乱世を駆ける男   作:黄粋

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第三十話

 荀家の人たちを護衛する為に建業を出て二日。

 三日の行軍予定を僕たちは想定以上の速度で進軍していた。

 

 合流する予定の他領軍が派遣した荀家護衛軍はまだ姿を現さない。

 僕たちはすぐに撤収できるよう簡易的な陣を敷き、四方に広がる広野に油断なく視線を巡らせる。

 

「今んところは特に何も起こらねぇな」

「そうだね。でも油断は禁物だよ?」

「そんな事ぁわかってるよ」

「うん。その調子でよろしく。僕は美命様の所に行ってくる」

「あいよ」

 

 周囲の警戒を激の部隊に任せて僕は天幕の一つに入る。

 中ではこの辺りの地図を卓に広げている美命様の姿があった。

 

「慎か。周囲の状況はどうだ?」

「今の所、動きはありません。激の部隊が交代で監視を続けています」

「そうか。……ふむ」

 

 広げられた地図には幾つか筆で丸印が付けられていた。

 持ってくる前に確認した時には付いていなかったから、ここで広げている間に付けた物なんだろうと思う。

 

 今回の任務に関係がある事なのだろうか?

 でも丸印の場所は何の変哲もない平野ばかりだ。

 襲撃に適した箇所の印かもと考えたけれど、幾つかの場所はここから随分と離れているから今回の任務とは関係ない事のようにも思える。

 

「……ここも、使えるか」

 

 呟きながら美命様はさらに別の箇所を円で囲う。

 

 丸印の共通点はどの場所も他領との国境沿いになるという事と建業よりこの簡易駐屯地からの方が位置的に近いという事だけ。

 これだけの情報ではどういう意図があるのか僕にはわからなかった。

 

「……どうした、そんなに食い入るように見て?」

「え? あ、ああ、すみません。地図の中に書き込まれた印の意味を考えていました」

 

 どうやら僕は意識せずに美命様を見つめながら考えを巡らせていたみたいだ。

 これでは見られていると誤解されても仕方がないし、美命様にとても失礼だろう。

 

「ふふ、そうか。てっきり私の後ろ姿に見惚れでもしたのかと思ったぞ」

「か、からかわないでください」

 

 女性の艶やかさを含んだ悪戯っぽい笑みに僕の顔に熱が集まった。

 美命様は美麗な方だからそういう表情をされるとたとえ冗談だとわかっていても緊張してしまう。

 

「はははっ、すまない。お前はからかい甲斐があるからつい、な」

「はぁ……しかし何故、僕にだけこういう事を? 激や駆狼にぃとか標的になりそうな人は他にもいると思うのですが」

 

 本当にそこが解せない。

 男だからと言う理由なら激や駆狼にぃでもいいし、そうでなくても男の武官や文官だって結構いる。

 なのに美命様はこういう事をする相手は決まって僕だけなんだ。

 

「激はすでに塁と熟年夫婦もかくやの関係だからな。私も一途な二人をからかうほど底意地の悪い女ではないよ。駆狼の場合はあやつがその手の悪戯に慣れているのか、からかい甲斐がまったくない。他の武官や文官たちに手当たり次第こんな事をしていたら私がただの恥知らずになってしまう。だから口が堅く、この手の事に初々しい反応が望めるお前が標的になっているというわけさ」

「懇切丁寧なご説明ありがとうございます。でもできればやめてください」

「善処するさ」

 

 善処するだけでなくきっぱりやめてほしい。

 美命様にからかわれると深冬さんの機嫌が何故か悪くなってしまうし。

 

「ふふふ。さて話を戻すが地図に書き足した円についてだったな? とりあえずお前がわかっている事を言ってみろ」

「え? ああ、はい。その円が廣陵や淮南などとの郡の境目にある事はわかるのですが、他には特筆するべき所はありません。今回の任務とは到底関係なさそうな遠い場所にまで円があるので今回の任務で重点的に警戒する場所という訳でもないようですし……」

 

 僕がわかっている事を列挙していく。

 それほど多くの事を言ったわけではないけれど、美命様は僕の回答に満足したように微笑んで頷いた。

 

「そこまでわかっていれば十分だ。地図が全て見える場所に来い。説明しよう」

「はい」

 

 言われて地図が広げられた卓に近づく。

 天幕の出入り口からでは見えなかったけれど、僕が確認した個所以外にもかなりの印が付けられていた。

 

「まず言っておくとこれは今回の任務とは関係無い。次以降の献策の下拵えと言った所だな」

「下拵え、ですか」

「他郡がこちらに攻め込む事がないようにする為の監視用の砦を作りたくてな。この印はその場所の候補地になる」

「なるほど。だから砦の建設に不都合のある山間部などを除外した特筆すべき点のない平野部に印がついてるんですね」

「そういう事だ。既に手が空いた何人かに印を付けた場所が本当に建設に適切な場所かを調査してもらっている。さすがにここから遠い場所の調査は無理だろうが近隣くらいなら可能だろう。その情報を踏まえて戻った後に詳細を詰める予定だ」

 

 本当にこの方は凄い。

 貴族の方たちの護衛だなんて細心の注意を払わなければいけない事柄を前にして、さらに先の事を考えて行動するなんて。

 僕たちも文官として物事を一歩離れた場所から見る事には慣れてきたつもりだったけれど、ここまで冷静に物事に当たるなんてまだ出来ない。

 

「そこまで考えていらっしゃるなんて……」

「なに。成り上がりである私たちだ。何事も先を見据えて考えねばどこから足元を掬われるかわからん。とはいえ目の前の事柄を疎かにするつもりもない。荀家の護衛にも勿論、全力を尽くすさ」

 

 先ほどと同じ微笑みのはずだと言うのに今の美命様にはどこか凄みと言うか底知れなさと言うかそう言う物を感じた。

 

 なんて事はない。

 僕はまだまだ未熟で。

 僕よりも先を行く人は駆狼にぃの他にも沢山いて。

 ここにも一人いたと言うだけの話だ。

 目指すべき目標はまだまだ遠いけれど。

 

「ん? 誰か来たな」

 

 周りに聞かせるようなドタドタとした足音。

 

「公共様、祖隊長。北方より砂塵を確認。こちらに近づいてきています!」

 

 天幕越しの報告を受けて談笑で緩んでいた空気が引き締まった。

 

「旗はあったか?」

「はい、官軍旗を掲げておりました!」

 

 その一言で椅子に座っていた美命様は立ち上がり、足早に天幕を出る。

 勿論、僕もそれに続く。

 

「どうやら荀家とその護衛軍が到着したようですね」

「そのようだ。報告、御苦労。引き続き周囲の警戒を続けてくれ」

「はっ!」

 

 報告に来た兵士が去っていくのを尻目に僕たちは報告にあった北方に足を進める。

 

「やはり通常よりも早く姿を見せたな。小賢しい真似をする」

「建業で言っていた他領からの嫌がらせ、ですか?」

「恐らくな。私達よりも早く合流地点に来れば貴族を待たせた不心得者として私達を糾弾出来ると考えたのだろう」

 

 建業には敵が多いと言う事は知っていたつもりだ。

 日々、暗殺者や諜報員が送り込まれているんだから嫌でも意識せざるをえない。

 しかしこうして他者を利用してでもこちらに害を為そうとする連中がいると言う事実にはため息をつきたくなる。

 

「しかし、子供の嫌がらせのような物だが効果が見込める以上、馬鹿に出来た物でもない。まぁ私が指揮を執っている以上、付け入られる隙など作らんがな。あらゆる事態を想定し、対策を取ってこその軍師だ」

 

 確固たる自信に満ちて歩くその姿はとても綺麗だが、同時に敵に回した時の恐ろしさがあった。

 そんな美命様の様子に僕は思わず身震いしてしまう。

 

「さぁここからが本番だ。気を引き締めてかかれ、大栄」

「了解です。公共様」

 

 先に報告を受けていたのだろう激の背中が見えてきた。

 

 さぁ、ここからが本番だ。

 頑張ろう。

 

 

 

 

「なんとも厄介な事になったな」

 

 城に戻った俺は公盛を蘭雪様たちへの報告に走らせ、自室で桂花とあの男から渡された書簡に目を通していた。

 

 内容は端的にまとめるならば警告と謝罪だった。

 

 桂花を中心とした今回の騒動の裏には荀家内での内輪揉めとでも言うべき物があると言う事。

 

 現当主である荀爽や荀昆を頂点に置いた者たちとそれに同調する者たちの派閥、そしてそれに敵対する者たちの派閥。

 なぜ家が真っ二つに割れるような事になったかと言えば民草への考え方の違いらしい。

 

 荀爽たちは民草を共に歩む者と考え、反対する一派は自分たちに尽くして当然の『物』と考えているとの事だ。

 

 この子をしばらくこちらに預けていたのはこの派閥争いに幼い子供を巻き込む事を荀爽が危惧した為らしい。

 証拠はないが桂花が人攫いに遭ったのも反対派が荀爽の一派を混乱させる為の陰謀だった可能性もあると言う。

 もしもこれが本当ならば子供一人の人生をくだらん権力争いの生贄にした事になる。

 口減らしとして子供を捨てる、あるいは殺す親もいる時代だ。

 言ってはなんだがこの程度の事は当然のようにあるのだろう。

 

 しかし俺からすればふざけた話だ。

 

 この数カ月の間に派閥争いが落ち着いてきたので桂花の返還を申し出たという話だったのだが。

 この子の返還に動き出した途端、おとなしくなっていたはずの反対派の動きが活性化したので慌ててこちらに事情を説明する書簡(今、俺たちが読んでいる物だ)を荀昆が独自に雇っている密偵(俺に書簡を渡した男の事だ)に頼んで送ったと言う。

 

 その反対派の連中が今回の騒ぎに乗じて密接な繋がりを持っている廣陵郡の軍を使って何か仕出かす可能性があると言う事を教えたのが警告、荀家の内輪揉めに巻き込む形になって申し訳ないと言うのが謝罪の内容だ。

 

「ふむ……」

 

 内容を吟味するようにもう一度、読み返す。

 桂花も俺の横で椅子に座り、じっと何かを考えているようだ。

 

 

 今の時代の風潮を考えればこの反対派と言う連中のような考え方とて間違っているとは言えない。

 しごく平凡な民側の感性を持っている人間としては当然、良い気分などしないが。

 とはいえ手紙に書かれたこの情報が真実であるのかどうかが、相変わらず俺には判断が出来ない。

 荀昆が自分たちに都合の良い事を書いている可能性も十分にあり得るのだから。

 

 本音を言えば桂花の家族を疑いたくはないが、しかし何も考えずに信じる事が出来るような立場でもないのだ。

 判断一つ間違えれば最低でも自分と部下たちの命を危険に晒す事になるのだから。

 ならばこそ慎重に考えなければならない

 

 荀家についてこちらが掴んでいる情報は現当主が民を慈しむ人物である事と、かなり広い範囲に人脈を持っている事。

 よって成り上がりである建業側は遣いの者や今回のような一団に細心の注意を払って応対しなければならず、彼らの不評を買うという事は蘭雪様にとって命取りになりかねない。

 

 お家騒動の類についてはまったく掴めていなかったが、果たしてこれが事実なのかどうか。

 

 まぁお家騒動の有無がどうあれ、警戒するに越した事はない。

 現に何度となく桂花は命を狙われているのだから。

 

「しかし廣陵郡か。美命の情報収集は流石だな……」

 

 今回、荀家が桂花を迎えに来るに当たって美命は前もって廣陵郡を中心に情報収集をさせていた。

 そして今回の騒動が始まってから、こちらに話を通していた荀家護衛の人数を遥かに超える量の物資を集めている事を掴んでいる。

 荀昆からもたらされたこの情報が正しいと仮定するならば護衛の他に人員を動かすつもりなのはほぼ確実だろう。

 

 いや逆だな。

 こちらが掴んだ情報が正しいとすればこの書簡の情報の信憑性が上がるわけだ。

 少なくとも廣陵郡の連中がなんらかの企てをしている事はほぼ確定した。

 それが荀家絡みの物なのかどうかは関係ない。

 

 そして荀昆からもたらされた情報が全て正しかったとしても嘘が混じっていたとしても当面、俺達がやる事に変わりはない。

 今回の護衛で荀家一行を守り、そして桂花を無事に家族の元に帰す。

 

 結局の所、俺達がやる事はそこに帰結する。

 

「駆狼様……」

「どうした、桂花?」

 

 泣きそうな顔で俯く桂花。

 ああ、きっとこの子は俺達を巻きこんだと思っている。

 優しいこの子は自分が原因であると思い、俺達に申し訳なさを感じているのだろう。

 

 こうなる事は予測できたし、だからこそこの書簡は見せたくはなかった。

 しかしあの密偵が桂花のいる前で俺に書簡を渡したせいで誤魔化す事は出来ず、そのまま共に見る羽目になってしまった。

 その結果が小さな身体で精一杯、責任を背負い込んで震える少女の姿だ。

 

 俺もあの男も迂闊だったとしか言えない。

 しかし聡いこの子は遠からず事の次第を知ってしまうだろう。

 そう考えると今知った事が良い事なのか悪い事なのか……。

 

「駆狼様、申し訳ありません」

「……」

 

 懺悔にも似た絞り出すような声での言葉を俺は沈黙したまま聞く。

 

「私達の家の事で、建業の方たちに迷惑をかけてしまいました。助けていただいたご恩も満足に返せていないのに、この上さらに……ご迷惑を重ねてしまう事、本当に……申し、訳、あり……ません」

 

 謝罪の言葉が涙で滲む。

 それでも言葉を続ける桂花。

 こんな子供がこんな言葉を言わなければならない貴族社会と言う物に俺は本気で嫌悪感を覚えた。

 

「謝るな。俺達は打算でお前を助けた訳じゃない」

 

 その小さな頭を優しく撫でながら俺は言葉を続ける。

 

「そんな悲しい顔をしてほしくて助けた訳じゃない。苦しんでいたお前を助けたかっただけなんだ。貴族だなんだと言うのは所詮、後付けでしかない」

「う、ふぇ……」

 

 こんな気休めしかしてやれない自分の事を情けないと思った。

 

「だからお前が責任を感じる必要はない。これ以上、背負い込むな」

 

 そっと抱きしめ髪を梳くようにして頭を撫でる。

 本当ならば親でもない俺がするような事ではないのだろうが、この子が感じている重荷を少しでも軽くしてやりたかった。

 気休めに過ぎないとわかっていても、やらずにはいられなかった。

 

「ぐす……うう……」

 

 小さな手が俺の背中に回される。

 俺の胸に顔をうずめながら桂花は静かに泣き続けた。

 

 

 

 建業城に幾つかある会議室の一つに公盛から報告を受けた蘭雪様が主だった面々を招集していた。

 とはいえ仕事中の皆を全員集めて指揮系統に不具合があっては意味がない為、集まったのは蘭雪様、深冬、塁、俺だけだ。

 

「なるほどな。仕掛けてくるのは廣陵郡の連中か」

「まだ可能性が高いと言う段階なので断言するのは早計でしょう。これに乗じて他が動かないとも限りませんので」

 

 陽菜は文官側の職務に、祭は俺の代わりに城下の巡回に出ている為、今回は出ていない。

 勿論、この会議で決まった事柄は会議後に手分けして広める事になっている。

 

「確かに。もし他領からも襲撃があった場合、数の差で押し切られる可能性がありますね」

 

 俺は深冬の言葉を肯定する意味で頷く。

 

「それならやっぱり援軍が必要なんじゃ? 美命様に前もって言われていたから一応、援軍を出す準備は出来てますけど」

 

 続いて塁が案を出す。

 確かに増援を送るのは、数の差で追い込まれるような状況になった場合の対応策としてもっとも単純で有効だろう。

 美命もその可能性を考慮して準備をしていたのだろうからな。

 

「確かに塁の提案が現状で最も有効だろう。だが建業の守りを手薄にしたと思われるのも良くないだろう」

 

 しかし迂闊に軍を動かす事も出来ない。

 増援を出せばそれだけ建業の守りが薄くなると言う事でもあるからだ。

 どれだけの人数を動かすかにもよるだろうが、今も城下に蠢いているだろう間諜の類がこれを機に動き出す可能性もある。

 警備は厳重にしているが対策が万全だと胸を張る事は出来ない。

 何事にも完璧と言う物はないのだから。

 

「う、……それはそうだけどさ」

「かと言ってこのまま何もせずにいると言うのも……」

「ふむ……」

 

 塁と深冬の発言に顎に手を当てて考え込む蘭雪様。

 部屋が一時的に静まり返ったその時。

 ドタバタとこの部屋に近づく足音が全員の耳に飛び込んできた。

 

「ん? 誰か、来たようだな。随分、急いでいるが……」

「あ、私が様子を見てきます」

 

 塁が部屋の戸を開けて廊下に出る。

 

「韓隊長!」

「あ、どうしたの?」

 

 廊下に出た所で声をかけられたのだろう兵士に塁が応じる。

 

「美命様より遣わされた早馬より報告です!」

「っ!? わかったわ。文台様たちが中にいるからそこで報告して!」

「はっ!」

 

 塁が部屋に戻り、後ろに兵が続く。

 俺達も塁の後ろの兵士に注目した。

 彼は俺達を見て頭を垂れると前置き無しで本題に入る。

 

「ご報告! 公共様方は無事に荀家の護衛を引き継ぎ、これより建業に帰還するとの事! 尚、盗賊を名乗る者たちから二度襲撃を受けるも被害は無し。問題なく撃退しております!」

「ほっ、良かった……」

「さすがは公共様たちですね」

 

 塁と深冬は胸を撫で下ろすのを尻目に俺と蘭雪様は険しくなった目を見合わせる。

 

「やはり襲撃されたか」

「盗賊を名乗る者たち、と報告したと言う事は少なくとも美命は襲撃者を盗賊とは思っていないと言う事ですね。やはり偽装された軍隊だったのでしょう」

 

 今、受け取った情報を元に俺達は淡々と現状を整理する。

 

「『二度』と回数を報告してきたと言う事は美命はまだ襲撃されると考えているな」

「恐らくは。わざわざ『問題なく』と報告させた辺り、また襲撃があっても人数はそう多くないと考えていると思われますが」

「そうだろうな。……よし、盗賊に二度も襲撃されどちらも相手にならなかったという情報をすぐに城下に広めさせよう」

「あとは警備の強化だな。侵入してくる連中は勿論、城下から出る連中にも目を光らせておいた方がいいだろう」

 

 塁と深冬を見ると先ほどまで安堵で緩んでいた表情は既に引き締められ、俺達の言葉を一字一句逃さぬように耳を傾けていた。

 

「ではそのように。俺は文若の周りをより一層注意しておきます」

「ああ、あの子の事はお前に任せる。聞いていたな、義公! お前は警備を強化しろ! 君理、お前は今もたらされた情報を触れ回れ。こちらにとって有利な脚色をしてな!」

「「御意!」」

 

 返事を唱和させて二人が部屋を出ていく。

 報告に来た兵士も塁たちと共に出て行った。

 

「俺も行きます。桂花に家族が無事だと言う事を伝えなければなりませんので」

「ああ。……油断はするなよ? 私の勘では次に狙われるのはあの子だからな」

 

 孫家の勘。

 それは蘭雪様の代から出現したある意味で超能力のような代物だ。

 超能力のようと俺が表現したのはその精度。

 彼女らが勘と表現して告げた言葉は今まで外れた事がないのだ。

 

 実際に俺も何度か雪蓮嬢や蘭雪様がその勘を当てている姿を見た事があるから、その信憑性はかなり高いのだろう。

 とはいえ何の根拠もないソレを全面的に信用する事は俺には出来ない。

 指針の一つとして頭の隅に留めておく程度だ。

 

「心に留めておきます」

「ああ、頼んだぞ」

「御意」

 

 一度、蘭雪様に最敬礼を行い部屋を出る。

 目指すは桂花のいる鍛錬所。

 見知った兵が多く一目に付きやすい場所は暗殺には不向きだ。

 だから俺は公盛に他の兵たちを何人か共にして桂花とそこに行くように指示を出しておいた。

 

「美命、激、慎。皆……無事で戻って来い」

 

 呟いた言葉は風に流れて誰の耳にも届く事なく消えていった。

 


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