乱世を駆ける男   作:黄粋

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 今回から登場する武将『ホウ徳』のホウの漢字は環境依存文字で携帯やスマフォでは見れない為、他ゲームでの表記を参考に『鳳』とさせていただきます。
 ご理解のほどよろしくお願いします。
 それでは本編をお楽しみください。


第四十七話

 俺たちの出迎えに現れたのは俺たち全員と顔見知りになっていた馬岱。

 そして彼女の供として着いてきた男性だった。

 華のある彼女とは良い意味で対照的な『大柄で無骨な風体をした男性』は名を『鳳徳』と名乗った。

 

 

 鳳徳令明(ほうとくれいめい)。

 馬騰に付き従い、羌族などの異民族を撃退する事で名を上げた勇将。

 一説によればその実力は他の軍勢にも高く評価され、人材マニアであったとされる曹操も欲したと言われている。

 馬騰の死後は馬超に付き従っていたが、袂を分かち曹操に帰順。

 短いながらも彼の元でその腕を存分に振るい、最後は関羽とぶつかり合い敗れ去った末、降伏を良しとせずに討たれたと言われている。

 

 

 名乗られたのでこちらも改めて名乗る。

 当然だが会ったその場で真名を交換するような者はいなかった。

 

 そして馬岱は昨日の事もあってか無邪気に声をかけてくれているが、鳳徳は彼女の護衛も兼ねているようで彼女の後ろから俺たちをじっと監視していた。

 俺たちが怪しい動きをすれば即対応出来るように。

 

「鳳さんが無愛想でごめんね、おじ様。あたしたちにもあんな感じだから気にしないで!」

 

 どうやら彼に愛想がないのはいつもの事のようだ。

 だが俺たちにはわかる。

 馬岱を見つめる鳳徳の目には保護者が持つ暖かさがあるが、俺たちに向けての視線にはそんな物は存在しない。

 

「それじゃ着いて来てね!」

 

 馬岱が率先して前を歩き、俺たちを城へと案内する。

 思春はどうやら俺たちの後ろにいる鳳徳の監視を警戒して俺と陽菜と鳳徳の間に陣取り、常に武器に手を添えていた。

 元々、鋭い瞳は一層鋭く雰囲気もピリピリとしている。

 

「馬岱ちゃん。わざわざお迎えありがとう」

「そ、そんなお礼を言われるような事じゃないです! 叔母様に頼まれただけですし!」

「あーう~」

「うふふ、ほら凌統も貴方にお礼を言ってるわ」

 

 この雰囲気に気付いているのかいないのか、前方の二人は実にのんびりとした会話をしている。

 

「おじ様。この二日間は何をしていたの?」

「家族皆で街を見て回っていたぞ。活気があって良い所だな、ここは」

「でしょでしょ! やっぱりおじ様は話がわかる!!」

 

 馬岱に振られる話題に応えながら、後ろの二人の挙動を警戒する。

 心配なのは監視である鳳徳に対して思春が過剰反応しないかどうかだ。

 良くも悪くも思春は幼く精神的に未熟で、心理的な駆け引きはまだ無理。

 俺たちを守ろうとする余り衝動的に武器を抜いて交渉に支障を出すなどあってはならない。

 

「甘卓。そう殺気立つな。彼は監視はしていても危害を加える事はない。俺たちは一応客だからな」

「……しかし」

「一先ず武器から手を離せ。彼は当然の事をしているだけだ」

 

 前の二人が談笑している間に、思春を諌める。

 渋々と武器に添えていた手を離す彼女に、俺はため息を零した。

 

「令明殿、護衛役が失礼をした」

「いえ……。私の態度が彼女の警戒心を煽ってしまったので。こちらこそお客人に対して失礼をしました」

「あ……こ、こちらこそ申し訳ありませんでした」

 

 歩きながらではあるが頭を下げる彼に、思春は慌てて頭を下げ返す。

 そんなやり取りに気付いた陽菜と馬岱がこちらを振り返った。

 

「あら、どうかしたの?」

「? あ! もしかして鳳さん、何かしたの!?」

 

 声をかけてくる二人になんでもないと三人で誤魔化す。

 そんな先行きが不安になるようなごたごたを交えながら、俺たちは西平城目指して歩き続けた。

 

 

 

 城に到着してからはあっという間に謁見の間に通された。

 華美な装飾の見られない内装は、やはり建業と近い。

 生粋の武人と噂されている馬騰の性質は、どうやら本当の事のようだとわかる。

 

 そしてその場で待ち構えていた者たちはいずれも眼光鋭くこちらを見つめていた。

 心臓の弱い者では耐えられないだろう威圧感があるが、こちらもそれ相応の力は持っている。

 陽菜も前の世界で生きていた頃から異様に図太い神経で、こちらで生きるうちにその太さに拍車がかかっている。

 ぶっちゃけた話、建業の連中と大差ないので今更気圧されるような神経はしていない。

 思春と俺もそう変わらない。

 俺に至っては地元に帰ってきたような安心感を抱くくらいである。

 ちなみに玖龍は城にいた世話人に預けている。

 と言ってもこの場にいないわけではなく、邪魔にならないよう隅に控えて子の面倒を見てもらっている状態だ。

  

「突然の来訪、まずは謝罪をさせていただきます。そしてこのような席を設けていただけた事に感謝を。私は孫幼台。浅学非才の身ではありますが建業にて政務に携わっている者です」

「あたしがここをまとめている馬寿成だ。あんたらの噂はこっちまで届いてる。非才なんてな、謙遜が過ぎるというもんだぜ」

 

 玉座に座る女性は挑発的で子供っぽい笑みと共に名乗りを上げた。

 馬岱と同じ長髪をポニーテールにし、戦場で鍛え上げらても尚、女性らしさを損なわない見事な身体をした女性。

 しかし見た目に騙されれば痛い目を見るというのはこの世界の名のある者に共通した事項だ。

 現に目の前で玉座に座っている彼女からは並々ならぬ強さが感じ取れる。

 おそらく蘭雪様と同等。

 あの方がこの場にいたら即座に試合の申し入れをしていただろう。

 男なら放って置かないだろうが、彼女にも年頃の娘がいる。

 と言う事は事は少なくとも俺よりも年上で最低でも三十路は越えているはずなのだが、どれほど失礼な見方をしても二十代後半にしか見えない。

 蘭雪様や美命、祭の母親の豊さんといい、どうしてこの世界にはこうも年齢詐欺な女性が多いのか。

 

「でこっちの二人が……」

 

 俺のどうでもよい疑問など露知らず。

 馬騰は両隣に控えていた男女に視線で挨拶を促した。

 

 先に前に出たのは野暮ったい無精ひげに髪を後ろで束ねた中年の男性だ。

 

「韓文約だ。寿成の補佐をしている」

 

 なるほど。

 この男があの韓遂か。

 

 

 韓遂文約(かんすいぶんやく)。

 後漢末期における涼州・関中軍閥の中核を担った人物であり、その生涯に亘って涼州の覇権争いを続けた豪の者。

 中央とも敵対を続け、皇甫嵩や董卓とも刃を交えた事がある。

 馬騰とは董卓の乱以降に意気投合し、義兄弟の契りを結ぶほどに親しい関係だった。

 しかし涼州の覇権を巡って敵対、韓遂は争いの最中に馬騰の妻子を殺害している。

 紆余曲折あって馬騰と和睦するものの、馬騰は後に死去。

 その子である馬超と共に曹操と敵対したが、曹操の仕掛けた離間の計によって馬超に曹操との仲を疑われ敗退。

 最期は曹操に帰順しようとする一派に殺害され、首を差し出されたらしい。

 個人的な感想としては史実に残るほどの戦果を残しているが、あまり注目はされない人物だ。

 

 

 俺の知る歴史の流れでは孫呉と関わる事はないが、決して油断は出来ないだろう。

 今回の交渉が上手く行けば今後も関わるのは間違いないのだから。

 領土の長を補佐する立場を公言できるほどに馬騰の信頼も篤いのだ。

 その実力も信頼されていると見て良い。

 

「あ、あたしは馬寿成の娘の馬孟起です!」

 

 緊張に声を上ずらせる少女。

 母親をより幼くした顔立ちにお揃いのポニーテール。

 馬騰と生き写しと言っても過言ではないほどに似た空気を纏う少女だが、緊張でぎこちない所作になっている姿はむしろ微笑ましい。

 彼女が将来の五虎将軍の一人か。

 

 

 馬超孟起(ばちょうもうき)。

 その雄姿から錦馬超と呼ばれた三国志時代で有名な将軍の一人だ。

 父である馬騰の死後、関中における独立軍閥の長の座を父から引き継ぎ曹操に服属していたが、後に韓遂と共に反乱を起こす。

 離間の計によって曹操に敗れてからは各地を放浪し、その末に益州の劉備の下に身を寄せ、厚遇を受けた。

 実の所、劉備に帰順するよりもそれ以前の方が史実に残っている武将だ。

 漢中攻防戦以降、彼の動きは精彩を欠いていたと記されている。

 曹操暗殺に関わった事で一族のほとんどを殺されている事から彼への憎しみは根強かったという記述は多い。

 

 

 そんな向かい風の多い人生を送る人物が、こんな少女だという事実に俺は何度目かのやり切れない気持ちを抱いた。

 どうしてこう俺よりも年下の少女ばかりが三国志という激動の時代を生き抜く立場になってしまっているのか。

 ここは俺の知る歴史の世界ではないと割り切らなければいけない事はわかっている。

 しかしこうして事実を目の当たりにするとどうしても思ってしまうのだ。

 未だに残る俺の悪い癖だ。

 

 俺の気持ちを他所に謁見は進む。

 

「噂は西の果てであるここにも届いてるぞ。お前の事ももちろんだが双子の片割れである孫堅に側近である周異、そして錦帆賊討伐にて一気に名を上げたそこの男の事もな」

 

 そこまで言い、馬騰は俺へと視線を向ける。

 好戦的なその視線を受け止め、俺は深く頭を垂れて名を名乗った。

 

「凌刀厘と申します。此度、私は幼台様の護衛をしております。こちらは同じく護衛の甘卓」

「甘卓と申します」

 

 俺の挨拶に続き、思春は頭を垂れたまま最低限の言葉を発する。

 その声が僅かに震えている事が俺にはわかった。

 馬超のように声が上ずる事はなかったが、やはりこの子も領主との顔合わせに緊張しているのだ。

 

「おう、よろしくな! 建業の双虎とも会いたかったがお前とも会ってみたかったんだよ、私は。何用で来たかは知らんが西平はお前たちを歓迎しよう」

 

 驚くほど素直に感情を乗せて言葉を紡ぐ馬騰。

 

「では我々が来訪した目的についてこちらの書簡をご覧ください」

 

 この場にいる全員の目に見えるようにゆっくりと懐に仕舞っていた竹簡を取り出し、最も近くにいた文官に差し出す。

 文官は慎重にその書簡を受け取り、異常がない事を確認するといそいそと馬騰の元へ向かい恭しく差し出した。

 

 受け取った書簡を無言で開き、目を通し始める馬騰。

 沈黙した広間に書簡が床を叩く乾いた音だけが響く。

 

「なるほどなぁ。文約、ほら」

「おう」

 

 後ろ手に突き出された書簡を慣れた手つきで受け取り、最初から読み始める韓遂。

 馬騰は内容を頭の中で吟味しているのか、神妙な表情で考え込んでいる。

 

「ふむ。なぜこの時期にこんな所まで遠出したのかと思っていたが、軍馬の買い付けと調教師の技術提供とはな」

「涼州が最も得意とする分野だと考えれば、遠出する理由としては充分でございましょう?」

「過信でもなんでもなくうちの馬は大陸一だからな。その技術を欲するという気持ちはわからんでもない。しかし……」

 

 馬騰は俺たちの真意を見透かそうとするかのように鋭い瞳を向けてきた。

 

「軍用に使えるヤツを百頭、さらにその百頭の世話とその技術を伝授する調教師のそっちへの貸し出し。これに対してお前たちが出す対価は食料の提供と長期保存可能な作物の育成方法の伝授。長期的な目で見ればこちらがかなりの益を得る事になると思われるが……これはどういうつもりだ?」

 

 西平は荒れた土地だ。

 食料自給率は中央や南の領土とは比べ物にならないほどに低く、よって食料の備蓄もスズメの涙ほどしかない。

 よって食料のほとんどを他領土からの輸入に頼っている状況だ。

 そうであるが故に他領土に強く出れず、便利屋のように使われる事も多い。

 このままでは飢饉などの食糧難が起きた時に酷い被害を被るだろう事は明白だ。

 

 この食料問題が解決すれば、単純な食料の備蓄問題のみならず今まで下手に出ざるを得なかった交渉で、多少は強く出る事も可能になるだろう。

 食料の生産が安定するまで時間はかかるが、その将来的な効果は絶大だ。

 

 自分たちに有用過ぎる交渉をしてきた事。

 そこにあるだろう理由を馬騰は問いただしたいのだ。

 

 そんな彼女の圧力の伴った問いかけに思春が身体を硬直させる。

 陽菜と俺は柳に風とばかりにその圧力を受け流している。

 

「建業としては今回の件が上手くまとまった場合、西平との末永い付き合いを望んでおります。この交渉はその為の第一歩でございますれば、持ちかけたこちらが譲歩するのは当然の事です」

 

 陽菜の発言に、周囲で話を聞いていた者たちがざわめき出す。

 馬騰たちも明け透けな陽菜の言葉に、目を丸くして驚いていた。

 

「そいつは建業として西平と同盟を組みたいって事でいいのか?」

「その通りです、文約殿」

 

 慎重な韓遂の問いかけにも陽菜は即答だ。

 真意はともかく、こちらが西平との同盟を望んでいる事は理解したのだろう。

 韓遂は何事か考え込む為に目を閉じ、会話から外れた。

 

「……正直なところを聞きたいな。この三日ばかりでここを見て回ったと聞いたがどう思った? ああ、刀厘。お前も答えてくれ」

 

 突然の馬騰の言葉に俺たちは揃って驚く。

 何を思っての言葉か、その裏は読み取れないが問いかけには答えるべきだ。

 

「民に活気がございました。活気の良い客引きの声、辺りを駆け回る子供たち、兵士たちと談笑する民。民と兵に垣根の少ない親しみやすい場所なのですね」

 

 陽菜の手放しの賞賛に、傍に控えていた馬超が誇らしげな顔をした。

 

「恐れながら……その実、売られている物の値段は他の領土に比べてやや高い傾向のようですね。他からの輸入に頼っている為でしょう。貧富の差はさほど無く今は落ち着いているようですが、だからこそ皆が同じ苦しみを味わっている状態と言えます。それでも暴動や不満が出ないのは貴方方、城の人間たちも同じ状態であると垣根を作らないが故に民も知っているから、でしょう。苦労を分かち合うと言えば聞こえは良いのでしょうが、しかし今の状態では飢饉などの大きな問題が起これば信頼関係が一気に瓦解する恐れがあると愚考します」

 

 続けての俺の言葉を韓遂、馬騰以下の文官たちは難しい顔をして聞いている。

 馬超や馬岱は酷評とも言える俺の言葉に不満げな顔をしているが、指摘された事に心当たりがあるようで俺に食って掛かるような事はなかった。

 

「何かが起こる前に対処する案としての作物の代価、か。そこまで先を見据えている。どうやらこの話は本気と見て良さそうだぞ、寿成」

「そうだな。これだけこっちに良い条件だと私としては腰の据わりが悪いんだが……まぁこの借りは同盟が成ってから返させてもらうとするか。こいつら見る限り、すぐに破棄するような軽い関係で終わりそうにないしな」

 

 韓遂との相談を終え、俺たちを見つめてニヤリと笑う馬騰。

 その楽しそうな笑みと態度、そして言葉が、交渉が一段落した事を俺達に教えてくれた。

 

 

 

 謁見が終わり、俺たちを取り囲んでいた武官文官が自身の仕事へと散っていった後。

 この場には俺たちと馬騰、韓遂、馬超、そしてなぜか馬岱と鳳徳が残っていた。

 

「さて、畏まった席は終わった。お前らも普段通りにしていいぞ」

「お前、ほんといい加減にしろよ。まだ客人がいるだろうが」

 

 気を抜いて玉座に背を預けて伸びをする馬騰に、韓遂が頭痛を堪えるように右手で額を押さえながら苦言する。

 

「いいんだよ。もうこいつらは客人じゃない。同盟相手だからな。同士に遠慮なんぞいらんだろ」

「今、目の前にいるのは一国の代表としている人間だぞ。親しい仲にも最低限の礼儀ってもんがあんだよ、馬鹿」

「こいつらはそんなの気にしないっての。大体、刀厘の方には姪っ子が世話になったんだ。その礼くらい西平太守としてじゃなく親族として言わせろよ」

「えっ!? 私!?」

 

 突然の名指しに馬岱は素っ頓狂な声を上げる。

 視線が自然と彼女に集まり、慌てて右往左往している姿はなんとも微笑ましい。

 

「ああ。何か悩んでいたのは知ってたんだがな。何に悩んでるか聞いてもはぐらかすばっかりでどうしたもんかと思ってたんだよ。それが三日前から急に元気になっちまって……何があったか調べてみれば赤ん坊を連れた逞しい男と話してたって言うじゃないか。その男ってのはお前の事だろう、刀厘?」

 

 疑問ではなく確認と言った調子の言葉に、まぁ隠す必要もないので俺は肯定の意を返した。

 

「三日前、彼女と話していた子連れの男と言うのはほぼ間違いなく私でしょう。ただ私は彼女が子供に興味を持った様子だったので少し話をしただけです。息子も彼女の事を気に入った様子ではしゃいでおりましたし、お礼を言うのはこちらの方です」

「あ、そんな事はないです! 私、刀厘様とお話出来てとっても嬉しかったし、気が楽になりました!」

 

 顔を真っ赤にして恐縮する馬岱。

 その様子をニヤニヤとしながら見ている馬騰。

 視界の端にはなぜか面白くなさそうな顔をした思春が見えた。

 

「ま、そういう事だ。こいつが感謝してる。実際、目に見えて調子が良くなった。だから家族として礼を言わせてくれ。ありがとう、刀厘」

「……そういう事なら、今この場だけは一個人として家族を思う寿成殿の感謝の言葉、受け入れさせていただきます」

 

 そう言って頭を下げるも、馬騰は何が不満なのか唇を尖らせて唸り声を上げる。

 

「まだ堅いぞ。普段通りでいいって言っただろう」

「……文約殿、いかがすればよろしいか?」

 

 流石にここまでしつこく言い募られると困ってしまう。

 一先ず補佐である人物に水を向けると、彼は眉間を揉み解しながらこう言った。

 

「あ~、すまん。他の連中には俺の方から広めておくからこいつの道楽に付き合ってやってくれないか? いつまでもこれじゃ話が進まん。この件を理由に俺たちが建業に何かする事はないと涼州豪族を纏め上げる者として誓う」

「……なんと言いますか、苦労されているのですね」

「すまん。同情が逆にキツイ」

 

 そんなやり取りを経て俺たちは公の場以外ではその場に集まった者たちへの敬語や畏まった態度を取らないという事になった。

 常に緊張する必要はなくなったが、どこまでなら許されるのかのという線引きが曖昧で逆に気を遣う事になるかもしれんな。

 

 少しばかり今後に不安を残しつつも交渉は無事に成功した。

 しばらくは城に滞在する事になる。

 既に宿は引き払い済みだ。

 

 宛がわれた部屋は質素ながらも、生活に必要な調度品は揃っていた。

 これならば玖龍もストレスを感じる事はないだろう。

 

「ふぅ~、まずは第一段階完了というところかしらね?」

 

 陽菜は長いため息と共に寝具の上に寝転がった。

 毅然とした態度で交渉に当たっていた陽菜だが、別に緊張していなかったわけではない。

 ただひたすらに顔に出さないようにしていたというだけだ。

 

「お疲れ様だな。上手くやれていたと思うぞ」

「うふふ、ありがとう」

 

 疲れた顔で笑う陽菜。

 そんな彼女の胸の中にいた玖龍が、その小さな手で母の頬を撫でる。

 

「だ~う~」

「あらあら、玖龍も私を労ってくれるの?」

 

 微笑ましい親子のやり取りを見つめながら、俺と思春は用意されていた木製の椅子に腰掛ける。

 

「駆狼様。一つ質問があるのですが」

「なんだ?」

「交渉が無事に成功し、今回の遠征の目的は果たしたはずです。なのに何故、第一段階なのでしょうか?」

「簡単な事だ。同盟まで漕ぎ着ける事は出来た。だがそれは所詮、これから先の西平と繋がりを持つ為の最初の一歩に過ぎない」

「あ……そう、ですね。申し訳ありません。こちらの要求が通り、口約束とはいえ同盟も確約された事で全てが終わったつもりでおりました」

「一つの区切りではあるから気にするな。この関係が円満な物になるか、どこまで続けられるか。全てに俺たちが関わるかはわからないが先はまだまだ長いぞ。お前にも苦労をかける事になるが、付き合ってもらう事になる」

「どこまでもお供させていただきます」

 

 生真面目な思春の言葉を頼もしく思いながら、俺は今後の西平での生活と俺たちの帰る国に思いを馳せた。

 


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