乱世を駆ける男   作:黄粋

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第六話 目覚め。現実を乗り越え進む

 俺が目を覚ましたのは倒れてから一週間後の事だった。

 

 どうやら俺はその間、生死の境を彷徨っていたらしい。

 肩の傷が熱を持ってしまった為に何度となく高熱を発してはうなされていたと言う話だ。

 

 わざわざ建業(けんぎょう)から医師を連れてきて診てもらったところ、どうにか回復にこぎ着ける事が出来たのだと言う。

 とはいえ高熱も治療も俺の意識が無い時の事なので実感がないんだが。

 

 かなりの量の血を流したせいで目を覚ましてからもしばらくは頭がくらくらして立つ事が出来ない状態だった。

 高熱と長時間ずっと横になっていた影響で体の節々は痛み、起き上がる事すらも億劫な有様。

 お蔭で一命を取り留めただけでも運が良かったのだろうと言う事がなんとなく理解できたが。

 

 皆が目を覚ました祝いだと猪やら熊やらを取ってきてくれたお陰で失った分の血と栄養を取り返すのは楽だった。

 

 体の状態としては全身の倦怠感は日々の生活をこなしていくうちに消えるとの事だ。

 ようはリハビリをしっかりする必要があると言う事になる。

 まぁ自身が感じるこの怠さから見るに、怪我をする前まで身体能力を取り戻すのは口で言うほど簡単ではない事が予想出来る。

 

 問題は左肩胛骨の怪我だろう。

 筋肉がグズグズになっていた上に骨が粉々になっているのだと言う話だ。

 指は僅かに動かせるが肩はまったく上げられず、傷の影響か腕を曲げる事も出来ない。

 実質、左腕を失ったような状態だ。

 

 医師からも回復は絶望的と言われている。

 

 一生物の怪我などとっくの昔に覚悟していたので俺はそれほどショックは受けなかったんだが、それを聞いた両親や祭たちはひどく落ち込んでしまった。

 

 なんとかならないかと医師に詰め寄る激と累に拳骨をくれてやったり、泣き出してしまった慎や祭をあやしたりと怪我人のはずの俺が事態の収拾に立ち回る羽目になった。

 

 そんな騒ぎが一段落した頃、怪我人の診察の為だけに遠路はるばる来てくれた医師が自分よりも腕の立つ者に俺の肩を見てくれないか頼んでみると言ってくれた。

 

 あまりに必死な激たちの様子に心打たれたのか、若くして体の一部が使い物にならなくなった俺を哀れんだのか。

 その辺りは想像の域を出ないが、とにかく彼が知る限り最高の医師を紹介してくれるのだそうだ。

 

 しかし性格に難があり、怪我の治療をするかどうかはその医師次第なのだとか。

 

 胡散臭いので断ろうと思ったのだが藁にもすがる思いで両親がその医師との繋ぎをお願いしてしまい断るタイミングを逸してしまった。

 その医師の話を俺がいろいろと疑問に思っている間に、何の躊躇いもなく話をまとめてしまったのだ。

 俺が気づいた時にはいつ頃連れてこれるかという所の話になっていた。

 

 慌てて治療費が馬鹿みたいにかかりそうだったから断ろうとしたのだが、両親は俺の話には耳を貸してくれず。

 

「治療費なんて一生かかってでも払う! 子供の為に全力を尽くせなくて何が親だ!!」

 

 父さんのこの言葉で俺が折れざるを得なかった。

 

 俺のためにここまでしてくれるのだ。

 嬉しくないわけがない。

 

 だが正直な所、治療の期待はしていない。

 はっきり言って俺の怪我は現在の医療技術では手の施しようのない程の物だ。

 前世の医療技術ですら完全に元の状態に戻す事は難しいだろう。

 そんな怪我を治せるような人物がこの世界に存在するかと言えば否だ。

 

 件の人物を紹介してくれると言う俺を診察してくれた医師は真摯な人間であるとは思うが、期待するには余りにもハードルが高い。 

 むしろ適当な治療だけして膨大な料金を請求するような詐欺師紛いのヤツが来た時にどう料理しようか考えているくらいだ。

 

「君くらいの大怪我を治した実績があるから、腕の方は心配しなくていいよ」

 

 俺の疑念を察したのか驚愕の事実を優しく語る壮年の医師。

 だがしかし、それでも俺にはその言葉を鵜呑みにする事は出来なかった。

 

 

 それから一ヶ月の間、動ける程度に回復した俺はなまっていた身体を叩き直す為に鍛錬を行っていた。

 左腕に負担のかかる事は出来ないため、やっているのは走り込みと右腕のみでの腕立て伏せ、スクワット。

 

 すべて俺の身長に見合った岩を紐で背中に背負って行っている。

 傷が開くからと言う理由で長時間の鍛錬は禁止されてしまったので最初は軽くやっていたのだが、寝ていた分の体力が戻ってくると鍛錬にならなくなってしまった。

 客観的に見てもう大丈夫だと言っているのだが、例の医師に診察してもらうまでは必要以上の鍛錬は禁止だと聞いてくれない。

 

 この身体の基本性能の高さは俺自身がよく知っている。

 よく知っているからこそ、このまま抑えた鍛錬をしているのは勿体ないと感じてしまうのだ。

 

 ならばと思い出したのは孫と見ていた漫画、アニメにあった鍛錬法である。

 短時間で身体を酷使するには、身体にかかる負荷を増やせばいい。

 長い時間ではないのだからと言う屁理屈だが、このまま身体が鈍っていく方が俺にとっては大きな問題だった。

 そして累に協力してもらい、今の俺の身長でも背負えるくらいの岩を運んでもらって今に至る。

 

 原始的ではあるが岩を背負って決められてしまった時間一杯まで鍛錬すれば最低限、足腰は鍛える事が可能だ。

 それもこのやった分だけ返ってくる規格外の身体があればこその方法であるが。

 

 勿論、最初は反対されたがなんと言われようとも続ける俺を見て両親も祭や慎もようやく諦めてくれた。

 無理をしていれば何がなんでも止められたのだろうが、鍛錬する俺の様子を見て本当に大丈夫だと理解してくれたのだろう。

 激と累は自分用の大岩探しに熱中していて俺を止めようとはしていない。

 

 しかし怪我をして以来、過保護になってしまった両親からは常に誰かと共に鍛錬する事を条件に出されている。

 つまるところいつもの面々を連れて鍛錬しろと言う事だ。

 俺からすればなんの問題もない条件である。

 最終的にはいつもの五人全員で大岩を背負って走り込むようになった。

 周囲から見れば非常に奇妙な光景だっただろう。

 

 

 周りがドタバタしていたその一ヶ月で、村を取り巻く状況にも変化があった。

 

 あの山賊の襲撃を受けて近隣の村と協力して有事の際の対策を取り始めたのだ。

 どうやら平和と言うものが何か起これば一瞬で瓦解するほど儚い物である事をようやく認識したらしい。

 

 この辺りの治安が良いのは領主が上手く治めているお陰だが突然の襲撃に対処するような政策は行われていない。

 自分の身を守るのはあくまで自分であるという事を彼らも理解したんだろう。

 

 周辺の農村は全部で五つ。

 俺が寝ている間にうちの村主導でそれぞれの村の責任者を集めて会合を開いたらしい。

 そしてそれぞれの村の若者を何人か選抜。

 最も戦い慣れしている父さんと豊さんが彼らを鍛える事になった。

 さらにそれぞれの村と連絡を取る為に日本で言う所の飛脚を走らせて頻繁に近況情報を交換し合い、村の周囲にも定期的な哨戒を立てる事が取り決められたと言う。

 

 危機感を募らせて慌てて集まった割にはまともな事項が決まっているように思えるが、この取り決め事項自体は以前から俺と父さんでまとめていた物だ。

 

 焦燥感にかられている所に筋の通った提案を行うとどんな内容であっても良案だと思えてしまう物だ。

 とんとん拍子に話が進んでいく様子を俺に話しながら父さんは複雑な顔をしていた。

 俺の怪我の原因が村全体の危機感の足りなさ、引いては自分の責任だと感じているのかもしれない。

 

 まぁとにかく『五村同盟』などと仰々しい名前が付けられた新しい体制が発足し手探り状態ではあるが色々と動いている為、大人たちは色々と忙しない日々を過ごしている。

 

 

 そしてそんな日々からさらに一ヶ月が経過したある日。

 壮年の男性とまだ七、八歳くらいの赤髪の少年が村を訪ねてきた。

 

「お前が肩を潰されたって小僧か?」

 

 畑仕事を終えて家に帰る途中の俺の姿を見て最初に男の口から出た言葉がこれである。

 

「は? ええ、まぁ……」

 

 なんて不躾な男だと心中で呆れていると、この男は何の気配も感じさせずに俺の間合いに入り込んできた。

 

「なっ!?」

「ふむ。なるほどな、こりゃ普通の医者じゃ無理だわな」

 

 驚く俺を全く気にせずにいきなり左肩を掴んで、軽く触れながら品定めをするように見る男。

 

「ししょー! けが人にいきなり何してるんですか!」

 

 そんな唐突な男の行動を慌てて止めに入る少年。

 

「なにってお前……診察に決まってるじゃねぇか。見りゃわかるだろ、凱(がい)」

「いやそりゃわかりますけど、いきなりそんなことされたらかんじゃさんが困っちゃいます!」

 

 舌っ足らずではあるが随分とはっきりとした話し方をする凱(恐らく真名だろう)と呼ばれた少年。

 どうやらこの年にして色々と苦労しているらしい。

 

「それにこの小僧は怪我人じゃねぇ。こんなに体中に氣が溢れているヤツにそんな言葉は似合わねぇよ」

 

 俺が怪我人じゃない?

 それに氣、だと?

 

「あの、今のは一体どういう意味ですか?」

 

 聞き捨てならない単語について思わず問いただしてしまった。

 

 特に後者の『氣』。

 まさか前世で時折、耳に入ってきたあの胡散臭い空想じみた力の事なのだろうか?

 とある漫画では惑星すら破壊できるような光線を放つ原動力にもなっていたが、まさかそんな物が存在すると言うのか?

 

 既にこの世界の事を規格外だと認識していた俺だが、もしも氣とやらが俺の想像通りの物ならばその認識は甘かったと言わなければならないだろう。

 

「あ~~、面倒だから説明するのは拒否する。だがお前の左肩は動かせるようにしてやるよ。それだけ氣が満ちてればさして時間もかからんしな」

 

 ちっ!

 それは暗に説明させるなら治してやらないと言っているようなものだろうに。

 しかし今後、起こりうる事態を想定すればこの機会を逃して左腕が使えないままという事態は出来れば避けたい。

 

 この男の自信は虚飾ではない。

 目を見ればわかる。

 あれは嘘偽りも過信もなく、自分の力に自信を持っている目だ。

 

 そんな目をした男が治せると言っている。

 肩の事はほとんど諦めていただけにこの機会を逃すわけにはいかない。

 

「……わかりました。治療をお願いします」

「聞き分けのいい小僧だ。お前くらいの年ならもっとわがまま言ってもいいんだがな」

「子供らしくないとはよく言われます」

「その受け答えもらしくねぇな」

 

 からからと快活に笑う男。

 勝ち誇ったその顔が妙にガキ大将っぽい。

 

「ししょー、いじわるしてないでおしえればいいじゃないですか」

「かっかっか! まぁ資質は馬鹿みたいにあるがな。それをこいつが扱えるかどうかはわからんだろ」

 

 ちぃ、また『資質はある』なんて気になる事を。

 まさか俺の心中を理解した上で、わざと言っているのか?

 

「あの……治療を」

「おお、悪い悪い。いやぁ普段は弟子としか話さないからよ。ついしゃべり過ぎちまう。反省反省」

 

 まったく反省してない表情と口調で言われても説得力に欠けるんだが。

 

「とりあえず小僧。お前が落ち着ける場所に案内しな」

「俺が落ち着ける場所? 普通、治療と言えばなるべく清潔な場所でするのでは?」

 

 疑問を口にすると男はニヤリと笑いながら答える。

 

「俺の治療は治療する相手の体調だとか精神的な揺らぎに左右されやすくてな。出来るだけ本人が落ち着ける場所がいいんだよ。まぁお前くらい氣の容量が多けりゃ気にする必要もないんだが万全を期して事に臨むのは当然の事だ。そうだろう?」

「……よくわかりませんがわかりました。なら家に行きます。ついてきてください」

 

 どうにもこの男、自分がわかるようにしか物事を説明出来ないらしい。

 相手が理解しているかどうかは二の次でとにかくまくし立ててくるから疑問を挟む隙がない。

 話し終えた後に質問してもこの男としては既に終わっている事だから答える気がないのだ。

 なんという自己中心的な男だ。

 正直、苦手なタイプだ。

 

「ごめんなさい。ぼくもせつめい出来るので聞きたいことがあったらあとで聞いてください」

「そうか? すまないな。えっと……」

「あ、姓は華(か)、字は元化(げんか)といいます」

「……俺は姓が凌、字は刀厘だ。よろしくな。元化と呼んで良いか?」

「はい! じゃあぼくもとうりんさんって呼びますね」

 

 俺は内心の驚きを表に出さないように必死にこらえながら驚きの名前を名乗った少年と笑い合った。

 

 しかしその名前は不意打ち過ぎるだろう。

 予想外にも程がある。

 

 華陀元化(かだげんか)。

 関羽、曹操を始めとして歴史に名を残した人材を診察したと言われている医師の名だ。

 前世で言うところの麻酔に当たる麻沸散(まふつさん)を開発したと言われ、それを用いた腹部切開手術を成功させ民衆に神医と謳われた人物。

 一説に寄れば百歳を越える年齢でありながら外見は若々しいままだったと言う。

確か史実では曹操と仲違いをした結果、投獄され非業の死を遂げたはずだ。

 

 そんな人物が師匠と呼ぶ男と共に目の前にいる。

 黄蓋や祖茂、韓当に程普までが幼なじみであるという時点で今更ではあるが、俺は歴史家が見たら狂喜するか卒倒するかの奇跡的な状況にいる事を改めて認識した。

 というか華陀が男であるという事実に途方もない安堵を感じているんだが。

 

「おいおい、仲良くするのは構わねぇが案内を忘れんなよ」

「おっと、そうだでした! それじゃとうりんさん。案内をおねがいします」

「ああ、わかった」

 

 自己中男の茶々を受けながら俺たちは歩みを再開した。

 

 

「うっし。それじゃ治療だな。悪いが親御さんたちは外で待っててくれ」

「元方さん、息子をどうかよろしくお願いします」

「あいよ。まぁそんな時間かけねぇし完璧に治してやるから安心しな」

 

 頭を下げる両親に軽く手を振って適当に応える『華陀』。

 この場合の華陀は自己中男の事だ。

 

 元化少年に聞いた話だと華陀という姓名は彼らが日々、研鑽する医療技術『五斗米道(ごとべいどう)』を学ぶ者に与えられる物なのだと言う。

 読み方は五斗米道ではなく『ゴッドベイドー』らしいのだが正直、俺にはどうでもいい話だ。

 

 ついでに言えば五斗米道と言うのは漢中(かんちゅう)に独立国家を築き上げたと言われる張魯(ちょうろ)が教祖の宗教団体の名前だったはず。

 人物が女性になっている時点で今更なのかもしれないが、史実や物語を裏切る出来事が大好きな世界で困るな。

 反応が『困る』程度になってしまっている辺り、俺も相当この世界に染まっている気がするが。

 

 閑話休題。

 基本的に一子相伝の形を取っている五斗米道の技術を学べる者は当然のように一人である。

 つまり師弟で同時に同じ姓名を持っているのだ。

 ややこしいので師弟間では真名で呼び合い、患者などに対しては師の華陀が華陀を名乗っているのだと言う。

 ちなみに自己中な華陀の字は『元方(げんぽう)』と言うらしい。

 この字は確か華陀の字の諸説ある中の一つのはずなのだが、もう突っ込むのも疲れてきた。

 

「さて小僧。疲れ切った面してないで服脱いで左肩を見せな。さっき触診して大体把握したが最終確認をしたいんでよ」

「わかりました」

 

 上着を脱ぎ捨て、肩の包帯を取る。

 青く晴れ上がった肩は右と比べるとひどく不格好に見える。

 見る人が見れば不気味だと思うだろうから普段は包帯を巻いた上で上着を羽織り、見えないようにしていた。

 

 最初に医師の診察を受けた時は筋肉と砕かれた骨が混ざりあって非常にグロテスクな有様だったのだと聞いているが、懸命な治療の お陰で左腕が腐るような事態にはならず切断は免れたとの事。

 治す事こそ出来なかったが俺を診てくれたあの医師も十分に優秀だ。

 そもそもこの時代の技術でそこまでの事が出来た事自体おかしい。

 

「なるほどなぁ。肩の骨が粉々になってやがるのな。鈍器で一撃ってところか。やったのはどんなヤツだったんかねぇ」

「この辺りを荒らしていた山賊の頭です。片手でとてつもなく重い戟を扱っていました」

「そんなのの一撃を受けてよく肩がちぎれなかったな」

 

 確かに俺もそれは思ったが、あの時は無我夢中だったからそこまで気は回らなかった。

 最悪、ちぎれる事も覚悟はしていたが。

 

「よし、それじゃ力を抜いて椅子に座れ」

「はい……、治療はソレでやるんですか?」

 

 指示通り、椅子に座りながら彼の手の中にある代物を見る。

 そこには彼の手にすっぽり収まってしまうくらい細く、しかしなんともいえない力強さを感じさせる鍼(はり)があった。

 

「おう。五斗米道が誇る鍼治療だ。俺のはちと独特だがな」

「へぇ、どう違うのか是非とも聞きたいですね」

「面倒だから嫌だ」

 

 いい加減、ぶん殴りたくなってきたんだが。

 

「ああ、とうりんさん。心をしずめてください。氣を使ったちりょうは医師もそうですけど、かんじゃの気持ちもえいきょうするんですから」

「……わかった。すまないな、元化」

「いいえ、今のはししょーがわるいですから」

 

 ほんとにこの子は苦労性だな。

 今からこんなに苦労を背負い込んでいるとその内、変な風に爆発してしまうような気がする。

 この子の将来が心配だ。

 

「よし、落ち着いたな。それじゃ始めるぜ」

「ふぅ~~~~……。はい、宜しくお願いします」

 

 そして俺は氣という物がどういう物かを身を持って知る事になる。

 五斗米道と呼ばれる医術が他の一般的な技術と一線を画す物であり、それを扱う華陀と呼ばれる者たちは正しく神医と呼ばれるにふさわしい実力を持っていると言うことも。

 

 

 

 あたしと祭は激たちが村の為に走り回ってる間、ずっと家で座り込んで震えてるだけだった。

 自分の武器を見るだけであたしが殺した人間の事がよぎって、出すものなんて残ってないのに吐き気がして動けなくなる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 誰に謝っているのか自分でもわからなかったけど、でも言わずにはいられなかった。

 

「ごめんなさい……」

 

 散々泣いてかすれた声で何かの呪文みたいに呟く。

 

「謝るくらいなら立てよ、馬鹿」

「あ……」

 

 頭上から響いてきた声に思わず顔を上げる。

 全身汗だくの激が立っていた。

 見下ろす目があたしを責めているように見えて、思わず俯く。

 

「いっつも俺と張り合ってたお前がずいぶんおとなしくなっちまったな、おい」

 

 見下ろしながら言葉をかける激。

 あたしは応える事も出来ないで俯いたままだ。

 責められるのが怖かった。

 それもずっと一緒にいる幼なじみに「なにやってんだ」って冷たい目で見られるのが怖かった。

 

「怖いってんなら別にそれでいいぜ。戦うのが無理ならなにも言わねぇよ」

「えっ?」

 

 口調はいつも通りに荒かったけど、その声に暖かさを感じて思わず顔を上げた。

 

「……戦えないヤツを守りたいって思って、俺はずっと身体を鍛えてきたんだ。戦えないヤツに無理させちゃ意味ねぇじゃねぇか」

 

 ぎゅって自分の拳を握りしめて激はあたしに笑いかける。

 

「だから心配すんな。お前は俺が守ってやるから。だからまぁ、なんだ……安心して待ってろ」

 

 それだけ言うと激はあたしに背を向けて家を出ていった。

 

「戦えない人を守りたい……」

 

 激の言葉を反芻する。

 

 そうだ。

 あたしもそうだった。

 鍛錬を始めた最初の理由はただ駆狼に負けたのが悔しかったから。

 でもそれがいつの間にか村の人たちの手伝いをするようになって本格的に身体を鍛えるようになって。

 

 あたしはなんで人を殺したの?

 

『村に手を出すなぁ~~~~!!!!!』

 

 その時の言葉を思い出す。

 そうだ。

 あたしは村を守りたくて、だから必死に槌を振るって人を殺した。

 あたしが望んで、自分の意志で人を殺したんだ。

 

 今、激たちはなにをしてるの?

 村を守るために動き回ってる。

 

 あたしは村を守りたいんじゃないの?

 こんな所でこんな風にふさぎ込んでいて村を守れるの?

 

 そんなわけない。

 

 人を殺してでも守りたいんでしょ?

 だったら震えてる場合じゃない!

 

「村を守るんだ!! 激たちの事だって守りたいんだ!!!」

 

 立ち上がって武器を柄を取る。

 あたしが殺した人間の血が付いていた。

 

「そうだ! あたしは人を殺した!! でももうふさぎ込んだりしない!!!」

 

 浮かび上がった記憶を見据えて武器を持ち上げた。

 

「負けない! 自分のやった事に負けてなんていられない!!」

 

 自分を励ますように叫んでからあたしは家を飛び出した。

 

 

 あたしが到着した時にはもう村の近くまで賊が来ていた。

 途中で合流した祭と別れてあたしは激と慎の元に駆けつける。

 

「なんだ、来ちまったのかよ!?」

「あたしだって村を守りたいんだから!!」

「助かりました、塁さん!」

「遅くなってごめん!」

 

 激と慎と軽く言葉を交わし、すぐに山賊たちに向かって大槌を振るう。

 

「村から出てけ、こんのぉおおおおお!!!」

 

 あたしは戦いが終わるまでただただ必死に人を殺し続けた。

 

 

 どうにか山賊を全滅させて疲れきった時に、駆狼を抱えた祭が現れた。

 

 山賊の頭を倒した駆狼が倒れたと泣き叫びながら。

 その言葉を受けて激と慎、豊おばさんたちが祭とぐったりしている駆狼の元に駆け寄っていく。

 

 あたしは……死んだようにぐったりしている駆狼を近くで見るのが怖くてその場から動くことが出来なかった。

 

 駆狼はその後、うちの村の村長の家にかつぎ込まれた。

 豊さんが馬を引いて医者を呼びに行き、私たちは傷から流れ出る血を止めるよう清潔な布を代わる代わる傷口に当てる。

 

 あたしたち四人は交代でずっと駆狼に付いていた。

 帰って寝ろって散々母さんやおばさんたちに言われたんだけど離れようとはしなかった。

 少しでも目を離したら駆狼が死んでしまうような気がしたんだ。

 

「う、うう……」

 

 うめき声を上げながら全身から汗を出す駆狼。

 その汗を拭きながらあたしたちは祈るように声をかける。

 

「死なないで、駆狼」

「死ぬなよ、手合わせの約束があるんだからな」

「刀にぃ、死なないで……」

「死ぬな……駆狼」

 

 一週間後。

 駆狼が目を覚ました時、あたしたちは涙を流して喜んだ。

 

 そしてあたしはこの時に誓った。

 駆狼一人に無茶な真似をさせないようにもっともっと強くなろうって。

 ただ負けたのが悔しいからって言う理由じゃない。

 駆狼だってあたしにとって守りたい人なんだから。

 一緒に無茶出来るくらい強くならないと守れないんだから。

 

 あたしはもっと強くなるんだ。

 




作中に出てくる氣及び五斗米道、華陀の真名については独自解釈です。
その事を踏まえた上で楽しんでいただければ幸いです。

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