乱世を駆ける男   作:黄粋

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第五十一話

 俺たちは無事に異民族討伐を終え、西平に帰りついた。

 余計な心配をかけないように孟起や雲砕たちに口止めをし、街に入る前に体中の包帯を外して帰還した俺だったが。

 もう塞がっているとはいえ体中に傷をこさえているのがばれてしまい、思春や馬岱に泡を食って心配された。

 

 二人とも目尻に涙を浮かべて俺の身を案じてくれた。

 傷が全て浅い物だと知ると胸を撫で下ろしてほっとしていた。

 

 こういう風に心配されるのが心苦しいから重傷に見える包帯を予め外して根回しをしておいたんだが結果的に無駄だったな。

 自分では大丈夫だと思っていても相手から見ればそう見えない事もある。

 

「身体の傷は男の勲章だぞ? しかもこいつはこれだけの傷に見合う戦果を上げたんだ。心配するくらいならもっと讃えてやれ!」

 

 寿成殿は雲砕たちを労う傍らで心配する2人にこんな茶々を入れていたが。

 

 

 

 陽菜はその場では思春たちを落ち着かせるよう宥めるのを手伝ってくれた。

 だがそれは別に俺の事を心配していなかったわけでも、軽傷とはいえ怪我だらけで帰ってきた事を怒っていなかったわけではない。

 あくまでも子供たちを落ち着かせる事を優先し、自身の感情に蓋をしていたに過ぎないのだ。

 身内だけになれば、蓋をした感情が爆発するだろう事は予想できた。

 

 西平の乳母に玖龍を預け、思春には馬岱たちの元へ行くように言い、あえて2人きりになるようにしておく。

 お膳立てが功を奏したらしく、自室で2人きりになった瞬間、陽菜の我慢は決壊。

 俺の背中にくっついたまま離れなくなった。

 

 陽菜は前世の頃から甘えるというのが苦手だった。

 俺が年下だったというのもあってか、遠慮が目立ち付き合うようになってからも気恥ずかしさの方が上回っていたのかそういった寄りかかりたい、気を抜きたいという気持ちを我慢する事の方が多かった。

 それ故に我慢のし過ぎで癇癪を起こす事も少なからずある。

 一度、腹を割って話し合ってからはそういう事も少なくなったが、それまでの我慢の反動なのか自分の好きなように甘やかされる事を望む事が多くなった。

 2人きりになれば特にその傾向が強い。

 

 その性質は今世でも健在、というわけだ。

 

「まったく。貴方はどうしてそんなに無茶しぃなの。祭からも昔の事色々聞いてるわよ?」

 

 背中に出来た切り傷を撫でながら呟く陽菜。

 その声は安堵と心配で震えていた。

 

「心配かけてすまない」

「謝るくらいならしないで! ……って言えたらいいんだけどね。私もわかってはいるのよ、貴方は武官。こんな怪我、日常茶飯事だし切った張ったなんて当たり前の世界だもの。姉さんたちだってそう。私にも経験がないわけじゃない。……でも」

 

 声の震えが大きくなる。

 陽菜は瞳を潤ませながら顔を背中に押し付け、背中側から俺の腹に両手を回して抱きしめた。

 

「それでも心配な物は心配なのよ。あなただけじゃない。姉さんの事も、祭や美命の事も、雪蓮たちの事も……」

「ああ、わかってる。だから俺は謝るんだ。お前に心配をかけた事を。任務で外に出る度にな」

「うん、わかってるわ。わかってるの。本当よ?」

「ああ。お前が辛いのを我慢してるのはよく知ってる。昔からそうだからな。だから落ち着くまでそうしていろ。俺はここにいるから」

「ええ……。ありがとう、駆狼」

 

 この世界に転生してから、陽菜はずっと我慢していたのだと思う。

 前の世界の常識が異端とされる世界。

 そんな世の中で己を貫き続けるというのは、想像以上に辛いものだ。

 

 俺はまだ折り合いをつけられていた。

 向こうで既に人を殺め、戦場を経験していた事がこちらの世界に馴染むのに一役買ってくれたからだ。

 

 しかし陽菜にはそんな経験はない。

 生まれた時から記憶を持っていたのならば尚の事。

 前世とのギャップを埋めるのに苦労したはずだ。

 

 本人が大丈夫だと本気で思っていたとしても、その負荷は無意識に溜まっていった事だろう。

 冗談交じりに甘えさせてと言ってくる事は今までもあったし、実際に甘やかしてきたつもりだったが、どうもそれだけでは足りなかったようだ。

 

 俺が傷だらけで帰ってきた事で溜め込んでいた不安が表面化したと言った所か。

 逆に考えれば今回の事は良い切っ掛けになったとも言える。

 

 これからはもっと意識して陽菜の事を見なければ。

 

 そう心に決めながら俺は正面から陽菜を抱きしめ、出来る限り優しく慈しむように彼女の頭を撫でる。

 陽菜は何も言わずに目を閉じ俺の手に身を委ねた。

 

 

 陽菜を甘やかした分は祭にも何かしてやらないといけないな。

 

 俺にはもったいない2人の妻。

 誰がいつ死ぬともわからない世界だからこそ、俺は家族や友人を大切にしたい。

 

 そんな事を考えながら俺は陽菜を抱きしめたまま目を閉じた。

 

 

 

 異民族討伐を終えてからしばらく。

 西平では穏やかな日々が続いた。

 と言ってもそれはあくまで西平に限った話だ。

 

 

 武威では太守である董君雅が病に倒れ寝たきりになった。

 どうやら先日なくなった妻と同じ病気にかかったらしい。

 寿成殿が娘たちと見舞いに行き、帰ってきた時の様子を見る限り先は長くないのだろう。

 今は子である董卓が武威の政務を代行しているらしい。

 

 

 西平には現れていないが異民族の襲撃自体も何度かあった。

 すべて他領の軍が片付けているようだ。

 あの人間らしさの欠如した異民族の軍を容易く撃退できるあたりはさすが戦多き涼州の者たちと言ったところか。

 とはいえ、こうして無事に撃退出来ているという事実が異民族は取るに足らないと中央に認識される要因なのだから、なかなか世の中は上手く回らないものだと思う。

 

 

 建業の方については使者として董襲がこちらを訪れた時、馬騰たちへの書簡とは別に近況報告の書簡をくれたのであらたかの状況は把握できた。

 それによれば建業の治安は皆の尽力によって安定しているが、治安の悪い他所からの難民が最近増えているらしい。

 そして新たな領地である曲阿の治安回復に難航しているらしい。

 民の生活の困窮、賊の横行など前領主の負債は多く、どれ一つとして疎かにするわけにはいかない。

 いくら建業から派遣された面々が優れた能力を持っていても、そう易々と片付けられる問題ではないという事だ。

 領土の民たちから失った信用を取り戻す為にも根気強く事に当たらなければならない以上、安定させるにはまだまだ時間がかかると見るべきだろう。

 

 

 朝廷は相変わらず十常侍が実権を握り、好き勝手やっていると聞いている。

 ただ曹家、正確には曹操が彼らと揉めたらしい。

 詳しい事はわかっていないがどうにもかなり内々の事らしい。

 

 しかしあの十常侍を相手に揉めて尚、無事に済んでいるという辺り、曹家の力は強い。

 いやこの力はおそらく曹家の基盤を作り上げたと言われる曹騰の力による物だろう。

 個人的に皇帝に目通りする事すら可能な彼の権力は十常侍に匹敵すると言ってよい。

 既に老体であろうにその力は未だに健在というわけだ。

 

 西平から帰る事になったら曹家が関わっている領土『陳留』を見てみるのも良いかもしれない。

 堅実な政策による安定した土地がどのような物か見ておくことは建業にとってプラスになるはずだ。

 

 もしかすれば今回の一件で中枢の権力争いが本格化しているのかもしれない。

 俺としては荀家が、いや荀彧たちが巻き込まれていないかが気がかりだ。

 しかし中央の権力闘争に関して力になる事など不可能である以上、無事である事を祈るしか出来ないのがもどかしい。

 最近、荀毘の間者である周洪の姿を見ないのも何かの予兆ではないかと思えてくる。

 今後も中央の情報はなるべく新しい物を仕入れたいところだ。

 

 

 

 さて肝心の俺たちだが。

 董襲からもらった書簡には近況の他に今後の方針が書かれていた。

 それによれば現在、建業から俺たちに続く人材を選抜しているとの事だ。

 俺たちはこれから来るだろう第二陣と入れ替わりで建業に戻る事になる。

 

 ただこれは早くとも秋の初め、今からおよそ三ヶ月ほど後になるというのでそれまで俺たちはここに留まり、西平との友好に努めてほしいのだそうだ。

 俺としては初めての栽培を収穫まで見届けられそうで安心した。

 

 つまるところこれからやる事は何も変わらない。

 作物栽培に尽力し、自分と思春の腕を磨き、西平に住む人間たちから話を聞く。

 その過程で雲砕に引き続き、寿成殿や馬岱、孟起とも真名を許しあっている。

 友好関係は着実に積み上げられていると考えて良いだろう。

 

 もしもまた異民族が攻め寄せてくるような事があれば俺はまた出るだろう。

 友人と呼んでよい関係になった者たちが戦場に向かうならば、俺も全力を持ってその手助けをするつもりだ。

 何よりもヤツらは危険過ぎる。

 

 使者としてやってきた董襲に渡した返事を認(したた)めた書簡には異民族の脅威についても事細かに書いておいた。

 筆頭武官と言われている俺の強さは建業の皆が知っている。

 その俺が異質な強さと評した異民族。

 その脅威を皆はきっと理解し、『もしもそんな連中が襲撃してきたら』という事態を想定した対策を練ってくれるはずだ。

 

 俺はその対策をより磐石な物にする為に可能な限りヤツラについての情報を集めるつもりだ。

 

 

 

 今後やるべき事を確認するという『暇潰し』を終えた俺は地面から立ち上がる。

 服の尻に付いた砂を適当に払い、軽く足を開いてアキレス腱を伸ばしながら目の前に転がっている人間たちに声をかけた。

 

「休憩は終わりだ。さっさと起きてかかってこい」

「うう、くそ。まだまだ!!」

 

 唸り声を上げながら真っ先に立ち上がったのは孟起改め翠(すい)だ。

 続いて彼女と似た顔立ちの馬岱改め蒲公英(たんぽぽ)、次いで馬休、馬鉄が得物を杖代わりにして立ち上がる。

 

「うう……。おじさま、強いことは知ってたつもりだけどこれはちょっと強すぎるよぉ」

「文句を言う元気があるのなら、俺から有効打を取る方法を考えろ。この様子ではただでさえ朝抜きになったというのに夜も抜きになるぞ」

 

 そう俺は今、馬家の将来を担う若者たちと模擬戦の真っ最中である。

 

 

 この模擬戦を言い出したのは馬家の頭領である寿成改め縁(えにし)だ。

 

「駆狼よ。一つ頼まれてくれないか?」

 

 朝議を終え、畑の様子でも見に行こうとしていた俺を呼び止めた彼女は真剣な面持ちで翠たちを集め、この模擬戦を提案してきた。

 

「色々理由はあるが、まず第一にうちの連中の中で強いのは昔からの身内ばかりでな。性格も手の内も互いに知ってる。だから本当の意味で緊張感のある模擬戦、真剣な戦いってのがしにくい。今までの調練や個々の鍛錬でこいつらが気を抜いてるとは思っていないが、それでもどこか身内ゆえの甘えがなかったとは言い切れない。だから外部から来て多彩な戦い方が出来て、かつ鍛錬の類で手心なんぞ一切加えないお前にこいつらの相手をしてほしいんだよ。無論、ぼこぼこに負かしてくれていい」

「ちょっと待ってくれ、母上! そりゃ今の私じゃ駆狼さんには勝てないだろうけど、ボコボコってそこまで実力差があるだなんて……!!」

「あるんだよ。はっきり言うがお前と蒲公英、馬休に馬鉄が一斉に掛かったって一矢報いられれば良い方だ。これは別にあんたたちを軽んじているわけでも駆狼を過大評価してるわけでもない。その理由が知りたけりゃつべこべ言わずにこいつと闘え」

「なぁっ!?」

 

 自分の武に特に自信を持っていただろう翠は怒りで顔を真っ赤にした。

 実戦で一部隊を率いた事もある自分が、その戦歴を知っているだろう母親に侮られたとあっては怒らないはずがない。

 その言葉に嘘や冗談などの虚実や安い挑発がまったく含まれていないともなれば尚更だ。

 

 しかし。

 縁は頼むと言ってはいたが、こんな断れない雰囲気を作られては俺としても無碍には出来ず。

 結局、模擬戦は翌日の明朝から行う事にした。

 

 ようは真剣さながらの緊張感があればいいのだろうと理解した俺は相手である翠たちに朝食は抜いてくるように言い含め、いざ闘うとなった場でこう言った。

 

「俺に目に見えて有効打とわかる一撃を入れた者から抜けてよし。それまで各自、飯は食えんと思え」

 

 縁の言葉と朝食抜きという状況に不満げだった彼女らは俺の言葉に、とりあえずやる気を出したようだ。

 しかしこの段階で彼女たちは自分たち四人が相手でも負けないと言われた事が尾を引き、何が何でも一対一で倒そうと思っていた。

 昨日の縁の言葉を俺が否定も肯定もしなかった事も、この子達なりのプライドを刺激していたと思う。

 しかし血気勇んで一対一を挑んできた彼女たちの結果は惨敗。

 

 夜が明けきり、兵士たちが鍛錬場に訪れても彼女たちが俺に一撃を浴びせる事は出来ずに悉く地面に叩きつけられている。

 既に女性としてどうなのかというくらいに彼女らの身体は砂塗れだ。

 

 太陽が真上に昇った頃には俺の方から四人で来るよう命じ、既に各人を三回ほど叩きのめしている。

 彼女らは息も絶え絶えだが、俺の方は多少呼吸が荒れて、動いた事で汗を掻いているだけでまだまだ余裕があった。

 

 実力差は誰が見ても明らかだった。

 

 とはいえ、これは別に俺が身体能力で彼女たちよりも優れているという事ではない。

 体力ならば誰にも負けない自信があるが、腕力やら瞬発力やらは正直そのうち翠辺りには追いつかれ、追い抜かれるだろう程度だ。

 

 地力にそこまでの差は無いという事は彼女らにもわかっている。

 ならばなぜ四対一という圧倒的に有利な状況でさえも、俺にこうも手も足も出ないのか。

 

「う、おおおおっ!!」

 

 翠は腰溜めに構えた槍の渾身の突きを放つ。

 俺の胴体を狙った必殺の威力を誇る一撃はその切っ先を俺の右手甲で体の外側に逸らす事であえなく無意味な物になる。

 

「っ」

 

 彼女は反撃を警戒して数歩後退。

 しかし反射的に行っただろうその後退は、他の人間の身を危険に晒す行為だ。

 

「「はぁっ!!」」

 

 左右に別れていた馬休と馬鉄が俺の足元と頭部を狙って槍を薙ぎ払う。

 

 その場で軽く両足をあわせて跳び、足元の一撃を避ける。

 頭部を狙った薙ぎ払いは左の手甲で受け止め、俺はあえてその一撃の勢いに逆らわずに身を委ねた。

 俺の体はその場から薙ぎ払いの力を受けて中空を移動し、その勢いを利用して背後から俺を狙っていた蒲公英に回し蹴りを浴びせる。

 

「きゃあっ!?」

 

 攻撃しようとしていたところに出鼻をくじかれ、彼女は思わず悲鳴を上げる。

 しかしそこは少女と言えど立派な武官。

 鼻先を掠めた蹴りに怯えたのは一瞬だけですぐに槍を構え直した。

 

 だが体勢を立て直す為の数瞬の硬直は俺相手には致命的な隙だ。

 跳ぶと同時に手に取っていた棍を一つ、蒲公英の腹部目掛けて投げつける。

 

「が、ひゅっ……」

 

 整えていた呼吸を乱す腹部への一撃に彼女は後方へ吹き飛ぶ。

 さらに左手に持っていた棍を翠へ投げつけ、馬休に向けて駆け出す。

 

「う、わぁっ!?」

 

 槍の間合いを侵略され、思わず悲鳴じみた声をあげる馬休。

 それでも槍を振るおうとしたのは、普段の鍛錬の賜物だろう。

 ただしそんな反射的に繰り出された一撃は単調であり、能力に差がある人間相手ならともかく互角かそれ以上の人間にはこの上ない隙を晒すだけだ。

 

 突き出そうと下げた槍を持つ腕を握り、足を払う。

 確保した腕の肘を始点にして彼女の身体を自身の背中に背負い、地面へと投げつける。

 変則的な背負い投げだ。

 

「がっ!?」

 

 地面に背中から叩きつけられ、呼吸が出来なくなったのだろう馬休はその場で身体を抱きしめるように蹲った。

 

「どうした? ……さっきまでと展開が何も変わっていないぞ? このまままた全員床で寝て休憩するつもりか?」

 

 馬鉄は翠の横まで下がり、こちらを牽制するように槍を構えている。

 しかしその顔は馬休のやられる様を見た為か、青褪めており完全に俺に飲まれているのがわかった。

 

「な、何でだ? 私たちとあんたでそこまで力の差なんてないはずなのに。なんでここまで良い様にされちまうんだ!?」

「その理由はまぁ色々とある。だがとりあえず翠、お前については単純にして明快だ。なんで、どうしてと疑問は抱いてもその先を考えていない。だから文字通り良い様にされるんだ」

 

 才能があり、その才能に驕る事無く努力してきた彼女ら。

 おそらく、いや間違いなく今まで縁や雲砕などの一部を除いて敵無しだったんだろう。

 故にいざ戦場で自分よりも強い人間と遭遇した時に、何をするべきか、どうすればよいのかわからない。

 

 格上の相手との真剣勝負の経験が圧倒的に不足しているんだ。

 これはたぶんこの世界の才ある人間全員に大なり小なり言える事なのだろう。

 いや、まだ勝てない人物が身近にいる分、翠たちはまだ恵まれている方なのかもしれない。

 

 少なくとも俺たち五村同盟の五人は実力伯仲の人間が周りにいた。

 勝った負けたと繰り返すうちに相手の行動を読む癖が自然と身に付き、自身の最善手を常に意識し、相手の最善手を潰すという事も意識できるようになった。

 

 しかしこの子たちにはそれが無い。

 

 少なくとも自分よりも強い、ないし互角の相手に何も考えずに自身の最善手だけを繰り出して勝てると思っている限りは、近いうちにこの子たちは死ぬだろう。

 あるいは格下の相手に策で翻弄されて殺されるかもしれない。

 今まで手ほどきのような事をしてきた蒲公英は、そういった考え方を持った上で従姉妹である翠と戦った事もあるのでその限りではない。

 だが他の三人はその辺りをまったく考えずに戦っている。

 行き当たりばったりと言うか、最善の一手を模索してもその先を考えていない。

 

 だから常に状況に応じた最善手を三手も四手も先まで模索し実行する俺には勝てない。

 身体が反射的に動く事すらも計算に入れられるよう、『勝つために考える事』を小さな頃から身体に叩き込み馴染ませてきたのだ。

 そう易々と負けるわけにはいかない。

 

 まぁ俺とて人間だから、身体能力が圧倒的に上の相手と戦うとなれば、今のように余裕ぶってなどいられないだろうが。

 その時はその時でやり方を変えるだけだ。

 

「ええ、なんだよそれっ!!」

「悪いが、これ以上は俺からは言えない。自覚して自分で直さん事にはどうにもならないからな。それよりもどうする? 諦めるか?」

 

 挑発するように言ってやれば二人の瞳に力が入った。

 飲まれていると思っていた馬鉄ですら、上から見下ろすように言う俺への敵愾心で飲み込み返したらしい。

 どうやらまだまだやる気は残っているようだ。

 

「刻限は日が落ち切るまでだ。それまでに俺から有効打を取れなければ夕飯はないぞ」

 

 足元に転がっていた棍二本を拾い、両手に構える。

 

「上等だぁっ!!」

「絶対倒して見せますよっ!!」

 

 気炎を上げて地を蹴る二人。

 俺の背後で立ち上がろうとするもう二人の気配を感じる。

 

 気迫は充分。

 鍛錬も十二分。

 あとこの子たちに必要なのは『自分より強い人間が相手でも勝ってみせるという気概を持つ事』と、『戦闘中であっても相手を倒す方法を考えるよう意識せずに出来るようになる事』だ。

 

 思春は既に出来ている。

 ならこの子たちも気付きさえすればあとは自然と出来るようになるだろう。

 とはいえ蒲公英以外の子にはまだまだ厳しいだろうがな。

 

 

 この後、結局彼女たちはタイムリミットであった日が落ちるまでの間に俺に有効打を当てる事は出来ず。

 その日一日ずっと腹の虫と戦いながら寝台で寝返りを打ち続ける事になる。

 

 さらにこの日から俺たちが西平を去るまでの間、この食事抜きスパルタ模擬戦は続く事になる。

 最終的には勝利条件を『有効打』から『勝敗』にまで引き上げたのだから、彼女たちは充分成長したと言えるだろう。

 俺にとっても手練の槍使いたちとの模擬戦は充分な経験になった。

 

 これからしばらくはこんな時代においては驚くほど平穏な日々が続く事になる。

 


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