乱世を駆ける男   作:黄粋

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第十六話 錦帆賊と鈴の甘寧と。

 俺たち凌操隊が建業を発って早くも二日が経った。

 

 遠征と言う初めての本格的な任務に部下たちも緊張を隠せないでいる。

 賀斉などこの二日間、ずっと手と足が左右で一緒に動いていた。

 逆に宋謙殿などは気負った様子もなく平時と変わらないように見える。

 年期と経験の差と言う奴なのだろう。

 こればかりは早めに慣れてもらうしかない。

 一応、緊張している者たちに関してはフォローするようにしているがそれも完全ではないからな。

 

 

 俺自身はと言えば特に動きが鈍るほどの緊張は無い。

 前世で海外へ出兵した事もある身だ。

 たかが歩いていけるような土地への行軍では過度の緊張などない。

 

「地図によればそろそろ長江が見えてくる頃ですが……」

「そうですな。ほぼ全軍が歩兵で構成されておると言うのにこの行軍速度はなかなかの物です」

 

 呉の領内では馬は貴重だ。

 五村同盟で繋がっていた村ですら全体で二頭とその子供の計三頭だけしかいない。

 軍事に使用される馬などはさらに稀少だ。

 俺たち遠征軍には有事の際の早馬として五頭預かっているが、この数はそのまま建業軍全体の馬の半分にあたる。

 

 今の建業には馬を買うツテがないから馬の数が少ないのは仕方のない事だ。

 しかし今後、起こりうる群雄割拠の世を考えるならば軍馬の購入、飼育の本格化は急務でもある。

 美命や陽菜、蘭雪様も馬の重要性は充分に理解しているのでそちらは任せようと思っている。

 

 俺たちに出来るのは現状の戦力をいかに有効に扱うかであり、間違っても無い物ねだりをする事ではないのだから。

 

「鎧を着ての行軍訓練はこの一ヶ月でみっちり仕込みましたからね。とはいえ俺も含めてまだまだ未熟です。一ヶ月の練度でこれほどならばもっと伸ばす事が出来るでしょう」

「いやはや隊長殿の飽くなき向上心にはまっこと感服致しますぞ」

 

 雑談を交えながら、しかし歩く速度は落とさない。

 いわゆる早歩きによる行軍だが、これでなかなか体力を消費する。

 しかし二百名からなる凌操隊の面々は息切れ一つしていない。

 部隊の真ん中には食料と水を運ぶ荷車部隊がいるが先ほど確認した限り、荷車を引いている面々にも疲れはさほど見えない。

 体力強化と同時に筋力強化にも取り組んでいたお陰だ。

 

「あ、あの隊長!」

「どうした、公苗?」

 

 おどおどとした様子で俺の左隣に近寄ってくる賀斉。

 宋謙殿は彼女の事を娘のように思っているらしく、微笑ましげに彼女を見つめていた。

 

「澄んだ水の匂いがします。もうすぐ水場に着きますよ!」

「そうか、わかった。とりあえず今日中に最初の村に到着出来そうだな。公苗、皆にもうしばらくの辛抱だと伝えて回ってくれ」

「は、はい!」

 

 駆け足で去っていく彼女の背中を見送る。

 人見知りの激しい少女だったが調練漬けにした二ヶ月ばかりの間に部隊の連中とはどうにか話せるくらいにはなっていた。

 いろいろな意味で一歩前進と言った所だろうか。

 

「公苗も段々と隊の面々と打ち解けてきたようですな」

「そうですね。とはいえやはり緊張は解けていないようですが」

「なぁに、彼女を含めた我が隊はまだまだこれからの者たちの集まりですからな。地道な努力を怠らなければぐんぐんと伸びていきましょう」

「ええ、俺もそう思います」

 

 俺が任官する以前から隊の者たちと共にいた宋謙殿。

 蘭雪様や美命らとも長い付き合いである彼の俺たちを見る目はまるで父親のように優しかった。

 

「おお、見えてきましたな。大陸を流れる偉大なる大河『長江』が」

 

 俺たちが出たのは長江を見下ろす事が出来る高台だった。

 

「これが……長江」

 

 俺は初めて見る圧倒的な大河の姿に圧倒された。

 河幅がとてつもなく広く、向こう岸に渡るには小さな船では心許なく見える。

 かの赤壁の戦いでは数十万という曹操軍の兵とそれに相対する蜀、孫呉の連合軍がこの場所に船で並び合ったと言う。

 この雄大な大河は、戦の中にあっても勝敗の如何に関係なく死者を飲み込んだのだろう。

 まぁこちらの世界では赤壁の戦いは起こっていない訳だが。

 出来る事ならあの戦いを起こす事なく乱世を終わらせたい物だ。

 

「この雄大な景色を見ていると疲れなど吹き飛んでしまったように感じます」

「ふふ、まったくですな」

 

 部隊の誰もがしばし無言で長江の姿を見つめていた。

 

 

 予め美命たちが集めていた情報によれば、長江の近隣には村が幾つか点在している。

 村同士の交流が活発で長江で取れる魚などは取りまとめて近くの都市に売りに出しているらしい。

 水上交易も盛んだ。

 近隣の村同士のみならず上流から河の流れに乗って大陸の外の者たちが交易にくる事もあると言う。

 故に大陸にはない珍しい物が取り引きされる事も多いのだそうだ。

 そしてこの河は大陸に恵みをもたらす大切な水源でもある。

 なので長江の近隣には自然と豊富な水源を利用しようと人が集まり、必然的に村が多くなるのである。

 

 その村一つ一つを回るのも俺たちの任務だ。

 

 俺たちは今、長江近隣の比較的、大きな村に駐屯している。

 さすがに村の中に居座るわけにはいかないので、彼らの生活の邪魔にならない程度に離れた場所に即席の陣を敷いた。

 人数分の天幕と簡易的な柵しかない物だが夜を凌ぎ、次の場所に素早く移動する為には最適な代物だ。

 

 陣を敷いた後、俺と公苗、宋謙殿は村の村長宅にお邪魔している。

 他の隊員は周囲の警戒と村人からの情報収集に当たらせた。

 突然の来訪に最初は驚いていた彼らだが、俺たちが建業の孫堅配下の者だとわかると歓迎してくれた。

 この四年間の蘭雪様たちの治世が彼らに信用されていると言う証拠だろう。

 

「呉の領内にある村は全部で十。やはり上流から下流に下りながら見て回るのが最も効率的だな」

「そ、そうですね」

「村長、村の場所ですがこの地図の場所で合っていますか?」

「地図をお見せください。確認致しますので」

「お願いします。墨で点を打ってある場所が我々が把握している村の場所になります」

 

 白髪混じりの四十半ば程の男性に地図を手渡す。

 地図の見方に慣れていない彼に位置を説明しながら目を通してもらう事しばらく。

 村長は地図の内容に驚嘆のため息を漏らした。

 

「おおよそはこの通りで間違いありません。正直、これほど正確な情報をお持ちである事に驚きました」

「有能な軍師や文官がおりますので」

 

 返してもらった地図を改めて見つめる。

 この時代、地図と言うものは非常に貴重だ。

 飛行機や人工衛星があるわけでもないから上空から見た図などが取れるわけではない。

 人の足で行脚し、地理を把握し、それを地図にする。

 ノウハウなどまったくないその作業は口で説明するよりよっぽど難しい。

 

 基本的に地図は国が管理し、定められた厳重な規定を満たした者しか持つことが出来ない。

 国に対して邪な思惑を持つ人間の手に渡るのを防ぐ為だ。

 

 そしてその規定を満たした上で手に入れるには莫大な費用がかかる。

 だから貴重品に分類されている訳だ。

 

 勿論、俺が今持っている地図は国が管理している物ではない。

 美命を中心とした文官たちによる情報収集の成果であり自作の代物だ。

 国が管理すると定められてはいるが、それは国が『地図と認めた物』に限った話だ。

 こんな『落書き』を国は地図と認めはしないだろう。

 そもそも国の上役連中には落書きの一つ一つを調査して地図の精度を確かめる程の暇はない。

 こちらから国に報告を上げなければこれは落書き以上の物にはなり得ないのだ。

 

「ご協力感謝します。では次に……」

 

 その後、賊の被害や国に対する要望などを宋謙殿が一通り竹簡に書き記していく。

 しかし長江近隣は賊の被害が驚くほど少ない。

 美命が言っていた『義賊』の存在が治安の安定に一役買っていると見てまず間違いないだろう。

 

「では最後に『錦帆賊』について聞かせていただきたいのですが」

「き、錦帆賊についてですか?」

 

 その名前に村長の表情が強ばる。

 心なしか場の雰囲気も張り詰めたように感じられた。

 

「先に断っておきますが、我々は錦帆賊を捕まえようと考えているわけではありません」

 

 恐らく村長が考えているだろう推測を潰しておく。

 

「そう、なのですか?」

「はい。しかし先の言葉だけでは誤解させてしまうのも無理はありません。私の言葉が足りませんでした。申し訳ありません」

 

 あからさまにホッとした様子の彼に俺は言葉足らずを謝罪した。

 

 以前の建業大守を含めて長江に近い都市を任された者たちは一時期、錦帆賊討伐に躍起になっていた。

 彼らは義賊としてその名に恥じるような真似は決して行わなかったにも関わらず。

 

 俺たちとて建業と言う都市の一軍。

 錦帆賊討伐を再開したかと勘ぐられるのも仕方のない事だろう。

 

「私たちは錦帆賊と話がしたいだけです。彼らに対して害意はありません」

 

 蘭雪様以下、建業を預かる者たちとしては彼らを討伐する気などさらさらない。

 民の味方として行ってきた数々の功績から彼らを慕う者も多いのだ。

 そんな錦帆賊を討つとなれば民の反感を買うだろう事は容易に想像できる。

 

 色々と政治的な思惑が絡んでいるが実の所、それらは二の次だ。

 建業にとって何よりも重視される事実として、うちの君主様は彼らのような民の為に立ち上がる事が出来る者たちが『大好き』だという点だろう。

 討伐など彼女が建業大守である限りは絶対に行われる事はないと自信を持って言える。

 それでも蘭雪様の意思では、という注釈が必要になるが。

 

『錦帆賊と上手く会えたら同盟を結んでこい。長江の守りを私たちと協力して行う代わりに私たちは食料や武器を提供するって条件だ。勿論、あっちにはあっちの考えもあるだろうから断られたらそこまで。間違っても強引に事を進めようとするなよ?』

 

 あのシスコン暴走君主の素敵な笑顔と共に下された命令を思い返す。

 秘密裏にと言うのは世間的に賊である彼らと繋がりを持った事が他領地に発覚した場合、それを理由に攻め込んでくる可能性がある事に起因している。

 

『お前に限っては余計な心配だと思うが、接触はくれぐれも慎重に頼む。彼らの大半は不当な罪で国に追われた者。我々のような立場の人間は敵と言っても過言ではない。出来れば我々に降ってもらいたいがそういう事情からこちらの言う事にすぐ首を縦に振るとは思えん』

 

 次いで我が建業が誇る筆頭軍師の言葉を思い出す。

 

『重要なのはこちらの懐の大きさを見せつけ、今までの大守との違いを認識させる事であちらの信を得る事だ。初任務でなかなか難しい事をさせようとしているとは思うが、お前ならばやってくれると考えている。……期待を裏切ってくれるなよ?』

 

 最後の言葉は冗談めかしてはいたがその目は決して笑っていなかった。

 

 まったく、無茶な事を言ってくれる物だ。

 とはいえそこまで期待されているのならば、それに応える為に精一杯努力するべきだろう。

 

「……わかりました。私が知る限りの事をお話します」

 

 しばらく押し黙っていた村長だが、俺の目をじっと見つめた後、錦帆賊について語ってくれた。

 

 彼らが長江の村の暮らしを守るためにどれほど尽力してくれたのか。

 そして気さくで剛毅な人柄で通っている『鈴の甘寧』と彼を慕う気の良い配下たちの事。

 

 彼らの事を熱く語る村長の姿からこちらが所有している情報に間違いなどなく、彼らは正しく義賊なのだと言う事がよくわかった。

 

 そして最後に。

 村長は彼らが今の時期に長江を通じて下流へ移動する事も教えてくれた。

 どうやら定期的に長江を行き来する事で他の賊を牽制、威圧しているらしい。

 定期的にと表しているが、規定の日には必ず来ると言うだけで、実は他の日に抜き打ちで巡回に来る事もあるのだ。

 賊たちが巡回パターンを読んで行動した場合を考慮し、どうしても目立ってしまう船以外の移動手段で村に接触する事もあると言う。

 

 そして明日は定められた定期巡回の日であり、俺たちにとっては彼らと接触する絶好の機会だ。

 陣へ戻り、隊の者たち全員と相談。

 俺たちは長江の河川が見渡せる高台に陣を移し、錦帆賊が現れるのを待つ事にした。

 

 無論、何があってもおかしくない上に情報が浸透しにくいこの時代では口約束や習慣を根拠にした百パーセント信頼できる情報と言うものはほとんどない。

 故に不測の事態によって彼らが明日、現れない可能性も考えなければならなかった。

 集団で動いている以上、彼らをただずっと待ち続けるわけにはいかない。

 水は長江で補充可能、食料もある程度は現地で補填出来るだろうが村の狩り場を不必要に荒らすのは避けるべきだ。

 

 熟考した末、期限を三日と定めた。

 それだけ待って現れないようなら、副官でありその発言に説得力を持たせられる宋謙殿を含めて何人かを残して遠征を再開するつもりだ。

 

 結局、決めた期限も後の対応も翌日の明け方、村長の話通りに彼らが現れた事で意味がなくなったわけだが。

 

 

 

 俺と宋謙殿、部下数名は彼ら錦帆賊の甲板に上がっていた。

 義賊とはいえどう動くかわからない相手の領域に入るのは危険でないかと言う意見も出たが、こちらから出向く事で相手側の警戒を少しでも緩和する必要があると説き伏せている。

 

 俺たちと対峙するように集まっている錦帆賊たちは武器こそ構えてはいないがその目は警戒心に満ちている。

こちらが対応を間違えれば即座に切りかかってくる事は容易に想像出来た。

 

 唯一、俺たちに対して警戒心を露わにしていないのは錦帆賊の頭である『鈴の甘寧』を名乗る男だけだ。

 

 こちらが国の軍であると言うのにその態度には過度の緊張は見られない。

 良くも悪くも自然体のこの男はこの中でもっとも動向が読み辛く、手強い相手になるだろう。

 

「それで? 建業の双虎の遣いが俺たちに何の用だ」

 

 甘寧興覇(かんねいこうは)

 若い頃から気概に溢れ遊侠を好み、それが講じて仲間たちと錦帆賊を作ったとされる。

 もっとも錦帆賊と言う存在については演義の創作であったと言われているが。

 武将として歴史上に現れたのは劉表の部下である黄祖の元にいた頃だったか。

 もっともその頃は武よりも文を重んじる劉表に軽んじられ、大役につく事は無かったらしい。

 その後、紆余曲折あって孫権に降り、最終的に『孫呉に甘寧あり』と唄われる程の名将として歴史に名を刻む事になる。

 かなり激しい気性の持ち主ではあるが財貨を軽んじて士人を敬う人物であったと言う。

 

 

 俺が彼の歴史の中で最も重要視しなければならないのは『甘寧が凌操の死に関わっている』と言う史実だろう。

 色々と状況が違っているので、もはや俺の持つ三国志の知識は『未来予知』から『予備知識レベル』にまで価値を落としているのだが。

 とはいえさすがに自分の死に関わると言う知識に関しては軽視する事は出来ない。

 

「長江近隣の治安の現状についてふがいない大守達に変わって守ってきた貴殿らの意見をお聞きしたい」

 

 甘寧他、錦帆賊の目が驚きで点になる。

 たぶん事前に打ち合わせていた宋謙殿を除いて後ろに控えている者たちも似たような顔をしているだろう。

 

「おいおい、本気か?」

「冗談は時と場合を選ぶ主義です」

 

 俺が本気である事を察したのだろう甘寧は頭を掻きながらさらに言い募る。

 

「俺たちは義賊を名乗っちゃいるが国とは敵対してるんだぞ? 前の建業大守の軍とはやり合った事だってある。そんな俺たちに治安についてなんて普通聞くか?」

「賊から長江の村を守ったのは紛れもなく貴方達の功績です。むしろ前大守が貴方達を討伐しようとした事、今更ながらではあるが謝罪させていただきたい」

 

 俺はその場で膝を付き、頭を甲板の木板に押しつけて土下座した。

 

「真に申し訳なかった。そして本来、我々がしなければならなかった民の身を守ってくれた事、本当にありがとう」

 

 甘寧を含めた錦帆賊の面々が俺の行動に面食らっているのが見なくても理解できた。

 

「……あんた、変わった軍人だな」

「俺は民上がりの成り上がり軍人ですので」

 

 土下座をやめ、頭を上げて甘寧と目をあわせる。

 突き刺さる視線は相変わらず警戒心に満ちているが、戸惑いのような物が混じっているように感じられた。

 

「とりあえず立ちな。あんたが誠意って奴を示してくれたのは痛いほど伝わったからよ」

「わかりました」

「しっかし思ってた以上に面白いのな。建業の双虎が民側の事を考えた政治をしてるってのは聞いてたが、部下であるお前も負けず劣らず、だ」

 

 立ち上がる俺を見て笑いを堪えるように口元に手を当てて話す甘寧。

 

「聞きたいのはこの辺りの治安だったな。いいぜ、ちと長い話になるから腰を据えて話そう。ついてきな。後ろで警戒してる連中も一緒にな。結構、広い造りになってるからそっちから五人、こっちも五人で釣り合いが取れるだろ」

「お言葉に甘えさせてもらいます。宋謙殿、人選をお願いします」

「承りましたぞ、隊長殿」

 

 後ろで宋謙殿が指示を飛ばす声を聞きながら俺は甘寧と目を合わせる。

 

「なぁ、凌隊長って呼べばいいか?」

「刀厘で構いません。こちらも興覇殿と呼ばせてもらいますので。それで、なんでしょう?」

 

 甘寧は俺を真っ直ぐに見つめながら告げる。

 

「お前には守りたい物ってあるか?」

「あります」

 

 即答する俺に目を見開く興覇。

 やがて頬を掻きながら苦笑いした。

 

「俺は守りたい物を守り抜く為に生きていくと決めています」

「あははははっ! そうか、愚問だったな」

 

 笑い声を上げた後、彼は腰に差していた湾曲刀を俺に突きつけてきた。

 周りの空気が一気に緊迫した物に変わる。

 宋謙殿や部下達が武器を抜こうとするのを後ろ手で制止し、俺は彼から目を離さない。

 

「俺にも大事な物がある。もしもお前がそれに手を出したら……俺はお前を殺すぜ」

 

 本気で事を荒立てる意図がない事は彼の目を見ればわかる。

 これは錦帆賊と言う一団をまとめる者としての恫喝だ。

 組み易しと侮られ、こちらに都合の良いように利用されない為の甘寧の手管なのだろう。

 相手を選ぶ手段ではあるが俺相手ならばベストではないまでもベターな手段だ。

 ならば俺も建業遠征軍を預かる人間として、気圧される事などないように本気で応える必要がある。

 

「その言葉、そのまま返させていただきます。俺の大事な物に手を出したら地の果てまでも追いかけて……殺す」

 

 彼が突きつけている湾曲刀の切っ先に手甲を当て軽く弾く。

 キンっと言う甲高い金属音と共に俺たちは同時に緊張を解いた。

 

「腕も良いみたいだな?」

「鈴の甘寧に誉めていただけるとは光栄です」

 

 刀を腰に差し直した興覇に俺は右手を差し出す。

 意図を理解した彼は獰猛な獣のような笑みを浮かべると差し出した俺の手を握った。

 

「これからよろしく頼む」

「長い付き合いになる事を祈ります」

「俺もそう思う」

 

こうして俺こと凌刀厘は甘興覇と言う新しい友と出会った。

 

 


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