乱世を駆ける男   作:黄粋

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第三十八話

 盧植将軍は陣の中央に置かれた天幕の中で地図を見つめていた。

 挨拶に来た俺たちの事を伝える見張り番に応える声は思いの他低く、年相応の圧力を感じさせる。

 

 彼は朱儁将軍よりもさらに年上の男性だった。

 理知的な瞳、見事な口髭。

 文官が着るようなゆったりとした服装の上に鎧を着込んだその姿は静謐さの中に戦場を生きる者の苛烈さが見え隠れしている。

 

「貴殿らが建業の孫文台殿とご一行ですな? お初にお目にかかる、盧子幹と申す」

「既にご存じのようですが改めて名乗らせていただきます。孫文台と申します」

「建業にて政務を取り仕切っております、周公共と申します」

「建業にお仕えしております。武官の凌刀厘です」

「同じく武官の黄公覆です」

 

 地図から目を離し、一部の隙のない動作で俺たちを正面に見据える。

 朱儁将軍もそうだったが、彼も俺たちを見定めるように見つめていた。

 

「……うむ。噂に違わぬ力強い面差しだな。多少の運に恵まれていたとはいえ建業を発展させてきた実力に偽りは無いようだ」

「盧将軍にそのように言っていただけるとは。光栄ですな」

「ふふ、公偉の言っておった通り、あまり世辞は得意では無さそうだな。腹芸の一つでも身につけねばこれから先、いらぬ災いを呼び込むことになるやもしれんぞ?」

「……精進いたします」

「よろしい。……情けない話だが他の領地の者たちの集まりが悪いようだ。申し訳ないが一先ずは陣を敷き、そこで待機していてもらえるだろうか。追って伝令で指示を出そう。最悪の場合、我々だけで討伐に出る事も考えられるのでそのつもりでいてほしい」

「わかりました。それでは失礼いたします」

 

 代表して美命と蘭雪様が頭を下げ、俺たちも連れだって天幕を後にする。

 挨拶としては無難だっただろう。

 与えらえれた指示も現状では当然の物だ。

 しかしまさか勅命での初動がここまで遅れるとは、他の領地の連中は何をしているのか。

 

 

 結局、廣陵や他の領地から討伐軍が到着したのは俺たちが到着した翌日の事であった。

 彼らが到着する前の段階で、朱儁将軍らが秘密裏に出していた密偵により遅れた理由も判明している。

 

 奴らの一部は手柄を立てる為に功を焦り、合流する前に錦帆賊に襲撃をかけていたのだ。

 結果は惨敗。

 長江を知り尽くしていると言っても過言ではない錦帆賊相手に水上戦を挑んだ者たちは船を失い、戦力の三分の一を失うと言う散々な結果になったと言う。

 這う這うの体で逃げ出し、合流地点に来た彼らの姿は実に痛ましい物であったが原因がわかった今となっては同情の余地などなかった。

 

 奴らは山賊と交戦した為に合流が遅れたなどと言い訳をしていたが、奴らの軍に紛れ込ませていた間者によりあっさりと真実が露見。

 三つの領地から派遣された軍の責任者は処罰を受ける事となった。

 

 この事は朱儁将軍たちの早馬が都に伝えていっている状態であり、皇甫嵩将軍経由で朝廷に伝えられるだろう。

 これが十常侍への直の報告なら賄賂なりで独断専行の事実を握り潰される可能性もあるのだが、皇甫嵩将軍から曹家、袁家を含めた十常侍と敵対する一派に話が伝えられた上での報告ならば正しく情報を伝える事が可能なのだと言う。

 

 当事者たちは良くて罷免、悪ければ極刑もあり得るという話だ。

 なにせ朝廷が指名した指揮官の指示を待たずに行動した上に失敗したのだから。

 

 討伐軍として派遣されてきた者たちは既に顔面蒼白だった。

 自分の未来が良い物ではない事を理解していたのだろう。

 

 

 しかしあらかじめ自分の息のかかった者を余所の軍に紛れ込ませるとは、流石に朱儁将軍たちは抜け目が無い。

 軽々しく信用も信頼も出来ないこの時代だ。

 最低限の備えとしてそういう手段も必要だろう。

 

 恐らく建業にも間者がいるはずだ。

 明日は我が身と考え、間者によって行われる埋伏の計などにも気を付けなければならない。

 美命がその辺りを抜かるとも思えないが、この戦いが終わった後に今後の課題として相談するべきだな。

 

 

 功を焦った者たち以外は準備に手間取った為に合流が遅れたと言っていたが、正直な話これも怪しい。

 独断専行した者たちと錦帆賊たちが戦った後の漁夫の利を狙って先行したが、『錦帆賊の強さが予想以上だった』あるいは『先行した官軍が思った以上に弱かった』などの理由で手を出さずにこちらに合流したと言う可能性が高い。

 

 しかしそちらについて朱儁、盧植両将軍は言及しなかった。

 必要以上に戦力を減らす事を良しとしなかった事、出陣前にこれ以上どたばたして軍の士気を下げる事を危惧したのだと思われる。

 

 しかし勅命に対して独断専行を仕出かすとはな。

 前世の軍隊と比べるのは酷なのだろうが指揮系統がまるでなっていない。

 

 今回の事で情報伝達手段の少なさが不正を許す一因を担っているのは間違いない事がわかった。

 

 とはいえ通信手段の確保など不可能である以上、どうしても出来る事は限られてしまう。

 何か手段はない物だろうか。

 

 

 

 天幕に集まった各軍の指揮官たち。

 一応は軍議の席だが、実質的には独断専行を起こした者たちを糾弾する場となっていた。

 

 各陣営から参加する者について特に言われていない為、建業からは全員参加している。

 必要な指示は既に出しているし、部下たちならばきっちりと自分たちの仕事をこなしてくれるはずだ。

 

「朝廷からの勅命に反し、勝手な行動を取った愚か者どもに背中など預けられん。貴様らはすぐに各々の領地に戻れ。追って正式な沙汰を下す。それまで勝手に処断する事は許さんと貴様らの主にも伝えておけ」

 

 天幕の中に響き渡る静かな声。

 抑えきれない怒りが視線に乗せられ、問題行動を起こした淮南、廣陵、丹陽軍の責任者を射抜く朱儁将軍。

 その横に控える盧植将軍は怒りではなく、侮蔑を込めた視線を向けていた。

 

 問題行動を起こした者たちを糾弾しようと集まった他の領地の者たちは二人の将軍の発する圧力に飲まれてか、冷や汗を流しながら動向を見守っている者が多い。

 中には俺たちのように静かに状況を見定めている者もいる。

 

 

 朱儁将軍の視線がよほど恐ろしいのか、三人の武将は地面に顔をこすりつけて平伏しながら顔を青くして震えている。

 いずれも戦場に出る者としては若干、過度な装飾を施された鎧を身に着けている。

 見る限り、武芸に秀でているようには見えない。

 兵卒よりは心得があるように見えるし身体も鍛えられているようだが……一軍を率いる者としては足りないと感じた。

 

「以上だ。速やかに去れ」

「お、恐れながら申し上げます!」

「……なんだ?」

 

 話は終わりだと退去を促す言葉に真ん中にいた武将が声を上げる。

 奴は確か淮南の軍を率いている人物だったはずだ。

 

「淮南に仕える者としての誇りにかけてあのような賊徒に後れを取ったまま終わるわけには参りません!! 私どもは破れましたが奴らの戦力、戦術をつぶさに観察し、その全てを理解いたしました!! 二度と負ける事はありません。どうか私どもに再戦の機会をお与えください!!」

 

 往生際が悪い男だ。

 既に勅命に反し、独断専行という罪を犯しているというのに。

 自らの罪を帳消しにする為に手柄を立てる機会をよこせだなどと良く言えた物だ。

 このままでは未来が陰惨な物になる事が確定しているから形振り構わなくなっているのだと思うが、それにしても厚顔無恥にも程がある。

 

 蘭雪様、美命、祭は男の言葉に眉間に皺を寄せている。

 盧植将軍は相変わらず無表情だが、その瞳からはもはや侮蔑すらも読み取れなくなっている。

 そして朱儁将軍は。

 

「……ならば貴様の兵を率いて今すぐ錦帆賊を討ってこい」

「はっ?」

「再戦の機会をやろうと言っているのだ。貴様らの兵だけで、な。奴らの戦力、戦術を理解したのだろう? 二度と負ける事はないのだろう? ならば俺たちと共に行く必要などなかろう?」

「そ、それは……」

 

 恐らく男は口八丁でこの場を乗り切り、討伐軍本隊をどうにか出し抜いてなんらかの成果を上げて独断専行の件を有耶無耶にする腹積もりだったのだろう。

 

 酷く浅はかな考えだ。

 朱儁将軍は勿論、この場に集まったほとんどの者たちはこの男の考えを読み切っている。

 戦力と戦術を見切ったと言う言葉が虚勢に過ぎない事も。

 そもそもそのような慧眼を持った人物ならば功を焦って独断専行などしないし、仕込まれていた間者の存在をそのままにするはずがないのだから。

 

 将軍は相当怒っているのだろう。

 他軍と共に襲撃した結果、敗北していると言うのに今度は一軍でやれなどと言う辺りからも彼女の怒りは容易に読み取れる。

 

「どうした? 勅命に反する行動を取った貴様に機会を与えてやると言ったのだぞ? もっと喜べ。……それとも先ほどの言葉は虚言か? まさかな、朝廷より指揮を預かった俺と子幹に対して面と向かってそんな事を言えばどうなるかわからんはずがない。そうだろう?」

「あ、う……」

 

 浅慮が招いた結果と言えばそれまで。

 男の言葉と問いかけに即答できないその態度は、もはや道化にしかならなかった。

 

「本来なら貴様のような不忠者は即切り捨てる所だ。だが貴様の罪はもはや貴様だけの物ではない。貴様のような愚か者を勅命からなる討伐軍によこした淮南太守の罪でもある。先ほど言った言葉をもう一度だけ伝える。沙汰は追って言い渡す。それまで貴様らは己の領地にて謹慎していろ。貴様らに下される罰は朝廷が決める。自害など許さんし、勝手に裁く事も許さん。主君にもそのように伝えろ。勝手な真似をすれば朝廷への翻意と見なすともな……良いな?」

 

 奴らに同情などするつもりはまったくない。

 何もかもが自業自得なのだから。

 しかしあんな武将に従わなければならなかった、そしてその為に命を落としたのだろう兵士たちは不幸だと言わざるをえない。

 

「もう言う事はない。というより言わせるな。疾く去ね」

 

 もはや語る事は無いと顎をしゃくり、天幕の出入り口を指す朱儁将軍。

 蒼白を通り越して真っ白な顔に脂汗を流しながら三人の男は重い足取りで天幕を出て行った。

 

「この際だから言っておく。あんな醜態をさらすような奴はいらん。勅命を果たす自信が無い奴は今すぐこの場を去れ。邪魔だ」

 

 天幕の中に集まった者たちをねめつけるように睥睨する朱儁将軍。

 その視線に多少気圧された者はいるようだが、その場から去ろうとする者はいなかった。

 

「……ふん。まぁ去れと言われて去れるような立場の人間などいないか。だが俺は足を引っ張る輩が一番嫌いだ。錦帆賊は長年、各領地の軍を退けてきた手練れ。そんな連中を前にして足並みを揃えられない、指揮に従えないような奴は……即刻の打ち首も考える。忘れるなよ? 俺にとって貴様らの首を飛ばす事など容易いのだと言う事をな」

 

 一応の部下に放つ物としては過剰とも言える殺気。

 心臓の弱い者ならば倒れてもおかしくない程の物だ。

 それだけ今の言葉を本気で言っていると言う事だろう。

 

「さて改めて錦帆賊討伐についての戦略を立てる。子幹が説明するから意見がある者は言え」

 

 天幕の外から聞こえる追い出された武将たちの悲鳴のような退却命令を耳にしながら、ようやく本題へ話が進んだ。

 しかし先ほどの事もあり、将軍に対して意見するほどの気概がある者はいない。

 

 軍議は淡々と進んだ。

 二人が立てた策としてはこうだ。

 まずは長江の下流で船による待ち伏せを行い、錦帆賊の進路を遮る。

 複数の船で連中の船を囲い込み陸地に誘導、待ち伏せた本隊にて叩き潰す。

 水上戦では奴らに一日の長があり、数で有利とは言えども先走った連中のように返り討ちにされる可能性が高い。

 それほど水上戦の練度に差があるのだ。

 よって如何にして水上で戦う事を避けるかどうかがこの作戦の肝になる。

 

 どれだけ素早く彼らの船の動きを封じ込めるか。

 長く水上にいればそれだけ彼らに有利になるだろう。

 包囲を突破されればおそらく追い付く事は出来ないはずだ。

 

「先行した馬鹿のせいで船がいくらかやられている。当初の策では数で無理やりにでも奴らを囲い込むつもりだったのだがそれは出来なくなった、些か心許ないが最悪、船をぶつけてでも水上での奴らの動きを止める。多少でもいい、水上戦の心得がある者はいるか?」

 

 手は上がらない。

 ここで彼女の問いかけに答えると言う事は『錦帆賊との水上戦』に駆り出される事を意味するのだから。

 誰もが周囲と目を見合わすだけだ。

 

 俺に目を向ける蘭雪様と美命。

 そして二人の目配せの意味を理解した俺以外は。

 

「……僭越ながら申し上げます。多少ならば我々には船の扱いの心得があります」

 

 天幕の中の視線が全て声を出した俺に集まる。

 値踏みするような、見下すような、下卑た視線にさらされるが今は関係ない。

 俺は真っ直ぐ朱儁将軍のみに視線を向ける。

 

「ほう、凌刀厘。お前が名乗りを上げたか。文台と公共はどう思う?」

「確かにうちの軍で一番、船について知っている者はこやつでしょうな。朱儁将軍さえよろしければこやつに錦帆賊を地上へと追いやる役は任せていただけませんか」

 

 朱儁将軍の言葉にこぞって異を唱え始める参加者たち。

 

「新参者にこのような役割は荷が重い」

「もし失敗したら責任はどうとるつもりだ」

 

 などと後ろ向きな発言ばかりで、代替案の一つも上がってこない。

 ただ俺のような若造が出しゃばった事が気に入らないだけのようだ。

 なんという無駄な時間だろう。

 

「おい、貴様ら。我こそはと言う奴はおらんのか? 錦帆賊との直接対決だぞ? 文句を垂れるだけなら稚児でも出来る。こやつが先陣を切る事が不服なら代わりに名乗り出てみせろ!!」

 

 将軍の鶴の一声で俺や建業の人間に向けられていた怒声や意味のない中傷はなくなり、沈黙が天幕を支配する。

 

「ふん、名乗り出る気概が無いなら最初から異議など唱えるな。時間の無駄だ。……異議はないな? ならば錦帆賊を陸上に誘導する役割は凌刀厘に任せる。船がある者たちはこやつらが上手く奴らを抑えた所を見計らい、船で身動きが取れないよう囲い込んでもらう。意見のある奴は言え。ただし文句だけしか出てこないなら口出しするな。さっきも言ったが時間の無駄だ」

 

 先ほどから思っていたが朱儁将軍は随分と強引な話の進め方をする人物だな。

 自身が持っている権力を最大限利用して、有効な手段を取る。

 今この場にいる者の中で彼女と対等と言えるのは盧植将軍のみなので基本的にその言葉に逆らう事は出来ないからこその手管だ。

 

 異議を力で抑えつけるのは確実ではあるが、それでは正当性の是非を問わず不平不満は溜まっていくだろう。

 どうやら朱儁将軍は権力を背景にした今回のような手段を使う事に慣れ過ぎているようだ。

 

 今は俺たちに対して害意が無いからいいが、もしも何か不利な事を同様の手段で命令されれば断る事は出来ない。

 

 うちは太守も含めて中心人物のほとんどが新参者なのだから。

 太守になるにあたって助力した朱儁将軍は後ろ盾と言えるが、結局の所なにかしらの思惑があっての事。

 今の軍議の様子を見る限り、こちらの手綱が握れなくなったと判断すれば権力による強制を躊躇う事はないはずだ。

 

 現状ではどうしようもない事なのだが、これは建業の大きな弱点だ。

 今後どうにかしなければ真の意味での建業の安定は保障されない。

 朱儁将軍を後ろ盾にせずとも、建業を守れるようにならなければならないのだ。

 

 同じ事を考え弱点の克服がどれほど難題かを想像したのだろう、美命は苦い表情を浮かべていた。

 

 

 

 朱儁将軍の号令のもと、行動を開始した錦帆賊討伐軍。

 最初から躓いた形になってしまった為、行軍当初の士気はお世辞にも高いとは言えなかった。

 

 しかし長江で各々が用意した船に乗り込む頃には、軍全体に程よい緊張感と興奮に満ちた理想的な状態にまで持っていく事が出来た。

 他の軍はどうか知らないが、建業に関して言えば兵糧の開発も進めている。

 試験的に塩で味付けて長く保存出来るようにした保存食も持ってきているのだ。

 食の大切さを叩き込んだ俺の部隊を筆頭に、その士気は高い所を維持できているだろう。

 

「……隊長、錦帆賊は来るでしょうか?」

「来るさ。前菜代わりに雑魚を蹴散らして、あちらはもう臨戦態勢だろうからな」

 

 船頭で目の前に広がる長江。

 前面から目を離す事なく、麟の言葉に答える。

 

 元錦帆賊の部下たちは船の運航に集中してもらっている。

 船については俺たちよりも彼らの方が扱いに慣れているので任せている状態だ。

 いずれはそのノウハウも軍全体で共有しなければならない。

 

 勿論、思春もそちらの集団に混じっている。

 その時が来れば彼らにも戦ってもらう事になるだろう。

 

 

 錦帆賊の面々が正面から来るかどうかはわからない。

 見張り番には四方八方全てを監視するよう厳命した。

 加えてわざと長江の中心に船を走らせる事で、周りに監視を遮るような物はない状態だ。

 

 不審な船の姿があれば、すぐにわかる。

 俺たちと船二つ分程度距離を置いて行動している他軍の面々も警戒は密にと朱儁将軍から厳命されている以上、それなりにはやってくれるだろう。

 能力的に信用し切れないのが悲しい所だ。

 誰かが無能な味方ほど厄介な者はいないと言っていたが、今それを実感している。

 

「正面より船が三艘、接近中!!」

 

 今までの思考を頭の隅に追いやり、正面に目を凝らす。

 すると確かに船らしき影が近づいてくるのがわかった。

 

「来たか、錦帆賊。公苗、戦闘準備だ。他の連中にも敵襲来の合図を」

「はい!」

 

 徐々に近づいてくる船の影を見据える。

 恐らく俺と同じように船頭に立っているだろう男を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

「来たな……」

「三日前に来たのと同じ官軍の連中ですかね?」

 

 十を超える船が横並びになって正面に並ぶ姿は見ていて壮観だ。

 これで俺たちを仕留めようって連中じゃなけりゃ、良い肴になったかもしれねぇな。

 しかし俺たちを討伐しに来た連中だとわかっている以上、物見遊山って気分になれるわけがない。

 

「いや一艘だけ先行してる。あの走り、上手く上流からの河の流れを活かしてやがるな。あんな真似が出来るのは……」

「あ~、俺らの走法っすね。となると刀厘さんたちか若衆か、どっちにしても建業軍しかいませんね、そりゃ」

「ああ、前の雑魚とは違う。『敵』のご登場だ。……お前ら、手加減なんて考えるな。あとただで首をやるんじゃねぇぞ」

「わかってますよ、それじゃ最期の号令をお願いしやす」

 

 腰に下げていた愛刀を肩に担いで振り返る。

 今までずっと一緒に錦帆賊をやってきた仲間たち。

 操舵をやってる奴ら以外は皆が甲板に集まっていた。

 よく見りゃ並走している二艘に乗っている連中までこっちを見てやがる。

 ほんと最高の仲間たちだよ。

 

 

 敵とも呼べない雑魚を相手に完勝したところで何の意味もない。

 俺たちへの手向けは、『真実を知る者たちがいると言う事実』と『死力を尽くした敗北』だ。

 

 

 駆狼には苦しい言い訳をしちまった。

 

 替え玉なんて都合の良いもん用意するわけがねぇ。

 仮にそんなもんを用意出来たとしても、使わなかっただろう。

 俺たちはこの戦で散るつもりなんだから。

 

 あいつも指摘してこなかったが、気付いてるはずだ。

 

 ここで無様に逃げ延びて、それがばれれば被害は俺たちだけに留まらず、余所の領地やらその辺の村にまで飛び火するかもしれねぇって事を。

 『錦帆賊狩り』と称して、悪さを働く奴が必ず出るはずだ。

 

 だから俺たちは『全員』死ななければならない。

 今まで派手にやってきた代償として。

 

 今更、死ぬことは怖くない。

 危ない橋も、修羅場も潜り抜けてきた。

 何度も何度も戦って、仲間は次々に死んでいったし俺も傷を負ってきた。

 

 仲間たちも同じ気持ちだ。

 逃げるなら今のうちだと、若い連中をあいつの所へやる前に言ったがこいつらは逃げようとしなかった。

 最期のその時まで錦帆賊として生きたいだなんて嬉しい事を言ってくれた。

 

 なら俺がどうこう言う事じゃねぇ。

 

 俺が今から考えるのは二つだけ

 雑魚をなるべく叩き潰す。

 そして出来れば……駆狼と本気でやり合う。

 

 

 駆狼は強い。

 初めて出遭ったあの時から知っていた事だ。

 そんなあいつと本気で殺し合い、その果てに敗ける。

 

 その様を思春に見せてやりたい。

 お前の父親は最期まで誇りを持って逝った、と。

 死ぬその瞬間まで戦い抜いたぞ、と。

 

 それが俺の最期の望み。

 

 あいつと、昔の仲間たちと、そして思春が討伐軍に組み込まれてるのは知っている。

 周勇平とか言う、明らかに斥候という空気を纏った男が教えてくれた。

 普段ならそんなぽっと出の男の言う事なんて信用しない所だが、奴の情報と俺たちのかき集めた情報に違いがなかった事からその腕については信用する事にした。

 

 俺たちの為に今にも泣きそうな顔をした駆狼が。

 あれだけ義理堅くて律儀な男が、俺たちとの直接対決を避けるとは思えねぇってのが一番でかい理由だが。

 

 まぁもしもあいつらがいなかったらそれはそれで運がなかったと思う事にするさ。

 今更、引けるわけもねぇ。

 

 

 思春は駆狼を好いている。

 悔しいが俺に対してと同じくらいに親愛の情であいつの事を慕っている。

 

 俺がいなくなっても、駆狼が思春を支えてくれる。

 そういう確信があった。

 親としちゃ大人になるその時まで一緒にいてやりたかったけどな。

 

 

 駆狼。

 思春に俺の生き様を見せる為にも。

 殺されないように本気で俺たちを殺しに来い。

 

「野郎どもぉおおおおおおおお!!! 派手に行くぜぇえええええええええええええええええええ!!!!!」

「「「「「「「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 錦帆賊最後の怒号が長江中に響き渡った。

 

 

 もし駆狼が俺に殺されたら、その時は。

 ……その時になってから考えるか。

 勝負事に絶対はねぇからな。

 


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