もまたそんな奴らを知っている。

 

「馬鹿な!? 『異民族』だと!?」

 

 そう奴らは中華大陸の外から度々、大陸に侵攻を企てる者たち。

 そんな連中がよりにもよって大陸内部、それも都に程近い場所で、都に向かっている自分たちの前に立ちはだかったのだ。

 俺たちはそれが示す信じがたい事実に思い当たり、例外なく声を荒げた。

 

「まさか、十常侍の残党どもはこいつらを招き入れたのか!? そこまで落ちぶれたのか!!!」

「愚かもんもここまで来ると救えんわ……。これやったらさんざん問題起こした華雄の方がマシや!」

 

 馬超と張遼の言葉に心の底から同意する。

 まさか十常侍の残党どもがそこまで後先考えない連中だとは思いもしなかった。

 自らの復権の為とはいえど、『決して味方にはなり得ない者』を引き入れるとは。

 

 無言のまま部隊を展開し、こちらを包囲する陣形を取る異民族の部隊。

 俺たちの怒声に何も反応を示さなかった奴ら、その先頭にいる男が口を開いた。

 

「……殺せ」

 

 冷たい、それでいて静かな声だった。

 ともすれば戦場の喧噪に掻き消されかねないほどの小さな声は、しかし不可思議な事にその場の全員の耳に届く。

 マネキンのように動かなかった奴らが例外なく殺意を漲らせ、こちらに武器を向けた。

 

「張遼! お前の隊は突っ切って都へ向かえ! 馬超、俺たちは張遼たちの道を切り開き、その上でこいつらを片付ける!!」

 

 こいつらが読み通りなんらかの取引の元、十常侍一派に付いているならば。

 奴らの目的は帝を確保するまでの俺たちの足止めだ。

 ならば一部隊でも多く、一刻でも早く都に向かわなければならない。

 

 だがこいつらを放置して都に向かう事は出来ない。

 仮にこいつらを無視して突破した場合、まず後から来る部隊が狙われるだろう。

 いやそれならまだマシな方だ。

 最悪の場合、放置したこいつらは方々に散って邑や街を襲うだろう。

 西平で戦った連中と極めて近い雰囲気を持つこいつらならそうする可能性の方が高い気がするのだ。

 

 よって俺たちはこの中で最も都に詳しい張遼を先行させ、残った者でこいつらを一人残さず片付けるしかない。

 

「ちぃっ! 了解や!!!」

「応! 張遼、都の事は任せたぞ!」

 

 俺の意図を理解した二人はすかさず行動を開始する。

 

「張遼隊! ウチに続け! ボンクラどもを突っ切るで!」

「馬超隊! 同胞の道を切り開くぞ!」

「凌操隊、我らはここで奴らを叩く!」

 

 それぞれの隊員たちの応答の声が唱和し、隊長の意志に従って動き出す。

 

「どけや!!」

「……」

 

 奴らは何も言わない。

 

「邪魔をするなぁ!!」

「……」

 

 こちらがいくら吼えようと何の応答もない。

 

「通してもらうぞ!!」

「……」

 

 なにがなんでもこちらを殺そうとする執念、無機質な殺意が涼州で戦った者たちとまったく同じだと感じる。

 人間ならどれほど似ていてもまったく同じにはならない。

 双子であったとしても何かが違うものだ。

 だがこいつらは俺が感じた限り、何も変わらない。

 その上、倒されても悲鳴の一つも上げない。

 揃いの仮面で隠された目元は対峙している人間を見ているのかすら分からない。

 人間味を感じないし、不気味極まる。

 同じ人間かすらも疑いたくなる。

 

 しかし繰り出される攻撃とそれに乗っている殺意だけが言葉よりも雄弁で、目の前の存在が生き物である事を証明している。

 

「道を開けろぉおおおお!!!!!」

 

 気迫と共に拳を振るう。

 何人もの敵を吹き飛ばし、異民族部隊の人の壁を打ち砕いた。

 

「行け!!」

「おおきに!!」

 

 張遼たちが馬を走らせる。

 当然、俺が開いた道を埋めるように敵が動くものの馬超の隊が道を広げるように突撃。

 さらに俺の隊も馬超隊の側面を突こうとする敵に食らいつく。

 

 張遼隊が壁を抜けて都へ向かう姿を横目に乱戦状態になった。

 これで張遼たちを追う事は出来まい。

 異民族たちも張遼を追う事を諦めたようで、意識を俺たちにのみ向けているようだ。

 

 そして乱戦の最中。

 俺の前に明らかに他と違う異民族が現れる。

 

「お前だ」

 

 抑揚のない機械的な声。

 俺より頭一つ分低い背丈の人物は揃いの仮面で目元を隠していたが、手に持っている自分の身体を隠せるほどに巨大な金属製の盾にはその表面に相手を貫く鋭い円錐状の刃が幾つも付いている。

 それを両手に持っている事から並々ならぬ筋力だと分かる。

 今までどこにいたのか疑うほどにその外見は特徴的だ。

 

「何だ?」

「お前が……この中で一番強い」

 

 一言も喋らない異民族の中では異質とすら思えるほどに流暢に喋っている。

 どうやらこの男は俺を標的にしたようだ。

 

「それがどうした?」

  

 問いかけへの回答は実にシンプルだった。

 

「だから死ね」

 

 故に俺の答えもまたシンプルになった。

 

「死ぬのはお前だ」

 

 僅かなやり取りを終えると双盾の男は猛然と襲いかかってきた。

 

 右手の盾を振りかぶり、殴り付けてくる。

 ただの盾であっても鉄の塊である以上、その威力は高い。

 だがこの盾はさらに表面に殺意を形にしたかのような刃が幾つも取り付けられている代物。

 まともに受け止めれば、それだけで危険だ。

 

 俺は大きく後ろに跳躍して奴の攻撃を避ける。

 奴は振り下ろした盾を自らの身体を隠すように構え、俺目掛けて突進してきた。

 突撃槍でのチャージと同じ要領の攻撃だが、その射程距離は槍より短い。

 代わりに攻撃の面積は槍よりも遙かに広く、そして殺傷能力も高い。

 構造としてはとても単純だが、故にとてつもなく厄介な武器であり攻撃だ。

 俺が徒手空拳のみで戦っていたら、苦戦は必至。

 だが。

 

 俺は跳躍しながら腰の『四本』の棍を繋げて槍を越える長さにする。

 回収出来ず汜水関に置いていった四本目の棍。

 劉表らの陣を去る際に黄祖から自分たちが回収していたと言って渡された。

 

 改めてその事に深く感謝しよう。

 お蔭で俺はこの盾男に対処する事が出来る。

 

 こちら目掛けて突撃してくる男の盾目掛けて俺は腰を据え、力強く踏み込んで四本を連結させた棍での突きを放った。

 四本目まで繋げた棍は方天画戟や青龍偃月刀を越える長さで、扱いづらいがその長大な射程距離故の利点がある。

 盾に取り付けられた刃よりも長いという事。

 

「「ぎっ!?」」

 

 ガツンと鉄同士がぶつかり合う音と共に腕に走る衝撃による痺れが走るも、その場で踏ん張る。

 奴の突進はそこで止まった。

 俺はすかさず棍を引き戻し、盾に隠れ切れていない相手の足元を薙ぎ払う。

 

「っ!?」

 

 足を払われてぐらりと上体が揺らぐも踏ん張って堪える盾の男。

 俺は足元に注意が向いた男の盾目掛けて外した棍を一本投げつける。

 ガンという音で今度は男の意識が攻撃を防いだ盾、その先にいるはずの俺に向かう。

 相手の注意する場所が二転三転するその刹那の間に俺は盾の死角から背後に回り込む。

 そして男の無防備な背中側からその腹を両手でがっしり抱える。

 

「な、にっ!?」

 

 困惑する男の言葉を無視して、そのまま胴体を持ち上げ後ろに反り投げる。

 バックドロップ。

 両手に重量のある盾を持っている男の腕を取るのは難しかったが故のプロレス技だ。

 違うのは叩き付けるのがマットではなく固い地面であると言うこと。

 

 柔らかいマットの上ですら時に首や背中を痛め、打ち所次第では死ぬ事もある技。

 それを超人的な力を持つ俺が、地面に向けて使えばその結果はこの通り。

 

 男の後頭部は地面に深々と突き刺さり、かの有名な犬神家のスケキヨのような逆立ちのような姿勢になった。

 この世界の人間が如何に頑強であろうと地面に突き刺さるような剛力で叩き付けられて生きている可能性は限り無く低い。

 突き刺さった首の辺りには大量の血が飛び散っており、男の身体からは程なく力が抜けて頭が地面に突き刺さったまま大地にへたり込み、胸も上下していない事からも死んだのは確実だ。

 

 土煙を上げて叩き付けられて程なく無残な姿になった仲間の姿に流石の異民族たちも戸惑ったようだ。

 視線が瞬間的に俺に集中するが、その隙を逃す仲間たちではない。

 

「どこを見ているぅうううう!!!」

 

 馬超の怒号と共に繰り出された槍撃が棒立ちだった異民族を蹴散らした。

 続いて部隊の皆が雪崩れ掛かる。

 おそらく部隊での実力者だったんだろう盾男がいなくなった事で奴らは一刻と経たずに総崩れとなった。

 

「よし、俺たちも急ぐぞ。お前は伝令として本隊に異民族の事を報告しろ」

「御意!」

 

 部下の一人に命じ、馬超が空けてくれた馬の後ろに飛び乗る。

 

「わざわざ足止めがあったという事は都でもなにか起きている可能性が高い。急ぐぞ」

「ああ、振り落とされるなよ。凌操さん!」

 

 軽口と共に馬超が馬を走らせる。

 俺たちに続く蹄の音を聞きながら、少しずつ近付いてくる都を睨み付けた。

 

 そしてもうすぐ到着というところで轟音が辺りに響き渡る。

 火を見ても逃げないほどに調練された馬の足が思わず止まるほどの轟音に思わず耳を塞いだ。

 音の出所を見れば、城の方で火の手が上がっているのが見える。

 

「馬超、お前たちだけで先に行け!」

「分かった。街と民は任せる! 行くぞ、お前ら!!」

「俺たちは城下を見て回るぞ! 怪しい奴は問答無用で捕えろ! 責任は俺が取る!!!」

「「「「「応っ!!!」」」」」

 

 走り出す馬超たちを尻目に俺たちも城下へ走る。

 城で起きた爆発については気になるが、俺たちは俺たちに出来る事をやろう。

 まずは状況を確認する為にも予め決められていた民の避難場所を目指す。

 

 隊を数人単位で分けて数カ所の避難場所を巡り、情報収集を行いながら城下を練り歩く。

 そうして城下の探索を続けているうちに辿り着いた場所で。

 

「私の邪魔をするその愚か者を殺せぇええええええっ!!!」

 

 唾を飛ばし、半狂乱で叫ぶ妙に豪華な服を着た文官らしき男。

 ボロボロになって壁に寄りかかって俯いている一刀。

 そんな一刀に向かって兵士がトドメを刺そうと剣を振り上げる姿が目に入った。

 

 『ブチリ』と頭の中で何かが切れる音を聞いた気がした。

 

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