乱世を駆ける男   作:黄粋

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第五十九話

 新たな仕事をもらった後、俺は手始めに建業中に散った俺の部隊の人間を集めるべく関係各所に顔を出した。

 俺たちが帰ってきた事は既に知れ渡っており、俺の部下たちは部隊の再結成を告げると待ってましたとばかりに喜び、今取り掛かっている仕事の引継ぎにかかりだす。

 声かけを手分けする事にして途中で分かれた思春の方も、反応としては同じようなものだったと合流した時に嬉しそうに語ってくれた。

 

 慕われているのは知っていたが、こうして即応してくれる様子を見ているとなんだかくすぐったい気分になるな。

 そんなむず痒い気持ちを抱きながら関係各所を巡り終えた頃には既に夕方になっていた。

 

 俺はその足でもう一人の我が子がいるだろう部屋へと向かう。

 

 祭との子である『黄然』こと『奏』。

 俺たちが涼州に行っている間は両親が面倒を見ていた。

 おそらく今は玖龍ともども陽菜が見ているんだろうと思うが。

 子供たち用の部屋に着いた俺は最低限の身なりを確認し、木戸をノックする。

 

「誰かいるか?」

「駆狼? 入って良いわよ」

 

 陽菜からの許しを得て、戸を開ける。

 中には陽菜と母さんがおり、それぞれ子供を抱きかかえてあやしていた。

 

「お帰りなさい、駆狼」

「ただいま、母さん」

 

 笑みと共に言葉を交わし合い、俺は母さんが抱いている奏の顔を覗き込む。

 どうやらまだまだ元気なようで俺が視界に入るとじっと見つめながら手を伸ばしてくれた。

 その小さな手に人差し指を差し出して握らせる。

 まだまだ弱い力で俺の指を握りながら、奏はまるで花が咲いたように笑った。

 

「父親が帰ってきてくれて嬉しいのでしょうね。私たちと一緒にいた時と比べものにならないほど素敵な笑顔よ」

 

 母さんの言葉に面映い気持ちを抱きながら、捕まれている手と逆の手でそっと奏の頭を撫でる。

 寂しい思いをさせてしまったお詫びに離れていた分の愛情を注ぐように、ゆっくり心を込めて。

 撫でられる内にうとうとしだした奏を母さんに預ける。

 そして陽菜に抱かれたまま眠っていた玖龍の頭も同じように撫でてやる。

 子供たちとのスキンシップを楽しんでいると、席を外していた父さんが戻ってきた。

 

「お帰り、駆狼」

「ただいま、父さん」

 

 母の時と同じように笑みを交わす。

 

「既に城のみならず街の中もお前たちが帰ってきたという話題で持ちきりだったぞ。人気者だな、お前も陽菜様も」

「そう言われるとなんだか気恥ずかしいな」

 

 からかうように告げる父に苦笑いを返した。

 

 親子の再開を終えた後、眠りにつくまで俺たちは旅の話などをして過ごした。

 家族水入らずというには一人欠けている状態であるが。

 

 今度は祭もいるときにこんな風に過ごしたい。

 この場にいないもう一人の妻の事を想いながら、俺にとっての幸せを噛みしめつつその日は眠りについた。

 

 

 

 翌日、俺は向こうでの仕事の間におざなりになっていた鍛錬をするべく城門の前へ向かっていた。

 太陽が昇る頃からの城外周部のランニング。

 朝食までの時間、鎧を着た状態でただひたすら走り続けるそれは、建業にいる間は欠かさず行っていたものだが旅の途中はもちろん、涼州では実行を控えていた。

 

 久方ぶりの通常メニューの鍛錬に向けて柔軟運動をしていると続々と人が集まってきた。

 どいつもこいつも見覚えのある顔、俺の部隊の人間ばかりだ。

 

「正式な招集は昼からだったはずだが?」

「隊長なら翌日からここに来るだろうと思いまして」

 

 俺の疑問に答えたのは賀斉だ。

 

「どうせなら鍛錬からご一緒したいと思いましてこうして着たというわけです」

「老骨ではございますが、まだまだ若い者に遅れを取るつもりもありませんからな」

 

 董襲が、宋謙殿が賀斉に続くように答えてくれる。

 やはり俺は良い部下に恵まれたようだ。

 

「そういう事なら何も言うことはない。お前たちが俺がいない間、怠けていなかったか確認させてもらおうか」

「隊長こそ仕事にかまけて弱くなったりしてませんよね?」

 

 挑発的な董襲の言葉を鼻で笑ってやる。

 

「生意気な事を言う。いいだろう、いつもの鍛錬が終わったら貴様ら全員と模擬戦だ。俺の腕が落ちたかどうか直接確かめてみるといい」

 

 自分でもわかるほどに獰猛に笑ってやると望むところだと言わんばかりの笑みが返ってきた。

 

「私たちだって隊長がいらっしゃらない間、何もしていなかったわけではありませんから!」

 

 皆の気持ちを代弁する賀斉の力強い言葉。

 普段、積極性に欠けるというか引っ込み思案な彼女の珍しい強気な言葉。

 そこにある確固たる自信を感じ取り、俺はそんな彼女の成長が嬉しくて気持ちを高ぶらせながら笑みを深めた。

 

「お前がそこまで言い切るお前たちの成長、楽しみにしてるぞ」

 

 雑談をそこで区切り、俺を先頭にして全員が自然と列を作る。

 

「総員駆け足!!」

「「「「「はっ!!」」」」」

 

 俺の号令に全員の返答が唱和し、朝の鍛錬であるランニングを開始した。

 

 

 

 走り込みと柔軟を終えた後、俺たちは修練場に場所を移し宣言通りに隊員全てを相手取った一対一の模擬戦に移った。

 久方ぶりの部下たちとの腕比べ。

 いつも通り順番など決めず思い思いに名乗り出た者から相手取る。

 

 結果、結論から言えば賀斉の言葉に嘘はなかった。

 俺がいない間、別の部隊に配属されていた時も基礎鍛錬は怠っていなかったようでその実力は涼州に行く前に比べて確実に上がっている。

 賀斉や董襲、宋謙殿、そして思春との試合は特に白熱した内容になった。

 誰も彼もが俺を倒そうという気迫に満ちていた。

 

 俺は戦いを楽しむような性質を持っていないが、それでも食らいつこうとする部下たちの気迫は心地よく感じられた。

 

「とはいえたやすく負けてやるつもりはない」

 

 周囲にはかかってきた部隊の面々が例外なく倒れ込んでいる。

 息も絶え絶えの者、俺の拳や投げ技で気絶した者など様々だ。

 

「ぎゃーっ!! 隊長、腕ぇっ!! そっちは曲がんない方向ですってぇ、隊長ぉおおおお!!」

 

 そして俺は最後の対戦相手だった董襲の腕を極め、彼女の体を地面に押しつけて身動きを封じている。

 この状態で無理に動けば腕は折れるだろう。

 それがわかるから、彼女は無理に動けない。

 

「勝負ありだな」

「くっそぉおおお!!!」

 

 解放してやると地面に手を叩き付けて悔しがる。

 

「俺は涼州で向こうの連中と切磋琢磨してきたんだ。そう易々と追いつかれはしない」

 

 悔しげに視線を落としている部下たちを見回す。

 宋謙殿はそんな彼らを微笑ましげに見ているようだ。

 視線がかち合うと目で話の続きを促されたので、目礼して応じる。

 

「……だがお前たちは間違いなく強くなった。一撃一撃が勝負を決める俺の立ち会いにお前たちは前よりも遙かに長い時間付いてきたんだからな」

 

 彼らに強くなったことを実感してもらう為に、俺は言葉を紡ぐ。

 

「これで満足してもらっては困るぞ。俺はこれからも強くなる。その努力を惜しむつもりはない。そんな俺の隊にいるんだ。お前たちには俺についてこれるだけの努力をしてもらう。そして俺を越えたいと思っている者たちには、俺を越えるだけの努力をしてもらう。改めて覚悟を決めて、そして俺に付いてこい」

 

 俺の言葉を受けた彼らの目に今まで以上の力が籠もるのがわかる。

 全員が痛む体を押して立ち上がると、俺の影響で行うようになった最敬礼の体勢を取る。

 

「「「「「はいっ!!!!」」」」」

 

 久方ぶりの手合わせは、俺にとっても部下たちにとっても有意義なものになった。

 

 とここで終わっていれば良い話だったのだが。

 

「叔父様! 思春!! お姉様がそっちに!」

「駆狼殿! 危ない!」

 

 聞き覚えのある声が警告するのとほぼ同時。

 俺は背後から殺気と共に放たれた一撃を腰の棍一本を引き抜いて受け止めた。

 

「ひっさしぶりね、駆狼!」

 

 また背が伸びたらしい雪蓮嬢が、妙にうきうきした声で話しかけてくる。

 その手に剣がなければ、そして今まさに俺の棍と鍔迫り合いをしていなければ俺も笑顔でその言葉に応じていただろう。

 

「ああ、久しぶりだ。で? これはどういうつもりだ、雪蓮嬢?」

「部隊の皆の腕試ししてたんでしょ? 私も混ぜてよ!」

 

 実に活き活きとした様子で彼女は右の蹴りを放つ。

 常人の骨ならたやすく折れてしまうだろう一撃を、俺は空いている手で受け止めて素早く掴んだ。

 そのままジャイアントスイングの要領で修練場の真ん中へと水平に放り投げる。

 

「うわっと!」

 

 雪蓮嬢が俺に襲いかかってきた時点で修練場の端に部下たちが待避している事は確認済みだ。

 

 彼女は勢いよく投げ飛ばされたというのに空中で姿勢を変え、危なげなく着地する。

 その様はまるで猫、いやここまでの行動から見れば猫などよりよほど獰猛で危険な豹のようだ。

 

「こ、こら雪蓮! 駆狼殿にいきなり不意打ちするなど何を考えている!」

「お姉様! おやめください!」

 

 追いついてきた蓮華嬢と冥琳嬢が彼女に怒声を上げて諫めようとする。

 だが当人はぎらついた目で剣を構えて俺を見据えるだけでその声が聞こえているかも定かではない。

 いや聞こえていたとしても無視しているんだろう。

 どうにも今の彼女には俺しか見えていないようだ。

 

「最初はね。今度の遠征について行くからよろしくっていう挨拶だけしようと思ってたのよ?」

 

 女の細腕からは想像できない力で両刃の直剣を軽く振りながら、雪蓮嬢が語り出す。

 

「でもお母様から押しつけられた竹簡を確認したりとかしてたからこんな時間になっちゃってさ。それでいざ見に来てみればすっごく楽しそうな事してて。こう、血が騒いじゃったのよ」

 

 母親譲りの桃色の長髪を揺らしながら、剣をこちらに向ける。

 母親そっくりの美しい顔立ちに、幽鬼めいたおどろおどろしい雰囲気が相まって妙な圧力を放っている。

 

「だからね、駆狼。話をするにもちょっとこの興奮を収めないと厳しいから、相手してちょうだい」

 

 ふざけた物言いの中に含まれる真剣な声音。

 それを読み取ってしまった以上、こちらに否はない。

 冥琳嬢も蓮華嬢も、今の言葉で彼女が歯止めがきかず言葉で諫める事が出来ない状態になっていることに気付いたようだ。

 申し訳なさそうに俺に視線を向け、『姉/親友が済みません』とでも言うように頭を下げる様子は、いつもの事ながら年齢不相応に年期が入っている。

 

「はぁ……いいでしょう。ただしやるからには全力でどうぞ。こちらも加減はしませんので」

「うふふ、鍛錬だからって手を抜かないから貴方との試合は面白いのよねぇ」

 

 雪蓮嬢の言動とうっとりとした表情に、俺はもう一度溜息を付きながら俺は両手に棍を一本ずつ構えた。

 

「あははっ! 楽しみましょうね、駆狼!」

「楽しくなるかはお嬢次第だがな!」

 

 踏み込みからの袈裟斬りを俺は左手の棍で受け、反撃に右の棍を突き出す。

 雪蓮嬢は僅かに体を横に傾けて脇腹を狙った一撃を回避しながら、抑えられた剣を引き戻しお返しとばかりに突きの連撃を放った。

 

「そらそらそらぁっ!」

「なんのっ!!」

 

 残像すら見える攻撃を全て両手の棍で受け流す。

 だがしかし有効打こそ受けていないが雪蓮嬢の攻撃は苛烈さを増していき、俺は反撃の糸口が見えずにいた。

 

 右手にあった剣を曲芸のような動きで左に移しての斬撃は俺の目を攪乱し、隙とみれば蹴りが放たれる。

 極めつけは戦いの最中でありながら、彼女の攻撃は少しずつ鋭さを増してきている事だ。

 恐ろしいことに彼女はこの戦いの中で成長しているらしい。

 

 しかし日々の鍛錬がなければここまで競り合う事は出来ない。

 この子もまた俺がいない間にも努力を怠らなかったのだろう。

 その事実が、なし崩しで戦っていた俺の気持ちを昂ぶらせていた。

 

「防御しているだけじゃ勝てないわよ!」

「言われなくとも承知している!」

 

 彼女の振り下ろす一撃に対して、俺は下から掬い上げるように棍を振り上げる。

 それぞれの攻撃が激突すると思われたその瞬間、俺は棍を手放した。

 

「えっ!?」

 

 それは誰の疑問の声だったか。

 あるいは見ていた者たち全員の声が唱和していたかもしれない。

 棍は俺の手からすっぽ抜け、勢いよく頭上へ飛んでいく。

 俺は自由になった右掌を驚いた顔をしている雪蓮嬢の剣の柄尻を下から叩いた。

 

「うぁっ!?」

 

 かち上げられた衝撃による痺れで止まった雪蓮嬢の腕をひっつかみ、自身の体へ引き寄せる。

 

「まっず!?」

 

 慌てたところでもう遅い。

 雪蓮嬢の体を巻き込み、腰に乗せ、相手の内ももを自分の右太ももで跳ね上げる。

 柔道の内股である。

 投げられた雪蓮嬢の体を容赦なく地面に叩き付けた。

 

 普通の人間なら下手をすれば大怪我ものだが、この世界の人間は総じて頑丈だ。

 ましてや俺の知る武将の名を持つ者たちならこの程度では呻き声を上げる程度で済んでしまう。

 

「いったぁ~~~!!」

 

 雪蓮嬢は地面を転げ回りながら、腰やら背中など強打した部分を撫でさする。

 痛いのは事実だろうが、思った以上に元気そうだ。

 予想通り特に後を引くような怪我はしていないな。

 

「ここまで、だな?」

 

 言いながら先ほど放り捨てた棍を拾って腰に差す。

 

「う~、わかったわよ」

 

 不満げに唇を尖らせながら、雪蓮嬢は立ち上がる。

 同時に冥琳嬢の鞭に後頭部をはたかれ、頭を抑えながら蹲る羽目になった。

 

「しぇ~れ~ん~……!!」

「お~ね~え~さ~まぁ~……!」

 

 ドスの効いた妹と親友の声を効いた雪蓮嬢は蹲っていた姿勢から素早い動作で立ち上がると俺の背中に逃げ込んだ。

 

「や、やぁね。冥琳も蓮華もそんなに怒らないでよ」

「建業の筆頭武官と言える駆狼殿にいきなり斬りかかるような真似をしている次期領主に怒りを抑えなければならない理由があるのか?」

「叔父様を背後から強襲するような姉を叱らない正当な理由でもあるんですか!?」

 

 なかなかに迫力のある形相の二人が俺の後ろに隠れている雪蓮嬢に言い募る。

 俺の背に隠れて顔だけ覗かせた雪蓮嬢はそんな二人に引きつった笑みを浮かべながら、言い訳を始めた。

 

「ほら、私しばらく駆狼の部隊にいるわけでしょ? なら隊員たちとの交流って大切じゃない?」

「一理あるが、それは俺に奇襲をかける理由にはならないな」

 

 苦しい言い訳を述べる雪蓮嬢に突っ込むと、すごい形相をしていた二人が肯定するように頷いてくれた。

 

「え~、普通にやっても駆狼ってばすげなく躱しちゃうじゃない。それじゃ面白くないし、何より一年ぶりに駆狼と手合わせしたかったんだもん」

「もんなんて子供のような言い方はやめてください! 示しが付きません!」

 

 開き直って本音をぶちまける彼女に、大声で怒鳴りつける蓮華嬢。

 しかし雪蓮嬢に反省の色はなく。

 

「や~ん、妹が怖いわ~。駆狼、庇ってよぉ」

 

 などとおどけながら俺を盾にして身を隠す始末。

 俺はいい加減話が進まないので溜息を付きながら、俺の背を押すようにしていた雪蓮嬢の腕を掴んだ。

 

「きゃっ? ってあいたっ!?」

 

 反射的に捕まれた腕を振りほどこうとした彼女の頭に拳骨を落とし、二人に差し出すように前に出した。

 

「奏のところに連れて行って問い詰めてやれ。それで少しは懲りるだろ」

「そうですね。そうします。……ゆっくりと話す時間も取れずに申し訳ありません」

 

 雪蓮嬢を自分の鞭で縛り上げつつ、俺の提案に疲れたように肩を落としながら冥琳嬢は頷く。

 俺は律儀に謝罪する彼女の肩を労るように軽く叩いた。

 

「気にするな。遠征に出る前にこちらで話せる時間を作るさ。もちろん蓮華嬢、小蓮嬢ともな」

 

 俺の言葉に二人は目に見えて顔を明るくする。

 慕われている人間が喜ぶ姿というのは、こちらの気分も良くなるな。

 

「あ、ありがとうございます。それと遅くなってしまったけどお帰りなさい、思春」

「勿体ないお言葉、ありがとうございます。蓮華様」

 

 いつの間にか俺の傍らで直立不動になっていた思春が蓮華嬢に頭を垂れた。

 俺は昨日のうちに帰還の挨拶だけ彼女らにしていた。

 だが途中から手分けして部下たちに声をかけて回っていた為に、思春は昨日のうちに蓮華嬢に会えていなかったようだ。

 しまったな、俺の方で気を遣うべきだった。

 

「しかし二人はどうしてここに? 二人ともは蘭雪様の執務の補助として一日かかりきりだと思ったが」

「お姉様が剣を持って鼻歌交じりにどこかに向かっていると聞きまして……嫌な予感がしたので冥琳に声をかけて一緒にお姉様を捜していたんです」

「結局、この馬鹿者を止められませんでしたが」

「ちょっと冥琳~、もう逃げないから鞭で縛った上に縄で縛るのはやめてぇ~。ちょ、あなたたちもなんで冥琳を手伝うのよぉ!」

 

 領主の縁者としてあるまじき簀巻き状態になっている雪蓮嬢。

 手慣れた手つきで冥琳嬢を手伝い、彼女を簀巻きにしているのは賀斉と董襲だ。

 

 遠巻きにしている兵士たちもいつもの事だとでも思っているんだろう。

 その視線が生暖かいものなのが、実にいたたまれない。

 

「ふぅ。それじゃ俺は調練に戻るぞ」

「はい、邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」

「お姉様にはこの後、言い聞かせておきます」

「気にするな。お前たちが悪いわけじゃない」

 

 礼儀正しく頭を下げて、二人は簀巻き状態の雪蓮嬢を引きずってその場を後にする。

 俺は引きずられながらあう~などと謎の鳴き声を上げている彼女に声をかけた。

 

「雪蓮嬢は今後しばらく俺の隊で預かることになる。明日からは朝の調練から参加してもらう事になるので寝過ごす事などないようにな」

「えっ!? 嘘、私も朝から走るの!?」

「部隊に同道する以上、部隊の人間と同じだけの事はしてもらうつもりだ。ちなみに蘭雪様の許可はもらっている。せいぜいしごいてやってくれと言われたぞ」

「お母様~~!!」

 

 そんな悲鳴をあえて無視し、俺はいつの間にか並んでいた部下たちに向き直り、指示を出し始める。

 賊討伐に出るまでの僅かな時間の予定を考えながら。

 


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